この中に1人、ハニートラップがいる!   作:佐遊樹

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チキン一夏。


ハニトラくんメイツ/シャルロット・デュノアの告白

俺の知ってるホテルじゃない。

なんだよこれ、アレか。東京スカイツリーか。

 

「これは違います」

「アタルっぽくしても無駄だ、お前はあんなに頭が良くないだろう」

「これはカレースープではありません」

「部屋番号は1125だ、私は……6022号室か。階が違うな。チッ、あの社長、何を企んでいるのやら」

 

姉さんが俺にカードキーを渡した。渾身のモノマネは丸々スルーである。

それを弄びながらふと気になったことをずらずらと挙げていく。

 

「なーなー姉さん」

「何だ?」

「何で姉さんはこの時期にフランス訪問のスケジュールを立てたんだ?」

「お前が暇そうだったからな」

「じゃあ何で先方に連絡しなかったんだ?」

「何を言っている、どこも歓迎してくれていただろう」

「デュノア社以外はな」

 

デュノア社だけやけにバタバタしていた。スタジアムだって、他のテストパイロットがスタンバってるのを押しのけたって聞いたぜ。それはつまり、今日本当は別の予定が入ってたってことだ。

 

姉さんは口をつぐんだ。バツが悪そうな表情。また俺に何も言わず、何か企んでたな?

俺はエレベーターのボタンを押す。4階にあるのがだんだん下がってくるのをぼうっと見ながら、俺は思考をまとめていく。

シャルロット・デュノア嬢。彼女はキナ臭すぎる。あの『僕』ってのも俺を狙ってかと思ったが、あながち間違いじゃねぇかもしれねぇ。ただ俺が最初に思った意味とは違う。

 

あのヤロウ、俺を性的な意味で狙ってやがる。

 

本物だ。今までのオルコット嬢とは違う、まだ断定しきれねぇ鈴とも違う。完全に、あれはハニートラップだ。

それを踏まえて考えると、ひょっとして姉さんは。

……邪推するのはやめよう。

俺は取り落としそうになったカードキーをポケットの中にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「眠いものは眠い」

 

俺はホテルの一室でベッドに寝転がっていた。先ほどまでは、つい先日ついに購入した3DSをプレイしていたのだが……やはりスタフォは64が至高だなぁと思い至って唐突に冷めた。俺の移り気っぷりについては定評がある。

致し方ねぇ、そろそろ寝るべ。

 

 

 

 

 

 

 

……。

何だ。唐突に目が覚めた。ていうか、何かに起こされた、気がする。

 

「んっ……クッソ、完全に目が覚めやがった」

 

誰かが起こしたのか? いや違う、これは、

 

「『白雪姫』……何のつもりだよ」

「多分、僕に気づいたんじゃないかな」

 

ベッドから飛び退く。右腕とハンドガンを部分展開して人影に突きつけた。

弾丸は装填済み、パワーアシストのおかげで反動も気にする必要がねぇ。

 

「動くな、頭の上で手を組んでうつ伏せになれ。抵抗したり不審な動きをしたりしたら容赦なく撃つ」

「……手慣れてるね」

「黙れ」

 

人影は俺の指示に従うことなく、ゆっくりと近づいてくる。

そのシルエットが月明かりに照らされた時、俺は思わず息を呑んだ。……デュノア嬢だ。かなり刺激的な格好をしていらっしゃる。おま、高校生ぐらいの歳でスケスケのネグリジェて、ちょ。

 

「近づくな、今ならまだ見逃してやる」

 

恐らくは、夜這い。

つーかハニートラップ。

これ以上こっち来んなオイ。本気でぶち殺すぞ。

 

「ダメだよ織斑君……そうやって簡単に人を殺しちゃ」

「何が言いたい」

「一年前、僕の国のエージェントをロシアで殺害したよね?」

 

銃口がブレた。

一瞬の隙を突いてデュノア嬢が両腕の装甲を召還し突っ込んでくる。

トリガーを引いた。だが弾かれた。

 

「ぐっ……」

 

狭い室内じゃ突っ込んでくる側が有利に決まってる。

もみ合いになり、呆気なく俺は押し倒された。両肘を膝で踏まれ完璧にマウントポジションを取られた。

 

「ほら織斑君、動揺しちゃった」

「……あれはフランス人だったんだな。感謝してるぜ、俺に人を殺すことがどんだけ呆気ないものなのか教えてくれたんだからな」

「ヒドい人だね」

「勝手に言えよ」

 

デュノア嬢は冷酷な表情でサブマシンガンを突きつけた。俺は一応絶対防御があるためある程度の銃撃には耐えられる……が、デュノア嬢が狙いを定めているのは俺じゃねぇ。

 

「ちょっとでも動いたら、木っ端微塵だよ? ――あの3DS」

 

この野郎ッ!!

