パラPは泣いていい。
大きな武家屋敷がある。
庭付き縁側付きの築数百年あるだろう純和風建築の住宅に似つかわないクリオネ様な半透明な小さな生き物が飛び交い、性器もない全裸のホムンクルスが庭を徘徊していた。
漆喰の壁には五芒星、十字架、円環を組み合わせた紙があちらこちらに貼られており、それは瓦屋根にも釘で打ち付けられ貼られていた。
その風景を障子から一人の少年がいた。年齢は16歳ぐらいだろうか、虚ろげな黒い双眸を寂しそうに伏せ、短い黒髪を垂れ下げていた。
その印象はどこかぼんやりとして幽鬼染みていた。
「キャスター――――」
「どうしたマスター」
少年に呼ばれて薄暗い部屋から出現したのは、巌の様な
長身痩躯を纏うは黒を基調とした服装であり白いシャツにベスト、赤いスカーフを首に巻き裾がもう穴だらけのロングコートに細身のズボンを穿いていた。
利発そうな顔立ちを見れば実年齢は三十代半ばであろうかと感じさせ、何かをいつも深く考えている様なしかめっ面は近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
毛先から半分まで黒に染まっているが暖かみのある白髪はうねり、キャスターの顎まで伸ばしていた。
少年と同じ生気のない青紫の双眸は少年を見下ろし、左目にかけている
「本当に行くのかい? ランサーが
あの赤毛のランサー、キャスターのホムンクルスを媒体にした偽造妖精の存在に気づき、攻撃せず蠢く者達を片っ端から探していたらしい。
もし探索中にランサーと遭遇したらどうするのかと少年は生きているのか死んでいるのか分からないキャスターを見上げる。
「無論だ。他のサーヴァントと万が一衝突しても良いように、護符は持ち歩く」
そう淡々とキャスターは返すと亜麻色の髪を持つホムンクルスは黒い
シルクハットと共に他の男性型ホムンクルスに持たされたキャスターの背丈ぐらいある魔杖は、薄い金色のベルが吊るされており、七惑星の記号よりもADONAIと彫られた文字が目についた。
ケープの裏には古びた縦長の紙が貼り付けられているのを少年は見ると、キャスターの姿はより一層時代遅れになった。
片眼鏡のせいだろうか、第一印象はどこかの怪盗にも見える。
そこにキャスターの理知的で巌の様な態度を加えれば、朧気な古城に数千年間独り住む城の主人に早変わりする。
「そうか。じゃあお香を焚いとくよ。出掛ける前に確認するけど、キャスター……君はこの聖杯戦争を知る為に来たんだよね、もう少し具体的に知りたいなどうして知りたいの?」
この少年
久世家は久一の兄に当たる世代から魔術回路は閉ざした家系であり、両親の荷物整理するまで久世家は魔術師だと生まれて初めて知った程魔術には縁遠い少年だった。
令呪が宿った時も暇潰しとして読んでいた魔術書を漁り、冬木の聖杯戦争について記録された書物を探り当て触媒なしで
「降霊学的に見ればこの儀式は大変素晴らしい、
この大儀式を考案した祖に賛する」
恐らく箱海ではなく冬木の聖杯戦争を考案した魔術師達を敬服しているのだろうか、キャスターの話は前振りから本題へと続く。
「だからこそ―――――私は
その仕組みの原理を私は情報として座に持ち帰りたいのだ。私は……」
召喚してから三日経ってようやくキャスターの口元が僅かに釣り上げた、釣り上げたのだが。
(……怖い)
青紫の双眸は僅かに見開き、静かに笑うその表情はまさに世界征服を目論む
「ああ。失礼したマスター、つい高揚した」
はしたなかったという言葉を紡ぐといつもの鉄仮面に戻るキャスター。
「大丈夫だよ。それより今聞いていて思ったけど魔術師って、根源つまり真理を知るために魔術を学んでいるんだよね、キャスターはその……それを知る方が優先じゃないのかなと思ったんだけど」
根源とは即ち原初である。
陰陽道ならば両儀、ギリシャ神話ならばカオス、ピタゴラス派ならばアルケー、旧教ならばアダムとイヴ等、それを指す名は固定されず定義上根源と魔術師達の中ではそう呼ばれている。
「……確かに私は幾六十年の月日を重ねても星の天理を、人の源泉を識り得ぬ己の無力さに絶望した。
