機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ異伝 ~死の戦記~ <完結> 作:二円
最後まで楽しめる作品を創れるよう頑張ります。
地球降下船がミレニアム島沖に着水し、
上に乗っていたMSは機体固定を解除して、
周囲を警戒していた。
しかしバルバトスは先の戦闘で損傷しており、
動かすのは危険と判断され浜場に待機。
三日月は仲間達と共に、
地球降下船から浜辺に荷物を陸揚げしていた。
俺はイナヅマ号に搭乗したまま、
周囲を警戒していた。
地球はギャラルホルンのテリトリーだ。
ミレニアム島に降下すると分かっているなら、
島の周囲に艦隊を配置しておかしくはない。
オルガの指摘は最もだったが、
俺はそんなに心配してはいなかった。
この島はオセアニア連邦の管理区域だ。
世界平和維持組織を謳うギャラルホルンが、
連邦の許可なしに立ち入れば問題になる。
少なくとも陸揚げの最中に襲われる事はないだろう。
俺は気を張る事無く月を眺めていた。
地球に来た。
いや帰ってきたというべきか。
不思議な気分だった。
地球に降下した時、
俺は自分の体が重く感じて慣れるのに苦労した。
恐らく火星の重力が地球の重力の半分だからだと思う。
火星で暮らしていたノルバ・シノの肉体的記憶が、
引っ張られた形になったのかもしれない。
「おいシノ!
何ボケッとしてんだ!
しっかり周囲を警戒してろ!
何時ギャラルホルンがやって来てもおかしくないんだぞ!」
何もしないでいるイナヅマ号を見ていたオルガに叱られてしまった。
「すまない」
オルガに謝り、
周囲を再び警戒し始める。
そろそろ頃合だろうと思い森の方を見た。
対人センサーを起動させる。
市街戦で建物内に隠れているであろう、
敵歩兵の位置を検地するために搭載されていたものだ。
森の奥に複数の反応が確認された。
その内の一つがこちらに向かって来る。
「オルガ、
森の奥から誰かが来るぞ」
「何?」
オルガに注意を促す。
やがて森の奥から出てきたのは老人だった。
「何だあの爺さん?」
まさか年寄りが出て来るとは思わなかっただろう、
オルガの呟きが聞こえた。
「お前さん達だな、
鉄華団というのは。
ワシは蒔苗 東護ノ介という。
責任者はどこかのう」
クーデリアの交渉相手だという事に気づいたオルガは、
姿勢を正し蒔苗に声を掛けた。
「俺が鉄華団のリーダーをやっている、
オルガ・イツカです」
「おお、
お前さんがか。
良い面構えをしておる」
「それで用は何です?」
「ふむ、
お前さん達に場所を提供しようと思っての」
「場所?」
「折角来てくれた客人に野宿などさせる訳にはいかんじゃろう。
秘書の者に案内させようと思うのだがどうかの?」
蒔苗の申し出にオルガは即答しなかった。
ギャラルホルンに追われている状況で、
ゆっくり出来ないと思っているのだろう。
しかし相手のご好意を無碍にする訳にもいかない。
「分かりました。
お言葉に甘えます」
オルガは蒔苗の申し出を受け入れた。
蒔苗の提供された場所は基地だった。
小規模な中継基地だったが、
鉄華団全員を受け入れるには十分だった。
陸揚げしていた荷物を基地の格納庫まで持ち運び、
MSを中に待機させ一旦休憩。
早朝になってMSの整備が開始された。
整備班が始めたのはバルバトスの修理だった。
バルバトスは先の戦闘で、
脚部のスラスターを損傷しており、
スラスターは修理が不可能と判断され、
他の部分は持ってきたパーツで補う事になった。
俺は整備に必要なパーツの運搬等を手伝っていた。
「すまねえなシノ。
おめえさんのMSの換装を後回しにしちまって」
「仕方がないですよ。
この場合、
バルバトスの修理が先ですから」
おやっさんが俺に謝っていたのは、
イナヅマ号の換装が後回しになった事だった。
イナヅマ号は無茶な改造故にバランスが悪く、
地上に立たせるとバランサーに多大な負担が掛かる事が、
改修前の機体シミュレーションで予想されていた。
バランサーに負担が掛かるという事は、
脚部に負担が掛かるという事であり、
戦闘行動すれば多大な負担を掛ける事になりその結果、
脚部が耐えられなくなり自壊する可能性があった。
そこで地球降下後は、
負担軽減を目的とした地上仕様に換装する事になっていた。
ところが、
バルバトスの脚部の損傷が酷かったので、
そちらの修理を優先する事になり、
イナヅマ号の換装が後回しとなったのだ。
その事に俺は文句を言う筈が無かった。
主戦力を万全の状態にする事を優先するのは当然の事だ。
「ごめんシノ」
バルバトスの様子を見に来ていた三日月も謝った。
「おいおい、
三日月が謝る事ないだろ?
