Fate/melt a close   作:アクタ

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第三章 衝突
4DAYS「キャスター陣営」


 薄暗いゴシック式の書斎。

 八十を過ぎているであろう老人はかつてない程頭を抱えていた。

 壁に掲げた生命の樹らしき図柄を一瞥し、また頭を抱え込み唸った。

 背中からはついてきた黒いふさふさした犬が寂しそうに遠吠えをしていた。

 老人は諦めきれなかった。

 この星に何千万もいる霊長だが元を辿れば一つに繋がっている。

 その一つこそが根源(しんり)だと思って数六十年追い求めた。

 魂が積み重ねてきた過去を読み取り、霊長の無意識下という天理へと至る。

 思考分割で膨大な情報量を並列処理し髄まで追う。

 老人の限界は数千年だった。

 五つに分割した思考でさえ、これ以上進めば脳が焼ききれそうになる。

 何百回もその壁を乗り越えようとしたが、人の身では乗り越えられなかった。

 そして数年前、この思想を後世に遺す事に決めた。

 弟子のワーグナーは、物質変換しか才能がなかった老人に比べて小人サイズのホムンクルスを鋳造できる程の才能はあったが、降霊術と占星術は優れなかったのだ。

 誰でもいい、老人が目指した天理を後世の人間が解明して欲しいだから遺すと決めた。

 それでも尚――――()たいと、胸中火種の如くくすぶっていた。

 満たされない。

 この世すべての(ことわり)を食べ尽くしたいとこうして頭を抱える。

 いくら食事を与えても常に餓える乞食、それが老人の本性であった。

 知欲以外の欲望はまともに機能せず、宝石を見せても豪華な食事を見せてもその心は躍らなかった。

 この餓えを満たせるのは、天理即ち根源に至る事しかない。

 それが老人にとっての酒池肉林であった。

 老人は項垂れた頭をあげて、紙上に綴られた文字の羅列と紐でまとめられた冊子を見て、作業を再開する。

 そして羽根ペンを掴むと古びた紙を見ながら、新しい紙に伊吹を与える。

 まるで紙に魂を込めるように、老人の顔は気迫に満ちていた。

 静寂の書斎から聞こえるのは書く音と、黒犬が尻尾を見て追いかけ回す足音だけが聞こえていた。

 

 久一はその過去を見て思う。

 ああ――――だから星の数程存在するキャスターに該当する英霊の中から、老人(かれ)が選ばれたのかと。

 英霊の遺物ではなく、魂を媒介として召喚されたサーヴァントは、魂の色が似ている者同士で選出される。

 これではっきりした魔術師として遥か彼方にいる老人、キャスターが何故聖杯戦争が始まる前まで、一般人同様であった久世久一のサーヴァントとして出会ったのかを。

 それは――――二人には常人には理解できぬ、心の在り方に苦しめられた人間だからであると。

 少年は生まれ持った「無常」の魂の方向性に苦しみ、魔術師は生まれ持った「知欲」を常に餓えている事に苦しんだ。

 どちらも人間としては達観はしているが、人間としては欠陥している性質こそ彼らの共通心理(キーワード)

 少年は教師に"面識がないとはいえ、我が校の生徒が事故で死んだんだぞ、なのになんで平気な顔をしていられる?"と責められ。

 魔術師は弟子に"博士は第二要素()に関してはほぼ極めていらっしゃるのに、なぜ満足していないのですか?"と問われた。

 久一はキャスターの真の餓えをこう解釈する。

 キャスターは人として在りたい、唯一天から与えられた感情なのではと。

 もし餓えを与えられずそのまま生まれたら、無感動な人間として誕生していたんじゃないかと。

 起源に畏れる久一は夢の中漂っていると、突如視界は暗転から蒼穹(そうきゅう)と白い草原が広がる、幻想的な風景に変わる。

(これもキャスターの過去?)

