Fate/melt a close   作:アクタ

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4DAYS「問答の朝」

 朝だ。

 窓から差し込む陽射しで俺は目覚めた。

 昨夜の決意を思い出すと、体を起き上がらせる。

 時刻は午前九時、親父の朝飯は晩飯と一緒に作り置きした物を用意したので、勝手に食べ勝手に片付けている事であろう。

「なんだか緊張するな……」

「何がですかマスター」

「うおっ!! セ、セセ、セセセイバー!! いたのか!?」

 霊体化していて姿は見えないためどこから話しかけているのか分からないが、いきなり声をかけられた為俺の体は驚きで小さく飛び上がった。

「? ええ、いましたよ近くに」

 機械染みた赤毛の剣士は首を傾げているのだろうか、不思議そうな口調で返してきた。

「そうか……あーびっくりした」

「何をそう堅くなっているのですか? 父親と話すことぐらい容易かったあなたが今さら緊張しているのですか?」

「いやそうだけど他愛ない会話ぐらいはできるけど、今から話す事は俺にとってとても重要な話だ。

 そんな話を改まった態度で訊くのは誰だって緊張するだろう、会ったの数十年ぶりなのが余計に」

 俺はつい情けない顔になってしまった。

 家を数十年空けたアイツが悪い、なんて考えが過ったが俺らしくないのでゴミ箱に捨てた。

「ふむ、私は苦しむ民を率いて領主と戦うという事を私を育ててくれた老夫婦に話せましたけど……」

「おいセイバー、その答え少しずれていないか? それは死ぬ覚悟を決めたから話せただけあって、俺の場合は自分を再確認する為に親と話し合う。

 もしかして何かトラウマがあったからトラウマに関しての記憶こそ思い出せない記憶なんじゃないかなと思う」

 外敵から身を守るようにトラウマは脳内に危険信号(フラッシュバック)を送る。

 もしかしたら自己防衛として苦しまないよう、忘れさせているのだろう。

 ましてや俺の家系は魔術師だまだ魔術を習わない時ならば記憶を隠蔽、改竄するのはお手の物。

 もしそうであれば犯人は親父かお袋、一生恐怖に苦しまぬよう処置したのだろうか。

「だとしたら余計なお世話だっつーの」

「マスター?」

「いやなんでもない、なんでもないから」

「?」

 俺の呟きに反応した口調だけでも伝わってくるセイバーの表情、きっときょとんとした表情だろう。

「しかしエルリカのせいでとんでもない事になっちまったな……アイツ何様のつもりだ、ずけずけと言いやがって」

 発端が脳内であの高笑いをしている。

 何が答えを得るまで待つってふざけるな、本当に何様のつもりだアイツ。

「本当なんでアイツ会って間もない人間にあそこまで言えるんだろうな」

 まるで自分事のような怒声は俺を掻き乱すばかりであった。

 おまけに手を切るのではなく猶予を与えてくれた。

 もしかしてエルリカって見かけによらずお人好しか?

