この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

15 / 32
VS自称妹系ハニトラ
はにとら・ぶれいかあ/織斑マドカは兄妹をあいしている


「さよなら織斑君。もう織斑君は戦わなくていいんだよ……もう二度と、目を覚ますこともなく」

「何でだッ、何でお前がそこにいて、俺に剣を向けてやがんだよぉッ……相川ああああああああ!!」

 

 

 

《YOU LOSE》

 

 

 

昼休み、一年一組教室で行われるPSPファイト大会にて俺は見事13連敗の新記録――つまり13連続準優勝を達成した。

またもや相川がドヤ顔で『騙して悪いな』プレイをしたせいで3対1だった。第1回大会から『忠告しておくね。強い方につく……それが私のモットーよ』とかのたまっていたのはダテじゃない。今のところ13回連続裏切りプレイだ。もうチーム組まずにバトルロワイヤルした方がいいんじゃないかな。

使用ゲームは『IS/VS』のPSP移植版。追加要素で隠し機体に『白雪姫』が入っているがピーキーすぎて誰も扱えていない。実は俺も使えない。動画とか見てもあいつら人間じゃねぇとしか言いようがない。仕方ないので『メイルシュトローム』で妥協した俺に死角はない。

 

「清香ちゃんマジ自重」

「背中刺す刃っていうか背中以外狙う気ないよね」

「モウダレモシンジラレナイ」

 

ヤツの度重なる裏切りのせいで多くのプレイヤーが精神的に大きな傷を負った。

第14回大会では俺と谷ポンと、一組のリーサルウェポンたるしずちゃんの三人で相川に裏切り返しをする予定なので乞うご期待。

 

「ちょっと皆さん! というか特に一夏さん! なぜそのようなテレビゲームに夢中になっておられるのですか、まだ文化祭のクラス出し物を決めていないというのに!」

「そーだよ織斑君、クラス代表なんだからしっかりしなって」

 

オルコット嬢が黒板をバンバン叩きながら俺に指を突きつけてくる。しずちゃんも呆れたように頬杖をついていた。

クラスメイトの半分ほどを巻き込んで行っていたこの大会も、終わってみれば昼休みの半分を無為に過ごしただけである。この調子なら時間跳躍も夢じゃないぜ。

 

「一夏。明日のLHR(ロングホームルーム)までに決めておかねばならないのだろう。早くやってしまえ」

 

二回戦で俺とブレオン合戦の末に敗れた箒が、俺の背後から抱きつき、顎を俺の頭に乗っけながら言う。

性別逆転あすなろ抱きとか誰得だよ。俺得だよ。後頭部がふにょんふにょんした感触に包まれて幸せナリ~。

 

「……ッ」

 

オルコット嬢がギリギリと歯を食いしばりながらこちらを見ている。先を越されたのがそんなに悔しいのか。温泉旅行以来吹っ切れたかのように箒は俺にベタベタしてくる。スタイルがスタイルなだけに毎回俺の『白世』がエラいことになっているのは、まあご愛嬌だ。

しかし正直俺にあまりやる気はない。ぶっちゃけ何が楽しいの? こういう青春イベントは彼氏彼女ができる見込みのある人間だけでやってくれませんかねぇ。

俺みたいなバリバリ童貞NO.1な人間には縁遠い話なんで。いやホントに。

 

「織斑君、やる気さえ出せばすごい行動力なんだけどねー……」

「今回はずいぶんと英気がないな」

 

フランスドイツ組が冷静に俺を批評していた。

 

「んもうっ! 我が一組は他クラスに負けないような出し物をするべきですわ! きちんと考えてくださいっ!」

「四組はメイド喫茶らしいね~」

「集客率によっては豪華商品もあるらしいしな」

 

オルコット嬢のご高説などどこ吹く風、箒と布仏の雑談に周囲を混ざる。

 

「今年の商品ってなんだっけ? 去年がキャノンボール・ファストの特等席だったよね?」

「えーと会長さんが決めてなかったっけ?」

「うんうん、確かぷれいすてーしょんふぉーって言ってたよ~」

 

……俺は静かに立ち上がると、教壇に登った。

 

「全員着席しろ。俺たち一年一組は今期学園祭の頂点だ。1位以外許されない。いいか……王者は一組! 絶対にだ!!」

 

力説する俺。

クラスの全員は、『やっぱりな』という視線を容赦なく突き刺してきた。違う。俺は商品に釣られてなんかいないんだからねっ!

とにかく出し物を決めなくてはならない。

 

「集客率という面では、確かに飲食店はいいアイデアだろう。だがそれでは4組と被る。集まる客をわざわざ分散させるのは愚の骨頂だ。みんな、何でもいい。考え付く限りのアイデアを出してほしい」

「はいはーい! 南極レストラン!」

「相川、お前が堺雅人ファンなのは分かった、飴やるから黙れ」

「チェリーパイ」

「欧米か」

「チェリーパイ投げ」

「ドリフかよ」

「toおりむー」

「俺に投げるのかよ止めろ!!」

 

思い切り怒鳴りつけてやった。なにこのコンビネーションアタック。お前ら早くスパロボ参戦してこいよ。

呆れたようにしずちゃんが俺を制止する。

 

「はいはい。私は劇がしてみたいかな」

「劇か……一考の余地ありだな」

 

こんな感じでチャカチャカ決めていく。

明日のLHRには決まるだろう……そう思っていた俺に吉報が届いたのは、その日の夜だった。

 

 

 

 

 

翌日のLHR。

用事でいないという姉さんに代わり、俺は教壇に立ち、意気揚々と宣言する。

 

「しずちゃん案、採用」

「やたっ」

「ただーし! あたしたちも噛ませてもらうわよ!」

 

ガラッ! と勢いよくドアを開けた鈴が、そのまま部屋に乗り込んできた。

突然の事態の推移に、皆訳も分からず目を点にしている。

俺がきちんと補足を入れる。デキる男はフォローが上手って昨日マツコが言ってた。

 

「一組と二組で合同の劇をするってワケだ。会場は二組を使う。キャストは今から決めるから小ホールに集まってくれ。合ってるよな、ニクミー?」

「ちょっとその呼び方すっごい悪意感じるんだけどー!」

 

犬歯をむき出しにして鈴がガルルと唸った。上等だやんのか。勝負ならベッドの上でやろうぜすいません冗談です。

俺は威嚇してくる鈴を適当に落ち着かせると、教室の隅に佇む巨乳先生に目配せをした。

移動を開始したクラスメイトの最後尾で、巨乳先生と二人で歩く。

 

「……二組との合同案、通してくれてありがとうございます」

「いえ。意外でしたよ、織斑先生じゃなくて私に頼むなんて」

「融通が効きそうなのって言ったらどう考えても、ねぇ?」

 

ばっちりウィンク。先生は少し呆れたように笑った。

そんな俺たちを一組女子ズがガン見してることに遅れて気づく。

 

「んだよ」

「なーんか怪しくなぁい、あの二人?」

「デキてますねぇ……」

「これはデキてますよとっつぁん……」

「誰がとっつあんよ」

 

相川から妙な渾名で呼ばれたしずちゃんが、ムッとした表情でこっちに近づいてきた。

横で巨乳先生は困ったように視線で俺に助けを求めている。

 

「ほら織斑君、行きましょ」

「へーへー」

 

ホールにもう入ってる二組の方々は、俺の姿を見た瞬間色めきたった。

一組は慣れてたけど、こいつらは俺という存在にあまり近しくないからな。久々の珍獣扱いに気分が悪くなる。……こいつらの中にもハニトラがいたりすんのか。疑いだすとマジで際限がねえな。

 

「一組代表の織斑一夏です。えーと、この場での司会進行を務めさせていただきます」

 

ホールはそれほど広くないので、マイクを使う必要はない。

俺は部屋に搭載された空間投影筆記ボード……まあ電子黒板を起動させると、授業中の先生のように生徒全体を見回した。教卓からだと内職やサボリがすぐ分かるって言うけどこうして上から見るとガチで分かる。こないだ携帯没収された相川ザマァ。

 

「えー来たる9月の……13日ですかね、IS学園文化祭の出し物として僕ら一組と二組は合同で劇をすることになりました。そのため、様々な役職を2クラス合同で決めなければなりません」

 

あらかじめインプットしておいたデータを表示させる。まあ監督とか演出とかに始まりエトセトラだ。

 

「じゃあこういうのは様式美でまず立候補と」

「私が監督を務めさせていただきますわ!」

 

オルコット嬢がいきり立った。

落ち着けよ……立候補してくれるのはありがたいけどさあ。

 

「えーと、挙手制じゃないです。やりたい役職があったら、皆さんの端末からチェック入れてください」

 

恥じ入ったようにオルコット嬢が座り込んだ。耳真っ赤だ。まああんだけ大きな声で名乗り出たんだ、もう監督志望のライバルは軒並み潰したことになるだろ。ここまで計算してやったのなら恐るべしオルコット家当主だが。

 

「えーと……じゃあランダムに選びますね」

 

はい。

ランダムです。

決して俺が意図的に操作とかしてないです。

そもそもこんなワードソフトにランダム選択機能あるわけねーだろバーカとか思ってません。

 

「監督オルコットさん。脚本ナギちゃん。演出谷ポン。背景……」

 

とりあえず最重要ポジ3つは一組で固める。俺からの伝達がスムーズに行えるように。

まあ交友関係広げてもハニトラの確率上がるだけで他クラスと絡みたくない絡むのが欝なだけなんですけどね。

ナギちゃんの脚本がある程度仕上がるまではまあ、キャストも決まらないのでしばし間を空けることになるのかな。

 

「ま、焦んなくてもいいぜナギちゃん」

「多分放課後には仕上がるよ?」

 

「なん……だと……?」

 

 

 

 

 

