一人のカタナ使い   作:夏河

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第20話 償いの任

 

 後味の悪い結末を迎えたあと、僕たちは圏内指定されていない――いわゆる《圏外》というやつだ――村の宿屋に泊まることにした。

 キリトのおかげで村は簡単に見つかり、宿も幸いなことに部屋が空いていた。村自体は圏外だが、宿の中は圏内のためひとまず安全といえる。

「……とりあえず、ご飯食べようか……?」

 借りた部屋の中でテーブルを囲むようにして集まっている他の三人に、そう静かに提案する。

 今日の疲れが一気に出たのか、ソラはニナさんに寄りかかるようにして寝息を立てていた。だから、残りの二人の片手剣使いが僕の意見に応える。

「賛成だな。時間的にもいい頃合いだし、疲れたときには美味いもの食べて寝るのが一番だ」

「あたしも同意見だけど、問題はその『美味いもの』がこの辺にあるのかってことよ」

 ニナさんの言葉に僕もキリトも黙り込む。ソラの寝息だけを耳が拾う。

「キリト、この村って食事できる場所ある?」

「俺もここにこの村があるってことくらいしか知らなかったからなあ……。流石にそこまでは……」

「そっか」

「宿に入るまでに歩いた感じから言うと、無さそうね」

「そうですね〜……あはははは……」

 思わず力なく笑ってしまう。

 ニナさんの言う通り、村を歩いた感じだと古びれた武器屋と防具屋、そして今いる宿屋しかなさそうだった。この村には、必要最低限の設備しか施されていないらしい。

 三人の様子、疲労度を見て、ご飯を買いに行こう、なんてこと言えない。

 無論、僕も自分で言うのも何だけどかなり疲れてる。気持ち的には僕ももう一歩も動きたくないのだ。きっとみんなも同じはずで、そんな中でまた移動しようなんて言えるはずがなかった。

 どうしようか、と頭をひねっているとため息が聞こえた。

 音のした方を見ると、ニナさんがウインドウを操作している姿があった。

「何してるんですか?」

「こうなったら、もう作るしかないでしょ。なんか余った食材あったかしら……」

「え⁉︎ 料理作れるんですか⁉︎」

「作れるわよ。ないと困るじゃない」

「そ、そうですかねぇ……?」

 今のところ、別に困ったときないけどなー……。

「ほら、あんたたちも何か食べれそうなの出しなさいよ。食材は多い方がいいし」

「そ、そんな急に言われても……キリト何かない?」

「お、俺もすぐ使わないと思ったのは売っちゃうからな〜。ちょっと前までならストレージいっぱいに入ってたんだけど……」

 結局、二人して出てきた食材はフィールドにいたモンスターからドロップした肉塊、野菜と言えなくもないような植物の根や葉だった。それらが床に積もり山になる。

 僕らの寄せ集めの素材を見てから、ニナさんは自分の出した素材を見直す。ちなみにニナさんが出したのは第二層や三層など、ここからかなり下の層にいるモンスターから十三層や十四層などの中層ゾーンで出現するモンスターからなど色々な場所でドロップする素材だ。

「トッププレイヤーの二人なら、いい素材持ってるって思ったんだけど、浅はかだったわね」

「そんな勝手に期待されても、な〜?」

「う、うん。あははは……」

 料理スキルを習得する、という選択肢自体が頭になかった僕(あと、多分キリトも)からすると、武器の強化に使わない素材がストレージに入ってると邪魔でしょうがないのだ。

 基本的に僕のストレージ内は、予備武器と食料、あとはキャンプのための一式ぐらいだし。……何だろう、シンプルすぎて悲しくなってきた。

「まあ、いーわ。とりあえずこれだけあれば結構いいのできそうだし。素材自体は最前線にいるモンスターのものだしね。もらってもいいでしょ?」

「ああ、代わりに美味い飯を頼む」

「僕も美味しいの食べれるんなら。喜んでどうぞ」

 というか、こんな低レベルな素材ばかりで逆に申し訳ない気が……。

 なんてひとり思ってる間にも、ニナさんは黙々と準備をはじめていた。どこに売っているのかわからない――単純に僕が今まで関心がなかっただけなのだろうが――調理器具の数々が床の上に広がる。