だが、英霊というのは過去にしか生きれぬ存在だ。この儀式を経て僅かだが得れる物もあるだろう、それでも星の装置として組み込まれた以上道を拓く事はできないのだ。
そう――――未来という土地を二度と開拓できない亡霊、それが英霊という存在だ。その複製品の私が根源に至っても、本体である私が至らなければ意味がない。
だからせめてこの世全ての叡智を蒐集し、本として読み耽りたいのだマスター」
「……ええとつまり。目標がもう達成できない分楽しみたいって事かな?」
久一は小難しい表情でキャスターの話をなんとか要約すると、キャスターは頷く。
「キャスター、そう言える君が羨ましいよ」
「何故だ?」
まさかキャスターが返答を求めてくるとは思わなかった久一は、少し慌てて落ち着かせるとその理由を述べ始める。
「僕はもう届かないから別な事をして楽しむ事ができないんだ。もう届かないものなんだと納得して、ただ何もしない……終わりは終わりなんだと納得するだけなんだ」
「終わりは終わりだと納得するだけだと?」
そこだけ
久一は流石に抽象的過ぎたかと思った。
「分かりやすく言うとね、僕は大切な誰かでさえ死んでもそういう物だと納得して、悲しむ事が出来ないんだ。
そう
そう苦しげな表情で吐露する久一を見て、キャスターは何を思ったのか術式が刺繍された黒い手袋を嵌めた右手を久一の心臓辺りを優しく触れた。
久一はキャスターはこれから何をするのか理解できなかった。
キャスターは目蓋を閉じて魔力を込められば何か探られている様な感触を久一は感じ、やがてそれは糸が抜けたように消滅し、目蓋を開けたキャスターは手を放した後淡々と答える。
「……起源は『無常』か――――世とは常に生滅を繰り返す事を現す単語。成程、確かに生を謳歌するには辛い物だろうな」
世の中は常にはじまりとおわりで成り立っている。
人の死をおわりと見立てれば、そういう物だと済まされてしまう。
それには悼みもない、ただそういう仕組みなのだと思えてしまうのが久世久一という少年が持つ起源であった。
「きげん?」
「抗えない魂の本能みたいな物だ。
普通は無自覚のまま生涯を閉じるものだが、話を聞く限り君は生まれながら
起源を自覚してしまうと起源に引っ張られ負けてしまう。
つまり久一の場合久一が積み重ねてきた在り方よりも、起源が積み重ねてきた在り方の方が強すぎるのだ。
だからおわりはおわりだと処理せずには、いられない事に久一は苦しんでいるのだ。
「『無常』……だから、僕は父さんや母さんが死んでも、顔も知らない先輩が死んだ話を聞いても何とも思わなかったのか……」
今まで苦しめられた物の名を呟くと、正体不明の怪物が久一の魂の鋳型だと判明しただけでもほんの少しだが荷が軽くなった気がする。
久一の表情は心なしか晴れやかになっていた。
それを見守ったキャスターはそろそろ外出するのか背を向け玄関に向かいながら話を続ける。
「これは私の推測だが起源を自覚しても尚マスターの人格が消滅していないのは、恐らく思想を示す起源だからだろう……もし、マスターの
そうキャスターは静かに言い残して夜闇へと溶けて行った。
きい、きい、きい。
時折聞こえてくる偽造妖精達の声。
ここを浮遊する偽造妖精達は、敵意を察すると魔弾を放つ自律型である。
それは使い魔としてはあまりにも破格であり、制約が出る筈なのだがキャスターの偽造妖精にはそれがない。
答えは偽造妖精達の基盤はホムンクルスだからである。
魔術回路から誕生するホムンクルスも生まれながら魔術を知る存在であり、それを肉として与えたのがキャスターの偽造妖精。
端的に言えば偽造妖精の姿をしたホムンクルスが浮遊しているのと同義である。
「……」
久一は聖杯戦争の監督役らしき人物の元へ向かったキャスターの事について、1つの疑問が沸いた。
キャスターは聖杯戦争という大儀式を知りたいから、この戦いに身を投じた。
では何故――――命を賭してまで識りたいのか。
何故、叡智を蒐集したいのか。
その"したい"の先が全く分からないのだ。
久一はその先を理解するほど達観していない、いや達観した者ですらただそれだけの為に死をも賭けれる行動に理解できないだろう。