本当に仕上げてきやがりました。

どうやら劇の話をしずちゃんがした瞬間から妄想が止まらなくて夜を徹して練りこんでいたようです。陰キャラの底力ってやつなのか。そもそもナギちゃん陰キャラじゃないけど。

というわけでまたもやホール。

一日に二度もこんな視線に晒されるとなると俺の心労がマッハ。今すぐ大空めがけてフライアウェイ(物理)したいところだがPS4が俺を待っている。後退の二文字はない。

 

「キャスト決めまーす。基本的な設定とあらすじ、プロットを送っときますね」

 

表示された文書データを閲覧してキャッキャッ騒ぐ女子たち。

あのさぁ……主演が男性の時点で一択だよねナギちゃん。悪意しか感じないんだけどナギちゃん。これもう名指しでやったほうが良かったんじゃないのナギちゃん。

 

「様式美だから」

 

テヘッとわざとらしく自分を小突くナギちゃんがすげー可愛くて俺は顔を赤くして黙らざるを得なかった。俺の女子耐性が低すぎて俺の貞操がヤバイ。

いやキスとかの経験もあるんですよ? でもこうね……ふふふ、下品な話、勃起したら一周回って逆に落ち着くんですがプラトニックな感じだとどうも弱いんですよねふふふ……

というわけで投票率100%を記録した俺が主演、ヒロインは熾烈な戦争を潜り抜けたというかちゃっかり部屋の隅で不参加で事態の推移を見守っていた箒が掻っ攫っていった。コミュ障バリヤーがここで効力を発揮してやったね箒ちゃん! 出番が増えるよ(舞台上的な意味で)!

 

 

 

 

 

それから数日。俺は二組の教室の隅で我が親友に電話をかけていた。

五反田弾、もとい……なんだっけ、佐々木、希? なんかグラドルっぽい名前だったのは覚えてる。AV女優にもいなかったっけ。

 

「で、文化祭のご招待なんだが、来るか?」

『行きたいのは山々だが……招待できるのは一人なんだろ? 蘭を行かせてやってくれよ。寂しがってんだ、お前に会いたくて』

「そりゃ光栄だねぇ。鬼の阿修羅お兄様がいらっしゃらなけりゃすぐ娶りたいとこだ」

『ハッハッハ燃やすぞお前』

 

やばいこの声色マジだ。

俺は高速ヘルプを発動することにした。どっかのキセキと違って助けられる側だが。

一旦通話を切る。

 

「おいちょっと注目」

 

小休止を挟んでいる教室ではステージの調整をする谷ポンら演出組や、進行を確認するオルコット嬢とナギちゃんの監督組、水飲んで休む相川に布仏に箒に鈴にデュノア嬢にボーデビッヒに二組のティナ・ハミルトンさんがいる。

 

「この中で招待チケット使う予定のないヤツいないか?」

 

このままだと俺は燃えるゴミに分別されて捨てられかねん。

むしろ燃えたゴミだな。

 

「ん。私のを使っていいぞ」

「いいのか?」

 

あっさりと見つかった。我が幼馴染箒だ。やっぱ持つべきは巨乳の幼馴染だな。

 

「招待する友達が……いないからな」

『…………』

 

震え声で箒が呟いた。

空気が……死んだ。

教室の酸素分子が一つ残らず凝結したような感覚。あっこれやばい。

 

「む。織斑に先を越されてしまったか。私もチケットの追加が欲しかったのだが……」

 

そんな状態を打破したのはボーデヴィッヒだった。多分無自覚。

彼女は少ししょんぼりしながら、両手の指を順に折っていく。

 

「一枚二枚三枚……ええい全員は無理だとしても、やはり2ケタは欲しかった……」

「シュヴァルツェ・ハーゼか」

 

俺が問うと、ボーデヴィッヒは憂鬱そうに頷いた。

力になりたいのは山々だが、生憎俺もチケット乞食側の人間だからなぁ。

……こんな風にして普通に会話して、普通に助け合おうとしているのが、ボーデヴィッヒにとっても俺にとってもさりげない最大の進歩なんだろう。

 

「あ、ラウラちゃん私の使っていいわよ?」

 

谷ポンが声をあげた。

 

「私も大丈夫」

「はいはーい、私のもあげちゃう!」

 

ナギちゃんに相川が便乗した。お前ら何なの? 箒と同じぼっち畑の住人なの?

 

「あ、し、しかし、お前たちにも誘う相手が……」

「いないよ?」

 

相川が答えた。あっさりと。

それがなんだか俺には、ひどく無機質な色に聞こえた。

ボーデヴィッヒはすまなさそうにしながら、次々にチケットの予約を取り付けていく。おいおい代表候補生除いたらほとんどがあげてるじゃねーか。

 

「お前ら息ピッタリだな……」

「とーぜん。私たち同期だもんね!」

 

相川が隣で大道具の材料発注をまとめている夜竹に絡みだす。

困ったように笑いながらも、夜竹は同期だもんねと同じ言葉を返した。同期だったらこの場にいる連中全員そうじゃねえかバカ。

 

「無駄口叩いてる暇はありませんわよ!」

 

椅子にふんぞり返り偉そうに台本をペラペラめくっていたオルコット嬢が立ち上がった。

ベレー帽にメガホンと形から入るタイプかよお前。そのフリフリした制服と全然似合ってねえぞ。あのフリフリ具合からして多分コイツの下着もフリル付き(童貞にありがちな妄想)。

鬼監督オルコットの再起動により、俺たちキャストはあえなく練習再開となった。

まあ、五反田兄妹を二人揃って久々に眺められるってのは楽しみにカウントしてやるかな。

 

 

 

 

 

そんなこんなで当日。

一般公開してるワケじゃねーので派手な宣伝はない。まあ海上施設で花火鳴らしたり風船上げても仕方ないが。

上映は1時間に1回のペースが基本で、昼休憩を挟んだりする。

1回目の公演前に、俺は正門で五反田兄妹を待っていた。モノレールを降りてくる人々が俺を指差してヒソヒソ喋ったり写メってたりする。ちゃんと盗撮するときはバレないようにしようぜ! なまじ気づける分俺が気まずい!

やはり男性率は圧倒的に低い。時々誰かのお父さんっぽい人やお兄さんっぽい人や彼氏さんっぽい人が来るがめちゃめちゃ居づらそう。俺と視線が合う度に『正直羨ましがってすまんかった』『この地獄に耐えるとは、貴様伝説の……!?』『もう無理ぽ』とアイコンタクトを送ってくる。普段の俺の苦しみを一部でも味わうんだなこのアホどもが!!

 

「よう一夏」

「いっ、一夏さんお久しぶりです!」

 

と、人ごみの中を抜けて赤髪の二人組がこちらにやって来た。

待望の再開だ。弾とがっちり握手を交わす。

 

「久しいな。腕はなまってねえか?」

「まさか。そっちこそ、腑抜けて思考鈍らせてんじゃねえぞ?」

 

日本の内閣総理大臣を目指す男。

この女尊男卑の風潮に真っ向から唾吐くような絵空事を、このIQ200オーバーの天才は本気で実現させようとしてる。正直感服するばかりだぜ。

 

「私、生徒会長やってるんですけど……この文化祭の運営方針はさすがに反映しづらいですよねぇ……」

 

蘭もやはり五反田の血を引くのか、早速興味の対象から俺がフェードアウトしてた。

あれ……俺に会えなくて寂しがってたんじゃないの? 逆に俺がすっげぇ寂しいんですけど?

 

「おい蘭。バカが泣きそうだぞ」

「ハッ! すいません一夏さん、こういうのついよく観察しないと気がすまない性分で……!」

 

知ってるよォーッ!

もういい。とりあえず初っ端から俺たちの劇を見せつけちゃうもんね!

二人を引き連れてずんずんと後者に向かっていく俺。

だから、その時俺は、物陰からこちらを伺っている影に気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

ふぅー、を息を吐く。

公演初回は緊張するものだ仕方ないよってデュノア嬢が言ってた。頼りになるぜ。

即席の幕が引かれたステージの袖には各キャストが揃っている。

出だしに登場するのは俺。つまりツカみが俺にかかっているってワケだ。なにこれ荷が重い。

 

「では、一、二組合同クラス劇――『不倶戴天のベストフレンド』、どうぞお楽しみください」

 

オルコット嬢が開演前の挨拶を終えたらしい。パチパチと拍手が鳴る。

ここで谷ポンがこだわった、本当に劇場で使用される開演ブザーが響いた。ああやっべぇ割と緊張するわこれ。

まあ、あれだ。俺のやることは決まっている。それを為すだけだ。

俺は袖から飛び出ると、身に纏った舞台衣装――普段の制服の上から白衣を着るという目に悪いほど真っ白な格好で中央に躍り出て、そのままビシィと決めポーズを取る。ついでに白衣をきちんとはためかせて、叫ぶ。

 

「フゥーハハハ! 今日もこの今世紀最大の狂気のメァーーッドサイエンティストゥ! 織斑院狂夏に放課後がやって来たぞゥ!!」

 

観客が噴き出す音が教室にこだました。キャスト陣も袖で笑いをこらえている。

ていうかオルコット嬢、バンバン床叩いて笑い転げてんじゃねーぞこの野郎。

やっぱり脚本に悪意しか感じないんですけどねぇ腹抱えて笑ってるナギちゃァァァァァン!

