「――僕は一体なにをしていたんだろう」
化粧を落とし、シャワーを浴び終わりお昼ご飯を食べて一息ついた僕は午前中の事を思い返していた。何がにぱーだよ何がえへへ~だよ何がおねえさまぁだよ……僕はいったい何をしてたんだろうか。もうヤケになってその場の空気に身を任せてたけどこれは黒歴史、墓の中まで持っていくような代物じゃないか……! い、いやだぁぁぁ! 写真とか結構取られたし絶対に広まってるぅぅ!!
「よし引きこもろう。もうこれは引きこもっても誰も文句は言わない」
お菓子は美味しかったけど何故僕はあんなにノリノリだったんだろうか……? なんで僕はあんなに女の子のように振る舞ってたのだろうか……? これが学園祭の空気! 凄い! これは死にたくなる!! 命は投げ捨てるものだというけどこれは本当に死にたくなる……! だって男としてのプライドが瞬く間に消滅してしまったんだから仕方がない。よし耶識、擬人化しようか。今の僕なら喜んで両腕両足を切断されるよ! 何を言っているんだろうか僕は……IS学園でそんな猟奇殺人もどきが起きたら大変だろうに。せめて逆レしてきてほしいと考えるべきだね。あれ? それはそれで大変な事になりかねないような……まっいっか。
「さて変な事を考えるのは後でもいいからこれからなにしよっかなぁ~」
午前中はノリノリでメイドさんをやってたけど午後からは部屋で引きこもりタイムだからやれることが限られてくる。きっと今頃、教室では執事姿のイチ兄が頑張っているんだろう……心にダメージを受けながら。でも大丈夫だよイチ兄! そのダメージは僕も負ってるから!!
何をしようか考えていると部屋をノックする音が聞こえた。あれ誰だろう……皆は学園祭を楽しんでいるはずだから寮に戻っている人なんていないと思うんだけど? まさか亡国機業……可能性はあるね。慎重に扉の前まで近づいて覗き穴から扉の前にいる人を確認するとそこにいたのは生徒会長さん。というよりまだメイド服を着てたんですね……確か途中から乱入してきて遊んでたけどまさか気に入ったの? でも似合わないよ?
「やっほ凪君。午前中はお疲れさま」
「お疲れ様です生徒会長さん。まだメイド服着てたんですね?」
「だって接客してたら皆が指名してくるんだもの。どうどう? これでも似合わないというつもりかしら?」
「多分見慣れないから面白半分じゃないですか?」
「……意地でも似合うって言ってくれないのね……! ほほう~お姉さん怒っちゃったぞぉ~? それじゃ生徒会長権限で今から付き合いなさい」
「好きかもしれない人がいるのでごめんなさい」
「違うわよ! これから生徒会の出し物があるから参加してほしいの!! そしてなんでフラれたの!? 初めてだから泣きそうなんだけど?!」
「いやだって付き合ってって言うからつい……参加したいですけど僕の存在は秘密なんですから無理ですよ?」
だって世界に公表されてるのはイチ兄で僕の存在は各国の政府と一部関係者のみ。つまり一般の人達には知られていないからもし僕がIS学園生徒会の出し物に参加したらあれ? アイツ誰だ? ってことになりかねない。そんな事を防ぐために女装して午前中限定としてたのにこの若干ポンコツ属性持ちの生徒会長さんは……まさかもう忘れたのかな? ありえるね。
「なんかヒドイ事を思ってない?」
「なぜ分かったし。というわけで亡国機業が暴れたとかしない限りは部屋で引きこもってようと思うんですけど……というより引きこもらせてください! もう、自分が何であんなにノリノリだったのか分からないし黒歴史過ぎてベットの中でぐわぁぁとかしたいんです!!」
「大丈夫よ凪君、可愛かったから誰も変には思わなかったもの。それどころか1週間に1回は凪君を女装させましょうと生徒会宛てに要望が届いてるから……よかったわね!!」
「嫌ですよ!? 絶対にしませんから!! もしするならイチ兄とセットで!!」
「ふふっ……一夏君とセットね! この更識楯無、生徒会長として生徒の要望は叶える義務はあるの。それじゃ一夏君と一緒に女装デーを設けましょうか」
「……はぁ。もういいですよ女装でもなんでも……所で話を戻しますけどどうやって出し物に参加するんですか?」
「おっとそうね。さて凪君には特別にこの衣装をプレゼントします――さぁ今すぐ着るのよ!!」
何処からともなく大きめの箱が出現した。まさか拡張領域に閉まってたのかな? 何と言う無駄な事を! さてそんな事は置いておいてなんだろこれ……開けても良いですかと確認を取って良いわよという返答の後、箱を開けるとそこにはなんと! 着ぐるみが入ってました。なるほどこれなら姿は着ぐるみによって隠れるから一般の人でも分からない、学園祭だから生徒のだれかだろうと思ってくれるわけだね! なんて頭が良いんだ生徒会長さん! それをもっと別な所に向けてほしいけど!!