おやっさんにも言ったけど、
この場合バルバトスを直すのが先だよ」
「しかし直ったとしても、
スラスターがねえんじゃ、
地上戦は辛い事になるな」
「火星で戦えていたから何とかするよ」
三日月なら本当に何とかしてしまうだろうな。
戦闘に関しては妙な安心感がある。
「何とかなるかもしれませんよ!」
大声のする方向に顔を向けると、
そこにタービンズの方々がいた。
声の主、
タービンズのメカニック『エーコ・タービン』が大きく手を振っていた。
「手伝いに来ました~」
「そっちはもういいの?」
「漏影は元々地上用にセッティング出してきたから。
それにバルバトスにちょっと試してみたいセッティングがあるんですよね」
「セッティング?」
おやっさんがセッティングという言葉に反応した。
新たなスラスターを取り付けるのではなく、
脚部をどのように弄るのか気になるようだ。
「うちでリベイク組んでる時に思いついたんですけど、
筋肉より三日月君向けかなあって」
筋肉とは昭弘の事だ。
思わず耳を澄ます。
しかし周りの作業機械の音で、
外にいるであろう昭弘のくしゃみが聞こえなかった。
タービンズの方々と共にMSの整備の手伝いをして気がつけば、
夕暮れになろうという時間になっていた。
作業中に車のクラクション音が聞こえ手を止めると、
そこには蒔苗の秘書がいた。
「すみません。
作業を中止していただけますか?
皆様にお渡ししたいものがございますので」
何か重要なものを渡すらしい。
そう判断した面々は秘書が乗ってきた車に集合する。
蒔苗の秘書は車の後部から、
桶を持ってきた。
「蒔苗先生に言われまして、
こちらを皆さんでと」
桶の中は食材が入っている事を知り、
鉄華団炊事係『アトラ・ミクスタ』が興味を示した。
「見ていいですか?」
首を縦に振って了承する秘書に、
アトラはワクワクしながら桶のフタを取った。
すると桶の中から何かが飛び出してきた。
それに反応する鉄華団。
それは平たく片目しかない魚だった。
それを見た事がない鉄華団の面々は、
グロテスクにしか見えないそれを気味悪がっていた。
俺はそんな事は無く、
ヒラメかカレイかどっちだろうかという事に興味を持ち、
俺は確かめるためにその魚の尾びれを掴み、
口を広げてみた。
「よせシノ!
指を食い千切られるぞ!」
慌てて注意する昭弘にかわいいと思ったのは内緒だ。
俺は魚の歯を調べた。
左ヒラメに右カレイという言葉がある。
左に顔があるのがヒラメ、
右にあるのがカレイという見分け方だが、
あれは日本にしか通じない。
海外では違う位置にある種類が多く、
左ヒラメに右カレイは絶対的な見分け方ではない。
両者の違いは食べ方だ。
カレイは海底に生息しており、
小魚やゴカイといった無脊椎生物を餌にしており、
獲物を飲み込むおちょぼ口になっていて歯が小さい。
一方ヒラメはアジ等の魚類を餌にしており、
顎がしっかりしており、
鋭く大きな歯が生えている。
つまり口を見ればカレイかヒラメかが分かるのだ。
釣り馬鹿友人の豆知識がこんな所で役に立つとは思わなかった。
相変わらず自分自身の記憶は思い出せないが。
歯を調べてみると、
鋭くなく小さかった。
この魚はカレイだ。
だがここでカレイだと指摘すると、
魚を見た事がない筈の人間が何故魚を知っているのかと、
タービンズの方々に説明するのが面倒なので、
あえて惚けておく。
「これ何です?」
カレイをタービンズの方々に向ける。
「うーん、
カレイじゃないかな?」
「ええ!
ヒラメじゃないの?」
カレイではないかと指摘するエーコさんに、
ヒラメじゃないのかと指摘するラフタさん。
「これは美味そうだね」
「ほ、
本当にアレ、
食べられるんですか?」
「嘘だろ……」
アジーさんの発言で、
食べる事が出来る事に驚くアトラに対し、
信じられないといった感じでドン引きする昭弘。
「それでは私はこれで失礼します」
「ご苦労様です」
「有難うございます」
用を終えた秘書に、
アジーさんと俺は礼を言う。
車に乗ろうとした時、
三日月の背中にある三つの突起を見ていた秘書の視線に、
三日月は気づいた。
「何?」
「……あ、
いえ、
失礼します」
一瞬たじろいだ秘書はそそくさと車に乗って、
俺達から離れていった。
「何アレ?」
「おめえらの背中が気持ち悪いってよ。
地球じゃ阿頼耶識なんかやってる奴はいねえからなあ」
「そうなの?」
阿頼耶識が地球ではつけている者がいない事に、
三日月は意外そうな顔をした。
「阿頼耶識使いを宇宙ネズミって呼んでいるだろう?
地球でも使っていたら、
そう呼ばないだろう?」
「成る程ね」
俺の答えに納得する三日月。
「俺のこいつだって、
似たようなもんだ。
生理的に受け付けられねえんだよ。
厄祭戦の記憶が残る限りな」
おやっさんが両足の義足を見る。
何を考えているのか、
何かを思い出しているのか、
俺には分からなかった。
大量のカレイを食堂内にある厨房まで運んだ。
ただし俺とおやっさんの二人だけで運んだ。
どうもカレイを運ぶのが嫌で嫌で誰も運ぼうとしなかった。
昭弘でさえ目を瞑っている。
仕方がないので、
おやっさんと協力してカレイを運んでいた。
それから暫く経って食事の時間となった。
メインはカレイの煮付け。
タービンズの方々は美味しそうに食べているが、
鉄華団面々はドン引きしており、
誰も口につけようとしなかった。
当然俺はその中の一人ではない。
ワクワクしながら、
カレイの煮付けを食べ始める。
「おいシノ!
