ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

17 / 20
第17話

「そんな……ここで行き止まりだなんて……」

 

 穂乃果は目の前に立ち塞がる岩山を前にして頭を抱えた。海未と別れてから相当な道を走った後に待っていたのが、まさかこれとは。

 

「生徒会長、どうしますか?岩で道が塞がれてて通れないんですけど……生徒会長?」

 

「どうしたの?ことりちゃん?」

 

 ことりは首を横に振ると、その落胆ぶりが目に見えてわかる程の深いため息を吐いた。

 

「さっきから生徒会長から反応が返ってこなくて……」

 

「え?それ結構まずくない⁉︎」

 

「結構というか、かなり……」

 

 脇目も振らず逃げ続けた二人を絶望の淵に叩き落としたのは、とある広間にて出口を塞ぐ巨大な岩の存在だった。広間そのものは何の仕掛けもないごく普通の部屋であったが、肝心の反対側の出入り口には岩石がこれでもかと言う程積まれてしまっていたのだ。

 おまけにここまで誘導していた絵里を頼ることもままならない。八方塞がりの状況に二人は立ち尽くしかなかった。

 

「……ん?うわ、なんか石が落ちてきた!」

 

「気をつけて穂乃果ちゃん。多分この岩は天井が崩れてきた物なんだよ」

 

 パラパラと頭に掛かった砂埃を払いながら、穂乃果とことりは天井を仰ぎ見た。驚くべきことに、ちょうど真上に巨大な穴を見つけた。今、出口を塞いでいる岩石とほぼ同じサイズで大きく抉れてしまっている。おそらく、ことりの推測は正解に違いない。

 

「何なんだろあれ……どうしたらあんなに大きな穴が出来ちゃうのかな?この部屋老朽化してるって感じでもないし」

 

「今は考えてても仕方ないよ。生徒会長の指示を待ってばかりってわけにもいかないし、それより先に出口が無いか探してみよう?」

 

「うーん……それもそうだね」

 

 どうにも腑に落ちない様子の穂乃果だったが、ことりの意見も正しい。ひとまず穴を開けた存在の正体は頭の片隅に置いて、周囲を歩きながらキョロキョロと眺め始めた。

 

「うわーダメ。抜け穴一つ見当たらないよー」

 

 結局、隅から隅まで岩石の周辺を探し回るも徒労に終わってしまった。一仕事済ませた穂乃果は、近くの丁度いい大きさの石に腰掛ける。年頃の少女らしかぬ豪快な座り方に、ことりもつい笑ってしまっていた。

 

「もー!ことりちゃん!何がおかしいの!」

 

「ううん、そうじゃないよ。ただ、穂乃果ちゃんはこういう時でも相変わらず穂乃果ちゃんらしいんだなーって」

 

「むー、それってまるで私が緊張感の無い底抜け能天気みたいじゃん!」

 

 まるで、というよりそのものなのだが、当の本人だけはどうにも自覚があまり無いのが穂乃果という少女だ。この評価は不服らしく、ヘソを曲げて頬を膨らませた。

 

「えー、でも、それが悪いわけじゃないと思うんだけどなー」

 

「ちょっと!少しは否定してよーっ!」

 

「ごめんごめん」

 

 ことりは舌を出してペロリと笑う。この愛らしい仕草が逆にますます穂乃果の機嫌を損ねてしまった。

 

「もう!ことりちゃんのイジワルッ!」

 

 普段はそこまで穂乃果を弄らないことりにまでからかわれたせいでかなりのご冠なようだ。腕を組んで不満そうに口を尖らせている。

 

「ことりちゃんも海未ちゃんも酷いよ!みんな揃って私のことを馬鹿にし……あっ……」

 

 穂乃果の口から海未の名前が出てきた途端に、ことりの表情が一気に暗くなった。しまった、と慌てて口を抑えている穂乃果は口笛を吹きながら立ち上がった。

 

「そういえば、ことりちゃんさっきは電話いきなり切ってごめんね!実は急に自分で宿題済ませたくなっちゃって!参考書と教科書を取りに行こうって思ったの!まあ、そのせいでこんなことになっちゃったけど……」

 