箱の中から取り出してみるとどうやらネコの着ぐるみらしい。黒い毛並みでなんとも愛らしい表情をしているね! というわけで部屋の中で着て見るとこれが動きやすい! 着ぐるみって結構辛いとか思ってたけど通気性も良いし軽いし本当に動きやすい。聞けば整備科の人達が面白半分で作った代物で頭の部分にはモニターが付いていて全方位が普通に見える上、着ぐるみ自体の防御力も銃弾や刃物程度なら余裕で防いでくれるみたい……皆仕事し過ぎだよ。
「そして凪君……いえ、ネコちゃんにはこのティアラをプレゼントします」
頭の上に黄金に輝くティアラを乗せられた。あのさぁ……僕男なんだけど? そこは王冠にしてほしかったなぁ! そしてなんでそれを乗せるし。へぇ~生徒会でやる出し物って演劇なんだ。灰被り姫と書いてシンデレラと読む素晴らしい演劇らしい……でもなんで観客参加型? うわズルいなぁ……参加条件が生徒会に投票とか詐欺だよね。流石生徒会長さん! 心が曲がってる! うんなんというか黒歴史のせいで僕の方が物騒になってるからそろそろ自重しようそうしよう。
そんなわけで猫の着ぐるみを着た状態で生徒会長さんに付いていくと第四アリーナに辿り着いた。作られたセットとかもかなり豪華で観客は満員状態、何と言う事でしょう……緊張してきた! そう言えば台本とか貰ってないしどんな感じの劇なのかも分からないよ!? それを聞こうとすると舞台袖に王子様っぽい恰好をしたイチ兄が立ってました。ふむぅ、巻き込まれちゃったかぁ~ですよね! 普通に考えたらイチ兄がこんな場所にいるわけないもん!
「あれ楯無さん……それにそっちってもしかして……?」
「にゃ~(そうだよイチ兄)にゃ~にゃ~(午前中に一緒に黒歴史を体験した凪だよ)」
「……すまん。何を言ってるか全然わからん」
「にゃっ!?(なんでさ!?)」
「ふふん♪ 実はねぇ~その着ぐるみ、中にいる子が分からない様に言葉を別の言語に変換させられるのよ。ちなみに先ほどからにゃ~としか言ってないわよ」
なるほど。確かに猫だもんにゃ~と鳴くよね! じゃなくてなんでこんな無駄機能を付けたのさ!? 助かってるけど!! あぁでも言葉が伝わらないのは不便だよねと思ったので何かないですかとダメ元で聞いてみるとあるわよというお言葉……それがあるなら早くください。そうして渡されたのはプラカード……おい、おいダメ会長。なにこれ? これに言葉をかけ、と……おぉ! なんか目の前のモニターにキーボードっぽいのが現れたんだけど? もしかしてこれを打ち込むと……やった! プラカードに文字が浮かんだよ! 何と無駄機能!!
