この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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時間かかったのに全然キリ良くなくて笑った


ハニトラのためなら俺は…ッ!!/Q

空を覆う絶望が在った。

陽を齎す希望なんて、無かった。

 

「同士諸君、審判の日がやってきた」

 

女の声が響く。

 

「流した血を、零した涙を無駄にするな。それらが撃鉄を起こし、我らの炸薬を弾けさせる」

 

女の声が世界を回す。

 

「一発の弾丸となり、女神の心臓を射抜くことこそが諸君の宿命だ」

 

暗い恩讐の刃が煌めく。

 

「時は満ちた――ここに、ワールドパージ計画の発動を宣言しよう!」

 

そうして、この恐怖劇(グランギニョル)の幕が引き上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

戦場に、火花が散る。

戦場に、生命が散る。

 

天を覆う黒い影が、神の怒りの如く雷撃を打ち下ろす。防ぐ術を持たない人々は打ち据えられて灰燼と化す。

蜘蛛の子のように逃げ惑えど雷の死角はない。

 

地面を這いずる黒い影が、人々を切り裂いていく。骸を踏み潰し、また次と、視界に入る人々を屠っていく。

必死に走れども黒い影のいない逃げ場はない。

 

「織斑君ッ! 織斑君ッ!」

 

誰かの悲鳴も。誰かの懇願も。

すべては砲火と銃声に飲み込まれて消えていく。

 

『――――!』

 

織斑一夏の目の前に立つ無人機『ノルン』が、その特殊兵装『熱歪焼却砲』を起動させた。

実に単純かつ至極明快で、子供ですら呆れかえるほど筋一本のみが通った、その兵器としてのコンセプト。即ち、陽光をレンズで絞って当てて敵を焼き尽くす。

レンズが砲塔の前に展開され、太陽のように眩しい輝きが収束されていく――その刹那。

 

「おりゃァァァァァァァッ!!」

「あああああああああっっ!!」

 

左右からの絶叫。『ノルン』が反応する前に、瞬時加速で突っ込んできた二機の『打鉄』――相川清香と鷹月静寐が、IS用ブレードを『ノルン』に突き立てた。

 

織斑一夏がわずかながら稼いだ時間――それは、各所に散らばる戦うための人間(ランナー)を失くしたISに、新たなパイロットが乗り込むことを可能にしていた。

 

血みどろの機体と無傷のパイロット。対照的にすら写るその機体と担い手。

極限状況の集中が、人馬一体――否、人機一体の境地まで、二人を誘っていた。

 

『……!?』

「ぶっ壊れなさいよォッ!」

 

静寐がブレードを抉りこむ。火花が散り彼女の髪を焦がす。それでも構わない。

一方の清香は冷静にブレードを手放すと、新たに展開した短刀を『ノルン』の頭部に突き刺した。熱の余波とスパークした火花で右手が灼かれるが、無視。

 

「――――ツアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「やああああああああああああああああああああ!!」

 

二人の絶叫が重なり――『ノルン』が無理矢理身体を振るい、二人を弾き飛ばした。壁に激突し血を吐く静寐と、受け身を取って新たなブレードを構える清香。

 

静寂。

物音ひとつで戦闘が再開される。緊迫し張り裂ける寸前の酸素。三者三様に体中から火花を吹きあげ血反吐を撒き散らしながら睨み合う。

その戦場の中で、静かに眠る最大の切り札が――その指を少しだけ震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「りィ――――んッ!!」

「ぅ……ぐ……」

 

腹に大穴が空いた。気持ち悪い。あるべきのものがない。まだ動く左手で必死に感触を探すが、何もつかめない。あるべきはずの肌もない。ぐちゅぐちゅと、気持ち悪い、何か濡れたものがつかめる。

それが自分の臓物だと気付いた瞬間、鈴は血が混ざりこんだ胃の中身をすべて逆流させて吐き出した。

 

「げぇッ……がッ、がはっ、げほっ、げっ、げぇぇっ…………」

 

目の前がちかちかする。銀髪が翻る。視界を黒と白が交互に埋め尽くす。

ラウラは背後に仲間を庇った状態で『ノルン』と相対した。

 

(AAICが通用しない……なら火力で、いやッ! 鈴から引き離すためにはッ)

 

両手のプラズマ手刀を展開。果敢にインファイトを挑む。

対する『ノルン』は槍のリーチを保ちながら高速で突く、穂先の壁がラウラの前に顕現する。

 

「しゃらくさい真似をッ……!?」

 

一撃。穂先の壁に掠っただけで、プラズマブレード発振機が粉々に破砕された。

舌打ちと共にワイヤーブレードを再展開――AAICの恩恵を受けて先端のブレードが岩盤を掘削するかのように回転する。同時に足下に転がった『双天牙月』の片割れを蹴り上げキャッチ。

 

(正面から打ち合えないのなら、回転させて逸らす!)