 そう言って穂乃果はバッグから教科書を取り出した。無理矢理感のある話題逸らしに滲み出る気遣いを感じ取ったことりは、はにかむように微笑んだ。

 

「ありがとう穂乃果ちゃん。でも、無理しなくてもいいよ」

 

「え?いやー、そんなつもりは……」

 

「海未ちゃんならきっと大丈夫だから」

 

 図星を突かれて焦り出した穂乃果の隣に座ったことりは、手慰みに近くの小石を拾って遠くに投げ飛ばした。小石は放物線を描いて別の岩にぶつかり、粉々に砕け散る。

 

「私から見ても、海未ちゃんってすっごく強いからね。心配しなくて良いよ」

 

「う、うん!そうだよね!あの海未ちゃんだもん!どんなのが相手でも絶対負けるはずないよね!」

 

 穂乃果は自分に言い聞かせるように、大げさに頷く。

 

「それにしてもビックリだよー。ことりちゃんも海未ちゃんもここにずいぶん慣れてるみたいだけど、もしかして結構前からあのなんちゃらって怪物達と戦ってたんじゃない?」

 

「まあね。二年に上がる少し前だったから、二ヶ月くらいかな?」

 

 その間、幼馴染二人が自分にだけ秘密にしていたということが癪に触ったのか、またも頬をぷくりと膨らませる。

 

「かなり前じゃん!水臭いよー。その間はずっと秘密にしてたわけでしょ?教えてくれたら絶対応援してたのに」

 

「そういうわけにはいかないよ。海未ちゃんからも他言無用だって言われてたし。それに穂乃果ちゃんも直接目にしなきゃ信じれなかったでしょ?」

 

「あー、うん、それもそうか……」

 

 もし今日体験した内容を家で待っているであろう妹や両親に話したとしても、おそらく信じてはもらえないだろう。そう考えると、彼女達が秘密にしていたのは仕方ない話ではある。

 

「でも、いいなー。私もことりちゃんみたいに、あんな感じでバーっと出してみたいっ!なんかすっごくカッコいいじゃん!あの変な怪物達をあっという間にやっつけちゃうんだもん!」

 

「そうかな?海未ちゃんはともかく、私なんかより穂乃果ちゃんの方がずっとカッコいいと思うけどな」

 

「へ?わ、私が?」

 

 突然の話に穂乃果は戸惑い、自分自身を指差す。

 

「うん、私だけじゃない。海未ちゃんもきっとそう思ってるよ。だって……穂乃果ちゃんは小さい頃からずっと私達のヒーローだもの」

 

「もー!ことりちゃんったら冗談キツいよー!そんわけないって!だって私だよ?海未ちゃんいっつも穂乃果はだらしないって怒ってばかりなのにありえないよ!うん、ありえない!」

 

 気恥ずかしさを押し隠すかのように、穂乃果は慌てて立ち上がり、ことりに手を差し伸べる。

 

「さーて!少し疲れがとれたし、それじゃあそろそろ行こうか!どうせ道が塞がれてるなら、戻って別の道探してみよう!途中で海未ちゃんと合流出来るかもっ!」

 

 ことりは静かに笑いを漏らすと、穂乃果の手を握り返してゆっくり立ち上がった。

 

「そうだね。ここには他に出口も無いみたいだし、穂乃果ちゃんの言う通り、一度前の部屋まで戻って別ルートを……」

 

 ドンッ!!!

 

 爆音が鳴り響くと同時に、天井からパラパラと砂が舞い落ちる。二人は血相を変えて背後に振り向いた。そして、"それ"を目の当たりにした穂乃果は口を抑えて慄く。

 

「あれって……」

 

「こ、これが生徒会長さんの言ってた例の“超大型”⁉︎」

 

 ことりは声を震わせながらも、穂乃果を庇うように前に出る。

 

「な、何あれ……?」

 

 ことりの背中越しに"それ"から目を離せないでいる穂乃果は、思わず後ずさった。今日だけでももはや片手では数え切れない程に驚愕の光景を目にしてきた穂乃果だったが、今度ばかりは心臓が止まりそうになる。

 

 あまりにも巨大な存在だった。

 

 16年の人生の中で、彼女は象より大きい生物をこの目で見たことがない。いるにしても象より巨大な存在と言えば、多くの人が滅多にお目にかかれないであろうクジラくらいのものだろう。だが、それは明らかに象を遥かに上回るサイズを有している。

