ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

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第12話

『みんな……準備は良いわね』

 

 小型の懐中電灯と月明かりのみが視界を照らす暗闇の中で、抜き身の日本刀を左手で握り締めた静流は電話を片手に頷いた。

 

「はい、こちらは全員準備完了しました」

 

 三人の少女が同調するように頷いた。静流は辺り一面を見渡す。闇夜ゆえに見えにくいが、学生なら見慣れた日常の光景である、規則的に並ぶ木製の学習机と椅子の数々。そして巨大な黒板。

 深夜24時を、いや、隠された25時を目前に控えた音ノ木坂二年A組の教室だ。

 

「いつでもドンと来いですよ。と言っても、突入可能なタイミングは決まってるわけですけどね」

 

『そう、頼もしいわね。でも、油断はしないで』

 

 笑いながらちょっとした軽口を叩いた静流だったが、通話相手の絵里はとてもではないが冗談を言える調子ではないようだ。若干声が震えているようにも思える。もっとも、それは絵里に限った話ではない。少年の後ろに控える三人の少女達も、神妙な面持ちで来るべき時を待っているからだ。

 

『深夜の24時を過ぎ次第、希にすぐにでも索敵させるわ。なるべく早く見つけさせるつもりだけど、それでも希の探知能力には限界がある。あなた達を探し当てるまで少し時間が掛かってしまうはず。だから、その間は極力交戦は避けて。自分の身の安全を最優先にしなさい』

 

「心配ありません。誰一人欠けずに帰ってきますよ。勿論、高坂さんも連れて」

 

 自信満々に応えた静流は、スマートフォンを教卓の上にそっと置いた。

 教室を静寂が支配する。耳に入ってくるのは少年少女の吐息のみだ。そんな中で、暗闇と沈黙に耐えられなくなったのであろう真姫が真っ先に口を開いた。

 

「……天宮先輩、緊張してないんですか?」

 

「緊張?別に?」

 

 質問の意図がわからないと言いたげに首をかしげる静流に対して、真姫は訝しげに顔をしかめた。

 

「別にって……本気なんですか?あの夜が近いってのに、それも目醒めたばかりの先輩が平然としてられるなんてありえないわ。私ですら未だに気が抜けないってのに」

 

 先日、問答無用で敵意を向けていたのを思い出す。もしかしたら、あれは単に静流に対する不信感だけが生んだ焦りではなかったのかもしれない。『あの時間』には異分子である自分達を情緒不安定にさせる何かがあるのかもしれない。

 

「そんなこと言われてもねえ。むしろ僕は夜の方が落ち着く気質みたいだからね。だからじゃないかなあ。おまけに僕ってほら、マイペースだし」

 

「自分で言うんですか、それ」

 

 歯を見せて笑う静流の能天気とも取れる返しを前に、真姫だけでなく海未すらも呆れた様子でため息を吐いた。

 

「マイペースなんて言葉で片付けれるのですか?あなたより早く目醒めたはずの私とことりも未だに慣れないというのに、もう平気な顔をしていられるなんて……」

 

「天宮君って、やっぱり変わってるよね」

 

『無駄話はそこまでよ。もうすぐ日付が変わるわ』

 

 教卓に置かれていた静流のスマートフォンから再び絵里の声が漏れる。この場にいる全員の視線が教卓の上に移った。

 

『園田さん』

 

「は、はい!」

 

 突然名指しされた海未は、突入作戦の緊張もあって思わず素っ頓狂な声をあげた。さっきまで絵里には邪険な態度を取り続けていたのだ。いきなり呼ばれたら何事かと肩肘を張ってしまうのも無理はない。

 そんな海未の内心を知ってか知らずか、絵里は淡々と続けた。

 

『あなたが私に良い感情を抱いていないであろうことは容易に想像できるわ。だって大切な親友を見殺しにしようとしてたんだもの。恨まれて当然だと思う』

 

 急に絵里の懺悔を聞かされた海未はしまった、と言わんばかりに眉を八の字にした。いくら頭に血が上っていたとはいえ、あの皮肉たっぷりの返しは言い過ぎだったと冷静さを取り戻した今は後悔し始めているようだ。目の前にいるわけでもないというのに、スマートフォンに向かって律儀にも深々と頭を下げる。

