「さて凪君。呼ばれた理由は理解できてるかしら?」
授業が終わり、いつもならイチ兄達と訓練を行っている放課後の時間帯に僕は生徒会室に来ていた。呼ばれた理由は勿論、きっと、多分明日の臨海学校の事だろうね。もしかしたらタッグトーナメントで簪ちゃんさんを投げたりミサイルの盾にしたりドリルキックしたりした事に対する説教かもしれないけど……い、いやあれは戦術だし! ちゃんと簪ちゃんさんに謝りに行ったし! 許してくれたし! そして凄い動きだねって誉められたし! 良い子だよねぇ。
「明日の臨海学校の事ですよね?」
「大正解。知っていると思うけれど臨海学校は3日間、IS学園を離れることになるわ。宿泊先の旅館と予定地はIS学園名義で貸し切り状態、周囲を更識の者が厳重に見張ってるから一応凪君が外に出ても安心だと思うわ。旅館の人にも凪君の事を伝えて口外しないように契約書とか色々書いてもらってるから多分大丈夫……もっとも何かした段階で篠ノ之博士が対応しそうだけどね」
「多分ですけどその旅館と周辺地域全てにミサイル撃ち込んで更地に変えると思います」
「……ありえそうね。あと何かすることは否定しないんだ……?」
「だってたばねぇだもん」
全てを理解できる魔法の言葉、たばねぇだもん。これで殆どの事件の内容が把握できる素晴らしい言葉だと思うね……篠ノ之姉弟随一の天才、変態、キチガイ、子供っぽさを兼ね備えるたばねぇだし何をするか大体予想できるのは身内でも箒姉と僕ぐらいだろう。でも旅館の人達には大変な事をしちゃったなぁ……いきなり誓約書的なものを書けって言われて驚いたに違いない。当日は菓子折りでも持って行こう。うんそうしよう。
「篠ノ之君、菓子折りは必要ないと思いますよ?」
「あれ虚さん? な、何故菓子折りを持って行こうと分かったんですか……?」
「やはりそうでしたか。篠ノ之君の性格なら持って行ってもおかしくないと思っただけよ」
後ろから飲み物を持ってきてくれたのは三年生の布仏虚さん。三つ編みで眼鏡、第一印象が仕事ができるカッコいい女性な感じで整備課に所属、耶識の手当てにも手伝ってくれる素晴らしい先輩。確か主席なんだっけ? なんだかカッコいいよね。でもまさか僕の心を読むことすら可能なんて……IS学園主席、恐るべし!
「凪君……さすがにそこまでする必要はないのよ? だって当たり前の事しただけだからね。凪君の存在は非常にデリケート、もう触ると壊れちゃうガラスのように繊細に扱わないと世界が滅亡しちゃうから。だから打てる手はすべて打たないとね」
「本当に……ご迷惑をおかけしています」
「良いのよ。そ・れ・よ・りお姉さんちょっと気になってることあるのよねぇ~ラウラちゃんにプロポーズした後どうなったの? もう付き合ってるの? 教室でキスしたって本当? 最近だとセシリアちゃんとラウラちゃんの2人とデートしたって聞いたけどもうやるわねぇこのこの~……あ、あれ? ちょ、ちょっと凪君?」
キス、デート、メール……うっ、頭と体がぁ……違う、違うんですよ! 確かにデートだったけどまさかクロエさんが嫉妬モードにジョブチェンジするなんて思わなかったんだよ……携帯にメールが届いてタイトル無、本文無、最初は誰だって間違って送ってきちゃったのかなって思うじゃん! 違うんだよ! 同じメールが次々に送られてきたんだよ……! もう即効でクロエさんに電話したね! でも最初の一言が「デート、楽しそうでしたね」と声のトーンが一つ以上落ちてる声色でした。この言葉を聞いた瞬間もう死を覚悟したよ。いや割と本気で。くっ……クロエさん嫉妬モードにジョブチェンジする条件は一体何なんだ……! 誰か教えてください! ちなみに僕が他の人とデートしたからだろという答え以外でお願いします。