 しかも、異様なのは大きさだけではない。不気味な仮面の張り付いた漆黒の胴体には、蜘蛛のように多数の脚が生えていて、その巨体を見事なまでに支えていた。脚同様に多数存在する腕はうねうねと忙しなく動いており、まるで"目の前の獲物"を求めているかのようだ。

 先程ことりが追い払った怪物達と似たり寄ったり、いや、それ以上にこの世のものとは思えぬ異形。威圧感からして、おそらく怪物達の親玉か的存在に違いない。

 あまりの醜悪さと、離れていても伝わってくる殺意に、穂乃果は思わず吐き気が込み上げそうになる。そして、恐怖に打ちひしがれているのは穂乃果だけではなかった。

 

「こんな大きいサイズのシャドウ……初めて見た」

 

 この怪物に対抗する力を持っているはずのことりですら膝を震えさせている。穂乃果に見せたあの超人的身体能力と風を操る謎の女性を呼び出せることりですら。

 穂乃果の胸の中に不安が立ち込めた時、その蒼い瞳にあるものが映った。

 

「あーっ!う、海未ちゃん⁉︎見てよことりちゃん!あそこ!海未ちゃんが!」

 

「え……ああっ!」

 

 幾多にも存在する怪物の手の一つに、少女達がよく知る人物が握られてる。さっき通路で一人残った幼馴染の海未が、ぐったりとしたまま怪物の手中に囚われていたのだ。

 

「おーい海未ちゃーん!目を覚まして海未ちゃーん!」

 

「海未ちゃん!お願いしっかりして!」

 

 少女達の叫びの甲斐なく、海未はだらんと首を横に傾けたままだ。

 

「ダメ!気を失ってるみたい!」

 

 ことりは親友の絶体絶命の危機に冷や汗が止まらない。さらに言えば、危機に瀕しているには海未だけではない。次の標的である自分達もだ。

 

「生徒会長!ど、どうすれば?」

 

 ことりはすぐさま絵里の指示を仰ごうと耳を澄ませた。しかし、いくら待っても何も返ってこない。

 

「生徒会長の声が全然聞こえない……」

 

「そんな……」

 

 正直言って絵里に苦手意識を抱いている二人だが、こんな状況ではあの毅然さはむしろありがたかっただろう。彼女の助力を得られないことがここまで心細いとは思ってもみなかった。

 

「そうだ!ことりちゃん!さっきの女の人を使ってあいつをやっつけれないの⁉︎あの人ってことりちゃんが呼んだんだよね⁉︎」

 

「一応そうだけど……」

 

「それじゃあさ!さっと呼び出して、パーっとやっつけてよ!ことりちゃんなら出来るんでしょ⁉︎」

 

「……」

 

 ことりはすぐには頷かなかった。迷っている顔で下を向いてしまっていた。しかし、その時間も長くはなかった。今の瞬間にもあの巨大な敵が迫りつあるのだから。しばしの間深呼吸したことりは、やがて覚悟を決めた表情で穂乃果へ目配せする。

 

「……穂乃果ちゃんはそこの岩陰に隠れてて!」

 

 この状況では穂乃果は足手まといでしかない。ことりに指示された通りに、足を震わせながらも大きな岩陰へと移動する。穂乃果がひとまず安全圏内に隠れたのを確認したことりは太もものホルスターから黒いリボルバータイプの拳銃を取り出し、額に突きつける。

 

「行きます!ペルソナーッ!」

 

 引き金が引かれると同時に青白い光がことりの周囲に拡散。やがて、それは収束し、女性の姿を形取る。

 

「さっきと同じ……やっぱりことりちゃんが!」

 

 銀色の兜を被ったメイド服の女性が怪物の前に立ちはだかる。女性も穂乃果達よりかなり巨体ではあるが、それでも怪物とは明確なまでに体格差がある。おかげで不安はどうにも消えなかった。

 

「お願い!クレオ!!!海未ちゃんだけは外してっ!」

 

 ことりの叫びに合わせて、女性の兜の装飾である金属の翼が肥大化する。そして、空に飛び立つ鳥の如く優雅に羽ばたいた。

 