 

「トゥットゥルー☆ あれぇおりむー、また一人でカッコつけて何してんの~?」

「む、本音か」

 

反対側の袖からのそのそと歩いてきた布仏に俺は声をかける。

何を隠そう、この劇はキャスト名がそのまま役名になっているという何とも言い難い手抜き仕様なのだ。

 

「あ、織斑さんおはようございます」

 

デュノア嬢が巫女服姿で登場する。似合っているなと声をかけてやると、顔を赤らめて照れ出した。

観客も見とれている――ごく一部はふぉぉぉぉと昂ぶっている――が、俺は劇の進行上冷たい事実を吐き出した。

 

「だが男だ」

「? ……どうかしたんですか、織斑さん?」

 

デュノア嬢が顔を引きつらせながら聞いてくる。投票で自分にこの役割が回ってきたとき、『天罰なのかな……やっぱり悪巧みをしちゃった時点でもうダメなんだよねあはははははは』と壊れた笑いを見せていただけあって、ピクピクをこめかみがひくついている。

やべぇ楽しい。追撃。

 

「こうやって上目遣いで俺を見てくるとたまらないアングルになる……だが男だ」

 

途中までうんうんと頷いていた観客たちが、途中で『えっ?』ばかりに口をポカンと開けた。

俺が一番『えっ?』てなった。ナギちゃんひょっとしてエスパー?

もうMK5(死語)なデュノア嬢はほっといて、俺は次の闖入者に向き直る。俺が視線を向けたことでやっと観客もその存在に気づいたらしい、二組のティナ・ハミルトンだ。なんでも鈴のルームメイトらしい彼女は、携帯をカチカチといじりながら登場。同時に俺の白衣の中で携帯が暴れだす。

 

「む……『こんにちは織斑君! 明日提出の課題やった!? また私終わってないよ~(泣)』……いや指圧師、いい加減面と向かって会話してみてはどうだ」

 

かちかちかちかち。

 

「『恥ずかしい、キャッ♪』……ではないわァ! いい加減携帯取り上げるぞ!」

 

コミカルな台詞回しと俺たちのオーバーリアクションに観客もクスクスと笑う。

次は確か鈴だったか。

 

「ニャ……ニャンニャン、フェイリンの登場ニャン!」

 

めっちゃ恥ずかしそう。

まあ可愛いから許す。

可愛いは正義。なんてこった俺の幼馴染がトゥヘァーなのか。善悪相殺の方じゃなくて良かった。

 

「登校した登校した登校した登校した登校した私は登校した登校した登校した登校した登校した登校した登校した登校した」

 

やべえ雰囲気なのはボーデヴィッヒ。なんだっけドイツ戦士って呼べばいいんだっけ。

どう見ても引きこもりが久々に外出しただけです本当にありがとうございました。

 

「フヒヒッ、今日も十香たん可愛いおフヒッ」

 

物陰でパソコンいじってる相川は清香。

普段なら照れが入ってしまいそうだが、画面に映った美少女の画像を見て涎を垂らしながらハァハァ言ってる雌豚に対しては残念ながら一片たりとも照れなど混ざりこまない。

 

「なんなんだ騒々しい……またお前か、織斑一夏」

 

最後に箒がやって来て全員集合だ。

 

主にストーリーは俺と箒と軸として進む。有数の進学校に通う俺たちは、少し前にやって来た箒という転入生を巻き込んで『次世代ガジェット開発倶楽部』を立ち上げ、時にはぶつかり合い、時には手を差し伸べあいながらも夏に行われる全国科学コンテストの1位を目指していくというものだ。

……実はこの箒の役名は篠ノ之束、つまり彼女がISをこれから作り上げていく、むしろ劇中で開発されているパワードスーツがISの雛形であるという裏設定があるのだが、それは閉幕後にナギちゃんが語ることだ。

今は劇に集中しよう。

そうして第1回公演は過ぎていく。

 

 

 

 

 

やれやれだぜ。第1回公演は大盛況の元に幕を閉じた。第2回、第3回、と数を重ねても集客は衰えていない。

この調子なら総合的に多くの観客の来場を見込めそうだ。他のクラスに引けを取らないだろう。

俺は白衣姿のままベンチに座り込み、出店で買ったペットボトルのジュースをごくごくと飲み干した。空の容器を傍らのゴミ箱に投げ捨てる。

弾と蘭はしばし二人だけでめぐってみるそうだ。用済みとリストラされた俺はこうして青空の下しょげている。本当に首切られたリーマンみたいになってるんですが大丈夫ですかね俺。

やっとの思いで得た昼休みだ。楽しんで過ごしたい。

 

「あー疲れた……なんか見るもんあったけなぁ」

 

手に持ったパンフを適当に見る。各クラスごとに個性的な出し物があるが、一人で行くもんじゃねーな。こうしてる間も俺に対する視線がハンパないし。

と、悪戯な風(古風)が俺の手からパンフを奪い去っていった。オイマジかよ、それ一人につき一部しか発行してくれねーんだぞ。

 

「あ、ちょっ」

 

バサバサと吹き飛んでいったパンフが、見知らぬ人の足元に転がる。

慌ててそれを拾いに行こうとして。

ベンチから立ち上がって。

一歩踏み出し。

歩みを止め。

凝視する。

止まる。

見る。

 

今俺の目の前に佇むその少女を。

 

私服だということは、学園の内部生じゃない――待て。待て。なんで。

帽子にメガネと変装じみたことはしている――だから皆気づかない。俺はすぐに分かる。俺だから。分かる。

 

そこにいたのは、まさしく姉さんだった。

 

幾年か前に、若返ったかのような外観の少女が。いた。

 

「君、は……」

「!? ……!」

 

少女はバカな! といった表情で自分の顔を触って、慌てて辺りを見回し、また俺を凝視する。

俺は咄嗟に大丈夫だというジェスチャーを送り、彼女に習って周囲を警戒する。

 

「こっちへ」

「ああ」

 

そそくさと早足で物陰まで歩いた。

少し落ち着く間を置く。……こうやって近くで見ても、ますます姉さんだ。ぶっちゃけ若いころの姉さんが写真から飛び出てきたと言われたら信じる。

 

「……すまない。手間取らせたな」

「い、いや。……なあ、君は何者なんだ?」

「答えることはできない。そもそも今、お前と接触していることすら予想外なんだ……視覚偽装は完璧のはず、直感? いや、『白雪姫』の補助のせいか……」

 

少女は冷たく答えた。最後の方は口ごもっていて何も聞こえなかったが。

でも俺はそんな言葉だけで退くことはできない。なぜ姉さんと同じ容姿なのか。どこから来たのか。

 

「答えることはできない」

 

冷淡な跳ね返りは変わらない。俺はじっと彼女の目を見つめていた。……どうも無駄っぽいな。時間の浪費は好きじゃない。

なら質問の趣向を変えるとしよう。

 

「なんで来たんだ?」

「……見てみたかった、から。IS学園を」

 

その言葉を零したとき、少女の瞳は、光の切れた蛍光灯のように、何か途方もない深淵であるかのように、底知れないほど――輝きを失っていた。

そんな目を俺は見たくない。

姉さんの顔で、そんな目をしているのを、見たくない。そう心から思う。だから。

 

「なら、見に行くか」

「え?」

 

ベンチから立ち上がる。パンフを見ればどこで何をしてるのかはすぐに分かる。

この上ないナビゲーターになってやんよ。

 

「行こうぜ、あ、えーっと……」

「……マドカ、でいい」

 

マドカちゃん、か。

俺は彼女を引き連れて、珍しく本気で遊び倒すことにした。

 

 

 

 

 

2年生が教室を神社っぽく飾り付けていた。

すげぇ涜神な気がしなくもないが、アリっちゃアリだ。許可を出すあたりこの学園は完全にイカれている。

それっぽい社を潜り抜け、俺とマドカちゃんは本殿にたどり着いた。

 

「おっ、織斑君じゃない!?」

「本物だー!!」

「女の子連れてるけど……誰?」

 

騒々しいなオイ。俺はマドカちゃんを若干引き寄せ離れないようにする。

戸惑ったように耳を赤くし、マドカちゃんは距離を取ろうとしたが、周囲からビンビン飛んでくる殺気に気づいたのかされるがままになった。少し香水がいい具合に香ってやべぇ……女の子すごいよぉ……

適当に手を打って黙礼。

できる限り具体的に願うといいって誰かが言ってた。多分箒。かつて巫女の経験もあるという我が幼馴染は圧巻の頼りがいだぜ。

 

「何を願ったんだ?」

「私は別にいいだろ。お前はどうなんだ」

「ああ……自分の国がほしいですってお願いしといた」

 

俺の国があればハニトラ被害とか心配せずに済みそうなんですけどねぇ。

あまりにもバカバカしすぎたのか、マドカちゃんは呆れたように嘆息するだけだった。

めっちゃ悲しいんですけど。失意に沈みながらおみくじとかお守りとかが置いてるコーナーに向かう。

 

「あの、おみくじ二つください」

「はひっ! ろっぴゃきゅえんです!」

 

緊張しすぎだろ。俺は財布の中から小銭を引っ張り出そうとして、横でマドカちゃんが懐から諭吉を抜き出すのに間に合わなかった。

ピン札じゃねーか。

 

「これで」

「オーバーキルだバカ」

 

リバースカードオープン、強制脱出装置! 諭吉をマドカちゃんの手に戻すZE!

代わりに俺が野口を通常召喚してみた。バニラで申し訳ない。凡骨ビートをなめるなよ。

 

「織斑一夏……」

「いいだろこんぐらい、カッコつけさせやがれ」

 

おみくじを箱の中から引く。マドカちゃんも不満そうにしながら、一枚引いた。

周囲からの視線が痛い。どうやらここで開けろということらしい。

のり付けされている紙面を剥がす。出た――末吉。微妙だった。

何々……願望、辛抱せよ。金運、拾う幸あり。恋愛、諦めろ。最後ふっざけんなバーカ!