 

「すいません生徒会長!さっきはあまりに無礼な……」

 

『謝る必要は無いわ。さっき言った通りに私は憎まれて当然の人間よ。けど、それでも、これだけは必ず命令を守って欲しい』

 

 絵里は一間置くと、無理やり捻り出すかのように言った。

 

『お願い……みんな、絶対に帰ってきて』

 

 呆気に取られた海未達は目と口を大きく開いた。これまでの自分達の持つ絵里のイメージから逸脱した発言ゆえに。少女達が戸惑いを隠せない中で、静流だけは口元を愉快そうに吊り上げた。

 

「だそうだよ。生徒会長さんがこれほどまでに懇願しているんだし、ここは一つ見事に成し遂げてみせようじゃないか」

 

 電話越しゆえに絵里の表情は全く確認できない。しかし、声音からして彼女が悲痛な面持ちで言っているに違いないのは明白だ。一度は仲違いをしたとはいえ、絵里が決して冷酷非情な人間ではないのだと認識を改めた少女達は頷く。

 

『来るわ!』

 

 絵里が叫ぶと同時に、教室の時計の針が12の数字を差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌が聞こえる。ピアノが奏でる優しくも儚い旋律に乗せて、女性歌手の幻想的なソプラノが辺り一帯に響き渡っていた。美しい歌声は来訪者の意識を徐々に覚醒させていく。それでも、視界はまだ完全には晴れない。

 

「やあ、また会えたね」

 

 男性と思わしき誰かが穏やかな声音でこちらに語りかけてくる。歌とピアノの伴奏にこの場が支配されているはずにも関わらず、はっきりと耳に届いていた。聞き覚えのある声だ。

 今の一声によってこれまで朧げでしかなかった視界がまでもが次第に鮮明になっていった。カーテンや絨毯、椅子、装飾品全てが深い青色で統一された巨大な劇場。そして、今の自分は観客席の中央部、舞台全体を見渡せる位置に座しているようだ。

 最近の夢に出てきていた全く同じ光景。今自分がいるのはまたしても夢の中なのだろうか?

 

「ようこそ、ベルベットルームへ。久しぶり……って程でもないか」

 

 舞台上にスポットライトが差し込む。まるで舞台劇の一幕のように、一人の男が一筋の光に照らされて姿を表す。これもまた、以前の夢に出てきた男だった。

 

「君は一目見て結構気に入ってたから、こうしてまた会えたのが嬉しいよ」

 

 戸惑う自分に呼び掛けてくる男は、以前の夢と同じく舞台の中央に置かれたソファーに座ったまま手を振っていた。顔の部分には霧が掛かっているのも同じだ。

 

「君と俺の出会い、もはやこれは偶然じゃないな。必然、運命と呼ぶべきかもしれない。これはとある男が言っていたことなんだが、全ての命には存在する意味があるらしい。この出会いにも何かしら意味があるのだとしたら、その先を見てみたいと思わないかな?」

 

 暗闇の中でスポットライトに照らされることで、舞台上で手を高らかに伸ばす男の姿は圧倒的な存在感を放っている。さらに芝居掛かった物言いと語り口調。まさに舞台劇の登場人物達を彷彿させた。

 

「ところでどうだい?俺の占いは当たったかな?」

 

 男が突如話題を変えた。相変わらずこちらの意思を全く歯牙にも掛けずに話を進めていく。

 返答する必要は無かった。こちらが反応を見せる前に男はうんうんと頷くと、ソファーに背中を預けるように倒れ込んだ。

 

「ふむ、ずいぶん素敵な出会いを果たしたみたいだね。いや、実に結構だ。よし、また占ってみるとしようか。ああ、謝礼はいらないよ。単に俺がやりたいだけだから」

 

 そう言って男は背もたれから身を起こすと何処からかカードを取り出し、慣れた手つきでシャッフルを始めた。

 

「カード占いは面白いよね。占う度にまるっきり違う結果が出てくる。まるで移り変わっていく人生のようだ」

 

 やがて男の手が止まった。今度はカードをテーブルの中央に置いて、裏側を向けた状態で放射状に並べる。そして、その中から一枚だけ引き抜く。

 