「会長、篠ノ之君が今まで見たこともないほど体を丸くして震えていますけど?」
「し、知らないわよ!? 何その目!? 私?! 私のせいなの!?」
「男の子はデリケートなんですから優しくしないとダメですよ」
「今まで彼氏出来たこともなく乙女ゲーしか経験ないくせに――すいませんでした!」
目の前で虚さんに土下座している生徒会長さんが見えるけど今はどうでもいい。い、一応許してもらったよ? 凪様の写真がほしいかもしれないです、いらないかもしれませんがもし送ってくれたら許してあげるかもしれないですと申されたのでネットで自撮りのやり方調べてちゃんと送ったよ。というよりクロエさん? いらないならなんで上半身裸指定なんですかねぇ……? もう撮ってる時にちー姉ちゃんに見られて冷ややかな目で見られたのは軽くトラウマになりかけた……割と本気でこのまま引きこもろうかと考えたぐらい。何をしていると言われたから咄嗟にたばねぇが送ってくれないと事件起こすって言ってたと嘘ついたら小声で「あのダメ兎……躾けるか」と低音ボイスで聞こえたからひぃ! ってなったのは言うまでもない。
この一件から僕は学びました。たとえバカでも学ばざるを得ませんでした――クロエさんを怒らせてはいけない。
「と、とりあえずプロポーズは夢の中で僕の暴言で傷ついたみたいでだったら責任取るからと言ったら……何故かプロポーズと勘違いされただけですはい。デートもなにもない、なにもなかったんです、良いですね?」
「アッハイ」
「一体何があったんですか……」
「そ、それよりぃ~生徒会長さん、ちょっとだけご相談が……?」
「あら私に? なにかしら?」
いつものように扇子を広げる。書かれている文字は『気になります』だったけど毎回どうやってその場に合ったセリフが書かれてる扇子を出してるの? いっぱい持ってるの? 扇子マニアなの? まっいっか。さて僕の相談事とは今回旅館に宿泊という事でかなり大事、凄く大事な事です。むしろこの問題をどうしようかなって思って焦ってます。
「――僕はいったいどこでお風呂入ればいいんでしょうか?」
「凪君……私を誰だと思っているのかしら? IS学園の生徒会長、その名は学園最強を意味する称号なのよ? それぐらい対策しているに決まっているじゃない」
なんと言う事だ……僕の不安要素すら既に対策済みなんて……生徒会長さん、恐ろしい子! どうやら泊まる旅館は部屋の中にシャワーが付いているようで僕はちー姉ちゃんとイチ兄と相部屋。つまりイチ兄の一緒に風呂入ろうぜというお誘いを如何にかして断れば問題ないみたい。よし! どうせ寝る時はISスーツ着て寝るし。だって体温調節してくれるから快適なんだよねこれ……もうこれだけで夏は乗り切れる気がする。流石たばねぇ制作の特注品。
生徒会長さんから初日は自由行動だけど何するのと聞かれたので泳がずに砂浜でお城作ってますと答えたら何故か可哀想な子を見るような目で見られた。虚さんにも……し、仕方がないじゃん! 阿頼耶識のせいで人前で上半身裸になれないんだから! 僕だって泳ぎたい! 泳ぎたいんだ! でもできない……これが運命なんだよ。
「あれ~しなのんだぁ~」
「のほほんさん? あっそういえば生徒会だったけ?」
「そうだよ~すごいでしょ~これあげるねぇ、チョコの新作だよぉ」
「ありがとう……これは、甘い!」
「本音。全くあなたは……ちゃんと臨海学校の準備は終わっているの?」
「もちろんだよぉ~かんちゃんに手伝ってもらっちゃったぁ」
