ペルソナ×ラブライブ!   作:藤川莉桜

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第4話

「はあ〜、まさか翻訳で当てられるとは思わなかったよ〜ついてなーい」

 

 一時限終了のチャイムが鳴り響く中、穂乃果は背もたれに寄りかかってギシギシ言わせながら不平不満を並べていた。

 

「あんなあからさまに居眠りをしていたら白羽の矢が立って当然です。自業自得以外の何物でもありませんよ」

 

 両耳を塞いで聞こえない振りをする穂乃果。逃げの体勢の入ったのが気に食わない海未は、もっとキツいお灸でも据えようかと言わんばかりに睨みつける。際限無い口喧嘩が始まるのを見かねたことりは少々露骨ながらも話題を逸らすことを決めた。

 

「そ、それにしても天宮君凄いよね。まさか初日で当てられて即答出来るなんて」

 

「まあ、あの程度の文章だったら予習無しでもわかるよ」

 

 前にいた学校のカリキュラムが音ノ木坂よりも多少早いペース配分で組まれているのも幸いした。私立から国立の音ノ木坂学院へ移ると勝手が違わないか不安もあったのだが、少なくとも勉強について行けないという情けない状況はなんとか避けれそうだ。

 

「へー、じゃあさ!今度私が当てられたらこっそり教えて〜」

 

「ダメです」

 

 悪徳商人を彷彿させる動きで両手を揉みながら静流に擦り寄る穂乃果を海未はばっさり斬った。

 

「な、なんでそこで海未ちゃんが断るの!」

 

「よりにもよって転入生を頼ろうなどと不埒な考えを抱いたからです。新しい環境に不慣れゆえに遠慮がちになっている弱みに付け込むような真似は許しません!」

 

「そんなんじゃないよ!」

 

 結局こうなってしまうのか。穂乃果の大雑把すぎる気質と海未の気難しさに苦笑いせざるをえないことり。いつものこととはいえ、どうやって二人を抑えようかと逡巡する。

 そんな時、教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「ねえねえ!これから緊急の全校集会だってさ!なんか理事長から大事な話があるんだって!」

 

 各々穏やかな時間を過ごしていたはずが、途端ざわざわと教室内が色めき立つ。突然のことに戸惑う者。不安を吐露する者。中には授業が一コマ潰えたことに歓喜する声もある。

 

「ことり、何か聞いてましたか?」

 

「ううん、お母さんは何も言ってなかったよ。というより、昨日出張から帰ってきてからずっと一人で考え事をしてるみたいで、全然口もきいてないの」

 

「お母さん?」

 

 状況が飲み込めない静流に、穂乃果は種明かしするように答えた。

 

「ふふーん。何を隠そう、この学校の理事長先生はことりちゃんのお母さんなんだよ!」

 

「へえ。そういえば苗字一緒だし、見た目も似てるような気がするね」

 

 静流の頭の中では転校前に幾度か顔を合わせた音ノ木坂学院の理事長の姿が思い起こされていた。言われてみれば、確かに目の前の少女は理事長を小さくしたような雰囲気を持っている。おっとりとした印象を与えるタレ目に、薄い色の地毛。そして、頭頂部に存在する謎のトサカ。

 むしろ今思えば、この圧倒的存在感を誇るトサカを目にしながらことりと理事長の血縁を何故疑わなかったのだろうか。

 

「しかし、わざわざ全校集会を開いて理事長自ら伝達するとは、一体どのようなお話なのでしょうか?」

 

 狐につままれたような表情で首を傾げる海未。その疑問は教室にいる誰もが抱えているものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、嘘……やっぱり夢じゃない……」

 

「穂乃果ちゃん……海未ちゃん……これ……廃校って……」

 

「つまり……学校が無くなる、という事ですね……」

 

 全校集会で理事長からとある重大発表が行われた後、その内容がにわかに信じられなかった四人は教室前に貼り出された貼り紙を見て改めて目を丸くしていた。

 

「おいおい、いくらなんでも冗談きついなあ……」

 

 太くわかりやすく書かれた『廃校』の二文字が冷徹に心へ突き刺さる。

 全校集会にて理事長が発表したのは、来年度の入学希望者が定員を下回った場合には現一年生の卒業と同時、すなわち丁度三年後には音ノ木坂学院を廃校にするというものだった。

 

「ああ……」

 

 一番顔を近づけて食い入るように貼り紙を見つめていた穂乃果は、力が尽きたように倒れ込む。両端にいた海未達は慌てて支える。

 

