「たばねぇ……イチ兄の容体は?」
作戦開始時に飛び立った砂浜に戻るとたばねぇとクロエさんが待っていた。セシリアさん達は旅館の中で軽い手当てを受けているみたいでこの場にはいない。よかった……だって今の僕の身体は真っ赤……いやもう乾いて赤黒くなってるし。乱入してきた亡国機業の阿頼耶識使い……正確には生体兵器と言っていいのかな? その人達をこの手で殺した事により返り血を浴びちゃった。はぁ、でも不思議なんだ……嫌悪感も罪悪感も何もない。人を、生きている人間をこの手で殺したにもかかわらず僕の手は、心は、体は震えてすらいない……そもそもどうでもいいとさえ考えているぐらいだ。これっておかしいよね……でも、殺した事実は変えられない。僕はもう止まれない……いや止まる気すらない。
「現在治療中だよ。ISの絶対防御を貫いた熱波のせいで火傷が酷いね……いっくん達を襲ったISだけどイギリス製第三世代型『サイレント・ゼフィルス』だよ。BT兵器搭載機2号機で性能はなっくんの近くにいるイギリス娘のISの完全上位互換。ビットから放たれるビームも偏向射撃で死角無し、操縦者も阿頼耶識持ちっぽいからまっ、言いたくないけどこの結果は妥当だね」
「たばねぇはあれが来ることは知ってたの?」
「流石に予想外かなぁ。そもそも阿頼耶識埋め込んで生きてる時点ですげぇと思うよ? なっくんが相手をした生体ビットは生命維持装置込だったけど今回のは本当に生きてる。何本撃たれたのかなぁ~? 1本? 2本? もしかして3本とか? 背格好からして完全に女、人生捨ててるねこいつ」
クロエさんからバスタオルを貰い身体を拭きながら空中に映し出されたディスプレイを見る。銀の福音に挑んでいるイチ兄と箒姉を殺すように遠距離からビームの狙撃。接近してきたのは蝶を連想させるようなちょっと濃いめの青色の機体……2人は突然の乱入者に戸惑っているけどそいつはニヤリと口元を歪ませてビットを展開、幾度も曲がるビームにて攻撃を開始している。箒姉は紅椿の性能なのか箒姉自身の操縦技術が凄いのか分からないけどソードビットで防ぎながら回避しているのに対してイチ兄は躱そうと思っても曲がるので被弾しっぱなし。それだけでも最悪なのに銀の福音も攻撃を開始。イチ兄と箒姉が防戦一方になるけどようやくセシリアさん達が到着、援護に入ろうとしたけどビットと狙撃の同時攻撃で動きを止められてしまっている。凄い……殆どセシリアさん達を見ていないのにこの精度か……! ビームの雨の中、箒姉が接近に成功して日本刀で斬りかかるといつも僕がやるような最小限の動きと反撃を同時に行った。そして首にライフルの銃口を当ててビーム発射……間違いない。阿頼耶識だね。何年も同じような動きをしているから分かる……阿頼耶識の感覚なら見ないで狙撃とかも可能だろう。いやそもそもこの人の操縦技術が高すぎるのも問題か。
喉を撃たれて怯んでいる箒姉を殺そうと空いている手に持ち手が長い斧を呼び出して殴ろうとした所でイチ兄が庇った。的確に首、頸動脈を叩くなんて凄いな……吹っ飛んだイチ兄の頭を握って銀の福音まで放り投げて最後は射撃の雨を全身に浴びて終わり……むしろこれでよく生きてたねと言いたいよ。普通なら死んでもおかしくないしさ……でも変だね? イチ兄が撃墜されたら帰っちゃったよ。まるで最初からイチ兄を殺す気でやってきたみたいだ。
「……箒姉は?」
「いっくんの傍で看病中~もうわんわん泣いてやっと収まった所だよ。それでなっくんはこれからどうする? いっくんを撃墜したこのISを追う? それとも銀の福音?」
「銀の福音を追うよ。今の僕じゃ勝ち目がないし……空中戦だと猶更ね。世代差に操縦技術も上、さらに阿頼耶識持ち……中途半端な僕じゃ向かっても殺されるだけ。だったら今は任務を優先して強くなってから殺しに行った方が良くない?」
「凪様……」
「分かってる……もう止まれないんだ。動物でもなくISでもない、人間を殺したんだ。止まれない……これから先何があっても僕は止まらず進み続ける。イチ兄と箒姉に危害を加えるもの全てを殺す。耶識もそれを望んでる……ごめんねたばねぇ、僕おかしくなっちゃった」