 

螺旋を描き猛るワイヤーブレードと巨大なランスが激突、火花を散らしながら互いに弾き飛ばされた。

 

『……!?』

 

好機――ラウラは即断と共に前へ踏み出した。

プラズマ手刀はない。だが、その手にはすでに必殺の武器。

 

「切り裂かれろッ!」

 

逆袈裟斬りに振り上げた刃は、しかし堅牢な巨槍の柄に阻まれた。

得物のリーチはあちらの方が長い、ならばこれ以上離されるわけにはいかない。

バックブーストをして距離を置こうとする『ノルン』に追いすがりラウラも加速。

 

(最優先事項は無論、安全を確保した後に鈴を運ぶことだ――がッ、こいつをどうする!? 撃破とはいかずとも撃退はしなくては……ッ!)

 

自分以外の生命も背負うという耐え難い重荷。

ラウラは軍人として培ってきた思考を最大限に回転させながら、その刃の柄を握りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ」

 

生死の境界線、止まらない鮮血。刀を支えにかろうじて立ち上がり、箒は鋭くえぐられた自身の体を見やった。もう右半身は使い物にならないだろう。

 

視線を戻せば、『ノルン』が悠々と納刀してこちらを見ている。余裕綽々のその態度に思わず頭に血が上るが――すでに逆転の目はないと言っても良かった。

 

放たれた篠ノ之流奥義『絶:天羽々斬』は、後出しの最速。カウンターでありながらその刃が自分より先に相手を切り裂くという、因果すら断ち切る究極の剣技である。

その真骨頂は先読み、即ち相手の呼吸、血管の動き、重心移動、それら全てを観察し精査し掌握することで完成する完全なカウンター。

斬られる前に斬るのではなく、斬らせて斬られる前に斬り捨てる。

 

(なぜ無人機が、これを、母様にしか成し得なかった""私への""カウンターをできるッ!?)

『…………』

 

沈黙。互いの間合いを測り、勝機を見定めなければならない場面。

片やそんなそぶりもなくただ相手を見つめ、片や満身創痍の半死半生で必死に酸素をかき集める。

 

不意に『ノルン』が抜刀した。

箒の生存本能が、彼女の両足に力を込めさせた。

 

斬撃。どうにか転がるようにして回避。

どこかの筋繊維と神経が千切れる。『人魚姫』も悲鳴を上げている。

 

「カハッ」

 

血の塊を吐き出す。

一つに束ねたポニーテールは毛先が血に濡れた。頭部からの出血が滴り、右目が開かない。

 

何もかもがビハインド。

初手で――篠ノ之流の奥義である極之太刀同士の激突の時点で、すでに勝敗は決していたのかもしれない。

 

本来はありえない、存在し得ないはずの""カウンター同士の激突""、それは実に単純な論理により引き起こされた。

 

「フゥーッ、フゥッ」

 

視界の隅に転がる『雨月』。

すでに感覚のない左手はもう刀を握ることすらできない。右手がかろうじて『空裂』を保持していたが、十全に振るうことなど到底不可能だった。

 

――初手を仕掛けたのは箒だった。

カウンター主体の篠ノ之流が当然の論理として抱える弱点、即ちそれは互いが手を出さないことによる千日手。

篠ノ之流が第一に相手の力を受け流し転換し返すことだとすれば、第二には相手に如何に攻撃させるかが主題となる。

小手先の技術――切っ先の微妙なブレ、呼吸や視線誘導による硬直の打破、間合いの錯覚による誘い込み――などは存在する、そして彼女自身、全てをマスターしていた。

 

そしてそれら全てが『ノルン』に通用しなかったからこそ、箒は自ら仕掛けたのである。

 

(は、ははは……面白い、冗談だ。なんだこいつは、まるで、【篠ノ之殺しの篠ノ之流】じゃないか)

 

箒が選んだのは篠ノ之流・陽ノ型・極之太刀――カウンターへのカウンター。

 

自らが放った初撃、それに呼応して放たれる敵の反撃。

そこで初撃を切り返し、相手のカウンターが決まる前に弐ノ太刀を以て切り裂く――篠ノ之流の真骨頂、後出しの最速。

それが篠ノ之流・陽ノ型・極之太刀『真:天叢雲剣』。

 

『……』

 

無人機は何も語らない。

それはある意味では当然の理屈だった。

 

一撃目を見て放たれた二撃目を、それに対してまた振るわれた三撃目が切り裂くのなら――『ノルン』が放った四撃目が、箒の三撃目を破るのもまた、明快な真理である。

 

「極之太刀に……同じ極之太刀を合わせてくるとはな。母様のその技術、一体どこでデータをインプットした?」

 

『空裂』を杖代わりにして何とか立ち上がる。

乾いた笑みすら浮かばない。ここまで完膚なきまでにのされるのは幼少のころ以来だ。マドカに完封された時よりも焦りがひどい。

 

『……!』

 

納刀したまま、黒い太刀が振り上げられた。

まともに顔面を打ち据える。クリーンヒット。歯が数本まとめて飛んだ。体が浮いて、数メートル後ろに弾かれてから地面に激突する。手から放れた『空裂』は風切り音を立てながら回転し、そのまま箒と『ノルン』の間に突き立った。

 

「ガッ、ゴボッ、うぐ……」

 