キャスターは起源について話していたのを思い出す。
起源とは抗えない魂の本能みたいな物であり、普段は無自覚なまま生を受け死を迎える物だと。
もしかしてキャスターも「知欲」という起源に操られている魔術師なのかも知れない。
"――――私は幾六十年の月日を重ねても星の天理を、人の源泉を識り得ぬ己の無力さに絶望した"
その言葉がそう思わせてくるのであった。
◆
同時時刻、加目邸。
セイバーとリビングで向かい合わせでソファーに座る。
まるで面接している様な気分を俺は味わっていた。
取り合えず粗茶を出して、じいと赤い目で俺の事を見ていた。
話しづらい空気が重い、これはあれだお見合いが開幕した時どう話していいか分からない状況だ。
親父はどこかに行ってしまい、まさに後は若い二人でという感じだった。
セイバーの姿はまさに女騎士そのものである。
多少軽装だが西洋鎧を身に纏い、スカートでは動きづらいのかズボンも履き肌は一切見せなかった。
まあ格好的にはそれが正しいのだが、俺としてはその格好は物足りない、生憎とそういうフェチではないので。
そんな空気にも関わらず湯飲みから湯気が立ち上る。
無言が続く、キツイ。セイバーのパラメーターを見るが思わず首を傾げ、一体何処の英霊ですかと聞きたくなるがそれを言ったら最優と聞いたセイバーにしては弱いと言うのと同じなので、却って言いづらい。
頼む早く親父戻ってきてくれ、あまりにもかけ離れた存在だからどう聞けばいいか分からないんですけど!
「マスター何か言いたそうな顔ですね、何を言っても私は怒りませんので遠慮なく言ってください」
「俺そんな顔していたか?」
「ええ、僅かですがあなたが萎縮している事を読み取れる態度をしていますよ」
知らなかったそんな態度を取っていたとは。
「なんだか気つかわせて悪いな、情けない」
本当に男として情けない事をしたと。
「いいえ。そうでしょうね……英霊というモノは民草の敬畏、畏怖により高次元の存在と化した人の魂……緊張するのも無理はありません」
そう柔らかい表情でセイバーは言う、そう説くセイバーの姿は聖女を彷彿させた。
「……本当に怒るなよ。セイバー、アンタはその……」
セイバーのお陰で緊張がほぐれたが本当に言っていいのかこれ。
「最優のサーヴァントという割りには弱いなと……今のところパラメーターではAランクが一切ない。
ま、あんまり強すぎると俺が死にかけるから、これはこれで丁度いいからある意味皮肉だな」
俺は魔術回路が三割しか開けない異常を患ってるので、魔術師としての腕はせいぜい半人前程度の実力しか引き出せない。
もしセイバーがアーサー王だったら、その……魔力供給しないと聖剣の真名開放で魔力全部持っていかれて干からびる自信はある。
それに怒らないと前ふりがあったが、実力不足だろうと高みにいる武芸者にそれを指摘されたら、怒る絶対怒るだろう。
恐る恐るセイバーの反応を伺っていたら、セイバーの表情は―――――
「申し訳ありません。私は、私が望んで魔女狩りで存在すらも葬られた英霊として召喚されたので……サーヴァントにある知名度補正の恩恵が得られない状態なのです」
サーヴァントは民衆の信仰によってより生前に近づく物である。
例えばアイルランドの光の御子、クーフーリンはここ日本で召喚される際、日本では馴染みがない英霊なので大半の力は失われて召喚されるが、地元アイルランドで召喚されれば大変馴染み深い英霊なので生前に近い形で召喚される。
知名度補正に左右されない英霊の1つに、アーサー王及び円卓の騎士の伝説は世界中に知れ渡っている為その威光は消えないのである。
セイバーはどうやら中世ヨーロッパで行われた、魔女狩りの被害者らしい魔女として異端審問にて判決された者は、社会から徹底的にその存在をも抹消される為、セイバーという人間はどれだけ世界を巡っても記述されていない存在だと読み取れるので俺は納得した。
「誰も知らないサーヴァントか……うん、そんな顔すんなよセイバー。あんな質問した俺が悪かったわ、って事はセイバーの真名は名すらないって事なのか」
するとセイバーのお力になれなくて申し訳ないという表情が、精悍な顔立ちを引き立たせる凛々しい物へと変わる。