 調理器具なんて現実でも使ったことがほとんどないため、完全に僕の出る幕はない。大人しく料理する様子を見ることにする。

 それはキリトも同じだったようで、僕と一緒にいそいそとベッドの上に座り直す。ついでに移動する際、ニナさんの隣で寝ていたソラを抱えてベッドに寝かせる。

「何となく聞くけどさ、キリトって料理できるの?」

「いや、スキル取ってないから作れてもせいぜい焼き魚ぐらいだな……。SAOはスキルがないと、どれだけ手順通りやってもほとんどできないようにシステム化されてるし」

「そーなんだよね〜。手伝おうにも邪魔しちゃうだろうし」

「だな。せめて邪魔にならんように大人しくしてようぜ」

 キリトの言葉に頷いた僕は、他愛のない話をはじめる。

 時折ニナさんの方を見ると、静かに調理を進めている。その動作は、まるで爆発する薬品の調合をする科学者のようだった。

 そのおおよそ料理をしているとは思えない様子に、思わず口を挟んでしまう。

「あの、SAOでの料理ってそんな難しいんですか……?」

「まだ熟練度が低いからね、ちょっとした動作がきっかけで失敗したりすんのよ」

「それは……かなり根気がいりますねー……」

「ほんとよ。現実の方がもっとサクサクっと上達するっていうのに」

 ニナさんは文句を言いながらも慎重な手つきで進めていく。一口サイズというには食べ応えのありそうな大きさに分けた素材をまとめて鍋のような調理器具に入れていた。

「もしかして……シチューか?」

 キリトの急なカットインのような言葉に、こちらに視線もくれずに言葉が返ってくる。

「こんなに選り取り見取り……ていうか、統一性のない食材じゃあシチューが一番でしょ。まだまだ暗い時間になると寒くなるし、ちょうどいーのよ」

「そうだな。材料切って煮込むだけで簡単だしな」

「言ってくれるわね〜……本当に熟練度が低いとあんたの言う『簡単』な調理も本当に大変なのよ」

「そ、そうなのか。噂通り大変なんだな……」

「え、噂通り? 料理スキルに噂とかあったの?」

 思わず口を挟む。リズの言ってた通り、やっぱり僕は引きこもり過ぎて世間のトピックスについていけてないらしい。

 僕の言葉にキリトはわずかに苦笑じみた表情をする。

「噂っていうか、割と有名なんだよな。料理スキルは、なかなか熟練度が上がらない上に、失敗したらとんでもないものが出来上がるって」

「と、とんでもないもの……?」

 この問いにはキリトではなく、ニナさんが答える。今度はこっちを見てくれた。しかし、その目は何かに絶望したように虚ろだ。

「ユウは、漫画とかよく読んでた?」

「? 読んでましたよ?」

 唐突な質問に少し言葉に詰まりながら、答える。

「なら、わかるはずよ。よくギャグとかでこの世のものとは思えないような黒とか紫のボコボコしたスライムみたいなのあるじゃない」

「あー、ありますね〜」

「あんな感じ」

「え? え、えぇ〜……」

 あんなのが作れちゃったりするのか……。熟練度上げるモチベーション下がるだろうな〜……。想像しただけで気持ち悪くなってくる。

「あの、聞く必要ないかもしれないですけど、お味の方は……」

「くっっそマズかったわよ! 発狂するかと思ったわ!」

「ですよねー」

「想像するだけで吐き気がするわ……何なのよ、あれ。匂いまで最悪ってバッカじゃないの? あれデザインした人は、ほんっとうにぶん殴ってやりたいわ〜……」

