「ちー姉ちゃんもあんなに怒らなくたっていいのにさぁ……足痛いよ」
「仕方ないだろ……勝手に出て行った俺たちが悪いんだし。それよりも凪? 本当に治療受けなくていいのか? 目が赤いし鼻血出てたから受けた方が良いぞ」
「たかが充血と鼻血でしょ? それぐらい普通だよ」
なんだか納得しない様子のイチ兄と一緒に廊下を歩く。銀の福音を殺し損ねたとはいえ一応機能停止させるという作戦は成功させたんだけど帰って来たら仁王立ちのちー姉ちゃんの姿があった。もう死を覚悟したね。だって背後から凛々しい女剣士が僕達を見つめていたんだよ? 硬直していた皆よりも早く正座したね。そこからは約30分ぐらいの説教をされ帰ったら反省文と懲罰用のトレーニングが待ってるらしい……頑張ったのになぁ。ちなみにたばねぇは共犯の罪でアイアンクローを喰らって地面に埋められてました。すぐ生き返ったけどね。
大天使山田先生の説得により正座状態での説教は終わり休憩後に男女別で診断を受ける事になったけど丁重にお断りしました。だって全部脱いじゃったら阿頼耶識バレちゃうし……ただ皆から受けろと言われたけどね。なんせ単一仕様能力を使ったせいで両目がまた酷い充血と鼻血状態だったからね。確かに受けた方が良いんだろう――だけど断る。
「それよりもびっくりしたよ。白式が二次移行したなんてさ」
「あぁそれか? 起きたらなんか変化してたんだよ。なんか夢の中で力がどうのこうのって誰かに言われたのは覚えてるんだけどそれ以外は覚えてねぇんだよ。ただ皆が危ないってのはなんとなく分かってた。なんでかは知らん」
多分ISコアに宿る意志と出会ったんだろうね。僕も夢の中で会ってるような違うようなって曖昧だしそんなもんなんだろう。特に何かをするわけでもないので部屋まで一緒に戻るとイチ兄が何かを思い出したような表情をして自分のカバンの中を漁り始めた。なに? どうしたのさイチ兄――へっ?
「今日、凪の誕生日だろ? だからプレゼント。あっぶねぇ……忘れる所だった」
屈託のない笑顔で渡されたのは一つの包み紙。ちゃんとプレゼント用に梱包されてるね……いきなりの事で戸惑いながら袋を開けると中に入っていたのはベルトだった……お、おぉ、なんというかちょっとだけ高級感があるね……!
「あ、ありがとう……? なんていうかまさかイチ兄から貰う事になるなんて思わなかったから変な感じだね」
「そうか? 普通友達の誕生日なんだからプレゼントくらいやるだろ? それに凪と箒にはかなり世話になったからな。使ってくれるとちょっとありがたい」
「ちゃんと使うよ。ちょうどベルト変えようかなって思ってたところだし――ありがとうイチ兄」
「おう」
こういう所がカッコいいんだよねぇ。僕だったら誕生日おめでとうって言って終わると思う……我ながらドライな感じだけど誰だってそうじゃないかな? 箒姉は僕と同じ誕生日だけど昔にプレゼントはいらん、その日は私の傍にいろ的な事を言われて以来あげてないしたばねぇは……あれ? 誕生日いつだっけ? あれぇ……いっか。覚えてなくてもその日になったら今日誕生日なんだよぉ! って言ってくるだろうし。
ちなみにだけどちゃんと箒姉のプレゼントも用意してる様子……イチ兄、弟からの助言だけど旅館の中で渡しちゃダメだよ? 夜ご飯を食べ終わって外に誘ってから渡すんだ。しかも誘うのは皆がいる前でしたらダメ、ちゃんとメールで呼ばないと……えっ? なんでって? 良いんだよ細かい事は! 良いからその通りにして!! イチ兄はなんでだと言いたそうな顔をしながら箒姉にメールした……よし返信が来た! なんかオーケーらしいとイチ兄は言ってきたけど此処はチャンス! 夜、誕生日、プレゼント貰う、2人きり、キスする、付き合う。これしかない! あはははは! 今日この日こそ箒姉が勝利する日なのだ!! 鈴さん……シャルロットさん……ごめんね? 僕は箒姉の味方なんだ……今日こそ箒姉の未来に勝利を!!
