この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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お久しぶりですー。
遅れたけどコンスタントに投下していきたい所存。


VSモブクラスメイト系ハニトラ
ハニトラのためなら俺は…ッ!!/序


季節は冬。

山へスノー、海へ寒中水泳したくなる季節だ。俺は行かねーけど。

代わりに学校内の売店で、新しく入荷してた本を買った。可愛い女の子が表紙に写っていて即買い。

読んでみて、俺が金をドブに捨てたことがよく分かった。

 

「この『放課後バトルフィールド』ってラノベ、いくらなんでもクソすぎだろ」

 

俺はラノベを一冊窓から放り棄てた。マジで金の無駄だった。

これ書いたやつカス過ぎるだろ……間違いなく駄作メーカーだな。多分連作書いたとしても、その連作が数ヶ月延期した末に最新刊出したとしても、絶対クソだと思う。なんか前触れもなく潜入ミッション始まったりバトル飛ばしたり場面転換を『……』で済ませたりしてると思う。三行表示のノベルゲームかよ。

 

 

さて。

 

 

俺は電灯の消えた薄暗い部屋で、ベッドからのそのそと起き上った。

 

ちょっとページの上のほうを見てほしい。

 

 

 

【この中に1人、ハニートラップがいる!】

 

 

 

タイトル詐欺じゃねえか。

 

「ォオラァァアッ!!」

 

俺の怒りのナックルパンチが壁を砕き部屋を揺らした。

 

な~にが『この中に一人』だ!

一人じゃねーじゃん!

むしろ一人なの俺じゃん!

捕食者多数VS被捕食者とか完璧に地球防衛軍じゃん!

早く来いやストーム1!

 

「……あ゛ー……クソがアアアア!」

 

殴る! 殴る! 代行にも負けず劣らず殴るッ!

現実クソゲー過ぎてシンデレラガールズに会員登録しちまったわ!(ガチャガチャ

ちひろてめぇ! 水鉄砲イベ第二弾はいつだ!(ガチャガチャ

あーちひろさんに水鉄砲ぶっかけてぇ……(ガチャガチャ

……違うぞ? 今のは別に俺のブツが水鉄砲並みであることを比喩したわけじゃねーぞ?(ガチャガチャ

むしろ巨砲だから、大和に搭載されてたヤツみたいなレベル(ガチャガチャ

 

しかし腹立たしい。クラスのあの子もあの子もビッチだときた。

ハニートラップなのだ。

俺をハメるために俺にハメられようとしていたのだ。

ベッドテクを仕込まれた後、つまり調教済みなのだ。

全員非処女、中古品なのだ。クラスメイトは全員中古とかなにそれニッチ方面走りすぎだろ。ブックオフかよ。

 

ちょっと口調がハム太郎みたいになってきたのでここらでまとめに入ろう。

 

つまり。

 

つまり!

 

いかにも経験なさそうなかなりんがおっさんとギシアン済みで!

いかにも小中通して図書委員でしたみたいなナギちゃんがおっさんとギシアン済みで!

いかにも耳年増っぽかった相川もおっさんとギシアン済みで!

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

俺は再び拳を壁に叩きつけた。亀裂が四方につたう。あと何回か殴れば向こう側と行き来できるようになるなこれ。

楯無との逢瀬以来、何度枕を濡らしたことか。

こんなNTR経験を味わうことになるとは、入学当初の俺は夢にも思わなかった。というか味わいたくなかったわこんな屈辱。

 

 

まあ楯無の作り話という可能性も多少はあるので別方面で探りを入れている所ではある。

 

 

しかし俺はそれほど事態を深刻に捉えてはいない。

 

だってハニートラップってことはさ――頼んだらヤらせてくれるんだぜ?

