この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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いやもうほんとすみません。何とお詫びすればいいか。
完結はさすがにさせます。

最近書いてる拙作『狂い咲く華を求めて』もよかったらどうぞ。
まあ先にこっち書けよって話なんですけど……本当にすみません。
並行して進められたらなと思います。


やはり俺のハニトララブコメは間違っている。

「やることなくなったンゴニキネキねえ……」

「日本語話してもらってもいい?」

 

対面の相川がスゲエ冷たい目で見てきてちょっと性的に興奮した。

食堂のおばちゃんは大体返してしまったので、今俺たちが食べているのは相川特製のチャーハンだ。パラパラしてておいしい。

無論俺はあんまり飯食わなくてもなんとかなるんだけど、人間であることの再確認のため一日三食きちんと食べている。椅子に座れなくてPIC使って器ごとふわふわ浮いてるけどな!

 

「だからよ、学園の復旧が大体終わったんだよ。元通りだろ?」

 

この食堂だって先の襲撃を受けて木っ端みじんになっていたわけだが、なんということでしょう! 匠(妹さんに制御された自立稼働ロボット)の手によって元の姿を取り戻しました!

いやまあ俺が動きやすいよう通路とか入り口は広めになったけどさ。

 

「確かにね。私たちも結構がんばったし」

「ああ、感謝してんよ」

「……確かにね。私たちも結構がんばったし」

「前置きなしにバグんのやめてくれない?」

 

普通にビビるわ。

相川の考えが読めずおろおろしていると、彼女は不意にうつむいた。

え、そんなに不機嫌になるようなことしたか俺。

 

「……頭」

「え、おう、きれいな髪だよな」

「そうじゃなくてッ!」

 

テーブルをぶっ叩いて立ち上がり、彼女はずいと自分の頭を突き付けてきた。

 

「ほら! ご褒美! 頑張ったんだから!」

「え、あ、ああ……ほーん」

 

つまり、なでろと。

 

「お可愛いこと……」

「はあ!? 労働に対して正当な賃金を出せって言ってるだけですけどー!」

「金は振り込んでるだろうがコラ」

 

とりあえずなでるだけなでるか……しかしそうだな、ついでだ。

 

「ほれ」

 

俺は左手、『雪羅』で相川の頭をなでなでした。

 

「……なにこれ」

「ちょっと暖かいだろ、全距離対応型だからな、ゼロ距離の攻撃もできるんだ。それの出力をクッソ落としていい感じにした」

「私今パルマフィオキーナされてるの!?」

 

そんな兵器兵器した身体接触じゃねえよ。

ていうかもう白雪姫じゃないのに雪にちなんだ名前っておかしいよな。『雪羅』に内蔵された武器全部そうなんだけど。今使ってる『斑雪』にワイヤーブレードの『細雪』にガトリングガンな『吹雪』に……あと四十個ぐらいあったと思うけど忘れた。

 

「『斑雪(まだらゆき)』って名前の武装なんだが、そのなでなでモードだ。初めてだけどいい感じだったな」

「しかも私実験台だったんだ!」

 

キッと俺をにらみ、相川はヤケクソ気味にチャーハンをかっこむ。

 

「まあ別に~~~~? どうせ無駄だってわかってましたけど~~~~?」

「悪かったっての……」

 

どうも本格的に機嫌を損ねてしまったらしい。

この織斑一夏特製プリンでなんとかなるといいんだがな。

まあ、お前だって、機械じゃねえのに冷たい右手になでられたって嫌だろ?

 

 

 

 

 

 

さて、相川に告げた通り俺はいまスゲエ暇だ。

そんな俺ができることといえば訓練かお空の散歩ぐらいのもんだが、まあ今回は趣向を変えてみた。

適当に外泊書類を出して学園を出て、日本本国の監視をかいくぐりレーダーもステルス発動して突破して。

 

「……どこだよここ」

 

俺は山道で立ち尽くしていた。

見渡す限り木しかねえ。

 

中部地方の山をかき分け、たどり着いたのは一面のクソミドリ。

マジでクソ。道も整備されてねえしどうなってんだ。

 

光学迷彩装備使ってるしもう少し高度上げるか……飛び上がり、周囲を見渡す。

山山山山山山山山山山山山山。

うーん……無理!