「さあて、今度は何が出るのかな?」

 

 まるでピクニックにでも来ているかのような口ぶりで引き抜いたカードを表に返した。だが、その瞬間、男が顔をしかめる。無論男の顔は今も霧が掛かっていて表情が読めない。正確にはなんとなく、そんな気がしたのだ。捻り出したような唸り声を聞くからにも、決して良い結果ではなかったであろうことは想像できた。

 

「これは……」

 

 男は渋々といった様子でめくったカードを手前に置いた。

 人の傲慢さを象徴する虚飾の巨塔が、神の怒りに触れたために裁きの雷を受けて崩壊を始めた姿が描かれた『TOWER』のカード。

 殆どが何かしらポジティブな解釈が可能なタロットカードの中でも、ネガティヴな意味合いしか持たないというある意味稀有な存在だ。

 迫る厄災を暗示するアルカナのタイミングを見計らったかのような登場に、人を食ったような言動を繰り返してきたこの男ですら思わず一瞬言葉を失ってしまっていたようだ。

 

「……ふーん、『塔』か」

 

 男は一呼吸置くと、ソファーの背もたれにゆっくりともたれかかった。

 

「どうやら君にはこの先には長く険しい道のりが待っているようだ」

 

 明らかにさっきまでの調子からトーンがいくらか落ちている。たかが占いのはずだが、男は出た結果に対して本気で身を案じているようだ。

 今度は次々と多くのカードを並べて魔法陣を形成していく。

 次はいったい何をする気なのだろうか。

 

「けど、臆する必要は無いよ。なんせ君には……」

 

 男は中央のカードを反転させた。

 『FOOL』

 愚者。

 始まりにして終わりの数字『0』の性質を有する大アルカナ。

 何物にも決して染まらず、何物にも決して束縛されず、己の意思によってのみ道を切り開いていく放浪者。時に他者から見れば何処までも愚かにしか映らない選択もまた、自由が与えし可能性の体現である。探究の旅路の果てに待ち受けるは夢にまで見た楽園か、それとも地獄か。

 

「共に歩む仲間……」

 

 『愚者』の真上に配置されていたカードがその全貌を表す。

 『MAGICIAN』

 与えられた数字は『1』

 始まりと無限の可能性を示す『魔術師』のアルカナ。

 

 テーブルの上にはさらに八枚のタロットカードが裏側を向けたまま、中央の愚者のカードを守るかのように円形の配置で並べられている。

 

「尊き調を奏でる麗しい女神達が付いているのだからね!」

 

 劇場に響き渡る歌が佳境に突入したのか、ピアノの伴奏と共にその歌声は激しくなっていく。それに合わせるように、男は両手を大げさに広げた。その瞬間、まるで風が吹いたかのように全てのカード達が誰の手も借りず、自分で反転する。

 

『PRIESTESS』

 

『LOVERS』

 

『FORTUNE』

 

『CHARIOT』

 

『EMPRESS』

 

『HANGEDMAN』

 

『HIEROPHANT』

 

『JUSTICE』

 

 これで愚者を取り囲むように配置された九枚のカードの全貌が明らかとなった。

 

「さあ、君と共に困難に立ち向かう仲間達を紹介しよう!」

 

 男が指をパチンと鳴らすと同時に、舞台上に九つの眩い光が降り注ぐ。スポットライトに照らされて姿を現したのは、同じく九体のマネキン人形だ。うら若い少女の体格を再現したと思わしきそれらは、それぞれが無機質的な仮面を被っている。

 男はソファーから立ち上がり、高々と腕を振り上げた。

 

「『魔術師』は歌う!始まりの歌を!」

 

 ばらばらに九体の人形を照らしていたスポットライトが一箇所に集約された。音ノ木坂の制服を身に纏った少女を模したマネキン人形が、舞台劇の役者のようにその存在感を誇示する。

 

「『女教皇』は想う!友と歩む未来を!」

 

 次にスポットライトが集中したのは、小道具と思わしき人工の木にもたれ掛かって自分を隠くそうとする少女を模したマネキン人形だった。俯き加減で、今にも消えてしまいそうな儚さを感じてしまう。

