「いくらなんでも、ソレハナイワー」
我らは誰かの為、我らは何かの為。
その身を捧げた。
例え人の世を生きれぬ体にされても自身が望まれなくても、我らは戦う。
誰かの為に何かの為に。
我らは戦う。
誰かの為に何かの為に――――
箱海市、白夜台にひっそりと建つ廃ビルにロシアンブルーの様な短い髪を持つ女性が銜えた煙草をくゆらせていた、まるであるアメリカの近代画家が描く、退廃的だがどこか味のある風景だった。
深夜の町並みは死んだように静かであるが、風が運ぶ魔力だけは相変わらず騒がしかった。
そして褐色肌の腕を掲げ、英文で書かれた羊皮紙の内容を確認して再び腕は下ろされた。
「あれがアルヴィンが言ったランサー……勝利の巨狼――――コナル・ケルナッハ」
アサシンの視界共有から、雇い主が真名を見抜いたサーヴァント。
その真名はコナル・ケルナッハ――――
「赤枝の騎士で弟子であり乳兄弟でもある光の御子、クランの猛犬クーフーリンには劣るが……その格は同等。ケルト版アキレウス召喚されたようなものか」
コナル・ケルナッハのケルナッハは勝利者の意味を持ち、アルスターの戦士の実力は三本指に入る英雄だが特に『ブリクリウの
けれども『ダ・デルガの館の戦い』では囲まれ火攻めされた敵軍との戦いで力尽き喉が乾いたコナリィ王に水を持っていこうとした戦士に対して、王の為に行くなら行けと送り出す、仇討ちの約束を交わしたクーフーリンの約束を成し遂げた戦士である。
「ランサーがアイルランドの巨狼ならば今まで行った事が辻褄あうな」
ライダーがマスターを守った姿を見て、松裏嘉平率いる獣人も混ざる戦闘用ホムンクルス軍団の首を狩り取り殺した事件も前述の『ダ・デルガの館の戦い』に酷似している。
その結果は王の為に水を求めた戦士は妖精の妨害に遭ったせいで、コナリィ王は枯れ死に、ようやくの思いで戦士は帰還するが死んだコナリィ王の口に水を飲ませたというもの。
肝心のコナルはというと守るべき者が死んだ今、役目は終えたので百五十本の槍を掻き分けながら生き延びた。
その代償は重症の利き腕と全壊した二本の槍と剣、そして半壊した盾である。
「その最期は、愛人として愛を受けたいならば浮気したコノートのアリル王暗殺を実行する計画を受けてアリル王を殺したが、ハナから狙っていたのかメイヴの策略によりコナルは殺されてしまった……」
王も友も死を見届けた戦士はコノートへと下り、メイヴ女王と愛人になるが誅殺された死を迎えたのだった。
そう満月の光を浴びて紫煙を吹かしているコレット・シャルトリューのスマートフォンが鳴り出す。
「はい、なんだアルヴィンか……ミスター・マツウラの機嫌取りに行ったが、私の得物を見られて軽蔑された」
『それは仕方がないよ、ミスター・マツウラは正統な魔術師だからね君が軽蔑されても無理はない』
「それぐらいは分かってるんだけど、分かってるんだけど態度が露骨なんだよねあのミスター・マツウラ、だからライダーも隙を付けたんだろう」
『さあ……何せ夕方で初対面だし深くは関わっていないから露骨かどうか何も言えないな』
アルヴィンの声色は肩をすくめて話しているのだろうかと、コレットは想像する。
セイバー達が命が狙われたライダー達を探すため共同戦線を結んだ頃合いに、コレットはライダー達を捕るか殺すかの依頼をアルヴィン経由で誓約書にサインをして、数時間前に松裏嘉平の総合病院のような屋敷へと向かい、松裏嘉平に挨拶と戦闘方針について話し合った後に、帰ってきてアサシンに偵察を頼んだのだった。
「ミスター・マツウラは実に王道な魔術師だった。
利己的で、研鑽の為ならば殺人鬼まがいな事をしても眉ひとつ動かさない。
廃棄品にまだ生き残った組織だけを保管して、後継機の因子耐性や因子付与率を上昇する為にその配合に合わず廃棄処分されても、別の配合ができるように肉塊として保管している……。そりゃあここまで徹底していると娘さん逃げますわ、あそこはさながら何かの因子持ち人間工場と言ったところか……」
