ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

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第16話

「西木野さん!」

 

 絵里に誘導された先で静流を待っていたのは赤毛の後輩であった。

 

「すいません。ちょっとドジっちゃいました……」

 

 ようやく再会した真姫は床に尻餅をついたまま呼吸を乱していた。一見すると大きな怪我をしているようには思えない。が、決して何事も無かったわけではないのもまた確かだった。額からは大量の汗が流れ、そのせいで自慢の赤毛もべっとりと顔に貼りついていた。相当な危機的状況が迫っていたのだろう。

 

「それより先輩!急いで園田先輩達と合流して下さい!例の大型は恐らくあっちに向かって……くぅっ!」

 

「動いちゃ駄目だ!君だって足を怪我してるじゃないか!」

 

 苦悶の声を漏らす真姫に駆け寄った静流はすぐさましゃがんだ。制服のスカートから伸びる細長い両脚はモデル顔負けに色白で華奢な印象を与えている。しかし、そんな自然の造形美を台無しにするかのように、靴下を脱いで露わになった右側の足首は赤く腫れていた。

 

「逃げる途中で挫いちゃいました。シャドウから受けた傷じゃないと回復魔法も効かないから治しようが無くて。さっきは逃げて隠れるのが関の山だったんです。情けない!」

 

「絵里さん!絵里さん!ダメだ。急に声が聞こえてこなくなった。なんでなんだ⁉︎」

 

「無駄ですよ。私もさっきから生徒会長に呼びかけてるけど、全然返事が返ってこないんです。きっと私が戦った『奴』のせいね」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、広間の奥にある通路を睨みつける真姫。

 

「あいつ、冗談抜きでヤバいわ。強さも今まで奴らと桁違いだったけど、生徒会長との通信も妨害できるなんて!園田先輩と南先輩の二人で、言い方は悪いけどしかも荷物を抱えたままどうにかなる相手じゃない。早く助けに行かないと」

 

 そうは言うものの、少年の目には、この少女の方にこそ一先ず手助けする必要があるように思えた。

 

「君こそ安静にしてなきゃ……」

 

「もう平気です。このくらいなら……いつっ!」

 

 無理矢理自力で体を起こそうとするが、腫れた足首を抑えてすぐに再び尻餅をついてしまう。誰がどう見ても、真姫一人で行動できる状態では無かった。

 

「ごめん。ちょっと大人しくしてて」

 

「へ?あ……はあっ⁉︎」

 

 真姫はギョッと目を見開く。いきなり眼前で異性が服を脱ぎ出したら動揺するのも無理はないだろう。

 一見して運動とは無縁そうな細身の割に、意外にもしっかりと筋肉が付いている少年の肌がみるみるうちに露わになった。父親以外の男性の裸を間近で見た経験の無い真姫は、同世代の少年による突然の行動を前に顔を赤らめ、両手でなんとか視界を塞ごうとする。

 

「な、何を!?」

 

 戸惑いのあまりに裏返った声を発してしまう真姫に構うことなく、新しいシャツの下部を躊躇いなくビリリと音を立てながら破っていく。

 

「じっとしててね」

 

 そして、破いたシャツの切れ端を使って真姫の足首にグルグルと巻いていった。

 

「うん、これで良し」

 

 真姫の足首を固定し終えた静流は満足げに頷いた。

 

「とりあえず捻挫の応急処置は済ませから。ここから出たら病院でちゃんと見てもらうんだよ……って、院長の娘に言うのは釈迦に説教かな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 なんとか冷静になって少年の意図をようやく理解した真姫は、目を逸らしながらもポツリと感謝を述べた。

 

「お礼を言われる程の事じゃないよ。それより僕こそ君に謝らなくちゃ」

 

「え?」

 

 シャツに再び袖を通し、上からブレザーを羽織り直した。上着のボタンを留めてしまえば、破いた部分は一応隠れて見えなくなるようだ。

 

「君を一人にさせてごめんね。女の子がたった一人でこんな所に取り残されたんだから恐かったでしょ?」

 