 

いやいやいやいや、もちろんヤバいってのは知ってる。そりゃ罠だって知ってて飛び込む、もといぶち込むほど俺だってバカじゃねえ。

 

だが冷静に考えてほしい。

 

本番直前まではイケる。

 

本番は代表候補生か箒か巨乳先生に捧げよう。最悪姉さん。奥の手で束さん。

 

イケる。

 

当初の計画に修正は必要だが、挫折するほどじゃあない。

 

イケる。

 

まずクラスメイトはセクハラに留めておこう。

具体的に言うと生で胸揉んだり(かなりんを所望)スカートの中に頭突っ込んだり(しずちゃんがいいなあ)一緒に風呂入ったり(これは相川)――

え? ラインナップに無理があるって?

リトが出来るんだ、この俺にできないはずがねえ!

 

「というわけで本日のトゥドゥリストは《スカート捲り(トリッキー・ウィンド)》と《臀部撫で(トレビアン・フェザータッチ)》です」

 

自室を出て廊下を歩きながら訳の分からんリストを読み上げる俺は、誰かが見ていたらさぞかしアブナい男に見えただろう。

今の俺に触れると火傷するぜ、性的な意味で。

 

「いやアブナいってそういうアブナいじゃねえから」

 

1人でボケツッコミを成立させた所で、前方に獲物を発見。

我が1組の生徒、相川清香ちゃんと谷本癒子ちゃんだ。

共にスカートは短め。これは《トリッキー・ウィンド》の刑ですなあ(ゲス顔)

 

「織斑一夏……ユニコ――じゃねえや、『白雪姫(アメイジング・ガール)』、行きます!」

 

小声で叫ぶ。

『白雪姫』、俺に力を貸せ!

 

音もなく2人の背後に忍び寄る。

ていうか今更だけど今日は相川授業出るのな。

 

 

 

ふと、頭の中をよぎる映像。

 

俺の妄想。

 

安いAVのワンシーンみたいな光景。

 

薄汚い部屋にベッドが並んでいる。

 

それぞれのベッドで、可憐な少女に薄汚い雄が覆い被さって腰を振っている。

 

教育係の、そういう仕事の男が、俺のよく知る少女たちを陵辱していく。

 

白いベッドシーツが破瓜の血に染まる。

 

悲鳴と怒号が混ざる。ベッドが軋む。

 

肉と肉がぶつかり合う音。

 

彼女たちは体を拘束されていて、繋がれた鎖をガチャガチャと鳴らすだけ。

 

泣き叫ぶ悲壮な表情は、男たちの劣情を加速させるだけ。

 

男が一層腰を進め体を震わせる。欲望の塊が少女の体内に吐き出されていく。

 

喉を枯らす悲鳴。

 

男は一息ついてベッドをどき、しかしまた別の男が少女の股を割って腰を突き出す。あちこちで地獄が繰り広げられ、繰り返される。

 

聞き慣れた声なのに、俺はこんな悲鳴を聞いたことがない。

 

焦点の合わない目で相川清香が呟く。

 

『助けて、誰か、助け……』

 

 

 

バキリ、と。

 

俺の奥歯が砕ける音が廊下に響いた。

 

「うわっ」

「織斑君いつの間に……まさかニンジャ? ハイク詠ませちゃうの?」

 

慌てて2人が振り向いた。

ふざけた言葉が相川の唇から零れる。

俺はまだ彼女の唇に触れたこともない。

それが何故か、無性に腹立たしい。

 

「相川」

「ひゃうっ!?」

 

両肩を掴んで逃げられないようにする。

顔を同じ高さにまで下げて瞳を覗き込む。俺の顔が映っている。うん、今日もイケメンだぜ俺。

 

「え、え、え」

 

首からデコまで真っ赤にして/生娘みたいなリアクションしてんじゃねえよ/相川がテンパっている/俺のことずっと騙してたんだろ。

なに可愛い/わざとらしい反応してんだよこのバカ/ビッチ。

 

「お前って――」

 

ハニートラップなのか?

