一人のカタナ使い   作:夏河

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第16話 風と光の剣戟

 リズにカタナを作ってもらった次の日の午前中。僕はとある集会に参加するため、第二十八層の迷宮区から最も近い街に来ていた。

 その名前は、《フェルナ》。山のてっぺんをくりぬいたような外壁に囲まれていて、なかにある宿屋や武具店といった建設物は、そのせいか他の層の主街区と比べてゴツゴツしていて、いかにも頑丈そうな見た目が多い。また、段差や急な坂道も多いため、ここを拠点にするのは向いてない、と僕は思う。

 こんな場所で集会があるのは、ただひとつの理由が存在するからだ。

 ――ここが、迷宮区に一番近いからだ。

 その理由だけで、ここで集会をする価値がある。例え、どんなに集まりにくい場所であろうと、だ。

 集会のある建物までたどり着く。

 その集会とは――

「おっす、ユウ。四日ぶりぐらい? こーいうときって久しぶりでいいんだっけか?」

「久しぶりって言うのも微妙な気がするな。まあ、いいや。久しぶり、カイ」

「そいじゃあ、先に入ってようぜ」

「うん」

 第二十八層攻略会議だ。

 

 

 

 

 

  第16話 風と光の剣戟

 

 

 

 

 

 攻略会議がはじまる十分前には、見慣れたメンツのほとんどが揃っていた。

 そして、各々の集まりができていく。

 例えば白が基調の制服を着ているプレイヤーは、《血盟騎士団》へ。銀に青の差し色が入ったカラーリングのプレートアーマーを装備したプレイヤーは、《聖竜連合》。それぞれのギルドやパーティーごとに集まっていく。僕やカイのようなソロも他にソロで活動しているプレイヤーたちと固まって待機している。

 ソロで活動しているプレイヤーといっても、同じソロのみんなと仲が良いわけじゃない。そのなかでもそれぞれ集まりがあって……僕も僕でいつも通りカイと一緒にいた。

「ここに来てるってことは、やっぱりカイは今回もボス戦に参加するの?」

「まーな。俺も割とレベルたけー方だし、参加しといた方がいいかなと思ってな。あと、単純にボスと戦いてーし。そういうお前だって、ここにいるってことは、そーいうことなんだろ?」

「どうなんだろうね。僕もレベルが高い方だから参加してるって感じかな。それでみんなの助けに、攻略の助けになるなら、と思って」

「ふーん。お優しいことで」

「そんなんじゃないよ、いやマジで」

 予想だが、カイのレベルは僕と同じか、少し上ぐらい。ソロだからというのもあるけど、僕たち二人は、この攻略組の平均レベルよりも上だと断定できる。

 だからボス戦に参加しないというのは、罪悪感が芽生える。自分の育てたステータスをどう使おうと個人の自由だ。しかし、力があるのに必要なときに使わないという選択肢は、僕には難しいことだった。特に今の攻略組全体を実質的に仕切っている彼女を見ると、さらに憚れた。ざっくり言うなら、流れに任せたというか……。

 と、そこで知っている顔が僕の視界に入った。僕は思わず声をかける。

「おーい、カグヤー」

 僕の声が聞こえたらしく、向こうは僕の方を向きながら片手を小さく振って歩いてくる。

 カグヤの装備は、ほとんどと言っていいほど金属系防具がなかった。薄い着物をしっかりと着ており、その上からさらに下に着ているものよりも濃い色の着物を今度は、着流しのようにして着ている。唯一金属製といえるのは、左手だけにつけている籠手だ(利き手である右手につけないのは、カタナを振る速度を落とさないためだそうだ)。

 そして、武器であるカタナを鞘ごと斜めに掛けて帯刀している。僕よりも少し低い身長のカグヤは、腰に帯刀すると地面に擦れてしまうらしい。何より僕のカタナよりもカグヤのカタナの方が長い――俗に言う太刀という種類だ。

 SAOでのカタナという武器は、色々と細部の異なるものがあり、長さも形状も違う場合がある。しかし、使えるソードスキルはすべて統一されていて、発動するための構えも一緒だ。