「……」

 待つと言っていたので、しばらくはやかましいチャイム音もハイテンションな声色もない、静かな朝を迎えるのだろう。

 俺はその事に少々寂しく感じたが、アイツが調子乗りそうなのでその考えを振り払い無言を貫いた。

「よし、セイバー覚悟はできた、親父の所へ行くぞもし俺が倒れたらここに運んでくれ」

「分かりました」

 そう俺は自室へと出て廊下に足を踏み入れた。

 親父が掃除しているのかフローリングの床はいつも清潔だった。

 俺は思う、加目波也という人間を十八年間積み上げてきたのか何かをどうして所々虫食いにさせているのかを。

 それは単なる事故なのか、それとも故意なのか俺には分からない。

 もしかしたら三割しか魔術回路を開けない体質は記憶に関しているのかも知れない。

 開けない七割の方法は、欠損した記憶に刻まれているのだろうか。

 経験は学習に必要な要素だ。

 失敗した経験が記憶されれば、それを基盤に二度と同じ過ちをしないようにするのが人間というものだ。

 壺を割ったら次は割らない方法を考える。

 壺を割った記憶がなければ方法すら沸かない人もいるだろう。

 つまり俺は本当に生まれつき三割しか魔術回路を開けなかった、けれども七割をなんとか開かせた経験(きおく)が欠損しているから、三割のままなのかも知れない。

「あれ? もしそうだったら俺の願いは――――」

 なんだ七割開いた記憶を取り戻せれば聖杯なんてハナからいらないのではと思った。

 もし自分の仮説が正しければ、聖杯に祈る願望は―――――

「忘れた記憶を取り戻すって願いに変わるのか」

 納得、苦しめていたのは恐らく天賦ではなく自分にあったのか。

 灯台下暗しとはこの事だった。

「あ――――でも待てよ……開き方を忘れている癖に四割動かそうとすると、塞き止められる感覚は一体なんだろうな」

 まるで意識を失わせるぐらいに拒絶されている様な気分に陥った。

「うーむ……取り合えず親父と話さなきゃあーだこーだ考えた方が良さそうだ」

 まずはそうなった結果ではなくそうなる過程を聞かねば何も始まらない、居間に続く扉が視界に収まったので俺はドアノブを握りしめて、暖かな居間へと移動する。

 眼前には新聞を広げて眉を深く寄せて見つめる親父の背中を見つける。

「おはよう親父どうした? 怖い顔をして」

「おはよう波也、昨日の昼またスリ事件が発生したらしい」

 新聞にある地元のニュースを取り上げるページを開いたままそう話してきた。

「スリ事件?」

 俺は目をぱちくりと目を見開く。

「そうか波也はあまりニュースを見なかったな」

「なんだよ悪いかよ」

 親父は意味深にため息をすると、淡々と事件の内容を語り始めた。

「観光客ばかりを狙う連続スリ事件、犯行時刻は決まって昼過ぎ犯人は未だ不明で防犯カメラにすら特定していない」

「聖杯戦争と関係あるのかそれ?」

「あるとも言いきれるし、ないとも言いきれる」

 歯切れの悪い答えである。

「一体どっちなんだよ」

「なかったらただの事件だが、あったらサーヴァントが絡んでいる。例えばライダーとかだな」

「!」

 まさかその可能性は低い。

 隠れているならば目立たない事は極力避けるべきだと俺は思うのだが。

「いやライダーじゃないと思う、そんな事をしたらランサーのマスターにライダー達に近寄る事を令呪で命令させようとした松裏が見逃すわけない」

 親父は新聞を閉じて綺麗に畳みテーブルに置く。

「ライダーだろう。支援者がいない今、金の工面は誰がする。サーヴァントは口座を持っていないぞ」

「……けど」

 俺と同じ出来損ないの魔術師。

 ライダーがいなかったら棄てられておしまいのライダーのマスター。

 俺は同じ出来損ない同士としてそれが嫌だから、ランサーやエルリカの話に乗ったのだ。

 未来の選択肢をライダーのマスターにも与えてあげたいのだから。

「しかし特定されないぐらいにうまい事をやるな。ライダーは本当はキャスターではないのか?」

 親父は隠匿の上手さにコメントし終わったあと、俺に鋭い視線を向けた。