「うん? なんか嬉しそうだけどどうした?」
「何でもないよ。あっそろそろご飯の時間じゃない? 早く行こう」
ウキウキしながらイチ兄の手を引いて大広間まで移動する。僕の様子に最初はどうしたんだって顔をしてたけど何時もの鈍感力によりプレゼントを貰えたことが嬉しかっただな的な事を思って納得したみたい。うん、それも嬉しかったけど違うんだ……ついに箒姉の願いが叶う。これほど弟として嬉しい事は無い……!
イチ兄の手を引いて大広間に入ってきたからなのか充血状態だからか分からないけどクラスたちの子がきゃ~となんか悲鳴を上げたけど今の僕は気にしない。織斑君と篠ノ之君が手を繋いでるとか目が赤いのはきっと織斑君の胸で泣いてたからとか色々と妄想が広がってるようだけど全然気にしない。というより僕が女の子だったらイチ兄に惚れて箒姉とドロドロの姉妹仲になるからね? それだけは避けたい。だから動揺してるんじゃないよこのポンコツ姉が。もしかしてなんだけどIS学園で出回ってる同人誌の影響受けてない? 僕は知ってるよ――タイトル名王子たちの甘美な一日、僕が受けでイチ兄が攻めの同人誌を持っていることを……隠し場所がベッドの下とか中学生かとツッコミを入れたいよ。
「篠ノ之君目が赤いけど大丈夫?」
「もしかして泣いちゃった? 別な事で泣かされた?!」
「……じ、実は……イチ兄からプレゼント貰って泣いちゃった」
「「「「きゃ~~~!!」」」」
うん、良い反応をありがとう。あれ系のネタにされてるのはちょっとだけどこういう場くらいは楽しまないと。それにさっきまで行ってた作戦の事は他の子達には言えないしねぇ。だから隠すためにもここはネタを提供しとかないとさ。なんのプレゼントを貰ったのと聞かれたのでベルトと答えると「――縛るためか!」と誰かが言った。なんて逞しい想像力なんだろうか。きっと1週間後ぐらいには僕が縛られてイチ兄に責められてる薄い本が出回るに違いない。箒姉が買ったら適当な理由を言って見てみようっと。なんだかんだで薄い本系は面白いからね。
「……真の敵は一夏さん」
「なんと言う事だ……女ならともかく男に寝取られるのは予想外だ……!」
「い、いやぁ違うと思うよ? 多分凪は面白がってるだけだろうし……箒?」
「ベルトで縛られる凪……ダメな弟を躾ける真面目な姉……こ、これだ!」
「……あれ? なんでそうなったの? 鈴! なんとかして一組に来て!」
うーむ。イチ兄からのメールでどうやら頭のネジが全部飛んでったらしい。現在妄想で僕を縛って
そんなカオスな晩御飯は終わり僕はというと旅館を抜け出して砂浜まで来ていた。なんというか皆とバカ騒ぎも好きなんだけどこうして1人になりたい時もあるからね。
「……」
その場に座り波の音を聞く。今日まで色々な事が起きたよ……両親との別れ、箒姉との同棲生活、拉致事件、阿頼耶識埋め込まれる、たばねぇに助けられる、ISを動かす、イチ兄と箒姉と再会する、セシリアさん達との出会い、人殺し。思い返せば結構短い気がしないでもないが濃すぎる内容だ。これだけで本の一冊ぐらいは書けそうだね……売れる気がしないけども。イチ兄も僕とほぼ同時に旅館を出たからきっと今頃箒姉と2人きりの状況になってる事だろう……僕は汚れても良いし地獄に墜ちても良い。だけど箒姉だけは、大好きなお姉ちゃんだけは光であってほしい。僕は闇、輝けないし誇れることもできない存在だしね……はぁ、きっといい死に方はしないだろうねぇ。別にいいけど。
