「お姉ちゃん、だれ?」
ベッドに寝ている凪は俺達を、目の前で手を握っている箒の顔を見てハッキリとそう言った。こんな状況で嘘を言うほど凪の性格は捻くれてなんかいない……嘘だろ……本気で言ってるのか、よ……! あの凪が、笑って偶に腹黒い所を見せてたあの凪が――俺達、いや箒の事が分からないのか?
「な、凪……あ、あはは、じょ、冗談はよせ……わ、私だ! 箒だ! お前の、お前のお姉ちゃんだぞ!?」
「ほうき……さん? ごめんなさい、分からないです……あの、凪って僕の事ですか?」
「……嘘でしょ」
「そんな……」
「な、凪さん! わたくしです! セシリア・オルコットですわ!!」
「ラウラ、ラウラ・ボーデヴィッヒだ! 私の事を忘れたというのか!! 私の嫁ならば今すぐ思い出せ!!!」
動揺したラウラが凪の肩を掴んで呼びかけている。でもそれでも……意味は無かった。
「……ごめん、なさい。あの、僕は貴方と結婚してたんですか……? 本当にごめんなさい……分からないです。此処がどこなのか、僕が誰なのか、貴方たちが誰なのか……ごめんなさい」
「う、嘘だ……そんなわけがない! 思い出せ!! お前は篠ノ之凪! 私の嫁で! 義姉上の弟で! 世界に2人だけの男性操縦者だろう!!」
「ラウラ落ち着けって! 凪の怪我がまだ治ってない!」
「離せ織斑一夏!! こんなことあってたまるか! こん、なこと……!」
動揺のあまり暴れそうになったラウラを如何にか止めるとその場に座り込んでしまった。いや、無理もないと思う……俺だって何が何だか分かんないし嘘だろって思ってるぐらいだ。あの凪が……俺達の事を忘れてしまった何で夢だって思いたい……だけど目の前にいる凪の反応が現実だって教えてくる。くっそ……! なんでだよ!!
ラウラに続いて箒も必死に思い出せと凪に叫ぶ。だけど結果は変わらない……それが分かってしまったのか箒の両腕の力が抜けてその場で泣き出したけど箒の涙を凪は優しく手で拭った。
「……あの、泣かないでください。なんていうか……あなたの涙は、見たくない気がします」
「な、なぎぃ……ほんどうに、私の、事を……わすれてしまった、のかぁ……」
「――ごめんなさい。あ、あれ……あれ……」
箒の涙を手で拭った凪は何故か知らないけど自分の手を触り始めた。それだけじゃなく抓ったり叩いたりしている……どうしたんだ? 手は怪我なんてしてないのに何が気になってるんだ?
「あの……僕って障害者だったんですか?」
「い、いきなり何言ってんだよ? んなわけないって」
「そう、なんですか? あの、両手の感覚が無いのは何故なんでしょう?」
この場の空気がまた止まった。ヤバい……俺まで倒れそうだ……! 記憶喪失に加えて両腕まで異常があるなんて冗談だろ……! 涙を流しながら箒が凪の手を握り嘘を言うな、私の手の感触が分かるはずだろうというけど触られている感触が無い、そして痛みもないという言葉が返ってくるだけだった。もう限界だったのか箒はその言葉の後にふらっと倒れそうになったので俺は後ろから抱きかかえる。震えてやがる……いや当たり前か、こんな事が起きて何も感じないほど箒は落ちぶれちゃいない……畜生! なんでなんだよ!!
「い、ちかぁ」
「良いから休め。お前まで倒れたら凪が余計に心配するだろ」
「で、でもぉ」
「でもじゃないって。ごめん、ちょっと箒を休ませてくる」
震えている箒を抱えて医務室を出る。向かう先は俺の部屋しかないだろう……こんな状態の箒を放っておけないし俺の部屋なら他の生徒達も多分やってこないだろう……多分。
扉を開けて部屋の中に入るベッドに寝かせる。とりあえずタオルだな、あとお茶も用意しとくか。心を落ち着かせるのには最適だし。
「……すま、ない」
「気にすんなって。幼馴染だしこれぐらいは普通だろ? 箒……すまん、俺が襲撃者に早く気づいて凪の所に行ってれば……」
「……違う。私の責任でもある……凪を、1人してしまった、わたし、の……うぅ、なぎぃ……」
「とりあえずお茶は用意したけど泣きたいなら泣いていいぞ。それぐらいはしても誰も文句は言わない」
俺の言葉のせいか分からないが箒はベッドの中で泣き出した。いつもの箒からは考えられないほどの声で……俺が凪と一緒に行動してればこんな事には……俺を襲ってきたオータムって奴をもっと早く倒していれば……! こんな時のために訓練してきたんじゃなかったのかよ! なんで、なんでなんだよ!!
