Fate/melt a close   作:アクタ

16 / 19
4DAYS「煙る公園」

 箱海市 住宅街。

 俺は昼にエルリカの家に行ったが留守だった。

 仕方ないと一旦引き返して、夜には必ずいるだろうと思い親父の飯を作っていた。

 セイバーは霊体化のまま背後で食器棚を眺めていた。

「マスター、質問なのですがニホンでは住んでいる人分の食器を用意しない文化なのですか?」

「? いや違うよ、どうしたそんな事聞いて」

「ええですから二人暮らしなのにチャワンが一つしかないので、聞いてみただけです」

「……ああ、きっと親父が割ったんだな、聖杯戦争が終わったら買いに行くよ。今、俺達はちょくちょくでかけているから一緒に食べるって事はまずないから、一つでも足りるんだがな」

 そう言うとセイバーは納得したのかふむと呟くと、フライパンから盛り付けられたのは青椒肉絲(チンジャオロース)であった。

 味噌汁もばっちし白飯も炊けた、俺はいつものように盛り付けをすると食卓で待機している親父の元へと運ぶ。

 後ろには鴨の雛のようについていくセイバー。

 もう召喚して四日が過ぎた、アルヴィンの話によるとマスターはサーヴァントの過去を夢を通じて見るそうなのだが、その予兆はない。

 そもそもセイバーは「コ・ウォーカー」という異名で呼ばれていた無銘のサーヴァントで、魔女狩りの対象となった為にセイバーに関しての文献は世界中どこ探してもない。

 魔女狩りは一般的に言えば、中世ヨーロッパで行われた大規模な糾弾(きゅうだん)のようなものであり、悪魔と契約した者や教会が禁じた黒魔術を扱った人々を罪有り無し関係なく、焼き殺され社会的に抹消される。

 あの聖処女もそうだ、神の声ではなく魔性の声だと教会に判断され、その遺体(はい)は風に飛ばされてしまった。

 それっきり彼女の事はフランス国民の記憶から忘れ去れた、かの皇帝が彼女の武勇を利用する為にその名が上がるまでは――――

 セイバーもそういった類いの生前だったのだろうか。

 聖女として認められず魔女のまま死んだセイバーはどんな英雄なのか、宝具を聞かされてもそれらしい手がかりはなかった。

俺はそんな事を思っているとテーブルに夕飯を全て置くと、セイバーは緊迫した口調で俺に告げた。

「……マスター、サーヴァントの気配です」

「ああ俺も感じている。きっとエルリカだろ?」

 こんな夜遅く来客するのはエルリカぐらいなのだろう。

 俺はそう呑気に構えているとチャイムの音がした。

 親父は俺の事を厳しい顔で見ていたが、俺は取り合えず出てみる事にした。

 住宅密集地のど真ん中でサーヴァントを戦わせる行為は、はっきりいって愚行に近い。

 家の範囲内ならまだしも、外ならば人払いの結界を張らないと騒ぎを聞き付けられるから、魔術師的にはまずい場所であった。

 足音を響かせて明るい廊下を駆け抜ける。

 相変わらずリビングと玄関の間が長い。

 エルリカを待たせるとチャイム連打攻撃を食らいそうなので、なるべく早足で玄関まで向かう。

 後少しだ。

 もう数分は経っているのだろう、静寂に包まれた玄関まで辿り着くと。

 俺はある事に気づいた。

 客人はエルリカではない。

 なぜならば――――チャイムが一回しか鳴っていないからだ(、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 先日、エルリカの連打音攻撃を目の当たりにしたから分かる。