俺は歯噛みしながら、『白雪姫』を眠らせた。手にしていたハンドガンが光の粒子となり散る。

……よくリサーチしてやがる。俺がやっとの思いで手に入れた3DSを狙ってくるとはかなりのやり手だ。アキレス腱をこうも早く見抜かれるとは思わなかったぜ。

 

「……ホントにこれで言うこと聞いちゃうんだ」

「誰から聞いた」

「匿名希望でね、僕も本社も、情報を提供してもらった社長すら知らないんだ。偽名なら分かるけど……『シルバーコントローラ』を名乗ってたね」

 

!!

シルバーコントローラ……だと……!?

まさかッ。クソッタレな野郎に引き裂かれた、俺の、半身……!?

いや、落ち着け。冷静に考えて、ゲームのコントローラが情報提供だなんてことするはずがない。俺はヤツを愛していたし、ヤツも俺の愛に応えてくれていた。裏切るワケがない。

つまり、これは俺とシルバーコントローラの間を引き裂いたコソドロからの挑戦状ということか。

 

「ナメやがって……」

「心当たりがあるのかな?」

「バリバリにな」

「何だかよく分からないケド、変な液体でドロドロになった日本の……何て旧ハードだっけ? それの銀色のコントローラの写真が添付されてたね」

 

うわああああああああああああ!!

俺は頭をかきむしってその場をのたうち回った。マウントポジションを取っていたデュノア嬢がビビった様子で慌ててどく。

変な液体でドロドロ。

俺の唯一無二の相棒が。

苦楽を共にしてきた最愛の友が。

変な液体で、ドロドロ……ッ!

 

「ははははは……これが陵辱系ヒロインの関係者の心境か。NTRもキツそうだがこっちも大概だな」

「……? 君って、本当によく分からないね」

「可愛らしく首を傾げんな、いいのか狼さんになっちゃうぞ、俺の口はお前は食っちまうためにデカいんだぞ」

 

ついでに言えばマイサンはお前の中にぶちこむためにビミョーな大きさなんだぞ。

わざとなんだわざと。断じて不可抗力とかではなくて、俺の律儀な息子は将来を案じてこのサイズに収まってんだ。

……なんか視界が潤んできた。中学ン時の修学旅行でクラス全員で大浴場に入った時もこんな感じだったな。大きさが正義なのかよ、違うだろ。

 

落ち着け。それはどうでもいい。

思いがけず自由になった俺だが、未だに銃口が3DSに向けられたままだ。

 

「何が目的だ」

 

俺はデュノア嬢にハンドガンを突きつけ問う。

すると彼女は一切の表情を消した。

 

「僕が僕であるため」

「何……?」

「僕が。僕が、シャルロット・デュノアであるために……」

 

なるほど。

ごめん全然分からん。イミフ乙。

俺はこちらの戸惑いをなるべく見せないようにして、恐る恐る声を出した。

 

「ど、どういうこった?」

「僕はね、妾の子なんだ」

 

……オイ。3DSから一気にシリアスになっちまったぞ。何だこの空気。

 

「今までずっと、僕は社長の言うことに従って生きてきた。それしかなかった」

「……それで俺の部屋に来たのか。目的は」

「君の遺伝子」

 

まあそうだろうな。

こんな美少女が俺の童貞を奪いに来るとかそれなんてエロゲ状態なう。

俺が予想通りの展開に辟易していると、デュノア嬢は静かに唇を開く。

 

「ねぇ織斑君。血筋に頼って生きる気分はどう?」

 