内臓が引っ掻き回され、喉から飛び出すのではないか――箒は一瞬本気でそんなことを考えた。

鼻からあふれる血を拭う力もない。垂れ流される鮮血が頬を伝って床に広がっていく。

美しかった白い肌は青あざだらけになり、彼女の気高い美しさは地の底に墜とされ辱められていた。

 

(……すまない、一夏)

 

目を閉じた。結局最後の最後で、彼女は彼に恩を返しきれなかった。

背中を守ることも、自分を守ることもできず、ここで朽ち果てていく。

 

太刀が煌めきながら、振り上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

額から伝って来た汗が、頬を過ぎて床に落ちた。

限界稼働のブルー・ティアーズがエネルギーを使い果たしセシリアの下へ舞い戻る。各部スラスターに接続、大型コンデンサから稼働用電力が補充される。

入れ替わりに二機のレーザービットが切り離され、左右の無人機に攻撃を開始した。

 

「シャルロットさんッ!」

 

すでに銃口が焼け落ちるほどに撃ち続けたレーザーライフル『スターライトmk-Ⅴ』を構える。

照準を自身と同様にビットを備える無人機『ノルン』――の前に立つシャルロットの背中に合わせトリガー。

 

「ッ!!」

 

『ゲット・ライド』を振るいレーザーを弾きつつ突撃していたシャルロットは即座にインメルマンターン、彼女の背中スレスレを飛翔したレーザーが『ノルン』に突き刺さる。

 

「まだ!」

「ぐぅッ」

 

相棒であるスナイパーの叫び――まだ敵機は倒れていない――を聞いたシャルロットは上下反転した体を起こすことなくそのまま次のマニューバへ移行。減速せずにインメルマンターンからスプリットS――常軌を逸し狂気の連続マニューバ、もはや曲芸の域。

ラファールの対G機能を貫通したGがシャルロットの臓物をかき回す。不快な圧迫感を無視し、彼女はしっかりとロングソードを握った。

ちょうど空中で後方宙返りをした形。結果として、レーザーの直撃を受け体勢を崩した『ノルン』の眼前にシャルロットが出現する。

 

「てやああああああああああああああっ!!」

 

雄叫びと共に背部ガンラックのライフル二丁を展開、連射。『ノルン』は慌てることなくそれらを左右に不規則な動きをして回避――その先に『ゲット・ライド』が待ち構える。

ビームトンファーが煌めく。シャルロットが歯を食いしばる。

 

結果――ビームトンファーは空振り、『ゲット・ライド』の切っ先は割って入ったシールドビットを砕くに終わった。

 

(失敗したッ)

「離れてくださいまし!」

 

上空からレーザーの雨が降る。

転がるようにしてシャルロットはランダム回避機動、すぐそばの校舎の中に退避した。

 

「敵は!?」

「二時の方向150、すぐに応戦してきますわ!」

 

舌打ちしてロングソードを量子化、新たにライフルとマシンガンを握る。撃ち尽くして空になったマガジンを床に捨てる。量子化していたマガジンを直接銃に組み込む形で顕現させる。オートで弾丸が装填され、FCS(射撃管制装置)を再起動。

辺りの無人機はセシリアが数を減らし、シャルロットは強敵である『ノルン』に挑む。その構図は意図して作り上げたものだったが、ここまであの無人機がしぶといとは思わなかった。否、一つでも間違えればこちらが殺されるのは想像に難くない。

 

(強い、今まで戦ってきた相手の中でも格段に強い。正直、一夏君の方がまだ可愛げがあったぐらいだ――けど)

 

硝煙の臭いを振りまきながらシャルロットは空に駆けた。

追いかけてくるビットをマシンガンで振り払い、敵の機影を視認。

 

「ここで負けてあげるわけにはいかないんだよねぇ!」

 

彼女達の後ろ、距離600――そこにはまだ避難中の生徒達がいる。

せめて彼女達がシェルターに入るまではここを死守しなければならない。

たった2人の最終防衛ラインが、再び砲火を燃え上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

「シッッ」

 

息を吐いて大槍を突き出す。

アクアナノマシンの恩恵を受け鋭さを増した穂先が黒い装甲を削り取る。

無人機『ノルン』は肩部と腰部の機銃を連射しながらバックブーストし距離を取った。

 

「……!」

 

相対し水のヴェールを身に纏う少女――更識楯無は、鷹のように鋭く目を細め間合いを測る。

牽制も兼ねて放つガトリングガン。『ノルン』の強固な装甲にダメージは与えられないものの、それは次の一手への布石。

 

「――跪きなさい」

 

蒼流旋を投擲。大質量の大槍が宙を裂いて疾走。慌てることなく無人機は無反動砲でそれを迎撃する。

砲撃音と、それに続いて槍が弾かれる金属音が響いた。

 

それらを聞きながら――楯無は既に蛇腹剣『ラスティー・ネイル』の剣域に『ノルン』を捉えていた。

 

「――聞こえなかったかしら、跪きなさいッ」

 

蛇腹剣が唸る。曲線の軌道を描いて刀身がしなり、そのまま『ノルン』の頭部へ吸い込まれる。

全身に重火器を備えているのなら、コントロールの中枢部でもあり比較的誘爆の規模が小さいであろう頭部を狙うのは当然の帰結であった。

――故にその攻撃は、無人機のAIに見抜かれる。

 