……バカバカしい。

何してんだ俺。こんなんキャラじゃねーだろ。

みっともねえぐらい童貞ぶりを晒しちゃって。

もっとクレバーに行こうぜ。

 

「今日何色のパンツ穿いてんの?」

 

瞬間、相川の鋭いアッパーカットと谷ポンのガゼルパンチが俺の顎と脇腹に吸い込まれた。

俺は劇画チックなタッチになりながら床に倒れ伏す。

ていうか見えた。谷ポンはフリルがあしらわれたライムグリーン、相川は……

 

「スパッツかよ……相川頼むから次は無地の水色を穿いてくれ」

「死ね!! 死ね!! 死ね!!」

「変態!! 変態!! 変態!!」

 

スタンピングの嵐が俺を襲った。

ちょ、顔はやめろよッ! ボディにしてくれボディにッ!

 

激おこぷんぷん丸ですとばかりに2人は肩をいからせながら歩いていった。

もし俺がエンディングの作画担当になったら俺→相川→谷ポン→しずちゃん→ナギちゃん→かなりんの順番で走らせる。それで7フレームに一回ぐらい相川のスパッツチラ入れる。

やだポジション的に考えるとかなりんにビンタされちゃう。そこらのラッキースケベよりはるかにレアだぜ。

 

「あー……」

 

授業出たくねえ、なんて床に転がりながら考えてる内にチャイムが鳴る。

復帰した姉さんが教室に入る頃合いだろう。

どこでサボろうかな。

俺は頭を掻きながら、サボリ場所を探すために立ち上がった。

もう冬だ、寒い。屋外は向かないだろう。

うーん……まあないことはないか。

 

 

 

 

 

 

「冬に向けてモミの木を伐採してきたわ!」

「返してこい馬鹿野郎ッ!!」

 

楯無が満面のドヤ顔で、何百本というクリスマスツリーをバックに笑っていた。講堂がいっぱいになっている。なんだこれ。

講堂で授業サボって寝るという大胆不敵かつ灯台下暗しな作戦に打って出た俺は、本当に灯台下暗しを実践してる馬鹿を発見した。いやまあ把握自体はしてたけど、改めて見るとすげえなこれ。注文書のコピーが手元にきたときはなんかの間違いだと思って見なかったことにしてたもん。

というか業者に発注した覚えはないぞ。

 

「クリスマスなのにクリスマスを祝わないなんてイエスが泣くわよ。会長なら会長らしく、生徒を楽しませないと」

「あの、予算」

「(顔をそらす)」

「テメェ」

 

俺がズズイと詰め寄ると、泡を食ったように楯無は弁明を始める。

 

「ち、違うのよッ、これはあのね、私のポケットマネーで」

「……ったく」

 

頭をガシガシと掻く。

まあ、クリスマスパーティーはやるつもりだったし、渡りに船ではあるんだよなあ。楯無のことなら、この中に大量の爆弾が入ってるってわけでもないだろうし。念のため後で生徒会直属の警備委員にチェックさせとこ。

 

「まあ、クリスマスぐらいは楽しまなきゃ、だめだよな」

「そう! 話が分かるじゃない!」

 

……本音を言えば。

最近様子がおかしかった楯無が、かつての彼女自身のように突飛な行動をしてくれて、嬉しかったのだ。

そうだよ、これが更識楯無だよ。

 

「……あなたも、だいぶん元気になったみたいね」

 

おお? 元凶がなんか言ってるぞ?