思わず呼吸が凍った。あまりに冷たく、そして熱を秘めた声色だった。

デュノア嬢の目を見れない。俺は顔を伏せた。

 

「ち、ちが」

「違わないよね。違うはずないでしょ。今回の訪問だってそうだ。君のお姉さんが緊急で組んで、さらに模擬戦相手に僕を指名してきた。これが何を意味するのか、分かるかい?」

「…………」

「けん制なんて話じゃない。先制攻撃だよ。――君のお姉さんはフランス訪問にかこつけて、君の安全を確保するため……そして僕が男装しIS学園に潜入して君に近づくという計画を潰すために、今回の訪問を計画したんだ」

「だ、男装?」

「うん。大真面目にその計画が進んでいるとことに君のお姉さんが思わぬ横槍を入れてきた。女である僕と君がコンタクトを取れば、その瞬間にこの計画は頓挫する。そう計算してのことだろうね」

 

追い討ちをかけるように、デュノア嬢は淡々と唇を開閉する。

本来なら美しく麗しいはずのその動作は、不思議と鎌を振り下ろす死神に見えた。

 

ていうか姉さんマジかよ。外交すら利用するって……いや自惚れるな。違う、俺を利用して外交してるんじゃないのか。そうだ、そっちだ。

姉さんには感謝してるけど、そこまで俺にしてくれるはずがない。肉親なんてそんなもんだ。そのことは俺の両親が証明してくれた。俺と姉さんをあっさりと捨てた、あの人たちを見れば。

 

「僕は、血筋に頼って生きてきた。そう信じたかった。でも……君を見れば分かる。僕は、血筋に生かされてきたんだ。使い勝手の良いテストパイロットとして、そして君を誘う蜂蜜役(ハニートラップ)として」

 

俺は……違うはずが、ない。彼女とは対照的だ。

血筋を利用して生きてきた。

姉さんやその知人に稽古を付けてもらい。姉さんの親友に命を救われ。姉さんのツテを使って強くなり。

 

「織斑一夏君。正直に言って、僕は君が妬ましい。殺したいと切に思うぐらい」

 

でも、とデュノア嬢は続けた。

彼女は手にしたサブマシンガンを量子化した。俺の3DSは自由の身となる。

 

「本来、君が正しいんだ。君は上手くやってきた。僕は失敗した。ただそれだけなんだ」

 

自嘲するように、彼女は呟く。

……。

…………。

 

まるで小説みてーな話だった。だからこそ、今の俺には彼女の話なんざちっとも頭に入らなかった。

頭脳をぐるぐると回るのは、打算とリスク。巡って巡って、俺は、気づけば口を開いていた。

 

「違う」

「?」

「違う、それは違う。今の俺は、たくさん挫折してきた。致命的な失敗も、した。一歩間違えれば、お前みたいになっていた。お前は俺だ、俺はお前だ」

 

そんなわけねーだろ。俺は俺でこいつはこいつだ。

 

「でも逆に言えば、お前は一歩踏み出せば俺になれる。血筋に振り回されず、血筋の中にある蜜を吸い尽くす蜂になれる」

「……蜂だけに、蜂蜜仕掛け(ハニートラップ)に引っかかっちゃうのかな?」

「賢い蜂はそうならねぇよ。俺は……頭が悪いから、どうか知らねぇが、お前は違うはずだ」

 

俺はデュノア嬢に踏み出した。反射的に彼女は引き下がる。

もう彼女は無表情じゃない。あと少しで陥落(おち)る。

ここまで来て、ふと雑念がよぎる。待て、俺は今、何をしているんだ? こんな嘘八百を並べ立てて、こいつに何を求めているんだ?