よせっ!」
何故か止めようとする昭弘を無視して、
カレイの煮た身をスプーンで掬って食べる。
衝撃が走った。
この料理には、
醤油や味醂が使われている!
その事に感動していた。
イサリビでの食事では、
調味料が塩か砂糖くらいしか使われていない。
というよりそれしかない。
そのため食材自体の味しかなく、
俺にとっては物足りなかった。
それがこの料理には醤油と味醂が使われていた。
タービンズの方々から貰ったのか、
基地の厨房自体に初めからあったのか分からないが、
俺には非常に有難かった。
俺が美味しそうに食べている事に、
鉄華団の面々は何故かドン引きしていた。
「大丈夫かよシノ?
これ生臭いぞ」
昭弘は鼻を摘みながら、
カレイの煮付けを載せた皿を俺に近づけさせた。
確かに生臭い。
お湯をかけての霜降りが上手くいってなかったのだろうか?
とはいえ、
アトラが初めて作ったにしては思えない出来栄えなので、
それほど気にはしていない。
強いて難を挙げるなら生姜を沢山使っている事だろう。
ひょっとしたら生臭さを生姜で隠そうとしたのかもしれない。
だがその分生姜の匂いがきつくなっていたが、
十分許容範囲だと思う。
「シノ、
それ美味しい?」
「ああ美味しいよ」
「ならあげる」
「えっ?」
俺の向かいにいた三日月が、
手をつけていないカレイの煮付けを俺に差し出そうとした。
「ちょっと三日月!
それ、
タービンズのみんなに手伝って貰って、
すっごい大変だったんだから!
一口ぐらいつけたっていいでしょう!」
アトラが怒って、
三日月の手から奪い取って、
自分でカレイの煮つけを食べた。
「……ん?
何これ?
よくわかんないけど、
不思議な味」
もぐもぐと噛み締めるアトラ。
「シノ、
あげるよ」
隣にいたヤマギがカレイの煮付けを俺に差し出した。
「俺のもやるよ」
更に隣にいたライドも俺に差し出した。
思わずヤマギとは反対側にいた昭弘を見た。
彼も差し出すのだろうか?
俺の様子に気づいた昭弘は、
暫く考えた後、
絞りつくすような声で答えた。
「いや、
俺は……食う」
目を閉じ鼻を摘んで言う昭弘をかわいいと思ったのは内緒だ。
結局俺は三匹のカレイを食う事になり、
鉄華団の皆からはゲテモノを食う人と評価される事になった。
食後、
蒔苗に呼ばれたオルガ達が戻ってきた。
そして主要メンバーを集めて全体会議を食堂内で行う事になり、
俺もそれに参加する事になった。
オルガは蒔苗と話した内容を話した。
蒔苗はクーデリアと鉄華団を高く評価しており、
クーデリアが地球に来た目的である、
火星ハーフメタル資源の規制開放のための交渉に乗る気満々だと答える。
しかし自身は贈収賄容疑を掛けられ失脚。
亡命中のため、
交渉は出来ないと言われオルガ達は衝撃を受ける。
何のためにここまで来たのか?
今までの行動は無駄だったのか?
失望の色を隠せないオルガ達だったが、
蒔苗が逆転の手があるという。
そのためには、
もうすぐアーブラウの代表指名選挙が行われるので、
会場先のエドモントンにある議事堂まで護送して欲しいと依頼してきた。
代表指名選挙に立候補する事が出来れば、
再び代表として返り咲く勝算は十分にあるという。
「それでその話受けるのか?」
昭弘がオルガに尋ねる。
しかしそこにビスケットが待ったを掛ける。
「待って!
事はそう単純な話じゃないんだ。
蒔苗さんの対抗馬となる人は『アンリ・フリュウ』と言って、
ギャラルホルンの後ろ盾を得ているんだ」
「……て事は、
引き受けりゃギャラルホルンとまともにやりあう事になるって訳か。
厄介なこったな」
「厄介なのはそれだけじゃねえ」
オルガは蒔苗に、
一度話を持ち帰って仲間と話し合う事を伝えた時の事を話した。
その時の蒔苗は今までの態度を一変させ、
先程までの穏やかな口調ではなく、
急に高圧的な態度を見せた。
蒔苗は火星にどうやって帰るのかと聞いてきた。
そしてギャラルホルンに差し出さないでいるのは、
自分の力のおかげだと言い、
一声でそれを無かった事にする事も簡単だと脅しにかかってきた。
「賢い選択ができるまでじっくり考える事だ」
そう言って話は終わったという。
「無茶苦茶だな」
頼りにしてた人間が、
既に失脚して権力を失い亡命した挙句、
脅迫だけする。
蒔苗の行動を昭弘はそう評価した。
蒔苗の依頼を受けるか否か。
俺は自分の考えをオルガに伝える事にした。
「俺はこの話を受けるしかないと思う」
俺の言葉に皆の視線が注目する。
「受けた方が、
じゃないんだな」
オルガの目が細まる。
何故受けないという選択肢を消すのか説明しろという事だろう。
もちろんその心算だ。
「もしこの話を受けない場合、
俺達は火星に帰る事になるが、
簡単に宇宙に出られるとは思えない。
ギャラルホルンが衛星軌道上に待機して、
大気圏を抜けようとしているこちらを攻撃してくると思う。
ドルトコロニーや地球降下での件の借りを返すために。
だからどっちを選択しても、
ギャラルホルンとの戦闘は避けられない」
「成る程な。
どっちをとっても戦闘なら、
受けた方がいいってか」
「ちょっと待って!
