「ねえねえ、聞いた?今朝見つかった意識不明の女子高生ってさあ、UTXの子なんだって」
「それマジ?秋葉原で見つかったって話だからもしかしてって思ったけど、実際すぐ近くで事件起きたならあたしらもヤバくない?」
「マジだと思うよ。だってUTX通ってる友達がLINEで言ってたもん。これだと、うちの学校から被害者出るのも時間の問題かもねえ」
「うっわ、こわ〜」
教室内が『噂話』で話題が持ちきりになる中、三人の少女達はいつもと変わらぬ日常を送っていた。
「ふわああぁぁ……なんとかギリギリ間に合ったよ〜」
「ほんっとうにっギリギリでしたね!」
だらしなく机に顔を突っ伏している穂乃果を腕を組んだまま睨む海未。
「私達ももう2年になったのですから、そろそろ節度のある生活を心掛けましょう。でなければ新入生に示しがつきませんよ!今日という今日こそはその不摂生ぶりを改めてもらいます!」
鼻息を荒くしている海未だが、幼い頃より彼女の度重なる説教を受け続けてきた穂乃果としては、この幼馴染の変わることのない口うるささには正直うんざりしていた。
「えー?海未ちゃんと違って私は部活入ってないんだし、1年の子とはあんまり関わりないと思うんだけどー。それくらい大目に見てよ〜」
「ダメです!」
不満たらたらで口を尖らせている穂乃果をビシッと効果音が出そうな程にキレのある動きで指差した。
「その気の緩みこそが!あなたを怠惰へと導いているのです!新学年では心機一転で気持ちを引き締めないと!それに新入生だけではなく、このクラスには今日から転校生も編入してくるのですよ。私達は新しい学友のために模範となるべきであってですね!」
「まあまあ。海未ちゃん落ち着いて」
口喧嘩が止まらない二人の間に入って仲裁役を担うことりは、長年続いているこの光景に苦笑いせざるをえなかった。
「はいはい静かにー!さっさと席座りなさいよー!」
担任が手を叩きながら教室へと入ってきた。
「噂に聞いてた人もいるだろうけど、今日からうちのクラスに転校生がやって来るから」
この発表に教室内の騒めきは静まるどころかより酷くなってしまった。
「ほら静かしなさい。ちょっと特殊な事情で来てる子だから、みんなも出来る限りサポートしてあげなさいね。じゃあ入ってきて」
さっきまでお喋りに夢中だった女子生徒達も、今度は皆が固唾を飲んで見守っている。やがて、教室のドアがゆっくりと開かれた。
現れたのは少女達と同年齢と思わしき男だ。少年は黒板に自分の名前をチョークで書き込むと、その赤い瞳を新たなクラスメイト達に向けた。
「港区お台場の月光館学園高校から転入してきました。天宮 静流です。今後ともよろしく」
少年が教壇に立って自己紹介を済ませた途端、教室にガヤガヤと喧騒が戻ってきた。無理もない。『廃校の危機』とその対策としての『共学化』の話題は度々生徒の間でも取り沙汰されていたが、実際にこの少年がやって来る今の今まで現実味を持っていなかったのだ。
女子校故に、少なくとも入学以来縁の無かった同世代の男性という異分子の突然な登場に、戸惑い、畏怖、期待、不満、様々な感情が教室中に充満しているのが窺える。
「しーずーかーにー!彼は共学化のテストケースとして色々大変なこともあると思うの。男だからってなるべく距離を取らずに仲良くしてあげなさい。えっと席は……高坂さんの前が空いてるわね。そこ行きなさい」
「え?私の?」
前触れも無く槍玉に上がった穂乃果は、キョトンとしながら自身を指差す。
「そこの席の人は始業式前にUTXに転校しちゃったからね。問題無いでしょ。そんじゃ後はよろしく」
戸惑う穂乃果をよそに担任の教師は早々と話を進めて教室を出ていく。どうやらこのお見合いに失敗し続けていると噂されているアラサー女教師にとっては既に確定事項らしい。担任がいなくなったことで喧騒が完全に帰ってきた教室の中で、少年もスタスタと迷いなく指示された席に向かう。穂乃果に拒否権は一切無かった。
「やあ、どうも」
「どうもどうもー!私、高坂 穂乃果!よろしく!」
もっとも、幼少期より物怖じしない性分の穂乃果にとって戸惑いこそあれど、この少々特殊な新しい同級生も既に受け入れられた存在のようだ。未知の環境に放り込まれたも同然の転入生にとって、ある意味最も幸運な席位置だったのかもしれない。
新天地にて自分の居場所を得た少年は、穂乃果の顔をしばしジッと見つめた後、納得したようにポンと手のひらを叩いた。