「〈ガル〉!発動!」

 

 そこから生まれるは一陣の疾風。かまいたちの如き猛風と化したそれは怪物の巨体を全て覆い尽くす。

 小さな竜巻は丁寧にも海未だけは避けつつも、身動きのとれない怪物を遠慮なく切り刻んでいった。

 

「やったあ!」

 

 無機質な仮面から表情は窺えないが、身を震わせながら風に耐えているだけだ。穂乃果は勝利を確信して拳を握り締める。

 しかし、

 

「だ、ダメ!止まらない!」

 

 風の中で体勢を立て直した怪物が突如腕を豪快に振り回し、ことりの風をあっさり相殺してしまう。

 腕を振るうことで風を消滅させた怪物は、まるで何事も無かったかのように距離を詰め始めた。先程は"影"達を全て八つ裂きにして葬ったはず風の刃も、今度は全くの無力に終わったのだ。しかも、それだけでは終わらない。風を完全に消し去った上で、さらに反撃へと移った。

 怪物の手の内、二本は巨大な黄金の盃を握りしめている。黒い腕をまるで触手のように伸ばし、その盃を女性目掛けて叩きつけてきた。

 

バキンッ!

 

 仮面の女性は殴打された途端、ガラスが砕け散ったかのような音と共にバラバラに引き裂かれ、元の粒子に戻っていく。同時にことりは目を見開き、苦悶の声を漏らす。

 

「くっ……」

 

「ことりちゃん!どうしたの⁉︎」

 

 ことりの様子がおかしい。ことりはまだ何もされていないはずだ。だというのに、女性が破壊された途端、まるで自分が怪我を負ったかのように苦しみだした。

 

「ほ、穂乃果ちゃんは来ちゃダメっ!」

 

 不安のあまりに岩陰から飛び出そうとしている穂乃果に向かってことりが吠える。普段は穏和な彼女らしかぬ怒声に思わず足を止めた。ことりは胸を抑えつつも、強気の表情を崩そうとしない。

 

「大丈夫!心配しないで!この位なら平気だから!」

 

 そう言って再び拳銃を額に突きつけて引き金を引く。

 

「もう一度!お願いっ!クレオ!」

 

 ガラスを割ったような破砕音と共に、ことりがクレオと呼ぶメイド服の女性が再び怪物の前に立ちはだかる。

 

「〈ガル〉!発動!」

 

 ことりの風が再び怪物を捕捉した。そのまま一気に全体を緑風が飲み込む。その勢いは今までの比ではない。ことりがしかし、今度は歩みを止めることすら叶わなかった。まるで羽虫を蹴散らすかのように、腕で容易く風を払いのけてしまったのだ。

 

「そんな……」

 

 自分の力が一切通用していないことにショックを受けていることりが反応するよりも早く、風を消し去った腕がそのまま伸びて女性の体を捕らえた。逃げ出す間も無く、グシャリと握りつぶされてしまう。

 

「くぅっ!」

 

「ことりちゃん⁉︎」

 

 苦しそうに胸を抑えつつも、それでも膝は着かぬと耐えることり。息は荒れ、目は血走っている。もしも普段から彼女を知っている者が見れば誰もが、本当にあれがことりなのかと疑わずにいられないだろう。

 

「ま、まだまだぁっ!!!」

 

「ことりちゃん無理しないで!」

 

 必死な形相のことりに危機感を覚えた穂乃果は止めようと叫ぶが、本人には届くことはなかった。

 

「穂乃果ちゃんと海未ちゃんは……私が守るんだああああああっ!!!!」

 

 何かに取り憑かれたかのように三度銃口を己の額に突きつける。

 

「今度こそ!お願い!クレ……」

 

 だが、今度は呼び出す前に少女へと魔の手が忍び寄る。黒い腕が鞭のようにしなりながら伸びてきたのだ。ことりは反応するよりも先に打ちつけられた。不意を突かれてしまっては、少女の華奢な体ではとてもではないが受け止めきれない。

 怪物の狙い通りなのか、ことりは手から拳銃を弾き飛ばされた上で、小さな悲鳴を漏らしながら宙を舞った。

 

「きゃっ!」

 

「こ、ことりちゃん⁉︎」

 