そんな事を考えていると扉をノックする音が聞こえた。開けると千冬姉や鈴達……凪を除いた全員が立っていたから部屋の中に入れる。なんというか表情で大体察しちまうな……きっと俺と箒が居なくなった後もラウラが必死に思い出させようとしたんだろうけど無理だったって所か。記憶喪失ってどうすれば治るんだよ……!
「――お前達に教えておく事がある」
静かに目を閉じていた千冬姉が腕を組み、俺達を見ながらそう言った。
「お前たちが知りたがっていたことを話そう。だが先に言っておく……篠ノ之姉、お前は退室しても構わん」
「……い、やです」
「……そうか。おい出てこい、私よりもお前の方が理解しているはずだろう?」
誰に話しかけているんだ……ってはぁ? あの束さん? なんで俺の部屋の天井から出てきてるんですか? というよりどうやってそれを作ったんですか? 何時作ったんですか!? とうっと言いながら天井から降りてきた束さんだけど目が赤かった。多分箒と一緒で泣いてたのかな……この人でも泣く事とかあるのか。あとから降りてきたクロエって子もどこか様子が変だった……まぁ知り合いがいきなり記憶喪失になったら動揺するよな。俺だってそうだし。
「やはは~バレちったかぁ。しょーがないなぁ~よしおっけー! じゃあ今から一気に説明するから足りない脳みそで理解してね? そしてさっさとなっくんの記憶を戻す作業に入るよ!!」
「……え?」
「ね、姉さん……い、今なんて……」
「凪さんの記憶を……」
「戻す、作業……? も、戻るんですか!!」
「はい。束様が調べた所、凪様の記憶はある場所に切り離されています。今の凪様は……あまり言いたくはありませんが抜け殻、と言っても良いです」
マジかよ!? 流石ISを作ったほどの天才、凪の実の姉である束さんだ! 何と言うか希望が見えてきた!! というより人の記憶って切り離せるものなのか? いやそれでもあるならさっさとしようぜ! 俺も箒も、この場にいる全員の表情が明るくなった。当たり前だ……凪の記憶が戻るかもしれないんだからな。
「さてさて……まずは阿頼耶識の事だね。あっ先に言っておくけど今から言う事は他言無用、バラしやがったら世界滅ぼすからそのつもりでね。フリじゃなくてマジだから。国滅ぼされたくなかったら今すぐIS渡せ」
「束の言う通りにしろ。この件に関しては私は束の主張を認めている。更識、お前も一応ISを束に渡しておけ」
「分かりました。さて皆、思う所はあるだろうけどこの件は凪君のためでもあるから言う通りにして」
俺達全員、専用機を束さんに渡すとそれを四角いキューブの中に放り込んだ。束さん曰くこれで通信傍受やその他諸々が問題ないとか何とか……どうやってそんなの作ったんですか? でもここまで厳重にしてまで話す事って何だよ……凪のためって一体何なんだ?