「……おぉ、それなら言葉が通じるな」
【そうだね。それにしてもイチ兄はなんでこんなところにいるの?】
「いや楯無さんに無理やり連れてこられたんだよ……せっかく箒やシャルロット達と出し物を回ってたってのに。あっ凪にお土産があるから後で渡すからな?」
【ありがとう。楽しみにしているよ】
「さて2人共、そろそろ開演よ――死なない程度に頑張ってちょうだい」
なんと物騒な事を……! これ普通の劇だよね!? 違うの!? 誰か違うって言ってよ!?
『昔々、あるところにシンデレラと呼ばれる少女
あれ? シンデレラって1人じゃなかったっけ? まさかのシンデレラ複数人なんて新しいね! そして何故だろうか……どこからか分からないけど殺気のようなものを感じるよ。もう人殺しすらしそうなほど欲望に満ちた視線だね……!
僕とイチ兄は並んで舞踏会エリアまで歩きだす。あははは……足の震えが止まらない、なんでかなぁ~?
『ある時は群がる敵兵を薙ぎ倒し、ある時は一国を攻め落とす。そんな死を恐れぬ彼女達を人は
「……なぁ? 物凄く嫌な予感がするんだが気のせいか?」
【気のせいじゃないよ。あとシンデレラってこんな物騒な事してたっけ?】
『今宵、血に飢えた少女達が武器を取り、舞踏会という名の戦場へと走り出す。王子と飼い猫が持つ機密事項を手に入れるために――さぁ宴の始まりよ!』
「もらったぁぁぁぁ!!」
直後、上の方から叫び声と共に降りてきた人がいた――鈴さんだ! その姿は純白のドレスに身を包んでいてシンデレラという名に相応しいものだった。さて問題です。先ほどの物騒なナレーションから連想されることは何でしょう? 答えは殺し合いです。僕の予想通り鈴さんは動きにくいであろうガラスの靴でイチ兄目掛けて蹴りを放つ……まさかの肉弾戦! そして凄いよ鈴さん! 中国出身は格闘技が得意なんだね!! いやそんな事を考えている場合じゃない!? 逃げよう。イチ兄ごめんね? 僕は蹴られたくないし部屋で引きこもってるよ。さてそろ~りそろ~り――へ?
パアッンと足元が破裂した。地雷とかそんな感じじゃなくて恐らく狙撃されたんだろうね……はぁ? 何で狙撃されなきゃいけないのさ!? 誰だ……いや狙撃と言ったらセシィしかいないよね!? あははは! 僕はセシィを怒らせるような事はしてないよ!?
「にゃっ!?(嘘でしょ!?) にゃにゃ!?(セシィ待って!?)」
「ま、待て鈴!! なんで蹴ってくるんだよ!?」
「うっさい! 良いからその王冠を寄越しなさい!!!」
「はぁ!? んなもん欲しいためだけに蹴り入れようとしてんのかよ!?」
狙撃だからスナイパーライフル、残弾数に限りがあるはず……! だったらリロードの瞬間を狙ってこの場から退避するしかない! 一応劇だから観客席にいる人たちにプラカードで【王子様を応援してね!】とアピールして適当に動き回る。はいはい撃ってきてますよぉ! 多分あの辺りか……というより僕はイチ兄と違って着ぐるみという鎧があるんだから多少無茶してでも逃げれるよね? よっしゃ! だったらやることは一つ! もう一回だけ観客席にプラカードを見せて【猫は自由に生きる生物なのでこの辺で旅に出ます】とちょっとだけ可愛い仕草を見せてから脱出。うわ頭に弾丸が当たったんだけど……セシィ殺意高くない?
そんなわけでセットの裏に回って逃げようとすると足元にナイフが突き刺さる。あはははは……なんだろうなぁ~ナイフなんて投げる人は僕の知ってる人の中であの人しかいないんだよねぇ――げぇラウラさんだぁ!!
「見つけたぞ嫁……逃がしはしない」
こちらも鈴さんと同じく純白のドレス姿。違いと言えばナイフを持ってるぐらいです! 何と言う殺気! しかも眼帯を取っての本気モード! 何をする気なんだ!?