かんちゃん……あぁ、簪ちゃんさんか。それって手伝ってもらわないと終わらなかったって事だよね? ま、まぁ女の子って色々準備あるし、水着とかオイルとか日焼け対策とか色々と……箒姉はちゃんと終わってるんだろうか。肌綺麗だからあんまり焼くのは僕的にはお勧めしないけど……いや、日焼け跡、水着の部分だけ白かったら少しくるものがあるよね? 実の姉相手に考える事じゃないけど。
ちなみにのほほんさんが言う「しなのん」とは僕の事。しのののなぎだから「しなのん」。箒姉は「しほのん」らしい。あんまりこの名前で呼ぶと箒姉は困るらしいけど可愛くない? 後で悪戯で呼んでみようかな――やめよう、竹刀で殴られる未来しか見えない。ちなみにイチ兄は「おりむー」との事。なんて的確なんだ……! でも虚さんとのほほんさんが並ぶとやっぱり姉妹だなって思うね。どことなく面影あるし。性格は全く逆だけど……これは僕と箒姉も言えることだけども。
「でもかんちゃんお休みするんだって~せっかくの海なのにもったいないよねぇ?」
「そうなの?」
「簪ちゃんの専用機がまだ完成してないのよ。だから臨海学校に行ってもやることが無いって言って……表向きは家の事情って事にしてるけどせっかくのイベントなのに参加しないなんてもったいないわよ……私が言っても聞かないしぃ~凪君、もう簪ちゃんを誘ってつれてってぇ~」
「タッグトーナメントで投げてミサイルの盾にしてドリルキックした相手の言う事を聞くとは思えないんですけど……あと姉妹なんですから話せばいいんじゃ……?」
「それができればくろうしないのよぉぉぉ!」
泣かれた、思いっきり泣かれた。あれこんな感じなのを最近というか入学してから何回も見てきたような気がする……あぁ、箒姉と一緒なんだ。何故お姉ちゃんというのはこんな感じにポンコツ臭がするんだろうか。虚さんから耳打ちで聞いたけどどうやら生徒会長さんと簪ちゃんさんは仲が悪い……正確には簪ちゃんさんが生徒会長さんに嫉妬して頼ろうとしていない、自分一人でもできることを証明したいと躍起になってるらしい。なるほどねぇ……つまりたばねぇと箒姉状態か。僕はもはや諦めの境地に加えてたばねぇと箒姉がいる場所に辿り着けない事を悟ってるからあんまり気にしてないけど箒姉はねぇ……未だにたばねぇに対して余所余所しい、というより嫌ってるし。才能に対する嫉妬とかじゃないから厳密には違うんだろうけどそっかぁ……なんとなく簪ちゃんさんの気持ちも分かる気がする。
目の前で項垂れている生徒会長さんを見る。容姿はアイドル級、スタイルも良い、生徒会長という座に君臨で多分なんでも出来るし苦手な分野は無いと思う。そんな人が身内にいたら比べられるのは当たり前。イチ兄で言うとちー姉ちゃん、僕で言うと箒姉とたばねぇみたいに善意悪意関係なく比べられる……でもこれって粘り強く本人同士で話し合わないと解決しないんだよね。
「話し合わないと何も進まないですよ? それに僕と違ってまだ簡単……って言っていいのか分かんないけど楽な方だと思いますし」
「意外ね。凪君もコンプレックス感じてた頃があるんだ? 確かに稀代の天才の弟君だもん当たり前かぁ~」
「一時的ですけどね。今はもう同じ場所に辿り着けないって悟ったんでどうでもいいですけども……とりあえず話すだけ話してみません? なんだったら自分達以外に辿り着きたくても辿り着けない人がいるとか言えばいいじゃないですか」
ちなみに僕も箒姉も昔からたばねぇから『身内』と認識されてるのか他の人に比べて態度が素である。父さん母さんには話しかけんな、殺すよみたいな態度になっちゃうけど……でも僕たちが生まれた時は今のように箒ちゃん、なっくんという態度じゃなかったらしい。ある日突然態度が急変したと父さん達から聞いた覚えがある……いったい何があったんだろうか?