『――!』

「……ッ」

 

頭部を叩き潰すはずだった蛇腹剣が、その中程から分離し地に落ちる。楯無はすぐに柄を捨てた。

『ノルン』の肩部内蔵のレーザーが、蛇腹剣の継ぎ目を焼き切っていた。

 

そのままレーザーが振り回される。直撃を受けたら身体が分断されるのは避けられない。空中に飛び上がり『ノルン』の体を飛び越え、さらに蒼流旋を掴み取る。

曲芸じみた体捌きを見せながら、楯無は振り向きざまに槍を突き出した。

 

『――!!』

 

無人機『ノルン』は、その槍の一閃を甘んじて受けてみせた。

槍を突き立てられた背中がスパークを起こす。赤いラインアイが不気味に明滅する。そのリズムはまるで嗤っているようにも見えた。

 

(浅い!? ……しまったッ!)

 

誘爆の可能性、避難の済んでいない簪のことを考慮した無自覚の手加減。

鈍く照る黒腕が、背中に突き刺さる蒼流旋を持つ楯無の手を掴んで動きを封じた。

 

『ノルン』の背部に備えられた火器――機銃十数門、レーザー十数門、無反動砲数門、パルスキャノン数門、腰部のガトリングガン四門も旋回しエイミング。全てが楯無に向けられた。

 

「く、うッ……!」

 

咄嗟に蒼流旋に回していたアクアナノマシンを全て解除、水のヴェールを再構成。

 

殲滅すべくばらまかれた弾幕と水分を凝縮した城壁が激突し、爆音と炎が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

引き絞られた戦場の空気。汗を流すことすら躊躇われるその空間。

破ったのは清香だった。叫びが廊下に響き渡る。

 

「シールドビットを潰す! 静寐は後衛(フォロー)!」

「了解、前衛(アタック)は任せたッ!」

 

清香が身体を大きく前傾させる。背後から静寐が二丁のライフルを発砲。シールドビットがその弾丸を撃ち落した瞬間、清香がスラスターに火を入れる。

左手で握るIS用ブレードを、勢いを乗せて叩きつける。『ノルン』はシールドビットを解除しその両手で斬撃を受け止めた。

 

(だよねぇ、織斑君の『白世』すら受け止めるんだから、これぐらいなんともないよねぇ……けどッ!!)

「こっち!」

 

ブレードを握ったままの清香の脇の下から、不意に二丁のライフルが突き出された。清香という盾を挟んだ接射、静寐がトリガーを引く。

くぐもった発砲音――脇を抉られ火花を散らし、『ノルン』が膝をついた。

 

「やった!?」

「まだ!」

 

清香が相方の首根っこを掴んで飛びのいた。『ノルン』の頭部が白熱し、廊下が溶解音を上げ崩れ落ちる。

 

「まだアレが使えたの!?」

「破壊したはずなのにッ」

 

自立行動プログラムにエラーが生じているのか、無人機は出鱈目に頭部を振り回す。右左上下、見境なしに『熱歪焼却砲』が放たれ――それは当然、彼女達が背後に庇っていた一組生徒にも襲い掛かった。

 

「あ」

 

バシュッ、と嫌な音。ランダム回避機動を取りながら清香が振り向けば、誰のものかも分からない下半身が廊下に転がっていた。液状化した上半身だったものがゆっくりと広がっていく。悲鳴が響く。

 

(こッ、のッ――これ以上好きにやらせない、やらせるわけにはいかないッ!)

 

判断は一瞬。

 

「静寐、みんなを連れて退避!」

 

壁を蹴って疑似的な三次元機動――その勢いを乗せて『ノルン』の頭部を蹴り飛ばす。接触した左足がスパーク、激しい痛みが痛覚を通って脳髄に突き刺さった。ISが自動的に痛みをシャットアウトするまでの数瞬の間、それだけで死よりも耐え難い激痛に清香が崩れ落ちる。

 

「ちょ、ちょっと! こんな状態の清香を置いていけるわけ――」

「大丈夫ッ」

 

赤く染まった痰を廊下に吐き捨てる。口元の血を腕で乱雑に拭い、足腰に力を入れて無理矢理起き上がる。

まだ戦える。まだ守れる。なら、立ち上がるしかない。

 

だって彼はそうだったから――

 

「早く、織斑君とみんなを連れて退避!」

「でもッ」

「私はみんなの班長だったでしょッ!?」

 

静寐の肩が跳ね上がった。

それだけで、その場は決した。

 

「……しずちゃん」

「みんなを連れて避難する、それですぐ戻ってくる! 絶対に無茶しないでよ!?」

 

帰って来たのは儚い笑みだけだったが、それでも静寐はそれを信じた。

いつだって自分達を奮い立たせてくれて、先陣を切ってくれたリーダーだったから。

それがどんなにつらく薄汚れた記憶だったとしても、今の彼女達の根幹を成すのはそれだから。

 

しかし彼女達が分断される前に、その廊下の天井を吹き飛ばされた。

 

(敵ッ!? このタイミングで!?)