 という事はこの先にいるのは、敵サーヴァント。

 俺は思わず固唾を飲み込んだ。

 なぜ居場所を突き止めたんだ。

 考えられるのは一つしかない、偽造妖精の主だ。

 具合が悪くなった俺をここに運んでくれたセイバーの場面を、見逃さなかったと見る。

 何の用だと俺は思わず構え、戦闘態勢を取りセイバーも実体となって一緒にその客人を警戒する。

「なかなかいい度胸してるな、コイツ。一体どこの英霊だ」

 右腕に砂鉄を纏い強化させて装備すると、魔術工房に直接乗り込む事は死を意味しているのに、この客人は相当な胆力(たんりき)を持っていると敬意を表した。

「結界に反応はなかったのですか? マスター」

 そんな事聞いてくるセイバーに俺は答えようとするが、突如目の前に現れた男が代わりに答えた。

「結界どころか衛兵もいなかった――――全く、魔術師にしては警戒心が足りないな」

 そのしかめっ面男は顎先まで伸びたうねった白髪頭には黒いシルクハットを被り、右目には片眼鏡(モノクル)黒い外套と裾がぼろ雑巾みたいに使い古された黒いロングコートに、灰色のベストと白いシャツに赤いスカーフといった服装だった。

 左手に握られたベルがついた魔杖(まじょう)を除けば魔術師というよりも、気品ある怪人といった風貌みたいだった。

「キャスター!」

 マスターはサーヴァントを見れば、ある程度の情報が俺なりに頭の中に浮かぶ。

 恐らくは保有スキルの恩恵でそれら全て隠蔽していたアーチャーのせいで、この事をすっかり忘れていた。

 今ここで判明したのはキャスターというクラス名と、パラメーターとそのクラスに就けば授かるスキル、クラス別スキルの三項目でそれ以外は空白になっていた。

「キャスター、何しにここへ来た?」

 セイバーは魔除けの剣を出現させキャスターに切っ先を向ける。

 キャスターは俺達が放つ敵意に気圧されず、セイバーの問いかけを聞いて足元から顔に青紫の目を向けて、抑揚のない声で喋り出す。

「そう急かすなセイバー、我々は決闘を申し出に来たのだ」

 その言葉に俺は耳を疑った。

 キャスターがなんでわざわざ敵に出向いて、決闘を申し込みに来るのかと、それもセイバーに。

「そうならば断る理由はありません。けれどもなぜ、魔術師のサーヴァントであるあなたが正面から戦いを挑みに来たのですか?」

 それはセイバーも同じだったようだ、猜疑の目を向けられてもキャスターはただ喋る。

 まるで表情が変わらない人形と接している気分になる。

()せぬのは君の方だセイバー。ここへ来てあるものに気づき、君について数ある仮説の一つと不一致な点がある……何故(なにゆえ)セイバーとして現界した? その剣アレが厭がっているからな、お陰でいくつか絞れたよ」

「――――ッ! 何を言っている!?」

「言葉通りの意味だ。それとな正面衝突の件については、マスターの(めい)とでも言おう」

 俺にはよく分からなかったキャスターが言う仮説について。ただ一つだけ確かなのはセイバーは、剣の英霊には相応しくないサーヴァントだという事だ。

「キャスター、セイバーは剣の英霊(サーヴァント)として相応しいから、俺に召喚されたんだ。これ以上セイバーを屈辱すると、俺が黙っていられない」

「……マスター」

 セイバーは安堵した顔で俺を見た。

 いきなり現れてセイバーは役不足だと言い出す、キャスターにマスターとして苛立ちを覚えた、確かに俺達は弱いだのと言われてきたがそれでもそれなりの意地というものがある。