「……君、今朝階段で派手に転がってた人だよね?」
「え?天宮君見てたの⁉︎」
今の穂乃果は登校時に自分がバランスを崩して転倒した際の光景がフラッシュバックしている。
「うん、ばっちり。すってんころりんて感じで。なんだかずいぶん元気な人だなーって」
「あ、あれを見られていたのですか……なにやら私の方が恥ずかしくなってきました……」
「あははは……」
片や顔を羞恥で赤らめ、片や苦笑いする穂乃果の幼馴染達。当の本人はというと、なんてことないと言わんばかりにケラケラと笑っている。
「そう思う?なんせ元気は私の取り柄だもんね!」
このポジティブシンキングこそがこの少女のアイデンティティであると周囲は認識している。
「元気があれば良いというものではありませんよ。まったく……」
「そんなことないよ。僕は逆に周囲から無気力だとか覇気が無いだとか散々に言われてるからね。高坂さんの溢れんばかりのパワーは羨ましいくらいかな」
「そうなのですか?いつも一緒にいる私としてはもう少し落ち着いてもらいたいのですが……」
怪訝そうに尋ねる海未に反して、褒められたと思っている穂乃果はキラキラと目を輝かせている。
「ねえ、聞いた海未ちゃん!私が羨ましいんだって!」
「……すいません。この子はおだてるとすぐに調子に乗ってしまうのです。天宮君もあまり甘やかさないであげて下さい」
まだ出会ったばかりだというのに、転入生相手に早くも穂乃果らしさを全開で発揮している様に呆れ果て、眉を吊り上げる。
「うーん、でも、彼女を見てると親友のエリザベスを思い出すんだよね。だからつい……」
「エリザベス?私が?もしかして外国人さん?」
「なんと……穂乃果のような外国の方がいるのですか?」
少年は首を横に振りながら肩を竦めた。
「いや、犬だよ。昔住んでた家で飼ってた子犬のセントバーナード。ほんと元気な奴だったよ。姉のマーガレットや弟のテオドアと一緒によく遊んでてね。今はどうしてるかなあ……」
「「「犬?」」」
『ワンワン!ワンワン!海未ちゃん!ことりちゃん!穂乃果と一緒に遊ぼっ!ワンワン!』
三人の脳内には骨を咥えながら犬耳と尻尾を揺らす穂乃果の姿が浮かんでいた。
「わ、私が犬みたいだなんて……天宮君、酷いよー!」
「でも、穂乃果ちゃん可愛くて似合ってるよ」
「こ、ことりちゃんまで……!」
「元気で人懐っこいところがエリザベスに似てるって意味だよ。君が犬そのものにそっくりってわけじゃないから気にしないで」
「あ、なんだそっかー。じゃあ安心だね」
静流はしばし思案すると、突然穂乃果に手のひらを差し伸べた。
「おてっ!」
「わんっ!ってだから私は犬じゃないからー!」
「いや、どう見ても犬だね」
お手に反応したのが面白かったらしく、微妙に口の端を吊り上げている。
「穂乃果ちゃんもなんだかんだで結構ノリノリだよね……ってあれ?海未ちゃん?さっきから顔を押さえてどうし……海未ちゃん⁉︎」
「ぐ……ぶほ……」
苦笑いしていたことりは幼馴染の姿を見て思わず素っ頓狂に叫んでしまった。両手で顔を覆い隠す海未の指の隙間からはポタポタと鮮血が滴り落ちているからだ。この光景には穂乃果も思わず顔を引きつらせている。
「海未ちゃん……は、鼻血……」
海未は顔を下に背けたまま、救いを求めるように真っ赤に染まった左手で宙を切る。
「ず、ずいまぜん。だ、誰か……ティッジュを……。犬の姿になっだ穂乃果を想像じでいたら……急に溢れてぎで……」
顔が引きつらせたまま動けない幼馴染二人に代わって救いの手を差し伸べたのは、静流だった。表情を変えず、何も語らず、ポケットから携帯ティッシュを一つ取り出して海未にそっと渡す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
鼻血を全て拭き終わった海未は、何事も無かったかのような澄まし顔で胸に手を当てる。
「そういえば自己紹介が遅れましたね。私は園田 海未と言います。これからよろしくお願いします」
落ち着きのある凛とした佇まい。長い黒髪をなびかせるその姿はまさに、校内にて同性の少女達からも人気を得ている大和撫子の称号に相応しいものだった。
鼻の穴からほんの少し、たらりと出ている鼻血さえ無ければだが。
「どうぞよろしく。ああ、ちなみにティッシュのお礼は結構だから」
「ご、後生です!お願いします!さっきのはどうか忘れてください!どうか!」