 西洋式の防具が多いなか、和の服装をしているカグヤに僕とカイも手を挙げて応えた。

「久しぶりだね、ユウ、カイ」

「……久しぶり、が正しいらしいぞユウ」

「そうみたいだね。カグヤが言うなら、そうなのかも」

 僕とカイの会話に、カグヤが小首を傾げる。そりゃそうだ。

「気にしないで」と前置きして、僕は言葉を続けた。

「カグヤもまた参加するんだね」

「うん、戦力は多い方がいいんじゃないかな、と思って」

「そっか、なら、お互い頑張ろうね」

「もちろんっ」

 そこまで話したところで、カイも会話に混じる。

「そういやさユウ、お前もうすぐカタナスキルゲットできるって言ってなかったか? あれ、どーなったんだよ」

「あっ、それなら! ほら、見てよ! ようやくゲットできたんだ!」

「え、あっ、ほんとだ!」

 カグヤが僕の腰に指を指しながら驚いた声をあげる。僕は得意気な顔で、腰にあるカタナの鞘をぐいっと二人の前に出す。

「僕もついにカグヤと一緒でカタナ使いだよ!」

「おおー、マジか。おめっとさん!」

「念願の、だね! おめでとう!」

 二人の言葉に思わず嬉しくなって、笑ってしまう。少し恥ずかしかったけど、やはり嬉しさの方が大きかった。気分的には、髪切って学校行ったら指摘された、みたいな。

「てことは、まだ熟練度は低いのか?」

「うん。昨日も迷宮区に潜ってたんだけど、前使ってた曲刀スキルには、まだまだ……ていうか、全然届いてないかな」

「そりゃあ、そうだろ。曲刀はゲームスタートしたときから使ってんだから。逆に追い付いたら引くわ。それで、どうだ? 実際に使ってみて」

「そうだね~、使い心地は抜群だよ。信頼してる鍛冶屋さんに頼んだしね。何よりも嬉しいかな。やっと使えるようになったんだから」

「そっか、ならよかったな」

 何なら刀身も見せたいけど、ここで抜刀したら周りに迷惑をかけるから止めておく。カタナを元の位置に戻していると、今度はカグヤが真剣な口調で話しかけてきた。

「ユウ、熟練度低いなら今回のボス攻略止めといたら?」

「……やっぱり?」

 薄々感づいていたことを指摘され、僕は思わず頬をかく。カグヤが「当たり前でしょ」と言って腰に手をやり、息を吐く。

「ユウのプレイヤーとしての技術は相当なものだけど、それでもソードスキルなしはさすがにキツい思うわ」

「なしってわけじゃないんだけど、そうだよねー。まあ、この作戦会議には参加するよ。ボス戦に参加するかどうかは、あそこの《攻略の鬼》に相談してみるよ」

 そう言って、僕は前の方を指差す。そこには白を基調とした肩の部分が空いた長袖の上に金属製の胸当てをし、赤を基調としたミニスカートを身に付けているカグヤと負けず劣らずの美少女がいた。きれいで腰まで届く長い亜麻色の髪をなびかせている。――血盟騎士団団員《閃光》のアスナだ。

 今の攻略組を仕切っているのは、彼女だと言っても過言ではない。なぜならば彼女が寄せ集められた情報をもとに、ボス攻略のための作戦を練り、レイドの構成を作っているからだ。

 最初は女がでしゃばるな、などという意見もあった。だが、彼女が作る作戦はほとんどと言っていいほど完璧であり、穴も隙もないものだった。それから反発がなくなったのは言うまでもないことだろう。僕としても彼女が中心でも問題はない。少しでも安全性が増すならば、喜んで賛成しよう。

 何より彼女が指揮を執るようになってから、攻略のペースが格段に上がった。半年で二十八層というのも彼女の功績と言ってもいいぐらいだ。

 だが、少しだけ気になることがある。それは、閃光自身のことだ。

 ボス攻略に――そもそも、この会議に参加している時点で、閃光のレベルが最低でも攻略組と呼べるレベルだというのは判る。だが、彼女はボス攻略のための作戦を練るという作業――作業と言っていいかわかんないけど――もある。さらにギルドのことでも色々あるだろう。つまり、いつ自分のレベル上げをやっているのか、という疑問が浮かび上がる。