「気を悪くしたか申し訳ない。ふむ、しかし一体どうやって触媒を使って召喚するのか気になるな」

 俺に謝罪すると、ブツブツと小声でセイバーを物珍しそうに見るキャスターはよく分からないが突如間を置いて、我に返る。

 そしてここに来た目的を思い出したかのような態度を取った。

「……また悪い癖が出てしまったな、決闘場所は我々が決めてある。もし二人とも肯定ならばあおば公園まで来て欲しい、そうだな……刻限は数十分後経ったら来て欲しい」

 そう言い残すとキャスターは空気に融解されるようにその場から立ち去った。

 そうキャスターは立ち去ると、俺達は顔を見合わせた。

 分かりやすい程絶対罠だと、誘われているのだろうとアイコンタクトで会話していた。

「どうするセイバー、俺は行かない方がいいんじゃないかと思う。今まで引き篭もっていたキャスターが前線に立つという事は、腹に何か持ってるって事になるんじゃね?」

「でもこの機を逃せばチャンスは巡ってこないという事も考えられますし、それにライダー陣営の情報を得られるかも知れませんよ」

 セイバーはむしろ前線に来ない人間が尻尾を出したので、罠だろうと仕止めるには絶好の機会だと捉えついでに情報を得れるのではないかと、言ってきた。

「む、そう来たか……前か止まるかか。俺はいかない方がいい、そりゃあ情報は欲しいけどあいつは殺し合いに誘ったからな、情報より命が危ない気がする」

「いや、むしろ素直に行くべきです。何よりキャスターだからこそ、無理に行かせる手も考えているという事もありえます」

「絶対いかない、俺はノーだ!」

 生き延びることを選んだ俺はそう叫んだ。

 するといつの間にか忍び込んでいたのかプランBだと言わんばかりに、煙の古代ギリシャ風の兵士二体が俺達を取り囲んで剣と盾を構えて攻撃してきた。

「チィッ! 何が肯定ならだよ!! 肯定しか選ばせない魂胆かアイツは!」

 強行手段に出やがったかと舌打ちしながら、遅れてだが煙の剣を砂鉄で纏わせた右腕で受け止める。

 火花が散り、金属音が鳴り響いたのを聞いて煙の兵士の頭上に疑問符を浮かべて、首を傾げた隙に俺は詠唱した。

形成、剣(コンポース・ソード)!」

 足を力強く踏み込んで鉤爪のような刃を形成すると、俺は躊躇なくその首を掻き取った。

 掻き取ったのだが――――

 兵士の頭は煙となって散布し、再び元の形状に戻るとその剣を振りかざした。

 終わりだ。

 俺はそう悟りながらもなんとかその剣を受け止めようとした途端、セイバーの剣先が生えて兵士は断末魔をあげて消滅した。

「マスターどうやらこの魔煙兵(まえんへい)は、煙を肉として得た亡霊のようですね、私の剣は洗礼により魔除けを施された祓魔(ふつま)の剣ですので、この手の存在には強い」

 そう堂々と語るセイバー。

 この話を聞いて中国にある魂が煙を依代にして、知覚できるようにする「反魂香(はんごんこう)」という魔香を思い出していた。

 恐らくはその類いの魔香で、古代兵士達は第二の生を得ている状態なのだろう。

「分かった頼む。それと俺達がここにいたら親父の身が危ない、一旦外に出よう」

 キャスターに引きずられるように俺達は外へ出た。

 靴を履き扉を開けて夜闇に入ると、狭い小道には兵士達が複数取り囲んでいた。

 俺は両手をあげて戦う意思はないと見せつけると、向けられていた剣先は下ろされていた。

 そして俺だけ後ろに回り背中を刃先に向けられ、セイバーは斬りかかろうとするが前にもう一人の兵士が盾でそれを防ぎきる。

 まるで敵に捕まり黒幕のところへ連行されるスパイみたいだと俺は思いながらも、手首に煙の(かせ)をはめられてキャスターが指摘した場所へと向かわされた。

(セイバー、すまん堪えてくれ)

 苦い顔で俺を睨んでくるセイバーを念話で宥める。

「しかしマスター!!」

 盾から刃を離してそう叫んでいるセイバーは本当に主人思いだ、自分の前でおめおめと敵に連れ去られてたまるかという気持ちが表情で伝わってくる。

(俺なら大丈夫だ。穏便に物事を進めれば命に別状がない気がする、それにダメ元だけどだキャスターに会って話をしてくる。セイバーの案を少し採用するよ)

「―――――」

 煮えきらない態度、納得のいかない顔をしているセイバーだが俯いて小さな声で返事をした。

「……分かりましたマスターの命令とあれば……」

 こうして俺は魔煙兵につられてセイバーをおいてけぼりにした。

 

 

