ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

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第1話

 世界は人智を超越した不可思議な事象で満ちている。それは科学が急激に発展した現代に於いても変わらない。

 むしろ、なまじ数多の理を知ってしまったがゆえに人の好奇心は肥大し、抱える謎もより巨大かつ膨大な量と成り果ててしまったのではないか。知恵の実を口にしたアダムとイブが死の恐怖に怯えるようになってしまったように。

 

 遥か遠くの外宇宙。

 生命誕生の原点。

 心のメカニズム。

 神や悪魔の実在。

 

 長きに渡って人が積み上げてきた英知を持ってしても多くが未だに解明不能のままだ。

 しかし、そんな人の矮小ぶりを嘲笑う超常的な存在が、もしも人に牙を剥いたとしたら、無力な人々はそんな理不尽をありのままに受け入れることが出来るだろうか?

 

 もしも、世界は影に支配されているとしたら……

 もしも、己の影が我が身を喰らおうと狙っているのだとしたら……

 もしも、天の頂へと続く巨塔の中で、人知れず世界の命運を賭けた闘いが繰り広げられているとしたら……

 

「希!希!お願い、しっかりして!」

 

 金髪をポニーテールにした少女が必死の形相で血塗れになった親友の肩を揺らす。返事が返ってこなくとも、諦めるわけにはいかなかった。

 

「ことり先輩!……ダメだわ。気を失ってるみたい」

 

 赤毛の少女は壁際でうずくまった少女に掛けよった。意識が無いことを確認した赤毛の少女は背負って安全な場所へと運び込もうとする。そんな二人の後方で爆炎が広がった。

 

「にゃぁぁぁ!も、もう少しで凛達に当たるとこだったよ⁉︎」

 

 ショートカットの少女がベージュ色のベストに纏わりつく火の粉払いながら狼狽している。

 

「なんて威力……あんなものが直撃すれば私達ではひとたまりもありませんね」

 

「ちょっと花陽!あんた、まだ分析終わんないわけ!?サポート役のことりがダウンして、こっちはもう限界なんだけど!」

 

「ま、待って下さい!もう少し……」

 

 黒髪をツインテールにした幼い見た目の少女がイラついた様子で後方に首回して怒声を浴びせる。怒りの矛先にされてた眉毛を八の字にした臆病な印象を与える少女、花陽は必死な様子で手にした巨大な本に視線を走らせていた。

 

「早くしなさい!……ったく、弱点と物理以外は全部跳ね返すなんてトンデモないにも程があるわよ!」

 

 そう愚痴を零しながら少女は対峙する"敵"へと視線を戻した。

 そこに君臨するは二つの黒い"影"。少女達を遥かに超える巨大な体躯を備えるそれは、各々が三日月と太陽を模した形状をしていた。中央にそれぞれ無機質な印象を与える不気味な仮面を貼り付けており、宙に浮きながら仮面の目に当たる部分から少女達を見下ろしているようにも思える。

 

 どう考えても常識で当てはまる生物、いや存在ですらなかった。

 

「すいません。後、もう少しなんです……!」

 

 花陽の力はこの場に於いて重要な役目を担っている。文字通り人智を超えている怪物達が、いかなる攻撃手段を操るのか、それを知ることが出来るのは彼女だけである。

 

「にこ先輩、花陽に当たっても仕方ないではないですか!」

 

「言われなくったってわかってるわよ!わかってるの!」

 

 怒鳴り散らしたところで状況は好転するわけではないし、目の前で解析を続ける花陽は確実な仕事をしてくれることくらい本当は頭で理解している。しかし、次々と仲間が傷つき倒れる光景はツインテールの少女から冷静さを着実に奪っていくのだ。

 

「出ました!」

 

 分析を終えたと思わしき花陽が本から顔を上げた。

 

「穂乃果先輩!その大型シャドウは火炎が弱点です!穂乃果先輩の火炎属性魔法で牽制をお願いします!」

 

「ありがとう花陽ちゃん!よーし、そうとわかれば……」

 

 穂乃果と呼ばれたサイドテールの少女は太腿のホルダーから一丁の拳銃を取り出した。全体が黒一色の無骨な大型リボルバータイプ。およそ華奢な少女には似つかわしくない代物だが、人智を超えた怪物を相手取るには過ぎた武装ではないだろう。

 しかし、穂乃果がその銃口を向ける先は三日月の形をした"影"ではなかった。穂乃果は()()()()の側頭部に銃口を突きつけ、そして、躊躇いなく引き金を引いた。

 

「ペルソナッ!」

 

 ガキンッ!とガラスが砕け散るような音を鳴らしながら、煌めく粒子と青い光が穂乃果を包み込む。

 嵐の如く風が吹き荒れる。

 少女の鼓動の高鳴りに合わせて、霧のように散っていた粒子が一箇所に集結していく。

 