 

一応レーダー使ってみるか、ISがいるとは考えにくいが、生体反応でもあれば儲けモンだし。

 

「……最初からこうしときゃよかった」

 

一発だった。

生体反応がヒットしたのでそちらへ飛行する。

樹木をかき分け、スターウォーズよろしくクネクネと突き進む。

 

不意に視界が開けた。

こんなクソ山奥に、病院みたいな建物があった。

 

「まず一つ目か」

 

浮遊したまま近づく。

見張りなのか、入り口そばで座り込み煙草を吸っていた男が、俺を見つけた。その手から煙草が零れ落ちる。

男が口を開いたが、何か言う前に『雪羅』のガトリングガンを連射し木っ端みじんにする。

銃声を聞いて、病院がにわかにざわめいた。遅ぇよ。

 

入り口から入れば、拳銃片手に男が走り寄ってきて――ISを展開する俺を見て、泣き笑いのような顔を浮かべた。

む、どうやら俺を見た瞬間に来た理由を察したらしい。

 

「……な、なあ、勘弁してくれよ、俺たちは仕事で」

「死ね」

 

首から上を左足(ブレード)で刎ね飛ばした。

 

廊下を進み、遭遇する男を片っ端から殺す。

殺す。

殺す。

一人残らず殺す。

 

並ぶ部屋のドアを開けて中を流し見る。

部屋の中には清潔感のかけらもないベッドと、全裸の少女たちが敷き詰められていた。

 

「……妹さん」

『…………』

 

秘匿通信を開いていた妹さんに呼びかける。

怒りと衝撃がないまぜになっているのだろう、彼女は何も言わない。

まあこの国の代表候補生だったわけだし、しゃーないか。

 

「回収用のヘリ、頼んだから。飯島さんに言えば多分、航空許可が出る」

『…………わかった』

 

それだけなんとか絞り出して、妹さんは教員らに人員の編成を命じる作業へ移った。

部屋からふわふわ浮きながら出ると、完全装備の衛兵とばったり遭遇した。

ISを展開する(いやまあ展開も何もこれが俺の自然体なんだけど)俺を見て、衛兵が瞳を見開く。

 

「ひっ、やめ」

 

身体を縦一直線、真っ二つにする。

断末魔など上げさせるものか。死ね。何も言う暇もなく死ね。

その罪が晴らされることなどない。純粋に報いを受けて絶命しろ。

 

やがてたどり着いた、情報管理室。

『黒雷姫』がアクセスし、データを洗い出す。

 

『発見:該当データ情報』

「どこだ」

『表示:位置座標』

 

仕事の早い相棒で助かるよ。

手元の情報じゃ、あいつらのいた施設は分からなかった。だから手始めに一つ適当に潰して、そこからデータを吸い上げた。

 

「……日本海に面してるな。飛ぶか」

『警告:バイタル状態の悪化を確認』

 

今更気遣うなよ。俺は、別に大丈夫なんだから。

 

 

 

 

 

 

発見した施設は、既に破棄されていた。

潮風を受けてサビだらけになった棟をぐるりと一周し、中に人がいないことを確認してから中へ入る。

 

あいつらは、ここで育った。

 

俺のクラスメイトはここで暮らして、学園に入ってきた。

 

衛生環境的には最悪だな。

あと食堂っぽいとこもないし、この部屋以外から出れなかったとしたらメンタルも心配になる。

でも、学校じゃ楽しそうだったよなあいつら。

演技じゃなかったと思いたい。

心の底から学園生活を謳歌していたのだと、そう思いたい。

 

もし俺へのハニートラップが失敗したら、あいつらはどうなるんだろうか。

別の相手を設定されて、新たな任務に就くんだろうか。

ベッド傍に立ち、ボロボロのシーツを見下ろしながら考える。

 

そこに全裸で、虚ろな目で天井を見つめる相川清香を幻視して、俺は咄嗟に後ずさった。

 

……ばかばかしい。

 

『航空許可、もらって、一夏が見つけたとこ、行ったよ』

「ああ。どーせ日本はそこを取り仕切ってる暗部集団を切り捨てて知らんふりするだろうから、楯無を他の施設まで飛ばしてくれ。全部で31か所あるから巡礼みたいな感じでよろ」