「で、でもいきなり話しかけて大丈夫かしら……今までだって無理だったのよ? これ以上距離を取られたらお姉さん生きていけない……」
「やってみない事には始まらないと思いますよ? 虚さんはどう思います?」
「良いと思いますよ。お嬢様達の仲が悪いままだと今後に響きますから。むしろ今まで気づいていても放置していた会長が悪いので早く仲直りしてきてください」
「酷い! 私だって色々と頑張ったのよ!? 簪ちゃんの成長記録とか悪い子が近づかないようにとかバレないように頑張ってたの! 分かるでしょ凪君!! この苦労が!!」
「正直たばねぇとやってる事同じで逆に引きます」
あっ崩れ落ちた。しかも真っ白になった。でも仕方がないよね? きっと友達からねぇねぇ? あそこにいるのってお姉さんじゃないの? なにやってるの? とか言われてきたに違いない……あれ、なんでだろうか……涙が出てくるよ。
「良いわよどうせ私は簪ちゃんに嫌われるためだけに生きてる女だもん。周りからも完璧すぎて将来彼氏作るのに苦労しそうとか言われるしあまりにも男の影が見えないから百合なんじゃないかとか噂される始末……どうせ私なんて私なんて……」
「あ、あの……どうしたらいいんでしょうか?」
「放置してください。あと1時間もすれば元に戻りますから。では篠ノ之君、色々と大変でしょうけど臨海学校を楽しんできてね。あと本音がバカな事をしないか見守っててほしいわ」
「ひどいよぉ~お姉ちゃん、私はできるおんななんだからぁ~」
虚さんが小声で不安だわと呟いた。大丈夫だよきっと……他の皆も一緒なんだから、だからきっと大丈夫。
そんなわけでお話も終わったので生徒会室から出て部屋に戻る。晩御飯までまだ時間あるからもう一度荷物の整理でもしておこうかな? でもなぁ~持っていく物って携帯と耶識と着替え、タオル、本、チョコ、ISスーツは……着ていくからいっか。あとあったかなぁ~? 寝間着はジャージ、もしくは浴衣が置いてあるならそれにするしこれと言って持っていくものが無いんだよね……水着は一応持って行こうか。泳がないけど一応念のためってことで。歩くこと十数分、自分の部屋に着いて荷物をもう一度確認するけど昨日のうちにもう終わらせてて水着を追加するだけだった……流石僕だね。
「凪、明日は臨海学校だが準備は終わっているか? 忘れ物をしない様にするんだぞ」
そして時刻は夜。何時ものメンバーで晩御飯を食べていると箒姉が思い出したように明日の準備が終わっているか的な事を聞いてきた。
「当たり前じゃん。昨日の内に全部終わってるよ。むしろ箒姉の方こそどうなのさ?」
「私も既に終わっている。お前の姉なんだぞ? 準備は終わっているに決まっているだろう」
「僕の姉だから心配なんだけど?」
「どういう意味だそれは……!」
「だって箒姉って変な所でポンコツじゃん。どうせ旅館について荷物開けたらあれ? い、入れてたはずなのにとかなるから寝る前に確認しなよ?」
「そ、それはお前の方だろう……? 小学生の頃、雨が降るから傘を忘れるなと言ったのに家に忘れ続けたのは誰だった?」
「あっごめん。それは箒姉と一緒の傘に入りたかったからわざとね」
「……お、お前というやつは……」
だってそうでもしないとあの頃の箒姉って壊れそうだったんだもん。心身共に疲れ果ててた感じだったからバカっぽい所を見せて少しでもリラックスさせてあげたかったからわざと忘れてた。それに呆れてるようだけどその度にしょうがない奴だなお前はと進んで自分の傘に入れてたのは誰でしょう? 正解は箒姉です。
「そう言えば凪って転校する前から箒にべったりだったよな?」