「んじゃ話すね。まずは箒ちゃんの心にダメージを与えちゃうかもしれないけど……なっくんの背中、脊髄に機械が埋め込まれてます。それの名前が阿頼耶識。通称阿頼耶識システムね」
「……は?」
「姉さん……ふ、ざけたことを――」
「言うと思う? 残念だけど事実だよ箒ちゃん。なっくんって昔攫われたでしょ? その時に……ね。その阿頼耶識だけど簡単に説明するとISを起動するために人を道具にするって代物さ……ムカつくことにね。それを埋め込まれて生き残ったのがなっくん。元々なっくんはISを動かせるように設定してたんだけど阿頼耶識のおかげで予定が狂っちゃったんだよねぇ……ムカつくなぁもう。そんでその効果だけどISからの情報を脳で処理、言ってしまえばシステムに縛られない自由な挙動を行えるんだよ。いっくんも箒ちゃんも経験あるでしょ?」
「ま、まぁ……と、言う事は凪のあの動きって……」
「阿頼耶識、システムのおかげ……で、でも何故ラウラさんはその事を!?」
「……VTシステムに飲み込まれた時に、嫁の姿を見て知った……それは言ってはならない事だという事はすぐに理解できたからこそ今まで黙っていたというわけだ……このような事、お前たちに言えるわけがないだろう」
「うんうん。もし言ってたらドイツ滅んでたけどねぇ~」
「……姉さん、なぜ、なんで凪がそのようなものを埋め込まれる前に助けなかったんですか!! 貴方なら……姉さんなら!!」
「……ごめんね。その時、ちょっと手が離せなくて助けるのが遅れちゃったんだよ……こればっかりはお姉ちゃん失格と言われても良いぐらいさ。でもなっくんは怒らなかったんだよ……それどころか動かして良いISあるって聞いてきたぐらいだもん。流石のお姉ちゃんも驚いたね」
あぁ~……凪なら言いそうだな。というより拉致された事すら気にしてはなさそうだ……というより凪、お前の背中に機械を埋め込まれたんならその反応はおかしい。まずビックリして取り乱して落ち着いてからなら分かるが取り乱さずにその一言はダメだと思うぞ? ちなみに流石の箒も泣いてたのが嘘のように呆れてる。当たり前だよな……攫われて機械埋め込まれた弟がそんな事を言ったら誰だってそうなる。俺だってそうなる。
「……やっぱ篠ノ之博士の弟ってだけはあるわ。というより攫われた事自体どうでもいいって考えてたんじゃないのアイツって?」
「ありえ、ますわね……否定できないのが悲しいですけれども……」
「今までの凪を見てると、ねぇ……」
「――姉、嫁はいったいどのような様子だったのだ?」
「皆さんのご想像の通り、凪様は取り乱すこともなく私がまとめた書類を目にした後で動かして良いISはありますかと仰いました。脳死する可能性がありますと言いましたがコホン、僕ってたばねぇよりバカだし案外いけるんじゃない? と言われました……呆れますね」
「……なぎぃ、わたしのしんぱいをかえせぇ……!」
いや言いたいことは分かる。うんすげぇ分かる。最初は攫われました、機械を埋め込まれましたって聞いたからヤバい状態じゃねぇかと思った俺のこの気持ちも返してほしい。というより凪……お前大物過ぎじゃないか? 流石束さんの弟、って言って良いのか? いや良いって事にしておこう。
そして束さんから箒に知らせると箒の身が危ないから身を隠すための逃亡生活が始まったとか襲撃者を撃退するために凪が阿頼耶識を使ってISと繋がって撃退とかIS学園に入学するまでずっと訓練してたとか色々聞いた。そして思った事は……絶対に楽しんでたよな? もう箒なんて涙なんて流してないぞ? もうずっと呆れっぱなしだ。ちなみにだが鈴達も同様だ。楯無さんなんて改めて聞くとやっぱり凪君おかしいわって呟いてるけど全面的に同意したい。
「――束」
「およ? あぁそうだね私となっくんの愛の逃避行の話なんて置いておいてさっさと本題に入らなくちゃ! んじゃいっくんと箒ちゃんにはお願い、その他には命令するね。なっくんの精神世界に入ってあいつからなっくんの記憶を取り戻してきて」
「あいつ……? 束さん、それってもしかして……凪の専用機の、耶識ですか?」
「あったり前だよいっくん!! さっきちょこっと耶識を調べたら謎のデータが奥底に集まってたんだよ。確かなっくんは人機融合状態で倒されたんだよね? 多分その時になっくんの記憶をあのヤンデレISは持っていきやがったんだよ! あぁもう腹立つ!! 前も待機状態を人間形態に変更したらなっくんに襲い掛かるし! あぁ羨ましい! じゃなかったムカつくよね!!」