規準に満たした細胞組織がある肉塊は保管され、規準を満たさなければ廃棄される。
それを二十二回嘉平は行ってきたのだった。
人間の肉体が人あらず物に変貌する有り様は、まさにフィクションの様にあらゆる肉体の軋む音を響かせ、顔も牙が尖り爬虫類へと退化していく様と、支配しやすいようあえて子供の姿をさせた偶然自我が芽生えたホムンクルスの悲鳴や恐怖に染まる表情を松裏嘉平は二十三回見送った。
長女は正気を保てなかったのだろう、自我が芽生えていようがなかろうが、子供のカタチをした物が別な何かへと変貌し、失敗作として廃棄される映像に心が潰えてしまったのだから。
『実に合理的だね。本当に工場みたいに無駄なく保管するか廃棄するかはっきりしているところが高評価。人間性の評価はそれと劣るのは置いといて、魔術師らしい魔術師だと思う』
「ああ、本当。世の中は素晴らしい頭脳や才能と見合う人間性持つ奴っていないのかな」
二人は一旦会話が途切れる。
コレットは琥珀色の猫目を静かな夜景を眺め、"煙草"を燻らせていると、アルヴィンは静かな声で語る。
『――――雑談はここまでだ。肝に命じているとは分かってるけど念のため。君は誓約書通りに動いてくれ、それじゃあ君の武運と願望達成を願って』
そう電話が切れると、コレットは下がった細い黒フレームの楕円眼鏡をあげると、ぼそりと呟いた。
「願望―――――か……」
コレット・シャルトリューは積み重ねてきた二十五年の半生を走馬灯の如く思い出す。
麻酔の臭い、溺れる苦しみ、脳の悲鳴。
この三つがコレット・シャルトリューが背負わされた苦悶、脳の悲鳴以外を無くすために聖杯戦争に命を賭け、監視員として汚れ役を請け負ったのだ。
「……
これは運命ではない、逃れられぬ確定だ。
逃れられぬ確定を願望器で逃れられる確定へと変える。
コレットはそう呟くと、脳内に相棒が帰還報告をした。
「マスター殿只今帰還した」
まるで夜闇に一体化しているかのように、相棒―――アサシンのサーヴァントが現れる。
百六十センチの小柄な男性で、全身を覆い隠す様にボロ布の黒い外套を纏い素足で歩く暗殺者であり、乞食のような姿でもあった。
「お帰り……って何掴んで帰ってきたんだお前」
浅黒い拳にはきいきいきいと甲高い音が漏れつつ何か握られていたので、コレットは怪訝な顔を作るとアサシンは掲げる。
「マスター殿の拠点周辺にこのようなものがうろついておりましたので、
そうコレットは頷き、言う通りに動き終えるとトランクケースから理科の実験で使うビーカーを取り出してアサシンの拳まで運ぶと掌から放たれたのは、半透明なクリネオに酷似した偽造妖精がきいきいきいきいと、喧しく閉じ込められたビーカーを当たり散らしていた。
そして魔弾を放とうと魔力を生成したが風属性のコレットはすぐさま探知すると、ビーカーに強化魔術を施し青白い魔弾はスマートフォンの液晶が割れた模様だけ完成された。
「ちょ、自律型かよ……おまけに魔力生成機能が備わっているとは、こいつ作った奴が末恐ろしいよ」
コレットは厄介な敵と遭遇したという表情で、偽造妖精を閉じ込めたビーカーを逆さまにして床に置き、その上には買ってきた箱海市ガイドブックを乗せ重りにした。
魔弾作成の力はあるが、動かす力はないらしく体当たりしてもビーカーは微動だにしない。
「どのような処置をいたしますか?」
アサシンはそう語りかけると、コレットは直ぐにその処置の判断をくだした。
「んなのコイツの
コレットはニヤリと不敵な表情を浮かべると、偽造妖精に繋がる糸をハッキングしようとする。
「アサシン。意識集中するから念話するな」
アサシンはこくりと頷くと、コレットはハッキングを開始した。
そのイメージは本棚が、壁に埋められた迷宮の階段を降っているイメージであった。
そこにはコレットが不機嫌そうな表情で周囲を見渡していた。