 

「そっちはどーよ?」

 

おみくじを覗き込む。途端にマドカちゃんは首を真っ赤にして顔を逸らした。

 

「っ! い、いきなり近づくな!」

「あ、ああ悪い……凶か……」

 

不自然なほどに驚かれ、こっちまでビビった。

おみくじの内容は非常に悪い。それを淡々と見てから、マドカちゃんは鼻を鳴らす。

 

「元から神など信じていない」

「いやここ神様じゃないぜ。見てみ」

 

俺は親指で社にかかった掛札を指した。マドカちゃんがほっそりとした首を上げる。

 

「……千冬教?」

「新興宗教団体感丸出しだな」

 

もはや呆れるばかりだ。この神社っぽい教室では姉さんを神として崇めているらしい。本殿の奥には姉さんの生写真でも御神体として飾られているのだろうか。

俺はやれやれと肩を竦めると、マドカちゃんに視線を向ける。

バカバカしいだろ、と声をかけようとして。

 

「……織斑……千冬……」

 

また、あの目。

迂闊だった。この外見で、姉さんと何の関係もないはずがない。強いて言えば、まず間違いなく常識的ではない関係だ。

浅慮にもほどがあるぜ俺。こんなパッパラパーだから彼女ができねーんだ。

 

「悪い。腹減っちまった。飯にしようぜ」

「あ……」

 

マドカちゃんの手を引いて結構強引に連れ出す。周りが一気に騒ぎ出し写メの音もしたが、無視。

後日が怖いなと思ったけれど、なるようになるさ。

なにせ俺には『癒憩昇華』があるからな!(希望的観測)

教室を出て手を放した時、少しマドカちゃんが名残惜しそうな表情をした時はズキューンときた。

 

「まあせっかくだし、どっかの喫茶店にでも入るかな」

「織斑一夏。あれはなんだ」

 

そう言ってマドカが指差したのは一年四組だ。

簪がメイド喫茶をやってるところか……いや全然欲望のままに行動してるわけじゃない。確かに彼女のメイドコスも気になるが、喫茶店を名乗るからには美味いコーヒーと軽食があってこそなのだ。それを確かめにいかねばならないだろう(ここまで2秒)。

 

「いいぜ、行くか」

「今度は私が払うぞ」

「自分の分だけでいいって」

 

そうか、とマドカちゃんは残念そうにする。ピン札どんだけ使いたいんですかねぇ。

教室には結構人だかりができていた。しばし列に並んでから入店する。俺が入ったとたんの歓声が耳を衝いた。

リアクション的にマドカちゃんの外見には誰も気づいていないのか……? すぐ思い当るのは血筋による直感。

んなワケあるか。妥当なとこで、まあ、『白雪姫』のおかげかな。

 

「申し訳ありません、相席になってもよろしいでしょうか?」

「俺はいいですよ。マドカちゃんは?」

「構わない」

 

というわけで教室の隅のテーブルに案内された。教室中から飛んでくる視線が痛い。

席の相手は見たことのある人だった。ダッフルコートを椅子に引っ掛けて優雅に紅茶を飲んでいる。ダージリンティーの香りが俺のいる場所まで漂ってくる。

背後でマドカちゃんが一瞬歩を止めた。

 

「下僕お前、何しに来てんだよ」

「君を探してたんだよー」

 

手をヒラヒラと振る彼女は、冷静に見れば美人だ。まあ胸ないし、オーラないし、ミステリアスさもないから残念。

下僕は視線を俺から僅かにずらし、ほんの少し眉を跳ね上げ、不機嫌そうな声色を搾り出した。

 

「後ろの子は?」

「ん、ああ……知り合いで、招待したんだよ。マドカちゃんっていうんだ」

「どうも」

「ちょっと帽子上げてもらってもいい? ……あれー? 私の従兄弟に似てる気がしたんだけど」

「完全に気のせいだ」

 

軽く会釈してマドカちゃんは席に着いた。俺も倣って着席。

店員さんがメニュー表を持ってきたので、簪はどこにいるのか聞いてみる。どうやら厨房での仕事らしい。

 

「いや絶対あの子はホールに出るべきなんですけどね……みんなあんまり話したことなくって、ルームメイトの子とか一部が説得したんですけど納得しなかったんです」

 

メイド服姿の女生徒がそう教えてくれた。この子も十二分に可愛いので来た甲斐はあった。

だが折角なら簪のも見てみたいという欲が出てしまう。

 

「私はコーヒーとたまごサンドイッチを」

「俺はアップルティーとオムライスで。あ、悪い少し席外す」

 

互いに初対面の女性二人を放置というのは紳士としていただけないが仕方ないね、だって簪のメイド服がかかってるんだもん。

彼女できないんだしこういうところで青春っぽさ味わさせろよオラァ!

 

「さぁーて、料理中に口出しという名目で侵入しようかなっと」

 

厨房とホールは簡易的な仕切りで区切られている。といっても別に天井まで届くほどじゃあない。せいぜい俺の腰あたりまでしかない本当に簡単なものだ。

 

「よっ、簪って……」

「にゅひゃぁっ!? いいいい一夏、何でッ!?」

 

厨房で料理しているにもかかわらず、簪はメイド服姿だった。

どうでもいいけど汚れたりしないのか大丈夫なのか。ちょっとドジって服を汚して『ふぇぇ……服汚しちゃった、ご主人様に怒られちゃうよぉ……』なメイドさん。

……断然アリだと思います。

 

「客だっつのこっちは。オムライス頼んで、ついでに様子見に来た。似合ってんぞ」

「ん、んんっ……ありがと」

 

少し頬を染めながら、彼女は俯いてしまった。

……おおいっ!? 俺が求めてるのはそんな乙女チックな反応じゃなくて、いかにも親友らしく軽く笑いながら流すような対応だぞ!?

これは少し簪との距離感を考えてみたほうがいいかもしれん。そういえば最近すっかり気を許してベタベタし過ぎだったような気がする。

 

「あ、悪い俺ツレがいっからさ」

「うん……また、ね」

 

席に戻る。下僕とマドカちゃんが少しも喋らず黙々とコップの中の液体を飲み干している。

空いた席に置かれた瑞々しいアップルティーのグラスが教室の照明を反射して眩しい。ていうかあの席、殺伐とし過ぎだろオイ。本格的に戻りたくねぇ……

 

「悪い、待たせたな」

「気にしてないよー」

「別にいい」

 

マドカちゃんは帽子を被ったままコップを傾けている。シュールな光景だが、どうにも周囲からそれに対する興味はない。

……起動済みの『白雪姫』が情報を送ってくれた。視覚の阻害エフェクトがかかっているらしい。そんなことができるということは――マドカちゃんは、マジでこの学園に潜入するために来ているのかもしれない。個人でこんな魔法みたいなことができるんだったら束さんの再来と言わざるを得ねぇし、背後に組織の影がちらつくな、これ。

そんな子を案内するとかいまさらだけど俺危ない橋渡りすぎワロタ。

 

「あーそーだ織斑君、しばらく私この学園にいるね? レールガンシリーズの最終作品、『呪(かしり)』がそろそろ完成しそうだから、ラボよりこっちで引きこもってる方が都合良いんだよね」

「ふぅん。んじゃ時々様子見に行くぜ。ついでに『白雪姫』のメンテも頼みたいしな」

 

ずぞぞぞぞぞ……とアップルティー一気飲みにチャレンジ。思ったよりグラスが大きくて3分の1ぐらいで諦めた。

仕方ないので黙々とオムライスを食べ進める。時々下僕と話すぐらいで、マドカちゃんはまったく声を発することなくいつの間にかサンドイッチを食べ終わっている。

 

「じゃあ私は、行くね。マドカさんも、もしどこかで会えるならまたいつか」

「ええ」

 

仲が悪かったわけではないらしく、最後にマドカちゃんに挨拶して、下僕は店を去っていった。

……なんか、違和感が、拭えない。なんだろう。何か、おかしくないか。

アップルティーの底には茶葉の粉末が沈殿しつつある。

オムライスもなくなってしまった。

 

「織斑一夏。まだか」

「ん、ああ」

 

グラスの中身をまるごと飲みこむ勢いで喉に流し込んだ。

席を立ち、お勘定。案の定マドカちゃんの分はピン札だった。

外に出てからパンフを開いた。やってるのは……近いとこで美術部と弓道部か。

 

「美術部行ってみるか」

 

マドカちゃんは頷いた。

やっぱり彼女と連れ添って歩いていると、指差されたり、なんか話されたりと落ち着かねぇ。だが俺とマドカちゃんの関係を邪推するものばかりで、その外見について触れたものはない。

……正直、その視認阻害エフェクトの発信源について聞かなきゃいけないんだろう。まあ会った瞬間の時のことを考えると明らかに教えてくれなさそうだけど。

 

「何をするんだ?」

「着いてからのお楽しみだぜ」

 

美術室への道のりの間も、ふと彼女が見かけたものについて説明を加えていく。

そうこうしている内に美術室に着いてしまった。ドアには『芸術は爆発だ!』と書かれた張り紙があった。

 

「……爆弾の解体、か」

 

部屋に入るなり周囲のテーブルには集中して箱型の機材にピンセットやらニッパーやらを駆使して立ち向かう人々がいた。

明らかに部外者っぽい人たちは頭を抱えながら部員の指示を聞いて、暇つぶしに来た生徒はサクサクと解体していく。

 

「マドカちゃんは」

「経験はある、こんなもの子供の遊びだろう」

 

言ってから、マドカちゃんはしまったといった表情をした。

……とにかく席に着いたが、本当に、マドカちゃんはテキパキと解体作業を始めた。

それを見守りながら、いよいよこの子が何者なのか、俺には分からなくなる。

一体全体どこから来たんだ? 何をしているんだ? 何で爆弾解体の技術があるんだ?