 

……コネ。IS本体において世界第三位のシェアを誇る大企業の、コネ。

思い当たるのがそれしかなくて、俺は俺の思考の汚さに思わず吐きそうになった。

 

「俺は……お前を助けたい」

「何を」

「お前はどうなんだ」

 

思わず叫んだ。

身の芯まで染み込んだ演技が、偽物の表情が、あらゆる要素が俺と彼女を縮める。いい調子。

さあ、あと一歩。

 

「僕、は」

「言え」

「僕、は、……助けて……欲しい……」

 

一拍。

 

「織斑、君……たす……けて……!」

 

その表情は、助けを求める一人の少女のものだった。

瞬間的に俺の胸が罪悪感で破裂しそうになる。ぶわっと脂汗が噴き出た。……悪意をもって善意を差し伸べるのなんざ、ざらにあるってのに、今回ばっかしは事情が事情だからな。

思わず目を背けそうになる。だめだ、最後まで貫き通せ。だめだ、だめだ。

 

「ああ分かった――だから頼む。部屋に戻るかまともな寝巻きを着るかしてください……ッ!」

 

これでどうだ。下らない空気にして、一気に雰囲気を払拭する。どうだ。これで。

デュノア嬢は(今更だが)慌てて自分の体を腕で隠した。少し頬を赤らめて、この月明かりの中で、ぼそりと呟く。

 

「……織斑君のえっち」

 

瞬時にデュノア嬢を部屋から蹴り出さなければ俺は大人の階段を上って人生の坂道を転がり落ちてた。うっ! ……ふぅ。

おぱんつの中がぐしょぐしょなんですがどうしましょう。なんか卑猥な響きだよね、実際下ネタだけどさ。

 

 

 

 

 

翌日。

俺は下僕とレールガン第二号である『威(おどし)』について論じながら、遅めの朝食を取っていた。

デュノア社の食堂は予想通りというかなんというか豪華で広くてメニューが豊富だ。でもIS学園だって引けを取らないあたり、やはりあの環境は恵まれているんだなーと再確認する。

 

スーツで麺類を食べるときは汁が飛ばないよう極力気をつけなければならない。このスーツだってかなり奮発して買ったヤツなのでうかつには汚せない。

 

「だからよー、単純な火力だけを追求するくらいなら、もっと連射性を向上させろって」

「昨日の『禍(まがつ)』が標準モデルだからね。あれより連射性能となるとちょっち厳しいかなー」

 

アメリカンハウスサンドを頬張りながら下僕が言う。

俺はなぜかあった瓦蕎麦をすすって(味はまあまあ)、意思操作で手元にレールガンシリーズの運用データウィンドウを投影させた。

 

「まあ今までのコイルガンに比べりゃ革新的な装備だってのは分かるけどよー……砲身自体の耐久性確信したり、実戦で多用した際にも耐え得るかどうか調べたりとかしたか?」

「したよー」

 

でも実際昨日はあのザマだ。

 

「多分、君の機動が想定を上回る雑さだったんだよ」

「なあもうちょっと言い方ないか?」

「昨日どうしてあんなに激しくしたの……? 壊れちゃいそうだったわよ……もう」

「テメェわざとかオラァ!!」

 

今の発言には悪意しか感じなかった。

俺は蕎麦の器をテーブルに叩きつけて怒鳴った。それが余計周囲の注目を集めてしまい、なにやらフランス語と思しき声がちらほらと囁かれる。なんかこれ、俺と下僕が揉めてるみたいじゃん、いや実際揉めてるけど。

 

「ねぇねぇ織斑君、今のってどういう意味かな? かな?」

「うおあああああっ、いつの間にいたんだお前」

「うん? さっき座ってたわよ」

 

気づいたら下僕の隣にデュノア嬢が腰を下ろしていた。恐ろしい。こいつ隠密スキルでも発動させてんのか。何装備だよ。ナルガかよ。Xのエロさは異常だと思います。装備してくんねぇかな。

タイトスカートから瑞々しい生足を晒し、カッチリとダークスーツを着こなすデュノア嬢は、トーストをかじりつつ話かけてくる。

 

「織斑君、今日はちょっと早めに訓練始めよ?」

「んー、午前中ってここのテストパイロットが使ってるんじゃなかったっけ」

「えっ」

「!?」

 

下僕が妙な声を上げ、デュノア嬢が明らかに狼狽した。

なんだ、なんだ。俺がアリーナの使用予定を把握してたら悪いのか。その辺にあったホワイトボードに書いてあったぞ。

 

「つーかさ、姉さんのことだからどうせ無理やりねじ込んだんだろ、今回の訪問」

「確かにかなり必死だったわー」

「こっちは大慌てだったんだけどね……」

 