 またもや男が指を鳴らした。それに合わせて、スポットライトは次々と新たな人形を輝き照らす。

 

「『恋愛』は求める!己が往くべき道を!」

 

 今度はメイド服を着て何処かに向かってさすらう少女。

 

「『運命』は知る!願いは勝ち取るものであると!」

 

 ブラウン管にしがみつき、画面の向こう側に住まう憧れの存在に恋焦がれる少女。

 

「『戦車』は駆ける!真なる姿を探し求めて!」

 

 自らのウェディングドレスを破ろうとする少女。

 

「『女帝』は紡ぐ!女神達が存在した証を!」

 

 埃の被ったピアノにしなだれかかる少女。

 

「『刑死者』は待ち続ける!苦難の日々が終わる時を!」

 

 教室の机に座って一人孤独に耐える少女。

 

「『法王』は繋ぐ!夜空に散らばる光を一つに!」

 

 空を仰ぎ見る巫女服の少女。

 

「『正義』は踊る!信念と希望の間に揺れながら!」

 

 そして最後に、床に崩れ落ちている、バレエ衣装の少女。

 

 そこからスポットライトの輝きは再び九体それぞれに分かれていく。同時に、再びソファーに座り込んだ男は満足そうに静かに笑った。いや、正確に言えば、笑ったような気がするのだ。顔に霧が掛かっているせいで男の表情は全くわからない。なのに、男の中で沸き起こってるらしき『喜』の感情は仄かに伝わってくるのだ。だから、この男は笑っているのだと確信した。

 思考を読むなんて大層なものではない。現に男が「何故喜んでいるのか?」ということまでは把握できていない。言語化されていない根源的な感情だけがダイレクトに伝わってくるのだ。まるで男と自分の心が直に繋がっているかのように。

 

「さあ、今日はここまでだよ。とはいえ、また会えるとは限らないのが辛いところだ。これが最後の邂逅になってしまう可能性も無きにしも非ずだからね。もしも次に会えるとしたら……」

 

 仮面を被った少女達を照らしていたスポットライトが一つづつ消えていく。同時に男の姿も徐々に遠くなっていく。この巨大な劇場も朧げと化していっている。どうやら今宵の終幕は近いようだ。

 

「君が最初の試練を乗り越えた時だ」

 

 中央のテーブルを照らす最後の灯りが消えた瞬間、世界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ!とうっ!そりゃっ!ぐぬぬぬぬ……!あーん、やっぱり駄目だー!」

 

 忘れ物をこっそり回収するために学校へと侵入した少女高坂穂乃果は、どんなに力を込めてもピクリとも動かぬ扉を前に頭を抱えていた。

 

「いったいどうなってるの⁉︎やっぱり開かないよー!」

 

 穂乃果なりに考えつくありとあらゆる手段を用いて開閉を試みていたのだが、一向に開かない現状についに観念し、自分の机に戻ってその上にペタンと座り込んだ。もしもこの場に海未がいれば行儀が悪いと説教が始まったに違いない。

 長い扉との格闘の末、とうとう降参した穂乃果はおもむろにポケットからスマートフォンを取り出す。画面は闇夜のように真っ暗だった。

 

「スマホも何故か急に電池切れちゃったし、ほんとどうしよう」

 

 穂乃果が教室の中に出られなくなってから、感覚的に1時間以上は経過していた。感覚的に、と表現したのは、実際にどれだけ時間が過ぎたのかを確認する術を穂乃果が持っていないからだ。

 黒板の上に設置された時計を見やる。長針単身が重なり合った状態で12の数字を刺し示したまま、動かなくなってしまっている。

 しかも、この少女に降りかかった災難はそれだけではなかった。穂乃果をさらに驚かせたのは、これらの異変と示し合わせたかのようにスマートフォンの電源が急に切れ、使用不可能になってしまったことである。

 さっきからずっと電源ボタンを押しているのにも関わらず、うんともすんとも言わない。スマートフォンが利用不可ということは、連絡を取る手段の消失を示している。夜間の学校に侵入したのが知られれば親や教師や海未から叱られるのが目に見えている故にあくまで最終手段ではあるが、これでは外部から助けを呼ぶことすらも不可能だろう。

 