戦闘は今までのようにはいかないんだ!」
「どういう事だ?」
説明に納得するオルガだが、
戦闘が今までとは違う事を指摘するビスケット。
それに気づいていない昭弘に俺は答える。
「今までギャラルホルンは、
お嬢さんを狙ってきた。
理由はアーブラウとの交渉を妨害するためだ。
それは交渉相手だった蒔苗さんがいるこの島の地球降下ポイントに、
ギャラルホルンの艦隊が待ち構えていた事からも、
それは間違いない。
蒔苗さんと一緒にこの島を出ればギャラルホルンは、
俺達がエドモントンにある議事堂に向かうと思うだろう。
その場合は当然、
エドモントン市内はギャラルホルンの部隊が警護し、
こちらを待ち構えている筈だ」
あっと言う声が聞こえた。
どうやら気がついたようだ。
「MSの市内持ち込みは禁止されているんだ。
そうなればMWによる突入しかない。
ギャラルホルンとのMWによる市街戦になったら、
鉄華団の被害はどれ程のものになるか、
想像も出来ないよ。
危険すぎる」
ビスケットが危険性を訴える。
確かに危険が大きい。
だがそれで得るものがある。
俺は受けて成功した際のメリットを説明する。
「確かにリスクは大きい。
でもこの仕事を受けて蒔苗さんが代表として返り咲く事が出来れば、
名声以外に得られるものが二つある。
一つ。
お嬢さんの交渉が有利になる」
一時的に視線がクーデリアに集中した。
「私のですか?」
「俺達とお嬢さんの協力で、
再び代表として返り咲く事が出来たという事実は、
交渉に有利に働く筈だ」
周りからの反応は薄い。
あまりメリットを感じていないのかもしれない。
説明を続ける。
「二つ。
お嬢さんや俺達がギャラルホルンに狙われなくなる。
ギャラルホルンの目的が交渉の妨害なら、
交渉を成立させれば、
こちらを狙う理由がなくなる」
周りからの反応は相変わらず薄かった。
絶対に狙われないという保証が弱すぎるからだろう。
先程俺がドルトコロニーや地球降下での件の借りを返すために、
攻撃を仕掛けてくるって言ったのは失敗だったかもしれない。
オルガはどう判断するか?
反応を窺っていると、
座っていたクーデリアが立ち上がった。
そして俺に向かって頭を下げる。
「私に気をつかってくれてありがとうございます。
ですがそのような配慮は必要ありません。
皆さんに助けられて、
私はここまで来る事が出来ました。
そのことに対して、
どれほど感謝の言葉を重ねても、
重ねても足りない程です」
「いや、
それはクーデリアさん、
仕事だったからで……」
ビスケットがそこまで感謝する事はない事を伝えるが、
クーデリアは待ったを掛けた。
「ええそうです。
そして私が頼んだ仕事もここまでだった筈です。
ですからここから先は私の仕事です。
私の事はお気になさらず、
皆さんは皆さんが為すべき事を、
自分達の道を進んでください。」
クーデリアは鉄華団の仕事はここまでだと言い始め、
元より地球に送り届けるまでが仕事であり、
後は任せてほしいと言ってきた。
「……俺達の道か」
原作では鉄華団をどのような組織にするのか提示されていなかった。
つまり明確なビジョンがない。
オルガの呟きが自嘲気味に聞こえた。
その時、
食堂の扉が開き、
ライドが入ってきた。
「団長!
量子暗号通信でここの端末に
ユージンさんから通信がきてます」
ユージンからの連絡がきたとの事で、
オルガ、ビスケット、三日月、ライド、俺は管制塔に向かい、
モニターに繋ぐとそこには席にふんぞり返るユージンが映っていた。
「おい、
俺だ。
聞こえているかあ?」
「ユージン、
無事だったか!」
「おおうよ!
チャドもダンテも元気だぜ。
今俺達はオセアニア連邦に匿われてんだ。
タービンズも一緒だぜ」
「オセアニア連邦!?」
オセアニア連邦という言葉に反応するオルガ。
蒔苗の脅迫を思い出したのかもしれない。
「ああ。
すげえぞオルガ。
ここじゃ俺ら英雄扱いだ。
ギャラルホルンの奴等に一発かましてやったてなあ」
「へえ、
英雄なんてなんか照れるなあ」
「本当に無事で良かった」
ライドは英雄と呼ばれる事に、
ビスケットはイサリビ組が無事だった事に、
それぞれ理由は違えど喜んでいた。
それはオルガも例外ではない。
見れば口がにやけていた。
「馬鹿野郎が。
もっと早く連絡しろってんだ」
「ざっけんな。
こっちの苦労も知らねえで。
あ、
それと名瀬さんがそっちの状況聞きたがってたぜ」
「分かった。
こっちも相談があると兄貴に伝えてくれ」
「了解。
ああ、それとよ……」
言い淀むユージンに遂に来たかと
俺は身構えた。
「ビスケット、
ちょっといいか?」
「何?」
「悪いがよ。
みんな席外してくれねーか?