 考えた結果、睡眠時間を減らしている、という答えに至った。使える時間がなくなったのならば、他の時間を削って作ればいい。

 しかし、このやり方は明らかにキツく、そして疲れる。体、頭、心を休める時間を削ってのレベル上げ。どう考えても危険な匂いしかしない。迷宮区に籠ることのある僕ですらも、五時間は安全地帯で寝ることで休んでいるというのに。……まあ、僕の予想だし、正しいとは限らない。だけど、手応えのようなものも感じていた。

 閃光の表情を見ることで、察知できればいいのだが、あいにくSAOの再現度は、そこまで細かくはなく、どちらかというと大雑把だ。睡眠不足による目の下の隈などはアバターの顔には映らない。……本当に大丈夫なんだろうか。

 そんな考え事をしていると、肩をつつかれた。となりにいたカイである。

「そろそろ始まるぞ、俺たちもいこうぜ」

「あ、うん」

 言われて、部屋の中心に移動する。

 いつものことだが、会議は迷宮区のマップを囲むようにして行われる。囲んでいるときもギルドやパーティーごとに別れていて、今回も僕はカイやカグヤとならんで見ることにした。

「――それでは、これより第二十八層攻略会議をはじめます」

 その凛とした声で発された言葉に、ざわざわとしていた周りが一気に静まり返る。声の主は、もちろん閃光だ。彼女の武器である細剣のように鋭い目線で、周りが静まり返ったのを確認したあと、彼女は続ける。

 今回も彼女の練った作戦は非の打ち所がない。もちろん全部が全部彼女一人で作ったわけではないだろうが、誰かと――それこそ彼女の所属するギルドの団長ヒースクリフと相談したかもしれないけど、さすがといえるクオリティだ。

 などと考えながら、閃光の話を聞いていると、隣から間の抜けた音がした。振り向くとカイが大きく口を開けて、あくびをしていた。昔から座って頭を使う勉強よりも体を動かす運動が好きだったカイからしたら、さぞ今の状況はつまらないものだろう。……いや、というかさ、もうちょっと真面目にしろよ。どんだけ苦手なんだよ。

 僕が懸念した通り、カイの反応を見て閃光が僕の隣にレーザービームのような視線を照射しながらも、作戦を告げていく。彼女を取り囲む血盟騎士団の団員たちも、カイに対して友好的とは言えない目付きで見ている。ていうか、睨んでる。

 だけど、そんなのは全く気にしてないという風に(実際気にしてないんだろうし)、もうひとつあくびをしたあと、僕に話しかけてきた……いや、話しかけてきやがった。

「なあ、これまだあんの? くっそ暇なんだけど」

「毎回毎回同じこと言うなよ。しっかり聞けって。大事な話なんだよ?」

「いや、だってさ、どーせソロの俺たちって遊撃か三番手だろ? ほとんどのボス戦でそうだったじゃんか。今さら聞く意味あるのかっつーかさ」

「確かにそうだけどさ……ほらっ、早くちゃんと聞けよ。すごく睨まれてるだろ?」

「睨まれてる? 誰に?」

 完全に巻き添えを食らった僕は少し慌てながら、カイに注意する。だが、少し遅かった。閃光の敵意がむき出しの言葉が飛んでくる。

「そこの二人、しっかりと聞いてください。ボス攻略に参加するつもりはないんですか?」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「すんませんでしたー」

 何か怒り方が先生に似てるなー。

 なんて的外れなことを考えながらも、反射的に頭を下げて謝る。……何で、僕が怒られるんだ。理不尽な気がする。

 意義あり! と申し立てたいが、そんな度胸もないし、空気でもない。大人しくしておくのが吉だろう。カイも珍しく素直だった。

 数秒僕たちの方を見たあと、閃光はまた作戦の説明に戻る。静かに息を吐いてカイの腕を軽く肘でつついてから、僕も説明に耳を傾ける。それから三十分ほど説明は続いた――。

 

「――はあ~……、ようやく終わった……」

 カイが大きく伸びをしながら、そんなことをぼやいた。さらに首をコキコキ、と鳴らす。

 僕もカイほどではないにしろ、少し肩を回してみたりする。現実世界でもだったが、どうも授業めいたものは苦手だ。他のことをしたくなる。

 今回のボス戦もいつも通り遊撃という配役だった。先陣を切るのは、僕たちではなく鎧をまとったそれぞれのギルドの重戦士たち。まあ、基本的に金属製防具を身に付けない僕やカイには無理なことだ。