 慌てて倒れたことりの元へ駆け寄ろうとする穂乃果。だが、それが耳に飛び込んできた途端に足を止めた。

 

「くっ……」

 

 虫の羽音のようにか細い少女の呻き声。怪物の方から聞こえてくる。穂乃果が目を向けると、意識は戻っていないながらも海未が歯を食いしばって痛みに耐えているのが見えた。どうやら海未を拘束する指に相当な力が込められているようだ。ことりを軽く吹き飛ばす腕力を有しているなら、華奢な海未の身体を握りつぶすのは怪物にとってわけないに違いない。

 

「ど、どうしよ……」

 

 穂乃果は逡巡していた。大切な友を助けたいが、こんな怪物に自分が対抗できるわけがないという恐怖が少女を支配する。武道に秀でるあの海未ですらあっさり捕まったのだ。何をやっても中途半端に終わってばかりな劣等生の自分にどうにかなるはずがない。

 そう、だから仕方ない。

 

『ほら、やっぱり。今度は私とことりを見捨てて逃げるんですね』

 

 穂乃果の頭の中で、幻影の海未が愉快そうに顔を歪めて嘲笑する。家を出る前には今度は否定する気力は湧いてこなかった。

 

「そうだよ。海未ちゃんの言う通り……穂乃果は何をやっても駄目なんだよ。二人を助けることだけじゃない……廃校を止めるのも……きっと最初から無理だったんだ……」

 

 なけなしのちっぽけなプライドを粉々にされた穂乃果は、全て諦めたことを認めるかのように瞳から光が消えていた。ペタンと床に尻餅をついて、人知れず静かに懺悔を繰り返す。

 

「はは……やっぱり穂乃果って馬鹿だったんだなあ……なんでそんな簡単なことにも気づかなかったんだろ……」

 

 逃げるしかない。

 助けようとしたって無駄に終わるに決まってる。

 どうせ二人と同じような目にあって殺されて……

 

「うう……」

 

「海未ちゃん……」

 

 俯き気味だった穂乃果が少しだけ顔を上げた。その双眸からはポロポロと涙が溢れている。おかげで視界に映る海未の姿がボヤけてしまっていた。

 

「い……た……い……」

 

 蜃気楼のように揺らめく海未が苦しみを訴えている。

 

「無理だよ……無理なんだよ!穂乃果は海未ちゃんとことりちゃんがいてくれなきゃ何もできないの!助けるなんて絶対に無理だよ!海未ちゃんだってそう思ってるんでしょ!穂乃果は……駄目な子だって!」

 

 穂乃果は頭を抱えて首を横に振った。それでも海未の苦悶の声は絶えず漏れてくる。

 

「いたい……よ……」

 

「海未ちゃん!ごめん……ごめん……!」

 

 泣いてるのは穂乃果だけではなかった。苦しみに耐えている海未も涙を流していた。あの常日頃気丈な振る舞いを心掛けている海未が、だ。穂乃果は目を背ける。罪悪感に苛まされ、現実から目を逸らそうとしていた。

 だが、

 

「た……て……の……」

 

「え?」

 

 海未から目を逸らし続けていた穂乃果は慌てて顔を上げた。

 

「たす……けて……ほの……か……」

 

「……っ!」

 

 海未がおそらく無意識ながら穂乃果の名を呼んだ時、穂乃果の中で何かが弾けた。

 

「海未ちゃん……海未ちゃんは穂乃果が助けてくれるって信じてくれてるんだね……」

 

 幼馴染達と過ごした幼少時代の記憶が蘇ると共に、かつて穂乃果は自分がどのような少女であったかを見つめ直していた。我が身可愛さに、親友を見捨てるような人間であったか?違う。あの頃の穂乃果は弱い者に我が身を省みず手を差し伸べる海未達にとって勇者だったのだ。

 立ち上がった穂乃果は目元の涙を袖で拭う。その瞳には再び強い輝きが灯っていた。

 

「ごめんね海未ちゃん!かっこ悪いとこ見せちゃって!もう少しだけ我慢して!」

 

 さっきは自分よりもか弱い少女だと思っていたことりが身を呈してまで海未と自分を救おうとしていた。なら自分はどうだ?海未とことりに守られ、無力さを言い訳に岩陰でこそこそと隠れてるだけで何もしていない。そんな自分に海未は助けを求めた。いつも凛としてて、もはや誰よりも強くなったとばかり思っていたあの海未が……まるでかつて物陰に隠れていた内気な幼少期のように穂乃果に助けを求めた。

 なのに無力だから手をこまねいてただ見てるだけ?何もせずに終わるのを待つだけ?違う!こんなの私なんかじゃない!