「――違うよ。なっくんはお姉ちゃんの弟だもん。気づかなかっただけで最初からなっくんは私と同じ場に立っていたんだよ。勿論箒ちゃんもね……大丈夫! 全世界がなっくんの敵になってもお姉ちゃんは、お姉ちゃんだけはなっくんの味方だよ」
「凪様。私も同じです。貴方の苦しみも辛さも痛みも悲しみも全て一緒に背負います……凪様がわたしを認めてくれたように私も凪様を認めます」
2人からぎゅぅ~と抱きしめられた。うん、片方は柔らかい、もう片方は固い。いったい何の差だろうねぇ……はい真面目な話ですね。ありがとうたばねぇ、クロエさん。でも心配しないでよ! 僕は僕だ! 普段はバカでも殺る時は殺る、それに変わっただけだもんね! でもありがとう……ちょっとだけ嬉しかったよ。
決意を新たに僕は2人から離れて旅館の中へ。目指す場所はイチ兄と箒姉がいる部屋だ……足取りが重い、僕が箒姉に近づいていいのかと頭の中で囁いてくる。人殺し、悪魔、冷徹な獣、幾多の想像で聞こえる声が鳴り響く……自分で決めた道だ。後悔なんてしないしいつものように振る舞うだけさ。
「――箒姉」
部屋の扉を開けるとベッドの前でじっとイチ兄を見ている箒姉だった。いつものポニーテール姿ではなくリボンを外して寝る時のように髪を下ろしている……なんだか今の気持ちを表しているようだね。僕の声すら聞こえないほど落ち込んでいる……いや悔やんでいると言っていいのかな……護ると言ったのに護れなかった、自分が弱いからイチ兄が怪我をした……そんな事を思ってるんだろう。
「箒姉」
「っ!? な、凪、か……お前は、大丈夫だったようだな……」
「うん。大した相手じゃなかったしね……イチ兄は?」
「ま、だ意識が目覚めない……私の、せいなんだ……私がもっと専用機に……紅椿に慣れていれば……一夏をこんな目には……! 私は心のどこかでは浮かれていたんだ……お前を倒せた事に自信、いや慢心したんだ……こんな事では一夏の傍にいる資格もない……わたしはぁ……!」
「……箒姉」
「なんだ凪っ!?」
近づいて箒姉が振り向いたのと同時に首元を掴んで強引に立たせる。自信? 慢心? 浮かれた? 傍にいる資格もない? 何言ってんの……久々に頭きた。
「それ誰かに言われたの?」
「……い、いや……でも私が思った事は誰だってそうに違い――」
「誰も言ってないでしょ。自信を持って何が悪いの? 専用機を貰って浮かれて何が悪いの? 箒姉は何か悪い事したの? 違うでしょ。イチ兄と一緒に戦って事件を解決しようとしただけだ。それのどこが悪いのか言ってみなよ。この事件は箒姉が起こしたわけじゃない、悪いのは全て亡国機業だ。それにさ……誰が傍にいる資格が無いって言った? 誰が決めたのそれ? 自分でしょ。勝手に決めて勝手に思って勝手に納得して……傍にいる資格とか決めるのはイチ兄だろ。箒姉じゃない……僕でもない、セシリアさんでも鈴さんでもシャルロットさんでもラウラさんでもない。イチ兄だ。ねぇ? このまま落ち込んでるつもり? このまま逃げるの? ねぇ箒姉――」
「――さい」
「なに? 声が小さくて聞こえないんだけど」
「五月蠅い!! 私は、私は! 凪のように強くはない!!」
静かな部屋に姉の声が響く。でも誰も止めないし僕も止める気はない――だって全部吐き出しちゃえば楽になるでしょ。
「いつもそうだ! 私が前にいるんじゃなくお前がいつも私の前に立っている! そして後ろにいる私を笑顔で引っ張って……姉失格じゃないか! 人付き合いも寛容さもISの操縦も全部お前の方が上なんだ! だけど私はお前を認めたくなくて弟だと何度も言い聞かせて優位に立とうとしている卑怯者なんだ! 本当は思っているんだろう!? 嫌な奴だと! 面倒で可愛げのない女だと!! でもお前は何も言わない! いつもの声で! いつもの表情で! 箒姉と私を呼ぶ……今だってそうだ! 落ち込む事しか出来ない私をお前は立ち直らせようと怒って……なんでだ! なんでお前はそこまで……そこまで私を前に出そうとする! 私は……本当の私はお前の後ろにいる存在なのに……凪! 何故だ!!」
「大好きな姉だからに決まってるじゃん」
「な、なぁっ……!」