「ちゃんと頭に入れた?」

「多分な。忘れたらお前に聞くわ」

「忘れないでほしいんだけど」

 ため息をつきながら、閃光の方に首を動かす。ちょうど数名のプレイヤーへの質疑応答をし終わったところだった。相談するなら、今がいいだろう。

「ちょっと、聞いてくる」

「ならついでに俺もついてく」

「何で?」

「何となく~」

 カイをつれて閃光のもとへ行くと、彼女は明確に顔を険しくした。その矛先は僕じゃなくてカイの方だと信じたい。

「あのさ、閃光さん。聞きたいことあるんだけど……」

「何ですか?」

 少しだけ嫌悪感の混じった声で聞いてくる。美人からそーいう目で見られるの本当に嫌なんだけど、なんて言うと本当に怖いから止めておく。

「えっと、武器を代えたから、熟練度低いんだ。多分ボス戦でも大してソードスキル使えないと思うんだ。それでも参加していいかな?」

「……失礼ですけど、今の熟練度は?」

「えーと、150ぐらい」

 昨日の今日だから、仕方ないと言えば仕方ないが、これでも頑張ったのだ。長い間使っていた曲刀スキルは、もうカタナスキルを入れるために外してしまっている。

 閃光は少し考えるように口許に手をやったあと、僕に結論を告げた。

「申し訳ないですが、今回のボス攻略は棄権してください。危険すぎます」

「……やっぱり」

「きっと今のあなたが使えるソードスキルは最高でも五つでしょう。しかも、最初から使える基本技がほとんど。……違いますか?」

「…………ご名答です」

 思わず僕は目を軽く見開いて答える。閃光の言う通り、今の僕が使えるソードスキルは基本技を含めて五つ。まさか、熟練度だけでソードスキルの数まで当てられるとは。

 多分、今の攻略組の平均熟練度は、500あるかないかだ。お世辞にも近いとは言えない。というか、かなり離れている。三日後にあるボス戦には、例え二日徹夜してカタナを振ったとしても間に合わない自信がある。普通に考えて、閃光の言うことはもっともであり、正論だ。

 しかし、ボス戦に出ないと言うのは、嫌だとわめく自分が少しだけいた。うまく表現できないが、元気なのに学校を休む、みたいな感覚だ。

 僕は元々積極的にボス戦に参加していた訳じゃない。ただ、他の人よりもレベルが高いから参加する。あったのはそんな義務感だけで、僕の気持ちはこれっぽっちもなかったはずだ。はずだった。

 だけど、驚くべきことに出ないのを拒否したがる自分がいる。感情がある。

 だが、所詮気持ちは気持ちだ。どれだけ強かろうと、僕が危ないと言う事実は変わらない。僕も死にたいわけじゃない。

 静かに息を吐き、自分に蓋をする。そして、口を開いて――

「あのさ、俺ひとつ言いたいことあるんだけど」

 言葉を出そうとした瞬間、思わぬところから声が飛んできた。発生源は僕の後ろにいたカイだ。

「閃光、その状態でボス戦挑むつもりなのか? それなら、お前もユウと一緒に抜けとけ。死ぬぞ」

「なっ……!?」

 いきなり放たれた不躾な言葉に、閃光は驚きの声をあげる。

「貴様ぁ! 何を言っている!」

 と後ろの護衛と思わしき血盟騎士団団員が武器の柄に手をかけて鋭く叫ぶ。だが、団員を手だけで制した閃光は、目を少し細めてカイの方を向き口を開いた。

「……どういう意味ですか。もしかして、わたしがあなたの友達を離脱させるから、その腹いせですか?」

「そんなんじゃねーよ。俺は別にユウが参加しようがしまいがどっちでもいいしな。俺は単純に作戦会議のときから思ってたから言っただけだ」

 周りにいた攻略組たちが何事か、とこっちを見はじめる。散り始めていたプレイヤーがまた集まり出した。

 髪を乱暴にガシガシとかいて、わざとらしく大きくため息をついたカイは続ける。

「閃光、お前本当にそれで戦うつもりか? 他の団員のお前らもそいつの何見てんだ? フラッフラじゃねーか」

「ッ!」

 カイの言葉に、息を呑む閃光。そう、気丈に振る舞ってはいるものの、足取りが少し覚束なかったり、たまにきつく目をつむったりしていた。目の下の隈なんて見る必要すらなかったのだ。