「ライダーか……お前は一体なんの為に聖杯戦争に望んだ? 立派な跡取りになると願望を掲げた筈なのに、お前は」

 その言葉に―――――

「―――――な」

 体が凍りついてしまった。

「もしもだ、ライダーのマスターがライダーに懐いていたら……それでもお前はライダーを倒せるのか?」

 言葉が出ない。

「お前はライダーのマスターの幸福を願っているが、ライダーと共にいる事自体幸福だとしたら……ライダーのマスターの幸福を奪わなければお前の願いは成立しない」

 親父は感情を込めずに事実を言う。

 聖杯戦争はサーヴァント六騎殺さなければ願望が叶わない。

 もしライダーのマスターがライダーと共にいる事自体が幸せならば、俺の行いは不幸をもたらす行為なのかと考えてしまった。

「それにだサーヴァント連れてきたら、身を守るために攻撃する可能性もある」

「なんで今さらそんな事を言うんだよ親父……」

 そうだ前同盟を組むと言って親父は頷いてくれたのだ。

 なんで今さら――――

「今話を聞くとお前は情に入れ込んでいる事が分かったからだ。お前はなんの為に聖杯戦争に参戦したのか、思い出せ」

 親父は厳しい言葉を浴びさせて、俺はようやく気づく。

 俺は聖杯戦争に参戦した理由は魔術回路の異常をなくし、魔術師として生きていく事を。

 だがもし、ライダーのマスターがライダーと共にいる事を望んだら……。

 果たして俺は戦えるのだろうか、ライダーが話の分かる人間ならばいいがもしそうでなければ俺は――――――

 俺は困惑していた、俺は一体どちらを取るかを。

「お前はもう十八だ……自分が正しいと思った選択肢に責任を持つ行動を取れ」

 俺の(なか)を見抜いたのか、そう一言残すとその場から立ち去ろうとした時、俺の用件がまだ済まされていない事を思い出させた。

「お、親父! どうしても聞きたいことがある!」

「なんだ手短にな」

 威圧ある背中を向けながらそう返すと、一呼吸で心を落ち着かせると自然と俺の顔は真面目なものとなった。

「俺の記憶についてだ――――俺はどうして思い出せる記憶と思い出せない記憶があるのか、親父ならきっと……あんまり付き合いはなかったけどアンタは俺の父親だから」

 血の繋がった親ならきっと俺の事を一番知っているからこそ俺は訊く。

 他人のアルヴィンに訊くよりはマシだ。

「――――――」

 親父は面を食らったのかその場から動かず、黙していた。

 それにしても思った程うまく言えた、俺の聖杯戦争についての方針よりももっと重要な話だからだろうか。

 それにこれだけは知らなくてはならないし、はっきりしなくてはいけない。

 時計の音だけが鳴り響く。

 親父は何も言わぬままだったがようやく口を開いた。

「――――そうか、気づいたのかお前のもうひとつの歪みを」

 感情は籠ってはいないが、事の重大さは親父が放つ雰囲気で察した。

 俺は固唾を飲み顔は石みたいに固くなる。

「そうかもう話せる時が来たのか……お前は小さな頃屋上に転落してな、奇跡的に助かったがその代償というものだろうか記憶がいくつか喪失していたと聞いた」

「屋上に転落?」

 何故かあの夢(、、、)が過った――――

「お前は屋上で友達と遊んでいたら転落したらしい。病院に搬送されたが後遺症として脳に記憶障害をもたらした。

 その症状こそお前が問おうてきたものだ、全ての記憶を纏めたものが『本』だとすれば、所々『ページ』が破れてる記憶喪失といったところだろうか……この話はここで終わりだ」

 そう言って親父は魔術工房がある方向に向かって歩き出した。

「――――――」

 つまり、忘れる原因でさえ忘れていたのか俺は。

 そして俺は改めてスタート地点に立ったのではなく、スタート地点から離れた位置に立たされていた。

 今まで気がつかなかった、魔の手から救いたいという願いは願望の為なら切り捨てなければならない事を。

「……なあセイバー、俺って欲張りだよな。

 異常を治したいしライダーのマスターを助けたい。けれども異常を治したいならライダーと対決しなくちゃいけないし、ライダーのマスターを助けたいなら俺は魔術回路三割のまま生きていかなくちゃならない」