「弟として箒姉が好きだから。落ち込んでる姿も苦しんでいる姿も見たくないから僕が支えようと思って何が悪いの? 僕は自他ともに認めるほど中途半端でバカだ。でも箒姉は違う……真っ直ぐに輝いているんだ。僕がその辺で転がっている石なら箒姉は美しい宝石だ。僕が箒姉の前に立っている? 違うよ全然違う……僕が追い越しても箒姉はすぐに僕の前に立ってるんだ。僕が何もしなくてもね。何度追い越してもそれは変わらない……自信持ちなよ。箒姉は弱くない……強いんだ。僕よりもかなり強い。心も身体も勝ち目ないくらいに強いくせに自分は弱いと言い聞かせて引きこもる気なの? 戦いなよ。何も一人でやれなんて言わない、僕がいる、皆がいる。汚れた僕の手でも箒姉を後ろから押す事はできるはずだからさ……言っておくけど箒姉が大嫌い、死んじゃえ、シスコンキモイって言うまで落ち込んだとしても何度でも立ち直らせる。立ち止まったんなら背中から押して歩かせる。それが弟の役目なんだ」
「凪……」
「戦おうよ箒姉。イチ兄が好きだって気持ちはこんなに簡単に諦められるほど小さいの? 違うでしょ。どうなの箒姉」
「――りまえだ……当たり前だ!! 一夏を、好きだという気持ちだけは誰にも負けてなんかいない!! 小さくもない! 大きいぞ!」
「だったら次は何をする?」
「決まっている――銀の福音を止める。それがいま私にできる事だ……そうだな?」
「当たり。やっぱり強いじゃん、何が僕の方が上だよ? ばーか、だからポンコツって言われるんだよ? あっちなみに本気で大嫌い死んじゃえシスコンキモイって言われたら僕泣くし引きこもる上、たばねぇと結婚エンド迎えるつもりだから覚悟してね」
「言うわけないだろう! お前は私の弟なんだ。大好きな弟なんだからな……ありがとう、凪」
はい終わりっと。ふぅ……荒療治だったけど流石僕のお姉ちゃん、単純すぎて心配になるね。でも言いたいこと言ってスッキリしたでしょ? それで良いんだって。僕は箒姉にさっきのワード以外なら何言われても良いんだしはいはいそうですかーと聞き流す自身もある。だから本気で言うのやめてね? 本当にたばねぇに泣きながら結婚してくださいと言いかねないから。シスコンを甘く見てはいけない。
2人で部屋から出て砂浜に向かうとセシリアさん達が待っていた。勿論たばねぇ達も……どうやらISの整備をしているみたい。
「やっと来たわね。遅いのよ」
「ごめんね。箒姉がわんわん泣くから立ち直らせるのに苦労しちゃってさぁ」
「な、泣いてなんていないぞ!? そ、それよりもだ……銀の福音の居場所は分かるのか……?」
「箒ちゃんそんなの分かるに決まってるじゃん♪ この天才なお姉ちゃんがいるんだよ? 衛星をハッキングして移動速度から位置を逆算、既に見つけちゃってるよ! どうどう誉めて褒めてぇ?」
「ウザいですよ姉さん」
「ウザいって言われたぁ~!? お姉ちゃん頑張ったのにぃ!」
だってたばねぇだもん。どうやら銀の福音、長いから福音って呼ぼう。そいつは此処から約30キロ離れた場所で受けたダメージを回復しているかのように海上で待機しているらしい。なんというかここまで罠だと分かりやすい物もないね……セシリアさん達の専用機のダメージは既に回復済み、整備も万全。あとは向かうだけか……ハイ分かっていました。運ぶんですよね? 全員を……絶対に重い。僕は運び屋か何かなの? いや良いけどさ。
というわけで右腕に鈴さん、左手にラウラさん、背中にはセシリアさんとシャルロットさん、そしてなんと箒姉は僕の前――つまり恋人同士が良くやるような体勢、つまり抱き着いております。胸当たってる、柔らかい、あと顔近い。シスコンじゃなかったら危なかったとだけ言っておきたい。だってわがままボディの箒姉が抱き着いてるんだよ? 普通の男だったらまず反応するね、そして照れるね。流石僕だ、なんともない。伊達に弟をしてはいないんだよあははははは。ヤバいなぁ……滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。この人が姉でよかったよ本当に。もっとも惚れても叶わない恋ですけどねぇ。
「な、凪……お、重くはないか……?」