 あまりにも唐突なできごとに首を傾げた後、歩きながら周辺を見渡すが一人もいない。

 まさかと久一は思った。

 サーヴァントはマスターと五感を共有できる存在だ。

 キャスターには、戦略上()かせた悪魔がいる。

 念話でやり取りできたのだ、もしかしてこの過去はキャスターの生前じゃない――――悪魔の生前なのではと久一は身を思わず構えてしまった。

"私が畏怖するのはとり憑かれた悪魔が、私のようにマスターの命を奪う事が心配なのだ"

 そんな言葉が過った。

 久一は静かに相手の出方を見つつも、短く切られた黒髪を揺らしながら辺りをきょろきょろと見渡す。

 雲が渦巻く円形の溝があり、まるで平面がそこだけ凹んでいる様な深く澄んだ青い空の下、何も現れないので夢が醒めるまで待とうとしたその時、声が聞こえた。

 だレ、かをコろ、した。

 ほ、しにガい、すルからころシ、た。

 無機質で性別や年齢すらも分からぬ声が、白い草原に響く。

 む、らヲなガしタ。

 ホし、が、イするカら、コロした。

 よくネットで聞く合成音声ソフトの音源を、より明瞭にした声のが脳に響く。

 風は吹き白い絨毯のさざめきを聞く。

 だれかを、ころした。

 ほしに、がいするからころした。

 さざめきが止むとその声は抑揚を得て喋り始める。

 誰かを殺した。

 星に害するから殺した。

 楽しかった、誰が悪いのに自分の足元で泣き叫ぶ姿が楽しかった。

 同じ文章の繰り返しから、一文が追加された。

 その文を聞いても久一は平然としていた。

 楽しい、楽しい、楽しい。

 もっと、もっと、もっと。

 そうだ(アラヤ)の真似をしようただ殺すだけでは楽しくない。

 すると周りの風景に人型の白いモヤが増えていく。

 久一は知らないがアラヤの真似事、即ち守護者のシステムを真似たのだ。

 素質がある人間が無力と嘆き、力を欲した時に天から訪れ、死後売り渡す条件で力を手にする盟約。

 それを模倣した風景がこれであった。

 青い空の下白い有象無象が白い草原に漂う映像は、儚さを増させた。

 久一は人型を見てそっと触れると腕はすり抜け、悲しいとも喜ばしいともつかない顔を浮かべる。

 楽しいだけで殺された人達はどんな気持ちだったのだろうか。

 (いた)みも感じないその心は、その結末を悲しいではなく、ただ無惨に終わってしまったのか(、、、、、、、、、、、、、、、)と声の主の行為に虚しさを感じた。

 なんで、なんで、なんで。

 (ガイア)はわたくしを見捨てたのですか?

 声色が悲しみに満ちたものへと変わった。

 自業自得でこの星を滅ぼそうとした、やつらを殺したよ。

 確かにわたくしのやり方は変わったけど、役目はちゃんと果たしているのに。

 なんで、なんで、なんで?

 疑問を投げ掛ける声が寂しく響く。

 久一はただ終焉の時が来たのだろうと冷静に考えた。

 わたくしはあなたの為に頑張ったのに、なんでどうして――――――

「――――どうして」

 その声と同時にまるで空気から滲み出たように登場した。

 短い黒く太い針の様な無造作の髪は風に揺れ、

褐色の首元から見えるのは複雑な紋様が幾重に重なった刺青が刻まれていた。

 落ち着いた赤のコートは空と対照になり映えていた。

 寂しそうなその背中は立ち上がり、白いモヤが幾万に増殖したのちそれはくるりと久一と対峙した。

 人を小馬鹿にするように、口元に弧を描いた優男な青年のを見た。

 顔にも刺青で埋め尽くされており、琥珀の目は爛々と輝いていた。

「次は――――あの爺さんに決めた」

 嬉しそうな口調で草原から出ると、視界は先程の老人と妙齢な男に切り替わると会話が聞こえた。

「ワーグナー君、あそこに黒い犬が動き回っているが……あれを君はどう見る?」

「さあ? 少なくとも私にはただの犬にしか見えませんが」

 そこで映像が途切れた。

 

 

 