 

「最終段階だ」

「ん、ああ」

 

完全無効化段階に入る。赤か青かってコナンかよ。一番最初はジャガーノートだっけ、映画あんま見ないかわ分かんねぇけど。

マドカちゃんは請うように俺のほうを見てきた。

 

「好きなほうにしろよ」

「分かった」

 

迷うことなくマドカちゃんは青を切った。無情なブザー音がビビーッ! と響く。

あれま、なんか青に恨みでもあるのか。

と、ブザーの際に何か不具合があったのか、マドカちゃんの頬に機材の破片が飛んだ。ピッと切れて少し血が垂れる。

 

「大丈夫か?」

「ん? ああ……このぐらいなら」

 

マドカちゃんはティッシュで血を拭って、そのまま放置していた。

残念賞の飴玉をもらって外に出る。階段を上がったところに弓道部の部室があるのでそこも行きたい。

 

「……弓か?」

「んーいや、今日はグレードアップ、期間限定射撃部だってさ」

 

露骨に嘲笑うような笑みを浮かべるマドカちゃん。そういう嗜虐的な笑みも似合ってるあたり姉さんの造形はマジで万能なんだなあと思う。

 

「ちわーっす」

「あ、織斑君だー! こっちこっち、今ちょうど4番が空いてるよ」

 

見知らぬ生徒が手招きする。

銃撃なんてなかなかできない体験だからか、来ている客の大半は招待客だった。

 

「お連れさんは銃を扱った経験はあるかな? なかったらこのハンドガンがおすすめなんだけど……」

「これでいい」

 

マドカちゃんは迷うことなく、壁に立てかけてあったライフルを手に取った。今や骨董品もいいところのボルトアクション式小銃だ。多分現物じゃなくて、それを模したモデルガンなんだろう。俺は無難にアサルトライフルを借りた。

目標は空間に投影されたダミーターゲットなので、距離は自在に調整できる。最長2キロらしい。

俺はまず550mに設定。撃つ。当たる。50m伸ばす。当たる。100m伸ばす。当たる。周囲から感嘆の声が漏れた。

直感的に分かる。今の声は俺に向けられたものじゃない。

 

「……織斑君、あの子、何者?」

「俺が聞きたいっすよマジで」

 

マドカちゃんはモシン・ナガンで俺と同じ距離のターゲットを撃ち抜いていた。名高い傑作アサルトライフル、M16に対して、モシン・ナガンはスコープすらない旧式だ。ちょっと頭がおかしいなんてレベルじゃねーぞこれ。

 

「射撃には自信がある」

 

リロードしながらマドカちゃんはそう言った。

 

「ドヤ顔で語っちゃって可愛いなオイ」

「っ」

 

あ、外した。そのまま銃の銃身にがつんと頭をぶつけた。

そのまま俺とマドカちゃんは同じ距離を撃ち続け、めでたく新記録を樹立することとなった。

すごいすごいと褒めちぎる弓道部部員に、俺も悪い気はしない。

 

「あ、じゃあ記念写真撮らせて! 現像したら二人にも渡すからさー」

 

部長という腕章をつけた少女がそう言ってきた。

 

「いや、別にいいっすよ。写真苦手なんで」

 

申し訳ないが断ろう。そう言葉をかけたとき、マドカちゃんがポケットから小型のデジカメを出した。

え。撮影希望者さんですか。

 

「このカメラでも、撮ってほしいんだが」

「はいりょーかいっ。じゃ、二人とも並んで!」

 

なし崩し的に撮ることになった。写真とか苦手なんだけどなぁ……

部長さんの一眼レフが数回、マドカちゃんのデジカメが1回フラッシュを焚いた。

デジカメがマドカちゃんに返される。

すぐにデジカメをかちゃかちゃいじると、彼女は少し笑った。

 

「仏頂面だな」

「悪かったな……って、あん?」

 

デジカメの画面に映し出された写真をまじまじを見る。

不機嫌そうな俺と、その横で、満面の笑みを浮かべて俺に腕を絡ませてるマドカちゃん。……腕を絡んでる覚えはないので多少不思議だが、それより表情だ。

姉さんがこんなにイイ笑顔を浮かべるのなんか見たことないし、それに、こんなにふんわりとした美人を見たこと自体人生上初めてだった。

 

「……なんだ、すっげぇ笑顔じゃん」

「ん、写真は、好きだからな」

 

少し照れたようにマドカちゃんは視線をそらした。

 

「ずっと昔に言われたんだ」

「え?」

 

マドカちゃんの目が、ずれる。どこかピントのおかしなものを見ている。この場にないものを懐かしんでいる。

 

「写真を撮れと。写真を撮ったとき、隣に誰がいたのかをきちんと覚えておけるようにと、言われたんだ」

 

脳天を、鉄塊で殴りつけられたような、そんな錯覚がした。

 

「……ぅ、え?」

 

何て言った。何故その言葉を知っている。

それは。

それは姉さんが俺に言い、俺が守っていない、数ある教示の一つのはずだ。

なんでお前が知っている……?

 

「ぁ……」

 

pipipi! とマドカちゃんの腕時計がアラームを鳴らした。

彼女は少し表情を歪め、小さく、すまない、と呟いた。そのまま風のように駆け出す。咄嗟のことに俺は反応できない。

 

「ちょ、ちょっ?」

 

慌てて俺も廊下に飛び出した。

開きっぱなしの窓から無遠慮な風が俺を殴りつけてくる。他に人などいない。

おい、ここ、4階だぞ……?

 

「織斑君、はい写真。……あれ、お連れさんは?」

 

追いかけてきた部長さんの問いに答えることもできず、俺は呆然と立ち尽くすばかりだった。

 

 

 

 

 

考える時間がほしい。

あまりに姉さんと酷似した外見。

姉さんに親しいもの以外知る由もない言葉。

どれをとっても謎が多すぎる。いや、少しだけ分かることならある。

 

「まず間違いなく、織斑の血筋に関係がある」

 

男子更衣室。第1アリーナに拵えられた俺専用のロッカールームでベンチに寝っ転がり、俺は思考を回す。

そもそも俺に接触することが予定外とか言ってた。つまり何かの予定があったということに他ならない。

どうなってる……? 何をしに来たんだ?

 

もしかして俺は、何か致命的な破滅の根源を招いてしまったんじゃないか?

 

「分かんねぇ」

 

ごろんと寝返りを打つ。ベンチから落ちた。

この部屋にいるのは俺と『白雪姫』ぐらい。

マジで分かんねー。

そうしてごろごろごろ。暇だな。3DSでも持ってくりゃ良かったな。ルイージマンション2に備えなくてはならない。

 

「……ここにいたのかよ」

「あ?」

 

部屋の扉がバシュッと開いた。

出てきたのはスーツをカッチリ着込んだ女性。メガネかけてたけど外して投げ捨てた。

……! 俺は弾かれたように立ち上がり、瞬時に権限させた『白世』を振り下ろす。理由などない。ただ防衛本能の警鐘に従うだけ。

 

「んなっ!?」

 

女性が驚愕したように口を空ける。俺に向けて放たれたのは網状に張られたエネルギー体。

まるで蜘蛛の巣のようなそれは『白世』にまとわりつきどうにか俺まで伸びようとしていたが、あまりに大剣が長大で届いてねぇ。

即時攻撃とか割とムチャクチャだ。最も合理的ではあるがな。我ながら対応できたのは素晴らしい。箒との一件でもやったが、『白雪姫』は俺のためなら割と勝手に姉さんの封印を破ってくれる。

 

「テメェッ、大人しくしやがれ」

 

女性の背後から無骨な機械腕が生えるようにして現れる。

蜘蛛の網に続いて蜘蛛の足か……の、割には2本だけってのは肩透かしだな。

自分の左腕はだらんとぶら下げて、女は右手にサブマシンガンを召還した。互いに武器のみ持った状態。

 

「『白雪姫』ゥッ!」

「アラクネェェェェッ!!」

 

ただ、互いに全身を鎧で包むのに1秒もかからない。パーソナライズされた俺の白衣と女のスーツは粒子と散り、その中で踏み込み、激突する。

純白のISアーマーと黒に黄の縞々を描いた毒々しいISアーマーが擦れ鈍い音を立てた。

手狭な更衣室の中じゃ『白世』を十分に振るえない。おまけに手数じゃあっちが完全に勝っている。

サブマシンガンも鬱陶しいが、最大の難所は背部に取り付けられた蜘蛛っぽいアーマード・アームだ。先端が鋭い爪のように尖っており、実体剣の体を成している。おまけに内側には仕込みライフルも備えていて、モードチェンジとか高速切替(ラピッド・スイッチ)とかを必要とせずに刺突に銃撃にやりたい放題だ。

この野郎鬱陶しいぜッ!