 できるか、できないかなんて……無駄に考えるのはやめた!

 

「こんのおおおおお!!!よくもことりちゃんと海未ちゃんをおおおおおおおお!!!!」

 

 意を決した穂乃果がことりが持っていた槍を拾って駆け出す。ことりと海未のヒーローが帰ってきた。

 

「海未ちゃんを……海未ちゃんを返せえええええええええっ!!!!!!」

 

 怪物に向かっていく最中、穂乃果と同じ大きさを誇る腕が触手のように伸び、ハンマーのように振り下ろされる。穂乃果は直撃を受ける寸でのところで回避した。床に大穴が空いた。一歩間違えれば穂乃果も同じ目に合うだろう。だが、彼女はその程度ではひるまなかった。穴の空いた後ろには一切目もくれず、海未を縛る腕の元へと一直線に進んでいった。

 覚悟を決めた穂乃果の爆発力は、幼馴染達が認める程の凄まじさだ。勉強は自他共に認めるレベルで苦手だし、運動も自慢できる程得意なわけじゃない。おまけに、ことりが見せたような特別な力を有しているわけでもない。そんな彼女がたった一本の槍を握りしめて怪物の懐に肉薄していく。

 

「大丈夫!あの水たまりに比べたらこんなの屁でもないよっ!」

 

 穂乃果は怪物の猛攻を躱しながら、幼少期に飛び越えた巨大な水たまりを思い出していた。無理も通せばやがて道理になるという穂乃果のポリシーのルーツ。あの頃よりも遥かに成長した今なら、このくらいなんとでもなる。

 数々の妨害をかい潜り、とうとう怪物の懐へと到達した。近づけば近づく程、怪物の巨大さが改めてわかる。しかし、穂乃果は畏怖しつつも決して止まりはしない。

 

「ふんだ!あの木に比べたら小さい小さいっ!」

 

 蘇る、かつて幼馴染達の反対を押し切って登った公園の木の記憶。今思えば何の変哲も無い平凡な木のはずだったが、少なくともあの頃の穂乃果にとっては空へと続くバベルの塔のように巨大な存在だったのだ。あれ比べたら目の前の障害など遥かに矮小でしかない。だから登るなどわけないはず!

 どれも根拠皆無の理屈であったが、穂乃果に与えた力は凄まじかった。勢いを緩めず、一気に怪物の頭上に向けて全力で跳躍する。とうとう海未の元へと辿り着いたのだ。

 

「おっしゃあ!!海未ちゃん!今助けるからねっ!」

 

 見事背中に乗ることに成功した穂乃果は海未を拘束している腕の根元を睨みつける。致命傷を与えれずとも、せめて痛みで拘束を弱めさせれば……

 怪物の体が激しく揺れる。背中の異物を振り払おうとしているのだろう。

 

「ふんっ!ふんっ!なんぞこれしき!」

 

 穂乃果はしがみついて必死に耐える。しかし、弾き出されるのも時間の問題。すぐにでも次の行動に移らなければならない。

 

「海未ちゃんを……離せえええええええええええええ!!!!!」

 

 覚悟を決めた穂乃果は激しい揺れの中でも集中することによってなんとか立ち上がれた。やれる!そう確信した穂乃果は胴体部分に部分に狙いを定め、

 

「おりゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 そのまま一気に槍の穂先を怪物の体に突き立てた。

 

パキンッ

 

「へ?」

 

 急にテンションが下がった穂乃果の口から思わず変な声が出てしまった。穂乃果は怪物と槍を幾度も交互に眺めている。槍の先は見事にボッキリと折れて無くなってしまっていた。

 槍と共に、穂乃果の闘争心はへし折られた。

 

「う、嘘……折れちゃ……」

 

ドンッ!