「そんなんでボスに挑むなんて死ぬだけだ。せめてボス戦の前日だけでいいから、寝るなりして休んどけ」

「みんなが頑張ってるのに、わたしは一人でサボれってことですか!?」

「そうだ」

「そんなのできません。わたしは――」

「今のお前じゃあ絶対に足を引っ張る。何なら今のユウの方が戦力になるぜ。死人出したくねーなら、すっこんでろ」

 畳み込むような――というか、オブラートのオの字もないような言葉の連続に、閃光がつまる。周りが明らかによろしくない目付きでカイを見ていた。客観的に見たら、どう考えてもいじめだ。閃光がスカートの端を強く握っているのを見て、僕は少し遅いブレーキを掛ける。

「カイ、言い過ぎ。女の子にそんな言い方しちゃダメだって。だからモテないんだよ」

「うっせーやい! でも、こんぐらい言わねーと、こいつ休まねーだろ。てか、お前も気づいてたんだろ? 閃光様がどれだけお疲れなのか」

「そりゃそーだけど……それでも言い過ぎだよ。あんなになるまで言っちゃダメだっつーの。そもそも僕たちのために、こんなに頑張ってくれたんだし。謝って」

「うっ…………す、すまん。言い過ぎた」

 カイが気まずそうに頭を下げる。それからこの場には、何とも言えない空気が漂った。

「あーくそ! 大体あんたらも何なんだよ! 何でこんなになるまでほっといた!」

 ビシッ! と閃光の後ろにいた団員たちに指差しながら、カイがやけくそ気味に叫ぶ。それに対し、さっきとは打って変わって困惑した顔をする団員たち。というか、閃光は別に団長でも何でもないのに、何で護衛がついてるの?

「それにあんたらの団長様はどこに行きやがったんだよ!」

「ひ、ヒースクリフ団長は、用事があって来れないそうだ」

「放任主義にもほどがあんだろ! そんなの放任じゃなくて放置だ!」

「お、落ち着けってカイ。もう滅茶苦茶だよ」

 フーフー! と息の荒い幼馴染みを落ち着ける。近くで一部始終を見ていたカグヤがやれやれといった風に息を吐いていた。僕の代わりにありがとう。

 とりあえず、と僕は閃光の方を見る。

「あのさ、口が悪いけどカイの言ってることには僕も賛成だよ。言われた通り、ちょっと休んでみてもいいんじゃないかな。いざってときにベスト尽くせなかったら大変だし」

 カイの言ったことをかなり優しくして、もう一度伝える。閃光が、伏せていた顔をあげる。

「――――わかりました」

「それじゃあ……」

「しかし、条件があります」

 何そのフェイント。

「確かにわたしは疲れているかもしれません。でも、休むほどではありません。それを証明します」

「しょ、証明……? どうやって?」

「――わたしとデュエルしてください」

 そう言って閃光は、左腰に帯剣していた細剣を抜いて僕に突きつける。周りから驚きの声が出た。隣にいるカイも口を軽く開けて驚いている。だけど、一番驚いてるのは僕だ。

 シンプルでいて美しさもある細剣の切っ先を見ている僕に、閃光は続けた。

「ソードスキルが十分に使えないあなたに少しだけ疲れているわたしが勝てたなら、文句はありませんよね?」

「ん? お、おう。そうなのか……な……?」

 いきなり話を振られたカイが戸惑い気味に肯定する――いや、肯定するなし!