「穂乃果!?大丈夫ですか⁉︎」

 

「穂乃果ちゃん!?しっかりして!」

 

「わ、私の……私の輝かしい……高校生活が……」

 

 穂乃果が意識を手放した瞬間、倒れぬように海未達が全力で支えていた彼女の体が急に軽くなった。

 

「まったく……卒倒したいのは僕の方だよ」

 

 転校初日にして転入先の廃校が決まってしまうという前代未聞のイベントを経験した静流は、完全に気を失ってしまった穂乃果を二人の代わりに抱えながらため息を吐いた。横で見ている海未達としては、一見ひ弱そうな少年がまだ女子高生とはいえ人一人を抱える光景に不安を抱いたわけだが、当の静流は何食わぬ顔で二人に背を向けて歩き出す。

 

「彼女は僕が保健室に運んでおくから、二人は僕が次の授業には遅れるって先生に伝えておいてくれないかな。ああ、保健室の場所なら朝来た時に教えてもらってるから大丈夫だから」

 

「は、はい。分かりました。ありがとうございます」

 

「天宮君、穂乃果ちゃんをよろしくね」

 

「雪穂〜お母さん〜、もう餡子は飽きたよ〜」

 

 肩に抱えられた少女は未だに意識の無いまま、パンだのケーキだの奇妙な寝言を呟いている。なんだかんだで穂乃果にはまだまだ余裕があることに安堵した静流は、廊下で通り過ぎる度に浴びせられる女生徒達の視線に耐えつつ保健室へと向かうのだった。

 

「ほんと大丈夫なのか、この学校?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー今日もパンが旨いっ!」

 

 中庭の大木の下で、所謂ランチパックと呼ばれる類の惣菜パンにかぶりついた穂乃果は満足そうに頷いた。

 

「太りますよ」

 

 ジト目で海未が言う。穂乃果はそんなことはお構い無しといった様子で、にこやかな笑顔を浮かべたまま最後の一欠片を丸呑みした。年頃の少女らしかぬ豪快な食べっぷりには海未も呆れてしまっている。

 

「だけど、穂乃果ちゃんも元気が戻ってきて良かったよ」

 

「それはそうかもしれませんけど」

 

 海未とは逆に嬉しそうにしてることり。

 廃校決定の報には失神してしまった上に、意識が戻った後も涙目で編入試験がどうのこうのと見当違いの心配ばかりしていた穂乃果だが、今はしっかり元気を取り戻しているように見える。

 

「いいじゃん、これくらい別にー。天宮君なんて、ほら」

 

ズルズルズルッ!ズルズルズルズルッ!ズルッ!ズルズルズルズルッ!

 

「「「……」」」

 

ズルズルズルズルッ!ズルズルッ!ズルズルッ!ズズッ!

 

「ぷはー!あー食べた食べた!」

 

 噂の転校生といえば、三人の隣でカップ麺一つを派手な音を立てながら空っぽにしていた。

 

「いやー陽の光を浴びながら食べる緑のたぬきは最高だね」

 

 元来、少食の女性しかいなかったこの学校では、豪快にカップ麺を平らげる大食いの男子という存在はあまりにも異質であった。男だからか食べっぷりが凄いからなのか、どちらが一番大きな原因かは不明だが、先程からあちらこちらからの視線を側にいる穂乃果達もセットで受けている。

 この学校に友人が全くいない彼を気遣って一緒の昼食に誘ったわけだが、今は若干の後悔が生まれ始めていた。

 

「さあ、次は赤いきつねだ」

 

 隅に置いていた、大きな油揚げの入っていることで有名なインスタント麺を膝に乗せた。

 

「……天宮君もちょっと食べすぎだと思いますよ」

 

 いくら成長期の男とはいえ、カップ麺を二つも食べれば摂取カロリー量も膨大になるだろう。

 

「大丈夫大丈夫。僕って燃費悪くてこれくらい食べてないと耐えられないから」

 

 片手をヒラヒラと振りつつ、膝の上に乗せた二つ目のカップ麺の蓋を外す。

 沸き起こる湯気をふーふーと息を吹きかけながら、麺と割り箸を絡ませ、ほぐしていく。辺り一帯に鰹節出汁の香りが広がった。

 