 やがて"それ"は姿を現した。

 

 全身に纏う白づくめの衣装が印象的な女性の幻影。

 

 仮面を被っているかのように顔全体を覆い隠している覆面によって表情は伺えないが、鮮やかな橙色の頭髪と合わせてどこか穂乃果を彷彿させる雰囲気を発している。

 

「いっくよー!カリオペイア!」

 

 ギリシャ神話に登場するオリュンポス神族の一柱”カリオペイア”

 

 音楽(ミュージック)の語源となった九柱の芸術を司る女神の九姉妹”ミューズ”。カリオペイアはその中でもリーダー格として知られ、いくつもの逸話を残していた。

 ”幽玄の奏者(オルフェウス)”の母であり、”烈日と蒼穹の支配者(アポロ)"の伴侶とも伝えられ、古代より芸術家達から崇拝される存在。

 その名と姿を借りた”人格の鎧”が少女の想いを通じて常闇の世界に降臨する。人々に害を成す影共を討ち滅ぼすべく。

 

「カリオペイア!〈アギラオ〉だよ!」

 

 穂乃果の指示に合わせて、カリオペイアは両手の掌を前方に向ける。その瞬間、"影"は爆炎に包まれた。

 

「燃えろ!」

 

 再び同じ規模の炎の柱が立ち昇り、辺り一帯の気温を急激に高めていく。

 

「燃えろ!燃えろ!燃えろ!」

 

 カリオペイアが生み出した豪炎が、穂乃果の叫びに合わせて何度も何度も標的を一方的に容赦なく焼き尽くす。休む間無く、炎を生み出す代償である精神力消耗を顧みることなく、穂乃果は念じ続けた。

 燃え盛る業火を幾度も真正面から受け止めることになった三日月型の巨大な”影”はその威力に耐えきれず、やがて炎に包まれたままゆっくりと崩れ落ちる。その光景を前に勝利を確信した穂乃果の仲間達は歓喜した。

 

「やったにゃー!牽制どころか倒しちゃったにゃー!」

 

「見事です穂乃果!まずは一体ですね!」

 

 しかし、そんな彼女達の後方で、傷ついた仲間の介抱を続けていた金髪の少女は唸るように声をあげた。

 

「まだ安心しては駄目よ!油断しないで!」

 

 結論から言うと金髪の少女の懸念は的中していた。三日月の形をした"影"が力尽きると同時に、もう一体の太陽を模した姿の"影"が淡い光を放ち始める。

 

「もしかして回復が使えるの!?」

 

 類似している異能を有する穂乃果には、その光の意味はすぐさま理解できた。それでも、自身が限界まで焼き払ったはずの三日月型の"影"が一瞬の内に戦列に復帰できるほどの回復力を見せつけるとは予想外にも程があった。

 何事もなかったかのように傷が癒えた"影"はもう既にこちらに狙いを定めている。それどころか穂乃果達を脆弱な存在であると言わんばかりに、せせら嗤っているようにさえ見えた。

 

「えええっ!?そんなっ!あっさり復活しちゃうわけ!?ねえねえかよちん!どうすればいいのお⁉︎」

 

「えっと……」

 

「まずはあの太陽の姿をしたシャドウを葬らないとまた回復されてしまいますね」

 

 海未は額から吹き出る汗を拭いながら、未だに分析を続けている花陽に目を向ける。戦線離脱した仲間が何人もいる以上、長期戦ではあまりにも分が悪い。海未としてはなるべく確実に弱点を突いて、早急に各個撃破していくのが理想だと考えていた。

 

「わかりました!あのシャドウは氷結属性が弱点です!」

 

「なら私が!」

 

 本から顔を上げた花陽の叫びに誰よりも先に反応したのは海未だった。請われるまでもなく、即座に太腿から穂乃果の物と同型の拳銃を引き抜いて自身の頭部に銃口を突きつける。

 

「来なさい!ポリミューニア!」

 

 引き金を引くと共に、ミューズに名を連ねる女神の一人"ポリミューニア"が海未の心の力として降臨する。

 海未と同じく腰まで伸びる青みがかかった黒髪。男性物の燕尾服とコートで身を包み、腰には大振りな一本の太刀を携えている。その姿は男装の麗人と呼ぶに相応しい。

 

「〈ブフーラ〉発動!」

 

 男装の女神が右の掌を翳すと同時に周囲の空気が冷たくなっていく。次の瞬間、巨大な氷塊が大気中で生み出され、太陽を模したと思わしき”影”目がけて襲いかかる。

 