 

「悪ィかよ。あんな話、そう簡単には信じられねえからな」

「ま、仕方ないわよね」

 

彼女は扇子を広げて口元を覆った。

 

「でも私は簪ちゃんをひたすら推すわ。義足の接続も決まったし。申請すれば、代表候補性の資格の凍結も解除されるはずよ。だから今のうちに決めちゃいなさい」

 

一理ある。ただ気になる点が一つ。

扇子に『姉妹丼』って書いてある。

 

「テメェ妹のおこぼれもらう気満々じゃねえか!!」

「あらあら、そんなことはないわよ」

「扇子に欲望が漏れてんぞ」

 

俺が人差し指をびしりと突き付けると、彼女は――かつての学園最強、生徒会長の座に君臨していたころのように――不敵な笑みを浮かべたのだ。

 

「おこぼれどころか一夏君自身をかっさらう気満々だから」

「ハイエナじゃなくてライオンだった!?」

 

 

 

 

 

 

 

さて、彼女が話題に上げたクリスマス。

イエス・キリスト云々の日であり、(名目上は)日本に所属しているIS学園の生徒が祝うことなど間違ってもありえない記念日である。

 

昔からこの日には様々な異名がある。

曰く、『メリー・クルシミマス』。

曰く、『メリー・サミシマス』。

曰く、『メリーさんとイチャラブエッチしたい』。

 

最後は俺の願望である。

 

まあそれはともかく。

メリーさんの都市伝説って最後語り部が死ぬみたいになってるけど、実は性的に襲われてるとかだったら燃えるよなとか、

襲ってきたメリーさんを返り討ちにするとか興奮するよなとか、

というかメリーさん実はビッチだったら正直勃起するよなとか、

それはそうとロリ巨乳ビッチのパーフェクトストライクみたいな属性過多っぷりは一周まわってめちゃシコ案件だよなとか、

そんな童貞にありがちな妄想はどうでもいいのだ。童貞は寿司でも食ってろ。

あ、俺ネギトロの軍艦一丁!

 

とまあ脳内で回らない寿司屋の大将に注文していると、俺の後ろから谷ポンが歩いてきた。

昼休みの教室に一歩足を踏み入れてソッコー固まってた俺を邪魔そうにどつく彼女は少し上機嫌だ。

ちなみに午前中の授業は楯無とモミの木の点検してたら終わった。中に爆発物とか入ってたら困るしな。

 

「はろーっ!」

「おざーッス……んで、何スかこれ」

「何って、クリパよクリパ。織斑君もしたことあるでしょ?」

「…………」

「あっ(察し)」

 

当然みたいに言ってんじゃねーよバーカバーカ!! やったことなくて悪かったなオラァ!

大体なんだよクリパって。マリオの敵キャラかよ。しかも4-2とかに出てくる中途半端に強いヤツ。

俺は折り紙やら電球やらで華やかに飾られた教室を見回して、これ姉さんが見たら血管沸騰するな、なんて無体なことを考えていた。

 

「へぇ……何? プレゼント交換会でもすんの? こちとらどーせ今までしたことないから分かんねえけど」

「拗ねないでよー」

 

ナギちゃんが後ろからやってきた。タックルみたいな勢いで背中に乗りかかってくる。ノイゲラかよお前。

最初はぼっちだった子が成長したなあという感慨と、柔らかい肢体がふにょんふにょんな感激が混ざっていちかヘブン状態!

 

「ったく……ほらナギ離れなさい!」

「うぇあー」

 

珍妙な声をあげて引き剥がされるナギちゃん。

ぶっちゃけもう少しだけ感触を楽しみたアッごめんなさい睨まないで箒さん!

 

「飯の匂いにつられて熊とか下りてくるかもな」

「そんな日本昔話みたいな手法で連れるのは織斑君だけよ……」

 

しずちゃんが冷たい視線を向けてきた。

俺は村に出てきて悪さをする狸かよ。

 

「そうだな。このバカを釣るためにはご馳走でも用意していれば簡単だ。女体盛りなんかが適当だろう」

「姉さんそれさすがにセクハラッ…………」

 

後ろを見て、全くの無表情で教室を見回す姉さんを直視してしまった。

 

「……オイ」

『…………』

「さっさと片付けろ、このお祭りバカ共!!」

『イエスマム!』

「それと織斑、お前は一発殴る」

「いや俺全然関与してなふげりゅ!」

 