「マスター。何を(ほう)けているんだ?」

「――――っ! ああ、ごめんごめん。ふと今朝見たキャスターの過去を思い出していた」

 久一は現実に引き戻されて、キャスターの顔を見納める。

 あの過去から現在までのキャスターを改めて見て、三つの疑問が浮かび上がっていた。

 一つ目は瞳の色。

 横顔しか確認できなかったが、今のキャスターの目は青紫で過去のキャスターの目は灰色である事。

 二つ目は髪の色。

 過去のキャスターは真っ白であったが今のキャスターは白い髪は一緒だが毛先から半分まで黒に染まっており、まるでそこだけ白髪染めをしたのかと聞きたくなるような髪の毛であった。

 三つ目は呼び方について。

 助手の役割を与えられたワーグナーというホムンクルスには呼び捨てだが、過去では隣にいた男を(くん)づけで呼んだ。

 意思基盤となる魂が同一人物なのに、呼び方を変えるほどの違いがあるのか。

 久一はまた物事に深く入り込むのを再開すると、悪魔が脳内で注意された。

「おいおい旦那の講義で疲れが出たか? アンタはいつもぼんやりとしてるが、今日はその比じゃねえな……そんなに旦那の生前がうっとりするようなモノだったのか?」

 黒いシャーペンを握ったままの久一は無言でその返答する。

「尨犬そこで煽るんじゃない」

 溜め息を吐くと、講義で使った床に伏す肉人形を横目を一瞥しキャスターは久一を見下ろしてきた。

「呆けた原因も判明したところで講義を再開しよう、魔香と概念武装の作り方はノート(それ)に記したか?」

 久一はばっちりと頷く。

「魔術回路のスイッチの入れ方は合格。私の経験上と、何より起源の特質で殺人鬼になる事を恐れる君だ。致死量をあれらでしっかりと覚えさせたところで……次は、自己憑依について教える」