(不用心だな……ここまで侵入されておきながら、自爆もないのか)
普通は無理矢理でも追い出すだろうとここまで、想定していない作り手は甘いなと思いながら、長い階段を降りていた。
しかしこの
読書家はたまた勤勉な者かそう推測しながらコツン、コツンと石造りの階段を静かに降りていると、二つの石造りの扉がある踊り場に辿り着いた。
その風景は何か意味深に感じた。
だがコレットは怯まない、まずは右側の扉のドアノブに手をかける。
ガチャ、ガチャ。
開かない、引っ張っても開かない。
「――――」
ガチャ、ガチャ。
もう一回挑んでも開かないならばと、一呼吸すると鋭い蹴りを加えても開かない、まさに開かずの扉、接着剤が塗られているんじゃないのかと思う程固かった。
「――――」
仕方がない、左の扉を開けるかあまり派手に動くと、今度こそ追い出されるのだろう。
なので物は試しにと左の扉に手をかけるとすんなりと開いたので、作り手の本丸に続く扉を潜り抜ける。
眼前に広がった世界は――――
「教会……?」
赤い絨毯、厳粛な雰囲気に包まれた教会で窓には雨の滴が静かに流れていた。
警戒しながら、コレットは周囲を見渡し先方の白い聖母マリア像の足元まで歩くと、細長い刃で二三本刺された死体が転がっていた。
服装は中世ヨーロッパの町娘で、栗毛のみつあみの片方が刺された衝撃で解かれたのか床に散らばっていた。
年端は十代半ばの少女だろう、首にぶら下げていたであろうロザリオは、薄暗い教会を照らす蝋燭の火で銀色に輝いていた。
「……キナ臭いなここ」
殺人現場ではないかとコレットは呟くと、突如重々しい声色の声が背後から突き刺さる。
「素晴らしい、素晴らしい。使い魔と魔術師の因果線を乗っ取り覗き見る度胸に感服した……」
後ろを振り替えると、巌のような男がいた。
「!!」
コレットは険しい表情で睨むが巌のような顔立ちは、チェシャ猫の様な笑顔を見せた。
「って旦那が言うだろうな、どもども旦那の
すると巌の様な男がするりと、先程より年若い中世ヨーロッパの書生風な青年へと姿を変えたのでコレットはますますその表情を険しくする。
「つまりあの使い魔の作り手はお前の旦那ってワケか……一体お前は何者だ、旦那の中に潜むだとかぬかす辺りお前は
その言葉に青年は意地の悪そうな張り付いた笑顔で返した。
「するどいねえ、お姉さん!
唾を飛ばして力説する青年は咳払いをし、金色の目もにやけさせた。
「わたくしは大旦那から生まれ落ちた『霊長の観測者』であった――――そしておれは! たくさんの人々を狡猾にそして残忍に……数多の人間を破滅へと貶めた結果、大旦那に勘当され『魔なるモノ』へと格落ちした存在……! それが俺だ」
人には生えていない、肉食獣の様な鋭く長い牙を見せ両腕を大袈裟に広げ、腰を落として狂気じみた表情で悦に浸った自己紹介を披露されたコレットは一言呟くだけであった。
「大旦那?」
その単語を聞き返すと青年は人差し指で唇を当て近づいてくる。人を見下しているような笑みを見せていた。
「おっと、アンタは魔術師だろう? 魔術に携わっている人間なら大旦那の名を必ず耳にする筈だから、名は出さないぜ魔術師さん」
教える気がないと宣言されそう翻すと定位置に戻る青年に、コレットは次の話題へ移る。
「――――じゃあここはお前の心象風景になるのか?」
少女の遺体があるここは青年の心の中なのかと問うと首を振られた。
「いいや。ここは旦那の
だから俺は旦那の心象を間借りにして、アンタ向けに改築したワケさ」
まるで二重人格者みたいな様な事を述べる青年に対して、今やっている事は人非ずモノだからこそ可能にしていると、無理矢理納得させているコレットはお喋りな青年が放った言葉を織り上げ訊ねた。
「ではここはお前が言う旦那様の心象の一部――――と解釈してもいいか」
青年は大きく頭を縦に振る。
