Fate /The battle of Whirligig 作:ムナゾウ
人は誰しも『聖域』というものを持つものだ。それは自分の部屋といったありふれたものから、学校のトイレの中といった少し風変わりなものまで多種多様なものが存在する。
冬木における地方名士の家系、遠坂家の次男、遠坂信義にとっては学校裏手の森にあるツリーハウスがそれだった。
いつごろからか森に建てられていたツリーハウス、住む人も訪れる人もいなく放置されていた建物を親友たる『彼女』と共に見つけた時の興奮を信義は今でも鮮明に憶えている。
以来『森のツリーハウス』は、信義と『彼女』にとって掛け替えのない『聖域』となった。性格も境遇も似た者どうしの二人、誰にも束縛されず、気兼ねなく時間を過ごせる場所を手に入れられたことは二人にとって、とても大きなことであった。
毎日信義は学校帰りに森のツリーハウスに寄る。というより、そこから学校通いすることもざらにある。優秀な兄と比較され続ける劣等感などから、家に居場所を感じられない信義にとって、ツリーハウスは本当の自室のようなものである。
初めの頃はツリーハウス通いを咎め、強引に家に連れ戻そうとした両親も、もはや、諦められているのか、最近では特に関与してこなくなった。
それはむしろ信義にとっては好都合であり、ここ2日間程はずっとツリーハウスから学校に通っていた。そして今日も彼は家に帰らず森の中のツリーハウスを目指して歩みを進めていた。
学校での部活が予想外に長引いたせいで、帰る時間帯が遅くなってしまい、信義が帰路に着いた時にはすでに、 日は落ちきり、辺りは静寂と暗闇に包まれていた。
「早く週末にならねえかな....... 」
昔は常に二人で行動していた信義と『彼女』だったが、さすがに思春期を迎える頃になると、周りの目や世間体を意識してしまい、自然と一緒にいる時間は減ってしまった。
だが、それでも二人は休みの日には時間を見つけては集まり、二人で一緒になって遊んだ。それだけは、17になった今でも変わらない。そして、それは信義にとって、掛け替えのない習慣となっていた。
だからこそ、そのツリーハウスの窓から『週末』でないにも関わらず灯りが漏れている光景を目にした時、信義は嫌な胸騒ぎに襲われた。
この場所に訪問者など基本こない。ここを利用する人間が自分以外にいるとすれば、それは『彼女』くらいしかいないはずだが、今日は平日、しかもこんな夜半に彼女がここに来るなどあり得ない。
となると他にこのツリーハウスに来る可能性のある人間と言えば、遠坂の関係者くらいしか信義には浮かばない。地元の名士である両親が、息子が帰ってこない原因であるツリーハウスの存在をよく思っていないことは容易に想像できる。
「(今になってまた説得にでも来たってのか?........) 」
たとえそうだったとしても、当然信義に大人しく従うつもりなどない、むしろ今ツリーハウスに親がいるなら、好都合、今度こそ本気で戻ることを否定してやる。
そんな決意を胸に秘め、信義はツリーハウスの入り口に向かう為の縄梯子を登っていく。
窓からは相変わらず灯りが漏れており、正確には分からないが複数の人影も確認できる。
ようやく入り口までたどり着いた信義は、一度大きく深呼吸をすると、ドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開いた。
「俺は絶対に帰らないぞ!だから諦らめ........ 」
信義の言葉は最後まで続かなかった。なぜなら、ドアを開けた瞬間、いきなり目の前に人影が現れたと思った次の瞬間、みぞうちに鋭い衝撃が走り、急速に視界が暗くなっていったからである。
「待って、そいつは私の....... 」
意識を完全に手放す前に信義の目に映ったのは、見まごう事なき親友、そしてこのツリーハウスに本来いるはずのない『彼女』の姿だった。
「つば....き....? 」
その一言を呟くと同時に信義の意識は完全に闇へと沈んでいった。
「すまない......まさか、お主の友人だったとは...... 」
「はあ......まあ、こうなっちゃったものは仕方ないわ。それに、信義は知らないだろうけど、遠坂が『魔術師』の家系である以上、魔力を持っているだろうということを考慮し忘れていた私のせいでもあるわけだし 」
間桐の家での戦闘の後、ライダーのサーヴァントを名乗った和服少女、相変わらず意識を失ったままの色白少年こと、アトラスフィールを連れて、椿は一路、学校裏のツリーハウスに向かった。