 

「うらっ」

 

メインアーム2本をまとめて弾き飛ばす。返す刀でマシンガンを両断。

よく3本も腕を操るぜこいつ。

 

「でも練習の甲斐あっても3本が限界なんだな。……左腕、全然動いてねぇぞ」

「!」

 

ギクリとしたように、女が動きを止めた。

隙を逃さず全力の加速をもってして蹴りを叩き込む。壁をぶち抜いて女は隣の部屋、アリーナのピットに転がり込んだ。

 

「何が目的だテメェ」

「……ハッ、答える義理はないねェ」

 

さすがに衝撃が通っているのだろう、女は苦しそうに表情を歪めながらPICで姿勢を整えた。

女のアーマーがスライドする。腰部から出てきたのは、何か液体がたっぷりと溜め込まれた注射器。

躊躇なくそれが細い首筋に突き立てられる。

 

「う、おっ……きたぁっ。キタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタァァァァァァッッ!!!」

 

ぎゅううと中身が注入される。

マジかよアブない薬でも入ってんのかよ。

 

「ヒュキキキキ、ひゃははははははははははっ! 並列思考用の特注品って言ってたけど、こりゃ市場に流せば並のドラッグよりぽっぽどキクぜスコォォォォォルゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

……これはさすがの俺でもちょっと引くわ。

涎だらだら垂らしながら、白目剥いて、髪を振り乱し身悶えする美女さん。ちょっと弁明の余地がないレベルでキチってますねぇ。

 

「ああ、あぁ……『アラクネ』、出力全開(フルバースト)ッッ!!」

 

次の瞬間、メインアームがまたにょきにょきと生えてくる。いや蜘蛛を模した兵装腕だけじゃねえ、人間の腕のようなサブアームまでご丁寧に増えやがった。

蜘蛛足型メインアーム8本、サブアーム2本、元々あるので2本。計12本。

 

「きひひひひひひ、ひきっかっかきききっきゅくくくひゅかっかいひゅかひゅくひゅくひゅくひゅくひゅくひゅくひゅ」

 

今時ホラーゲームでも聞けないほどのマジキチボイスをあげながら美女さんが突っ込んでくる。

メインアームはブレード部分での攻撃と射撃を使い分けてきてて鬱陶しい。サブアームが握るマシンガンやレイピアもいい感じに俺の動きを制限してくる。突かれ突かれ俺のエネルギー残量が地味に削られ続けているんだがこのチマチマ削り本当にイヤだ。

 

「何が目的だって聞いてんだろうが答えろタコ!」

「そのアィエスとォッ、テメェを捕まえに来てんだァァァァァァァァよッッ!!」

 

メインアームの刺突を凌いで首を傾げるだけで射撃を回避、サブアームのマシンガンを蹴り上げそのまま前蹴り、メインアームに阻まれ一旦距離をとる。ここぞとばかりに8本ともが集中砲火してきた。『白世』を盾代わりにしてやり過ごす。

こうも狭いところじゃ地の利が向こうにあるし、何より『白世』の取り回しじゃ手数的にムリゲーなのは明白。

 

「12本も腕並列して使うにはまともな脳みそじゃ無理だろうけどよ、クスリキめなきゃ扱えないISとか欠陥機にも程があんだろ!」

「スコールがこォの私のために作ってくッれたッ、専用のッ、私専用のISにィィッ……ケチつけてんじゃねェェェェェェェ!!」

 

突撃してくる美女さん。

8本のメインアームが踊る。火を噴く物、突き出される物それぞれだ。

俺は『白世』を地面に突き立てると、見えないように『虚仮威翅』を展開させた。体を傾け、居合いの姿勢。懐剣で居合いというのも変かもしれないが、こいつはただの懐刀じゃねぇ。

イメージしろ、鞘に収められた剣を。あらゆる闇を裂く一振りの閃光を。

こんなところでこんなワケ分かんねぇ奴にやられてやるほど……俺は甘くねぇんだよ!!

 

「あ?」

 

刺突が『白世』を弾き飛ばす。

がら空きの俺本体に対しありったけの弾丸を叩き込む算段だったのだろうが、美女さんは、疑問に首を傾げているようだった。

ガシャンガシャンと鉄塊が落ちる音がいくつも響く。

それが『白世』と同時に吹っ飛んだ自分のメインアームの成れの果てだと、美女さんはまだ理解できていない。

抜刀の要領で『虚仮威翅:光刃形態』を顕現させ振りぬき、メインアームを溶断してやったのだ。

 

「まだまだァッ!」

 

すぐさま高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)へとつなぐ。

美女さんの周りを飛び回り、メインアームを断ち切っていく。

 

「ッ、テメッ」

 

やっと彼女が反応したころには、すでにメインアームは全て地に落ちていた。

厄介なのは全滅させてやった。俺は光の刃の切っ先を突きつける。

 

「投降しろ、あんたには聞きたいことが山のようにある」

 

……戦闘でヒートアップしていた思考を一旦埋没させてみれば、疑問は湯水のように湧いて出てくる。

こいつは何者だ。何をしにきた。

俺が睨み付けていると、窮地のはずのこいつは突然笑い出した。……念のため一旦『白世』を量子化し回収しておく。

 

「きひゅひゃひゅひゃはははははききゅひゅひぇ、てめぇみたいなガキにこのオータム様が負けるわけねェェェェェだろこのボケナスがァ!!」

 

刹那、赤い衝動が地面を叩く。思わず顔をしかめてしまうほどの熱量が、ピット内の床をひしゃげさせた。

なにッ、が……起きてる!?

 

「『ボルケーノ・ラァァァァァァッシュ』」

 

オータムと、自分の名を明かした美女さんの背中には、8本のメインアームの根元がまだ残っていた。

それをパージ。デットウェイトだった機材が転がる。

そして粒子から結集し、新たに顕現する後付装備。

それは、まるで。

 

「『銀の鐘(シルバー・ベル)』……!? なんでここに!?」

「あ゛ぁン!? あれのデータを元にスコールが直々に改良したもんだ、こっちの方が強いに決まってんだろッ!」

 

恐らく『銀の鐘』のデータを何らかの形で入手したのだろう。形状自体は大幅な変更は見られない。清潔だった銀色は赤銅に塗り潰されている。

戸惑いや恐怖より、怒りが先行する。なぜ俺は今怒っているのかも分からない。なにか、思考が感情に追いついていない。一歩先駆けて感情が俺を突き動かしている。

 

「ヒュキキキきケッキュキュキュきゅきゃああああはははあああああ!!」

 

全方位砲撃。……本物に比べたら、温い。赤いエネルギー弾の隙間を掻い潜り接近、狂笑をあげ続けるオータムの顔面に多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)の勢いを乗せた蹴りを叩き込む。

吹き飛んでピットの壁にめり込む敵を追撃。『虚仮威翅』で『ボルケーノ・ラッシュ』とやらのウイングスラスターの片方を切り落とす。

 

「テンメッ」

 

何か叫ぼうとしたオータムの顔面に腕部装甲を叩き付け黙らせる。

……嗚呼、ああ、そうか。やっと追いついた。理解した。この激情は決して防衛本能なんかじゃない。どこか冷静な思考がやっと仮説を提示する。

 

「『福音』を暴走させたのはお前らか?」

 

壁から体を起こし再び『ボルケーノ・ラッシュ』を展開したところで至近距離から『虚仮威翅』で薙ぐ。ついにウィングスラスターはどちらもぶった斬った。入れ替わりに両手に召還したハンドガンを撃ち込み続ける。

 

「ぐっ、ぎゃっ、ぎゅっ」

「お前らが『銀の福音』の暴走を誘発したのかって聞いてんだよ!!」

「がっ……あたしらは悪の組織だぜ? あったりまえだろーがよォッ!」

 

オータムが隠し玉に温存していたのだろう、追加のメインアーム2本が俺の胸元に突き立った。

……こいつら、が。

こいつらがこいつらが……ッ!!

 

「こ、のっ……?」

 

もういい。ぶっ飛ばす。

そう思って武器を替えようとして、くらりと眩暈がした。ただの眩暈じゃない。頭痛というか、瞼が重い。ハンドガンを取り落とす。手で頭を押さえる。がんがんがんと内側から頭蓋骨を殴られてるみたいだ……

なんだ、なにをしやがった。

 

「ヒャーーッハッハッハ、ここまで見事にひっかかるもんなのか! 『アラクネ』ってのは毒蜘蛛だぜ、それも知らずにあたしの爪を受けてたのか!」

「ぐ、っ……あんた、メインアームの爪先に何か……!」

「神経毒の注射針があるのさ。こんな細い針じゃ絶対防御は発動しねぇからな。安心しなァ、命には及ばねーよ! あんたは殺すなってスコールに言われてるからさぁ!」

 

やら、れた……ッ! もう立つことすらままならない。俺は後ろ向きにひっくり返った。強かに打ちつけた後頭部が死ぬほど痛い。

こらえ切れないほどの眠気。これが眠気なのか分からないが、ただ、視界が黒く塗り潰され始めたのは確かだった。

 

 

 

「あーあ、こいつは殺しちゃいけないんだよねェ……クスリの効果も切れちゃったし、このまま帰るってのも面白くない。しゃーねえし、適当なガキでも嬲り殺してから帰るか」

 

…………?

 

「誰にすっかな、やっぱコイツのクラスメイトにしとくか。あー探すの面倒くせーな……番号順に呼びつけて殺してくか。お前はしばらく動けないから、そこで這いつくばってみとけよ間抜け! きゅひゃきひひひひひ!」

 

……何を、言っている。

……お前は、何を、言っている。

 

脳裏にフラッシュバックするは出席番号1番の少女の笑顔――――――

 

 

ふざけんな。

 

 

『単一使用能力『癒憩昇華』の発動を確認』

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァッッ!!!」

 

雄叫び。俺は立ち上がる。体中の血液が沸騰しているような感覚。

それでも分かる。今、俺の体を蝕むウィルスは『白雪姫』の手によって排除されているというのが分かる。

 

「ン、なァッ……!? まさか! まだ立ち上がれるハズがッ」

「もういいんだよ――いい加減黙れよクソ野郎ッ!!」

 

瞬時に召還、『白世』を脳天に叩きつける。勢いでオータムがつんのめる。俺は片手だけ離して『虚仮威翅:光刃形態』を呼び、追加のメインアームを薙ぎ払った。

ふらつくオータムにとどめ。一回転加えてから、全力の『白世』の逆袈裟切りを、顔面に叩き込んでやった。

クリティカルヒット。

ピットの端を起点に吹っ飛んでいき、オータムはアリーナへのカタパルトデッキ半ばまでごろごろと転がっていく。どうやら意識はないらしい。

空を見上げれば、異常を感知したのか、ISをまとった教師陣が飛んでくるところだった。

 

 

 

 

 

弾は帰っていたらしい。

突発戦闘で疲れた体を引きずり俺は何度か公演をこなすと、鈴が封筒を渡してきた。なんでも弾から俺へプレゼントらしい。『寂しい夜のお供だぜ☆』という言葉と共に渡されたらしい。

 

「これは期待せざるを得ない」

 

俺はそう呟いて、誰もいない物置と化した1組の教室で封を破った。

封筒から出てきたのは、ポストカード。

思わずイラッとしてしまうようなポージングで弾が写っていた。大きめのフォントで文字が刻まれている。

 

『釣られたな イチカー』

 

迷わず破り捨てた。

風に吹かれてカードの残骸が飛び去っていく。

 

「やろう、ぶっ殺してやるフォイ」

 

俺は静かに呟いて地球破壊爆弾を取り出そうとしたが、ネズミ退治より下らない理由であることに気づいてむなしくなった。ていうか四次元ポケットがなかった。ハハッ、ネズミーランドは砕けないよ。……ハハッ。

弾≦ネズミの不等式を新たに学習した俺は、やれやれと肩をすくめて極めてクールに去ることにしたのである。スピードワゴンもびっくりのクールさだ。

これはまさに……そう、復讐に全力を傾ける時だ。手始めにあいつの自宅に着払いでホモレスリングのDVDを送りつけてやる。妹モノは洒落にならないので却下。

この織斑一夏容赦せんッ!