【ラウラさん! 僕が一体何をしたっていうの!?】
「決まっている。私はお前の頭にあるティアラが欲しいだけだ! さぁ今すぐ渡すのならば痛くしないでやろう」
ほむぅ……このティアラが欲しいのか。でもなんでだろ……というよりタイピング疲れてきたんだけど……いや頑張る! 凪君は頑張るよ! 伊達にキチガイ姉の弟はしていないんだから頑張れるはず!
【あげても良いけどなんでこれ欲しいの? これ手に入れたら何かあるわけ?】
「ふっ……あの女狐が言っていた。それを手に入れたならば嫁との相部屋になれるとな! お前と私は夫婦だ、故に一緒の部屋で寝食を共に過ごすのは普通の事だろう」
【げぇ。あのポンコツ会長、そんなこと言ったんだ。まぁでもラウラさんなら良いかな? あげるよ】
セシィに取られたならばかなり危険ともいえるけどラウラさんなら阿頼耶識の事を知ってるし何も問題は無いね。というより疲れたし撃たれたくないしナイフで切られたくないからさっさと渡して部屋で引きこもろう……そう思ってティアラに手をかけて持ち上げるとなんと! 何もありませんでした! およ? あのポンコツ会長の事だから何か仕込んでてもおかしくないのに珍しい……と思ったけどイチ兄の方にはばっちり仕込まれてました。なんと言う事でしょう! イチ兄が王冠を外すと電流が流れる仕掛けのようです! なんて卑劣な! というより僕にそんな機能が無くてよかった!!
『王子様にとって国とは全て、変えることのできない存在。その身に付ける王冠が外された時、自責の念により電流が流れます。なお飼い猫ちゃんが付けるティアラには何もありません。動物は大切にしましょう』
「という事は俺だけか、よ!? ちょ、ちょっと待て箒!! いつもの優しい箒はいったいどこに行ったんだ!?」
「愛する弟を探しに旅に出ている。一夏……安心しろ、こんなこともあろうかと色々習っているんだ。だから早くその王冠を渡してくれ……私は幼馴染だろう?」
「こえぇよ!? 幼馴染って言うならせめて目に光を宿してから言ってくれ!! あとお前のこんなこともあろうかとってセリフは信用出来ん!! 今のお前ならなおさらだ!!」
「なぁっ!? ひ、酷いではないか……こ、これでも勉強はきちんとしているのだぞ……! ええいならば今だけ昔の私に戻る! 覚悟しろ一夏! その衣装ごと王冠をもぎ取ってやる!!」
何と言うかお城のセットの上でわが姉がイチ兄に逆レを仕掛けているような気がするんだけど気のせいかな? よし気のせいって事にしておこう。イチ兄も相手が箒姉だったら嫌じゃないでしょ。だって胸デカいし可愛いしポンコツだし。だから大丈夫だよ! 多分そのまま婚約届にサインして篠ノ之家に嫁ぐ事になる事以外は全く問題ない! よし行くんだ箒姉! 今こそその身に宿す大きな力、その名も巨乳という能力をイチ兄にぶつけるんだ!!
と変な事に思考を割いている場合じゃないね。さてラウラさん、なんというか餌を与えられるのを待っている子犬のような感じなのは何故なのと聞きたいけどこの際どうでもいいや。はい、これあげるからもう追ってこないでね。
「……おぉ、こ、これが私と嫁の絆……!」
【それじゃあ僕は逃げるから追ってこないでね?】
「あぁこれで嫁との夫婦生活が始まるのか……く、クラリッサからは寝る時は一緒のベット、シャワーも一緒だったな……そう言えば寝ている時が一番の隙ともいうな。よし嫁が寝ている間に婚約届に名前と印を押させてもらうとしよう……ふふ、ふふふふ……! 姉に我が嫁は渡さん! 渡さんぞ!!」
なんというか妄想の世界に旅立ってるようだし放っておこう。それじゃあイチ兄! 頑張って!!