「まあ、でも良かったよ。一応僕らが卒業するまでの間は廃校にならないんだから。高坂さんも転入先を探さずに済みそうだし。僕だって転校初日で新しい受け入れ先を探さなきゃいけないとか笑えない冗談は遠慮してもらいたいしね」

 

 そう言いながら、きつねうどんの代名詞である油揚げを楽しそうにパクッと一飲みした。どうやらチャーシューに代表される料理に盛られた具材は先に食べてしまう派らしい。

 

「それに、まだ正式に決定したわけじゃないでしょ」

 

 廃校はあくまで暫定的な決定であった。もしも、来年の入学希望者が定員を超えるなら即時の廃統合は撤回される予定だからだ。

 しかし、静流を除く三人の表情は暗い。

 

「でも、正式に廃校が決まったら次の一年生は入ってこなくなって、来年は二年と三年だけ……」

 

「今の一年生は後輩がずっといないことになるのですね……」

 

 おまけに廃校を回避する唯一の手段である、入学希望者の増加は決して楽な道のりではない。そもそも長年の間に渡る新入生の減少に悩まされていたから廃校が決まってしまったのであって、それが今さら一年で解決するなど困難な話である。

 

「そっか……」

 

ズルズルッ!ズルズルズルズルッ!

 

「ちょっと天宮君ー!一応シリアスな話してるんだから雰囲気ぶち壊さないでよー!」

 

 返事の代わりに、ふーと大きな息を吐いた。そして、再びズルズルとうどんを喉に掻き込んでいく。

 

「もしかして、天宮君て結構図太い?」

 

「少なくとも転校初日から中庭でカップ麺を食べるのは、なかなかできることではないとは思います」

 

 まだ知り合ったばかりだというのに辛辣な評価を受けてしまった。だが、塞ぎ込んでいた三人の表情は明るくなっていた。この転校生が彼なりに気を使ったのかはわからない。

 

「ねえ」

 

 一瞬、風が吹いた。大して強い風だったわけではない。だが、風が運んだ爽やかな音色は談笑していた穂乃果達の意識を風上に向けさせる。その先には金色の髪を靡かせた少女の姿があった。

 僅かに乱れた髪をさっと搔き上げながら、ポニーテールの少女は再び口を開く。

 

「ちょっといい?」

 

後ろには長い髪を二つに分けて結っている少女が柔和な笑顔を浮かべている。二人共リボンの色からして三年生だろう。

 

「「「は、はい!」

 

 返事は何故か三人分のみ。三人は頭を動かさずチラリと視線だけを移す。静流はいつの間にやら離れた距離に移動して、背を向けたまま知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。顔は見えないが、相変わらずズルズルとうどんの麺を啜っている。

 

(ねえ海未ちゃん。この人達、誰?)

 

 穂乃果は隣の海未にそっと耳打ちした。

 

(生徒会長の絢瀬絵里さんと副会長の東條希さんですよ。知らないんですか?昨年の秋から行事ではいつも挨拶をしていたではありませんか)

 

(ははは……たぶん寝てた……)

 

(まったく……)

 

 現生徒会長がロシア人クォーターなのは校内では割と有名な話だ。決して生徒数が多いとは言えないこの学校に1年間も在籍していながら、これ程までに存在感を誇る目の前の少女を一切気にも留めていなかったとは。幼馴染のマイペースっぷりは既知のはずだが呆れて言葉も出ない。

 

「南さん」

 

「はい!」

 

 ことりは緊張のあまりか声が若干裏返ってしまった。

 

「あなたは理事長の娘よね?何か廃校の件で聞いたことは無かったかしら?些細でもいいから知ってることがあれば教えてもらいたいの」

 

「いえ、私も今日知ったので……」

 

 いくら娘とはいえ、これほどの重大な情報を軽々しく他人に漏洩などしないだろう。ことりは申し訳なさそうにしているが、不可抗力と言えた。

 

「そう、ありがとう」

 

 絵里もそれは充分に周知しているようだ。特段失望の顔色は見せない。

 そんな二人のやりとりに何か思うところでもあったのか、いたたまれない面持ちの穂乃果は口を開く。

 

「本当に学校……無くなっちゃうんですか?」

 

「……あなた達が気にすることじゃないわ」

 

 感情を徹底排除しているかのような剣呑な声色で答えた。

 

「それとそこにいる転校生の天宮君」

 

 今まで背を向けたまま知らぬ存ぜぬを決め込んでいた静流は突然の指名にビクッと震える。

 

「は、はい」

 