「そ、そこまでっすか……」

「食べたいって言うなら、今から作ってもいいけど。食材ならたくさんあるし。失敗することほど簡単なことなんてないしね」

「「本当にやめて!」」

 キリトと僕の声が重なる。

 僕たちの叫び声に、今の今までベッドの上で寝ていたソラがビクッと飛び跳ねた。ニナさんからの視線がすごく痛いし、こわい……。

 ニナさんはわざとらしく大きなため息をついたあと、ソラに向かって声をかける。その目は弟に向ける姉のそれだった。

「おはよ、ソラ。もうちょっとしたらできるから待ってな」

「……んー」

 まだ眠気の抜けきってない声でソラは返事をしたあと、またこてんとベッドに倒れた。そして寝息が聞こえはじめる。

「……よほど疲れてたんだな」

「そうだろうね」

 キリトの労いのような言葉に、僕も同意する。

 今日はかなり四人で遊んだし、そしてついさっきまでとんでもない事に巻き込まれていたのだ。……まあ、原因は僕だけど。

 何よりも今日姉であるニナさんに再会したのだ。今まで無意識に溜め込んでいた疲れもニナさんに会ったことで今日まとめて出てきたのかもしれない。

 一分ほど沈黙の時間が続いたあと、食欲を刺激する匂いが部屋に広がりはじめた。

「何かいい匂いしてますね」

「もうそろそろできるからね〜。また寝たばっかで悪いんだけど、ソラ起こしてくれない?」

「はーい、了解です」

 ニナさんの言う通りにソラを起こすため、脇腹ぐらいを軽く揺する。

「ほら、ソラ。ご飯だってさ。起きなよ」

「起きないと、なくなっちゃうぞ〜。すげーうまそうだし」

 キリトがいたずらっ子のような笑顔を浮かべながら続く。だが、まだソラは夢の中らしく、反応がない。

「……起きないな」

「起きないね」

「こうなったら、やることはひとつだ」

「……え?」

 言葉の意図が読めず、間抜けな声が出る。質問しようとしたが、その前にキリトが動いた。さすがトッププレイヤー、動きが早い。

「これならどうだ〜!」

 キリトはすばやくソラの首元と腋の下に手を滑り込ませる。そして、指一本一本をバラバラに動かしはじめた――つまり、こちょこちょである。

「ひひゃあう⁉︎」

 奇妙な悲鳴を上げながら、ソラが跳ね起きる。

「え、え⁉︎ な、なになになに⁉︎」

「おおう、予想以上の反応をしてくれるな、ソラは。いじり甲斐があるぜ」

 キリトが嬉しそうに言っているのに思わず苦笑いし、ソラに声をかける。

「おはよ、ソラ。もうできるってよ」

「へぁ? あ、ほんとだ! ねえちゃん、それなに?」

「シチューよー。味見はしてないけど、美味いはず」

 鍋の中をかき混ぜながら、ニナさんが応える。匂いからしてすごく美味しそうだし、これで不味いってことはないだろう。ギャグ漫画じゃあるまいし。

「よしっ、できた! ほら、よそうから順番に取りなさいな」

「はーい」

 ニナさんから受け取った皿を思わず覗き込む。

 湯気が立っていて、その下にあるのはゴロゴロと大きな食材が浮かんだホワイトシチューだ。

 食材の中には僕たちが出したであろうものもあり、調理前と違ってすごく美味しそうで、また、大きく切り分けられているため食べ応えがありそうだ。さっきも言った通り香ばしい匂いも相まって、口の中で唾液が溢れてくる。