 

 全部言いきるまえに、黒い豪腕の内の一本が穂乃果を薙ぎ払う。

 

「へぶしっ!」

 

ガンッ!

 

 勢いよく吹き飛ばされた少女の体は岩壁へと容赦なく叩きつけられた。

 

「うう……」

 

 無様に地面を転がった穂乃果の目からは一筋の雫が滴り落ちている。全身を襲う痛みもあるが、それ以上に自分の無力さと友を救えなかった後悔で胸がいっぱいになっている。痛みを我慢してなんとか立ち上がろうとするが、力が全く入らない。

 

「くあっ!うううっ!」

 

 怪物が力を込めているせいか、海未はより一層苦しみだしていた。

 

「海未……ちゃん……」

 

 穂乃果は涙目で海未に向けて震える手を伸ばす。無論届かない。手も声も。

 

「か……は……」

 

 やがて海未からは苦痛を訴える呻き声すら聞こえなくなっていた。もう彼女も限界が近づいているのだろう。そんな中でも、怪物は地面に伏したままのことりと穂乃果にゆっくり迫っていく。海未の次には自分達が標的になるはずだ。そうなれば死ぬのは自分達の番。

 だが、今はそんなことはどうでも良かった。今ここで失われようとしている海未の命に比べれば。

 

「そんな……い、嫌だよ……」

 

 穂乃果は嗚咽を漏らす。人生の半分以上を共に過ごした親友の命の灯火が消えようとしている。目の前で。

 

「誰か……」

 

 穂乃果は人生の中で最も祈りを捧げた。もしも本当にこの世界に神様がいるのなら、彼女を守って下さい。いや、いっそ神様じゃなくてもいい。穢らわしい悪魔でもいい。神の尖兵たる天使であろうが、闇に潜む堕天使でもいい。もし、海未を救うために代償が必要なのだったら、今後我が身と引き返しても構わない。

 だから、

 

「誰か海未ちゃんを助けてええええええええ!!!!!!!!」

 

 大理石の広間を少女の悲痛な叫びがこだました。

 

「はああああ!!!!」

 

ピシィンッ!

 

 鋭い金属音が駆け抜ける。

 次の瞬間、海未を拘束していた巨大な腕は胴体から離れ、ビタンビタンとのたうちまわった後、霧のように蒸発してしまった。束縛から解放された海未もそのまま床を転がっていく。

 

「今だ!今すぐ彼女を!」

 

「え……?え……?」

 

 若い男、少年の声だ。一瞬何が起きたか理解できずにあやうく気が動転しそうになるも、穂乃果は指示された通りに満身創痍の肉体に鞭を打ってすぐさま床に転がった海未の元に駆け寄る。

 

「海未ちゃん!海未ちゃんしっかり!」

 

 海未の容態を見てなんとか安堵した。少々顔色は悪いものの、目に見える致命傷は無いし、呼吸もちゃんとしている。

 

「ふう……良かった。ギリギリセーフ……ってわけでもないな。みんなボロボロみたいだし」

 

 海未を救い出した人影が額の汗を拭き取る。その姿は紛れもなく音ノ木坂学院の制服。それも百年の歴史の中でまだ誕生したばかりの男子用のズボンとの一式。心当たりのある人物は一人しかなかった。

 

「あ、天宮……君?」

 

「やっほー、呼ばれたみたいだから助けに来たよ」

 

 少年、天宮 静流は教室での朝の挨拶となんら変わらない柔らかい笑顔を向けた。まるでアイドルがステージからファンに向けたリップサービスの如く手を振っている。だが、その右手には物騒にも日本刀が握りしめられていた。

 

「な、なんでここに天宮君が⁉︎」

 

「僕だけじゃないよ、一応ね」

 

 静流が目配せした先には、足を布で巻いた赤毛の少女が床に座り込んでいた。

 

「はは……」

 

 赤毛の少女、真姫は気まずそうに手を振った。

 

「昼間のピアノの子まで⁉︎どうして⁉︎」

 

「説明は後。とりあえず二人を安全な所まで移しておいてよ。手伝ってあげたいのは山々なんだけど、どうやらそんな余裕は無さげだし」

 