「重いに決まってるじゃん。バカなの?」
「ば、バカとは何だ! そもそも女子に重いは禁句だ! 私以外には絶対に言うなよ!」
「当たり前だよ。そもそも箒姉って胸デカいから重い以外に何があるの? あっ先に言っておくけど10年後にはたばねぇクラス確定だから諦めなよ」
「……否定、できないのが悔しいぞ……!」
「ねぇアンタたち、喧嘩売ってんの?」
「まぁまぁ落ち着いて……凪も箒が相手でも重いはダメだよ?」
「大丈夫だよ――8割ほど本音、2割ほど冗談だから」
「それは殆ど本音というんですわ……これから戦いを挑むというのにこのような空気でいいのでしょうか……」
緊張せずに戦えるんだからいいと思うけどねぇ。さて目的地到着っと……位置的には約5キロ、ここから狙撃して先手を打つのが作戦の始まり。それを行うのは砲戦パッケージを装備したラウラさん、大砲……あぁレールガンだっけ? それを両肩に装備して砲撃能力を高める一方で固定砲台化してしまって機動性が下がる弱点を持ってる。他にも鈴さんは機能増幅パッケージ、セシリアさんは高機動パッケージ、シャルロットさんは防御パッケージを装備している。ちなみにこれはたばねぇが珍しく手を加えて性能強化済みで想定されたスペックを二回りぐらい上昇させてるんだってさ。国に帰って自慢しても良いよとはたばねぇの言葉である。
「嫁、それを外すのか?」
バックパックを外したことにラウラさんは疑問に思ったらしい。うん邪魔だしね。そもそも黒燕の高機動状態は相性が悪いしこっちの方が小回りが効いて楽なんだぁ。あと的は少しでも小さい方が良いし。バックパック上面に装備された滑空砲を取り外して両手持ち、砲弾は貫通弾で……いいや、ラウラさんと一緒に狙い撃とう。無言で射線を合わせると察してくれたのか少し嬉しそうに笑った……なんか嬉しいことあったの?
「こ、これが世に聞く初めての共同作業という物か……良いものだ」
「アンタも真面目そうでどこかズレてるわよね」
「五月蠅い。作戦は覚えてるよね――やるよ」
銀の福音殺害作戦が開始する。僕とラウラさんは5キロ先でうずくまっている福音を狙い撃つ……僕達の砲弾は頭と翼に命中しこちらの存在に気が付いたらしい……やっぱり速いな、しかも弾幕が厚すぎてこっちの砲弾が届かない――なんてね。
上空へジャンプ、上から見下ろす体勢を取りながら砲弾を散弾へ変更。両手の滑空砲から鉛の雨を降らせると一気に迫るように加速していたせいで回避が間に合わず一瞬だけ足が止まる。福音の視線が僕に注目する……で? 少しは周り見なよ。意識が逸れた所にラウラさんの砲撃、そして僕よりも上空からセシリアさんの狙撃が成功し福音の足が止まる……言っておくけど憂さ晴らしさせてもらうからそのつもりでいなよ? 福音を中心に円を描くように移動しながら散弾を放つ、2つの滑空砲から放たれる鉛の雨は福音が全弾回避できる範囲を超えている。つまり当たるたびに自慢の機動が削ぎ落されるってわけだ……なに? 怒ったの? お前がイチ兄にした事はこれ以上なんだからさっさと殺されろ。
『優先順位変更。敵機Aを指揮官機と断定。排除行動開始』
2つの翼から広げ、僕に接近してくる。まるで扇風機のようにくるくると回りながらエネルギー弾を発射してきた……ちっ散弾と肩の機関銃じゃ落としきれないか。一気に力を抜いて海に落ちるようその場から下へ沈む。それは追尾機能は無い、ただ散弾のように広げて放つだけなのは知ってる……だから一気に範囲外に出れば当たる事は無い。躱された事を理解した福音は体勢を立て直す――けどその前にセシリアさんの狙撃が翼に命中、再び意識が逸れた所をラウラさんが砲撃。ばーか。この2人がキミを狙い撃っている以上、逃げ場はない。
「このまま動きを止めますわ! ラウラさん!」
「分かっている! このパンツァー・カノニーアを装備したレーゲンは一味違う! 嫁!」
2人が砲撃、狙撃を行い注意を引き付けている隙に脛に取り付けているブースターと背中の小型ブースターを吹かして瞬時加速、滑空砲を捨てて福音の真下から一気に接近。相手が気づいたときは既に僕は間合いに入っている……これがどういう意味か分かるかな?