「ああ。ここはヒトの限界を知り己の無力さに打ち拉がれ、這い寄ってきたある存在と願望を叶える為に契約した代償であり、知欲しか心満たされない数百年物のご老体が唯一懺悔と自責を欲した
半分愉しそうに語る青年にコレットの機嫌が斜めになっていく。
人の不幸を見世物をみる気分で語る青年が気にくわなかった。
「ヒヒヒッそーいや、あの時旦那の必死な形相を初めて見たなあ……発狂させて悪に導こうと夢の中で二十数年間悪戯したが、どれも無反応だったから俺の築き上げたプライドがズタズタだったからな」
ぱちんと青年は指を鳴らすと、青年が最初に化けていた巌の様な人相を持つびしょ濡れの中年男性……キャスターが、片足を引きずり床に赤い轍を作りながらボロ雑巾にされたであろう痩躯をふらつかせながら、長い時間をかけて青年の足元へとすがる。
「……頼む
青年は足元にすがるキャスターの幻影を蹴り飛ばし消滅させる。
「いやいや恋ってのは恐ろしいモンですよ。生まれて初めて愛した人を喪った喪失感、あのご老体はどれだけ効いたんだろうな」
普段は理論的に物事を言う人間が無茶を乞う程、キャスターは倒れる少女を深く愛していた証拠であった。
「それで――――お前は……何をしたいんだ私を追い払う事もせず、堂々と迎える理由はなんだ」
青年の正体を十分知ったコレットは、敵の侵入を許した青年の行動が理解できなかったのだ。
これを受けて青年はニヤニヤと微笑み続け返される。
「お前が目指していた場所じゃないって事だ、右の扉が旦那の中枢……地下迷宮と図書館を合体させた生の
旦那は大真面目だからなー
コレットは守護者の単語を聞いて、驚愕の表情を浮かべ絶句した。
守護者とは無意識下と呼ばれるアカシックレコード、
肯定すればある人間は死後星の意志として、ある人間は生きながら救国の奇蹟を求め彷徨った。
あらゆる時代に呼び出され、アラヤの奴隷のような存在に成り果てるというものであった。
「確かにお前の旦那は守護者として契約する条件は揃っているが……違法って、どうやったら違法で守護者になれるんだ?」
人の手ではなく星の意しか絶対になれない守護者をキャスターは人の手で契約したのか、コレットは深く踏み込むと青年のニヤケていた面は消え、狡猾な表情となったのでコレットの怪訝な表情は険しくなった。
「そこは旦那じゃない俺の仕事さ、始めに言っただろう俺は大旦那に勘当された身ってね、抜け道ぐらいはいくらでも知ってら」
その言葉にコレットは目を見開いて叫んだ。
「お前の大旦那ってまさか……!」
コレットは事実に辿り着くがその名を告ごうとしたその時、青年は手を叩いて一言呟く。
「これにて閉幕! 言っただろう魔術に携わる人間なら大旦那の名を思い浮かべるってな!」
そこでコレットの映像が途切れた。
◆
黄昏の中
黒いランドセルを背負った少年と、白い割烹着を着た清楚な母親。
少年は泣いているのを見ると、先生にいじめの相談を受けたのではと想像できた。
それを見て母親は慰めている。
「これは――――マスターの過去か……」
魔力をなるべく節制しようとキャスターも睡眠を取っていると、流れてきた映像。
「成程、サーヴァントとマスターは繋がっているか―――――基本的にサーヴァントは睡眠も食事も不要だからこう言った事例は今まで挙げられなかった事か」
そうキャスターは静かに二人の背中を見守りつつ、サーヴァントも睡眠を取ればマスターの過去を覗き見れるのかと興味深いとキャスターは呟くと、泣きじゃくる久一は母親に語り出した。
「おかあさん……どうしてぼくはみんなとちがうの? みんなみたいなかんそうかけないよ……」
そう言の葉を紡ぐ久一に、キャスターは起源のせいかと思いながら母親は優しく笑ってこう言った。
「そんなに気にする事はないわよ、いっくんはいっくんにしか書けない物を持っているから、それを持っていないお母さん羨ましいなあ」
子の代で廃れた魔術家系なのかそれとも素の性格なのか、母親は泣きじゃくる我が子をもしかしたら起源のせいではないかと言わずに慰めていた。