「べ、別に!私は先輩よりは戦い慣れてますから一応!心配は余計な御世話です!」

 

「そうか、なるほど。流石は西木野さんだね」

 

「先輩こそ実戦経験ゼロでしょ?一人じゃ恐くて震えてたんじゃないですか?」

 

「うん、だけど君と再会できたおかげで今は大丈夫だよ」

 

「……ほんとにそう思ってるのかしら?」

 

 口を尖らせて不満を漏らす今の真姫は、普段の大人びたイメージとは違って年相応の少女らしさを感じさせている。こうやって一緒にいる時間が多くなれば、もっと意外な姿を目にすることが可能かもしれない。もっとも、そのきっかけが得体の知れない怪物に襲われたから、というのはあまりにも数奇な運命と言わざるをえないが。

 静流がそんな感想を抱いた時だった。赤毛の少女が真剣な表情に戻った。

 

「待って先輩!後ろを見て!」

 

 真姫に指摘されてすぐさま振り向く。反対側の通路からから、何かがゆらゆらと宙を浮遊しながら二人に迫って来ている。漆黒オーラを纏うそれらはまるで影のようだ。この迷宮に関する知識を持つ二人は、影の正体を既に知っている。

 

「まずい!シャドウだ!」

 

 自由に動けない真姫を庇うように、静流は前に出てきた影達と対峙する。

 その姿形は既存の生物から完全にかけ離れていた。一言で形容するならば、ビーチボールサイズの球体に舌の飛び出した唇だけが存在する。そんな奇妙な体型でフワフワと宙で揺らいでいた。

 一見すると愛嬌のある外見だが、口のサイズに比例して肥大化した舌の部分は妖しく舌なめずりを始めている。二人の人間を獲物として認識しているのだろう。さらに翼も無しに自在に空中を滑空する飛行能力。まさしく人知を超えた危険な存在である。

 

「あれは"アブルリー"!」

 

「アブルリー?ふーん、背中に貼りついた仮面を見る限り、魔術師タイプのシャドウだね」

 

 さっきまでニヤニヤしていた静流から笑顔が完全に消えた。代わりに、迫り来る異形達を一体ずつ目で追っていく。

 

「1……2……3……全部で4体か。初心者相手にちょっと手加減が足りないんじゃないかな?チュートリアルでゲームオーバーとか勘弁してもらいたいもんだけど」

 

 軽口を叩いているように聞こえるが、その目は真剣そのものだ。

 

「気をつけて下さい先輩!そいつは一体一体の戦闘力そのものは大したことないけど、常に集団で獲物を狙う厄介な習性を持ってるの!追跡能力も高いから、一度も目を付けられたら逃げるのは至難の業よ!」

 

「なるほど。だったら西木野さんを抱えたまま逃げるのは無理みたいだね……」

 

 そう言って静流は逆手に持っていた日本刀を反対に持ち変える。

 

「迷ってる暇は無いか。僕が応戦する!」

 

「待ってください!だったら私も戦いま……痛っ!」

 

「君は僕の後ろに隠れてて!」

 

 悔しそうに歯を食いしばる真姫。納得はしていないようだが、それでも素直に従い、座ったまま入り口付近まで後ずさりしていく。

 

「……お願いします」

 

 真姫が後方に下がったのを確認した静流は腰のホルダーから一丁の拳銃を取り出した。だが、その銃口は今目の前に迫り来る脅威に対してではなく、自分自身の側頭部へと向けられた。

 

「さあ、来るんだ……」

 

 この銃は本来の機能である、銃弾の発射機構を備えていない。

 見た目がそっくりなだけの単なるレプリカ。

 にも関わらず、銃という存在が喚起する死のイメージは、決して消えることはない。なんせその重みと威圧感は本物と変わらないのだ。死の象徴たる兵器は早過ぎる命の終わりを少なくともイメージだけであっても、若人に突きつけていた。

 自ら死に迫る残酷な儀式は少年の中に眠る『生存本能』は無理矢理呼び醒された。少年は確信する。己の分身は今ここに降臨する、と。

 そして、

 