「これで止まった! 凪!」
「うん。死ねよ福音」
接近を許した事で離脱体勢に入る福音を第三の狙撃で防ぐ。それは狙撃ライフルを持ったシャルロットさんの手によるものだ。僕、セシリアさん、ラウラさんの3人による砲撃と狙撃で注意を引き、僕が接近するまでただひたすら息を殺して待機してもらっていた……やっぱり何でもこなせるんだね。
動きが止まった所を包丁刀『病愛』を片手だけに呼び出して太ももを抉る。腕を引く勢いを利用してさらに奥まで進んで空いた手で翼を掴み杭を打ち込む。これで片方の翼はほぼ使用不能――さぁ出番だよ。箒姉! 鈴さん!
「待たせたな!!」
「凪! それ絶対に離すんじゃないわよ!!!」
海の中から
「鈴!」
「分かってるわよ! 一気に決めちゃいなさい!」
鈴さんが箒姉の背中から降りる。そして軽くなった体で一気に僕と福音に接近してきた。両手には刀、気合十分な箒姉に恐れたのか逃げようとする福音を僕は意地で押さえつける……世代差はあってもこっちは二次移行してるんだ……あと男が女に力負けしてたらカッコつかないんだよ! 箒姉の攻撃を防ぐために福音を強引に前に出して盾にする。上段下段袈裟斬り突き……僕でも躱せないような剣技を箒姉は行っている。よしこれで翼は意味をなさなくなった……これで!!
勝てる、そう思った瞬間に福音が叫びだした。耳障りな音、声、悲鳴、それと呼応するように失った翼を取り戻すように福音の背中から生える――エネルギーの翼が。
「ちぃ!」
ヤバい予感がしたので杭を引き抜き、右腕のバンカーを切り離す。そして手の甲から20cmほどの少し湾曲のナイフの刃を展開し手首を回して福音の心臓を抉りその勢いで離脱――危ないなぁ。間に合わなかったら散弾受ける所だったよ。
「凪! 無事!」
「なんとか……自分でしたとはいえ大型ブースターは海の……運よく小島に落ちてたか。でも取りに行く時間ないね……! 第二形態移行とか洒落にならない」
「あぁ……皆注意しろ!」
箒姉の言葉で全員が福音を警戒する。人の体に歪な翼、警戒するなという方が無理な話だね……っ! たった一瞬、瞬きして意識が逸れた所を福音は見逃さなかったようで眼前まで接近された。だけど僕の頭は恐怖よりも無だった。何も感じないし何も聞こえない、捕まえようと迫る腕と歪な翼から生まれようとしている
《単一仕様能力『人機融合』発動》
腕が僕を捕まえるよりも早く僕の腕が福音の腕を掴む。殆ど時間差もなく次の行動、顔面に肘打ちを喰らわせて両肩の機関銃で歪な翼を射撃し腕を掴んでいる手を離して福音の首を掴み杭を打ち込む。一瞬の怯みを利用して蹴り飛ばして距離を取る。
殺してやる、消えろよ、最後の抵抗なんてしないでよめんどくさい。あぁ……これだ、これなんだ……重い枷も何もない純粋な僕の姿がこれだ……あはははは。楽しいな――っ、ぁ、なん……でぇ!?