俺は死んだ。スイーツ(笑)

 

 

 

 

……活気が戻ってきた。

亡国企業の襲撃から、専用機タッグマッチトーナメントを通して、IS学園に活気が戻ってきた。

 

 

 

 

 

「一夏、今日はお前の好きなから揚げを作ってきたやったぞ」

 

箒が弁当箱を出す。

机に胸が乗っかってる。なにそれセックスアピール? 上等だ部屋に来いよ。

 

「ほう、これがから揚げか。祖国では肉といえばソーセージが多かったんだが、揚げ物は万国共通で人気なのか」

 

ボーデヴィッヒが興味深そうにのぞき込んでくる。

銀髪が俺の肩にかかる。近い。良いかほり。シャンプー教えろ。

 

「今度みんなで、自分の国のお料理を作ってみてもいいかもね」

 

シャルロットが隣の席で弁当箱を突っついていた。

フランス料理か、しかも女の子の手作りときたら、さぞ旨いだろうな。美少女ってペットボトルのお茶を3倍おいしくするらしいし。

 

 

 

「ふっふっふ。今日はこの私もランチを作っておりまして」

 

 

 

「オルコット。テメェは二組に帰れ」

「独断でクラス移動っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

あ~~雲になりてぇ~~~~

 

午後の授業も終了して、俺は屋上の柵に寄りかかってぼうっとしていた。

臨界学校の時は鳥になりたいって言ったけど、今は雲になりたい。何も考えたくない。雲と雲の合体をセックスと見なして快楽に浸かりたい。

 

そんな無体なことを考えてると、扉を開く音が聞こえてきた。

振り向いて、背中を柵に預ける。

ミニスカートを翻しながら、相川がヤって来た。

 

「よッ」

 

ズパッと手を挙げ、爽やかに挨拶。

 

「よッ。……ふふっ、私、男の子みたいだね」

 

相川はにこやかに笑って、同様に挨拶を返した。

可愛らしい/わざとらしい/でも可愛らしい。

 

「今日どーしたの? 授業サボっちゃってさ」

「別に……実は俺、浮き沈みが激しいタイプだからな。クラスでも浮いたり沈んだりしてるだろ」

「何それっ。自虐キャラ似合ってないよーぅ」

 

頬が突っつかれた。俺の美肌に触れて、こいつの人差し指も喜んでることだろう。

端から見たらイチャイチャしてるんだよなあ、まさに青春イベント/好感度稼ぎ。

 

「ったく。俺、これから用事があるんだけど」

「どっか行くの? ゲーム? ギャルゲー? タッグフォース?」

「最後のは確かにギャルゲーだけどさあ……」

 

正確には『カードゲームもできるギャルゲー』である。

まあなんつーか、こいつも元に戻ってきた。相手にお構いなしでボケ倒すし、どっか無駄に常識人だったりするし。

(……じゃあ今まで苦しんでたのはなんだ、俺の気を引くための、演技だったのか?)

 

「ちょっと知り合いに会うだけだ」

「へぇ」

「……簪んトコに、行くんだよ」

 

相川の笑顔が剥がれ落ちた。

まあ当然と言えばそうだよな。

(それも俺に心配させる演技なんじゃないのか?)

 

「……来いよ。向こうだって会いたがってるし、お前も会いたいだろ」

「…………ぁ」

 

俺は相川の手をつかんだ。

ハニトラかどうかなんて、今はどうでもよかった。

(本当にハニトラなら、俺はまんまと罠にはめられてるな)

 

 

 

 

 

「楯無」

 

病室のドアを勢いよく開く。振り返った楯無は、俺を見て頬を緩ませた。

どうもこの部屋、俺と更識姉妹が一番定着してるメンバーな気がする。

 

「一夏君、どうかし……」

 

俺の背後で小さくなっている相川を見つけたのだろう。言葉が尻すぼみに消えていった。

ていうか袖をガッチリ掴みすぎ。中のシャツが皺になっちまうっての。

 