「まあね。多分昔からシスコンだったんだと思うよ」
「アンタ達……危ない関係じゃないでしょうね?」
「違う! それは姉さんだけだ! 私は違うぞ!? あれは昔から凪を見る目が……何故かは知らないが目を光らせていなければ凪の身が危ないという事は幼いながらも分かっていた私は悪くない……!」
「あぁ~……確かに束さんって箒と凪には甘いもんな」
「でも仲が良いのは良い事だと思うよ? 僕は姉弟がいないからちょっと羨ましいかな」
実の弟に自分のエロ画像を送りつけてくるような姉ですけどね。でもこれは言えない、たばねぇの命に関わるから絶対に言えない……臨海学校中は絶対に携帯を見られるわけにはいかない。あと阿頼耶識もね……そういえば前にたばねぇに拉致された時に臨海学校でまた会おう的な事を言ってたような気がするけど来るよね? 絶対に来るよね? もう自分の欲望に忠実にやってくるよね……はぁ。
ご飯も食べ終わってあとは寝るだけとなったけどそういえばちー姉ちゃんって準備終わらせてるのだろうかと不意に思ったので部屋の中を見渡してみるとカバンらしいものが見当たらない。まさか忘れてる? それとも明日の朝に準備するつもりなのかな? 仕方がないなぁ……忙しいだろうからある程度の物は準備しておこうっと。まず第一に必要なのが着替えだからちー姉ちゃんの棚から下着と寝間着を取り出して別のカバンにいれる。あれ? 水着ある……これも必要だね。あとはワイシャツと化粧品……と言ってもあんまり使ってないみたいだけど。使う時は大抵目の下のクマを隠すときぐらいだしね。そんなことをしているとちー姉ちゃんが帰ってきたのでおかえり~と言ったら何をしていると返された。え? 見て分からないかな? 明日の準備だけど? 何故呆れられた!?
「全くお前も一夏も……自分の事ぐらい自分でする、変に気を遣うな」
「でも準備まだだよね?」
「……明日の朝にする予定だったんだ。何か文句でもあるか?」
「ハイナイデス」
これ以上やるとアイアンクローされかねないので必要そうなものはカバンに入れたよと言ってちー姉ちゃんに手渡した。中身を見たちー姉ちゃんは一瞬だけ固まり、僕に出席簿アタック……何故だ!? まさか下着見られたから? そんなわけないでしょ。だってそれだったら普段目の前で服脱がないしさ。
そしてやってきました臨海学校当日! 朝早くにバスに乗って目的地である旅館を目指して出発! 一種の旅行だからかクラスの皆のテンションも高かった……ちなみにイチ兄の隣はシャルロットさん、僕の隣は箒姉となっております。なんでも僕達の知らない所で女性陣、と言ってもクラス全員だけどね。僕たちの隣の席を獲得するためのじゃんけん大会が開催されてたみたい。そこで多くの強豪を薙ぎ倒したのがこの2人……他の子達から聞いた話だけど始まる前から何かが戦っていたみたい。きっと背後で武士とか般若とかお嬢様とか軍人とかが戦ってたんだろうね。言っている意味が分からないけど。
「箒姉? なんでイチ兄の隣じゃないのさ?」
「し、仕方ないだろう……シャルロットにじゃんけんで負けてしまったのだから……! くぅ、あそこでチョキを出していれば……! だ、だがお前の隣を死守できただけでも良しとしよう。ところで凪? 何故腰の辺りにクッションを置いている?」
「昨日物を持ったら腰痛めちゃってさぁ~年だね、もう隠居したいよ」
「私と同い年だろうに……全く、辛かったらいつでも寄りかかってもいいからな?」
「はーい」
「……何故、なぜわたくしは負けてしまったのでしょう……! 勝っていれば今頃……!」