 そう言って静流は腕を失った怪物に再び目を向ける。驚く光景がそこにあった。今さっき斬り裂いたばかりの切断面から、新たな腕が生え始めたのだ。まるでトカゲのように。だが、スピードは現実の生物の比ではなかった。最初から傷など負っていなかったかのように、あっという間に元通りの姿に戻ってしまう。

 

「うわっ!あっさり再生しやがった……ったく、こいつナメック星人か何かなの?」

 

 軽口を叩いているように聞こえるが、額からは冷や汗を垂らしている。その表情に余裕はあまり感じられない。

 

「気をつけて!さっきことりちゃんがそいつに!」

 

「南さんが?」

 

 前方に顔を向けたまま、ほんの一瞬だけ視線を変えた。少年の視界に気を失ったことりが映る。少女の傷つき倒れた姿を目にしたためか、不愉快そうに眉間にしわを寄せた。

 

「彼女達の敵討ちだ。行け!タミュラス!!!」

 

「そ、その銃って!もしかして……」

 

 ことりが例の女性を呼び出す際に使っていた物と同じ形。少年は穂乃果の疑問に答えるよりも先に、銃口を自分の側頭部に突きつけながら引き金を引いた。

 

バンッ!

 

 ことりと同様に青白い光が溢れたかと思うと、一瞬にして収束し、人の姿を形取る。人型ながら、通常の人間を遥かに超える巨体。カラスを彷彿させる黒衣。そして、表情を覆い隠す銀仮面が鈍く光る。

 

「ええっ⁉︎天宮君もその変な人を出せるの⁉︎」

 

 まだ知り合ったばかりのクラスメートまでもが幼馴染と同じ芸当を有していることに穂乃果が驚愕する中、黒衣の男性はギターを演奏する際のスタイルをとった。

 

「一気にたたみかけろタミュラス!<ジオ>発動!」

 

 仮面の男は少年の指示に合わせて、背中のギターのストリングスを盛大にかき鳴らした。轟音と共に電撃がレーザーのように光速で伸びて、怪物の巨体を一気に貫く。しかし、その肉体を焼き尽くすどころか、何事も無いかのように静流の元へと迫り続ける。ことりが敗れた時と同じ状況だ。

 

「くっ……こいつ、電撃属性が通用しないのか……」

 

 しかし、風を発生させるしか攻撃手段を持たないことりとは違い、少年にはまだ手は残されている。

 

「だったら……叩き割ってやれ!」

 

 今度はギターを持ち替えて、胴体に目掛けて斧の要領で一気に振り下ろす。ギターのボディ部分を模した鈍器が怪物の巨体に叩きつけられた。

 

「この!このお!」

 

 グチャッグチャッ

 

 幾度も幾度も、振り上げてはハンマーのように打ち込む。肉が潰れるグロテスクな音があたり一帯を響き渡る。だが、

 

「全然効いてないな。嘘だろう……」

 

 驚愕を隠せない静流は止まらない冷や汗を拭った。

 穂乃果が槍を突き立てた時とは違って、タミュラスのギターは確実に怪物に肉体をすり潰している。だが、その度に発生した傷はあっという間に癒えてしまう。とてもではないが、ダメージを与えている気がしない。まるで粘土に対して傷を与えているかのような徒労感に満ちていた。

 

「くっ!颯爽と現れたはずがこれか!マジで格好つかないぞ!」

 

 考え無しでは消耗するだけだと判断した静流は自分の分身を体内に引っ込めさせる。

 

「万事休す。せめてみんなだけでも逃げさせれば……」

 

 その結末はベストではないが、このまま何もできずに全滅するよりは遥かにマシなはず。この状況をなんとか乗り切るための打開策を脳内で思案する。そんな中で小さな悲鳴が少年の耳に横から飛び込んできた。

 

「う、海未ちゃん⁉︎」

 

 海未を介抱していた穂乃果は素っ頓狂な声をあげてしまった。今の今まで意識を失っていた海未が突然身を起こしたせいだ。全身擦り傷だらけで血も流れている海未は、驚く穂乃果を尻目にゆっくりと起き上がっていく。

 

「……許さない」

 

 立ち上がった海未は、汗で顔にべったりと張り付いた髪に一切構うことなく、修羅の如き形相で怪物を睨みつけた。

 

「……穂乃果を傷つける奴は……私が許さないっ!!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。