「……耶識」
待機状態の首輪に触れる。チリンとスズの音が聞こえる。作戦終了後にたばねぇが回収しておいたよと置いていったからパッケージ一式は無事だ。首輪を優しく撫でるとスズの音が響き渡る……僕はこの子に助けられている。福音が接近してきた時に耶識の声が聞こえなかったらあそこで落とされていただろう……僕に生きてほしい、痛いのは嫌、助けて、色んな感情が人機融合で一つになった時に感じた。恨みも妬みも憎しみも怒りも全部僕に教えてきてくれる……僕の命はちっぽけなものなのに耶識は……心の底から死なせないと思ってくれた。だからありがとう。今度は僕がキミを護るから……ちゃんと強くなってキミを救うから。
そんな事を考えていると岩場の辺りで小さな光が見えた。なんだろう……こんな時間に花火? でも誰もいなさそうだけど……行ってみようか。
立ち上がって光が見えた場所まで歩くとそこは他からは見えにくい薄暗い空間だった。暗闇の中に少し足を踏み入れたけど誰かがいるような気配は――した。カチャという音が背中から聞こえ固い何かが身体にあたる感触がある。誘われたか……うん? そもそも誰だ……? ここは生徒会長さんの家の人達が見張ってるから入れないはずなのに? いいや聞いてみよう。
「誰?」
「……」
「答えてくれたってよくない? 人に銃を突き付けて黙ってるのって卑怯だと思うんだけど?」
「――お前と同類、と言えば満足か?」
声からして多分年下の女の子。後ろをちらちろ見るけどローブを被っているから顔は見えないけど体格は鈴さんやラウラさんのように小柄だね……暗くてよく見えないから違うかもしれないけど。さて僕と同類という事は思い浮かぶのはたった一つだけ――阿頼耶識使い。
「イチ兄達を襲った阿頼耶識使いの正体はキミなの?」
「そうだ、と言ったらどうする?」
「別に。もう少し強くなったら殺すから覚悟しておいて」
「……ふっ」
「何がおかしいの?」
「ISに意識を変えられている事に気づいていないのか? よほどお前のISコアは他人を憎んでいるようだ」
「変えられてるって何さ……その口ぶりだとキミもISコアに宿る意識に会ってるんだ?」
「中々面白い体験だったぞ。
「知らないよそんなの。なに? 埋め込まれた事を恨んでるの? 自業自得でしょ」
「恨んでなどいないさ――これで奴を殺せるんだからな」
銃の引き金に触れている指に力が入る音がした。銃口は背中……いや腰寄りの部分か、ジャージ姿とはいえISスーツを中に着てるから弾は貫通しないだろうけど痛いだろうなぁ――どうでもいいけど。僕が振り向いたのと同時に銃弾がお腹に突き刺さる……いったいなぁ……! 痛む腹を気にせず目の前の敵に掴みかかると視界が反転するような感覚に陥った。投げられたんだ……でも残念! 身体が地面に落ちる前に耶識を展開、地面に落ちた勢いを利用して相手の腕を握って僕の目の前まで引っ張って押し倒す。両肩の機関銃は勿論照準を合わせている……さて、月明かりで顔を見せてもらおうか、な――えっ?
「――流石だな。私よりも前に阿頼耶識を埋め込まれているだけはある」
その子はやはり女の子だった。髪は黒、それはどうでもいい……なんで、なんでちー姉ちゃんが……? 違う、こいつは違う! 似ているけれどちー姉ちゃんとは別人だ!