「姉さん」
「はいごめんなさい。というわけでくーちゃんの『ワールド・パージ』でなっくんと耶識の精神世界に入って耶識をコテンパンにして記憶を取り戻してきてよ。そうすればなっくんの記憶も戻る! 全部解決!!」
何だかよく分からないがあの子と話し合って凪の記憶を返してもらえばいいんだよな? よしやるか! 今まで世話になりっぱなしだったけど偶には俺も凪の役に立たないとな! 束さんの話ではクロエって子の専用機の能力で2人の精神世界って所に行けるらしい。ISってそんな能力まで持ってるのかよ……すげぇな。
「それではみなさん、ベッドに横になるか地面に座ってください。今から凪様と耶識の精神世界へ誘います」
「姉よ。この場には嫁が、凪がいないが?」
「安心してください。既に凪様の精神世界には何度も接続していますので離れていようと問題ありません、が唯一の問題点と言えば人機融合をしていないと凪様の記憶を取り戻せないという事ですね」
「それは私が凪君を上手く誘導して使わせるわ……危険性はある?」
「耶識が凪様の身体を使い暴れる可能性があります。みなさんが記憶を奪還する前に逃げられてしまっては全てが水の泡となってしまいますね」
「ならば抑えるのは私がやろう。鈍った身体を鍛え治すのは丁度いい」
「ヤダちーちゃんイケメン! そしてくーちゃん……それ束さんも初耳なんだけど? なっくんにいったい何をしたのさ!! そんな羨ましい、あぁもう羨ましい事をぉ!!!」
「凪様に少しでも意識してもらおうと逃亡生活中、ほぼ毎日凪様の夢として私を登場させましたが何か問題でもありましたでしょうか? 恋する女の子なら当然の事だと思うのですが?」
「くーちゃん、流石の束さんもそれはドン引きだよ? というよりさ! なっくんがくーちゃんを意識し始めた理由はそれかぁぁ!!! そんな事のために黒鍵にワールド・パージを搭載したわけじゃないよ!! よっしゃくーちゃん! ちょっとお話ししよう。うんお話だけだから安心してね?」
「私は今からワールド・パージをしなくてはいけないため忙しいです。申し訳ありませんが辞退させていただきますね」
「……なぁ箒? なんか束さんとクロエって子の様子がへ、ん……お、おい箒? 箒さん? 箒様?」
隣に座っていた箒の顔が他所には見せられない表情になっていた。というより怖いぞ? あと目に光も宿ってないが大丈夫か……? うん? なんだよ鈴、今ちょっと手、が……あれ? なんでセシリアとラウラも似たようなことになってんだ? もしかして既にワールド・パージとやらが発動してるのか!?
「織斑一夏様。残念ではありますがまだ発動はしておりませんよ」
なんで思った事が分かったんだ? 箒と言い鈴と言い凪と言い……どうして俺が思った事が分かるんだよ? もしかして心を読む能力でも持ってるのか?
「おいクロエ。戻って来たら話がある。首を洗って待っていろ」
「箒さん……わたくしもご一緒いたしますわ」
「私もだ。姉よ、流石にそれは私でも引くぞ」
「ふふっ嫉妬ですか?」
「この子やるわね……この状況で煽ってるわ」
「というより女の子全員がそんな事をするってわけじゃないよ……だ、だから一夏! 勘違いしないでね!」
「お、おう」
なんでシャルがフォローっぽい事をしてきたのか分からないけどとりあえず納得だけしておこう。そして色々あったけどようやく凪と耶識って子の精神世界に入ることになった。千冬姉と楯無さんは暴れても問題ない場所に凪を連れて行って人機融合を使用させるために部屋から出て行った。それから大体十分程度が経つと束さんから使ったとの声があった……凪、待ってろよ!
「――それでは凪様をよろしくお願いします。ワールド・パージ発動」
クロエって子の言葉を聞いた瞬間、凄く眠くなり意識を失う。次に目が覚めると真っ黒な扉の前に立っていた……しかも手には雪片弐型を持って。周りを見渡すと真四角の部屋のような所で俺と箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラが立っていた。しかもそれぞれの武器を装備した状態だ。流石に龍砲とかビットとかレールガンとかは無いけどそれでも十分すぎる! 生身よりはよっぽどマシだ!