ビスケットに話があるからよ」
「分かった。
ビスケット、
話が終わったら知らせてくれ」
「うん分かった」
ビスケットを除き、
皆管制室から出て行く。
「オルガ、
俺はこれからメリビットさんを呼んでくるよ」
タービンズとの通信には彼女が必要だ。
「頼む」
オルガの了承を得て、
食堂にいるメリビットさんにタービンズとの通信をお願いし、
管制塔まで連れて行く。
その途中ビスケットに会った。
その顔色は良くない。
「大丈夫かビスケット?」
「……うん、
僕は大丈夫。
早くオルガに名瀬さんと話をさせてあげて」
トボトボと歩くその姿は弱弱しかった。
「ビスケットさん、
何かあったのかしら?」
ビスケットに何かあったのではと心配するメリビットさん。
俺はその理由を知っていたが、
あえて知らない振りをする。
「ユージンがビスケットに話があるから、
皆席を外すように言われたから出て行ったけど、
良くない知らせだったのかもしれないですね。
先にユージンに話を聞いても良いですか?」
「ええ。
ビスケットさんの様子から見て、
聞いてみた方が良さそうね」
タービンズとの通信の前に、
ユージンと話をする事を了承させる。
管制室の扉の前にオルガがいた。
「オルガちょっといいか?」
「何だシノ?
俺はこれから兄貴と話があるんだ」
「その前にユージンと話がしたいんだ」
「どうしたんだ突然?」
「ビスケットの様子がおかしかったんだ」
メリビットさんに同意を求める。
それに気づいたメリビットさんは首を縦に振る。
「ええ。
あれは確かにおかしかったわ」
「オルガはおかしいと思わなかったか?」
管制室から出て行くビスケットと話をしただろうオルガに聞いてみた。
「落ち込んでいたが……」
ビスケットの様子を思い出すオルガだがパッとしない。
それほど重要視していなかったようだ。
ひょっとしたら、
蒔苗の話を受けるかどうか考えていて、
気がついていなかったかもしれない。
「ユージンと話した内容が理由だったとしか考えられない。
話を聞きたいんだ。
頼む」
頭を下げようとしてオルガが待ったを掛けた。
「お前がそこまで言うんだ。
分かった。
それなら俺も聞く」
何とオルガも同席する事になった。
否定する理由はない。
三人でユージンと話をする事になった。
管制室に入る。
タービンズとの連絡のために、
通信はまだ切れていない。
画面にまだ映っているユージンに話しかけた
「ユージン」
「よおシノって、
オルガ?
メリビットさん?」
予想外の組み合わせに驚くユージン。
「話がある。
ビスケットについてだ」
ビスケットと聞いてユージンは詰まった。
「ユージンが話があるからって外した後、
管制室を出て行ったビスケットの様子が、
明らかにおかしかった。
何を話してたんだ?
教えてくれ」
「それは……」
「俺からも頼む、
ユージン。
何の話をしてたんだ?」
オルガが教えてくれるように頼み込んだ。
俺だけならば断られたかもしれないが、
団長たっての頼みという事もあってか、
ようやく口を開いた。
「実は……、
ビスケットの兄貴が死んだんだ。
首を吊ってよ」
ユージンがビスケットに話したのは、
ビスケットの兄『サヴァラン・カヌーレ』の訃報だった。
ビスケットはドルトコロニー貧民街出身で、
両親の死後、
双子の妹と共に火星に住む祖母に引き取られたが、
サヴァランは学業優秀のため、
ドルトコロニー工場経営者一家に養子として引き取られ、
生き別れる形となった。
その後サヴァランはドルトコロニー本社の役員になり、
労働組合と会社の調停役を請け負う事になる。
ある日、
クーデリアが鉄華団を引き連れて、
コロニー労働者に武器を渡し、
武装蜂起が起きようとしているという情報を得て、
それを止めるために動き出すが、
奮闘むなしく武装蜂起が発生。
ギャラルホルンが武力鎮圧を開始し、
大勢のコロニー労働者達が死亡。
その後はクーデリアの演説で、
労働組合と会社の和解が成立し騒動が収束するも、
何も出来ず大勢の人達を死なせてしまった事に対する、
無力感と罪悪感に苛まれて命を絶ってしまう。
彼の遺体の近くには、
ビスケットに宛てたメールが残されており、
ユージンは内容をビスケットに伝えていた。
その内容は、
自分は仲間のためにと頑張ってきたが、
大きな力の前に為す術なく潰されたので、
ビスケットには、
他人に振り回される事なく、
自分の意思を持って平穏に生きて欲しいというものだった。
「そんな事が……」
ユージンからの話を聞いて、
メリビットさんは悲痛な顔をしていた。
「悪かったな、
ユージン。
話してくれてありがとな」
「いや、
いいけどよ……」
礼を言うオルガだが、
顔は笑っていなかった。
その事にユージンは少したじろいでいる。
「ユージン、
兄貴と話がしたい。
頼めるか?」
「……ああ、
分かった」
名瀬さんにオルガが話をしたい事を伝えるという大儀を得たユージンは、
急いで通信を切った。
オルガの顔は不機嫌だった。
何かに八つ当たりしてもおかしくない状態だった。
それでも聞きたい事があった。
俺はオルガに質問する事にした。
「オルガ、
一つ聞きたい事があるんだ」
「何だ?」
オルガが俺を睨む。
質問次第では殴りかかってもおかしくはない緊迫した雰囲気に包まれるが、
臆する事無く質問する。
「ひょっとしたら、
兄の遺言に従ってビスケットは鉄華団を抜けるかもしれない」
一旦話を切って反応を見る。