「でもね……ぼくのあたまのなかにすむ"おばけ"がおかあさんのあたまのなかにすんじゃうと、ぜんぶかなしいを食べちゃうんだよ……ぼくはおかあさんにそうなってほしくない」
その言葉を聞いた母親は何か気づいた表情を浮かべていた。
キャスターは気づいたか、生まれながら起源に自覚している人間だと言う事にと思いながらその様子を見守っていた。
会話から察するに酷な話だ、幼い頃からおわりはおわりでしか感じられない魂の鋳型を持って生まれてしまった為に、小学校の授業で悲劇寄りの児童文学を読んだ感想を書いたが、その内容はこうしたから死んだから悲しくないといった類の物を書いてしまった結果に教師は久世久一という少年の理解に苦しんだ。
そしてとうとう親も呼び出されて、あなたの教育はと激しく叱咤された帰り道がキャスターが見ている映像なのだろう。
「……全部じゃないわよいっくん。その"おばけ"が全部のかなしいを食べていたら、いっくんはこうして泣いていない。だから、いっくんはちゃんとかなしいと感じられる――――だから……」
と母親はポケットからハンカチを取り出して久一に渡すと、柔らかな夕陽の光に包まれながら満面の笑みでこう言った。
「いっくんはみんなと一緒だよ」
その言葉は少年の一時の苦しみを解き放たれた物であり、その言葉は少年の今の苦しみの重さを増した物でもあるのだろうと、キャスターはそう思った。
「博士、起きてください博士」
聞き覚えのある声で目を覚ますキャスター。
陣地作成で作った生前使ったゴシック風の書斎――――これがキャスターの魔術工房であった。
本棚に囲まれたこの書斎はテーブルと黒板があり、壁には生命の樹の図案が書かれた絵が貼られ、天球儀も置かれていた。
部屋の奥には扉を開けば薬など調合する小部屋になっており実験器具や薬瓶が置かれ、また奥にある扉を開けば手術台が置かれた魔術工房であった。
キャスターは気品ある三人掛けのソファーで眠っていると、亜麻色の長い髪をひとまとめにした家事の役目を与えた女性型ホムンクルスに起こされた。
「ああ――――マルガレーテか……」
ホムンクルスの名を呼ぶと、メイド服を纏うマルガレーテは優しく微笑むとキャスターの体を起こさんとする。
「おはようございます、博士。昨日の儀式でお疲れと見ますが……大丈夫でしょうか?」
昨夜キャスターは大聖杯の居場所を掴む為に、箱海市の霊脈図の作成の儀式を行っていた。
街全体の霊脈を占星術を用いて読み取るという荒業は、人間の体では耐え切れないと判断し潜んでいる尨犬と呼ぶ存在に肩代わりし大きな疲労だけで済んでいる。
キャスターはソファーから起き上がり、まず初めにテーブルの真ん中に広げた箱海市の地図にはガラス製のチェスの駒の様な物が六つ各々の場所に散らばって置かれているのをチェックしたけら、マルガレーテの傍に寄り添う。
「何、倦怠を感じているだけで心配ない。それより、ワーグナーから魔力炉心について何か報告があったか?」
淡々とした口調で答えるとマルガレーテにつられて、キャスターは廊下を歩きながら助手の役目を持たせた男性型ホムンクルスの名を挙げる。
「はい。魔力炉心は昨夜の儀式で一個消滅したそうです」
「そうか」
そうキャスターは短く答えると会話は生まずに黙々と廊下を歩く。
「博士、その……何故そこまで大聖杯に執着するのですか? 無知の私には分かりません」
下手すれば体を壊しかねない行為に心配したのか、マルガレーテは悲しみに目を細めて問う横顔を見たキャスターの口元が優しく微かにあがった。
「……お前の元になったグレートヒェンもそういう人間だったな」
グレートヒェン、マルガレーテの魂の記憶だけを憑依させたホムンクルスがこの身を心配する姿を見て返答よりも先に郷愁の意を告げると次に後回しした返答を紡ぐ。
「何故、執着しているか。私はこの目で識りたいから管理者の無断で調べているんだマルガレーテ。