 こんな勝負、何の意味もない。完全に、完璧に疲れて思考力が落ちている。

 閃光が僕に勝てたとしても、ある意味全力じゃない、本気じゃない僕に勝ったとしても、他の攻略組の人たちと同等以上の地からが発揮されたとは言えない。僕がソードスキルなしで、攻略組と同じ実力を出せるほどの力があるなら話は別だが、生憎そんな自信も事実もない。

 閃光に意見を曲げてもらおうと口を開けた瞬間、僕の前にデュエルの意思表示確認のウインドウが出現した。

 内容は《初撃決着モード》。……一撃で決めるつもりらしい。

 僕は、清々しいほどの笑顔でサムズアップしてくる幼馴染みに、「誰のせいでこうなってると思ってるんだよ!」という突っ込みを押さえながら手でこっちに来るよう伝える。

「……で、これどーするの?」

「何が? ふつーにデュエルしろよ」

「でも、向こうは疲れてフラフラしてるんだよ? やりずらいっていうか……」

「そんなの閃光だって一緒だろ。お前ほとんどソードスキル使えねーんだし」

「そ、そうだけどさ……」

「ていうか、勝てよユウ。お前が勝たなかったら、まだ無茶するぞ。半分冗談で言ったことが本当になっちまうかもしれねぇ」

「う……」

「それに、いくら疲れてるからっていって手加減して勝てる相手じゃねーよ。本気で行け。条件もある意味じゃあフィフティだしな」

「わ、わかった」

 …………これ、カイじゃダメなの? カイに勝ったら完全に証明されるのに。

 と少しだけ、ほんのちょっとだけ思いながら、僕はもう一度ウインドウと閃光を交互に見る。そして、周りを視線だけ動かして確認した。

 周りにいるのは、攻略組のプレイヤー。カグヤが少し心配そうな顔で、こっちを見ている。人が集まっているからもあるだろうが、闘うには少しここは狭すぎる。

「……場所を移動しよう。この建物からすぐ出たところに広間があった。そこでやろうよ」

「……わかりました」

 まだウインドウを近くに表示させたまま、僕が先行して移動する。その後ろを閃光がついてきた。さらに聞こえてくる足音からして、どうやら結構な数のギャラリーが来るようだ。たくさんの人に注目されるのは身がすくむ思いだが、今はそんなことを言ってられない。僕だって負けられないのだ。

 広間に着いて、僕はようやくウインドウを操作して閃光からの誘いを承諾する。すると、僕と閃光の間でカウントダウンが始まった。

 カウントが減っていくのを見てから、右腰にある鞘からカタナをゆっくりと抜刀する。鍛えられた刀身が光を受けて煌めく。僕と閃光を囲むようにして見ていた攻略組や野次馬が感嘆のような声をあげた。

 このカタナの元となった鉱石は、まだ世間の目を浴びてない。おそらく僕以外のプレイヤー、それこそ閃光だってこのカタナを見るのははじめてだろう。

 カウントが十五を切ったところで、僕は閃光に向かって口を開く。

「念のため言わせてもらうけど、手加減しなくていいからね。僕も全力で闘う。あとで言い訳されたって聞かないから」

 僕の言葉に、周りがざわつく。だが、閃光は静かに口許を笑わせて自信ありげに応えてくる。

「それはあなたも同じです。あとで泣き言言われても困りますから」

 その言葉に、僕は思わず口の端がつり上がっていくのを押さえきれなかった。

 どうやら、僕は目の前にいるプレイヤーに対して間違った認識をしていたようだ。普段――というより、僕の見てきた限り攻略のことしか考えていない、堅物人間だと思い込んでいた。だが、こんな風に挑発されたら負けじと挑発し返す、ひとりのプレイヤー――ひとりの感情をもった人間だということを今更ながらはじめて理解できた気がした。

 しかも、きっと僕の好きなタイプの人間だ。好戦的、というか負けず嫌いな性格の人間は嫌いじゃない。

「僕が勝ったら、約束通り四日後にある今回のボス戦前日まで、つまり今日含めて二日は休んでもらうからね」

「わかりました。逆にあなたが負けたら、わたしは普段通りにボス攻略に挑みます。それに関してあなたも、あなたも友達も口を挟むことは許しません」

「もちろん。約束さ」

 カウントはすでに五秒を切っていた。

 四……三……二…………

 不意に風が吹き、お互いの髪がなびいた。カウントがゼロになる。そのときにはお互いさっきまでいた場所にはいなかった。

 周りがまたざわつくのと同時に、カウントがあった真下でカタナと細剣が交差する。すさまじい衝撃波と音が地面に生えている草を同心円上に押し倒す。

「く……っ!」

「はぁあ……!」

 気迫が重なり、鍔迫り合いから今度は高速での武器のぶつかり合いが始まる。

 閃光の流星のような連撃をカタナでいなしながら、時折カウンターを放つ。が、向こうは最小限の動きで回避したあと、突き攻撃を再開してくる。負けじと僕もカタナで打ち落とす。完全に防戦一方だ。