デュノア嬢はベーコンエッグにフォークをぶっ刺してそう言った。なんだかその動作に計り知れない感情を見てしまい、俺は人知れずブルった。

何この子怖い。

 

「あー下僕、あれだ、ピットに行って『威』をインストールしといてくれ」

「りょーかい! あ、その前に牛乳飲ませてね」

「牛乳をいくら飲もうがその貧相な胸は成長しな」

「死になさい」

 

下僕はすぐさま俺の頭を掴み、瓦蕎麦のなかに叩きつけた。

 

「ああああああああああ!? ソバが俺のデコで潰れたあああああ! ていうか汁! 汁が目に入って痛ぇぇぇぇぇぇ!!」

「……さすがに今のは、僕も擁護できないかな」

 

苦笑いしながらデュノア嬢は俺を見た。下僕は肩をいからせながらいかにも怒ってますぷんぷん! といった具合で歩き去っていく。

 

「あー」

「?」

「今日も俺とお前で模擬戦すんの?」

「まあ、多分」

「正直次は負けそうでヤダ」

「子供!?」

 

デュノア嬢が食べ終わった後しばらくダベり、俺たちは連れ添ってピットに歩き出した。どちらとももうスーツの下にISスーツを着ている。紛らわしいなこの言い方。なんだよスーツって。どう考えてもエロ下着だろこの密着性。完全にガンツスーツ意識してんだろ。

どうせならガンツスーツ作ってくれよ、あの筋力増加とかガンホルスターとかマジロマン。

 

少し歩いてデュノア嬢と分かれ更衣室に。一分と少しでスーツを脱いで、スラックスと背広をハンガーにかけた。

今日はいい気分だ。

 

「利用価値を爆上げしてやるよ、デュノア嬢」

 

せっかく手に入れたコネだ。思う存分振るえるよう、お世話してやらなきゃな。

自分でもはっきりと分かるレベルで悪い顔をしながら、俺はピットの中に入った。

 

「『白雪姫』って、本当に第二世代機? 基本スペックが異様に高い気がするんだけど」

「なぜ貴様がここにいる」

 

なぜかデュノア嬢が背後にいるんだが。俺がゴルゴだったら瞬殺していたのかと思うと寒気が止まらないぜ。

ちなみにこれはデュノア嬢にビビッてるわけではない。

断じてない。

 

「早着替え、得意なんだ」

「へぇ……でも、着替えるのも来るのも早すぎたな」

 

スタジアム内部を見る。そこでは、3機のラファール・リヴァイヴがスラスターを噴かし、見事な空中演舞をしていた。

飛翔するネイビーカラーの機械翼に思わず目を奪われる、なんてこともなく、俺は白衣を羽織った下僕の所まで歩いていく。

 

「インストールは」

「今終わりましたー」

 

武装を確認。確かに『レールガン・威』という表記がある。『禍』より幾分かゴツいな……どうやらこれは口径を大きくしたモデルらしい。

試しに顕現させる。粒子が飛び散ってすぐまた集まり形を創り出す。うわ想像以上にでかいな。

 

「んー、やっぱり呼び出すのに少しラグがあるね」

「『白世』ほどうまくはいかねえな」

 

俺は『威』を左右前後に稼動させながら、下僕のつぶやきに答えた。今日はこれで何を撃てばいいんだろうか。

と、周囲の社員がいきなり口をつぐんだ。さっきまで指示が飛び交い、足音がいくつも響いていたピットが静まり返る。

え、え? 何これ。一体どういうことなの?

 

「織斑君、あれあれ」

 

下僕が俺の肩を突っついて、少し上を仰いだ。釣られて俺も上を見上げる。

 

グラサンかけたおっさんが宙に浮いていた。

 

「……あのアングルからなら、女性の谷間見放題だな」

「リアルムスカを見て一番の感想がそれなの?」

「あ、でもお前には谷間がなスイマセンでした」

 

下僕がすさまじい形相でにらんできたので、俺は心底ビビり倒した。

そうこうしているうちにおっさんは俺たちのすぐ真上にまでやって来た。

 

「おはよう、諸君」

『おはようございます!』

 

一糸乱れぬ挨拶。軍隊みてぇだなオイ。

つーことはあのムスカみたいなおっさん、結構偉い? クリーム色のスーツで上下そろえて、丸いグラサンをかけるという素晴らしいアダルトスタイル。ごめんなんかすごくエロいおっさんみたいな言い方になった。