「……聖杯によると異名? みたいな名ならいくつか残っているみたいですね」
「本当か? 良かったな、完全に消されているワケじゃなくて。
で、なんて呼ばれているんだ?」
理不尽な理由で存在すらも無かった事にされていたセイバーが少しでも後世に名を刻んでいる事に、安堵した。
何を成し遂げて魔女との烙印を押し付けられ無かった事にされたのかは知らないが、兎に角それはそれで安堵したのだ。
「……スコットランドでは『コ・ウォーカー』と呼ばれているみたいです」
スカイウォーカーみたいだな異名だなそれ。
「もしかして、セイバーの師匠って小さな緑色のジーさんだったりしてな!」
「?」
「いや冗談、冗談。真名は空欄のままで、分からないけどともかくよろしくなセイバー。俺の名前は加目波也だ」
おあずけを食らった犬のような表情でこちらを見るセイバーだったんで、真に受けているなと感じて俺は冗談だと笑い飛ばすと、手を差し伸べ自己紹介をする。
「ナミヤ・カメですね。これからもよろしくお願いします」
俺達は握手を交わし終わると、大事な事を聞き忘れていたのを思い出した。
「そうだった……セイバーが何処の英雄かは分かったけど、どうしてセイバーは聖杯戦争に参戦したのを聞くの忘れていたな」
異名しか刻まれていないセイバーは一体どんな願望を抱えているぐらいは把握しないと。
「私の願い――――彼女の存在を知らしめるのが私の願いです」
「彼女?」
つまり彼女の為に聖杯を使うのか。
「はい。彼女は私の主人であり私と共に歴史の闇に葬られたのです、彼女は民の為に剣を取り民を救わんとした、けれども……」
セイバーの膝に置かれた拳は強く握られている。
成る程ようするに立派な事を成し遂げたけれども、社会的にそれすらもなかった事にされてしまった。
だからセイバーはそれが嫌だから、俺のサーヴァントとして契約を結んだのか。
「無かった事にされた事が嫌だったんだな」
俺は思い浮かんだ気持ちをセイバーにぶつけると、険しい表情のままセイバーは俯いた姿勢でこくりこくりと頷いていた。
「そうかだったら、一緒に聖杯戦争を勝ち抜こうぜ。俺も未来の為に戦うことにしたしな」
俺だってこの異常を取っ払って立派な魔術師として成熟する為に、聖杯という奇蹟に賭け、セイバーもまた未来を変える為に聖杯という奇蹟に賭けているんだ。
目的が同じならば共闘した方がいいに決まっている。
俺は勝ち気に微笑むとセイバーの顔は凛々しさを取り戻していた。
「ええ、今後ともよろしくお願いしますマスター」
「ああ」
セイバーとなんだかうまくやっていけそうな気がする。
相棒のような存在というのはいいものだと俺は歓喜していた。
◆
「セイバーが召喚されたそうだね」
アルヴィンは高そうなソファーに座ると、メイド人形にそう話しかける。
「これで七騎揃いましたね」
職人が住んでいそうなヨーロッパ田舎風の魔術工房を暖めるレンガ造りの暖炉からパチッと爆ぜる音が聞こえた。
「そうだね。ようやく、聖杯戦争は正式に始まった」
役者は全て揃った、今のところ各陣営に大きな衝突はない。
記念すべき一騎目が召喚された日から今日まで三日経過したが、七騎揃っていなかった分あまり進展はしていないのが現状である。
ランサーがライダーのマスターの鋳造主である松裏嘉平から逃がし、追っ手を
本格的な戦いはこれからである。
果たして誰が生き残るのかはたまた誰も辿り着けないのか、アルヴィンの胸中はどうでもよかった。
聖杯戦争で夢が叶えればそれでいい。
その為の七十年間だったのだから。
「彼女。もし触媒なしで召喚したら間違いなくアサシンだね」
「彼女ですか?」
「ほら、監視員の彼女だよ、昼間私と電話していた人間」
「ああ、コレット・シャルトリュー氏ですね」
殺人人形と例えた監視員の一人の名をメイド人形は紡ぐ。
「彼女はシャルトリュー家の為だけに、何に手を加えられたかは言わなかったけど、魔術改造を施されたと雇う時本人は言っていたよ。
そんな彼女がもし触媒なしで召喚したら、教団の為だけに秘術で改造させられた