「ISでの戦闘ならば負けるはずがなかった……やはり義姉上こそ最大の敵……!」
後ろの席から怨念に近い負のオーラを感じるけど僕は知らない、何も聞こえていない、何も感じてない。ちなみに腰辺りにクッションを置いているのは阿頼耶識のせいで椅子に座りにくいからね。ISスーツを着てるけど座りにくいものはしょうがない……チラッとイチ兄達の席を見ると幸せそうな表情をしているシャルロットさんといつも通りのイチ兄が見えた。なんだろうあの落差は……もう本当に鈍感なんだから。
走り続けるバスがトンネルを抜けると光に反射している海が見え始める。天気も良いし泳ぐのには最高のシチュエーションだね。そしてそこから数十分後、ようやく目的地に到着……長かったぁ、さてちー姉ちゃんから早く降りる様にと指示が来たから言う通りにしましょうそうしましょう。
「此処が今日から3日間お世話になる花月荘だ、従業員の方の仕事を増やさないように注意しろ。特に男子2人」
「俺かよ……」
「あはは……」
確かに僕絡みで迷惑はかけてるよね。出迎えてくれた女将さんは大人という雰囲気を出している若い印象を持つ女性だった。皆でよろしくお願いしますと挨拶するとようこそいらっしゃいましたと笑顔で接客……大人だね。ちゃんとした大人だよ……きっと部屋とか散らかっていないし洗濯物とかもちゃんとしてるんだろうね!
「こちらが噂の……本当にお二人なんですね」
「えぇ。一人は公表されていませんので女将さんや従業員の方にご迷惑をおかけしています。ほらお前たち、挨拶をしろ」
「織斑一夏です。よろしくお願いします」
「篠ノ之凪です。今回は僕のせいで色々とご迷惑をおかけしています……」
「ご丁寧にどうも。清州景子です。大変だろうけれどゆっくりしていってね」
大人!! ちゃんとした大人だよ!! 箒姉も目指す姿はこの姿なんだよ!! 旅館だから和服姿、良いね!!
女将さんの説明では海で泳ぐ人は別館で着替えてから迎えるらしいけど僕は泳がないから関係ないね。荷物を持って旅館の中に入ると伝統的な雰囲気を感じる造りなっててちょっとだけテンションが上がる……確か僕はちー姉ちゃんと一緒の部屋だから部屋割には書いてないんだよね~だから気になって聞いてきた子達にもそう説明するしかないわけで……いやだからって鬼の部屋とか言っちゃだめだよ? 叩かれるよ?
「千冬姉と凪と一緒の部屋か~まぁ、そりゃそうだよな」
「女の子達と一緒の部屋にするわけないもんねぇ。イチ兄は海で泳ぐの?」
「おう。凪も泳ぐだろ?」
「僕は良いかなぁ。海にはいくけど砂浜でお城作るよ」
「もったいないぜ? せっかく海に来たんだから泳がなかったら損だぞ?」
「忘れたの? 僕は泳ぎあんまり得意じゃないの。イチ兄や箒姉のように遠泳して溺れかけてから海は苦手なんだよ」
「あれそうだったか……? だったら仕方がないな。それじゃ先に行ってるから後でちゃんと来いよ」
ちー姉ちゃんに連れられて教員室と書かれた部屋の中に荷物を置く。泳ぐ気満々のイチ兄は水着とタオルを手に部屋から出て行った……ふぅ、昔の事だからあんまり覚えてないかなって思って嘘ついてみたけど効果抜群だね。ホントは泳ぎは得意だけど裸になれないから……だから下はジャージ、上はISスーツの黒インナーに着替えて向かおう。
「凪、分かっているとは思うがお前は大浴場は使うな。この部屋のシャワーで我慢しろ」
「うん。そういえばちー姉ちゃんも泳ぐんでしょ? 水着買ってたみたいだしさ」
「どこかの愚弟が選んだものだがな……はしゃぐのも良いがあまり目立つなよ」