「おっかしいなー。さっき満タンになるまで充電してたはずなのにー」

 

 物言わぬ金属の塊と化したスマートフォンを懐のポケットに戻しながら穂乃果はため息を吐いた。どんなに必要なのだとしても、使えないのなら仕方ない。

 普段文明の利器の恩恵を授かりながら生きる現代人の穂乃果にとって、それらが喪失した世界が如何に辛いものなのかを思い知らされているのだった。

 

「いったい、いつまでここにいなきゃならないんだろう?」

 

 机を椅子代わりにしている穂乃果は、両足をブラブラと揺らした。

 

「もしかして永遠に教室から出られない……なんてあるわけないよね!ないない!そんなの絶対ない!」

 

 穂乃果は全力で否定した。否定しなければ、少女のまだ未完成な心が折れてしまいそうだったからだ。

 永遠に夜が終わらないなど、本来ありえない。

 太陽が再び登らぬ日など決してありえない。

 この暗黒の世界も穂乃果が生まれてから、いや、それ以前から幾度も繰り返されてた夜と同じ変哲のない1日の光景なはずである。窓の外に浮かぶ怪しい輝きを放つ満月から目を逸らしながら、穂乃果は自分にそう言い聞かせていた。

 

「そうだよ……ここから出られないわけ……」

 

 心が沈む一方の穂乃果は机の上で体を丸めた。気休め程度ではあるが、ほんの少しだけ心細さが緩和された気がした。

 

「……海未ちゃんに色々酷いこと言っちゃった罰があたったのかなあ」

 

 普段は陽気に振舞ってはいるとはいえ、穂乃果はまだ年端もいかぬ少女でしかない。一人で孤独に過ごす今の状態は否応無く自分自身と向き合わざるをえなくなる。

ああすれば良かった。こうすれば良かった。

後悔ばかりが

 

「海未ちゃん……ことりちゃん……」

 

 自業自得とはいえ些細な理由で仲直りの機会を得られなかった親友といつも喧嘩を仲裁してくれた少女の姿を思い浮かべる。

もしも、永遠にこの場所から出られないなら、彼女達と再び平穏な日々を送ることもできない。ましてや、3人でアイドルを始めたいという細やかな望みすら叶えられないであろう。

 そこまで思考が行き着いた瞬間、穂乃果はブルブルと首を横に振った。

 

「駄目駄目!こんなの私じゃないよ!」

 

 握りこぶしを作りながら、椅子代わりにしていた机から飛び降りる。あれこれといつまでも悩み続けるのは自分に性に合わない。とりあえずやれるだけやってみる。それが高坂穂乃果という少女のモットーである。

 さっきは鍵やドアの噛み合わせが悪かっただけかもしれない。今度は駄目元で力の加減を変えながら試してみよう。穂乃果はそう考えて、入り口へと手を伸ばした。

そんな時だった。

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

 黒板の手前でドスンと大きな音を響かせて、何かが降ってきた。

 

「痛たたた……大丈夫ですか?」

 

「へ、平気だよ。一応怪我はしてないみたい」

 

「私もです。まだ少しお尻は痛みますが……」

 

 謎の二人組はキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「ねえ、ここってもしかして私達の教室じゃない?」

 

「間違いありませんね。黒板の日直の欄にミカの名前が書かれています。以前に理事長先生が『変異しても元の校舎の部分が残されている場合もある』と仰っていましたが、ここのようなことを言うのでしょう」

 

「じゃあ穂乃果ちゃんはこの近くに⁉︎」

 

「ええ、その可能性が高」

 

「あのー、お取り込み中すいません。何処から入ったのか知らないけど、助けてくれませんかー?私この教室から出られなくなっちゃってー」

 

 教室の隅で様子を伺っていた穂乃果だが、とうとう我慢できずに声を掛けることにした。二人組の顔が穂乃果へと向いた。

 

「え?」

 

「その声は……」

 

 月の光に照らされて明らかとなった闖入者達の全貌を目にした穂乃果は、まるで狐につままれたかのような顔で唖然としていた。ついさっき会いたいと願ったばかりの少女達がそこにいたからだ。

 

「あれれ?海未ちゃん?ことりちゃん?どうしてここにいるの?」

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