「ふむ肯定か。セイバーのマスター」

 茂みがいくつも植えられた小さな公園、あおば公園に辿り着くと月下でキャスターと、気の弱そうな俺より少し年下に見える男が待ち構えていた。

「何が肯定だよ、無理矢理来させた癖に」

 いつの間にか俺を連行してきた魔煙兵がいなくなると同時に煙の枷は消滅する。

「まさか来ない選択をするとは、君は結構慎重なんだな」

「生憎こちらは弱いからな、アンタみたいに実力行使できる程の力がない」

「魔術師としてはそうだな、少なくとも私のマスターよりは強いのは確かだ」

 冷たい風が吹く。

 全てを凍てつかせる様な風に運ばれる土埃。

「初めましてセイバーのマスターさん、僕は小野高校一年A組久世久一(くぜひさいち)です。

 僕より年上に見えるので先輩と読んでも構いませんか?」

 初対面だがまさか同じ高校の生徒が、聖杯戦争に参戦しているとは初めて知った。

「別に構わないけど。それで俺に何の用だ決闘ってのは、俺を呼び出す口実か何か?」

 夜空は雲でもかかったのか白み星はかすかに瞬いていた。

 俺が戦わない意思を示したら、殺さず枷を手首にした行動がどうも引っ掛かる。

 だから俺は決闘の裏に隠された目的があるのでは、ないかと推理した。

「そうですよ先輩、キャスターと僕は先輩に用があって手荒な真似をしました」

 冷たい空気は臓腑(ぞうふ)に染み渡る。

「そうだな手荒だったな、でアンタらは一体なんの目的だ?」

 遠くから魔力を感じる、それはキャスターにも察知されたのか握っていた杖を構え、久一に視線を向けていた。

「僕達の目的は――――確かめ合いですよ」

 久一の声色は穏やかだった。

 まるで春の日差しの様に柔らかく優しげな口調で含みのある言葉で―――――

「確かめあ―――――」

 俺はそう言いかけると全身の力が抜け体は自然と重力に逆らえなかった。

 どさり。

 ブランコが横に見える。

 苦しい。

 まるで(おか)に上がった魚になったような感覚になり、俺は息を荒げ意識が薄れてその場にうずくまる。

「い―――たい、なにを……」

 まともな思考ができない、呂律がうまく回らない。

 酸素が欲しい、苦しい、酸素が欲しい。

 頭あげキャスター達を睨むのさえ重労働だった。

「やっぱり先輩は人として「おわっている」存在だったんだね、うん。もしかして事故で死んだのは先輩だったのかも知れないね」

 意味が分からない。

 そもそも事故らしい事に遭ったのは、俺がまだ小学校入る前だから残念ながらそれは違う。

 俺は震えながら令呪が宿っていない腕を上げて、気を失いそうな重りを振り払い魔術回路に魔力という水を注ごうとした途端、キャスターは杖の石突で掌を強く突き落とす。

 感覚全てが麻痺して感じなかったが、赤く腫れているのを見るとさぞ痛いのだろう。

「成る程。令呪を奪われるのを防ぐ為にその腕をあげたか、抜け目がないな」

「大丈夫だよ先輩この量では死なないから、負けたら気絶するぐらいだから」

 クソっなんでお前ら眉毛一つも動かさないんだ、人の気も知らないで……!!

 これじゃあ令呪でセイバーを呼び出そうとも呼び出せない。

 目の前にあるのに何も届かない気持ちになった。

「さて、少年。彼女が迫る前に問おうセイバーのマスター」

 キャスターは青紫の目を俺に向けて淡々と話しかけている。

「君には意思である魂が感じられない。にも関わらず君は"君"として活動している……喋る肉塊なのか喋る人形なのか、それとも喋る何かか、君はどういう存在なのか? それを識りたい」

 曖昧な視界の中、今でなくとも俺には理解できない単語の羅列に戸惑う。

 まるで俺が人じゃない言い方をしているが、何もない顔で静かに見下ろす二人の方が人じゃないと感じていた。

 だが一つ分かった。

 セイバーは近づいていると確かにキャスターは言った。

 あのやろう、来るなって言ったのに令呪で言い聞かせなくて良かったと俺は安堵した。

 俺はキャスター達を睨みながら精一杯の抵抗をする。

「し……しるか、おれ、は……ら、いだーたち、をさがし、ている。それをいわ、ないかぎ、り……おし、えない」

 相手が自分の事を知りたいのなら、そちらの情報を代償として支払うなら教えてやる。

「またか、またライダーか。時間稼ぎなのか? どちらにせよこの状況でよく抗うな、何故(なにゆえ)ライダーに固執する? 竜なのかホムンクルスなのかも曖昧なあれに近寄ろうとする? 益などはないのに」