 一体どっちを取ればいいのだろうか。

「そうですね、一つしか叶えられないのに二つの事を叶えようとしている、確かにあなたは欲張りですね」

「結構はっきり言ってくるなセイバー」

 気持ちのいいほどの直球な回答は清々しく思えた。

「あなたの異常に関しては何も言えませんが、ライダーの件に関してなら言える事は、出会ったら真っ先に倒す前提で考えていますよね。

 ならばマスターを絶対に安全なところに託すという盟約を持ちかける案はどうでしょうか?」

 成程確かにそれならマスターには悪いが、ライダーも心置きなく戦えるのだが。

「名案だけどひとつだけ問題なのは――――」

「ええ、ライダーがそのような盟約を結ぶ程の人物だったらの話です。もし違ったらマスターを守らんと問答無用に叩き斬る可能性もありますしね」

 成程納得、マスターの鋳造主に牙を向けたヤツだからその可能性もある。

 考えれば考える程難しい問題だな、なんとかうまくいければいいのだがイマイチ自信はない。

 その前に早くキャスターを探してライダーの居場所を聞かないといけないといけないのだが。

「あー……まずはエルリカに報告しなくちゃはじまらないなこりゃあ、アイツいるかな?」

 頭をかきながらため息を吐くと、まずは発端を攻略しなくてはと思いながら俺は親父に続いてリビングから立ち去った。

 

 

 男は血を流していた。

 床には幾十の頭蓋が転がっており地面も赤く染まっていた。

 この様子から見て、恐らく不意を突かれ一塊で襲ってきたのだろう。

 そしてただ殺されるだけでは辛抱できなかったのか、男は槍を薙いで首を落とし続けた。

 男は乗せられた、王を瀕死に至らせた裏切り者だったが信頼していた男の仇敵を討てと、艶やかな声が男を罠へと(いざな)う。

 そして風前の灯まで追い詰められて、ようやくこの屍達は誰の手先かはっきりと分かったのか、皮肉げに微笑む。

「……してやられたな。まさかアイツと同じ目にハマるとは」

 そう見事に鍛え上げられた巨躯を壁に預け座り込むと、口から血を吐き出した。

「そういや似たような事があったが今度は情けはねえか、あーあ。こんな事ならこの首級(くび)をケトやベールクーに差し出した方が余程よかったな」

 愉快そうな表情で天を仰ぐ。

 討ち取ったケトに重症まで追い詰められたが、それを見たベールクーは傷を癒してから一騎討ちの約束の為自宅で養生の恩を有り難く頂戴した。

 だがベールクーは、完治に近づいていくこの男に勝てるのか不安にかられ、三人の息子に寝首をかかれそうになった過去を思い出す。

 その時は計画が筒抜けだったので、ベールクーを身代わりにし、父親を殺させた息子達の首級を頂いたなと懐かしんでいた男の体は満身創痍だった。

 肩にかかる鮮やかな赤髪は血濡れているのか血濡れていないのか分からない程赤かった。

 体も穴だらけであり滝のように出血していた。

 傷だらけの右腕は力なく地に伏し。

 狼を彷彿させるターコイズブルーの三白眼は生気を無くし静かに閉ざされようとしていた。

「こうして毒婦の計略でここで死にました、ポカ散々やらかした勝利のコナルらしい死に方で何より」

 そうして目を閉じて――――

「死者の国があるならよ……セタンタとフェグルスの旦那に会って酒――――飲みてえな……」

 ランサー(コナル・ケルナッハ)は逝った。

 戦場で散りたかったが、それでもランサーは満足気な顔で眠った。

 そしてそれを見る黒衣の女は、血まみれの死骸と向き合い不可解そうな顔で呟いた。

「何がしてやられたよ……どうしてあなたはそんな死に方されても憎まないのよ」

 黒魔術師の女にはとても理解できない心理であった。

 人を呪い殺す人間から見れば、無惨に誅殺された人間は仕掛けた人間に復讐の念を燃やす生物である筈なのに、ランサーは復讐先の人間を恨まずむしろ敵として称賛した。

「あなたは駒として利用され切り捨てられたのよなんで――――」

 彼女に愛されたいのならば仇敵であるアリル王を殺せと命じられ、殺した結果がこの光景だ。

 ランサーは恨み言も吐かなかったし、この最期を皮肉げに笑っていた。

 この情景を女は一生理解できないものだと感じたからこそ、こう言の葉を紡ぐのだ。

「そんな顔で逝けるのよ」

 そこで女の夢は終わった。

 

 ランサーは黒山羊がすし詰めされた部屋にいた。

 ストレスを感じているのか角をゲージの扉に叩きつけている光景を煙草を吹かしながら眺めていた。

 なぜここにたむろしているのか?