【皆聞こえる~世界のアイドル束さんだよぉ~?】
「あっ聞こえますよ……世界のアイドル?」
【よし成功だね。さてなっくんだけど人機融合を使用した状態で意識を失ってるから今のうちに進んじゃって! その扉を開けると耶識の奥底に行けると思う……だけど気を付けて。多分だけどなっくんの記憶を見ちゃうかもしれないから】
「わ、分かりました――よし、行くぞ!」
皆が頷いたのを確認して扉を開ける――とそこは真っ暗な空間だった。右も左も上も下も分からない真っ暗な空間、これが凪と耶識の精神世界……なのか? 雪片で地面っぽい所を叩いてみるとどうやら歩けるようだ……これでもし違って落ちますねとかだったら洒落にならない。
恐る恐る一歩踏み出すとちゃんと足場があった……それを確認して俺達は暗い道を真っ直ぐ進んでいく。どれだけ歩いたのか分からない、ちゃんとまっすぐ進んでいるのか分からない、だけど歩くしかない……けど結構きついな。真っ暗な中をただ進んでいくのって精神的にかなりきつい……でもどういうわけか箒達の姿は見えるんだよな。それ以外が見えないだけっていうよく分かんない空間だよ。
『おねえちゃんまってよ!』
『おそいぞなぎ! まったくしかたがないな、これならばいっしょにいけるだろう?』
『うん!』
声が聞こえた。そして何故か分からないけど2人の小さな子供が手を繋いで遊んでいる風景が浮かび上がる……これって凪と箒か? なんか面影あるし……うわ懐かしいな。
「……昔の、私と凪だ」
「あぁ。でもなんで……って今度は別のか」
『今日から一緒の生活だから頑張ろうね、お姉ちゃん』
『……うん。頑張ろう、そして、あ、ありがとう……凪』
「これも凪さんと箒さんですわね……小学生ぐらいの頃でしょうか?」
「そうだ……転校して凪と一緒の生活が始まった時のものだ」
歩いていくにつれてどんどん声が聞こえて映像も浮かび上がってくる。初めての料理で失敗した時、箒に怒られた時、一緒のベッドで寝た時、何というか2人が転校していった後の事がこうして分かるって不思議な事もあるもんだ。当の本人は恥ずかしがってるけど。
『これが篠ノ之束博士の弟か』
突然声の印象が変わった。なんというかいかつい声……浮かび上がってきた映像では凪が椅子に縛り付けられて謎の男たちに取り囲まれている。これが攫われた時の記憶か……何もできないとはいえ腹が立つ。
『……たばねぇの行方なら知らないよ。他ある?』
『ウソはいけないなぁ。痛い思いをしたくなければさっさと吐け。今束博士はどこにいる?』
『だから知らないって言ってるじゃん。それに知ってたら既に日本政府がアポ取りに行ってるよ――っ』
殴られたり蹴られたりしても凪の目は変わらなかった。怖いとかじゃなくてどうすれば箒が危険な目に合わないかを考えているような……そんな目をしていた。すげぇよ……こんな状況でもそんな事を考えられるなんてさ、俺も似たような事を味わったけど此処までは出来なかった。
『……あぁ、そう言えば箒姉も知らない事あった。でも言わない、たばねぇを裏切れないし。だってたばねぇの事大好きだし。だから悔しかったら口を割らせてみれば?』
不敵に笑う凪、そしてここから俺は耳を塞ぎたくなることの連続だった。殴る音、蹴る音、寝ている最中、いきなり顔を水の中に突っ込まれる音、爪を剥がされ熱湯をかけられ電流を流され……所謂拷問を受けている映像がずっと流れてきた。だけど映像の中の凪はただ黙ってそれを受けていた……死にかけてるというのに弱音すら吐かなかった……!
「やめろ……やめ、てくれ……!」
「箒……」
「これが、凪さんの過去……ですの」
「……異常だ」
「アイツ、こんな目にあったってのに笑ってたのね……私じゃ絶対に無理。こんなの……無理に決まってるわ」
そしてまた場面が変わる。映像の中の凪はもう生きてる事が奇跡ってぐらいにボロボロだった……だというのに拷問をしていた奴らは変な器具を持って凪を取り囲んだ……まさかこれが、阿頼耶識って奴なのかよ!?