 不思議そうに俺を見て久一はそんなキャスターを見て、歯を食い縛る俺のところまで近寄ってくる。

「多分、損得考えてないと思うよ。自分がライダー達の扱いに納得いかないから動いているじゃないかな」

「ほう、つまりライダー達の境遇が許せない感情論で動いているのか彼女もそこの彼も」

 久一に視線を向けるキャスター。

 何もできない。

 苦しくていっそ意識失った方が楽なんじゃないかと思う程苦しかった。

「どうだろうね、これはあくまで僕の想像だよ。結果はどうあれ、起源香は成功したみたいだし、あとはキャスターの好きなようにしていいよ」

 興味を失ったのか久一は茂みに視線を向けると、そこから躍り出たのは性器がない裸の人の形をした何かだった。

「このままでは(らち)が明かない、お前達一滴だけ濃度をあげろ……気絶したら、少年をさらう、殺してしまったら意味がないからな」

 これが全力じゃないのかよ。

 下手したら俺を殺せる程の効力かよ。

 一体俺は何をされたんだ、起源香と久一は言った。

 つまり俺は久一の起源を薬で伝染(うつ)されただけは伝わってくる。

 キャスターは魂がないのに意思は言っていた。

 まるで俺がそこに存在する筈がないと否定するように。

 そんな加目波也が存在している仕組みをキャスターは、知りたがっている。

 俺とライダーのマスターは欠陥品。

 俺も欠陥品だが、ライダーのマスターには俺と同じ選択肢のある人生を歩ませたいと思っての行動に益がないと言っていたが。

 キャスターだって、俺の存在を深く知る事に益はない筈だ。

「はあ……はあ……」

 そう言いたいのに、動悸は続く酸素不足な俺は体を伏す事しかできなかった。

 人の形をした何かが茂みに入ろうとした途端、高く結わえた赤毛をはためかせ高らかに甲冑の音を夜空に響かせていた。

「貴様……マスターに何をした!!」

「何って、叡智の蒐集だ剣の英霊よ」

 久一はようやく顔を強ばらせたがキャスターは怯まず、公園に潜ませていた魔煙兵達を数体呼び出してセイバーに向かわせた。

「しゅうしゅう? よく分かりませんがマスターの危害を加えるならば、容赦はしませんよキャスター」

 そう吐いて捨てると、セイバーは弾丸の如く魔煙兵の体を薙ぎ払っていく。

 セイバーの猛進にキャスター達は小声で何か話ながら後ろに下がり、少しでもセイバーの進路を延長しようとしていた。

(ここには二種類の魔香があるのか……魔煙兵の(にく)と、怪我はないのを見ると微かに白む煙にマスターがやられたのか)

 セイバーは魔煙兵の攻撃を華麗に躱しながら、次の攻撃の動作を繰り広げる。

「……腐っても英霊かトロイア戦争の端役(はしやく)では役不足だったらしい」

 ここでキャスターの真名に繋がる情報が呟かれたが、範囲が広すぎる。

 過去の人物を現界した降霊術師なんていくらでもいるからだ。

「ならば―――――仕方がない」

 セイバーが手早く片付いたところでキャスターに突進していく。

 キャスターは片眼鏡のレンズを月光で光らせると、杖を使わずにセイバーの事を真っ直ぐと見て、外界に働きかけた。

Salamander soll glühen,(火の精は燃えるそうだ。)Undene sich winden,(水の精は蠢き。)Sylphe verschwinden,(風の精は姿を消す。)Kobold sich mühen.(土の精よ働け。)

 Wer sie nicht kennte(お前達は誰も知らなかった。) Die Elemente,ihre Kraft(神秘の力を。)

 ここで一旦キャスターは区切る。

 早い、あんな長い詠唱をセイバーが次の一歩を踏んだ時と同時に区切ったのだ。

 セイバーは眼前の目標まで間合いを詰め、叩ききろうと大きく剣を振りかざす。

 そして俺は気づいた、この詠唱文はある魔術師が主人公の戯曲で登場したものだ。

 その戯曲の題名(タイトル)は―――――

Und Eigenschaft,Wäre kein Meister( そして、その属性は誰にも理解できず。)―――――――Über die Geister.(それらはお前達を介す。)