目が泳いでいる。
オルガは明らかに動揺している。
先程睨んだ目に力が入っていなかった。
「ビスケットが鉄華団を抜けるって言ったら、
オルガはそれを受け入れるのか?」
暫くの間沈黙が続いた。
やがて絞り尽くすようにオルガは答えた。
「……悪いが、
答えられねえ。
そうと決まった訳じゃねえからな」
ビスケットが鉄華団を抜ける筈がない、
そうであって欲しいと願っているような言い方だった。
俺が知りたかったのは質問にどう答えるかじゃない。
オルガがビスケットの鉄華団離脱の可能性を考えているかだ。
ありえないとか反論をしなかった事から、
その可能性があると考えていいだろう。
「確かにそうだ。
本人に聞かなきゃ分からないからな。
二人でじっくりと話し合った方が良いさ。
喧嘩して鉄華団が分裂なんて事にならないでくれよ」
「……ああ、
考えておく。
悪いがシノ、
出てってくれねえか。
これから兄貴と話がある」
「分かった」
俺は席を立ち、
管制室から出て行った。
俺は急いで、
ビスケットがいるであろう場所を原作の記憶を頼りに向かった。
砂浜を走っていると、
そこにションボリとしているビスケットを見つけた。
俺はビスケットに大声を掛けた。
「ビスケット!」
「シノ!?」
まさかオルガではなく、
俺が来るとが思わなかっただろう。
非常に驚いていた。
「どうして此処に?」
「それはこっちの台詞さ。
どうして此処に?」
「オルガが此処で、
話をする事があるからって言われて待ってたんだ。
シノは?」
「ビスケットを探してたんだ。
様子があまりにもおかしかったからな」
「そっか、
なんか迷惑掛けてゴメン。
僕は大丈夫だから……」
「ユージンから話を聞いた。
オルガも知っている」
大丈夫だからと手を振ろうとしたビスケットの動きが止まった。
怒るかと思いきや、
仕方が無いといった顔をして大きく溜息をついた。
「僕はドルトコロニーの出身だったんだ。
住んでたのはドルト2のスラム街だったけど。
ある日父さんと母さんが亡くなって、
僕とクッキーとクラッカーは火星の婆ちゃんに引き取られたけど、
サヴァラン兄さんは学校で優秀な成績を修めていたから、
会社の偉い人の所に引き取られたんだ。
それ以来会ってなくて」
「ひょっとしてドルト3に行きたいって言ってたのは、
兄に会うためか?」
知っていたが、
あえて知らぬ振りして尋ねる。
ビスケットは首を横に振った。
「子供の頃からの夢だった商店街に行きたかっただけなんだ。
でも思わずサヴァラン兄さんの事を言ってしまって、
それを聞いたアトラや三日月に言われて、
連絡して訪ねてみようって事になってサヴァラン兄さんに会ったんだ。
その時に僕とアトラが捕まったんだ。
あの時僕達が運んできたコンテナには武器が入っていて、
コロニー労働者達がそれを使って武装蜂起しようとしていた。
それを知ったサヴァラン兄さんは、
クーデリアさんと勘違いしたアトラを首謀者として、
ギャラルホルンに引き渡そうとしたんだ。
でも三日月が助けに来てくれてそれは失敗して、
僕に助けを求めたサヴァラン兄さんを突き放して僕達は逃げ出した。
それがサヴァラン兄さんを見た最後だった」
ビスケットの手が震えていた。
会いに行った事を後悔しているのだろうか?
それを聞く気にはなれなかった。
「シノはオルガが蒔苗さんの依頼を受けると思う?」
突然話題が変わった。
気を紛らわしたいのだろうか?
指摘せず質問に答えた。
「オルガは常に上を目指そうって考えだから、
受けると思う」
俺の答えにビスケットはしょうがないといった顔で溜息をついた。
「やっぱりシノもそう思うよね。
オルガなら引き受ける。
上を目指すために。
デカくなるためにって。
でもそれじゃ駄目なんだ」
「どうして?」
「オルガはいつも前を進む事しか考えていない。
確かにオルガは皆を連れてここまで来た。
けどそれは運が良かっただけかもしれない。
何時までもそんなに上手くいく筈がない。
シノは良いの?
こんな無茶を続けたら、
命がいくらあっても足りないよ。
無理に危険な道を選ぶ必要がないんだ。
今回の話は受けるべきじゃない」
ビスケットは恐れているにみえた。
オルガのやり方は身を滅ぼすのではないかと。
今まではそのような事を気にする事がなかったが、
サヴァランの死を切っ掛けに、
リスクを恐れてしまったようだ。
どう答えるべきか俺は考えた。
リスクを恐れるなと言うべきじゃない。
だからといってオルガの考えが間違っていると言うべきでもない。
二人の意見は対極的で、
どちらが絶対に正しいという訳ではない。
ただビスケットの発言の中に一つだけ否定できるものがあった。
「本当に運が良かっただけなのか?」
「えっ?」
「俺は運だけで此処まで来れたなんて思っていない。
皆の力があったからこそ、
来る事が出来たと思ってる。
誰か一人でも欠けていたら、
誰も此処にいないと断言出来る。
俺はMSに乗っているけど、
おやっさんやヤマギといった整備班に支えられているから戦える。
俺一人だけじゃ戦えなかった筈だ。
オルガだって例外じゃない。
誰かの支えがあったからこそ、
今のオルガがあったんだと思う」
「誰かの支えって、
それは……」
ビスケットは反論しようとした。
恐らくオルガが支えになっている誰かとは自分ではなく、
三日月だと言いたいのだろう。
「確かに三日月もその一人だ。
けどビスケットとオルガの付き合いは長いよな?