 それはバーサーカーと戦った帰りにコンビニで寄った際煙草を吸う為であり、マスターから追い出されたようなものだった。

「たく嗜好品ぐらい自由に吸わせてくれよ」

 コーヒー石鹸と香水で誤魔化している体臭を台無しにすると言われ、文句を言いつつ大人しく喫煙しているランサー。

「酒買いたいと言えば酔いのついでに押し倒されそうだから嫌だの……全くとんだ我が儘な主君だな」

 残念と諦めが混ざった顔で煙草を灰皿で揉み消すと「俺は酒に負ける程ヤワじゃねえ」と愚痴を溢す。

「ま、コンボヴォル王の我が儘に比べればこのぐらい小せえ、小せえ」

 禁酒や分煙しろと押し付けるマスターよりも、フェグルスを卑下にしたコンボヴォル王に比べれば些細なものであった。

 ランサーから見たコンボヴォル王は陰湿で傲慢な王であった。

 赤枝の騎士団を作ったという恩義で目は瞑っているが、王の愚行には心底呆れていた。

 いつもは時々煽るような話し方をするランサーでも、王の前ではそれをせず従っていた。

 ノイシュとディアドラの件みたいにそのプライドを十八番の皮肉と大言で、ズタズタに引き裂く事は容易だがその後が怖いのだ。

 卑劣な方法で王に殺されるノイシュとディアドラの様に――――

 なのでランサーはアルスターを離れるまで、ずっと溜め込んでいたのだ。

「しかしよ、ここの山羊(いけにえ)毎度毎度うるせえな。なんだよ、さかりか?」

 ここに過ごしていて気づいた事がある。

 なぜ黒山羊達は不機嫌そうに鳴き、角をぶつけ続けているのだろうかとランサーは疑問に思った。

 ペトラ・ネヴァン(マスター)の事だきっと何か意味があるに違いない。

 ペトラ・ネヴァンはメイヴと同類の臭いがするのだ。

 無邪気に人を貪る側面ではなく、人を貪る悪辣な側面な意味で。

「ランサー一回リビングに来てちょうだい」

 噂をすればなんとやら、念話で呼び出されると立ち上がる。

「さて、仕事の時間だ」

 そう首を鳴らすと、霊体となって生贄部屋から立ち去った。

 

「へいへい来ましたよ、主君」

 実体になったランサーはそうソファーに座るペトラの後ろ姿を見る。

 栗毛の長い髪をひとまとめにしたものを白い布で包んだ髪型は、白いうなじを露にしていた。

「来たわね。向かい側に座りなさいランサー、大事な話があるから」

 ペトラは赤褐色の双眸向ける。

 いつも通りの表情である、足元には厚みのあるコンビニ袋が置かれているのが少し気になったがランサーはソファーに腰を掛けた。

「なんだかしこまって? で、話ってなんだよ」

「今後の方針についてよ」

「ははあ、ようやく戦争らしくなったな。参謀なら経験済みだぜ主君よ」

 誇らしげな顔のランサーと真剣な顔のペトラは、咳払いをするとこう話を続ける。

「とは言っても今まで通り、あなたの独断で任せるわ」

「で、俺が殺すには惜しいと判断したり、殺す価値すらねえと判断したら怒るんだろう主君よ」

 その言葉にペトラは睨み付けてきたのでランサーは「おお怖い」と呟いた。

「ええそうよ。私は一度殺すと決めたら、元は善人だろうとも容赦はしない……あなたのこういうところ、本当に理解できないわ」

 最後の言葉は少し苛立ちながら認めると、ランサーは薄ら笑いを浮かべて、片膝を思いきり叩いた。

「ははは!! そりゃあそうだわ、手前は人を呪う為供物(にえ)を捧げる魔女だからな! 仁義を教わらなかった女だからこそ、俺達は分かち合えないし俺達は戦友まではいかねえ」