「もう一人の僕……」

 

 トリガーを一気に引き抜いた。

 

「来い!タミュラス!!!!!」

 

 何かが砕けるような音と共に、辺り一帯で凄まじい勢いの風が吹き荒れ始めた。青白い光も燃え盛る炎の如く、溢れんばかりの輝きを放つ。背後の真姫も思わず袖で視界を抑える程だ。狩人として静流を狙う異形の怪物達も、獲物の特異性に今になって気づき、明らかに動揺してるように見える。

 

<我は汝……汝は我……>

 

 拡散していた粒子が一箇所に集まり、人の形を成していく。その体躯は並の人間を遥かに上回っている。

 

<我は汝の心の海より出でし者……>

 

 現界した大男は静流や真姫と同じ人とは到底思えない異様な存在感を放っていた。三メートルを超えるであろう長身。パンクロッカーを彷彿させる、レザー風の黒づくめ衣装。表情までも覆い隠す銀色の仮面。

 そしてなにより、背中に配置されている白いVの字型エレキギターが目を引いた。どう見てもただのエレキギターではない。何故ならそのサイズは持ち主本人ほぼ変わらぬ等身大レベルの物だったからだ。

 衣装から持ち物、その全てがおっとりとした印象を与えるこの少年からかけ離れた攻撃的な意匠であった。

 

<黄昏の奏者、タミュラスなり!>

 

 青い光と共に姿を現した大男は、背負っている巨大なエレキギターのネック部分を右手で握りしめると、背中から一気に引き抜いて豪快に振り下ろす。ブオンっと風を切る音と共に大地が一瞬激しく揺れる。件のエレキギターは大理石の床に大穴を開けていた。

 その雄々しい外見に違わぬ強大なパワーを目の当たりにした真姫は、ゴクリと喉を鳴らしながら感嘆した。

 

「これが天宮先輩のペルソナ……」

 

 ペルソナ。

 

 それは誰しもが無意識の中で持っている、もう一つの自分自身。

 その名の通りに素顔を仮面で覆い隠し、古来より民草にとっての強さの象徴たる、神話上に名を残す神や悪魔あるいは英雄達の姿を借りて具現化された存在。

 信仰と精神の融合。謂わば、人の心の力そのもの。困難に抗う意思を示す人格の鎧。

 本来ならば、封じられた闘争本能( アニムス )を有する()()()にのみ与えられた異能力。

 それが今、一人の少年の呼び掛けに応じ、共に戦う守護者となりて姿を現す。

 

「行け!タミュラス!」

 

 穴からエレキギターを引き抜き、肩にからい直した大男、タミュラスは静流の指示に合わせてアブルリーと呼ばれた怪物に肉薄する。しかし、アブルリーもその様子を大人しく見ているだけのはずもない。小さな体躯を活かした素早い動きで逆にタミュラスへと接近。一斉に体当たりを開始した。その内の一体が、なんとか回避しようとする黒衣の奏者の脇腹を正確に捉える。ドンッと鈍い音がした。

 

「ぐっ!」

 

 静流は苦悶の表情を浮かべながら脇腹を抑えた。まるで自分自身が同じ痛いを味わっているかのような反応を見せる。とはいえ、黙って痛みに耐えているだけのつもりはない。少年は己の分身に目配せした。少年のペルソナはなおも脇腹を抉ろうとするアブルリーを左手で鷲掴みすると、無理矢理自身から引き剥がし、床に目掛けて思いっきり投げつける。

 派手な音と共に、アブルリーが大理石の床に沈み込む。予期せぬ反撃を受けたからか、アブルリーはすぐに動ける様子ではない。これを好機と見た静流はタミュラスに右手で握りしめていたエレキギターを高く掲げさせる。

 

「このおっ!」

 

 そのままアブルリー目掛けて、勢いよく振り下ろした。見た目に違わぬ重量がのし掛かる。床ごと叩き潰された異形の存在は黒い塵となって、その肉片を大気中に散らしていく。

 