「ほら、冷えちゃうからさっさと食べちゃいな」

 スプーンですくい、一口食べる。一緒に口に入った具材の肉がジュワッと音を立てる。お世辞とか抜きに、すごくおいしかった。

「どーよ?」

「いや……その、ありがとうございます」

「何よそれ」

 ニナさんは苦笑する。だけど、語彙力のない僕にはこれが精一杯だった。

「これ、すごくうまいな。正直、俺とユウの出した素材がこんなに美味しくなるとは思わなかったよ」

 キリトも目を丸くしながら皿を見つめて、感想を述べる。その間もスプーンを動かす手は止まっていない。……気持ちはわかるけど、どっちかにしたほうがいいと思うな。

 ニナさんの隣では、無言で黙々と食べているソラがいた。必死に口に詰め込んでいる。

 そんな僕たちの反応を見て、ニナさんは優しい笑顔になる。

「よかった、美味しかったっぽいわね。安心して食べれるわ」

「もしかして毒味だったんですか⁉︎」

「……違うわよ」

「間があったんですけど!」

「違うわよ〜。何言ってんの、ユウ君ったら。おほほほほ、シェフが振る舞う相手より先に食べられるわけないじゃな〜い」

 ……絶対にウソだ。ごまかすの下手すぎでしょ。

 僕は数秒間口笛を吹くニナさんを横目で見たあと、二口目を食べる。うん、やっぱり美味しい。

 ――――しばらくして。

 みんなが腹を満たし、色々と落ち着いて気の抜けた状態になってから、僕はいずれ誰かが切り出さなければならないことを口にした。

「――これから、どうしようか」

 僕の言葉に、三人の顔が真剣味を帯びる。

 わずかな沈黙のあと、最初に口を開いたのはキリトだった。

「まずはニナのオレンジ解除だろうな。そうしないと、空と一緒に行動することすら難しくなる」

「そうだね。やっぱり最優先にすべきことはカルマクエストのクリア、かな。ニナさん、どうですか?」

「……そうね。やっぱりあたしのことで本当に申し訳ないんだけど、カーソルの色を戻さないといけないわよね」

 オレンジのカーソルが浮かぶニナさんの言葉に、また四人とも口を閉ざす。

 カルマクエスト。名前と受注方法しか聞いたことがない。どれほどの難易度なのか、どんなタイプのクエストなのかもわからない。

「カルマクエスト……一体どんなのだろうね」

「わからん。俺の周りにも経験者はいないし、情報もないからな」

「キリトが知らないんだ……なら、僕は完璧に知らないかな。ニナさんは?」

「あたしもよ。色んな情報屋と知り合いだけど、そんな話題は一回も出てこなかったわ」

「……そうです、か」

 あまりの実態のなさに気味が悪い。名前からして罪を無くす――償うためのクエストなわけだから簡単なはずがない。高難易度だということは容易に想像できるけど、その内容は依然として謎に包まれている。

「うーん……早いほうがいいですし、明日にはクエスト受けたいですね」

「そうよね。手短に準備を済ませて、さっさと終わらせたいわ」

「さっさとって……簡単に言ってくれるな〜……」

 キリトが苦笑いする隣で、ソラは黙って僕たちの話を聞いていた。

 ソラにも話を振りたいのは山々だけど、ソラには難しいし、何よりカルマクエストには絶対に参加させるべきじゃない。レベル的にも技量的も、だ。

 それはソラもわかっているらしく、だからこそ会話に参加してこない。そのことに感謝しながら、僕は会話を続ける。

「……とりあえず、明日ニナさんはカルマクエストを受けましょう」

「はいはい、りょーかいです」

「そして、ニナさんには僕がついていきます」

「はあ⁉︎ あんたはソラと一緒に居てよ。あたしは一人で大丈夫よ」

「いや、二人で行った方がいいですって。いくらニナさんが強くても、やっぱり一人で行くのも二人で行くのだと全然違いますし、こっちの方が早いですよ」

「俺もユウの意見に賛成だな。ソロだと危険だし、何よりいざってときに対処できない。ましてや何の情報もないクエストに挑もうっていうんだ、ソロなんて無謀そのものだぞ」

 僕とキリトの言葉に、ニナさんはわずかに考えるように視線をそらしたあとため息をつき、ジト目になりながら口を開いた。

「……ソロでご活躍されてる黒の剣士様と疾風様に言われてもね〜?」

「うっ……」

「ぐっ……!」

 キリトと僕は、同時に言葉が詰まる。……そう言われると返す言葉がない。

「と、とにかく!」とわざと咳き込み、言葉を続ける。

「僕は何と言われたって一緒に行きますからね。生存率、成功率が高い方法があるんなら、そっちを選びましょうよ」

「……ソラはどうすんのよ」

「ソラは、キリトに知り合いのところまで送ってもらいます。ソラにとっても知り合いだから、大丈夫なはずです。――ごめんね、ソラ。そうしてもらっていいかな?」

 ソラを見ると、すぐさまニッと笑って、

「うん、わかった! でも、だれのとこ行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ、だよ。ということで、キリトもいいかな?」

「いいけど、大丈夫か? ソラを送ったあと俺も合流した方がいいんじゃないか?」

「いや、キリトには別でもうひとつ頼みたいことがあるんだ。あとで伝えるよ」

「……わかった」

「ごめんね。こんなに付き合わせちゃってさ」

「いや、気にするなよ。それに乗りかかった船だ、大方終わるまで付き合うさ」

「……ありがとう。――よし、みんな、これでいいかな?」

 誰も意見は言わなかった。それぞれがそれぞれの納得の顔をしている。

 こうして今後についての話し合いは終わった。明日のことを思いながら、夜が更けていく。

 

   *

 