 マスターの前で分かち合えないとはっきり言ってくるこのサーヴァントである。

「戦友にならない事ぐらいは重々承知よランサー。

 こっちは恨むどころか利用された敵を誉めて散る事すら不可解な時点で、私達は主従を超えた関係にはならない」

「そういうこった。ん? 誉めて散る――――って事はアレ見ちまったのか。

 あん時はあまりにも見事な策だったから、つい敵ながら天晴れと誉めちまった」

 ペトラはますます怪訝な顔で睨んでくるので、ランサーは本当に理解できないんだなと納得していた。

「そーいや手前、毒婦に復讐する為に召喚に応じたのかと聞いてきたっけなあ。見られたついでに教えてやるぜ主君よ――――俺を恨ませたいんなら、友を殺せ(、、、、、)

 ランサーの口調は軽薄から重厚へと変わった。

 ペトラは昨夜よりも鋭い殺意を、ただらぬ威圧を感じ取り戦慄した。

 まるでランサーと対峙された魔蛇のような畏怖を脳で感じ取っていた。

「俺は友として戦士として認めたヤツの(かたき)を討つのが一つの信条よ。特にセタ……クーフーリンはどっちか一人くたばっちまったら、(かたき)を討つ約束を交わしたワケよ。

 んで、交わした約束を守ると友の仇敵を討つの信条が裏目に出ちまったからこそ、潔く散れたワケさね」

 ランサーは誇らしげな顔で「本音は高名な戦士と戦って死にたかったけどな」と補足し心情を説明をしてくれた。

「整理すると戦場で死ねなかったが、信条を守りと押した生き方しただけでも満足だったという事ね――――やっぱり解らないわねそういう死に方、生き汚く負の感情撒き散らしなさいよ。その方がよりよい呪詛を生み出せるから」

 最後の一文にペトラは妖艶な微笑みを浮かべ、今度はランサーが顔を強ばらせて戦慄する番だった。

「……人間らしく生にすがれと悟らせていると思わせておいて、まさかの人の死まで益を生み出そうとするその発言(トドメ)。ショウジキナイワー」

 引いているランサーに対してペトラはいつものようにくすくすと上品に肩をすくめると、先程のビニール袋をテーブルに置いてから答えた。

「あら? あなたがさっき言ったこともう忘れたのかしら……私は人の死を(にえ)にしている魔女ですもの、負の感情抱かせて死なせた生贄は極上の呪詛を生む、ニホンではそれを"念が強ければ強い程、強力な呪いになる"と言うらしいわね」