オルガの無茶に文句を言わずに支えてきた。
ビスケットも間違いなくオルガを支えてきた一人さ」
俺はビスケットの反論を封じた。
「人は自分では気づかずに誰かに支えられて、
誰かを支えている。
それが無ければ倒れて何も出来ない。
支えるってのは、
ただ一方的に従う事じゃない。
互いに合わせる事だと思う。
だからビスケット、
一度オルガと話をしてみたら良いよ。
どちらが正しいとかそういう話じゃなくて、
お互いの事を話し合ってさ」
オルガと話し合う事を提案した。
蒔苗の話を受けるか否かではなく、
互いの事をしっかり話し合うように。
「……。」
俺の提案にビスケットは無言だった。
無視している訳ではない。
何か考えているようだった。
オルガに何を話すのか考えているのかもしれない。
「もうすぐオルガが来そうだ。
俺はここで退散するよ。
それじゃ」
伝える事は伝えた。
オルガが来るとまずい事になりそうなので、
俺はこの場を離れる事にした。
森に入ろうとした時、
ビスケットから声を掛けられた。
「シノ、
僕は反対だから……」
蒔苗の話を受けるべきではない、
その考えを撤回しないとビスケットは答えた。
提案について答えなかった。
蒔苗の話で待ち合わせをしているので、
互いの事を話す事が出来ないと考えているのだろう。
「どっちの結果でも良いさ。
全力を尽くすだけだから」
振り向かずそのまま森の中に入っていく。
ビスケットは何も答えなかった。
ビスケットが佇んでいる砂浜から森の中に入った俺は、
茂みの中に身を隠し、
オルガが来るのを待っていた。
目的は一つ。
二人がどのような話をするのか。
俺が二人の間にいれば、
本音を語らないだろうと思い、
盗み聞きをする事にしたのだ。
息を潜め、
波の音を聞き流し、
それ以外の音に集中し、
手を開き握るを繰り返し、
肉体の緊張を解してオルガを待っていた。
どれくらい時間が経っただろうか。
手を開き握るを五百セット超えた辺りから、
枝が折れる音が聞こえた。
何者かが歩いて近づいている。
石になったかのように動かずジッとしていた。
足音は側を通り過ぎ、
やがてビスケットがいる方向に音が遠くなり、
足音が止まった。
覗くような事はしない。
気づかれるかもしれないからだ。
聞き耳をしっかり立てる。
「待たせたなビスケット」
やはり足音の主はオルガだった。
「別に、
それで話はどうするの?」
「その事だがビスケット、
お前は反対か?」
意外にもオルガはビスケットに意見を尋ねた。
二人の会話に集中する。
「僕は反対だ。
目的はもう達成したんだ。
無理に戦う必要なんてないんだ」
「このまま火星に帰ろうとしても、
戦闘になる。
シノが言ってただろう」
「それはMSがあるからだ。
そういった装備を捨てて、
テイワズに頼んで、
僕たちだけでも連れ出してもらえばいい」
「目先の問題を凌げたって駄目だ。
またいいように利用されるのがオチだ。
利用されないようにデカくなる必要がある」
「今のままじゃ駄目なのか?
十分じゃないか」
「駄目だ。
それで納得したら、
前に進めねえ」
「前に進む。
オルガはいつもそうだ。
前に進むことしか考えてない。
仲間の事をもっと考えてくれ。
無理に危険な道を選ぼうとするのは止めてくれ」
「考えた上だ。
俺達の将来のために考えての事だ」
「将来って何さ?
オルガは鉄華団を将来どういう組織にしたいの?」
「そりゃあデカく……」
「そうじゃなくて、
具体的なビジョンを聞いてるんだ」
「それは……」
オルガが言葉に詰まった。
明確な目標を提示していないオルガには答えられないものだった。
「あやふやなんだオルガは。
それで将来なんて言わないでくれ。
迷惑だ」
「……どういう意味だ」
迷惑という言葉に反応したのだろう。
オルガの声が低く押し殺していた。
「自分のエゴで仲間を巻き込まないでくれって言ってるんだ」
「ビスケット!」
何かを掴む音が聞こえた。
オルガがビスケットの胸倉をつかんでいるようだ。
いつ殴りかかってもおかしくない。
「俺のやる事が迷惑だってのか!」
「周りの事を考えてって言ってるんだ!
それでも無視して前に進むって言うんなら……」
「鉄華団を抜けるってか?」
「なっ」
ビスケットは驚いていた。
まさかオルガからそんな言葉が出るとは思わなかっただろう。
暫く沈黙は続いた。
ビスケットから否定の言葉は出なかった。
「……否定しないんだな」
二人の気配が少し離れていくのを感じた。
掴んだ胸倉を放したようだ。
「まさかオルガから切り出されるとは思わなかったよ」
「ユージンから話は聞いた。
お前の兄の事、
遺言の事。
それを聞いてひょっとしたら、
鉄華団を抜けるんじゃねえかって思って。
でもそんな事は有り得ねえ、
ビスケットなら結局は認めてくれて付いて来てくれる、
そう思った。
いや、
信じたかったんだ。
まさか否定された上に、
迷惑だなんて言われるとは思わなかった。
そこまで嫌われてたとはな」
「違うよ」
「あ?」
「僕が言いたかったのはそうじゃない。
しっかりとした目標を持って、
無茶をしないで周りを良く見て欲しかったんだ。
そうしないと、
サヴァラン兄さんのように、
全てを失う事になる。
そうなって欲しくなかったんだ」
「ビスケット……」
オルガの声が震えていた。
何か言おうにも言葉が出ないようだった。
「オルガ、
僕は……」
「団長~!」
ビスケットが何か言おうとした時、
森の奥から『タカキ・ウノ』の声が聞こえた。
オルガ達の方に走っていく。
良い所だったのに!