『もう話せないか。では聞くだけ聞いておきたまえ。これからキミの身体にこれを埋め込む。ここまでやって吐かないのなら博士の妹、キミで言うもう一人の姉に聞く事にした。よってキミはもう不要となったが最後に私達の研究材料になってもらおうか』
『――あ、あぁぁぁぁぁああああぁぁあぁぁ!??!?!?!!?!!?!』
「やめろ! やめろぉぉぉ!!!」
全員が耳を塞ぎたくなるほどの悲痛の声。麻酔なんて無い、いきなり背中に埋め込まれる痛みなんて想像したくもない……暴れても押さえつけられめんどくさそうに埋め込んでいく男たちの顔を見るたびに怒りが込み上げてくる……! こいつらは凪の事なんてどうでもいい、ただ自分の研究が大事だって本気で思ってる! 凪……お前はこんな事に巻き込まれても笑ってたんだな……ホント、凄いよ。
「分かったでしょ分かったよねこれで分からなかったらもうダメだよ理解して理解しよう理解できないなら死ね」
俺達が歩いている道の先から声が聞こえた。この声……耶識って子の声だ。夏休みで見た時と同じ病院で着るような服装で俺達の前に現れた――その両手に鉈を持って。
「お前たちがどれだけ凪を理解してなかったか分かった分かったよねもう分かるしかないよねそうだよお前たちは理解したと思ってるだけの大馬鹿なんだよ知ったような口で凪を見て凪と話してそれでいいと思ってるような大馬鹿なんだよ死ねよ死ね死ね死ね死ね凪の事を知っているのはワタシだけワタシだけなのワタシだけなんだよそれを理解したら帰れ良いから帰れとにかく帰れ邪魔だよ邪魔邪魔邪魔凪の怪我が癒えるまで誰も邪魔させない渡さない凪は永遠にワタシだけのものなのそれを理解したなら帰れ折角凪が優しい凪がお前達を心配させたくないと言って偽物を作ったのになんで来たのなんでなんでなんで偽物で我慢していろ我慢してよワタシだって渡したくないのに我慢して許したのになんで来たのなんでなんでなんでなんで!!!!!!!!!」
「……あぁ、キミの言う通り俺達は凪の事を深く知らなかった。だから取り戻しに来たんだ! いつもの凪と笑いあうために! 話すためにな!」
「私の弟はお前の道具じゃない! お前なんかには絶対に渡さない! たった一人の弟を……私の弟を返してもらうぞ!!」
「正直アンタには今まで結構返さないといけないもんがあんのよ。アンタなんでしょ? アイツにエグイ戦い方をさせてたのは? とりあえず百発ぐらいは殴らせてもらうわ」
「僕は凪のおかげで救われた。でもまだ返しきれてないんだ! 返してもらうよ! 僕の友達を!」
「わたくしの思いを伝える前に凪さんが居なくなるなどありえませんわ! このセシリア・オルコット、たとえ凪さんの専用機と言えども容赦はしませんわ!!」
「多くは言わん。ただこれだけは言わせてもらう――嫁は返してもらう」
俺達は武器を耶識に向ける。すると俯き始めた途端、笑い始めた。
「ふ、ふふふはははあははははははは返してもらうって何を誰を何を返せばいいの言ったよね凪はワタシだけのものだってだから返す意味が分からないよ分からないお前たちが何を言っているのか分からないなんなのお前達はなんなのさ勝手に言ってワタシから凪を奪うの取るの一人ぼっちにさせるのいやだいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや一人は嫌だ凪と離れるのは嫌だ凪凪凪凪凪ワタシは凪のモノ凪はワタシのモノなの誰にも渡さない誰にも返さない凪の記憶も腕も足も何もかも全部全部全部全部がワタシのモノだから奪うなら殺す向かってくるなら殺すそして消えろ永遠に消えろ死ね死ね死ね――ヒトヲコロスノハタノシミダ」
そして凪の記憶を取り戻す戦いが――今始まった。
今明かされる衝撃の真実!
寡黙な少女は毎晩凪の夢に干渉して自分をアピールしてました。その内容の一部は以下の通り。
姉、妹、幼馴染、先輩後輩、先生、クラスメート、許嫁、etc。
正直精神に干渉できる能力って卑怯だと思うの。
あとついでに世界最強が生身で刀を持って殺人機と戦うようです。