必死に何度も頭を下げる様はクールなイメージから程遠い。二人のやりとりがあまりにもおかしかったのか、海未の後ろに座っている少女はクスクスと笑う。
「南 ことりです。穂乃果ちゃんを含めた私達三人は幼馴染なんですよ」
「へえ。そうなんだ。もしや家もこの近辺なのかな?」
「うん!小さい頃から二人とはいつも一緒!幼稚園も小学校も中学校も同じ音ノ木坂なんだー」
にこやかに答える穂乃果。学校の少ない田舎の僻地ならともかく、仮にも都会で一貫教育校でもないのに仲良し幼馴染グループが高校まで同じというのはかなり珍しいケースではないだろうか。
進路を揃える程に、この三人は強い絆で結ばれているのが見てとれる。
「なるほどね。幼馴染か……」
静流は手のひらで顎を撫でる。考え事をする際の彼の癖だ。
「天宮君だってそれくらい仲の良い友達いるんじゃないの?結構気さくでなんだかとっても優しそうだし!月光館学園て生徒がいっぱいいるんでしょ!」
「そう言えば月光館学園はかなり規模を誇り、港区では生徒数もトップの新設校だと聞いていますが……」
「あー!そういえば雪穂が集めてた学校紹介のパンフレットに載ってたの覚えてるよ!なんかすごく綺麗な校舎の写真があったような気がする。確か教室から海も見えるんだよね!」
「え?私が見えるのですか?」
「違うよ〜。海未ちゃんじゃなくて本物の海だよ〜」
話が脱線する中で、当の静流は浮かない顔をしていた。
「うーん、なんせ月光館学園ってエスカレーター式の一貫教育校だからね。僕のように高校から入った人間はちょっと浮いちゃうんだよ。結局あそこにも1年しか通わなかったし」
「『あそこにも』?もしかして天宮君て……」
「うん、御察しの通り、小さい頃から転校を繰り返してるよ。いわゆる転勤族とはちょっと違うけど」
静流はあくまで笑ってはいるが、歯切れの悪い口調で答えた。
「僕って両親がいないから、高校で寮に入る前は親戚の家を転々としてたんだ」
身の上話を告白された穂乃果達の表情に翳りが射した。
「ご、ごめん……」
「なんだか悪いことを聞いてしまいましたね……」
穂乃果達は三人共両親は健在であり、今のところ家族関係に悩みも抱いていない。肉親の不在という経験の無い彼女達にとって静流の家庭環境の過酷さは想像の域を出ないが、それが決して恵まれたものではないことだけは推測できた。
思わぬ暗い話に、気が滅入って沈んでしまう。感受性の豊かさゆえか、想像以上に落ち込んだ三人の姿に、静流は余計なことを言わなければ良かったと逆に申し訳なさそうにしている。
「あー……気にしないで。親戚の人達には可愛がってもらったから別に嫌な思い出ってわけでもないし、色んな土地に行けたのはなかなか楽しかったよ。それに、友達はまたこれから作っていけばいいだろうし」
「そ、そうだよ!さっそく私達三人が友達になったわけだしね!」
前向きで明るい穂乃果らしく、自分にも言い聞かせるように両手を握りしめてる。
「うん、今まで寂しかった分、この学校で埋め合わせすればいいと思うな」
「私も同じ気持ちです。正直言って男性の方が転入するらしいと聞いた時は戸惑いも大きかったのですが、あなたを見る限りどうやら杞憂になりそうです。共により良い学校生活を送れるように励みましょう」
「……君達優しいんだね。転校して最初に相手をしてくれたのが君達で良かったよ。まだ初日だけど、おかげで素晴らしい学校生活が送れそうだ」
「この学校に来て良かったと思うのはこれからだよ!」
穂乃果はフフンと自慢げに胸を張った。
「音ノ木坂学院はとっても素敵な学校なんだよ!この学校の魅力、天宮君にも全部教えてあげる!」
学校の自慢話をしながら朗らかな笑みを浮かべるその姿に、登校時の絵里の姿が重なって見えた。
「ははっ、まるで絵里さ……生徒会長さんみたいな事言うんだね」
「生徒会長も?へえ、あの人も音ノ木坂が大好きなんだ!」
「こら!静かに!授業を始めるわよ!」
気がつけば授業開始のチャイムが鳴り響く時間になっていた。
厳しいと評判の英語教師の登場に、クラスの皆が慌てて教科書を開いていく。初めて音ノ木坂学院の授業に参加する静流も周りに合わせて同じ教科書を鞄から引っ張り出した。
少年の新たな学校生活が、今始まる。
他のラブライブ二次創作さんが主人公をボケキャラの多いμ'sに対するツッコミキャラとしてることが多いようなので、本作はあえて穂乃果ですらツッコミサイドに回ってしまうくらいのボケキャラにしていこうと思います。
歴代愚者アルカナ達も天然ボケですし。