「何だタカキ?」
オルガの声が元に戻った。
タカキは走り回っていたようで、
暫く息を整えてから話し始めた。
「今、
蒔苗さんの所から連絡が合って、
緊急の用件だそうです」
「なんだよ、
一晩も待てねえってか。
ビスケット、
ついて来てくれないか?」
「……分かったよ。
緊急の用件が何か気になるしね」
「よし行くぞ」
三人の走る音が聞こえた。
やがて遠くなり聞えなくなるまで待った。
もういいだろう。
そう判断した俺は茂みの中から出た。
上手くいったというべきだろうか?
ビスケットが何を言おうとしたのか気になったが、
喧嘩にならずに済んだと見るべきだろうか?
この先の展開で、
鉄華団にとって一番の悲劇が起きる。
それはビスケットの死亡だ。
MWに乗っている所を、
MSの攻撃を受けて死亡するというものだ。
MWに乗る切っ掛けとなったのが、
オルガとの喧嘩だ。
サヴァランからの遺言にショックを受けたビスケットは、
前に進むことしか考えていないオルガに異を唱え、
喧嘩してしまう。
その時ギャラルホルンが攻めてくると聞かされ、
一時休戦状態に。
仲直りしたいビスケットは、
オルガと共に一緒になって戦いたいと思い、
MWに乗る事を決意する。
ビスケットの死の危険を減らすには、
MWに乗せない方がよいのではと考え、
喧嘩を起こさないようにしようと俺は考えた。
そこでオルガにビスケットの兄の事を知らせ、
ビスケットが鉄華団を抜ける可能性を示唆しようとした。
オルガ自身が知る事になったのは嬉しい誤算だった。
そしてビスケットにはお互いの事を話し合う提案をした。
しかしビスケットの反応からして、
互いの話をする気はなかったようだ。
果たしてビスケットはMWに乗るのかそれは分からない。
実の所、
死ぬ可能性が減っただけで、
それ自体を回避させたいなら、
ギャラルホルンを撃退する事を考えるべきだ。
にも関わらず、
喧嘩を回避しようとしたのは、
万が一に備えてだ。
ビスケットを救う事が出来なかった時、
オルガの心に大きな傷をつける事になる。
喧嘩の最中で仲直りしないままの別れと、
喧嘩が発生しないままの別れでは、
どちらの方が心残りが大きいだろうか?
少しでも心の傷を減らしたい。
それが理由だった。
何とも情けないものだと思う。
普通なら成功することに全力を尽くすべきなのに、
もしも失敗したらの事も考えて行動しているんだから。
これからの事を考える。
先程の蒔苗からの緊急の用件とは、
ギャラルホルンからの鉄華団とクーデリアを引き渡し勧告だろう。
指揮官はセブンスターズ第一席イシュー家の跡取り『カルタ・イシュー』。
率いる部隊は地球外縁軌道統制統合艦隊だ。
目的は地球降下を許してしまったお飾りの部隊という汚名をすすぐため。
俺はマクギリスに文句を言いたくなった。
この件にマクギリスは全く無関係だとは思っていない。
俺はモンターク商会の仮面の男の正体がマクギリスだと知っている。
彼の目的は、
腐敗したギャラルホルンの改革。
その切っ掛けをつくるであろう鉄華団とクーデリアに、
モンターク商会の仮面の男として力を貸している。
ただ力を貸してくれるなら、
物資を送るだけではなく、
来るであろう地球外縁軌道統制統合艦隊を止めてほしいと思う。
指揮官であるカルタとマクギリスは幼馴染の関係で、
さらにマクギリスの父『イズナリオ・ファリド』はカルタの後見人だ。
それを利用して止める事が出来た筈だ。
気づかなかったとは思えない。
マクギリスは宇宙にいた。
同じく宇宙にいる地球外縁軌道統制統合艦隊の動きに、
気づかなかったとは考えにくい。
あえて見逃したに違いない。
鉄華団に殺してもらうために。
もしカルタが死ぬ事になれば、
後見人であるイズナリオに非難の目が向けられるだろう。
イズナリオの失脚を狙っているマクギリスにとって、
格好の材料だ。
ビスケットの死を回避するには、
カルタを殺す必要がある。
ビスケットの乗るMWを破壊したのは、
他ならぬカルタなのだから。
だからマクギリス、
あんたの思惑に乗ってやる。
次回予告
「嫌な事があった時、
どうしたら良かったか考える時がある。
ああすればこうすればって意味がない行動だが、
今はそれを全力で活用している。
嫌な出来事を回避するために。
誰だって、
直に見たくも経験したくもないだろう?
だから全力でやるんだ。
次回『狙うべき場所』。
カルタ・イシュー、
ここで消えてもらう」