  風の音が聞こえた。

 眠りの底から意識が浮かんでくる。あたしはゆっくりと目を開けた。

 静かに体を起き上がらせ、周りを見渡す。

 すぐ隣のベッドでは見慣れた弟の寝顔、正面のベッドには昨日知り合ったばかりの黒衣のプレイヤーが寝息を立てていた――四つ目のベッドの中は誰もいない。

 再び風の音が鳴る。ほとんど反射的にその方向に顔を動かしていた。

 ベランダの窓の奥にいるプレイヤーは、手すりに寄りかかって空を見上げていた。近くで眠る黒の剣士よりも――黒の剣士も男にしては長い方だが――長い黒髪が夜空の下で風になびく。

 ――はあ。

 あたしのじゃない深いため息が風に乗る。

「姉ちゃん、か……うらやましいな〜……」

 話しかけようと思い開いた口を噤んでしまう。

 羨ましい。ユウはそう言ったのだ。

 どういうことか、と考えようとすると無意識に片足を動かしていた。それが近くにあったテーブルにぶつかった。

 発生した音にユウが振り向く。驚きの表情から安堵と何か別の感情が混じった表情に変わる。

「ニナさん、起きてたんですか?」

「ついさっきね、あんたはやく寝ないと背伸びないわよ?」

「あはは、大丈夫ですよ。今はどんなに寝たって身長は変わりませんから」

 あたしのちょっとしたジョークを笑って返す。何か、少しだけイラっとするな、きれいに流されすぎて。

 あたしは口許を和らげながら、ユウの隣に立った。

 気持ちいい夜風だ。たまには深夜にそよ風を浴びるのもいいかもしれない。そう思えるぐらいに心地よく優しい風。

「……さっきの、羨ましいってどういうことよ」

 あたしの言葉にユウの顔がわずかに驚く。そしてまた笑った。前々から思っていたが、ユウはどんな感情になってもとりあえずは笑うタイプらしい。

「聞いてたんですか。……あはは、恥ずかしいな〜」

 照れ隠しなのか、ユウは雑に髪をガシガシとかく。そして流し目であたしの方を見た。

「――ちょっとリアルの話になっちゃうんですけど、いいですか?」

「いいですかって……あんたのリアルだから、あんたが選びなさいよ、言いたいか言いたくないか。話したとしても、別に誰かに漏らしたりしないわよ」

「……そうですね。じゃあ、話します。誰かに聞いて欲しかったですし、愚痴みたいなもんですよ」

 小さく息を吐いたあと、カタナ使いは静かに語りはじめる。何も言わずあたしは聞き手にまわることにした。

「――僕、姉がいるんですよ。姉は僕と違ってゲームするのが苦手で、でも、ゲーム自体は嫌いじゃなくて、いつも僕がゲームしてるとき姉は楽しそうに見てました」

「ふーん、いいお姉さんね」

「そうですね。今考えると、いい姉ちゃんでした。いなくなってから――会えなくなってから気づくことってあるんですね……」

 側から見ても、聞いていてもユウが落ち込んでいっているのがわかる。声をかけようとしたが、ユウの話の続きが先だった。

「だからかな、ニナさんとソラのやりとり見てたら思い出しちゃうんですよ、どうしたって。今まではあんまり思い出さないようにして何とかなってたけど、やっぱり姉ちゃんと会えないと辛いっていうか……物足りないっていうか……」

「……ふーん、そういうことね……」

 あたしは目を細めてユウを見る。

 昼間まであった彼のフィールドを駆け回るプレイヤーとしての強さ、逞しさは微塵も感じられない――(ソラ)と一緒で寂しがり屋な、ただの姉に甘えたい弟としてのユウがそこにいた。

 あたしは思わず笑い声が漏れる。

「要するに、あんたは『お姉ちゃんがいなくて寂しいよ〜』ってことね」

「ち、違っ! そ、そそそういうわけじゃ……!」

「いやいや、そういうことじゃないの。しっかりしてるって思ってたけど、なんだ、まだまだ子どもね。ちょっとだけ安心したわ」

「うっ……」

「あたしよりも年下っぽいのに、年以上にしっかりしてるように見えたもの。でも、蓋を開けてみたら、こんなにもカワイイ子どもっぽい一面もあったのね〜。ちょーウケるんですけど〜」