「まずは1体!」

 

 床の割れ目から等身大エレキギターを引き抜いたタミュラスが、三体に減ったアブルリーを仮面越しに睨みつける。怪物達はさっきとは打って変わって、距離をとりながらこちらの様子を窺っている。仲間が一匹撃破されたために警戒しているであろうことが見てとれた。今のは不意打ち気味に反撃したおかげで難なく撃破できたが、この様子では次はそう簡単にいかないかもしれない。

 静流がそんな判断をした時だった。背後で壁に寄りかかっている真姫が大声で叫んだ。

 

「先輩!そいつらは電撃属性が弱点なんです!タミュラスが使える属性は⁉︎」

 

 静流は真姫のアドバイスにニヤリと笑って応えた。

 

「ありがとう西木野さん!だったら、この勝負はいただきだ!」

 

 背後の真姫に微笑んだ静流は再びアブルリーに視線を戻すと、右手をタミュラスに向かって伸ばした。

 

「タミュラス!電撃魔法( ジオ )発動!」

 

 仮面から覗くタミュラスの双眸がギラリと輝く。同時に、これまで鈍器のように扱っていたエレキギターを本来の使い道である演奏時の構えをとる。そして、弦に指を掛け、勢い良くかき鳴らした。耳を裂きそうな程の甲高いエレクトリックサウンドが広間中に響き渡る。

 その時だ。広間の中央にて突然、青白い光と共に放電現象が発生した。それを見てアブルリーの一体が慌てて逃げの態勢を取り始めるが既に遅い。バチバチと派手な音を鳴らしつつ、巨大に成長した雷が一直線に襲いかかる。自然界に存在する本物の電気とは違う、"心の海"を通じて精神エネルギー( プラーナ )を変容させた擬似的な放電現象だが、秘められた性質は実際の物と何ら変わらない。

 目が眩む程の凄まじい輝きを放ちながら、アブルリーの肉体を高圧電流によって徹底的に焼き焦がす。やがて耐えられなくなったのか、アブルリーは黒こげの体から煙を出して霧散していった。

 

「2体目っ!」

 

 安堵する余裕は無い。半分の数を撃破したところで、敵の動きが変わってしまう。突然残された二体が静流を中心として周囲をグルグルと回り始めた。そして、そのまま少しづつ距離を狭めていく。今度は真正面からではなく、翻弄してじわじわと追い詰める作戦のようだ。

 

「ならもう一度!」

 

 同じ要領で再びタミュラスが弦を弾く。再び広間をこだまする本物そっくりな電子音と共に降り注ぐ電撃は、アブルリーの体を容赦なく撃ち貫いた。先程の個体と同じように、激しく身悶えしながら砕け散っていく。

 

「これで3体目!」

 

 仲間を全て撃破されてしまった最後の個体は戸惑いからか、その場から動こうとしない。このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。すぐさま三度目の電撃魔法を指示する。

 だが、

 

「とどめ……っ⁉︎」

 

 エレキギターをかき鳴らすのも三度目に入ろうとした時だった。タミュラスはその動作を直前で止めた。急に動きが悪くなったために、後ろで見ていた真姫は心配のあまり冷や汗を流す。

 

「ちょっと先輩!」

 

「だ、大丈夫!少し目眩がしただけだから!」

 

 心配ないと後輩に手を振りながら、額から伝っている汗を袖で拭った。

 

「くう!実戦で魔法を使うとプラーナの消耗が思った以上に激しいな!こいつはそう何度も連発出来ないや!例の大型のためにもなるべく温存しておかないと……!」

 

 魔法攻撃をキャンセルして、再び白兵戦を指示。再び距離を詰めて背中のエレキギターを鈍器として使用する。が、幾度となくエレキギターを振り回しても、かすりもしない。アブルリーはこちらを嘲笑うかのように、大きな舌を振り子の如く揺らしている。

 

「くっ……」

 