 はずだった。氷塊が直撃する寸前で三日月型の"影"行く手を阻まなければ。

 

「そんな!反射された!?」

 

 男装の女神が放った氷の塊は軌道を逆方向に曲げ、少女達へとまっすぐ飛来する。

 

「にゃ!?こ、こっちに飛んでくるよ⁉︎」

 

「凛ちゃん危ない!」

 

 回避する余裕の無かった凛を寸でのところで穂乃果が抱えて跳んだ。氷塊は壁に突き刺さるも、誰も怪我をせずに済んだようだ。

 

「た、助かったにゃー……ありがとう穂乃果先輩!」

 

「すいません凛。私のせいであなたを危険に晒してしまいました。まったく、穂乃果ったらまたこんな無茶を……」

 

「えへへへ、体がどうしても動いちゃって」

 

 二人に手を差し伸べながらもバツが悪そうにしている海未に対し、穂乃果は朗らかに笑って応える。

 

「笑ってる場合じゃないわよ!あいつら今までの連中とは比べ物にならない強敵なんだから!また攻撃されたり反射されたりしたら堪ったもんじゃないわ!」

 

 三人を庇うように立ちながら、にこは吼えた。その先には相変わらず巨敵達が立ち塞がっている。

 

「あの二体は片方が回復を行い、もう片方が盾になって攻撃を無力化する役を担ってるんです!」

 

「ふん、化け物の分際でずいぶんと頭が回るじゃないっ!」

 

 花陽の解説を聞いたツインテールの少女、矢澤にこは苦々しげに吐き捨てた。

 今までにもこのように集団で襲ってくる敵は少なからず存在していた。しかし、それはあくまで多数の敵が単にばらばらに攻撃を仕掛けるだけの、数で攻めるしかしない本能のみで突き動かされた戦法しか用いていなかったはずだ。

 

 だが、この二体はそれらとは一線を画す程の能力を秘めている。それぞれが単体でも厄介なまでに高い攻撃力とタフさを誇り、かつ各々が相棒の弱点をカバーするかのように特殊能力を使用しながら立ち回るのだ。

 

 命を賭けた戦いの場で今まで目にしたことの無い連携を見せつけてくる。既に幾度も絶望的な死線を乗り越えてきたこのメンバーでも、経験したことのない恐怖を与える強敵なのは間違いなかった。

 

「どうすればいいの、かよちん⁉︎」

 

「そ、それは……」

 

 幼馴染に活路を問われ言い淀む花陽。

 

「地道に削っていくしないだろうね」

 

 花陽の代わりに答えたのは、瓦礫の山からフラフラとおぼつかない足取りで姿を現した少年だった。酷い怪我をしているようだ。顔と腕だけでなく、少女達と同じ柄のズボンと白のシャツを自らの血で赤く染めている。その出血量は素人目でも危険であると伺えた。

 

「静流先輩!」

 

「静流君!ダメだよ勝手に動いたら!傷が開いちゃう!」

 

 少女達の制止を押し退けて、少年は"影"と対峙する。

 

「心配してもらえて嬉しいけど、女の子達が必死に戦ってるってのに男の僕がこそこそと隠れてるなんてプライドが許さないんだよね」

 

「馬鹿なことを言わないで下さい!格好つけてる場合ではありませんよ!」

 

「なあに、傷は一応塞いだから大丈夫だよ。それに勝機も見えてきた」

 

 静流と呼ばれた少年は顔にこびり付いていた血を拭った。

 

「奴らの回復能力も万能じゃない。 見てごらん。あの三日月のようなシャドウは穂乃果ちゃんに付けられた傷が完治していない。つまりダメージは確実に蓄積されているってことさ。奴らの回復が追いつかない程までに、こちらの攻撃を叩き込み続けるんだ。そうなんでしょ花陽ちゃん?」

 

「は、はい……それしか方法はありません……」

 

「うん、花陽ちゃんが言うならきっと間違いないね。ありがとう」

 

 か細い声で答える花陽。そんな彼女に静流はにこりと微笑んだ。だが、出血のせいか、顔色が良くない。

 

「ですがマズイですね。このまま我慢比べを続けていても間違いなくジリ貧です。怪我を治癒する事に長けたことりが前線に不在のこの状況では、むしろ私達の方が先に力尽きる可能性こそ高いかもしれません」

 

「じょ、冗談じゃないわ!」

 

 一見冷静さは失っていないものの額の冷や汗を手で拭っていて明らかに焦りが見える海未の後ろ向きな予測を聞いて、にこの顔はどんどん青ざめていった。

 

「こんな所で死ぬなんてまっぴらゴメンよ!まだトップアイドルになってないってのに!」

 

「凛だって駅前のラーメン屋の新メニュー食べてないにゃー!」

 