「悪い、ちょっと、俺と付き合ってほしいんだけど」

「……」

 

普段なら即答だ。『あら、恋人としてかしら』なんてカウンターパンチ付きで返ってくる。

 

「別にいいだろ、ちょっとぐらい。な?」

「…………かんちゃん」

「大丈夫」

 

チラリと、視線が簪に向けられた。

彼女は即答した。雰囲気で感じ取っているのだろう。まだ目は見えていないが、そのうち義眼だって入るはずだ。

義足を接続する手術までは、まだしばらくある。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

俺と二人、連れ添って病室を出た。

 

「……お互いがお互いを気に病んでるなんて、妙なもんだよなあ」

 

少し離れたところまで歩く。リノリウムの床から出て、コンクリートで固められた渡り廊下へ。

空を、鳶が飛んでいた。

 

「まるで片翼の鳥ね」

 

その言葉が、やけに響いた。

守りたいものを守るため、災いの炎に翼を焼かれた少女。

その少女の聖なる輝きを直視し、翼を溶かされた少女。

神話みたいな言い方だな。

 

「どっちも悪くないわ。私は、あの子を責めるつもりなんてないし」

「当たり前だッ。誰もあいつを責められない、責められるはずがないッ。責めるような阿呆がいたら俺が――」

 

そこまで一気に喋って、不意に口をつぐんだ。何を熱くなっちゃってんだ俺は。ガキかよ、ったく。

 

「…………ずいぶん、熱心に、かばうのね」

 

半ば呆然とした表情で、楯無が口を開いた。

やめろ、なんだその表情。

 

「別に俺の自由だろ。色々、あいつには借りがあるんだ」

 

視線を蒼穹に戻した。

鳶は変わらず羽ばたいていた。

 

 

 

 

 

「織斑君」

 

呼びかけられ、俺は視線を落とした。

何分経っていたのだろうか、数えていない。

目を赤くして、相川が立っていた。

 

簪は優しい子だ。

許しをもらったんだろう。

だからこそ、涙する。

許されたからこそ、自分の無力さに涙する。

 

「じゃあ、私は戻るわ」

 

聞き分けよく楯無が相川とすれ違い、病室へ戻っていった。

靴が床を蹴った。

相川の体が少し跳んで、そのまま俺と激突する。手すりをつかんで踏ん張った。

 

「おまッ、飛び込んでくるにしても、もっと丁寧に――」

 

殺しきれない嗚咽が、耳を打った。

……そうか。そうだよな。

 

自分の腕がそっと動いた。

抱きしめてやるのが、男の義務なんだろう。

 

(何考えてんだ。こんな見え見えのアピール、まともに取り合ってんじゃねえよ)

 

相川は今、泣いてるんだぞ。

 

(知ったことじゃねえ、女の涙なんて信じられるかよ)

 

(考えろよ、誰かを守りたいなら、まずお前の身を守れ。ここでヤられちまったら、もう何もできなくなるんだぞ)

 

うるせえよ。変に理屈をこねくり回しやがって。

 

でも。

 

でも……

 

 

結局俺は、相川の身体を抱きしめることなんて、できやしなかった。

 

 

 

 

 

……なんか、自分でもワケ分かんなくなってきた。俺、どうしたいんだろうな。

疑ってばかりで、言いたいことも言えない。

どっちかに絞った方が、楽なんだろう。

嘘と断じるか、真実と受け入れるか。

けど、俺は……

 

…………俺は楯無に嘘をついた。

 

あいつの話が信じられないんじゃない。

 

俺は、信じたくないだけなんだ。

 

思い出を意図的な演出に汚されることを。

 

身の回りの善意を悪意に塗り替えられることを。

 

 

何より、目の前の、俺にしがみついて泣くこいつが――

 

 

 

 

 

 




9巻は焼くか燃やすか火にくべるか悩んだ。
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