 僅かな隙を見出す度にすかさず薙ぎ払いを行うものの、やはり身軽な動きで上空に逃げられてしまう。そう同じ手は通じないということなのか。理事長からシャドウは人とコミュニケーションを行う知性を持たないと聞いていたが、どうやら本能的に敵の動きを把握する位の学習能力は有しているようだ。

 

「ちょこまかと!」

 

 このエレキギターは鈍器物として見た場合、身の丈程ある巨大さゆえに重量と破壊力は充分ではあるが、取り回しに関しては少々扱いづらいには違いない。大型犬程度のサイズしかない標的相手には正直分が悪いと言えた。しかし、雷を発生させるのもまた静流の精神に大きな負担を掛けてしまう。この先にも強大な敵が待ち受けている以上、そうおいそれと使うわけにはいかない。

 

「だったら……戻れ!タミュラス!」

 

 構えを解いたタミュラスが青い光と化して、静流の肉体に吸収されていく。いや、元々は彼の中に居たのだから還っていくという表現が正しいかもしれない。

 分身を体内に戻した代わりに、手の中にあった日本刀を再度構え直す。切っ先を空中でゆらゆらと揺れながら滞空している最後の一体に向けた。

 

「こいつだけなら……!」

 

 アブルリーがこちらに向かって突進を始めた。同時に床を勢い良く蹴って駆け出す。

 

「はあっ!」

 

 いかに空中を自在に浮遊できようと、加速している途中で起動を変えるのは至難だろう。少年の狙い通りに、二者は正面で肉薄した。

 一気に距離を詰めた静流はそのまま眼前に踏み込み、斜めに刀を振り下ろす。一直線に太刀筋が走る。ブシュッとグロテスクな音と共に深い切り傷を負ったアブルリーは不気味な苦悶の声を漏らす。

 

「こいつで……」

 

 堅実なダメージは与えたが、まだ致命傷には至っていない。ならば、もう一太刀浴びせておくべきだろう。

 だったら袈裟斬りを受けて怯んでいる今が好機。もはや、今のアブルリーに静流の剣撃を回避するような余裕は残されていない。

 天に向かって高く振り上げた日本刀の刃がキラリと白い輝きを放ちながら、風前の灯となった命に容赦なく狙いを定めた。

 

「終わりだ!」

 

 少年の叫びと共に、刀がもう一度振り下ろされる。今度は傷を入れるどころか、綺麗に一刀両断。真っ二つに分かれたアブルリーは既に倒された三体同様、塵と化して消えていくのだった。

 一部始終を眺めているしかなかった真姫は思わず感嘆する。

 

「す、すごい……ここ最近になって使えるようになったばかりとは思えない……」

 

「ふう……戦闘終了っと」

 

 迫っていた全ての脅威を片付けた静流は、安堵のため息を吐くとくるりと後ろを向いた。

 

「どうだった?」

 

「え?」

 

 制服の乱れを直しながら駆け寄ってくる静流を真姫は、唐突に尋ねられたためにすぐには反応できず、キョトンとした惚け顔で迎える。

 

「ど、どうって?」

 

「僕の初陣だよ。百戦錬磨の西木野先生からの評価が気になっちゃってー」

 

 歯を見せて笑う上級生を眺めている内に、真姫は西洋人形のように端正な顔をトマトのように赤くしていく。

 

「だ、誰が百戦錬磨ですか!それに先生だなんて!今は怪我して戦力外になってる私への皮肉や当てこすりにしか聞こえなかったんですけど!」

 

「ごめんごめん。そういうつもりじゃなかったんですけど」

 

「えっと……そ、そうですね……まあ、初めてにしてはなかなか良かったんじゃないですか?ちょっと不慣れでぎこちない動きが目立ってたけど、初めての実戦なんだから充分に及第点ですね。この調子ならすぐに自在に使いこなせるようになると思います」

 

「なるほど。西木野先生からお墨付きを貰っちゃったよ」

 

「だから先生ってのはやめ……」

 

「ほら」

 

 不平不満を訴えようとした矢先に遮られ、今度は突然背中を向けられた。

 