ハサン・サッバーハとは『山の翁』を当主としたイスラム系教団であり、例外はあるが基本的にアサシンは歴代のハサン・サッバーハの中から選ばれ召喚される。
コレットもハサンも他人の都合により、改造された者同士として当てはめられるのだろう。
「そうだといいですね」
メイド人形はそう返し、アルヴィンはうんと返す。
付近を見張るムクドリの様な姿をした使い魔からは何も報せはない、もし誰かがアルヴィンがわけあって監督役を務めていると見抜いた場合、その権限欲しさに襲うのかも知れない。
予備令呪の代わりに手に入るのは、策略に必要な駒である。
もしキャスターが傀儡として操られたら、たまったものではない。
「……」
サーヴァントの触媒といえば今から六年前――――エルリカが十歳の頃を思い出す。
髭を蓄えた小さき老人が床に伏せている。
エルリカはいつもできる範囲で、老人の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。
大聖杯はサーヴァントを召喚できる魔力が溜まるのみであった。
ある日老人がエルリカと両親とアルヴィンを呼ぶ、アルヴィンは死期を悟ったのかと思ったが母親が宝石箱を抱えていたので、その線は消えた。
その内容は老人の指示に従った母親がエルリカに見せるように宝石箱を開けると、錆びた折られた剣先アーチャーの触媒が入っており、エルリカは初めてそれと対面した。
かつてコーンウォールを領地にしていたある王の古城から発掘された代物で、恐らくはアーチャーが愛した女性が大切に保管していたのだろうと推測できる。
老人はアルヴィンから聖杯戦争の話をエルリカにしたのを聞いて、触媒を見せ参加するなら触媒を老人に見せろと問うたのだ。
そしてエルリカの答えは今に至っている。
「……そういえば、エリィって何の為に戦ってるんだろうか、エリィの祖父は魔術礼装を作っているだけで幸せな人だったからな……」
「大聖杯が完成した時いい仕事した、まさかあのアインツベルンと同じような仕事を請け負うとは思わなかったわいと仰っていましたよね」
「で、ほぼ同じ性能の物を鋳造するんだよな流石、神代のドワーフの血を引く一族――――北欧の人達が重宝するのも無理はないな」
作るジャンルが違うが、似た専門職であるアルヴィンは乾いた笑みを浮かべてしまう。
冶金に長けた幻想種は今やファンタジーの世界では引っ張りだこである。
「……!」
疑問にふけているとムクドリから敵接近の報せが脳内に届けられる。
黒衣の男性で、闇夜と共にここに繋がる大坂をゆったりとした歩調で歩いていた。
暖かみのある銀髪の毛先から半分までは黒く染まり、巌のような顔立ちは男の威厳さをより引き立たせた。
男の背丈ぐらいはある木製の杖には大鐘を円形を組み合わせたような図形が赤く刺繍された黒い手袋をはめた左手に握られている。
「あのベルは……! ギラルディウスの大鐘か!」
ギラルディウスの大鐘とは、鉛錫、鉄、金、銅、不揮発生水銀、銀の合金で鋳造された鐘であり、緑色のタフタ布を包み墓穴の真ん中に置き、七日間放置すれば
それは降霊術師の正装の
「主人どうしましたか?」
「まずいなもし敵襲しにきたら、ここは外人墓地があるから霊を呼びやすい……」
魔力を込め一振り鐘を鳴らせば怨霊を現界させ操れる術を持つ、相手と戦闘はなるべく避けたい。
降霊術の権威であるキャスターだったら尚更だ。
索も無しでサーヴァントと対立し勝利するのは無謀に近しい行為である。
どうするアルヴィン・エクルストン―――――
「戦闘用人形、三体ぐらい稼働させる準備してくれ、今から降霊術師殿をお迎えする」
アルヴィンは死を覚悟し、コートを羽織ると魔術工房から出た。
外は二月半ばだというのに肌寒く、その冷たさは刃のようであった。
顔がないマネキン人形が後からついてきており、さながらホラー映画のワンシーンであった。
百鬼夜行を引き連れて山に繋がるせいかとても急な坂の上まで来ると、例の客人がいた。
近場で見ると一層怜悧と厳格さを感じさせ、青紫の左目には片眼鏡をはめ、ケープと裾が使い古されて擦りきれたロングコートとシルクハットを被る姿は高貴な紳士にも見えた。