第四アリーナから抜け出して部屋に戻ろうと中庭を通ると足元にまたもやナイフが飛んできた。うわ今度は誰……あぁそう、キミもいたんだ。それとも僕に会うためにやってきたのかな? ねぇ――織斑マドカさん。
「篠ノ之凪、探したぞ。まさかそんな変な格好でいるとは思わなかった」
「……にゃぁ(変な格好って言うな)」
「身を隠すために必要だったか? ならば謝罪しよう」
「にゃにゃにゃ~?(あれ僕の言っていることが分かるんだ?)」
「亡国機業を甘く見るな。その程度の言語など理解できる」
うわ亡国機業すげぇ。にゃ~としか言わない相手の言ってることが分かるなんて素敵だね! んな事は置いておいて狙いは多分……僕だろうね。この人がやってくる理由なんてそれ以外にないし。うざったい着ぐるみを脱いで織斑マドカさんと向かい合う。凄い威圧感だ……気を抜いたらすぐに殺されそうだね。
「狙いは僕、でいいのかな?」
「無論だ。不本意ではあるが篠ノ之束の守護者を捕獲しろと命令が出ている……しかしそんな命令など無くとも私はお前が欲しい。その殺意、私の野望を叶えれるため、同じ阿頼耶識使いとして傍に置いておきたいからな」
「真正面からお前が欲しいって初めて言われたんだけど……断ったらどうなるのかな?」
「決まっているだろう――四肢を切断してでも私のモノにする」
「――あっそ」
即座に耶識を展開、瞬時加速。病愛で相手の喉を掻っ切ろうとする、けど本能がそれを止めろと叫びだす。近づいた体を一気に後方へ戻すと先ほどまで居た地点にレーザーが降り注いだ……ちっ、ビット兵器による遠隔狙撃。しかも正確に四肢を狙いにきてたね……操縦技術は相手の方が上、しかも世代差でも負ける、か。
「そうだ。それでいいぞ……その殺意こそ私が求めていたものだ!」
刀身がピンク色に輝いているナイフを呼び出して僕に接近してくる。僕もそれを迎え撃つように両手に病愛を握り織斑マドカに接近、同時に2つの刃物がぶつかり合った。お互いが生身が露出している部分を狙っているせいか攻撃箇所が分かり何度も、何度も刃がぶつかり合う……でも反応速度はこっちが上! 肩の機関銃を乱射して視界を遮り、身をかがめて一回転しながら太ももを病愛で引き裂く。そのまま追撃はせずに距離を取る……あのまま接近戦を繰り広げてもビットの攻撃までは防げない……そう、今のままならね。
「……流石阿頼耶識使い、と言った方が良いかな?」
「あぁ。私からも言わせてもらうぞ篠ノ之凪、流石初の生存体だ。やはり阿頼耶識3本は伊達ではないようだ」
「そういう君は3本じゃないよね……反応速度が僕よりも遅いし。ほんのちょっとだけどね」
「流石だな。ご名答、私に埋め込まれた阿頼耶識は2本だ。ただし亡国機業が開発した高性能品だ」
「――こんなもの、高性能にしても何の意味は無い。人を、ISを傷つけるだけの代物を何で使おうとするのさ」
「生きるためと言えばお前は怒るか?」
「全然。でも……それでイチ兄と箒姉を傷つけるっていうなら今ここで殺す……本気で行くよ」
身体の力を抜いて意識を沈める。僕は歩いている、暗い世界をただ前に向かって歩いている。1人じゃない……僕の横には彼女が、耶識がいる。痛いのが嫌いなはずなのに今は真っ直ぐ僕が歩いている道の先を見据えている。分かるよ……怒っているんだよね……僕を傷つける人を、キミを傷つける人がいるから怒っている。だから一緒に戦おう。僕は耶識、耶識は僕。今こそ一つに……今こそ一つに!!
《単一仕様能力『人機融合』発動》
道の終点、一つの刃に僕と耶識が一緒に串刺しになる。あぁ、これだ……これこそ僕の本来の姿……! 今こそ偽物に終止符を! 本当の僕の姿を見せてやる!!