『分かった。お姉ちゃんに情報を送る、けど……ねえ』

「何だよ」

 

妹さんのか細い声は震えていた。

 

『今すぐには、しないよね』

「……何の話だよ」

『だって、そのため、学園のISを強化したり……みんなに戦い方を教えたり……そういうこと、してたんだよ、ね』

「話が分からん。確かに生徒の質を向上させようとはしたが、そりゃ生徒会長としての施策だし、今の学園にゃISに乗れる奴が全然いねえから、全部無駄になった」

『じゃあ、戻ってきたら』

「そん時は……そうだな。その時には、妹さんにも話すよ」

 

見抜かれてたか。まあしょうがねえよな。

分かりやすすぎたかもとは思ったし、飯島さんには多分バレてたし。

 

『ッ、ISがそっちに近づいてる』

「何?」

 

楯無や回収班ならともかく、俺にだと?

 

『日本国籍、『打鉄』が一機』

「単騎……俺もナメられたもんだな」

 

この場で俺を始末するつもりか? もしそうだとしたら、短絡が過ぎるだろ。

 

今は全世界が『亡国機業』と戦争してる状態だ。

だからこそ、火事場泥棒根性全開で、日本の御膝元である本土にしれっと潜入してみたんだが……俺に回す戦力があるなら対テロ戦争に回せや。そんなんだから内閣支持率低いんだよ。

 

ため息を吐きながら、妹さんが指し示す、俺へと接近するISの方角を向く。

視界の一部を切り取ってズームし、はるか遠方から超高速で接近するその機影を捉えた。

レーザービームのような一本の線が視界に現れる。ISを、正確に言えばそのコアを視認することでつながれる個人回線だ。

 

「接近するISに告ぐ。こちらは――」

『IS学園所属、織斑一夏……あってるよね、織斑君』

 

その声を聴いて、俺は言葉を失った。

ありえねえ。このタイミングでなんでお前が来るんだ。なんでお前が、ISを纏って俺のもとに来るんだ。

何でお前が、よりにもよって、お前が――!

 

 

『ごめんね……こちら本土防衛軍所属、相川清香』

 

 

ふざけんな。

 

『国内に侵入した貴公に対して、警戒態勢が敷かれました。早急な武装解除をお願いします』

「……分かってるんだろ、俺がここにいるってことの意味を」

「うん。だから何?」

 

既に通信ではなく、互いに肉声を拾える距離だ。

顔色一つ変えずに、相川は俺から距離を取った地点に着陸した。

既に持っていたライフルの銃口が向けられ、『黒雷姫』がアラートを鳴らす。

 

「お前、は」

「私たちは、君への特殊任務を受けた本土防衛軍の兵士だよ。全員IS操作はある程度習熟してる……代表候補生には、さすがに勝てないけどね」

 

あはは、と自虐的な笑みを浮かべられた。

なんでだよ。なんでそんな、普段会話してる時みたいな表情ができるんだよ。

 

「で、返答はどんな感じかな」

「………………投降は、できない」

「だよねー」

 

その笑みを浮かべたまま、相川はトリガーに指をかけた。

 

「じゃあ選んでよ」

「何を、だよ」

「私が死ぬか、君が死ぬか。それしかもう、ないんだよ」

 

心臓が嫌な音を立てた、ような気がした。頭を振る。心臓なんてもうねえよバーカ。

 

「何でだよ」

「私は裏切り者で、君の敵で、そういう命令を受けてるからだよ」

 

相川は表情を一切ゆがめなかった。一瞬だけ、少し目に光るものがあった気がしたけれど。きっと気のせいだった。

 

「さよなら織斑君。もう織斑君は戦わなくていいんだよ……もう二度と、目を覚ますこともなく」

「何でだッ、何でお前がそこにいて、俺に銃を向けてやがんだよぉッ……相川ああああああああ!!」

 

発砲してきた――俺は迷わず『黒世』を盾にした。相川が、かまうことなくマガジンが尽きるまで撃ち続ける。

 

「なんで――なんでだよッ! お前らはッ! お前はッ! ずっと俺をだましてた!」

「だから、命令だったからって言ってるでしょッ!?」

 

炒飯を俺に作ってくれた手で、相川が太刀を引き抜いた。

 