「くぅ〜……!」

 あたしの言葉に、ユウが顔を夜だというのにわかるほど真っ赤にして悔しそうに、恥ずかしそうに俯き、上目遣いで睨んでくる。睨まれているというのに、まったく怖くない。むしろ可愛くすらあった。

「あんまり大きな声出すと、ソラとキリトが起きちゃうわよ。せっかく気持ちよく寝てるんだから、起こさないでやりなさいな」

「だ、誰のせいだと思ってるんですか……!」

「さ〜て、誰のせいかしらね〜」

 唇を突き出して吹けない口笛を吹く。

 吹けないならやらないでくださいよ、と呆れ混じりの声が返ってきた。

「まあ、話を戻して――まとめるとユウはお姉さんに会いたくてたまらないのよね。あたしとソラを見ててさ。どんだけ言葉上では否定しても、心の中ではそう思ってるんでしょ? 意地になってまで否定するのが、その証拠」

「うぅ……ま、まあ……何ていうか、その」

「んで、直接的な解決方法なんだけど、そんなのないわ」

 はっきりと言った言葉に、一瞬固まったユウは力なく笑いながら「ですよねぇ」と返す。

「当然よ。あたしたちはこの世界に閉じ込められているんだから。現実世界にいるユウのお姉さんに会えるわけがないわ。ゲームがクリアされなければ、ね」

 これは仕方がないことなのだ。

 そもそも、ユウの抱えている悩みは、この世界で生きている全てのプレイヤーに言えること――全プレイヤーが胸の中に抱えていることなのだ。

 姉に限った話ではない。父親、母親、祖父母、弟に妹、兄、友達、恋人……各々のプレイヤーがそれぞれに今もなお会いたくてたまらない人というのは存在するだろう。特別なことなど何一つない――当たり前の感情、想いなのだ。

「だから、ごめんなさい。あたしには、あんたの悩みを解決できないわ。それはこれから先も終わるまでずっと抱えていくしかないの」

 ユウは声を出さずに小さく笑うだけ。あたしとしてもできることなら力になってあげたいけれど、こればかりはどうしようもない。

 少しの間お互いに口を開かない時間が続いたあと、「あ、そうだ!」と、この会話の中で一番大きな声を上げた。

「僕、ニナさんのことをこれから『ニナねえ』って呼んでいいですか?」

「……はあっ?」

 急に何言い出しているんだ、こいつは。あ、そうだ、じゃないわよ。

「なんであんたの姉の代わりをあたしがしないといけないのよ。それで何か変わるわけないでしょ」

「い、いや、そうなんですけどね〜……いや、違うんですよ!」

 何が違うのよ。

「僕、ニナさんとこれからも仲良くしたいんです。だから、距離感を縮めるためにはニックネームかなって」

「もともとこの『ニナ』っていうのもアバターネームもニックネームみたいなものなんだけどね」

「それは、そーなんですけど……ね〜……」

 夜なのに目に見えてしょんぼりしはじめるユウ。別に悪いことしているわけでもないのに罪悪感のようなものが胸の奥で湧き出て、耐えきれず口を開く。あたしの負けだ。

「はあ……まあ、いいわよ。好きに呼べばいいじゃない。あたしは別に構わないわよ」

 まさかソラ以外の人に姉と呼ばれることになるなんて思いもしなかったけれど、別に嫌ってわけじゃないし、いいだろう。

 あたしの返答に、ユウは嬉しそうに顔を上げて笑う。

「あ、ありがとうございます!」

「ついでに敬語ももう止めちゃいな。あたし敬語使われるのあんまり好きじゃないし、あんたも距離詰めたいっていうなら、敬語なしの方がいいでしょ」

「そ、そうですね……じゃなくて! えっと、そう、だね」

 いきなり敬語を外すことに慣れないのか、難しい顔をして頰を指でかく。それから、へへへ、と嬉しそうに歯を見せた。

「――じゃあ、これからもよろしくね。ニナねえ!」

 あたしの頬の筋肉も緩んだ気がした。

 あたしは新しくできた自分の弟分を見つめ、

「こちらこそよろしくね、ユウ」

 

   *

 