最近は諸々の事情で休日ですら、あまり訪れられなくなっていたが、それでも、椿にとって親友との友情の証である合鍵は一種のお守りみたいなものであり、常に携帯していた。
であるが故に、まだ信義が到着していない時間帯にツリーハウスに来てしまったにも関わらず、中に入ることができた訳だが、外から近づいてくる信義にライダーが魔力反応を感じ警戒態勢に。そして椿が止める間もなくみぞうちに拳の一撃を喰らわせてしまったのである。
「起きてノブ!ほら、しっかり! 」
「うう......って痛ってえ!なにすんだよ! 」
ガクガクと激しく椿に揺さぶられた上に頬を何度も叩かれて、信義は強引に闇の中から現実に引き戻された。
「良かった......目が覚めたみたいね 」
「眠らせたのお前......じゃないみたいだな?じゃあ俺のみぞうちに一撃喰らわせたのはいったい? 」
「それは我だ。誠に済まなかった 」
「お前は.....? 」
今更に椿以外の人影に気づいた信義は警戒心を露わにして、声のした方を向き、その姿に言葉を失った。
「ノブ、言いたいことは分かるわ。でも、この子は見た目通りの子供じゃないのよ 」
「......見た目通りじゃないって?......つまり、どういうことなんだよ? 」
見知らぬ和服少女、ならぬ和服幼女を前に、見た目通りではないと説明されて混乱する信義に椿は、静かにこう告げた。
「良く聞いてノブ。今の私にはノブしか頼れる相手はいないの 」
緊張感を纏った椿の声に思わず背筋を正した信義に、椿はつい数時間前に起きた『始まりの戦い』について語り始めた。
「.......成る程........そりゃ大変だったな椿 」
「信じてくれるの? 」
「何年付き合ってると思ってんだよ。そんな険しい顔してるお前が嘘をついているわけないだろ。まあ、お前の家も俺の家も『魔術師』の家系だったとか、サーヴァントとか聖杯戦争とか、その辺りは正直実感がわかないけど、お前がなんかの戦いに巻き込まれたってのは真実だと信じるさ 」
「ありがと、ノブ...... 」
「水臭いぜ椿、俺たちの仲じゃねえか。それはそれとして......だ 」
椿から一通りの事情を聞いた信義は、その間ずっと部屋の端で、アトラスフィールを膝枕して黙って座っていた和服幼女ライダーに声をかけた。
「椿の言葉を信じるなら、お前は椿の姉さんを始め、大勢の『魔術師』が殺しあう『聖杯戦争』って戦いで魔術師に召喚される昔の幽霊.....なんだよな? 」
「如何にも。正確には幽霊ではなく『英霊』と呼ばれる存在ではあるがな」
「名前はなんて言うんだ? 」
信義の質問に和服幼女ライダーは、少し困ったような表情を浮かべた。
「済まないが、わが主以外に無闇に名を明かすわけにはいかぬのだ 」
「でも、いつまでも名無しじゃ呼びにくいじゃねえか。せめてヒントくらいくれよ。なんか名前考えてやるから 」
「そう言われてもの......うーん...... 」
可愛らしく手を顎にあてて考え込んだ和服幼女ライダーは、しばらく考えた末、こう答えた。
「やはりお主らにヒントを与えることはできぬ。だが我を呼ぶ時に名無しでは困るというのも理解した。ならば『うら姫』とでも呼ぶがよい 」
「うらひめ? あなたお姫様だったの? 」
「そこはお主たちの想像に任せる。我が即興で考えただけの仮名に過ぎぬから、これなら気軽に呼んでくれて構わぬぞ 」
「了解......じゃあ、さっそくだがうら姫。お前に聞きたいことがある 」
信義は、改めてうら姫を真っ直ぐに見て言った。
「お前がサーヴァントってやつだとして、なんで公園なんかにその子を連れて隠れてたんだ?椿を助けた時の話からすると、お前に戦う力がないわけではねえんだろ? 」
「うむ、その辺りについて説明するためには、まずお主たちがこの戦い、すなわち『聖杯戦争』というものについて、正しく理解していることが必要になるのだが.......どうやら、今は、そんな余裕がないみたいだぞ 」
「え?どうして? 」
「椿.....と申したなお主。どうやらお主の家の追っ手がきたようじゃ 」
「まさか、あの妖怪爺が!? 」
「妖怪爺って.......ああ、椿の家のあの人か、確かに妖怪みたいだったけどマジでそんな風に呼んでたのかよ...... 」
「そんなことは今はどうでも良いでしょう!だけどうら姫ちゃん、どうして分かったの? 」
「こやつらが知らせてくれたのだ 」
うら姫が和服の裾をゆらりと揺すると、そこから何やら細長いものが、ペチャリと生々しい音を立てて床に落ちた。
「え......これって.....ヘビ!? 」
「ここまで来る道すがら、こ奴らをあちこちに残置させ、監視の目としておいたのだ。万が一に備える為にな 」