泣きそうになる。やめろ。やめてくれ相川。なあ違うだろ、俺は、お前と切り結ぶなんてしたくないんだ。手は、つなぐためにあるはずだ。おれは、お前とそうしていたかったんだ。それなのにどうして。

何でこんなことになってるんだ。

 

頭の中がぐちゃぐちゃになっている間に。相川は瞬時加速で俺との距離を詰めて。

刀が振りかぶられた。

 

防衛本能が動こうとしたのを、俺は咄嗟にねじ伏せた。

唐竹割が直撃する。

けれど、俺にほとんどダメージなんてない。

相川の太刀筋には、まったく力がこもっていなかった。

 

「…………裏切ってたんだ、よ」

 

太刀は相川の手からすり抜けて、地面に落ちた。

そのまま、彼女は俺の胸に顔をうずめた。いつかの光景だった。

 

どうしてだよ。あの時みたいに、俺を頼ったり、俺に慰めさせたり、してくれよ。

殺し合いなんかじゃないだろ。俺がしたいことはそんなんじゃない。お前だって……お前だって……

 

「だからね、殺していい相手なんだよ、私なんて」

「い、やだ」

「君の、敵なんだよ。織斑君。私は、ずっと君をだましてた悪い女なの。サイテーだよね、ほんと。だから、だからね。君は私を、殺さなきゃだめなんだよ……」

「おれ、は、ッ」

 

 

アラート。

 

 

反応が遅れた。

真横から砲撃された。モロに食らって、俺は地面に転がる。

 

「――なん、だよ!?」

 

顔を上げて周囲を素早く確認した。『黒雷姫』が敵の存在を俺に教えてくれた。

いたのは、黒い図体と、全身で花開いている展開装甲。

 

「ゴーレムⅤ――『ブリュンヒルデ』ッ!?」

 

このタイミングでお前が来るのかッ!? 何のために――!

 

「……ぇ?」

 

ゴーレムが超加速した。間に合わない。

俺の眼前で――相川をひっ捕まえて、無人機が空へ疾走する。

 

「――――」

『推奨:迅速な退避』

 

ウィングスラスターにエネルギーを回そうとして、その瞬間に、相棒が俺に冷や水をぶっかけた。

理論的にはそれが間違いなく正解だ。ああそうだよな。俺は、ここにいてはいけないわけだし。

 

それに人質みたいになってんのは、俺をだましてた、クラスメイトの仮面をかぶっていた、裏切り者だ。

俺を陥れようとしていた女だ。

 

『織斑君』

 

俺の敵だ。

 

『織斑君』

 

俺の――――

 

 

 

『私たちを――守って』

 

 

 

フラッシュバック。

笑顔。

温もり。

守って。

守る。

出席番号一番。

バカ騒ぎ。

雑談。

ゲーム。

部屋に来た。

話した。

遊んだ。

共に過ごした。

騙されていた。

全部嘘だった。

悪意に塗り固められた日常だった。

守りたい。

大切だ。

まやかしだった。

何もかもが欺瞞だった。

 

 

 

 

 

 

 

本当に?

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ」

 

全部がまとめて脳髄にぶちまけられて、思考回路が情けなく止まっちまう。

積み重ねてきたものの愛しさに、胸が張り裂けそうになる。

 

俺は。

 

 

 

俺はそれを全部、嘘になんかしたくないんだ。

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

『黒世』を分割展開して、ウィングスラスターに直結させた。

バカみたいな加速が、俺の身体を吹き飛ばす。

空を一直線に引き裂いて、漆黒の流星となって。

いいや。スラスターが吹き上げる炎は青白い。

きっと今、俺は。

 

銀色の流星になっている。

 

 

 

 

「――――今度は逃がさねえ」

 

 

 

 

眼前。

『ブリュンヒルデ』というあまりにも大仰であまりにもおこがましい名を冠するボロスクラップの目の前。

積雲を吹き散し、俺はそこに飛び出した。

即座に『黒世』を再構築した。絶対にブチ殺してやる。

 

「織斑君ッ!?」

「歯ァ食いしばってろッ!!」

 

俺の背中が果物の皮よろしくパックリと避け、スラスター代わりに火を噴く。全身が展開装甲同然であるが故の超疾走。無論ウィングスラスターにも再度火を入れる。肥大した左腕が熱を放つ。