「もう、一度聞くよ。キミは誰?」
「織斑マドカ、私の名だ。これで満足か?」
「うん。でもさ……何でわざと押し倒されたの?」
「わざとではない。生憎私はまだ阿頼耶識に慣れていないのでな……その殺意、気に入った。どうだ? 私と来ないか――亡国機業はお前を歓迎するぞ」
「ヤダ」
機関銃を発射する――前に目の前が真っ白になる。眩しいなぁ……あれ? いない……ちっ逃げられたか。手にはさっきまで着ていたであろうローブ。つまり閃光弾で視界を奪ったのと同時に脱いだんだろうね。周りを見渡しても人の気配は――しました。銀の髪、暗闇の中に光る金の瞳、はいクロエさんですね。何故此処にいるし。
「あれクロエさん? 何でここにいるの?」
「亡国機業の阿頼耶識使いを探していたのですが見失ってしまって……凪様は此処で何を?」
「その阿頼耶識使いと会ってた。でも逃げられたけどね」
耶識を解除してクロエさんの方を向く。どうやら怪我とかはしていないみたいだね……よかったぁ。何故探していたかというとIS学園関係者以外の人物が潜入したとたばねぇから言われて捜索してたらしい。なんという無茶な事を……怪我とかしたらどうするのさ? えっ? 何かあったら助けを呼んだ? 多分即効で僕が向かうだろうけど危ないからもうやめてね?
「叱られてしまいました。しかし凪様……それは凪様もですよ?」
「へっ?」
「もう少し自分の身体を大事にしてください……お腹を撃たれたのですね」
むっ、バレてしまったか。そりゃ銃弾が貫通していないとはいえ衝撃はあったからね。それでもかなり軽減されてたんだろうけど痛いものは痛い。そんな僕を見かねたのかこちらですと座れそうな岩まで引っ張ってそこに並んで座る。そして撃たれた場所を痛いの痛いの飛んでいけぇと撫でてくれた。可愛い。
「おまじないです。これで痛みは無くなるはずですよ?」
「うん。もう痛みがなくなったみたい……流石クロエさん、魔法使いだね」
「凪様専用の魔法です。そ、それよりも……今日は、凪様のお誕生日でしたね……」
「そうだよ。たばねぇと逃亡生活してた時は盛大にやってたよね? 殆どたばねぇの暴走だけど……実の姉が全裸にリボン巻いて私がプレゼントとかやるのはどうかと思う。正直あれは引いた」
「私もです」
流石常識を持っているクロエさんだ。たばねぇのキチガイっぷりを理解してる……あの時はホントに唖然としたよ。だって部屋に戻るとベッドが膨らんでてなにかなと捲ってみれば全裸リボン状態のたばねぇがいるんだもん。咄嗟に悲鳴を上げた僕は悪くない、絶対に悪くない。そういえばあの時からかな? クロエさんがたばねぇに容赦しなくなったのって? うーん、どうだっけ?
そんな事よりも隣で何やら恥ずかしそうにしているクロエさんが可愛い。もじもじと何かをしよう、でも恥ずかしい、そんな感じだと思う。月明かりで銀の髪が反射して綺麗だなぁ……目も金の瞳だしこの場所で見るクロエさんは女神だね。きっとラウラさんもこの場所に来たら同じなんだろう――いひゃいでひゅ。何故かほっぺを抓られてしまった……何故だ!? えっ他の女の人の事を考えたでしょう? 何故バレたし。あ、あれぇ……クロエさんの様子がおかしいぞぉ……まさか嫉妬モード! 嫉妬モード突入なのか!?
「――凪様」
「は、はい……な、なんでしょうか?」
「お誕生日おめでとうございます、それ、では、プレゼントを差し上げようと思うのですが、よろしいですか?」
「えっ? 何かくれるの?」
「はい――んっ」
何故かクロエさんの顔が目の前にあった。そして口に柔らかい感触がある。あぁちゅーか、キスか……へっ?