大聖杯の理論は聖杯から聞いたが、どう実践されるのかは私には識らない――――だからこそ私は動いている」
聖杯から聖杯戦争の儀式の仕組みについて聞かされたが、理論通りにどうやって動くのかを調査する。
それがキャスターが聖杯戦争に賭ける望み、ただそれだけだった。
降霊学的に見て、サーヴァントは英霊の複製品だから生前追い求めた根源に至ったら意味がないと考えるキャスターは、複製品が座に帰る際持ち込まれるのは情報だけという仕組みを利用し、叡智の蒐集と称してこうしてここにいるのだ。
「ところで、この芳ばしい香りはなんだ? 嗅いだ事がない匂いだな?」
リビングに近づいていく度に何かの食事の香りがキャスターの鼻腔を刺激したため、マルガレーテに問いかけてみる。
「ヒサイチ様とご朝食を用意したのです。博士の分もちゃんとありますのでご安心を」
「
と扉を開ければ、テレビのニュースが掛かる和室があり卓袱台には、こんがり焼きふっくらとした卵焼きの塊が盛られた皿の真ん中に乗せられ、芳ばしい香りの犯人は湯気立つ豆腐とわかめの味噌汁に使用した出汁入り味噌である。
久一は正座をして相変わらずぼんやりとした風貌で、納豆のカップを取っている最中に目と合った。
「おはよう、キャスター」
「ああ、おはようマスター」
マスターとの挨拶を交わすと、キャスターも正座で白米が入った茶碗の前に座ると問いかけてくる。
「キャスター、お箸でいいかな? それともスプーンとフォークでいいかな?」
と納豆を繊細にかき混ぜながら久一は問いかける姿に興味が沸いたキャスターは無言でじいと見つめた。
納豆という食品は理解しているが、納豆という食品の食べ方については知らないので納豆を混ぜ込む姿が珍しいと言わんばかりに見つめてくるので、久一ははっとした表情でマズイと呟いた。
「そう言えば……外人さんって納豆ダメだったよね、テレビである外人タレントさんが悪魔の食べ物だとか言って嫌がったりしてたの見た」
同じ日本人でも納豆をあまり食べない風習の関西人ですら、ネバネバと糸引く見た目が気持ち悪いと嫌がる食品の一つである。
つい習慣で用意してしまったと後悔はしたが、キャスターは何事もないと言ったような表情で言った。
「豆を発酵させた食品だとは分かっている。それにこの独特の香り、硫化水素の方がまだ臭う」
「りゅうかすいそ?」
白米に納豆をかけながら、不登校がちな久一は首を傾げて問う。
「硫黄を燃やせば出てくる元素の一つだ。その香りは……腐臭に等しい」
硫化水素は硫黄を燃やせば腐卵臭を放つ物であり、その威力は換気しなければ悶える程の匂いであった。
キャスターは箸で頼むと言うと、久一はキャスターに箸を差し出してうへえと嫌な表情でその話を聞いていた。
「だから平気なんだね……」
魔術師らしい回答であったと久一は感心しつつも、キャスターに用意されたもう一つの納豆にキャスターは見よう見まねで、かき混ぜてみる。
「――――ほう」
混ぜれば混ぜる程、糸が引く様子にキャスターは興味深そうに漏らしていた。実に面白い食品だと黙々ときちんと箸を持って姿勢よく納豆をただひたすらかき混ぜる姿を見て、久一は不思議そうな表情でキャスターを見ていた。
「なんだかシュールな絵面だね……」
キャスターはご飯に納豆をかけると、一口頬張り咀嚼し食べ終わると味の感想を呟く。
「癖のある味で見た目と違って淡白だな。同じ発酵食品であるチーズとはまた違った風合いだ……」
次に味噌汁を啜り、ダシで焼いた卵焼きを箸でつまんで黙々と食べるキャスター。
その食事風景は厳格な父親が息子と向き合って食べている絵面になった。
静かな食卓を彩るかのようにテレビの音声だけが鳴り響く。そして、地元のニュースへのコーナーと切り替わる。
今日のニュースの内容はまた犯人が特定されていないスリ事件で、金持ちそうな日本人観光客を標的にしているスリ事件は今回で二回目だという。