 

「ォオラァッ!!」

 

レーザーブレードアームを掻い潜り、『黒世』で相川を抱える右腕を肩口から斬り落とした。

相川の落下先にビットを複数飛ばし空飛ぶ絨毯みてーに受け止める。

それを確認してから、俺は左の平手を思い切りブリュンヒルデの頭部に叩きつけた。

 

『起動:斑雪』

 

瞬間、閃光。

掌に備えたビーム砲――ビーム解放型ジェネレータ、とでも言うべきか、超至近距離で効力を発揮する破壊の光。

 

爆音、無人機の体が吹き飛ぶ。まだだ、まだあいつは死んでない――だが。

 

「いい加減しつこいんだよ」

 

視線を走らせる。落下していく黒い右腕。敵だったもの、そして、今や誰のものでもないただの鉄くず。

 

いけるか? いけるだろ。俺だぞ。信じろよこんときぐらい、自分をよ。

 

落下していく『ブリュンヒルデの右腕』が一瞬で粒子に変わった、否、俺が量子化した。

再構成――漆黒の刃、俺の『黒世』から分離するBT兵器より一回り大きい実体ソードビットへその姿を書き換える。特別製、瞬時加速可能なスラスター付きだ。

 

「落ちろ」

 

牽制に左肩設置のマシンキャノンを放つ。

ひらりとそれをかわしたブリュンヒルデを――

 

「落ちろっつってんだろ!!」

 

――真下から瞬時加速で突っ込んできた巨大なビットが串刺しにした。

バイザー型センサーアイが明滅する。

ブリュンヒルデはもがき苦しむように蠢動し、自分の胸に突き立ったソードビットを力任せに引き抜く。

 

だがすでに俺が距離を詰めていた。

 

「おおおりゃァァッ!」

 

巨大なブレードと化している左足を振り抜く。左のブレードアームに阻まれこちらが両断される――が、コンマ数秒後には再構成完了。

体ごと斜めにローリングし、レーザーに覆われていない左の肩から腕を切り落とす。

 

『……!?』

「BCシステムだかなんだか知らねえが――」

『起動:細雪(ささめゆき)』

 

『雪羅』からワイヤーブレードを射出。

この位置で射撃兵装は使えない。ブリュンヒルデを挟んで、俺の正面には、ビットにしがみつく相川がいる。そのことがますます俺の怒りを燃え上がらせる。

 

『――!!』

 

無人機の全身の展開装甲が光り輝く。攻性エネルギーの塊――どんな実体攻撃も通じない無敵の球体が顕現。

でも俺には通用しない。8本のワイヤーブレード、縦横無尽に空を駆けるそれらが球体に接触。刹那で『零楼断夜』を起動。ワイヤーを蒼穹の光が駆け抜ける。

このワン・オフ・アビリティはエネルギー兵器と極端に相性が良い。故に。

 

「切り刻め、『細雪』」

 

青色の猛吹雪が横合いから無人機に叩きつけられた。縦横にクロスした蒼穹の斬撃。

それを阻もうと猛っていた桜色は、接触の瞬間に色を失った。すべてを貫くエネルギーの集合体を切り裂く『零楼断夜』の輝きの前に霞んでしまった。

装甲が切り刻まれ、破損したコアがむき出しになる。

 

バヂッ、と、俺が掲げた『黒世』が過剰エネルギーを放電した。

 

「――『レールガン:穿』」

 

一閃唐竹割。

直撃したコアが、木っ端みじんに砕け散り、その残骸が海へと落ちていく。

俺はそれを見ていた。終わった。勝ったんだ。

 

「――手出しさせねえ。こいつは俺が、守る……!」

 

その言葉に――風が、少しだけ吹いて、俺の前髪を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面に降り立った。

相川はISを解除した。

俺は、ISのまま。

 

「……ねえ」

「何だよ」

「さっきの、言葉」

 

聞こえてたのかよ。えマジで? クッソ恥ずかしいんだけど!