 

「あれがデュノア社長だ」

「マジか」

 

いつの間にか姉さんが隣にいた。まだ下僕と険悪な雰囲気っぽい。

じゃああれが、デュノア嬢に俺へ仕掛けるよう命令したってことか。

若干の悪意をこめて睨み付けていると、おっさん……もとい社長さんはこちらに気がついたのか、宙に浮いたままこちらにやって来る。どうやら透明な板に乗っかっているらしい。PICの応用か。

 

「君が織斑一夏君だね?」

「あ、はい」

 

流暢な日本語で話しかけてくる。うーん……俺からすれば、まあ信用できない相手である。俺に対して利用価値を見出すのは結構だがやり方がエグい。

いいか、俺はあんたみたいな裏でネチネチ動き回ってる根暗ヤローが大嫌いなんだ。

 

「ようこそわが社へ。社長のストロフ・デュノアだ」

「『白雪姫』の操縦者、織斑一夏です。先日は娘さんにお世話になりました」

 

日本人らしくぺこりとお礼する。これが首を差し出す姿勢だって分かってるか?

 

「娘というのは……」

「シャルロットさんです。金髪の可愛い子」

「ははは、私の娘は全員金髪だよ」

「へぇ、シャルロットさんはご姉妹なんですね。ご存知の通り、僕も姉がいるので、なんだか彼女とは気が合う気がします」

 

視界の隅に、不安げな表情をしたデュノア嬢の姿が見えた。

俺はニヤリと口元を吊り上げ、周囲に聞こえないよう囁く。

 

「あ、でも僕の姉は血がつながってました。すいません」

「……『あれ』から一応報告は受けていたが、なるほど、食わせ者のようだ」

 

なんでお前らはみんな語彙が豊富なんだよ。おかしいだろ。

 

あと、『あれ』ってのはデュノア嬢のことかな。物扱いか、自分の娘を。いいご身分だぜクソッタレ。

……ああ駄目だ、何感傷的になってんだ、ああいうタイプに同情するな、俺まで同類になる。

ハニートラップに狙われるってことは、俺は蜂ってことなんだろ。だったらデュノア嬢を利用して、たっぷり甘い蜜を吸ってやる。そう決めた。

 

……

…………ハニートラップって、蜂をひっかけるもんじゃないね。

 

「今日も『あれ』を頼むよ」

「……ちょっと待ってくれ」

 

俺は社長さんを呼び止めた。怪訝そうな反応で社長が振り向く。敬語? ンなもん日本に忘れてきた。

 

「飽きた」

「……?」

「おたくの娘さんと遊ぶの飽きたからさ、あっちとヤらせてくれよ」

 

そう言って俺は、アゴでスタジアム内を舞う三人のテストパイロットを指した。

エリート中のエリートが揃い踏み! やったねいっくん、死亡フラグだよ!

 

「正気かい?」

「いぐざくとりぃ」

「……」

「簡単な話だ。俺が勝ったら、娘さんと真面目に話してやれ」

「…………我々が勝ったら?」

「織斑一夏と『白雪姫』をセットでくれてやるよ」

「一夏ッ!」

 

珍しく姉さんが必死な表情だ。なんだなんだ、そんなに俺の実力が信用ならねーのかよ。こう見えて折り紙付きだぜ、何せロシアUK中国フランスの代表候補生をぶっ倒してんだからな。

こうまでこじれた親子喧嘩も珍しーよな。首を突っ込まざるを得ないぜ、何せどっちとも悪い奴じゃなさそうだし。

 

「たかがテストパイロット三人だぜ? むしろさっさと終わって観客が退屈しないよう俺が手加減してやらなくちゃならねぇよ」

 

俺が笑うと同時、三方向からのプレッシャー。全員が全員、ヤバいほどの猛者だってのが分かる。正直言って想像以上だ。久々にゾクゾクきたぜ。

しかも今回俺は守るものが何もねぇ、これ以上なく愉快なことになりそうだ。

 

「いち、かッ……!」

「オイオイ、デュノア嬢。まさかこの俺サマが負けるとか思ってねぇだろーな」

 

デュノア嬢が潤んだ目で見つめてくる。

 

「つーか少しは喜べよオラ。何のために俺が今から骨折り損のくたびれもうけをすると思ってんだ」

「一夏……でも、僕のために」

「実はお前のためじゃねえんだな、これが」

「え?」

 

ここで俺から恩を売っとかなきゃ台無しだ。折角だし、手合わせもしてぇ。

手に入れかけた極太のコネ……金ヅル……! 手放すわけにはいかねぇ!