「そう言えば、このスリ事件ってあのサーヴァントが起こしているんじゃないの? ほら四日前馬に乗ったサーヴァントが小さな女の子連れて、ランサーの助力で逃げ出した事件あったってキャスターは話していたよね……食糧を買う為にお金を盗んでいるんじゃないかなと、僕は思うけど……あれからあのサーヴァント見つかった?」
ライダーがマスターを連れた事件の事を久一は思い出し、もしかしたらライダーがスリをして二人の食糧を買っているのではないかと推測していると、ゆっくりと朝食を食べるキャスターは淡々と答える
「あれ以降この街を見渡してもそのサーヴァントは見つからない、きっと幻術か何かで姿を
「キャスターが降参するとは、よほど厄介なんだね……」
急須を差し出してきたマルガレーテに久一は湯呑を差し出して緑茶を注いでもらうと、口を緑茶の渋みで満たした。
「キャスタークラスの私でさえ幻術使っていないと思わせる高等な術――――恐らくは私より古い時代……神代の域の術だと読み取れる」
「あれ? ってきり神代の魔術師だと僕は思っていたんだけど……」
「
キャスターは非正規で契約した生きた守護者であった為、かつてはギリシャ神話の時代に行っていた事があるので体験談を話していると久一はこう返してきた。
「まるで行って来たみたいな事を言うね」
「見聞したからこう言っているだろう、マルガレーテには悪いがあそこには妻子の思い出があった」
懐かしいとキャスターは思い出していると、ふと神代の旅へと助力した尨犬の存在をまだ久一には話していないと思ったので真っ直ぐと青紫の双眸を向けたので、久一は首を傾げるとキャスターは明かした。
「マスター……恐らくは私の正体について知らないのだろう」
「うん。キャスターは魔術師のサーヴァントぐらいしか……」
多くを語らない寡黙なキャスターの悪い癖のせいで、久世久一はキャスターの真名すら知らない。
キャスターは久一の幼き過去を見た事だし、そろそろ互いを知るべき時期なのではと考えていた。
「マスター……悪魔憑きという単語を知っているか?」
「文字の意味なら。キャスターは悪魔に憑かれているって事? 僕は全然、気にしないよ」
食事も終わったので久一は皿を片付けようとすると、マルガレーテが割り入り片付けますと言って来たが一人では大変だろうと手伝って欲しいと頼み、二人で食事の後片付けをしながら久一はそう答えた。
悪魔憑きとは日本で言う狐憑きに近い
精神から肉体へと悪魔が浸食し、最終的には無理な肉体の変形により命を落とすという物だが、キャスターの精神面は知欲以外は至って健常であり、肉体の変化はほぼないのだ。
「私は悪魔憑きだからという偏見を畏怖してはいない、私が畏怖するのはとり憑かれた悪魔が私のようにマスターの命を奪う事が心配なのだ」
キャスターは重々しい口調で言うと久一はそんなに危険な悪魔なのかと言われたので、キャスターは分かったと言って憑かれた悪魔のあだ名を呼ぶ。
「尨犬――――そのよく動く口を開いていいぞ」
と一言キャスターは言うと、念話越しでマスターに陽気で挨拶をした。
「オイ、オイ、オイ。なんだよ酷いな旦那、俺が快楽殺人鬼みたいな紹介しやがって! 俺がお喋り大好きなのを先に紹介しやがって!」
「……えーっとその。今念話しているのがむくいぬさん? あれ、よくさ番組で悪霊に憑かれた人はさ、憑かれた人が悪霊の代弁するかと思っていたから、普通に念話で話してきたからびっくりした」
言葉の弾幕に困惑した表情を浮かべる久一。
「そりゃあ俺様は策略の関係上、旦那の精神内に棲むフランス人も思わず拍手喝采しちまう程の愛を唄う悪魔ちゃんですからな。
サーヴァントとマスターは繋がってるんだぜ、旦那の中に棲む精神の一つみたいな存在が、念話で意思疎通できるって話はおかしいですか? そこの少年」
久一はどう答えていいか分からず狼狽えていると、キャスターは咳払いをしてその話を断ち切った。
「相変わらず喧しいな尨犬は……いい加減もう少しその口数を減らせ」