《突き》という攻撃は動作上、少し腕を捻れば軌道を変えられるし、直線的な剣筋のため構えまでの隙が少ない。閃光が閃光であるためのスピードが無制限と言っていいほど繰り出してくる。

 対する僕は、基本的に突き攻撃はほとんど使わない。カタナという武器の形質上横に振った方が効果的だからだ。何より両手武器であるカタナで突くのは、振るよりもわずかに時間がかかる。今のようなスピードが命の勝負では、確実に命取りだ。一旦距離を置いて体制を立て直したいが、少し気を緩めたら間違いなく串刺しになる現状でそれは厳しい。どうにかして向こうの隙を作らねば。

 お互いのHPゲージは、まだ微塵も減っていない。だが、このままだと明らかに僕の方が不利。初撃と判定されるほど削られるのも時間の問題だ。

 しかし、疲労しきっているのにこの速さ。いったい体調が万全だったのなら、どれ程なのか。少し考えただけでヒヤッとする。

 閃光の攻撃をカタナを使わずに体を逸らすだけで回避し、そのわずかの瞬間に僕は一か八かカタナを素早く腰だめに構え、刀身が銀色に輝く。

 カタナソードスキル《絶空》。カタナソードスキルの基本技で、簡単に言うと水平斬りだ。

 視認すら難しい速度でカタナが閃光に接近する。閃光は軽く目を見開いたあと、僕を刺そうとしていた細剣を自分の体まで引き戻し、バックステップをした――状況判断が驚くほど早い。がら空きだった閃光の細い腰に直撃するはずだったカタナは、体のすぐ近くまで戻っていた細剣にぶつかり、激しい火花を散らせ、閃光の体が後ろに飛んでいく。ほんのわずかに閃光のHPゲージが減少する。

 ……やはり、浅い。直撃していたら僕の勝利でデュエルは終わっていただろうが、数ドットしか減ってないこれでは初撃判定までには至らない。反射的に舌打ちをしそうになるが、寸前で止める。

「……まさか、あの状況でソードスキルを撃つとは思いませんでした。さすが、疾風の二つ名は伊達ではありませんね」

 数メートル離れた場所にいる閃光の顔に一筋の汗が流れる。だが、焦ってはいない。まだまだ余裕の表情をしていた。

 僕は警戒を解かずにカタナを両手で構えながら、口許を笑わせる。

「その疾風って名前、イヤなんだよね……まあ、もう無理だろうけど。そっちこそ、さっきの攻撃を避けたこともだけど、あんなに速い剣撃、今まで受けたことないよ。さすが閃光様と言ったところかな。疲れ切っていて、そのスピードとはね」

「……その呼び方、やめてください……っ!」

 そう言うが速いか、閃光が僕に向かって疾走してくる。瞬時に頭を切り替えて今度は迎え撃つのではなく、構えたまま後手に回る。

 閃光の細剣が黄色に輝く。直後、閃光の右手が消えた。僕は反射的にサイドステップする。空気を切り裂くような音がすると同時に、僕がさっきまで立っていた場所に――僕の左胸の位置だった――細剣が存在する。

 驚愕に襲われそうになるメンタルを奮い立たせ、お返しとばかりにカタナを薙ぐ。しかし、空中に逃げられ、空気を斬るだけで終わる。そのまま空中で回転したあと、さらに後方で着地しようとする閃光に追い撃ちをかけるべく僕は着地地点まで先に走り、着地したと同時にカタナを連続で斬り込む。だが、閃光は、ほとんど体を逸らすことで避けていく。せめて反撃させないように攻撃のテンポをさらに上げた。

「確かにあなたは強いです。まだ数日しか握ってない武器を、もう今まで使っていたかのように使いこなしている。元々のプレイヤーとしての技術も高いのでしょう。――ですが、今のあなたでは、わたしには勝てない」