 

「おりむーどこ行ってたの~?」

「ちょっとな、あれだ、色々とな」

 

というかマジで疲れたんですよ。

騒ぎに騒いでる一組の教室から抜けて、俺は屋上で一人空を見上げていた。夕暮れの空に月が薄く顔を出している。

俺にオルコット嬢は千客万来パーティー、つまり客数ぶっちぎりナンバーワン祝勝会を抜け出して擦り寄ってきた。

 

「侵入者のこと、お聞きいたしましたわ。一体どうして一人で突っ走るんですの?」

「いやいや俺は悪くねえよ。あっちが勝手に」

「一夏さん」

 

ふんわりとした金髪が俺の頬をくすぐる。オルコット嬢が俺の肩に頭をのっけてる。

淑女からこのアプローチは童貞なら誰もが夢見るシチュエーション。

 

「離れろよ」

 

それをにべもなく断るのが俺様さ!

こいつは完全にキマっちまったぜ……これ以上ないというほどにな……!

 

「ヤ、ですわ」

 

器用なことに頭を俺に預けたまま、オルコット嬢はぷいとそっぽを向いた。

あるぇ……? 俺の奥義、『厨二感満載の痛々しいクールキャラ』がまったく効いてない。

 

「いいから。少し、一人にさせてくれ」

「鈴さんたちもみんな、貴方が心配で上の空ですわ。監督として由々しき事態ですもの、戻っても面白くありませんし」

「へーへー」

 

オータムとやらは気絶したまま、学園の独房にぶち込まれている。独房あるってどんな状態を想定してんだこの学園は。

その内降りるよ、多分。俺はまだうまく頭が回っていないんだ。

『福音』を暴走させた要因がやっと見つかった。

あの時警告された、俺たちを滅ぼそうとする意思。それに抗うためには俺にも意思が必要だと、『彼女』は言っていた。

まだ足りないのか、俺には、意思が。

 

「あー悪い、ちょっと出るわ」

「え?」

「すぐに戻る」

 

屋上を降りる。喧騒が響く一年の廊下を通らないように迂回して、一階、地下へ。

レベル4の権限が必要な地下への進入も『白雪姫』のアシストがあれば容易い。

話を、聞きたい。

あの女が所属する組織の話が。

俺一人じゃ何もできないだろう、でも、少しでも真実に近づきたい。あの惨劇を引き起こした連中に一発食らわせてやりたい。

 

「……ん? 機密回線か?」

 

プライベート・チャネルで俺に通信が飛んできた。

姉さんからだ。SOUND ONLYの画面が開かれる。

 

「はいもしもし?」

『一夏逃げろッ!!』

 

……あ?

瞬間、爆音。もっと深い深い下の階からだ。

ッ!

 

「『白雪姫!』」

 

アリの巣のように入り組んだこの地下構造で爆発源に接近するのは困難だ。

この音は明らかに爆弾とかじゃあない。ISか、それに順ずる兵器による破壊音。断続的に聞こえるそれは階層をぶち抜いて地上を目指している。

俺も全速力で階段を上がり地上を目指す。

 

『敵性IS反応確認。コアネットワーク照合、ユナイテッド・キングダム製第3世代IS『サイレント・ゼフィルス』の改造機と推測』

「改造機ッ!? つーかUK製ってことはァ……ッ」

 

地上に飛び出す。

瞬間、すぐそばの林から大地を貫くようにして幾つものエネルギーレーザーが立った。

地面を破砕して飛び出してきたのは、漆黒のIS。シュヴァルツェアシリーズよりさらに深い、底の見えない宵闇。当然のごとく周囲に展開されているのは――BT兵器!

 

「オイテメェェェェッ!!」

 

俺の叫びに反応したのか、『サイレント・ゼフィルス』を操る女はこちらを向いた。顔のほとんどを隠す黒いバイザーのせいで素顔は見えない。各部装甲は楯無ほどではないものの露出しており、守りは薄いようだ。

女はオータムを放り投げる。呆気にとられる俺の目の前で、オータムの体は宙に浮いた。

 

「もう一機……!?」

『感知不可』

 

ハイパーセンサーをもってしても見えない何かが、そこにはいた。

そいつはオータムを抱えたまま飛び去っていく。

 

「ッ、待てよ!」

 

俺の足止めをすると言わんばかりにBT兵器が四方を囲んできた。総数6つ。

いずれのレーザーも俺の急所を狙ってくる。バレルロールで、『白世』で打ち消し隙間に滑り込みやり過ごす。

 

「…………」

 

が、瞬間、回避したはずのレーザーがぐにゃりと曲がった。

直撃、寸前で回避。また曲がる。

 

「『偏光射撃(フレキシブル)』……!? できるやつがいるのか!?」

 

確かBT兵器の運用効率を極限に上げなきゃいけないんだろ。オルコット嬢が最先端突っ走ってるんじゃないのか。

どんだけの修練を積めば、この領域にたどり着く。そう考えただけで怖気が走る。

 

「この……!」

 

回避しても仕方ない。対ビームコーティングのされた『白世』と背部ウィングスラスターで受けてどうにかやり過ごす。

すると女は少し距離を取り、両手に大型のライフルを召還した。解析――『スターブレイカー』。

それだけじゃ、ない。

各所の装甲が独立し始める。浮いて、飛行する。今俺の周囲を囲むBT兵器も、それぞれが二つや三つに分裂し始めた。

 

「は、はぁッ……!?」

 

小さな浮遊射撃兵器がその銃口を俺に向ける。

総数――32機。

 

「う、お、おおおおおおおおお!?」

「…………」

 

女は無言のまま、32機のBT兵器を操り、時折絶妙なタイミングでライフルを放ち、俺の体を打ち抜く。すさまじい勢いでエネルギーが削られていく。

く、そ……どうする!? どうする!? とにかく近づかなきゃ!

だかBT兵器が鬱陶しいってレベルじゃない。

ひたすら撃つだけじゃない。シールド代わりのもの、牙を剥いて装甲に突き立ってくるもの。今俺の腕部と脚部には計7つのBT兵器が刺さっている。

 

「……はあ」

 

女がため息をついた。

まるでガッカリだと言わんばかりに。

 

「もう止めろ。お前は戦うな」

 

BT兵器が、そのレーザーの雨が、止む。それぞれ合体し女の下へ戻って行った。BE兵器だけで黒い翼が形成される。ライフルも粒子に還して、女は謡う。

 

「弱すぎる。戦いに向いていない。その程度なら、我々と抗っても死ぬだけだ」

「……だからといって、見過ごせるワケじゃねえんだよ……!」

「大人しくそのISを引き渡し、投降しろ。次に来る時までに準備しておけ。キャノンボール・ファストだったか……くだらん遊戯大会の当日だ、迎えに来るぞ」

「うっせんだよ上からモノ言ってんじゃねぇ!!」

 

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)!

俺の限界、四重の加速。エネルギーが具現維持限界(リミット・ダウン)すれすれにまで減少する。

 

「近づけば私に勝てると思っているようだな。……逆だ、愚か者」

 

俺の純白の大剣の斬撃は一矢報いるどころか、速度の乗りからして相手の意識を刈り取る、はずだった。

女は面倒くさそうにその一撃を受けた。

瞬間的に召還してみせた一刀によって。

 

「『黒陽甲壱型』――それがこの剣の銘だ」

 

ぶんと、振り抜く。そのまま剣戟へ。

強い。

『白世』が、追いつかない。気づけば劣勢に、そして劣勢だと理解した次の瞬間には、『白世』が弾き飛ばされていた。

俺が、剣で、負けた。

なんだこいつは。

なんなんだこいつは。

箒を凌駕する剣術、オルコット嬢より遥か高みにいる射撃技術とBT兵器の扱い、鈴のような機動、デュノア嬢を髣髴とさせる機転、恐らくボーデヴィッヒや俺ですら及ばない戦闘経験。

 

「弱い、弱すぎる」

 

バイザーと俺の鼻先が擦るような距離。

 

「そもそもあの剣とお前は合っていない。お前の獲物は……この『黒陽甲壱型』のような、野太刀のはずだ」

 

ギクリとした。

俺は確かに、そう思う。俺の剣術の根底にあるのは幼い日から親しんできた篠ノ之流剣術、すなわち大太刀での戦いだ。両刃の大剣は俺がISを手に入れてからの経験しかない。

 

「もう戦うのを止めろ。向いてない。お前のような人間は……戦場で見ているだけで、不愉快だ」

「……君、は」

 

機械で声にエフェクトはかかっている。だが、ここまで近づくと気づく。

頬に残る浅い、まるで今日できたかのような傷。

髪型。

ほのかに香る香水。

 

「なん、でッ」

「私のコードネームはエム。……そして、織斑マドカとも呼ばれている」

 

突き飛ばすようにして女は、マドカちゃんは距離を取る。

バイザー越しでも、その射干玉の瞳が見えた、ような気がした。

 