 他人に霊薬を授ける事は人生で二回目のキャスター。

 その経験を生かし、人を殺しても何も感じない殺人鬼になるのを懸念する久一の意向も考えて先程一瞥した、肉人形で何十回も試させたのだ。

「霊能力者もそうだが、魂の欠片……雑念とも例えられるそれは単体だと、物質界に介せない弱い存在だが集合体になれば、霊体に昇華し物質界に介せる力を得る。

 それらは肉体を求める本能のまま我々に襲いかかり、とり憑こうとする」

 人の体に郷愁するかのように、元に戻りたい、その体が欲しいと集合体は人々にとり憑かんと迫るのだ。

「心まで憑かれるのを防ぐ為には自我を殻で守ることだ、生きる意思と強固たる自分を持たぬ者は――――簡単に憑かれるぞ」

 と袖をまくり、赤い糸で刺繍された円を基調とした幾何学模様の黒い革手袋を右だけ脱ぐと、陶磁器のような真っ白な肌が露にする。

「そうすれば悪魔の囁きをもはね除ける程の殻を得る。うまく行けば、こんな風に憑依した物の力を引き出せる」

 キャスターはしばらく間を置くと、白い腕はまるで作り替えるように変貌した。

 爪は固く鋭利に尖って延びると黒く染まり、キャスターの犬歯が肉食獣の牙に変化する。

 肌は褐色に染まり浮き出るように黒い刺青が刻まれた。

 そして髪の毛の黒い部分が侵食するかのように白を染めた。

 その腕を見た久一は夢で出会った赤いコートの刺青青年と全く同じ物だと、目を丸めた。

「……口まで変貌しろと私は言ったか?」

「そっちの方が分かりやすいでしょうに、おや? 久の字が旦那を見てなんか驚いていやすが、俺やアイツ(、、、)は初対面じゃあないのかね?」

「それは断じてない。もしやお前の生前も見たのかも知れないな」

 キャスターは真顔でその推測を蹴り飛ばすと、悪魔は拗ねている感情が見える声色で返してきた。

「なんですって!? いやだねーサーヴァントの体に棲むって事はプライベートはねえのか」

「次からはシャットダウンすればいい話だろう、そんなに本来の自分(、、、、、)を見られるのは嫌なのか?」

 キャスターはきょとんとした顔で問いかければ、悪魔はまるで居酒屋で愚痴を溢すサラリーマン風に返してきた。

「ああ、やだね! なんで俺様の黒歴史を見られなきゃなんないだ!! 古い日記を読まされた気分だよ」

 そんなコントを久一は聞き終えると申し訳ない顔を作る。

「…………………うん、なんかごめん。悪い事しちゃったね」

 その目は憐れみに満ちていた。

「ほら、気まずい! 誰だよサーヴァントの過去を無断で見れるシステムを作ったヤツはよお!!」

 やりきれない感情を悪魔は叩きつけるよう叫ぶと、キャスターは咳払いをして講義を再開させた。

「余談はさておき、私の見立ては今の君では衝動は愚か、周辺にいる雑念でさえ心憑かれる状態だ。

 そこで"殻"を作る為には生きる意志を強く持たねばならない」

 急に難しくなってきたと久一は顔を強ばらせるとそれを見たキャスターは、不服そうに眉毛を動かした。

「私は心はなにもないがが……我は強いからこそ、精神を狂わす物を見せられても尨犬に隙を見せないで二十四年間発狂はしなかった」

「えー……グレートヒェンの嬢ちゃんの亡骸を見せつける悪夢を見せたら、少しだけ動揺したじゃあないですかー旦那。

 で、これはイケルとようやく付け込む事ができると期待したんだが……結局、俺の思う壺だの彼女は私が殺したんだと入り込めなかったぜチクショー」

 キャスターの唯一の弱点を知る悪魔は嘘つくなと異議を唱えた。

「――――ともかく、術を使う際起源に自我を支配されぬ為には、それを跳ね除ける精神を得なくてはならない。

 そうでなければ奇跡的に起源と共生している君が君でなくなってしまうからだ」

 その話を聞いた久一は難しいと思っていた事から簡単に変わる。

 そして確かめるようにキャスターに口を開いた。

「前、起源は前世……魂の鋳型だと言っていたよねキャスター」

「ああ、その通りだ。起源は前世を積み重ねてきた君という魂の方向性を決める物だが、それがどうした?」

 久一はさらに踏み込む。

「だったら起源は―――――おわったもの(、、、、、、)と捉えられるね」

 その言葉にキャスターの顔は非常に分かりにくいが驚愕していた。

 この世界ははじまりとおわりで構成されているという衝動(思想)に引きずっている、久一にとって今まで積み重ねてきた重みは、既におわっている物と見方を変えられるのかとキャスターの口元は歪んだ。

 まるで世界征服を目論む黒幕のような笑みだった。

 それを見た恐怖のあまり久一は肩を跳ね上がらせて、思わず後ずさりをしてしまう。

「だ、旦那あ……はっきり言って怖い。旦那とは長い付き合いだが、そんな笑顔はじめて見たぜ俺……ほら久の字も怖がってますぜ」

 悪魔も顔をひきつっているような口調で言うが、二人の反応を無視し、キャスターは高笑いをはじめた。

「フ……フフ、ハハハハハ!! なんという事だ! まさか、起源が起源を否定するとは!! こんな事例は今までにはなかった!! いや――――世は常に流転(るてん)する衝動だからこそ成せる技か!」

 高揚が収まりきれないというキャスターの態度はその場にいた二人は、殺される何かされるのではと補食される側の気持ちを味わっていた。

「やはりこの世は未知で溢れているな、尨犬。仮初めだが二度目の生を与えられる聖杯戦争は、本当に素晴らしい……! 参戦した価値はあったな!!」

 その顔は完全に悪役がする顔であった為、久一は恐怖のあまり硬直してしまった。

「? どうしたマスター、石化の魔眼に視られたのか?」

 悦に浸る声色が余計に恐怖をそそらせる。

「旦那、旦那。一旦落ち着こうか」

 悪魔はなあなあと興奮冷めきれぬキャスターを宥めさせる。

「無駄だ尨犬この(たかぶ)りは、最期以来だ、この熱量はなかなか冷めない」

 暴走気味なキャスターがそう答えると、久一は話を円滑に進めようと割り込んできた。

「で、キャスター。僕は一体どうすればいいかな?」

「そうだったな。すぐにでも自己憑依を伝授しよう。降霊術は私の専門分野故に今以上に真摯(しんし)なものになるが――――覚悟はできているかなマスター」

 防げる手段を見出だしたマスターに、前振りなど必要なかったのだ。

 早速とキャスターは講義の仕度を始めながら、念のため問うと久一の返答は肯定であった。

 