《エネルギー残量危険域。『人機融合』解除》
一瞬だけ膨大な情報量が流れてきたから頭痛いけど……早すぎない?! なん、で……シールドエネルギーが危険域……まさかこれってエネルギー残量で時間が決まるのか!? 嘘でしょこんな時、に――
目の前に広がるのは白だった。それがエネルギーの雨だという事を理解したのはそれを浴びた後の事だった……人間は雨を避けることはできない。腕に、足に、体に、頭にと雨を撃ち込まれて重力に引かれて落ちていく……
「凪!? くっ、貴様ぁぁぁぁ!!」
落ちる身体をシャルロットさんが拾ってくれた……視界に広がるディスプレイから殆どの武装とスラスターの一部が無意味になっているという事を教えてくれる。無事なのは足裏と背中のみか……ヤバい、次の攻撃を受けたら殺される……!
怒りに燃えた箒姉が刀を握って福音に接近する。セシリアさんもラウラさんも鈴さんもそれを援護するけど機動性が違いすぎるため一瞬で落とされる……軍用、二次移行、あぁそっか。これほどの差が出るんだね……僕を狙う雨はシャルロットさんが防いでくれているけど何時まで持つか分からない……それほどこの雨は強力なんだ。
「……僕を捨てて、早く!」
「出来ないよ! 大怪我するかもしれないのに!」
話をした僅かな隙、それを狙って福音は接近し腕を伸ばした。捕まれば至近距離からの雨……耐えきれるわけがない。なんだ……あっけない最後だね。でも良いや……抗うのはめんどくさい。静かに瞳を閉じる――しかし待てども雨の熱さを感じない。あれ……なんで? どうしたの――あぁ、そう言う事なんだ。カッコ良すぎるよホントにさ。
「2人には、仲間には指一本触れさせない!!」
姿が大きく変わった白式、そしてそれに乗るのはイチ兄。何事もなくヒーローのように現れた事に驚くよりもやっぱりね、と思ってしまった。僕とは違う輝ける場所、そこに立てるのはイチ兄だけなんだと察してしまった……悔しいなぁ。
福音の腕を掴んでいるイチ兄の左手から波動のようなものが放たれ掴んでいる腕の装甲を吹き飛ばす。まさか射撃……二次移行で現れた新装備かな……? 流石の事態に福音も焦ったのかイチ兄を蹴り飛ばして距離を取り始めた……そりゃそうだよ。僕も怖いし。
「凪! シャル! 無事か!?」
「僕は何とか……でも凪が!?」
「気にしないで……ちゃんと生きてるからさ。でもエネルギー切れ、役に立ちそうにない」
「――お前はまだ戦える」
箒姉が僕とイチ兄に触れると暖かい光が僕達を包む。それはまるで太陽のように、母親の抱擁のように、とにかく落ち着くような光と暖かさ……うん? エネルギーが回復してる……えっ? なにこれ?
「エネルギーが……箒すげぇな」
「紅椿の単一仕様能力『絢爛舞踏』だ。凪が落とされそうになり怒りにとらわれた私だが……一夏、一夏のおかげで落ち着くことができた……そして紅椿が教えてくれたんだ……この力を……よく、無事だった、な……本当に……!」
「当たり前だろ? 箒と凪の誕生日にぶっ倒れてられるかって。怪我も治って全力全開、一気にやれそうだ! やれるんだろ?」
「当然……姉の前でカッコいい所を見せないと弟として失格だからね。シャルロットさんはセシリアさん達をお願い」
「……うん。頑張ってね3人共」
シャルロットさんから離れて僕達は福音と向かい合う。エネルギーは最大、でも体はボロボロ……関係ない。そうだよね耶識? うん、分かっているよ……悔しいんだよね、痛かったんだよね、仕返しがしたいんだよね。だったらやろう。思いっきりあいつに仕返しをするんだ……僕は耶識、耶識は僕。今こそ一つに、今こそ一つに!!