顔を赤くして、俺はそっぽを向いた。

 

「別にいーだろ。言うだけタダだ」

「…………分かってないよ、織斑君は。もう織斑君は選ばなきゃいけないのに」

「お前ら全員ぶっ殺せつってんのか? 嫌だね」

 

鼻を鳴らした。

もう迷わねえよ。

 

「お前らがハニトラだったって、分かったよ」

「うん――そうだよ。代表候補生と本音ちゃん以外、全員君を狙って派遣されたんだから」

「よくもまあ、同じ教室に集まれたよな」

「ふふ、日本の管轄だし」

 

俺が生徒会長になってからはできなくなってるけどな、そんなこと。

 

「だからもう、私たちは……君に抱いてもらうか、任務を達成できず死ぬか、どっちかしかないんだ」

「おいおい即で死ぬのかよ? とんだブラック企業だな」

「替えはたくさんあるからね。君に顔が割れちゃってるから、私たちはもう不良品。在庫処分は当然でしょ?」

 

そんな、そんなわけがねえだろ。ぐつぐつと怒りが煮えたぎる。俺の級友をモノ扱いして、当人たちにとってもそれが当然だと刷り込んだ連中を全員抹殺してこの世にいた痕跡一つ残らず消し飛ばしてやりたい。殺してやりたい。むごたらしく殺してやりたい。生きるに値しないカス共をこの手で惨殺したい。

でもそれは、今考えるべきことじゃない。今は考えるべきことが別にあるんだ。

 

「だったらもう俺の側につけよ」

「…………ぇ?」

「任務を捨てろ、日本を裏切れ。俺は日本をぶっ潰す。だから俺の味方になってくれ」

 

人間である方の手を差し出した。相川は俺の手を見つめて、一歩後ずさった。

決めたことだ。俺はみんなを守りたい。今までずっと積み重ねてきたものを信じたい。

 

「俺は、お前を守る」

「だから! だからね、私は」

「お前が何だろうと知るかバーカッ! お前は相川清香、俺にとってはクラスメイトで、出席番号一番の可愛い女の子で! 俺は、俺は心の底から、お前を守りたいって思ってるんだ!」

 

相川は、首を横に振った。

雲が太陽を覆い始める。湿り気が、すぐに雨が降ると告げている。

 

「そんなこと言っちゃだめだよ。それは、きっと、何かの勘違いで」

「違う……それは違うぜ、相川」

 

思わず声が出て、身体が勝手に動いて、相川の肩をISに侵食されていない方の手でつかんでいた。

間近に見れば、やっぱ相川は可愛いんだな、って思った。大きな目に俺が映り込んでいた。半分黒い装甲だからかなりイケてる。おいおいIS化してもイケメンなのかよ、俺。

さすがだな。

 

「嘘でも冗談でもないし、今この場で情が移ったわけでもない」

 

段々と、相川の表情が面白いことになってきた。

青ざめてる。なんだよ、そんな、そんな反応するなよ。虚勢だなんて自分が一番分かってる。余裕ぶらないと一人で立ってることもできないって、俺はよく知ってる。

 

でも今は。

 

今だけはどうか言わせてくれ。

 

一世一代の大勝負なんだ。

 

 

「俺は、本気で、お前のことが……」

 

 

 

 

 

「やめてェェェッ!」

 

 

 

 

 

それを遮ったのは、他ならぬ相川の言葉で、俺は脳みそを直接ブン殴られたみたいになって完全に凍り付いてしまった。

手を振りほどかれて、距離を取られた、もう俺の腕の届く範囲に、彼女はいない。

 

「それ以上言わないでッ! それ以上言われたら、私、ダメになっちゃう……!」

「何だよそれ。ダメにって、なんだよ」

「それ以上聞いたら、嬉しくて、嬉しくて、けど、任務を果たせなくなっちゃう」

「任務なんて捨てろよ。捨ててくれよ、なぁ。もうどうだっていいだろ!? 逃げようぜ、俺が守るから、だからもう大丈夫なんだ!」

 

必死な叫びだった。笑えるぐらいにダセェ声だった。震えてるし涙声だし情けない懇願だしで、さっきまで好きな女の子に告白しようとしてたやつと同一人物とは思えねーな。

 

雨が降り始めた。通り雨なのか、すぐに勢いを増した。前髪がデコに張り付く。雨に打たれながら、俺と相川はどっちも泣いている。

ああ、なんでどっちも泣いてんだろうな。馬鹿みたいだ。馬鹿じゃん、俺たち。よくケンカして、すぐ別れて、すぐヨリを戻す、そこら辺にいるカップルみたいだ。

 

そうだったらどんなに良かったんだろう。

 

「なあ相川、おまえ、どうして……!」

「だって、だって、任務は果たさないと……! そうしないと、私……お父さんとお母さんに、会えなくなっちゃうよぉ……!」

「――――ッ!!」

 

拳を握り込んだ。クソッタレ。クソッタレ!