『ファウスト』

 そうキャスターの真名は悪魔と契約した魔術師として名高い、ヨハン・ゲオルク・ファウスト。

 ゲーデが(えが)いたファウストは、未知の渇望に悩み苦しんでいたところに、商売悪魔メフィストフェレスがやってきて悪に堕ちるかどうかの賭けに乗る人物だった。

 この魔煙兵は第二部に登場するトロイア戦争に参戦した魂達を煙で再現した物の一部なのだろう、ただしこれをやったのは悪魔の方だが。

 で、キャスターが唱えたこの詠唱が使われた場面は確か―――――

「くっ……おのれ、金縛りか!」

 侵入した幽霊を呪縛する際に唱えた詠唱だった。

「自身の対魔力を憎む事だなセイバー」

 セイバーは空間に接着剤で貼られたみたいに、その体は動かない。

 当然だセイバーは対魔力が低いし、何よりサーヴァントは霊体。

 その呪縛(じゅばく)はセイバーにとって効果的であった。

「いくら肉を与えられ意思を与えられても所詮、我々は亡霊に過ぎない。

 数六十の時を経て、霊長全ての魂の根が一になっているだろう場所を追い求めた私にとって、霊体の一種であるサーヴァントの扱いなど赤子をあやすのと同義だ」

 キャスターは今まで継いできた研究に誇りをもっているのか、覆る事はないとそうセイバーに言い切ると、久一を気にかける仕草を見せる。

 久一は大丈夫だと返事するとキャスターはゆっくりとセイバーを無視して俺に近寄ってくる。

 澄んだ鐘の音がやけに大きく響いた。

 頼みの綱であったセイバーが、あっさりと空間固定されてしまった事に絶望した。

 鐘の音が大きくなる。

「さて、これで邪魔者はいない思いきって、君の事髄の髄まで調べられるな」

 セイバーは向こうでもがいている。

 キャスターの凍りついたままの表情が微かに変わった。

「―――――!」

 俺はその表情(かお)に戦慄した。

 まるで命を刈り取りに来た死神に見えた。

 鐘の音が大きくなる。

 その音すらも恐怖の旋律に感じ取れた。

 マスターである久一の制止はない、ただこの光景が当たり前だと言わんばかりの佇まいで俺を見ていた。

 俺は一体どうなるんだ。

 その場で解剖されるか?

 その場で脳みそだけを取り出すのか?

 その場で俺の魂を奴隷として扱うのか?

 俺の頭の中は無惨な死で埋め尽くされ、恐怖の風呂に浸かされた気分だった。

「そんな顔をするな、命は取らないし傀儡(かいらい)もしない、医師に病を診せるようなものだ心配はいらない」

 信じられるか! さっきやった事忘れないからな!

 医者に病気を診るんじゃなくて、殺したこの体をピンで止めて標本にして飾る作業だろうが!