 

 寒い夜がやってきた。

 キャスターと出会って七度目の夜。

 久世久一は学校に馴染めず、三ヶ月前から不登校をしている十六歳の少年だった。

 やることがなかったので、今まで両親に行くことを禁じられていた書簡に入ると知った。

 久世家は両親の代で廃れた魔道の家系であると。

 それに魅入られたように毎日書簡で一日中過ごした。

 ある日古びた一冊の手帳を見つけた。

 そこには冬木で行われた聖杯戦争について記述されており、この時久一はよくできた夢物語しか思っていなかった。

 左手に円環が魔術陣のように三画に重なった紋様が現れるまでは――――

 

「本当に引っ掛かるかなキャスター」

 手ぶらで住宅街の小路を歩く久一は霊体化を解いた、キャスターに不安そうな顔で話しかける。

「どうだろうな。ここは住宅が密集している地区だ戦う場所を移したいと言えば、一端の魔術師ならばほとんど条件を呑むだろう」

 キャスターはそう答えると久一は落ち着き無さそうに一旦背後の地面に視線を向け、キャスターに視界を戻した。

「それともう一つ聞きたいんだけど。あれ本当にばれないよね」

 久一がこちらを見ていないのを気づいていたキャスターは、ようやく質問の意図に気づいた。

「サーヴァントで言うならばこの形体は霊体化みたいなものだ。余程、気配探知が優れない限り暴かれない」

 魔力を極力抑えている状態だとキャスターは説明する。

「油断はできないって事だけは伝わったよ」

 寝静まった闇を黙々と歩いていく。

 占星術により霊脈上にいる魔力(オド)を蓄えた霊体を探知する礼装、そして思考分割により町中を徘徊させる、ホムンクルスの肉塊から()くられた偽造妖精。

 これらを用いて敵陣営の居場所を特定し、こうして向かっているのだ。

 マスターの顔も身体的特徴もどんなサーヴァントを従えているのか、キャスターが全て羊皮紙に記している。

 久一は買い物を済ませた後、昂ったキャスターの事も含めて思った。

 キャスターは魔術に関しては徹底的に追い求める性質なのだろう。

 今日の講義もそうだった。

 魔術回路を物質界に繋げる事と、こうやって発動させるという自己暗示は容易にできたが、いざやってみると起源に自我が乗っ取られる感覚がした。

 自分は無常の肉人形になってしまうのかと『死』を覚悟したが、キャスターにより引き戻された。

 そしたらキャスターは、深入りすると君ではなくなってしまうと鬼の形相で怒っていた。

 その態度は、真剣に自分を魔術師として鍛え上げようとしている証であった。

(そう簡単にいかないか……)

(おう何がか?)

 思考を読んだ悪魔が乱入して返答を求めてきたので、久一は驚いた。

「?」

 キャスターはその様子に(いぶか)しげに見ていたので、久一はなんでもないと返しキャスターの興味対象を外す。

(ちょっとなんで君が僕の頭の中を覗いたんだ?)

 唐突に話しかけられたので、肝を冷やしたと言わんばかりの口調で訊く。

(いやここ一週間ずっと暇でさ、俺の活躍はいつくるのか待ってるがいい加減退屈したからアンタの心の中見た)

(だからっていきなり脳に話しかけられたら、びっくりするよ)

(ヒヒヒッ、これぐらいで驚いていたら魔術師にはなれないぜー)

 悪魔は意地の悪い態度で接すると、久一はうっと唸った。

(……あ。そういえばさ、君の正体って一体なんだい? キャスターは本来の姿とか言っていたけど、できるだけ僕にも分かるよう説明して欲しい)