「これでひとつ謎が解けたわ、黒山羊が常に不機嫌な状態にさせてる理由がな」

 ランサーは喫煙した際に沸き上がった疑問が、その言葉を聞いて察するとペトラはええと返してきた。

「そしてもうひとつ謎があるんだが……その袋は一体?」

 ランサーは机に置かれたビニール袋を指差し、ペトラは袋から何かを取り出すと分厚い本が姿を表した。

「今まで散々好き勝手暴れたあなたに、お灸を吸わせようと昨日の夜買ってきたの」

「あー俺は酒を見ていたからそんなの気づかなかったぜ……何、灸を吸わせるだと!?」

 いかにも物騒な言い回しにランサーは楽観から絶望へと叩き落とされた。

「いい? 絶対読み終わりなさいよ、これは約束よランサー」

 そうテーブルに置かれたのは実話を元にしたホラー漫画をまとめた本だったので、表紙を見たランサーは顔を青ざめた。

「ちょ、ちょっと待て! テメェ俺が苦手なモン知っていてこの仕打ちか!!」

「ええ、幻術の魔猫(まびょう)軍団に一晩木に登って震えたあなたらしい罰でしょう?」

 ランサーが苦手な魔猫(まびょう)の姿は、皆が想像するようなおどろおどろしい猫ではない。

 その姿は身の毛もよだつ悪魔の化身そのものだった、そんなのが大量に押し寄せてくるのだ。

 その光景にランサーは正気を失いそうになり、木に登ってしまったのだ。

「ヤメロ! こっち来て結んだ誓約(ゲッシュ)を破させる気か!!」

「やめない、今まで見逃したけど流石に昨日で堪忍袋の緒が切れたわ、抵抗するなら令呪で……令呪は呪いに入るのかしら? 強制(ギアス)の類いに近いから、ランサーには効き目ないかも知れない。

 もしそうだとしたら……バーサーカーと戦わせてあげない。ほらあなた首を洗ってとか言っていたから? その"約束"を破ることになるわね」

 ランサーは唇を噛み締め悔しそうにペトラに掌握されてしまうと、ランサーはますます恋人の面影がちらつくペトラに、苦手意識が強くなったのであった。

 

 

 箱海市、土産屋通り。

「なあアルヴィン本当にここでいいのか?」

 アサシンのマスターコレット・シャルトリューは、周囲の景色に溶け込む程の小洒落た空き屋の前でアルヴィン・エクルストンと立っていた。

 時刻は早朝、肌寒い空気の中道周辺には人っこ一人いなかった。

「ここでいいよ」

 振り返った胡散臭い顔立ちはいつもより増して深刻そうな顔だった為、コレットは煙草を吹かしてアルヴィンについていった。

 遡ること数三十分前、連続スリ事件について調べたいとコレットはアルヴィンにも伝えた時、こちらも用があるからついてこいと呼ばれ、空き家に案内された。

 アルヴィンはコートのポケットから古びた鍵を取り出すと空き家の扉を開ける。

 中に入るとがらんとしていた、薄暗い部屋はアルヴィンの自宅(こうぼう)と造りは似ている。

 ここもアルヴィンが設計させたのかと、床が軋む音を立てながら紫煙で線を描いていた。

「電話越しの通り、本当に君の煙草の香り煙草じゃないんだね(、、、、、、、、)、そりゃあ警察が怪しむの無理はないね、なんで手離さないのかいそれ?」

 四日前の話を半笑いで持ち出すアルヴィンに対して、コレットの眼鏡レンズに見える琥珀色の猫目は伏せられた。

「つまりアンタは私に溺死しろと言いたいのか?」

「いやごめん、君の性格からすればそういうトラブルを避ける対処できるんじゃないかと思ったけど、うん。煙草ぐらい堂々と吸いたいよね」

 アルヴィンはこれはダメだと苦い顔でコレットの銜えられた煙草を一瞥してきた。

 煙草を離されたらコレットは、生死をさ迷うほど手離せないものとなってしまった。

 最近は嫌煙家のせいで、コレットも肩身が狭い思いをしている。

 吸うか吸わないかぐらいは自由にして欲しいものだと、分煙室のコレットは煙と共に憂いを吐くのだ。

 狭い廊下を歩いていくと、床収納のような扉までくるとアルヴィンはそのドアノブを開ければ、地下へ続く階段が見えた。

「それで――――胡散臭い空き家に連れてきてアンタは何がしたいんだ?」

 アルヴィンの後を続き階段を降りていく。

 石畳の階段は真冬の気温と連動するかのように、ジャケット羽織っているが肌寒く感じた。

「君のアサシンに頼みたいことがあるんだけど……」

「だから言っただろう? 私はアサシンにライダー達の行方を探させたいって」

 出掛ける前の話を忘れたのかとコレットは呆れた顔で煙草を燻らせる。

「夜だけでいいよ。サーヴァントが動けるのは、夜だけだと思うから」

「なんで監督役のアンタが、アサシンをよこせという程、サーヴァントに関わりがあったのか?」

「キャスターが大聖杯を求めている――――キャスターは私から直接聞くのを諦めたけど、念には念を入れてだ。十年かけて造られた大聖杯を欲深い博士に渡してはいけないんだよ」