「本当のお前、か。楽しみだな!!」
周囲にビットを展開したサイレント・ゼフィルスはレーザーの雨を僕に当てようと降らせた。接近しながら降ってくる飴を病愛で叩き落し、時には体を捻って、しゃがんで、一回転して、掠ることなく前に進む。曲がる? だったらそれも躱せばいい。当たらない……僕は当たるわけにはいかない。耶識を傷つける奴は全員殺す。たとえそれが血の繋がった他人だとしても必ずコロス。
懐に入り込み拳を叩き込むのと同時に病愛で首を抉る。そのまま地面に叩きつけるとレーザーが幾度にも曲がり僕を貫こうと向かってきた……だから当たらない。そんなものに当たってやるわけにはいかない!
「ウザいウザいウザいウザイウザイ!! こんな雨を降らすしか芸がないなら死ね! 今すぐ殺してやるからそこ動くな!!」
「はっ! まさかこの数のレーザーを近接武器と重心移動だけで躱すか! しかしこれならばどうだ!!」
砲身が長いスナイパーライフルに持ち替えたゼフィルスは僕を撃ち落そうとする。しかもさっきから飛んでる蠅からの雨がウザすぎる……間隔が徐々に狭くなってる……! 躱そうにも防ぐのに精いっぱい、かぁ!!
「させん!!」
突如、別の方角から砲弾がゼフィルスに降り注いだ。へぇ、レーゲンか。なに? なんで来たの? 追うなって言ったよね? ウザいよ。でも助かったからそこだけはお礼を言っておく。
「う、うざ……す、すまん……しかし何か嫌な予感がしたのでな! やはり私の感は間違ってはいなかった!」
「凪さん! わたくしも参戦いたしますわ! ビット兵器はお任せを!」
「勝手にすれば」
ドヤ顔のティアーズもウザいレーゲンもどうでもいい。僕は今、キミを殺したい! 阿頼耶識を持つのはこの世で僕だけで良い! こんなのを持つ奴は全員殺す!! あぁでもそうか、邪魔しに来たキミたちでも役に立つことはあるよ。うんある、凄く良い事を思いついた。ほらティアーズはさっさとビット撃ち落せ、そしてレーゲン――盾になれ。
近づいてきたレーゲンの首を掴んで瞬時加速。再び降り注ぐレーザーの雨をレーゲンで防ぎつつゼフィルスに接近する……はぁ? 何をするって楯にしてるに決まってんじゃん。良いから仕事しろよバカなの?
「くぅ、あぁ、な、なぜ、っあ!?」
「くははははは! そうだ! それでいい! その非情さ!! だから私はお前が欲しい!!」
「ウザいんだよ消えろよさっさと消えろ。誰もワタシ達の間に入ってくるなぁぁ!!」
上空に逃げるゼフィルスを右手にはレーゲン、左手には滑空砲を装備して追いかける。というよりさっさとティアーズは仕事しろ、いい加減にしないとお前も殺すよ? 散弾装填、発射しようとすると砲身を焼き切られて使用不能に……あぁもうこの蠅ウザいな。ウザすぎる……誰か殺虫剤を持ってこいよ。お前の仕事だろティアーズ、良いから蠅叩きしろよ。
「な、凪さん……まさか人機融合を!? くぅ! 今は言う通りにするしかありませんわ!」
「よ、嫁! 離してくれ!? 私、は味方だ!!」
「はぁ? ワタシの味方は凪だけだよ何言ってんのバカなのバカなんだよねあははははそうだよねバカだもんね良いよ勝手にそう言ってろよそんな戯言なんてワタシタチニハトドカナイ」
話している内にティアーズが蠅一匹撃ち落したみたい。うん、あと数匹いるけど頑張ってね。というよりこれ持ってるの疲れた……腕重いし五月蠅いしもう捨てよっと。
「消えろ! 消えろ! いい加減死ねよ!!」
「死ぬわけにはいかない! 私の夢を! 野望を! 自由を得るためにもな!!」
「知らないよそんな事!! 阿頼耶識を使う奴は確実に殺す!!」
「私の野望のために私のモノになれ!!」
何度も、何度も、何度も何度も何度も正面からぶつかり合う。野望に夢に自由? 知らないねそんな事……お前は阿頼耶識を持っている、だからコロス。それは僕と耶識だけ持っていればいいものなんだ!!