はーいと返事をして着替える。そしてイチ兄を追うとなにやら箒姉と一緒にある一か所を眺めていた……なにしてるの? 近づいてみると普通ならあり得ない光景がそこにはあった。なんとうさみみが地面から生えているじゃないか、しかも『やさしく引っ張ってね♡』という文字付……たばねぇです本当にありがとうございました。
「あっ凪……これってもしかして……」
「たばねぇでしょ」
「姉さん以外にありえないだろう……このような馬鹿な事をする者は」
「そうだよなぁ。でもこれ引っ張ったら爆発とかしないよな……?」
「だったら呼んでみようよ? 何が良いかなぁ~よし、あー、あー。たばねぇ、大好き愛してる~姿見たいなぁ~ハグハグしたい――痛いよ箒姉?」
「何を馬鹿な事を言っている。そのようなことでくるわ、くるわけ……凪、逃げるぞ」
「へ? ちょ!? い、いちにぃぃぃ!!!」
箒姉にお姫様抱っこされてその場から持ち去られるようにイチ兄から離れていく。ヤダなんて逞しい腕、カッコいいよ箒姉! これがお姫様抱っこされる女の子の気持ちなんだね……なにを馬鹿な事を言ってるんだろうか。とりあえずイチ兄、たばねぇの相手よろしくね。
◇
「箒の奴、何をそんなに急いでるんだ? しかも凪を連れて……」
凪が束さんを呼んでみようと言い出して先ほどのセリフを言った途端、箒が凪をお姫様抱っこしてここから離れて行った。なんていうかあれってする方とされる方逆じゃないか? 確かに凪は箒の双子だからなのか分からないがカッコいいというより可愛いという部類に入ると思うがそれでも男だろうに。
念のため地面に生えているうさみみを引き抜いてみるとそこには束さんはいなかった。むしろ居たらそれはそれで恐怖ものだけどな。でも束さんならやりかねない……ってなんだか変な音してないか? 何かがこっちに向かって――はい?
「なっくぅぅん!! お姉ちゃん参上したよ! さぁ早くハグハグしようちゅーしよう結婚しよう!! あれいっくん? いっくんだけ? なっくんは? まさか箒ちゃんめぇ! 連れ去ったなぁ!! むき~!」
俺の目の前ににんじんの形をしたロケット……でいいんだよな? そんなものが落ちてきて中から一人の女性が出てきた。服装は不思議の国のアリスのように青と白のワンピース、頭にはうさみみ、自称1日を35時間生きる女にしてISの生みの親。そして箒と凪の実の姉――篠ノ之束さんだった。どうやら先ほどの凪の発言をどこからか聞いて飛んできたらしいけどなんでにんじんなんだ? そしてなんで悔しそうなんだ?
「まっいっか。箒ちゃんだし。やぁいっくん? おひさしぶりぶり~だね。元気だった?」
「えぇまぁ……束さんは相変わらずですね」
「当たり前だよ! この天才な束さんだよぉ? 元気じゃなかったら今頃ISは機能停止してるさ。ねぇねぇ~箒ちゃんとなっくんはどこかな? さっきなっくんからの愛のメッセージが聞こえてきたんだけど?」
「それなら箒が凪を連れてあっちに行っちゃいましたけど?」
「ほうほう。まっ箒ちゃんレーダーオンすれば場所分かるし良いけどね。むむ! この気配、ちーちゃんがお着換え中かな!? じゃいっくん! 束さんはちょっと行く所ができたからまたね~――いま行くよちぃぃちゃぁぁぁん!」
束さんはISを起動しているのかわからないけどとてつもないスピードで俺たちが来た道を進んでいった。千冬姉……そっちに束さんが行ったから気を付けてくれ。
「――これ、どうすんだろ?」
嵐のような人がいなくなり静まり返ったこの場所で俺は残されたにんじんロケットを眺めながらそう思う事しかできなかった。
寡黙な少女の携帯の待ち受けがとある男性の上半身裸画像に変わったようです。