頭が今の状況を理解しようとしてくれない。なぜ僕はクロエさんにキスされているのだろうか、クロエさんの唇が柔らかい、離れたくない、頭が真っ白になるとはこの事、か……!???! 口の中に何かが入ってきた……舌? 舌かぁ……柔らかいし暖かいし美味しい。うん流石にこれ以上は拙い! 停止した思考を如何にか戻して離れようとする……しかしクロエさんが僕の頭を両手で固定して離してくれない。その間も僕の舌とクロエさんの舌が絡み合う……何度も相手を確かめる様にキスをしながら舌を絡ませ合いお互いの唾液を飲む……ヤバい気持ち良すぎる……何秒? 何分? 分からないけどそれぐらい長くキスと唾液の交換と舌を絡ませてたせいなのか僕達の唇が離れると唾液の糸が伸びていた。これが糸を引くという事か……卑猥な光景だ。
数秒間見つめ合いもう一度キスをする。無理です我慢できない我慢できるわけがない……することは舌の絡ませ合い……何度も、何度も、お互いの体の距離を近づかせながら確かめ合うように行う。止まれない……止まらない……そしてついに隣合わせからクロエさんが膝の上に乗って向かい合うような体勢になる。だけどキスは止まらない……ま、拙い……このまま、だと……!
「……凪様」
「……クロエ、さん……いいの……?」
「……はい」
何かを期待する目でジャージの上を脱がそうとしてきた。ふぅ……父さん母さん箒姉たばねぇ、僕はちょっと早めに大人になるよ。いくら僕でもこれは無理だね……しかも同意付きときたら止まらない。ジャージの上を脱ぎ、両手でクロエさんの腰を抱きしめながら再びキス、そして体勢はとうとう僕が押し倒す形になってしまった……一応背中に痛くない様に脱いだジャージの上を敷いたけど大丈夫かな……うん、や、優しくするから……痛かったら言ってほしいかな……
そして僕はクロエさんと何回目か分からないキスをしようと顔を近づける――
「――何をしている」
あれおかしいぞなんで此処にいないはずの人の声、しかも姉の声が聞こえるんだろうか。なんか視界の端に誰かいるけど見たくない……絶対に見たくないしこのまま続けたくもないけど見なければいけない気がする。ギギギという擬音付きで声がした方を向くとそこにいたのは仁王立ち状態の箒姉、あとイチ兄。さてここで今の状況を整理してみましょう。まずここには僕とクロエさんとイチ兄と箒姉。クロエさんは地面に敷いたジャージの上で僕に押し倒されています。そして場所はあまり人気のない所――詰みました。助けてイチ兄! 何故恥ずかしがってるし!?
「お前は、いったい、こんなところでなにをしているんだ」
「……えぇと、何をしてるんだろうね?」
「えっと、あの、な、凪……? そういうのは部屋とか、でした方が良いと思うぞ……?」
まさかイチ兄にダメ出しされるとは思わなかった。というよりこれがそういう行為だって理解はしてるんだね……そっかぁイチ兄は理解してたかぁ。そして我が姉が固まったまま動こうとしない……どうする、どうやってここを切り抜ける……うん? どうしたのクロエさ――んむぅ!? なんと言う事でしょう、クロエさんはこの状況すら気にしないとばかりにキス続行。実の姉の前で舌絡ませ合うキスをするとか拷問ですか……気持ちいいし美味しいから文句は言わないけども……見たくない見たくない見たくない! 日本刀とか持ってるとか絶対に見間違い?!
「そうか……そうかそうか……ふふふははははは……私から凪を奪うか……ふはははははは……!」
「ほ、箒……? な、凪逃げろ!? 箒がなんかヤバい!?」
「知ってる!! このポンコツ姉が!? なにキレてんのさ!?」
「怒るに決まっているだろう!!! お前はそ、そんな破廉恥な事はまだ早い!! 逃げるな凪!!! 逃がすと思っているのかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「どんだけブラコンなのさ!? クロエさん逃げるよ!!」
「――邪魔さえ入らなければ既成事実、結婚という流れだったというのに」
既成事実も結婚も今はどうでもいいから逃げるよ!! クロエさんをお姫様抱っこして怒り狂う箒姉から逃げるとまてぇぇぇと僕達を追いかけてきた……もう目が殺人鬼の目だよ!? 捕まったら殺される……うん? 今度はどうしたのかなクロエさん? 愛の逃避行? このまま駆け落ち? ふぅ、それしたらちー姉ちゃんとかたばねぇとか箒姉に殺されるから却下。逃げるよ!! 何故残念そうな表情をするの!? ええい今は逃げに徹する!! それだけだ!