 快楽のままに人々を殺したという悪魔はどういう存在なのか、一般人の久一にも分かりやすい解説を相手に求めた。

(そうだよなもう知っちまったなら仕方がない。

 俺はな元はガイア側の抑止力。つまり、星の滅びを防ぐための装置みたいなモノとして生まれた)

 抑止力とは簡単に言えば滅亡を防ぐ為の知覚できない力。

 ガイアは星の秩序を守る為に動き。

 アラヤは人の秩序を守る為に人々の無意識下で後押しする働き。

 つまり悪魔は前者の権現(ごんげん)の化身である事を語る。

(だから星の為に殺したなんて言っていたんだね)

(そういうこった。時には魔術師の弟子として、時にはある信者として、時には災害を引き起こす超自然現象として、俺は働いていた)

 あの奇怪な文章と悪魔のこの発言がぴたりと当てはまってきた。

(いつ頃だろうなあ、ある日突然、俺は自業自得で無様な人間を殺すのが楽しく感じるようになっちまった)

 きっかけはあったのかも知れない、屍を数万重ねてきたバグなのかも知れない。

 ともかくこの悪魔は自分が悪いのに悪くないと命乞いをする人間を殺すのに、快楽を覚えたのだ。

(それから俺は殺しまくった。

 ただ殺すだけでは味気がなくなったから、アラヤの真似事をして一生俺の奴隷として働かせる事もした……それがいけなかったのかもな)

 残酷な話を遠い昔話のように悪魔は穏やかに語る姿は、狂気染みていると久一は感じていた。

(そして俺は気がつけば魔物になっていた、聞けばあなたは血を浴びすぎたし必要以上殺しすぎだとよ。

 だから、その罰として人に仇なす魔物に変質したと――――それっきりだ、権限ほとんど奪われて残ったのは真似事だけだ)

 そして悪魔は最後にこう付け足した。

(こうして俺は魔物として人をいっぱい殺してきて、旦那と出会った。見込みの通り旦那は自分の無力さに嘆いていた……渇きを潤す為だけに(、、、、、、、、、)、生涯追い求めた根源に至れない自分にな。これが俺の正体さね)

 悪魔の長い話が終わると、久一が抱いた感想はこうであった。

(どうして殺す前提なのか、僕にはよく分からないよ)

(そういう契約なんだよ。守護者も死後アラヤに魂を売り渡して初めて支払いが完了すんだ、俺はそれを早めたいからわざと契約者に破滅を向かわせる。

 だが例外は常に存在するって言うのかねえ、旦那は恋人を不慮の事故を起こしただけじゃなく、ほったらかしにしたせいで二つの罪を犯した犯罪者として仕立て上げた以外は悪へと染まりきれなかった。こんな契約者、生まれて初めてだった)

(昼にもキャスターは言っていたね、二十四年間隙を見せなかったって)

 久一はキャスターが今日の昼言っていた事を口にすると、その本人が歩みを止めたので久一もそこで止める。

 眼前に映し出された風景は、よくある二階建ての住宅であった。

 庭に植えられた樹木の枝葉は塀から飛び出していた。

 窓の灯りは煌々(こうこう)と輝いていた。

 一見すれば住民はただの人間が住んでいそうな程風景に馴染んでいるが、こここそ魔術師が住む家であり胃袋でもあった。

 ドアの近くまで歩くと久一はある事に気づく。

 この家には表札はないのだ。

 セイバーのマスターの名は知らないが、どうして住んでいるのに表札がないのだろうか。

 キャスターの腕を疑う訳じゃないが表札がない事が意味深だと語り始めてくるので、思いきってぶつかる事にした。

「ここであってるかい? キャスター、表札がないんだけど」

 するとキャスターは真面目な顔で確証を解き明かす。

「表札など関係はない。何故なら先日セイバーに、運ばれていた映像を見たからな。ここであっている筈なんだが……」

 間違いはないと主張するキャスター。

「そう来たか、でも似たような家ならいくらでもあるけどな」

 渋々と久一は深呼吸しこれから自分の力試しとして、セイバー達に挑もうとしている。

 固唾を飲み込み覚悟を決めると、目の前のキャスターは躊躇わずインターホンを押した。

 

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