だめなのか。俺は彼女を守れるはずなんだ。でも彼女自身が、拒んだら、俺には何もできないのか。

 

一歩踏み出せ! 気合入れろよバカ!

こんな、こんなところで、負けんなよ、クソ。 

 

「……織斑君は強いよ。本当に強い。どんなに責められても、どんなに折られても、『それでも』って言い続けることができる」

 

ISを、相川が再び展開した。立ち去ろうとしているんだ。引き留めなきゃ。引き留めなきゃいけない。なのに。

俺の足は動かない。機械の身体は命令を受信してくれてない。

何もできることがなくて、ただ眼前の少女のことを想えば想うほどに身動きは取れなくて。

 

「織斑君が何度も『それでも』って言い続けたところで、世界は回るんだよ」

「だったら!」

「でもっ!」

「……ッ」

「織斑君がいくら『それでも』って言い続けたところで、世界は回せないよ」

 

雨音を引き裂く絶叫に、俺は一切の動きを封じられた。

 

「……君はきっと、優しいから。ハニートラップに気づいただなんて、他の人にはあんまり言ってないよね」

「……ああ」

「なら、まだ私にも勝ち目はある。ハニートラップは関係なしに、純粋に君の護衛として入学した。そういうカバーストーリーもある。ハニートラップがバレたっていうのさえ隠せれば、私に勝ち目は残っている」

 

勝ち目ってなんだよ。

本当にお前は、俺を、貴重な遺伝子を貯めこんでるタンクみたいに見てるのかよ。

 

「もう、いいだろ」

 

ほろりと言葉が漏れた。それがまずかった。相川の目の色が変わった。

 

「何、言ってるの――最後の引き金を引いたのは君なんだよ!?」

「――――」

 

今日一番のダメージだった。失くしたはずの心臓が確かに痛みを訴えていた。

 

「もう私は、私達には、こんなことしかできなくなっちゃった……! ねえ、私を、抱いてよ。できないなら……殺してよ。大好きな君の手で、死なせてよぉっ……」

「……ぅ、あ…………」

 

俺は、何も、言葉を返せなかった。

相川は、泣きながら、ISのスラスターを点火する。

背を向けられた。顔が見えなくなって、どうしようもないぐらいに狼狽えた。

 

「……じゃあね。きっとすぐには会えないと思うけど、でも……いつか、また」

「あ、待て、待ってくれよ。なあ今考えたんだけどさ、やっぱり、お前、行くべきじゃないって」

 

何も考えてなんかいなかった。ただ衝動に任せて出てきた言葉に説得力もクソもないし俺がそんなことは一番分かっていた。

俺が必死になんとか言葉を続けようとしているのを、意に介することなく、相川は振り向きもしない。

ただ声だけが、冷たく響いた。

 

 

 

 

 

 

「――――さよなら、大好きな、男の子」

 

 

 

 

 

 

ISが去っていく。

 

 

俺の大好きな女の子が、去っていく。

 

 

「……うぁ」

 

嘘だろ?

行ったのか、本当に?

 

強くなったよな、俺。死にかけから復活して主人公みたいなことしまくって、危機を脱して。

その結果がこれなのか?

一人で雨に打たれて、人間じゃなくなっちまった無様な姿をさらして、これで、終わり?

 

 

 

「あ、あ――あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

拳を思い切り地面に叩きつけた。雨が俺を容赦なく打っている。

視界がにじんでいた。雨なんかのせいじゃなかった。

 

妹さんからの通信が届いている。受け取れない。メッセージが、楯無による回収が滞りなく完了したことを教えてくれている。

うまくいった。計画通りだった。

計画になかったことが、ただ一つうまくいかなかったってだけで。

相川を止めることができなかったという唯一の汚点があるだけで俺はきちんと目的を達成できていて。

 

そして。

 

悲しいぐらいに、俺は無力で、何もできないクズだった。

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