「何を……!?」

 踏み込んで、大きく薙ぐ。しかし、これも空振り。三メートルほど先で立っている閃光が冷静な口調で言葉を続けた。

「薄々自分でもわかっているんじゃないですか? ――ソードスキルをほとんど習得していない自分では無理だ、と」

「……っ!」

 今まで懸念していたことを看破され、仮想の心臓が跳ねる。

 そう。僕はすでにネタバラシを、弱点を見せてからこのデュエルに挑んでいる。事前に閃光に自分の弱さを見せているのだ。

 ソードスキルが使えないというのは、自分で言うのもなんだが致命的だ。決定打が与えられないで、どうやって勝てるというのか。もちろん、ひとつも使えない訳じゃない。閃光も言った通り、今の僕が使えるソードスキルは五つ。しかも、その内ひとつはもう晒してしまっている。カタナのソードスキルを閃光が知らないと仮定して、不意をつけれるのはあと四回……。

 そんな僕とは対照的に、閃光は第一層から細剣を使っている。攻略組の中でも使えるソードスキルは多い方のはずだ。僕の倍以上の数習得しているだろう。

 つまり、だ。僕が今まで負けずに頑張れたのは、閃光がソードスキルを使ってこなかったからに他ならない。きっと開始早々に使われていたら、一瞬で僕のHPゲージは有無を言わさず削れていたはずだ。

 勝つためには、閃光のソードスキルを対処しながら、確実な一撃をいれる必要がある。一見、無理そうに見える課題だ。

 だが――

「これで、終わらせます!」

 閃光が鋭い声を出して、細剣を水色の輝きを灯す。閃光が体ごと、文字通り閃光になったような電光石火。かろうじて視認できた。

 ――だが、一つだけ攻略法がある。

 僕にソードスキルが五つしか使えないように、閃光にも弱点がある。

 それは、彼女が疲弊しきっているということだ。さっきまでの剣戟で彼女の攻撃速度が速いのは、理解した。だが、それも常にではない――いや、普段ならば常になのだろう。しかし、睡眠不足な上に疲労している今の閃光は、たまにだが、剣の速度が低下するのだ。それは先程までの戦闘で証明されている。

 もしかすると、ソードスキルを使っているときにも疲れが表に出る可能性がある。というより、その可能性は高い。攻略組のソードスキルは、自分の力を軌道に上乗せして使うのが主なため、通常のソードスキルよりも集中力、精神力が必要となる。だから、今の閃光には、かなり難しいはずだ。

 もちろん、閃光がブーストしないという可能性がない訳じゃない。だが、自分の経験談から察するに、もう半年もやっていると無意識にブーストをかけてしまう癖がついてしまっている。きっと閃光も同じだ。

 僕は、もう一度カタナを腰だめに持って構える。だが、ソードスキルが発動しないように、少しだけずらした位置に構える。

 僕の構えを見て、閃光がわずかに訝しげな表情をしながらも、突っ込んでくる。が、頭のいい彼女は念のためと軌道をずらそうとしたのだろう。――それこそがこの決闘における閃光の最大のミスだった。

 僕の目の前で、ソードスキルの輝きが霧散していく。驚愕に染まった顔の閃光が体を投げ出したような形で、僕の前にいた。

 ソードスキルのブーストには、一つだけ注意しなければならないことがある。それは、失敗するとソードスキルがキャンセルされる他、技後硬直が起こるのだ。

 ――とどけっ……!

 左手のなかに収まるカタナをくるりと返しながら、指定された予備動作を構えた。銀色の輝きが閃光の腹を一閃する。

 さっきとは反対の方向に閃光が放物線上にふっ飛んでいく――HPゲージは一割にも満たないが、明らかに減少していた。

 直後、僕の頭上に勝者を表すシステムウインドウが出現した。

 いつの間にか、しんとしていたギャラリーがなおも固まっているかのように動かない。僕は息を吐いたあと、カタナを鞘に戻し、地面に崩れ落ちるように座った閃光まで歩いた。

 閃光の顔には、まるで信じられないとでも言うように目を見開き、口を小さく開けている。細剣すらも手からこぼれていた。

 そんな彼女に向かって手を差し出す。閃光が力なく僕の左手を握ると、優しく持ち上げた。

「君が負けたのは、僕よりも弱かったからじゃないよ。それだけ君が疲れてるんだ。だから、二日間ゆっくり休んでから、また頑張ってほしいな」

 僕はそう言ってから閃光の足元に落ちている細剣を拾って、しっかりと握らせた。

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