人機融合発動。身体が生まれ変わる。作り替えられる。新しい僕に、いや本来あるべき僕へと生まれなおす。行くよイチ兄、箒姉。ちゃんと仕返しして帰ろう。僕達が一気に散開すると福音はダメージが一番多い僕を狙い追尾してきた……へぇ、そうなんだ。殺されに来るなんてどМなの? 良いよ反応しなくても――どうせ当たらない。
「ワタシの凪に怪我を負わせた奴はコロスゥ!!」
病愛を手に迫りくる雨を潜り抜け突破、ダメージ無し、接近完了。白式が砕いた腕を掴んで病愛で抉る、刃を食い込ませて斬り落とすつもりでダメージを与えていると背中の翼が開く――けど紅椿が福音の背後から斬撃を飛ばして動作キャンセル、まるで打ち合わせしたように白式が接近し翼を斬り落とす。
「まず一つ!! 凪ぃ!」
「うっさい」
右手の甲からナイフの刃を展開、手首を回転させて心臓に突き刺した。両足の指で太ももを掴み体を固定、左手は福音の腕を掴み逃げられない様にしながら静かに貫くことだけ考えて腕に力を入れる……背中が開きそうになったので右腕を引いて顎下からアッパー、距離を取る。当たると痛いんだから撃ってくるなよ……さっさと死ねよ、生きてるだけ無駄なんだし暴走状態なんだろ? だったら死んでも誰も文句は言わないからいい加減死ね、死んでくれない? ほら死ねよ!
「凪! その者の声に惑わされるな! 自分を持て!!」
「何言ってんのお前」
片方の翼を失った事で福音の機動性は落ちた。放たれる雨も範囲が狭くなり回避が楽だ……最初からこのぐらい楽なら良かったのに。そう思わない? 知らないって? だから何言ってるんだよお前は? 僕以外の誰の声がするっていうの? いい加減なこと言ってると殺すよ? ナギハワタシダケノモノ。あぁウザい……雨バラまくなよ、先に仕留めてやる。
紅椿のビットに翻弄され福音の動きが止まる。それを狙って一気に接近し病愛の刃を翼に食い込ませた……切れないな……いいや、付け根から引き千切ろう。空いた腕を翼の付け根に伸ばして掴む。普通では無理、だけど勢いが付けばいけそう……杭だな。はいドーン。背中に杭を打ち込んだ衝撃を利用して一気に腕を引くとビリビリ、なんだろう……とりあえずエグイ音がしながら翼が抜けた。あぁそうそう――これで終わりじゃないからね。
「この距離なら当たるよね」
海に落ちかけた福音を足の指で固定しハンマーを呼ぶ。頭部に一発叩き込むと白式の方へ飛んで行った……いいや、やってよ早く。それ殺せば終わるからさ。
「――殺さねぇって」
左手で福音を掴んで波動を叩き込むと暴れていたのが嘘のように静かになった……でも死んでないよね? じゃぁ殺そう。
「ダメだ!! 正気に戻れ凪!! 戻ってくれ!!」
「離せよ赤の他人が……ワタシの凪にふれ、触れる……い、いやぁ……一つでいたい! いたいの、にぃ……!」
何でか知らないけど僕は後ろから箒姉に抱きしめられていた……いや押さえつけられてた? 頭痛い……そういえば福音は、あぁ……大丈夫そうだね。セシリアさん達もどうやら怪我はしてるみたいだけど大丈夫そう……よかった、本当に良かったよ……頭痛い。
「私の凪……一つでいたいだと……誰なんだ、誰が……」
「……箒姉?」
「――なんでもない。全く、それは使うなと言ったではないか? 帰ったら説教だからな」
「えぇ~……まぁ良いけど。イチ兄、助けてくれてありがとう」
「良いって。ギリギリ間に合ってよかったよ。この人の手当てもしないといけないしもうすぐ朝になりそうだ……帰ろうぜ?」
長かった作戦がこれで終わる。
箒姉に抱えられながら旅館に戻る途中で僕の脳裏には検査服の女の子が浮かび上がっていた。どうしたの耶識……泣いてるの? えっ? 何もくれなかったね? 何をあげればいいのか分からないけどごめんね……でいいのかな? 謝らないでよ。大丈夫……怒ってもいないから。大好きだから当然だよ……うん、少し休んでなよ。疲れたでしょ? うんお休み。
脳裏に浮かんだ女の子は眠りについた。はぁこれで終わりか……長かったけど心残りが一個だけあるんだよね。うんこれは大事な事なんだけど――殺し損ねたなぁ。
BADEND① 篠ノ之束との未来
分岐条件は篠ノ之箒に心の底から嫌われること。
天才の兎の邪な夢は妹である箒によって決まります。