この後、クロエさんを抱えながら逃げてたせいで箒姉に追いつかれ正座で説教を受けました。クロエさん? 此処は任せて先に行けと言って逃がしましたが何か? 一度言ってみたかったんだよこのセリフ――はい聞いてます。姉は可愛い、姉は素晴らしい、弟の初恋は姉ですね。はい理解してます……はぁ、帰りたい。
◇
「全くあの馬鹿どもは……」
「むき~! くーちゃん羨ましいよぉ!! なっくんとちゅ~とか束さんもしたいのにぃぃ!!」
五月蠅いと隣にいるバカ兎の頭を握り潰す。しかしこいつの生命力は台所に出てくるあれよりも高い。つまりすぐに復活する……こいつを仕留めるにはどうすればいいのか見当もつかん。しかし恋愛事には疎いと思っていた凪があのような行動をするか……いや怒ってはいない。ただ私の部下がするようなことではないと呆れているだけだ。
「ちーちゃんちーちゃん!! このままだとなっくんがくーちゃんに盗られちゃうよぉ!」
「弟離れには良い機会だろう。いい加減弟と結婚というバカな野望は諦めろ」
「そんなこと言ってぇ~ちーちゃんもいっくんと結婚とか――あだだだだだだぁぁ!?!?!!? 死ぬ死ぬ死んじゃうってぇぇぇぇ!?!?」
「お前がバカな事を言うからだ」
「もう素直じゃないんだからぁ」
この兎はいくら仕留めようと思ってもすぐに抜け出されてしまうから厄介だ。こいつ曰く細胞レベルでバグっているらしいがあながち間違いではないな。しかしよくこんなのが身近にいてあの姉弟はまともに育ったものだ。
「そりゃぁ~なっくんがいたからねぇ」
「心を読むな――それで? お前の目的は果たせたのか?」
「うん。ちょっとアクシデントがあったけど予定通り紅椿は箒ちゃんに渡せた。これだけで十分さ」
「……意外だな。お前ならばISをハッキングして暴走させると思っていたんだが?」
「流石にそんな事はしないよぉ~? やるならいっくんとほうきちゃんとなっくんとくーちゃんのIS以外を完全停止させるぐらいしないとさ」
「お前ならばやりかねんな」
「当然さ! なんたって箒ちゃんlove! なっくんlove! だからね。でもねちーちゃん――最初はあの2人の事好きじゃなかったんだよ?」
今のコイツからは考えられない事だ。しかし長年この兎と一緒にいる私ならばそれが理解できる……恐らくこいつにとって自分以外はどうでもよかったのだろう。隣にいる束は星空を見上げながら言葉を続ける。
「パソコン弄ってる時も泣いて五月蠅いし何をしてほしいのかすら分かんねぇしただただ泣いて五月蠅くてしょうがなかった。もう殺してやろうかとも思ったぐらいだよ。でもね? ほんの気まぐれで泣いてる2人の手を握ったらさ――泣き止んだんだ。しかも笑ったんだよ箒ちゃんとなっくん? もう言葉では言い表せない感動を覚えたね」
「……それが姉の気持ちというものだ」
「だろうねぇ~そこからさ、嫌いだったはずなのに大好きになったんだよ。もうかわいくてさぁ~箒ちゃんは真面目可愛いしなっくんは年上キラーだしもう堪らなかったよ! だからあの2人に何かするなら私は世界を壊す。覚悟しておいてねちーちゃん? 世界が滅んでもそれは箒ちゃんとなっくんに何かした奴らが悪いからね」
「その時は全力でお前を止めに行くさ。それにお前の弟も妹も私に加勢するだろうな」
「さてさてどうでしょぉ~にひひ。ねぇちーちゃん。今の世界は楽しい? それとも退屈?」
その問いはこれまで何回も聞いてきた。そして答える内容もまた同じ……何年経とうとそれは変わらん。
「――」
束は私の答えに満足したのか呆れたのか分からない表情で夜空を見上げ続けるだけだった。
◇
「……眠い」
「寝れ……るわけないよな……お疲れさま」
「うん」
帰りのバスの中、僕は非常に厳しい戦いをしていた。それは睡魔という人間が決して勝てない存在と激戦を繰り広げている真っ最中……何でかというと箒姉に説教されクタクタの状態で布団にダイブ、そこまではよかったんだけど目を閉じるとクロエさんとキスしてるシーンが何回も繰り返しで流れ始めて非常に恥ずかしかった。だって舌絡ませだよ? 恋人が良くやるあれだよ? 誕生日プレゼントにしては体張り過ぎじゃないかなクロエさんや……嬉しかったけど! 気持ちよかったけど!! 正直箒姉が来なかったら一線超えてたけど!!!