うら姫の裾からこぼれ落ちたヘビたちは、その透き通るような透明な体をクネらせながら、ドアの隙間から次々に出て行く。
「対した時間稼ぎにはならんだろうが、あやつらが止めている間に、お主らにやってもらわければならんことがある 」
「ちょっと待って、うら姫ちゃん。念のために聞いておきたいんだけど......あなたの、その、使い魔?っていうのかな.....ヘビたちが気づいた追っ手って、あの時うら姫ちゃんが戦った相手と同じだった? 」
椿の言葉にうら姫はゆるりと首を振った。
「その聞きかたするに、察しておろうが.....あの時、我が吹き飛ばしたご老人ではない。じゃが、顔立ちからしてお主の家族には間違いないじゃろう 」
「やっぱり、そっか......覚悟はしてたけど、そう来るか。あの妖怪爺なら、当然そうするわよね.......! 」
唇を噛み締め、表情を険しくして呟く椿に信義は怪訝そうに声をかけた。
「その追っ手、あの爺さん以外のお前の知人なのか? 」
「知人なんて、そんな軽いもんじゃないわ!あの妖怪爺以外でサーヴァントに警戒心を与えるような魔力を持つ人間なんて、間桐(うち)の人間では一人しかいない 」
椿は誰かを心底憎んでいる声で言葉を絞り出した。
「追ってきてるのは、私の姉様よ 」
同刻、ツリーハウスに繋がる森の入り口では、間桐家長女、間桐菊代が鬱蒼とし暗闇と静寂に包まれた森を静かに見つめていた。
「......いる? 」
「なんでしょう?我が姫君(プリンセス)? 」
菊代の声に、何もない空間から声が響く。どこか軽薄さを感じさせる若い男の声だった。
「......マスターにしてください。私にプリンセスは合いません..... 」
少し頬を染め、恥ずかしそうに言う菊代に、相変わらず姿を見せないままの声は愉快そうに言葉を続けた。
「なに、貴女とて血を遡れば我が故国の地に辿り着くものではないですか。この極東の血が混じっているとはいえ.....いや、だからこそ、貴女は私が知る如何なる故国の姫君より美しい!そのようなお方にマスターなどという無粋極まりない言葉を投げかけるなど私にはできかねますよ 」
「召喚した時からそうでしたけど、あなた、本当に変わってますよね.........はあ......分かりました。呼び方はもう好きにしてください。それよりも、本当に大丈夫なのですか?...... 」
「ご安心あれ我が姫君、私ほど既存概念に囚われないサーヴァントもありません。それは呼び出された姫君自身が一番よくわかっておいでの筈ではないですか? 」
その言葉に椿は頷いた。
「ええ、お爺様が此度の戦いで何のクラスを召喚するか決めた時には驚いたけど、もう今は納得済みです。頼みましたよ 」
「仰せのままに、わが姫君 」
次の瞬間暗闇からにじみ出るように現れ、菊代の隣に立ったのは、全身フルプレートの甲冑を身に纏い、いかにも中世ヨーロッパを感じさせる兜を被った、腰にロングソードを差した純白の騎士だった。
「.......毎回思うのですが、もう少し目立たない格好で現れてくれませんか? 」
「姫君の前に姿をお見せするのに、見栄を張らない紳士がどこにおりますか! 」
「ああ、もう......勝手にしてください..... 」
深々とため息をついた菊代と、彼女を姫君と呼ぶ純白の騎士は、森の中に足を踏み入れていった。
読者の皆さん、お久しぶりです。3話目をようやく投稿できました!
今回でようやく遠坂の男こと遠坂信義を登場させることができました、彼はいわゆる「はみ出しもの」のイメージで描いています。まあ、お人好しなところなど本質的には遠坂の人間ではあるわけですが、「常に余裕を持って優雅たれ」という家訓には全く従わないタイプです。そんな彼がどんなうっかり......失礼、どんな騒動を引き起こすのか、ぜひ最後まで見届けてほしいと思います。
また、今回の話では和服幼女ライダーの仮名と、その能力の一端、そして椿の姉である菊代と、彼女のサーヴァントなどを一気に登場させましたが如何だったでしょうか?
その内、登場したサーヴァントのステータス一覧などを作りたいと思っていますが、暫くはぜひ、各サーヴァントの正体を推理しながら話を見ていって頂きたいと思います。
さて、次回は今作始まって以来の本格的な戦闘回になる予定です。また投稿は遅れがちになるかも知れませんが、頑張って書いていくので、よろしくお願いします。
それから毎回書いていますが、評価や感想をよろしくお願いします。それだけで作品制作の励みになります。どうか、よろしくお願いします