「いやだなー旦那! 俺と旦那は二十四年間の付き合いでしょーに、ああこの少年に挨拶したくてしたくて我慢してしていた事と、旦那の偽造妖精の因果線をハッキングしてきた魔術師が旦那の中枢に入り込もうとしていたのを阻止していた事に褒めてくださいよー」
台詞上は困っているように読み取れるが口調は実に楽しそうであった。そしてさらりと重大な単語を述べたのでキャスター達は顔を強張らせた。
「尨犬――――侵入してきた魔術師の事覚えているか?」
「そりゃあ、俺そこまで
キャスターは尨犬の報せを静かに思考すると、久一は呟く。
「魔眼持ち……」
魔眼とは見る所作だけで魔術行使を可能とする眼の事であり、邪視や邪眼とも例えられることもしばしばある。
見る事だけで魔術行使を行えるその能力は魔術師の間では重宝され、特に魔術では再現不可能な魔眼を持って生まれる人間が重宝された。
しかしそれは制御できたらの話であり、制御できない場合は魔眼殺しという道具が必須になってくる。
キャスターの精神内に侵入してきた魔術師ももしかしたらそちら側の人間に分類する可能性が高い。
「ともかく。用心しなせえな旦那と少年殿、あのご婦人俺が愉快に旦那の事話していた時やる時はやりそうな目をしてやがってたからな!」
と啖呵を切るように尨犬はそう言い残した。
◆サーヴァント情報
マスター:ペトラ・ネヴァン
クラス:ランサー
真名:コナル・ケルナッハ
性別:男
身長・体重:215cm・150kg
属性:秩序・中庸
・ステータス
筋力:B 魔力:A 耐久:C 幸運:C 俊敏:B 宝具:B
・クラス別能力
「対魔力:B」
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
・固有スキル
「■■■」
「護国の戦士:A」
あらかじめ陣地を確保しておくことにより、特定の範囲を"防衛戦に特化"するスキル。
この範囲内の戦闘において、境界線の守護者であるランサーが前衛に立てば、範囲内に立つ自身を含めた味方の被ダメージ値を半減させる。
Aランクとなれば不落の要塞に相応しい陣地である。
ランサーは古い時代のアルスターおよびタラの国境神としても崇拝されていた事から。
「威圧:D」
魔物と対峙しただけで、魔物と敵対する事なく服従させるスキル。
Dランクならばただ野生の勘を働かせるだけである。
ランサーは財宝を持つ巨大な蛇の砦を襲撃した時、その蛇はベルトの下に逃げ込ませた事から。
「仕切り直し:C」
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
「カリスマ:D」
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、一軍の首魁としては破格の人望である。
・宝具
・詳細
――――――
マスター:久世久一
クラス:キャスター
真名:
性別:男
身長・体重:180cm・65kg
属性:中立・悪
・ステータス
筋力:E 魔力:B+ 耐久:E 幸運:D 俊敏:D 宝具:A+++
・クラス別能力
「陣地作成:B」
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”の形成が可能。
「道具作成:A」
魔力を帯びた器具を作成できる。
特に錬金術・霊体・降霊術関連に長けている。
・固有スキル
「■■■」
「悪魔憑き:A」
人間に悪魔が取り憑かれる現象。その為、洗礼詠唱や聖印の攻撃が効きやすくなる。
Aランクならば、霊瘴を上手く隠蔽し、祓うのには最早焼却しか道はない。
ランクが高い程"重症"と見なす。
キャスターの場合強固な理性のお蔭で精神といった内面は崩壊していない。
別の憑代があれば分離させることも可能。
「高速詠唱:A」
魔術詠唱を早める技術。
大魔術であろうとも
「■■■」
・宝具
・詳細