数十回目の衝突で蠅叩きのように病愛を振り下ろしてゼフィルスを地面に叩きつける。確実に止めを刺すため僕は病愛を手に地上に落下する――といきなり目の前に網が出来た。レーザー……! しま、とまら……!
「ぐっ、ああぁぁぁぁぁっ!?!?!!?!」
咄嗟に丸まって腕と足でガードしたがレーザーの熱は僕の四肢を傷つける。肉が溶ける匂いと感覚、細切れのように体中を切り裂いた……痛い、イタイ、いたいよぉ……全身の力が抜けたまま地面に落下し数回バウンド、次に気づいた時には喉元に巨大なライフルの砲身を向けているゼフィルスが視界に入っていた。
「安らかに眠れ。そして次に目が覚めればお前は私のモノだ」
ゆっくりとライフルの引き金を引く指が動いていく。死ぬってこんなにあっさりしてるんだね……ごめん箒姉、ごめんたばねぇ、ごめんやし――っ!!
『いや、死なないで! 死にたくないよ!!!』
まだっ終われない!!!
頭で砲身を叩いて射線を逸らし、かろうじて繋がっている腕を強引に動かしてゼフィルスの首を掴む。ここで死ねない! あの子が! 耶識が死にたくないといった!! だから僕は生きるために貴様を殺すぅ!!
たった一発、ゼフィルスの首に杭を打ち込んだ瞬間、頭部を撃ち抜かれた……あぁ、やし、き――
◇
「……よ、よめ、な、凪!!」
私の目の前で嫁が、凪が撃たれた。私とセシリアの周囲を浮遊するビット兵器が放った一発のレーザーが彼の頭を撃ち抜いてしまった……何故、倒れている……何故立ち上がらない……いつものように殺意を振りまきながら起き上がれ……! な、ぜ……倒れたままなのだ!!!
「な、なぎ、さん……っ! よくも! よくもぉ!!!」
「私の嫁から離れろ!!!」
全力の瞬時加速。盾にされたことによりレーゲンのシールドエネルギーはあと僅かしかないがそんな事を気にしていられない! プラズマブレードを展開しサイレント・ゼフィルスに接近し近接戦を仕掛ける――も奴の動きはまるで嫁と義姉上のような生身に近い機動を行い私の攻撃を軽々と避けた……阿頼耶識使いだとは予想していたがまさか敵側も使用してくるか……!
「ほう。ドイツの遺伝子強化素体か。生憎だがその程度の攻撃に当たってやるほど暇ではない」
「……阿頼耶識使い。まさか嫁の他にもいたとは思わなかった。流石は亡国機業、と言った所か」
「よく知っているじゃないか。だったらどうする? お前のエネルギーはあと僅か、阿頼耶識使いは阿頼耶識使いでなければ対応できんぞ? それとも死を覚悟して挑んでくるか?」
不敵な笑みを浮かべ気に入らない事をべらべらという奴だ……命、か。そんなもの欲しいならばくれてやっても良いが私の命は嫁の、凪のモノだ。誰にも渡すわけにはいかない代物。大事なモノだ――だからこそ私の嫁を奪わせはしない!
「――ラウラさん」
「セシリアか」
「阿頼耶識、何を言っているのか分かりませんがわたくしは凪さんをあのような方に渡したくはありません。たとえ力の差があったとしても凪さんを取り戻したいですわ」
「奇遇だな。私も同じことを考えていた――気が合うじゃないか」
「えぇ――こういう時だけ気が合いますわ」
「面白い。たかがビット程度に手間取った代表候補ごときに私が倒せるわけ、が……ちっオータムめ。また負けたか。アイツは負け癖が付いてしまったのかもしれんな……良いだろう。人機融合状態でこのダメージだ、既に死んでいるかもしれんが欲しいなら返してやる」
私達とゼフィルスを遮るようにレーザーが降り注ぐ。そして土煙が晴れて残っていたのは横たわった嫁だけ……オータム、なるほど別の侵入者か。となれば織斑一夏や義姉上達が倒したのだろう。しかし今は嫁の生存が第一だ!