「その三人と一緒にいて丁度良かったわ。理事長から言伝があったから」

 

「理事長から……?」

 

 同居を匂わせない徹底した他人行儀。二人はただの生徒会長とただの転校生。校内ではあくまで()()()()()()になっている。

 

「今から理事長室に来てくれないかしら。理事長から直接話があるそうよ」

 

「え?今すぐですか?」

 

 寝耳に水とはまさにこのこと。とはいえ、静流としても理事長にはすぐにでも問い詰めたい話があっただけに好都合だと言えた。

 絵里は『今すぐ』を別の意味で解釈しているようだが。

 

「その赤いきつねとやらを食べ終わってからで結構よ」

 

 まだ微妙に麺と汁が残っている赤いきつねをチラッと一瞥した後、静流は照れ臭そうに頭を掻いた。

 絵里は背を向けて去っていく。後に続く副会長の少女はにこやかな笑顔で手を振った。

 

「ほなな〜」

 

 二人の姿が見えなくなったところで、直立不動だった穂乃果達はようやく緊張を解いて石の上に座り直した。体力を殆ど消耗したかのようにヘロヘロになっていた。

 

「き、緊張した〜!」

 

「私もあの人の雰囲気には思わず飲まれそうになります」

 

 悪いことをしたわけでもないのに、警察官に呼び止められると神経を擦り減らしてしまう状態に似たものがある。一応絵里は殆ど歳の変わらぬ少女のはずなのだが。それだけあの生徒会長は威圧感を放っているということだろうか。

 

「それにしてもお母さんから急に呼び出されるなんて、転校生も大変だね」

 

「理事長室の場所は分かりますか?」

 

「大丈夫大丈夫。理事長室も朝来た時に教えてもらってるから」

 

 今度こそ赤いきつねを食べ終えた静流は重い腰を上げると、まっすぐ理事長室のある部屋へと向かっていった。少年の姿が見えなくなると、穂乃果は腕を組んで考え込む。

 

「うーん……昼ご飯を食べ終わったら天宮君にこの学校を案内しようと思ってたんだけどな〜」

 

「仕方ありません。彼は特例でこの学校にやって来たわけですから。何か大事な用事があるのでしょう」

 

 共学化に向けての音ノ木坂学院設立以来、史上初の男子生徒にして、史上唯一、史上最後の男子生徒になりうる可能性も出てきた少年の行く末は如何なものか。

 

「よーし!じゃあ天宮君がいない間は音ノ木坂の良いところ探しだねっ!ファイトだよっ!」

 

「いずれにしても学校中を回るつもりだったのですね」

 

 すっかりいつも通りな幼馴染の強引さに呆れつつも、海未はどこか嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしら?我が音ノ木坂学院の感想は?さっそく私の娘と仲良くなったみたいだし、新生活も順調そうでなによりだわ」

 

 音ノ木坂学院の理事長を務める南夫人がにっこりと微笑みかける。高校生の娘を持つ母親には到底見えない若々しい容姿ゆえに保護者男性から絶大な人気を誇っているというのが本人談だが、今の静流には腹にイチモツ抱えている悪魔と呼ぶ方が相応しいように思えた。

 

「素晴らしいですね。伝統を感じさせる校舎は非常に趣がありますし、生徒達は理事長の娘さんも含めて良い人達ばかりです。穏やかな校風は僕の気質にも合致している。しかも、なによりも理事長が美人なのが最高ですね」

 

「まあ嬉しいわ。でも、お世辞でも人と場合を選びなさいね。私には夫も娘もいるのよ」

 

 ほほほと口元を抑えながら笑う理事長。対して静流はブスッと不機嫌なのを全く包み隠そうともしていない。本人として精一杯の皮肉を込めて言ったつもりなのだが、軽く流されたのが腹立たしいらしい。

 

「ほんと最高ですよ。これで後三年で廃校だなんてちっとも笑えないブラックジョークさえ無ければ文句無しだったと思います。ええ」

 

「……やっぱり怒ってる?」

 

 笑顔を決して、恐る恐るといった様子で理事長は尋ねる。なんだかんだで悪いことをしたという罪悪感はあったようだ。静流は仏頂面を崩して深いため息を吐いた。

 

「怒ってません。だけど、転校して一日目で新天地の廃校が決まった僕のやり馬のない気持ちはどうすればいいのかって悩んでいますね」

 

「大丈夫。少なくともあなたが卒業するまでの間は廃校にならないわ。特待生の契約もそのままよ」

 