「ほらって?」

 

 静流の意図が理解できず首を傾げる。

 

「僕の背中に乗って」

 

「……うええっ⁉︎せ、背中って!」

 

「急いで園田さん達と合流しなきゃでしょ。君をここに置いてくわけにもいかないし」

 

「うっ……」

 

 一応撃退はしたが、ここではあの怪物達は無尽蔵に湧いて出てくる。またしても襲いかかってくるかもしれない。そうなれば怪我で自由に動けない真姫は奴らの格好の餌食だろう。それくらいは真姫としても自分でわかっている。

 

「しょうがないですね……」

 

 さっきは下着一枚の半裸姿を見せつけられ、今度は背中におんぶされそうになっている。実はサンタの存在を未だに信じている純真少女の真姫にとって、ある意味異能力を使って怪物と戦う以上に刺激的な体験かもしれない。

 それでも羞恥に耐えることを決めた真姫は、渋々といった様子で静流の背中に身を預けた。

 

「乗ったね。それじゃあ、よいしょっと」

 

「ひぃっ!」

 

 ぎゅっ!

 

「わわわ!西木野さん⁉︎」

 

 なるべく直に肌に当らぬようにハイソックスの部分を握ったのだが、その気遣いがあっても初心な少女にとって、男性、それも同世代の少年に触れられるのは刺激が強すぎたようだ。気恥ずかしさと体勢を維持することの間に揺れ、結果少年の首は後ろから両手で思いっきり締め付けられた。

 

「けほっ!けほっ!ちょっと!君、腕に力入れすぎ!」

 

 窒息寸前まで追い込まれているせいで、美少女との触れ合いを楽しむ余裕は無い。あやうく戦いと関係ないところで昇天してしまういそうになったが、真姫が少し力を緩めたおかげでなんとか一命はとりとめる。

 

「し、仕方ないでしょ!パパ以外の男の人の背中に乗るのは初めてなんですから!」

 

「……パパ?」

 

パシンッ!

 

「あいたっ!」

 

 大人びた容姿の真姫にあまり似つかわしくない単語が飛び出したことで静流は疑問符を浮かべるが、その瞬間今度は頭頂部に真姫の手刀が降り注いだ。これ以上は戦闘以外で命が保たないかもしれない。

 

「む、無駄口叩かない!体力温存のためにも黙って走る!」

 

「はいはい」

 

「はいは一回ですよ!」

 

「はーい」

 

 顔を赤くしながら通路の奥を指差す真姫の指示に大人しく従う。が、背中の真姫からは見えなかっために、少年が密かに半笑いなのには気づくことはなかった。




〈愚者・タミュラス〉
 音ノ木坂学院に共学化モデルケースとして転入してきた少年、天宮 静流のメインペルソナ。対応アルカナはFOOL。巨大なエレキギターを背負ったパンクミュージシャン風の容姿を持つ。原典のタミュラスは竪琴の名手だが、音楽に興味の無かった静流の音楽家に対する貧困なイメージと偏見が反映されている模様。
 普段は背負っている等身大ギターを用いた格闘戦と電撃属性の攻撃魔法を主な戦法としている。能力に欠点は無いが、特筆する点も無いバランス重視のステータス。弱点属性は氷結。
力・B
魔・B
耐・B
速・B
運・B

 ギリシャ神話に登場する、神の血を引く吟遊詩人。竪琴の名手として不動の地位と名声を得るも、増長したタミュラスは芸術の女神であるミューズの九姉妹を全て我が物とするため彼女らに歌の勝負を挑む。しかし、結果は敗北。この行為はミューズ達の怒りを買い、タミュラスは音楽に関する才能を全て剥奪されてしまう。




〈女帝・タレイア〉
 音ノ木坂学院1年の西木野 真姫の初期専用ペルソナ。対応アルカナはEMPRESS。詳細は不明だが、一人であらゆる状況に対応可能とのこと。

 ギリシャ神話に登場する、ミューズの女神の一柱。
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