 

絶望の上に重ねられる絶望に、清香が悲壮な表情を浮かべる。

だがそれとは裏腹に、ぽっかりと空いた穴からは、実に緩慢な動きで――それはまさに、雲の上に住む者が降りてきた、神話のワンシーンのように――一機のISが降り立った。

 

「ぇ……」

「あ、あぁ」

 

光。

救済。

差し伸べられた手。

 

黄金色の輝きがその身体を覆う。

 

「……いっくん」

 

戦場に斃れた戦士を迎える女神――語り得ぬ荘厳な響きを以って、展開装甲の翼を広げた篠ノ之束は彼の名前を呼んだ。

 

「篠ノ之、博士」

「うん、そうだよ。ありがとね、彼を守ってくれて」

 

清香に名を呼ばれ、束は柔らかな笑みを浮かべる。

それと同時、背部のウィング、展開装甲から光が放たれた。

矢となって放出されたエネルギーが『ノルン』の各所を貫く。反応する暇すら与えられない超光速の疾走。織斑一夏の『虚仮威翅:光射形態』を複数乱射すれば、この光景を再現できるかもしれない。

 

「……こんな風になっちゃったんだね、いっくん」

 

彼女が身に纏う『灰かぶり姫(シンデレラ・ガール)』は織斑一夏の体を精確に分析した。

すでに常人なら生命活動をとっくの昔に終えている、それにもかかわらず未だ生存しているのは、彼の生来のしぶとさと愛機の必死の延命作業のおかげだろう。

 

「邪魔だよ」

 

背後でゆっくりと立ち上がろうとしていた『ノルン』めがけて再び神の怒りが降り注ぐ。

全身を貫かれ光のハリネズミと化したその機体は、ゆっくりと崩れ落ちた。赤いセンサーアイが消え、完全に沈黙。

 

「ナノマシンの新規生成機能が破壊されてる……? 敵からの妨害、いや、その妨害下における戦闘のダメージみたいだね。君は決して無敵じゃないんだから、無茶はしちゃいけないのに」

 

元より、織斑一夏のワンオフ・アビリティである『癒憩昇華』は、決して人体を癒すものではない。

彼の体内で生成された人体を構成する物質――ナノマシンを変換し、彼の体の欠損を代替するだけのものだ。

つまりは、ナノマシン、あるいは彼の体を再構築できる物質がなければ意味がない。

 

「いっくん」

 

彼の体を抱き起こす。

 

「『灰かぶり姫』、『白雪姫』、――――――――」

 

篠ノ之束は天才だった。

 

頭が回るし、計算もできる。取るべき手段もすぐにはじき出せる。そして思い切りが良かった。

 

何の躊躇いも見せずに、一夏に口づけした。

 

愛、賛美、憧憬、総てを詰め込んだ、この世で最も美しいキス。時を永遠に止めてしまう甘美な時間。

 

しかしそれを断ち切って、篠ノ之束は生涯最後で最高の笑顔を浮かべた。

 

 

 

「私のすべてを、いっくんにあげる」

 

 

 

彼女の総てが、粒子に還った。

 

主を失ったISスーツとウサミミだけが力なく床に落ちる。誰もがその光景に目を疑った。

彼女だった光の粒子は宙に浮かび、輝きを増すと――彼の体にそっと重なった。

 

装甲が、『白雪姫』が創造される。

 

欠けた装甲を追加し、

千切れた身体を再生し、

燃え尽きた魂が黄泉返り、

 

織斑一夏が新生する。

 

 

 

『形態移行――第三形態:■■姫(■e@;[9※k▼s・ガール)』

 

 

「え?」

 

清香の口から間抜けな声がこぼれた。

英雄の再誕、華々しく神々しいはずのそれに、突如としてノイズが混じった。

 

その時、一夏の脳裏に、どこか聞き覚えのある女の声が響いた。

 

 

 

 

 

――うふふふふふふふふふふふふ、だぁーめでしょぉぉぉぉぅぅ? 勝手にこんなことしちゃったらァ!!

 

 

 

 

 

『しろ』が、反転する。

 

「あッ、がぁぁッ……!?」

 

一夏の喉から苦痛の声が迸る。

体中を光が走り、白い装甲が反転する。

黒く、黒く、どこまでも深い宵闇の装甲へ変換される。四肢を黄金色のラインが奔る。

 

「があああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアッ!?」

 

雷撃が駆け抜けたように一瞬跳ね上がり――それきり、彼は沈黙した。

 

刹那。

 

束が空けた穴から、新たな無人機が舞い降りる。

 

個々に武装を持ち一芸に特化した、ISで例える所の第三世代に該当する『ノルン』。

それとは違い、乱入者は特に武装を持っていなかった。小型化され、よりISに近づいた外見。人間と同様に五本の指がある両手両足。背部には浮遊ユニットのウィングスラスター。

 

模しているのは明らかに――第一回モンド・グロッソ優勝機『暮桜』。

 

「新しいゴーレム……ッ!」

 

清香が絞り出すように言った。

Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、ⅢカスタムとくればⅣか――否、その無人機の左肩には、いっそ誇らしげともいえるほど堂々と『Ⅴ』の刻印が施されている。

そのゴーレムⅤが、左腕を振り上げた。黒い腕部装甲がスライドし、エネルギーを放出。腕そのものがレーザーブレードと化す。

全員が目を疑った。明らかにこれは、展開装甲の模造品――第四世代機!