「そうでなければ困ります。というか、もしそうじゃなかったら流石に冗談抜きで怒ってますよ」

 

 年々受験する生徒が減少している、近いうちに廃校になるかもしれないとは事前に聞いていたが、まさか転校してきてすぐさま廃統合が決定するとは想像もしていなかったのだ。この学校にまだ愛着など湧いていないとはいえ、決して良い気分のする知らせとは言えない。

 いや、穂乃果達の前では何ということはないかのように振舞ってはいたものの、むしろ割とショックを受けていると言えた。廃校の宣言が信じられずに職員室の掲示板を確認するも、しっかり太文字で廃校と書かれた貼り紙を目の当たりにしてその場で失神した穂乃果程ではないが。

 

「もしかしたら月光館学園からここに来たの、後悔してないかしら」

 

 イエス。と言いたい気持ちもなくもないが、その答えは決まっている。ここへやって来た()()()()()を思えば。

 

「例えそうであっても、断るわけにもいかないでしょう」

 

 だから当たり障りの無い返しをするしかなかった。

 

「ありがとう天宮君。あなたの決断には感謝するわ」

 

 理事長は静かに目を閉じると、ソファーを回して窓の方へと顔を向ける。

 

「廃校の件は……忘れてと言っても無理よね。とりあえず頭の片隅に置いてちょうだい。それじゃあ改めてここ呼んだ理由を説明するわ。絢瀬さん」

 

 今まで扉の近くで控えていた絵里が、抱えていた小型のアタッシュケースを理事長の机の上に置いた。

 

「今日の深夜の12時、『エリュシオン』の探索を開始します」

 

 アタッシュケースが開かれる。中に収められていたいたのは、銃身からグリップまで、全て黒一色に染められた大型拳銃だ。いわゆるリボルバーと一般に呼ばれる回転式弾倉を有したタイプである。

 静流は拳銃を手に取り、全体を眺め回した。

 実はこの銃、奇妙なことに銃口と弾倉の穴は塞がれているために存在しない。弾を込められないし、放つこともできない。つまり、銃としての本来の用途は一切機能しないのだ。

 

「貴方用の召喚器よ」

 

「これが僕の……」

 

 一応男性であるはずの静流の手のひらにすら収まらないサイズは、アクション映画のヒーロー達が使用しても違和感が無いと思われる。

 もしも街中で見せびらかしたら警察のお世話になっても仕方ない程の重量感と存在感を放っている……と言いたいところだが、銃口もシリンダーも全て塗り固められている以上、せいぜい注意されるのが席の山か。

 

「ここ最近で急にペルソナ使いが増えたもの。製造が追い付かなくて完成が遅れてたのだけど、あなたの転入までになんとかギリギリ間に合って良かったわ」

 

 ふとグリップ部に視線を移す。何やら文字が刻まれている。

 

「『No.0』、君のアルカナ『愚者』に合わせて彫っておいたの。こういうこだわりのせいで完成が遅れたとかいう野暮な突っ込みは無しでお願いね」

 

「……かっこいい」

 

「気に入ってくれたかしら?」

 

 静流の好反応に満足気だ。

 

「絵里さんの召喚器は一度拝見しましたけど、やはりスタームルガー・セキュリティシックスにそっくりですね」

 

 指先にトリガーを引っ掛けてクルクル回した後、拳銃をアタッシュケースの中へと戻す。

 

「あら?こういうのが好きな辺り、やっぱり男の子ね」

 

 男性の皆が皆、兵器の類に興味を抱いているわけではないのだが、今まで娘の同世代男性と触れ合う機会が無かったかゆえか、理事長は新鮮さを感じているのかもしれない。

 

「転入したばかりなのに早速で悪いけど、今日は天宮君にも付いて来てもらうわ」

 

「今絢瀬さんから聞いた通りよ。今夜の『あの時間』、校門前に集合。今現在この学院に所属している全てのペルソナ使いに参加させる。天宮君、あなたにもよ」

 

 そう言うと理事長はアタッシュケースをパタリと閉める。

 

「ふふふ……集まったメンバーを見たら、きっとあなたもビックリすると思うわ」

 

 静流は首を傾げた。彼はまだここに来たばかりで、この学院の生徒との付き合いもまだ無いに等しいと言えた。そんな状態で驚くほどの面子とは?

 

「まあ気を楽にしなさい。今日は顔合わせだけで本格的な探索は次回以降よ」

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