 この悪態を伝えられないのが悔しくてたまらなかった。

「仕事に取りかかってくれ諸君ら」

 そうキャスターが言った矢先、夜空はさらに白み俺の意識がさらにはっきりしなくなった。

 最早視界は雨に濡れたフロントガラス並に曇っている。

 輪郭がぼやけて認識できない、セイバーの叫び声があんなにも遠く聞こえるなんて。

 俺リタイアするのかな。

 だったらすまないなセイバー、俺が至らないばかりに―――――

 俺はもう抵抗できない程の意識を奪われていた。

 あんなに鳴っていた鐘の音が今や籠ってよく聞き取れない。

「―――――スター!」

 久一の大声が聞こえる、何か起こっているらしい。

 草を踏みしめる音がした。

 誰だろうセイバーじゃない誰かがいる。

「そ―――背―――は、そう――――だか―――

よわ――――のか――――か――――ぼ――――し!」

 キャスターの声色は動揺している。

 そして赤い滴が夜空に舞い散る。

 キャスターは崩れ落ちた、右肩がぱっくりと開かれてまるで毒を食らったように悶えていた。

 そして一撃を食らわせたのは、俺から見て長身の部類に入るキャスターを遥かに超える赤髪の人物が斬り伏せていた。

 あの背はセイバーじゃないな、ランサーだ。

 ランサーは赤い髪を三つ編みにして結んでいるから、きっと助けに来たのだろう。

 なんで助けに来るのがよく分からなかったけど、後でお礼を言わなきゃな。

「退―――――ター――――びが――――たよう―――――だ」

 そうキャスターは息苦しそうに右肩の傷を押さえて撤退命令を出すと、久一と共に公園を去った。

 残ったのはランサーと思わしき人間と俺だけ。

 冷ややかに降り注ぐ月光は影一つを強調させた。

「まっ―――た――――とん――ヘ――――しち――っ――――な、だい―――――ター?」

 ……あれ? ランサーいつもの盾がない、きっと霊体化させているのだろう。

 俺はそんな事を思いつつ、ランサーから振り払われた赤い水溜まりを最後に俺は意識を失った。




マスター:久世久一
クラス:キャスター
真名:ヨハン・ゲオルク・ファウスト
性別:男
身長・体重:180cm・65kg
属性:中立・悪

・ステータス
筋力:E 魔力:B+ 耐久:E 幸運:D 俊敏:D 宝具:A+++

・クラス別能力
「陣地作成:B」
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”の形成が可能。

「道具作成:A」
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 特に錬金術・霊体・降霊術関連に長けている。

・固有スキル
「■■■」
 
「悪魔憑き:A」
 人間に悪魔が取り憑かれる現象。その為、洗礼詠唱や聖印の攻撃が効きやすくなる。
 Aランクならば、霊瘴を上手く隠蔽し、祓うのには最早焼却しか道はない。
 ランクが高い程"重症"と見なす。
 キャスターの場合強固な理性のお蔭で精神といった内面は崩壊していない。
 別の憑代があれば分離させることも可能。
「高速詠唱:A」
 魔術詠唱を早める技術。
 大魔術であろうとも一工程(シングルアクション)で起動させられる。

「■■■」
 
・宝具

・詳細
 16世紀ドイツに実在したとされる魔術師「ヨハン・ゲオルク・ファウスト」
 諸説あるが、事故で爆死し目玉と歯しか残っていなかった事から「契約した悪魔に魂を持っていかれた」のではないかとの噂から、「悪魔と契約した魔術師」と民草に広まった。
 ここでは、ゲーテ作戯曲『ファウスト』をベースとする。
 ファウストは更なる探究へ悩んでいたところ、黒犬に変貌したメフィスト・フェレスと出会い悪の道に行くかどうかの賭けを代価として契約し、メフィスト馴染みの魔女のところで若返り薬を飲み干すと、魔法の鏡で町娘マルガレーテと出会い、一目惚れをする。
 彼女が住む町へ赴き恋人となるが、逢い引きの邪魔になる彼女の母親を欺く為に「睡眠薬」を渡すが、マルガレーテは母親を殺してしまう。
 ファウストがワルプルギスの夜から帰ると、酔った彼女の兄に襲われメフィストがファウストの体を操り殺してしまった頃、マルガレーテは赤子殺しの罪で投獄され、助けようとするがマルガレーテは死んでしまい、自責の念に駈られる。
 次に宮廷魔術師として皇帝に仕え、ある日トロイア戦争の煙で再現した時ヘレネーに一目惚れする。
 古代ギリシャに赴き、ケイローンの案内もあってヘレネーを妻として迎え子供を授かったがほどなくして共に成仏してしまう。
 元の時代に戻り、再びし軍師として皇帝に従軍メフィストの活躍もあって勝利へと導き、領地を授かるまで成り上がった。
 ある日、仲睦まじい老夫婦が住む土地が欲しくなり別の住み処を用意した上で強奪せよと、メフィストに命じたか逆に殺してしまったのでファウストは激怒し決別。
 そしてメフィストは盲目になったファウストに対して、彼の墓穴を掘りその音が自分の領地を開墾している音だと勘違いし、満足げに「時よ止まれお前は美しい」と唱えた。
 死後メフィストに売り渡す筈だったがその魂はメフィストではなく、マルガレーテの祈りにより救済され天国へと旅立った。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。