ちなみにイチ兄になんであそこにいたのかというと箒姉が「あ、あっちの方が夜空が良く見えるぞ」となんか恥ずかしそうに言って一緒に向かったら僕達と出くわしたそうだ。逆レする気満々じゃん箒姉……いや良いと思うよ? 普通の男ならそのデカい胸押し付けただけで落ちるだろうし。ただしイチ兄には効かないけども。そんなわけで昨日の一件で我が姉は酷くご立腹状態に突入です。ぷんすかと怒って僕の傍から離れたくないと言い出すほどにポンコツになってます。はぁ……ブラコン治そうよ。
「そ、それよりもさ……凪ってああいうのするん、だな」
「あぁ……あれね、雰囲気に理性が抗えなかったからさ……イチ兄もいつか分かるよ」
「……そうなのか?」
「うん。きっとすぐに分かるよ……だから秘密にしておいてくださいお願いしますなんでもしますから」
後ろから「今なんでもって」とか聞こえたけど気にしない。そもそもあんな人気のない場所で女の子を押し倒してたとかバレたら拙い。何故なら――
「うふふ、ふふふ」
「……」
セシリアさんとラウラさんの様子がかなりおかしいからだ。多分昨日箒姉がクロエさんと2人きりでいたとバラしたのだろう……そのせいで目に光が無い状態のセシリアさんと静かに怒っているラウラさんという状態が出来上がってしまった。はい、押し倒してたのがバレると僕死にますね。
欠伸を我慢しながらバスの出発を待っていると見慣れない人がバスに乗ってきた。鮮やかな金髪にお洒落目的のスーツ、多分年は20代。誰だろう……?
「織斑一夏君と篠ノ之凪君はいるかしら?」
「あっはい。俺が織斑一夏でこっちが篠ノ之凪ですけど……どなたですか?」
「初めまして。ナターシャ・ファイルスよ。銀の福音の操縦者って言えば分かるかしら?」
あぁ、福音の操縦者さんかぁ――へっ?
頬に軽く柔らかい何かが触れた。それはイチ兄も同じだったようで僕達はえ? という表情で向かい合う事しかできなかった。そして背後からの視線ヤバい、死ぬ、今日が僕の最後の日か。案外早かったなぁ……
「これは助けてくれたお礼。そしてキミ、あんまり女の子に乱暴はしないようにね」
「――イチ兄」
「――凪」
「「逃げようか」」
ナターシャさんが僕達の頬に軽いキスをして去っていったけど嵐は収まらなかった。背後からやってくる4つの足音……それは僕達を死に誘う死神の足音だ。ロボットのように2人揃って後ろを向くと箒姉、セシリアさん、ラウラさん、シャルロットさんが笑顔で僕達を見つめていた……ただし背後にいる武士とお嬢様と般若と軍人は戦闘態勢ですけど。
選択肢『逃げる』を選んだ僕達だけど回り込まれてしまい説教を受けることとなった……あぁもう! 箒姉ウザい! 怒るなら隣! 隣に怒りなさい! もう寝る! 寝かせてくださいお願いします!!!
こうして僕達の臨海学校は終わりを告げた……最後にちー姉ちゃんの出席簿アタックを喰らわなければ楽しかったのにねぇ。でもいっか。これはこれで味がある気がするしさ。
寡黙な少女は天才の兎にドヤ顔をしたそうです。