いつ戦闘になってもおかしくないように周囲に人払いの結界を形成すると、男はその異変を感じ取ったのかはたまた、後ろの人形を見たのか一言言い聞かせるような口調で言う。
「随分と手荒い歓迎だな」
「君こそ何の用件で来たんだ? 外を出て分かったんだが……サーヴァントの気配が君からしているものでね。そうだろう―――――キャスター」
降霊術師の権威に尻込みしないようアルヴィンは気圧されている体を抑え込みながら、何も感じていないよう装う。
「如何にも、此度はキャスターのクラスを得て召喚に応じ参上した」
シルクハットを取って胸元に置くと深くお辞儀をし、礼儀正しく挨拶し再びシルクハットを被り話を続ける。
「何、たった二つの問いに答えてもらうだけだよ。この聖杯戦争の監督役よ」
「私が監督役だという確信は?」
「この坂を登り左に曲がった辺りゴシック建築の一軒家で、三人出入りが頻繁にあった。一人は和装の中年男性、一人は使い魔を引き連れた洋装の男性、一人は背丈がとても小さな気丈そうな少女が短い期間行き来していたのが使い魔を通して判明している」
それを聞いたアルヴィンに戦慄が走る。
「――――っ、何もかもお見通しというわけか」
「それで疑問に思ったのだ。マスターの両親が遺した書物によると、欲に駆られた魔術師達が再び争わないよう聖堂教会の人物から裁定役として、選ばれると聞いたが……君はどう見ても、精巧な人形を操れる人形師に見えないのだが、何か理由でもあるのか?」
キャスターの言葉通りである、冬木の聖杯戦争は第三次以降から監督役を設けた。
何故、箱海の聖杯戦争は発案者であるアルヴィンが兼ねているのかと、このキャスターは疑問に思ったらしい。
「詳しくは話せないが、この聖杯戦争は聖堂教会には知らせたくないから、発案者である私が監督役をやっているだけだよ……まあエリィがそれを加減してくれたらいいけど」
「成程――――つまり
「――――ッ!」
その虚ろな青紫の双眸は慧眼であったか。
アルヴィンの額から一滴の汗が落ちる。
それをお構いなしにキャスターは淡々と問いかけていく。
「次にこれは私にとって一番の重要な事だ……大聖杯は何処にある?」
無表情だが真剣さが伝わってくる重々しい口調で、アルヴィンにとって監督役の事実より重い事実をキャスターは訊いたのだ。
「答えられない、何故ならば十年かけて鋳造された代物だ。そうやすやすと急に現れた君に教えるわけにも触れさせるわけにもいかないし、なにより――――君が悪用されたら、こっちは困るんだよね!」
それを皮切りに人形をキャスターに襲わせた。
誰がどう言うと大聖杯は渡さない、例えキャスターがそれで人類を救済しようと画策してもだ。
こっちは鋳造主の死を見送った際に迎えた聖杯戦争だ、それを数日前に迎えたサーヴァントに渡すわけにはいかない。
勝ち目はないのが分かっている、分かっているがここで立ち向かわなければ何もかもが水の泡になる。
人形は一斉に襲いかかり、キャスターを撲殺せんと周囲を囲ったが―――――
「―――――
キャスターは鐘を鳴らして時間にして三十秒詠唱を唱えると、先端に埋め込まれた石から火焔を吹き出し、振りかざすと三体の人形に浴びさせて、火だるまにして瞬く間に地面に伏せさせた
「憑依――――だと!?」
憑依とは魔術的に霊や座、星の裏側にアクセスしその情報を術者自身を依代にし、その力を代理として振るう降霊術の基礎でもある。
しかもこの魔術ランクにしたらAランク相当であり、それを高速詠唱によりたった一節で自身の力として扱ったのだ。
これが魔術師のサーヴァントか―――――アルヴィンの胡散臭い顔立ちが僅かに歪む。
やはり、勝機はあの人形のように燃えて灰塵と化したか。
燃え盛る
「……勿体無い事をしたな。さて―――――
抑揚がない問いかけが却って恐怖をそそる。
アルヴィンの脳内では、キャスターの風貌のせいでシューベルトの魔王が流れていた。
コツン、カラン、コツン、カラン。
靴音と鐘が交差に鳴り響く。
「……裁定者の名に誓う! 君の要望には応えられないし、大聖杯を渡すつもりは毛頭ない!」
キャスターが近くまで接近する、気圧されるな、気圧されるな、気圧されるな、気圧されるな、気圧されるな――――!