近づき心音を確かめるとちゃんと動いていた……あぁそうだ、お前はこんなところで死ぬわけがない。横たわった嫁を抱え医務室へと駆け込むと緊急治療が始まった。それを対応するのは教官と女狐、いや生徒会長の2人。なるほど……あの女も阿頼耶識の存在を知っていたか。
「……ラウラ、凪と戦った相手って誰なんだ……!」
「恐らくは亡国企業と呼ばれる組織の一員だろう。織斑一夏、お前が戦った相手もそうではなかったか?」
「……あぁ。ムカつくことに昔、俺を攫った組織もその亡国機業って奴だとさ。でも凪が負けるなんて……まさか臨海学校で乱入してきた奴か!?」
「あぁ。敵のISは第三世代型特殊装備有、嫁のISは第一世代型特殊装備無だ。どちらが優位か考えなくても分かるだろう」
「……臨海学校では一夏を、今度は凪を落とした……! 私の弟を……!」
「箒……だ、大丈夫だよ! 凪はきっと無事だよ!」
「そうよ。腐ってもアンタの弟でしょうが。目が覚めたら箒姉箒姉って言うに決まってるわ」
その光景が難なく予想できるのは嫁の人柄のせいかもしれん。しかし……私が戦闘に入った時には既に人機融合が発動していた。なんなんだ……この胸が締め付けられるような嫌な予感は……!
「――ラウラさん。教えてくださいませ……阿頼耶識とは何なのですか?」
「……」
「あら、やしき? なんだそれ?」
「戦闘時、凪さんと相手の方が何度も口にした単語ですわ。そしてそれをラウラさん、あなたも知っていた……阿頼耶識とはいったいなんなのです? 凪さんとそれはどういう関係を――」
「私の口から言えん。聞きたければ教官か、嫁から聞け」
「ラウラさん!!」
嫁が秘密にしていることを私が口にできるわけがない。皆の視線が私を不審に思っている……ふっ懐かしい。このような視線を味わうのは何カ月ぶりか……何を言われようと私は何も言わん。それが嫁との、凪との約束だからだ。
何分か、いや何十分か、またはそれ以上かは分からないが多くの時間が流れた。その間も私達の間に言葉は無い……あるのは不審に思う視線のみ。そしてそれが今、崩れ去った。
「ち、千冬さん! 凪は!? 凪は!!」
「静かにしろ馬鹿者。頭を強く打ったこと、強いダメージを負った事により気絶しているのだろう。今はそうとしか言えん」
「そ、そっか……な、なぁ千冬姉、阿頼耶識ってなんなんだ?」
「……篠ノ之弟が目が覚めたら教えてやる。それまで待て」
「……そこまで、隠さなければいけない事なのですか……!」
「そうだ」
教官の態度に全員が渋々納得という形で決着がついた。流石教官だ……私ではこうはいかない。ベットで横たわる嫁に近づくと小さな寝息を立てて眠りについている嫁の姿があった。全く、私をここまで心配させてお前はのんきに寝ているだと? これは調教しなければいかんな。
義姉上が眠る嫁の手を握る。その顔は今まで見た事もない義姉上……そうか、これが家族を心配する者の表情なのか……流石の私も勝てないな。
「……ん、んんっ……こ、こどこ……?」
「凪! 目が覚めたか! 全くお前という奴は……此処は医務室だ。眠いのだろう? ゆっくり寝ていると良い」
意識が目覚めた、たったそれだけの事で私も、この場にいる誰もが心から安心したと思う。色々あったがこれで全部終わったと誰もが思っただろう。
しかし――現実はそう上手くはいかないものだった。
「――お姉ちゃん、だれ?」
あと少しで学園祭編終了です。
関係ありませんが作者、まさかの風邪を引いてしまいました……変な所があるかもしれません。