 

振り下ろされる先には沈黙した織斑一夏。

 

「やらせない!!」

 

実体シールドを二重に展開し清香が割り込む。レーザーブレードアームが猛る。

が、そのブレードアームを正面から睨んだ瞬間、清香の全身を悪寒が奔った。

 

(――ッ、ダメ!)

 

シールドのみPICで相手に向かって弾き出し自身はバックブースト。足で一夏の体を蹴り上げながら距離を取る。

目潰しとしても射出されたシールドは、ブレードアームの一閃をを受け真っ二つに両断された。

 

「清香ちゃんッ!」

 

銃撃音。ゴーレムⅤの体に火花が散る。

見れば『ラファール・リヴァイヴ』を身にまとった夜竹さゆかと、『ソニックバード』を装着した岸原理子。

 

「ッ……予定変更! 3人でこいつを押さえ込む! 清香はみんなと織斑君を!」

 

静寐の声。

ブレードを展開しながら理子が前に出た。

前衛一人、後衛二人のフォーメーション。

 

「――――ッッ! ダメ、下がってぇっ!」

 

清香の叫びと、ゴーレムⅤの姿がブレるのはほとんど同時だった。

 

背部展開装甲を使った『多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)』――の、瞬間的な開放。

箒が使う『超間加速(オーバー・イグニッション)』には劣るものの、ハイパーセンサーをもってしても残像すら捉えきれないそのスピード。

 

言うなれば『瞬間瞬時加速(イグニッション・ジャンプ)』。

 

間合いを詰めただけではない、スラスターの微調整がゴーレムⅤの体を跳ね上げた。

 

「ぇ、ぁ」

 

空中で横向きに一回転。右足の展開装甲が発光し攻性エネルギーを放出する。

ローリングソバットに近い動作で、ゴーレムⅤがその右足を振るう。

 

「――ッ!!」

 

咄嗟の反応でバックブーストをかけたことが、理子の命を救った。

レーザーブレードと化した脚部は、理子の構えていた近接実体ブレードを両断し、彼女の右腕を斬り落とすに留まった。

 

留まった、とはいえ、片腕を斬り落とされたのだ。

 

「ヒッ」

 

理子の喉から悲鳴がこぼれる、その暇すら与えない追撃。理子の背後へと抜けていったゴーレムⅤが180度ターン。遠心力を乗せて水平に足が振るわれる。

必殺抹殺の追撃、生命を容易く刈り取るその閃き――が、理子の体に殺到するその寸前。

 

「調子に乗らないでッ!」

 

展開装甲が駆動していない胴部を、夜竹さゆかが瞬時加速の勢いを乗せて蹴り飛ばす。

ゴーレムⅤが壁に激突したその隙に陣形を組み直す。一時的なショック状態に陥っている理子を引き下がらせ、改めて清香と静寐、加えてさゆかの三人で背後の生徒たちを庇う。

 

(展開装甲のレーザー部分、あれはヤバい。絶対防御がない以上、触れたら即死のゲームオーバー……何これクソゲー過ぎない? 頭大丈夫……?)

 

手負いの自分と少ない仲間と庇うべき級友たち。

あまりに絶望的な状態。めまいがする。どうやって切り抜けろと言うのか――

 

思わず清香は、倒れ伏す織斑一夏を見た。

半身を失い、すでにヒトとしての形を保てていない異形の肉塊。

そんな織斑一夏に、縋ってしまった。

 

 

 

――――人間をやめたバケモノが、一体全体どうして、手足をもがれ顔半分を焼かれた程度で諦めるというのか。

 

――――彼に対して、ほんのわずかでも救いを求めることを、それを示唆するような真似をすれば、彼はどんな傷をも瞬時になかったことにして駆けつける……否、駆けつけてしまう。

 

――――そんなことを、きっと相川清香は、無意識のうちに思っていたのかもしれない。

 

 

 

 

だからこそ、織斑一夏は。

 

 

 

……

……

……休む暇もねえのかよ。

 

体の半分を吹っ飛ばされたことだけは覚えている。全身の感覚がないのはあれか、ついに死んだか。

いや違う。知っている。ナノマシンが新規に作れなくなったって、簡単にあきらめるほど『白雪姫(あいぼう)』はなまくらじゃねえし、俺の魂もそこまで曇ってねぇ。

 

ここがどこで、俺は何をしているのか、そんなことを考える暇もなく。

 

声が、響く。

 

声が、聞こえる。

 

『誰を守るのか。どうやって守るのか。何から守るのか。――漠然としすぎで、何も分かっていないじゃないか、お前は』

『そもそもあの戦法は、傷つくのは自分だけだ。何をどうしたらそこまで極端な発想に行き着くのか、私には分からん。だから、あんたは私からしたら立派なキチガイだ』

 

拒絶。

かつて言われた、俺の総てを否定する呪い。

それが何で今更フラッシュバックしやがる。どうでもいいことだって、そんなものは振り切るって、そう決めたはずなのに。

 

それを俺自身が思い返しているということが、振り切れていない、今もなお、鎖につながれているということを露呈していて。

 

……やめ、ろよ。

美しかった、だろ?