ここで折れたら監督役としてのアルヴィン・エクルストンの信頼が失われる。
外気が発する冷たさと
背丈は自身と同じ百八十センチメートルぐらいなのに、キャスターの方がいくらか大きく見え、見下ろされている気分になった。
「そうか。ならば仕方がない―――――」
ああ、志半ばで殺されるのかアルヴィンは目蓋を閉じ死を覚悟した。
「………」
ふと、アーチャーの触媒を手にした幼きエルリカ・バルト・フレンツェが過った。
こうしてアルヴィン・エクルストンの生涯は――――
「他の道を選ぶか」
「…………は?」
キャスターはくるりと背向けて、この場を立ち去る事を選択したらしく思わずすっとんきょうな顔でアルヴィンは浮かべた。
「正規で識りたかったが、管理人が拒むならば仕方があるまい」
念話しているのかそれともアルヴィンに言い聞かせているのか、淡白に対応したキャスターに思わず。
「え、諦めるのかい!? 一番重要な事だとか言っていた癖に!!」
叫んだ。意外と物に執着がない人間だとアルヴィンは思っているが、キャスターが一番執着するのは「識る」事だけなのでその推測は間違っている。
その言葉を聞いたキャスターは呆れたように溜め息を吐く。
「なんだ、道案内を拒絶され殺してまでも道を尋ねろと言うのか君は?」
この言葉でアルヴィンの肩の力が一気に抜かれ、よろめいたのでメイド人形がそれを支えた。
「普通魔術師ってのは、己が野望の為ならば血流沙汰も厭わない生き物だろうってのに……それのサーヴァントだから尚更……」
「
尨犬――――その単語にアルヴィンの耳はぴくりと動いた。
「むくいぬだって……?」
「む、これは少々喋りすぎたな」
反応を見る限りキャスターの
「去らばだ、聖杯戦争の監督役よ――――マスターが世話になる時はまたよろしく頼む」
と襲った事を叱咤するどころか、きちんと別れ際の言葉を交わすと闇夜へと溶けていった。
「っ――――はあ……」
まるで素潜りで深海から帰還したかのよう。重苦しい空気から解放された。
「すごい汗ですね」
「ああ。英霊だけあって格ってヤツが違うのかな?」
あの死んでいるのか生きているのか分からない様なキャスターについて、アルヴィンはそう評する。
「……そういえば、お話に出てきたむくいぬという単語の意味とは?」
尨犬という単語は日常では絶対使われない単語なので、生きていく意味では必要最低限の事しか
「――――ふさふさした犬。モップみたいな犬だよ、キャスターはどうやら尨犬の単語に関した人物という事が分かる」
そしてもう一つ。
「それと今分かったんだけどキャスターが詠唱に使った"
力が取り戻したアルヴィンは立ち上がると、灰と化した人形達を見てぽつりと悔しげに呟いた。
「本当に勿体ない事をしたなキャスター……」
作成期間一ヶ月半――――丹精込めた人形達を躊躇なく燃やした事に、悔しげな表情で石畳の道路に散らばった灰は夜風に吹かれ、空へと舞い上がったのを、アルヴィンは眺めていた。
◆サーヴァント情報
マスター:加目波也
クラス:セイバー
真名:
性別:女
身長・体重:170㎝・60㎏
属性:秩序・善
・ステータス
筋力:C 魔力:B 耐久:D 幸運:E 俊敏:C 宝具:C
・クラス別能力
「対魔力:D」
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
「騎乗:C」
騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、
野獣ランクの獣は乗りこなせない。
・固有スキル
「■■■」
「■■■」
「■■■」
「カリスマ:D」
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
「信仰の加護:C」
一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。
加護とはいうが、最高存在からの恩恵はない。
あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。
・宝具
・詳細
―――――――――
マスター:久世久一
クラス:キャスター
真名:
性別:男
身長・体重:180cm・65kg
属性:中立・悪
・ステータス
筋力:E 魔力:B+ 耐久:E 幸運:D 俊敏:D 宝具:A+++
・クラス別能力
「陣地作成:B」
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”の形成が可能。
「道具作成:A」
魔力を帯びた器具を作成できる。
特に錬金術・霊体・降霊術関連に長けている。
・固有スキル
「■■■」
「■■■」
「高速詠唱:A」
魔術詠唱を早める技術。
大魔術であろうとも
「■■■」
・宝具
・詳細