 

デュノア社長は無表情のまま顎髭をさすっていた。一度目を閉じ、何か考えた後、目を開ける。

 

「いいだろう、我々が勝てば君はフランスに亡命した後、我が社の専属テストパイロットになってもらう」

「いいぜ乗った。俺が勝てば、デュノア嬢と向き合え」

 

地形は砂漠のようだ。アリーナの隔壁が割れて砂利が流れ込み、人工の簡易太陽が俺を照らした。

 

「織斑くーん」

「わーってるよ、レールガンのテストもきっちりやる。今日は『威(おどし)』だっけ? 『禍(まがつ)』みてーなコトはないようにしてくれよ」

「もちろん、期待にそえる仕上がりだと保証するわ」

「オーケー。じゃあ待たせたな、さっさと闘り合おうぜ」

『……社長』

「構わん、三対一でいい。学生風情に身の程を思い知らせてやれ」

 

おうおう最近の外人さん方は日本語が堪能ですね。俺より正しい日本語喋ってんじゃねーの。

ピットの射出口に進む。ブースト。一気にスタジアムへ飛び出した。

スラスターを調整し滞空すると、ちょうど三機のリヴァイヴが固まって構えを取っていた。

もう彼女らの表情は闘志にたぎっている。きっと俺も同じ。

 

俺は『白世』を軽く振る。起こる突風がアリーナの砂地から砂利を巻き上げた。砂煙が視界をさえぎる。俺は周りが見えねえ、だがあっちは俺の姿が見えねえ。

言葉もゴングもいらねぇよな、何せ非公式の戦闘、その上企業専属精鋭パイロット三人VS現役高校生だもんな。

 

砂利の嵐めがけブースト。砂漠色のカーテンを突き抜けて『白世』を振り下ろす。

さすがに読まれてたか、三人ともバラバラに散った。

いやバラバラに見せてそれぞれ射線上に機体がダブらないよう配置を組み立ててやがる。抜群のコンビネーションじゃねーか。

 

それぞれのアサルトライフルやらバトルライフルやらが火を噴いた。ウィンドウに表示されるのは武器名『ガルム』だの『ヴェント』だのどーでもいいっつの。

俺はその場で横にローリング移動、二人からの射撃は避けてもう一人からのは『白世』で弾く。一回転する前に勢いを利用して『白世』を量子化しハンドガンを両手に召還。

俺から見て左側に二人、右側に一人か。

戦術上は、相手が複数の場合は一人ずつ潰していって敵の手数を削るのがセオリーだ。だが、ンなつまんねえ定石に則る必要はねぇ。

 

迷わず左側へ突撃。背後から弾丸が飛んでくるが左右に二次元なジグザグ機動を行い直撃は避ける。ヤベぇ、ちょっとかすった。

ハンドガンで前方の二機を狙う。三連バーストモデルが右手、大口径モデルが左手だ。右手で相手のスラスターを狙い左手は本体に直撃させる。

結果右手側の機体は激しい急加速と急旋回を繰り返し、左手側は実体シールドを展開して堅実に防ぎに来た。

背後からの射撃も激しくなってる、まさか両手にライフルを展開したんだろうか。

 

三方向からの射撃が俺を襲う。回避しきれない……ッ!

オイオイ、柄にもなく、メチャクチャ一方的な展開じゃねぇか!

糸口が見えない。エネルギーが削られ続ける。

 

こりゃあ、かなりキツい展開ってわけか。

 

「楽しくなってきたじゃねぇか――お前らもそう思うだろ、なぁ!!?」

 

俺は遠のきかける意識を手繰り寄せ、歯を食い締めなおし加速した。

 




バトルジャンキー一夏。
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