「確かに強欲者に渡したら、何に使われるか分からない……ましてや魔術師のサーヴァントもしかしたら、自分の物にしてしまう可能性が高いか」

 そしてキャスターの事を博士と呼んだ事に気づくと、キャスターの真名大分絞れるなとコレットはそう思っていると扉が視界に入る。

(……あれ? 地下階段……扉……そういや似たような事があったような)

 そうコレットは思うと同時に、キャスターの飼う芝居じみた悪魔の他者を嘲る張り付いた笑み顔が脳裏に甦った。

 

 "わたくしは大旦那から生まれ落ちた『霊長の観測者』であった――――そしておれは! たくさんの人々を狡猾にそして残忍に……数多の人間を破滅へと貶めた結果、大旦那に勘当され『魔なるモノ』へと格落ちした存在……! それが俺だ"

 

 "これにて閉幕! 言っただろう魔術に携わる人間なら大旦那の名を思い浮かべるってな!"

 

(あいつが言っていた事が本当ならば、あいつは星に生み出された人外ってヤツか……けど魔なるモノへと格落ちしたというのは一体――――)

 アサシンが捕まえた白い偽造妖精の因果線をハッキングした時出会った男は今の話に関係ない。

 そうしかめた顔を横に振り消し去ろうとする様子を見たアルヴィンは首を傾げていた。

「? 入るよ、足元気を付けて」

 気を取り直したコレットは開けられた風景に視界を定めた。

「ところでマスター殿、この空き家に入った時から魔力を一つも感じさせない、何か魔力を封じる術でもかけているのでしょうか?」

 念話でアサシンが静かに話しかける。

(それだけ用心している証だな)

 コレットは思念でそう返すと、扉の向こう側へと踏み入れた。

 そこは無機質なところだった。

 石造りの部屋は広く冷たく重々しいところであり、一歩進めばカツンと靴音が反響する空間であった。

 そしてその真ん中には――――

「これは……」

 卵に太い木の根が床を貫いて生えた大きい魔術礼装が、魔力を発生しながら動いていた。

「これが大聖杯だ。君のアサシンにはここを夜の間警護して欲しい」

 アルヴィンの身長をゆうに超える巨大なそれに、コレットは眉を潜めた。

 今までこの()で危険な存在をたくさん見てきた。

 結果が被害をもたらす人間、術式等々。

 これは肌に来る魔力だけでも感じた。

 大聖杯はとてつもなく危険な代物だと、執行者としての勘が警告していた。

「そんな怖い顔をしなくても大丈夫、爆発はしないよ」

 そんな冗談と共に胡散臭い顔は微笑みかけるアルヴィンに、コレットはこう質問した。

「本当に聖杯戦争の為だけに造らせたモノなのか?」

「ああ、そうだよ。ちゃんと意味があって造らせた代物だよ」

 それでもコレットの表情は強ばったままだった。

 その様子をアルヴィンは困ったような表情を浮かべていた。

「怪しむのは勝手だけど……君から聞きたいのはそうじゃなくて、仕事を引き受けるか受けないかが聞きたい」

 アルヴィンは疑心の視線を浴びながらも、会話の軌道修正をする。

 この大聖杯は何か災厄をもたらしそうな気がする、そうコレットは一度紫煙を吐き出して、間を置くと淡々とした口調で答えた。

「……金で雇われた身だ。依頼主(クライアント)の依頼は引き受けるさ、アサシン分かったな」

「はい」

 そうコレットは視線を恐らくは背後にいそうなアサシンにそう語りかけると、アルヴィンは目を丸め驚愕した。

「え、いたんだ!? 君がこうするまで全然分からなかったよ」

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