「そうか……君が、そうなんだな」

「ああ。織斑千冬の実の妹にして、連れ子としてやって来たお前、織斑一夏の腹違いの妹。……初めまして。愛する、私のお兄ちゃん」

 

ぶっ飛んだ設定キタコレ。

そんなふざけた思考を打ち払うように、マドカちゃんは指を鳴らした。

突き立っていたBT兵器がすべて自爆する。すさまじい衝撃が絶対防御を通って内臓を叩く。純白のISアーマーが砕け散る。エネルギー残量ゼロ。

――地に堕ちてゆく俺を、マドカちゃんは、最後まで見下ろしていた。

 

 

 

 

 

覚醒する。

目が覚める。

かけられていた白い羽毛布団を跳ね飛ばして俺は立ち上がった。

 

「織斑君、起きましたか」

 

椅子に座っている巨乳先生がいた。スーツ姿で、どこか疲れたような視線を眼鏡越しに向けてくる。

どうなってんだ。どうなったんだ、あいつは、俺は、マドカちゃんは。

 

「敵は逃げました。織斑君は、戦闘後墜落していたのを保護されたんです。オータムを名乗る女には逃げられました。『サイレント・ゼフィルス』は大分前に強奪されていたようで、UK政府も強奪犯と襲撃犯が一致していると述べています」

「犯人って」

「『亡国機業(ファントム・タスク)』」

 

初めて聞く名前だった。

そうか……ってことは、俺は。

 

「俺は、負けたんですか」

「……ええ」

 

言いにくそうに先生は顔を背けた。

……う、あっ。

 

「クソォッ!!」

 

枕を壁に投げつける。

無力だ、俺は弱かった。ぼこぼこに痛めつけられた。

巨乳先生が慰めるようにして後ろから俺を抱きしめる。

 

「大丈夫です。私や、織斑先生もいますから……」

「……すみません、ありがとうございます。もう、大丈夫ですよ」

 

俺は柔らかく笑って、腕を解いた。

俺は負けた。そのことは否定のしようがない。

負けたんだ。不覚にも……いや、今までずっと目を背けていたせいで。

ずっと放置していた弱点。ずっとずっと無視していた、それのせいで。

 

妹キャラ可愛すぎるだろ……

 

『……初めまして。愛する、私のお兄ちゃん』

 

ウヒョォッ! フヒヒヒヒ……

はっ! 昼間の相川のキャラみたいになってたぞ俺。

 

「うあわああああああああああ」

 

思わずベッドに飛び込んだ。ルパンダイブ並みの高高度からのダイビング。これは高得点が期待できそうだ。

俺は白いベッドの中で泣いた。

泣いた。

 

俺……シスコンだったんだ。

 

妹、姉、そういう響きだけで性的興奮を覚える変態。正直マドカちゃんが妹キャラいきなり使い出した時は本当に、ええ下品な話ですが、勃っておりましたハイ。

俺自身でさえも知らなかった、否、目をそらしていたこの性癖。ここをマドカちゃんは絶妙に突いてきやがった。あの美少女にお兄ちゃん呼びされて興奮しないシスコンはいない。興奮しないシスコンは、いない。

 

「……織斑君。みんな、講堂にいます。織斑先生が事件を説明しているところです。良くなったら、来てください」

 

深刻そうな声色で先生は退出した。

俺はベッドの中で、息苦しいまま呻いていた。俺は変態だよ確かにそうだ。童貞こじらせた変態だ。

でもシスコン。

ってことはさ。

姉さんだって、そういう対象に見ちまうってことなんだ。

それが辛抱ならん。今までどんだけ姉さんに頼って生きてきたと思ってる。その挙句の果てに性的対象として見るとかマジで救えねぇよ。

ダメだとかダメじゃないんだとかそんなことばかり頭の中でぐるぐる回ってる。

 

「そうじゃ、ない。だろ」

 

まずは受け止めろ。事実は事実として胸にストンと落とせ。

そこからなんだ。

そこからの行動で示さなきゃならないんだ。

ああそうだよ『銀の福音』。俺には意思が足りてない。よく分かった。

 

「だから今から、それを見せに行く」

 

立ち上がる。部屋を出る。

迷うことなく講堂へ。

バンと、扉を蹴り開けて中に躍り出る。ステージの上で姉さんがマイクを持って座っていた。横には他の先生方も並んでパイプ椅子に座っている。

全生徒の視線が俺に突き刺さる。

 

「どこまで話してる」

「え? えっと、織斑君を不審者が襲って、逆に捕まえたけど仲間が助けに来て、その時織斑君がケガしちゃったって……」

 

すぐ傍の席に座っていたしずちゃんに事情を聞く。近場の一組の生徒が俺を心配そうに見てきていた。

俺は大体話していいラインを把握して、でも、守らない。

正面を向く。歩きながら姉さんに向けて話す。この場にいる他の存在は、今はおまけだ。俺の決意表明の添え物だ。より多くの人間に話してこそこういう意思宣言は意味があるってなんかの本に書いてあった。

 

「姉さん……もう嘘は止めよう。俺も確かに隠し事はあるけど、姉さんがここまで特大の嘘をついているとは思わなかった」

「なんだ、何の話だ」

「いや姉さんは悪くないのかな。悪いのは、俺だ。俺はずっと逃げてたんだ……俺自身(の性癖)から」

 

姉さんの眉が跳ねた。

不愉快そうな表情に、さらに切り込んでいく。

 

「俺の、家族から、逃げていたんだ」

「……黙れッ!!」

 

普段なら背筋を震わせるような一喝も、今の俺には効果がない。

……そう。俺が度し難いシスコンであると、薄々気づいていたから。それを認めてしまえば、姉さんの罵倒とかご褒美だし。

だから逃げた。姉さんに歪んだ情欲をぶつけてしまいそうで、それで唯一の家族を失うのが怖くて。

だけど。

 

「マドカ、って子と会ったよ。それで事実を……(俺がシスコンだっていう)俺の知らなかった真実を、突きつけられた」

「――――ッ!!?」

 

ガタリと椅子をすっ飛ばして姉さんが立ち上がった。

ここにきて目に見えて動揺している。心なしか会場全体が静かになってる気がする。ヤメテ! 俺の性癖暴露話なんか聴聞しないで!

……だが、これも俺にとっては当然の罰なのかもしれない。

大きく息を吐いて、吸って、ついに致命的な核心へと触れる。

 

「姉さん、俺は、家族が大好きだ」

 

……ん? なんかこれだと小学生の作文みたいだな。

 

「姉さん、俺は家族が大好きだ。姉さんのことが大好きだ。いつまでも一緒にいたいって思う。でもそれは……『妹』に対してだって同じなんだ。お兄ちゃんって、呼ばれたよ。あの瞬間俺はやっと気づいたんだ……俺のバカさ加減に。なんで今まで気づかなかったんだって責められてる気すらした!」

 

俺の性癖を把握しておきながら、『亡国機業』は今まで静観していた。俺が自発的に気づくことに期待してくれていたのかもしれない。

でも俺は逃げるだけで、なにもしなくて……だからああしてマドカちゃんを送り込んできた。

妹キャラという最悪にして最強の刃で、俺を狙ってきた。

だから俺は改めて向き合わなくちゃいけないんだ――じゃないと、俺は、だって、俺は、

 

「俺はもうあの子に負けたくない! 姉さん……時間をくれ。俺は必ずあの子に、俺の妹(を名乗るハニトラの誘惑)に勝つ!」

 

ダンと床を踏み、ぐらつく体を引き絞り、震える拳を握り締め、俺は吠えた。

 

「いくら妹(キャラが魅力的)でも敵は敵だ、必ず倒す――それが俺の覚悟だ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

--------------※以下閲覧注意---------------

 

 

 

 

 

 

 

マドカは自分のISを待機形態、黒い四角フレームのメガネに変換した。

ISスーツも脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。

適当にタオルで体を拭き、シャツとスラックスに着替えて自室に戻る。

上司であるスコールには後で報告に行けばいい。オータムの生死などどうでもいい。

 

「はぁ……お兄ちゃん」

 

部屋のドアにIDカードを認証させる。扉が開いて、マドカは滑り込むようにして自室に入った。

 

そこには、織斑一夏がいた。

 

織斑一夏が、こちらを見ている。あらぬ方を向いた織斑一夏もいた。服屋に入っていく織斑一夏、携帯電話をいじる織斑一夏、レストランで注文を頼む織斑一夏制服を着ている織斑一夏『白雪姫』の調整をする織斑一夏クラスの女子とカタログで後付装備を見る織斑一夏女子とゲームで盛り上がる織斑一夏織斑一夏織斑一夏織斑一夏――――

 

「――――――――はふぅ」

 

同じ顔が壁中に張り巡らされている。ごくごく最近のものまで、ありとあらゆる織斑一夏が、そこにはいた。ただ共通しているのは、どこにも小学生ほどや幼稚園児ぐらいの一夏はおらず、中学の時かIS学園に入ってからのものであるということ。

笑顔だったり泣き顔だったり、様々な表情がある。明らかに隠し撮りと思われるアングルのものしかない。時折、横流しされたのか、集合写真も混ざっていた。一夏以外全員黒く塗りつぶされるか画鋲で刺し潰されていたが。

それらを見回して、マドカは恍惚の表情を浮かべる。

 

「今日は、これ」

 

棚に並べられた多くの私物。

どれも男物だが、それらは博物館に展示された貴重な出土物のように保全されている。

その中からマドカが取り出したのは、

 

シルバーカラーの、ゲームキューブのコントローラ。

 

手に持つだけで持ち主の温もりがよみがえって来るようで、もう達しそうになる。

服を脱いで下着姿になり、マドカはベッドに潜り込んだ。

彼女の夜は長い。

 

 




マドカ「私のBTは108まである」
一夏「」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。