 夜が明けて、ニナねえの朝食をとったあと、予定通りキリトにソラのことを頼み、僕とニナねえはカルマクエストの受注へ向かった。

「ソラ、大丈夫かしらね……」

「大丈夫。キリトは攻略組の中でもトップクラスに強いし、ちゃんとソラを知り合いのところに届けてくれるはずだよ」

「キリトの強さはわかってるんだけど、それでも気になっちゃうのよねー」

 今朝知り合い――もといアスナにメッセージを送ったところ、了承してくれた。

 デュエルの約束通り、アスナは今日オフのはずだ。せっかくの休みを潰しちゃうようで悪いけど、お願いを聞いてくれて本当に助かった。

「ていうか、あんたも本当はやることあったんじゃない? 攻略組はもうすぐボス戦なんでしょ?」

「そうなんだけど、ちょっととある事情で僕メンバーから外されたから暇なんだ。だから、気にしなくていいよ。やることなんてないから」

「ふーん、そうなの」

「ていうか、前から思ってたんだけど、ニナねえって攻略組(こっち)の情報知りすぎじゃない? 僕が疾風っていう変なあだ名ついてることも含めてさ」

「あたしの情報網、割と広いのよ。色んな情報屋とかプレイヤーと知り合いだから」

「マジっすか」

 ということは、情報屋の中でも有名なアルゴとも知り合いなのかもしれない。

 というか、攻略組のことにしてもそうだけど、結構筒抜けなんだな。いや、ニナねえの情報網がすごいだけなのか。

「それにしても、カルマクエストって一体どんなのなんだろうね」

「さーね〜。結構情報通なあたしもカルマクエストについてはからっきしよ。少しも聞いたことないわ」

「僕もまったく」

 アスナにメッセージついでにアルゴにもカルマクエストについて聞いてみたが、アルゴほどの情報屋でもほとんど情報を持っていなかった。

 わかったことは、カルマクエストというのはかなり難易度が高いということだ。アルゴから聞いた噂話によると、あまりの難易度にゲームオーバーになってしまうとか……。

 そんな危険度の高いクエストは受けないのが得策なのだが、ニナねえのカーソルを緑に戻すためにはこれしかない。オレンジのままだと圏内指定の街や村に入ることができないし、何より周りのプレイヤーからの目や対応が怖い。

 最悪の場合、他のプレイヤーから悪者退治としてPKされてしまう可能性も――。

 カルマクエストは、層ごとに最低ひとつは受注できる施設が街なり村なりに設置されている。今いる第二十二層にはひとつしか設置されていない。

 幸いその街は、寝泊まりした村からそう離れた場所になかった。

 街の前に着き、ニナねえと二人で中に入る前に立ち止まる。

「ここか〜。受注できるとこ」

 一見した感じだと、特に代わり映えのない普通の街だ。でも、この層にある街や村の中では上位に入る大きさだろう。

 変わったところがあるとするなら、フィールドは木々が生い茂っているというのに、この街の周りだけ木が存在しないところだ。

 伐り倒して街を大きくしたのだろうか、街の周りには木々の代わりに硬質な塀があった。それがこの街を周りの風景とのミスマッチさを生み出している。

「さて、どんなものかお手並み拝見ね」

 軽く肩を回しながら、ニナねえが街の方に進んでいく。僕もそれに続いた。

 普通なら、オレンジプレイヤーが街に入ろうとしたら超がつくほど強いNPCがすごい勢いで出てきて襲われる――のだが、この街は違うようで、ニナねえが街に踏み入ろうとすると、それを遮るように女性のNPCが前に現れた。

「カーソルがオレンジのため、街に入ることができません。カルマクエストを受注しますか?」

 無機質な音声で平坦なセリフが流れる。そのあとニナねえの前にウインドウが現れた。

 ウインドウは隣にいる僕にも見えるもので【カルマクエストを受注しますか?】というようなメッセージがあり、その下に【YES/NO】と表示されていた。

 ニナねえが静かに僕の方を見る。僕は口を開かずに首を縦に振った。

 僕の反応を見て、ニナねえはYESのアイコンを押す。すると、ニナねえの頭上でクエスト開始の音と文字が流れ出した。

「では、カルマクエストを開始します」

 目の前のNPCの続きの言葉を二人して固唾を飲んで待つ。

 NPCはウインドウの操作もせず、アイテムをオブジェクト化し――

「――このアイテムを隣の村の長老に届けてください」

「「…………は?」」

 二人の声が重なった。


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