憧れ、たん、だろ?

ああなりたいって……心の底から、願った、だろ?

 

――それを、否定するなよ。

 

俺自身が、それを否定するなよ。だって、そうしたら、一体誰が、俺を肯定してやれるんだ。

 

言い返してやれよ。見せつけてやれよ。

こんなにも、こんなにも美しくて荘厳な渇望を、一体どうして否定するって言うんだ。

 

『これ』を失くしたら、俺はどうやって生きていけばいいんだよ。

 

 

「いつ、だって、俺は……そうありたいと、そう、思ってき、た、だろ……?」

 

 

【さあ、どうだったっけな】

 

 

心のどこかが冷めた声を出した。

 

 

【守るとか救うとか……大言壮語、できもしないことばっか語って、結局味方の血に濡れて、俺だけは無傷で、戦って、戦って、戦って、何が何だか忘れちまった】

 

 

――…………

 

 

【守る者と守られる者。それが幸せな結果になんかつながらないって、よく分かったじゃないか。結局は俺の自己満足になっちまう。それに一体何の意味があるっていうんだよ】

 

 

――……でも

 

 

【もっと自分のことを考えてもいいんじゃないか、どんなに重い荷物を抱え込んだって、それでお前が得をするわけじゃない、荷物の方も幸せにはなれない。ただお前の錯覚で、それが正しい姿に見えるだけだ】

 

 

――それでも

 

 

【それでも、何なんだよ】

 

 

――それでも

 

 

【具体的に言えよ、誰のために何を以て何を成すのか言えよ! 言えッ! 言えよ、言うんだ、織斑一夏ッッ!!】

 

 

――それでもッ!!

 

 

 

「お、」

 

黄金色が、上書きされる。

見る者の目を灼く眩しい金から、世界の果てを抱きしめる温かい緑色へ。

 

「おおおおおおおッ、」

 

ゴーレムⅤが、恐怖したように――無人機が臆することなどありえないのに――俺から一歩下がった。

周りを固めていたクラスメイト達も、驚いて俺から離れた。

 

「おおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

――それでも俺は、まだ、未来を諦めない。

 

――それでも俺は、俺を捨ててもいい、皆のために、どんな疑念があってもどんな欺瞞があっても。

 

――それでも俺は、皆のために戦いたい!

 

ああ、そうだ。中途半端だからダメなんだ。

俺の生身とナノマシンの身体、双方のバランスを取らなきゃいけないからダメなんだ。なら、もう、すべてを捨てろ。すべてをあきらめろ。

 

俺の望む結末(みらい)のために、俺自身を捨てろ。

 

ギリギリで形を保っている右手に『虚仮威翅』を展開し、思い切り自分の腹に突き立てた。そのまま刃を横に滑らせ、自分の体を破壊していく。

悲鳴を上げて俺に飛びつく相川。心配するな、俺は、大丈夫だから。緑の輝きが強まる。足元からせり上がって来る黒い装甲。

 

『侵食率:50,55,57,61,66――』

 

何もいらない。何も……いらない。

唯ひとつだけ、『それ』があればいい。

 

だから、もっと。――もっとだッ!

オラどうしたよナノマシン、束さんの最高傑作! もっと俺を塗り替えろ!

俺をバケモノにしてみせろッッ!

 

呼応して漆黒の装甲が蠢動する。俺を食らうべく、最高の相棒がその牙を剝く。いいぜ、来い。それでいい。

 

「こい……」

 

痛みを感じることすらできなくなった脳髄に、膨大な計算と信号が流れ込んでくる。

 

オレノカラダ/各部フレームの分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解量子化、再構成、装着、分解量子化、再構成装着、分解量子化再構成装着、分解量子化再構成装着、分解量子化再構成装着、分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着、

 

 

 

着装――完了。

 

 

 

『新規形態起動:識別名『黒雷姫(アルティメット・ガール)』』

「――――あああああああああああああああああッッ!! ああ、ああ! 分かってんぜ、『黒雷姫』ッ!!」

 

織斑一夏はもう迷わない。

織斑一夏はもう躊躇わない。

 

捨てるものは捨てた。

手に残ったのは、擦り切れて焼け落ちてボロボロになってしまった守りたいものだけ。

 

それでも/今度こそ。

 

「さあ――――」

 

左腕が、ゴーレムⅠのように肥大化している。各部に武装を搭載したそれは、全距離対応機械化兵装腕《マルチレンジ・アーマードデバイスアーム》――なんつー御大層な肩書を持っていた。

ウィンドウが表示する名は至ってシンプルに、『雪羅(せつら)』。

 

吹っ飛ばされた左足には、出来の悪い義足のように剣が生えていた。人間の足を上回る長さで、今も床をひっかくそれ。

ウィンドウが表示する名は意外と小洒落て、『木枯羅翅(こがらし)』。

 