 人智を超えた怪物と戦う術を持つとはいえ、つい最近まで平和な日常を生きていただけの少女達である。今世に対する未練は数え切れないほどあるのだ。死の恐怖を前にそれがつい爆発してしまったのだ。

 

「まだ諦めちゃ駄目だ」

 

 そんな浮足立つ少女達に喝を入れたのは、リーダーの穂乃果だった。

 

「今までだって何度も危ない目にあってきたけど、全部乗り越えてきたんだ!だから今度だってきっと大丈夫だよ!」

 

 全く根拠の無い自信だが、そんな彼女の持ち前の明るさに惹かれて少女達は集ったはずだ。暗く沈んでいた少女達に僅かだが希望の光が灯り始める。

 

「ぷっ、何言ってんのよあんた。こんだけヤバいってのに言い切れる度胸は尊敬に値するわね」

 

「ほんと穂乃果先輩の能天気さは羨ましいにゃー」

 

「ですが、実に穂乃果らしいです」

 

 仲間達がやる気を取り戻したのを確認した穂乃果は拳を高く掲げる。

 

「よーしっ!あのシャドウを倒して生きて帰る!そして、来週のオープンキャンパスも成功させる!絶対にだよっ!」

 

  しかし、穂乃果の鼓舞だけでは払拭出来ない懸念はいくつも残されている。

 

「で、でも……ことり先輩も希先輩も倒れてるし……真姫ちゃんと生徒会長さんは二人の介抱で手が離せないですし……」

 

 特に普段からネガティヴな思考の持ち主である花陽はそれらが見過ごせないようだ。

 

「彼女達の穴は僕が埋める」

 

 静流は自分の状態の惨状に反して、力強く言った。

 

「何を言っているのですか静流!あなたこそ治療が追いつかない程にボロボロで……」

 

「ペルソナチェンジ!ハイピクシー!」

 

 少年は叫ぶと同時に自分の側頭部を拳銃で撃ち貫いた。

 同時に掌サイズ程の小さな妖精が出現。静流の周囲をクルクルと回り始める。

 

「ことりちゃん程じゃないけど、回復なら僕も一応やれるからね。まあサポートは任せてよ」

 

 淡い光が静流を包む。一度は倒したかに見せた三日月の"影"を再生させた光と同質の物だ。良いとは言えなかった静流の顔色が若干改善される。

 

「にこ先輩、切り込み役よろしくお願いします。弱点を突くだけじゃあいつらを倒すまでには至らない。弱点属性を持たず、なおかつ直接攻撃力の高い先輩が鍵なんです」

 

「え?わ、私?にこが?」

 

「本当は僕が真正面から飛び込みたいんですけど、あいにく結構フラフラで。せいぜいサポート役が限界なんですよ」

 

 一瞬狼狽えていたものの、少年の意図を理解したにこは自慢気に仁王立ちしながら胸を張った。小中学生にも間違えられる程に小柄な体躯がコンプレックスである彼女が身につけた、自分を少しでも大きく見せる手段だ。

 

「ふふーん、あんたもようやくこのニコちゃんの凄さがわかってきたみたいね。いいわよ、やってやろうじゃない。ここまでコケにされて黙っちゃいられないわ。必ず奴らに後悔させてやるんだから!」

 

 所詮は空元気ではあるが、仲間達の知っているにこの余裕のある尊大な物言いが帰ってきた。先程から切羽詰まった表情しか見せていない彼女の様子に不安を抱いていただけに、皆が安堵の笑みを浮かべる。

 

「海未ちゃんと穂乃果ちゃんは防御姿勢をとって!君達はあいつらとは属性の

相性が最悪だからね。二人まで倒れたらもう後が無い。チャンスが来るまで待機を!」

 

「了解です!」

 

「うん、わかった。任せたよ静流君!」

 

にこは穂乃果と海未とは違い、心臓のある右胸に銃口を突きつけ、引き金を引いた。

 

「出撃よ!エウテルーペ〉!」

 

 青い光に包まれ、ミューズの一柱"エウテルーペ"がにこの人格の鎧として具現化される。巨大な馬車を操る少女の姿をしているエウテルーペは蹄の音を高らかに鳴らしながら、巨大な影に向かって勢いよく飛び込んでいった。

 己の現し身が標的目掛けて突進していくのを確認したにこは、愛用の得物である金属製のバットを握り締めて追従するように同じ標的へと駆け出していく。

 

「ったく、スクールアイドルやるはずが!なんで!」

 

 バットを勢いよく振り上げたにこの絶叫が、時の止まった夜の世界にて響き渡る。

 

「なんでこうなっちゃったのよおおおおおおおおお!!!!!!」

 

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