不意に視界が拡張されていることに気付く。というよりウィンドウがすべて網膜に投影されている――否。

俺の左目がISと一体化している。

色こそ変わっていないが、ボーデヴィッヒと同じだ。ナノマシンによる目のIS化、それによる戦闘能力の向上。もっとも、俺の場合は欠損を埋めるためだったのが大きな目的みたいだが。

 

呼び出すは漆黒の大剣。『白世』よりも肥大化し、人間の身体を軽々上回る巨大さを得たそれが、鈍く照明に照り返した。

切っ先を向けられたゴーレムⅤが怯えるようにセンサーアイを点滅させた。

銘は決まっている。黒く染まった『白世』、ならば。

 

「『黒世(くろよ)』、起動」

 

使い方が、理解(わ)かる。なぜならこれは俺の身体の一部だから。

構成しているのは多重ナノ結合ハイブリッド・ハニカム装甲でも流動量子組成装甲でもない、俺の体と同じナノマシンの積層体――だからこそ『黒世』は俺の思うままに姿を変える。

 

「――飛べ、啼け」

 

巨大な刀身に亀裂が奔り、そこを起点として緑色の輝きが漏れ出す。弾きだされるように飛び出した各部の刃が浮遊し、『黒世』はほとんど『白世』と変わらないサイズに収まった。

俺の周囲を浮遊する計7つの、『黒世』から分裂したナノマシン積層体。わずかに切っ先が上下へずれ、そこが銃口として形を整えた。

機敏な動作でそれらは一組連中を囲い、ビットとビットからレーザーが繋がれる。そこを起点に面として顕現する守護結界。

 

「び、BT兵器……なんで、織斑君がッ!?」

「しかもこれ、エネルギーバリヤー!?」

 

360度視界クリアー、可聴域再設定クリアー。ウィングスラスター並びに全身の装甲再形成クリアー。オールグリーン。

 

『非承認:第三形態『輝夜姫(ライジング・ガール)』』

「なら、第二形態でいいだろ」

『亜種:第弐形態『黒雷姫(アルティメット・ガール)』』

「はは……いいセンスしてんな、お前」

 

純然たる進化の結果ではない。

元よりISの進化――いわゆる第二次形態移行のこと――は、単なる移行(シフト)に過ぎない。

篠ノ之束が用意した既定路線、行き着くべくして行き着くだけの、予想外も想定外も存在しないただの既定路線。

 

だが――『黒雷姫』は違う。

 

既知も既存も既成も超え、世界の総てを置き去りにし疾走する俺だけのIS。

 

「往くぜ……ッ!」

 

超加速。『ブリュンヒルデ』との距離をゼロに。ウィングスラスターだけでない、俺の背中そのものをスラスターに作り変えて点火。凄まじいGが俺の体を叩くが、もはやブラックアウトなど""ありえない""。

 

超疾走。音を置き去りにして、ただ左の拳を叩きつける。加速を乗せた一撃は人逸の境地。元より俺そのものが常軌を逸した以上、その一発がただの一発に収まらないのは至極明快な原理だ。

 

ワンパンで、それだけで、ゴーレムⅤが壁をぶち破って吹き飛ばされた。

外から差し込む光が俺の体を照らす。

食い破られたようにISスーツがボロボロになっている。そこから見えるはずの素肌が、肌色の人間の領土が、漆黒のISアーマーに侵食されている。それは顔面も同じようで、黒曜石が生えた人間の醜いオブジェクトがここには立っている。

 

不意に『黒雪姫』から送られる映像。再生せずともすべての内容がインプットされる異様な感覚。

篠ノ之束の、俺が知り得る限り最も聡明な女性の決断。

 

ナノマシンを生成できないがための最終手段――彼女自身をナノマシンに変換してしまい、俺と融合させる。

以前から、あの人の体はナノマシン製だったようだ。それが今完全に俺と『黒雪姫』に取り込まれ、あの人の意識は消滅している。

 

そうか、死んだのか、あの人。

 

涙が出ない。ひどく悲しいことだとアルゴリズムが解析しても、それに体が追いつかない。

ロボットが感情を得るっていうのはハリウッドでよく見るしボリウッドですら見るド定番SFだが、人間が感情を失っちまうっていうのはどうなんだろうな。いやこれもよくあるディストピアものだわ……

それに、俺だって完璧に感情を失ったわけじゃない。大丈夫だ。そうやって、自分の心配をできるうちは、大丈夫だ。

 

「おり、むらくん……」

 

大丈夫だ。

相川に向かって意識的に柔らかく微笑み、視線でそう諭す。

 

さあ――気を取り直していこう。

俺は『黒世』を握り直して、彼女に背を向けた。

 

点火《イグニッション》――闘争が再開される。

 

瓦礫の下から飛び出てくるゴーレムⅤ。

俺が上段から振り下ろした『黒世』を奴の両腕が受け止め。

火花、閃光が視界を塗り潰した。




さすがにこんな切り方をしてしまったので早めに更新します(早めに更新するとは言ってない)
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