一人のカタナ使い   作:夏河

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第4話 森の秘薬Ⅱ

◆◇◇

 

 

 開始の合図と共に走った僕に対して「やれやれ……」「やる気まんまんだなー」などという二つの声が背中から聞こえたが、スルーする。こうしてる間にもターゲットは移動中だ。

 僕の身長の半分ほどある長い草を掻き分け向かっていく。現実世界では虫や草負けをするから絶対にやらないが、ここではそんなのは無いのでお構いなしだ。

 

「――あれかな?」

 

 茂みに身を潜めながらターゲットを確認する。

 今回のキーモンスターの《リトルネペント》。見た目は歩く植物に唇がついたって感じだ。どうやって動いているのかと思ってネペントの足元を見てみると、何か……根っこみたいなのがうねうね動いてる――正直キモチワルイ。

 そして、おそらく胴体となるのウツボの部分から一メートル以上はあるであろう長いツタが生えている。しかも先端が剣のように鋭利だ。多分……っていうか絶対あれで攻撃をするんだろう。うわぁ、痛そう……っていうか痛みはなかったんだった。

 視線をネペントの下半身(?)から徐々に上に上げていく。目の前にいるネペントの頭には何も生えていなかった。

 

 今回のクエストの成功条件はネペントから胚珠を手に入れること。だが、普通のネペントからは取れないらしく、頭に花を咲かせた――いわゆる《花付き》を倒さなければ取れないらしい。しかもそいつがなかなか出てこないとか。

 

「別に普通のやつ倒しても胚珠はゲットできないけど、倒し続けたら出てくるらしいし……倒したほうがいいよね」

 

 だけど、コウに《リトルネペント》の倒し方や攻撃パターンなどを全く聞いてないので、いつも以上に慎重に行動をしなければいけない。そのことを意識するだけでじわじわと緊張が身体を支配していく。

 しかも《索敵スキル》を使っているのでわかるが、向こうのレベルは3。対する僕はレベル1なので向こうの方が単純に考えて強い。

 

「まぁ、なるようになるよね」

 

 なるべく最悪の状況を考えないようにして、ゆっくりと向こうに気付かれないように近付いて行きながら後ろに回り込んだ。

 完全に回り込んだあと、既に手に持っている武器の感触を確かめるようにぎゅっと強く握る。

 

「よしっ、いくぞ!」

 

 そう言うが早いか茂みから飛び出し、一気に距離を詰めた。ネペントのすぐ後ろに到着した瞬間、僕に気付いたようだ。今更のようにネペントは威嚇の声を上げた。だが、もう遅い――というか、口があるとはいえ植物なのに声出るんだね、なんかビックリだ。

 

「うぉぉお!」

 

 気合と共に繰り出した渾身の攻撃を喰らい、ネペントのHPゲージが二割ほど減る。さらに追撃しようとするが、向こうも剣のように鋭い先端のツタで攻撃をしてきた。

 

「――ッ!」

 

 思考をすぐに『攻撃』から『守り』に切り替える。

 一本目をステップで避け、二本目を持っている武器で弾く。そして距離を一旦置くため、僕はバックステップで下がった。近くにいると相手の攻撃範囲内だし、まだ相手の全てを把握してしないからだ。

 

 武器を構え直した瞬間、ネペントのウツボの部分がぷくっと膨れ上がった。何を仕掛けてくるのか全く想像がつかない。さっきよりも集中してネペントを凝視しよう――とした瞬間、いきなり口から薄緑色の液体を僕に向かって飛沫状に発射した。

 

 ――ヤバッ!?

 

 反射的にそう判断し、横に素早く移動する――素早く、というかもう転びそうな感じで。

 本当に危うく転びそうになりながら何とか液体の回避に成功し、自分がいた場所を見つめる。すると、そこの地面がジュウウウッ! とまるで水が蒸発するかのような音を立てながら蒸気が出ていた――どうやら溶けているらしい。あの吐き出した薄緑色の液体は溶解液のようだ。あれをまともに喰らうとHPだけではなく、武器や防具の耐久値もごっそり減りそうだ。あと、なんか臭い。

 

「避けることができてよかったぁ〜」

 

 心底思っていたことを口に出しながら一気にこの戦闘を終わらせるため、防御のために空けていたネペントとの距離を詰める。そして、ウツボ部分と茎のちょうど接合部を横薙ぎ。どうやらそこは弱点だったようで、爽快なサウンドエフェクトが僕の耳に響いた。向こうのHPゲージが残り約四割になる。

「これで終わりだぁあ!」

 

 横薙ぎから向こうが攻撃する隙を与えずに曲刀ソードスキル《リーバー》を繰り出し、再度さっきと同じ箇所を斬りつけた。

 すると、すかぁぁん! という音と共にネペントのウツボ部分が空中に飛び、HPゲージがゼロになった。空中で断末魔を上げながらウツボから上の部分と地面に立っている茎から下の部分が同時に硝子の欠片となり、砕け散った。

 

「ふいーっ」

 

 左手に持っている曲刀をくるくると掌の中で回しながら肺に溜まっていた空気を吐き出す。

 何とかノーダメージで倒すことができた。これならこの先も一人で対応できるだろう。

 

「よしっ、じゃんじゃん狩ってくぞー!」

 

 視界に浮き上がっている先ほどの戦闘で得た経験値とお金が載っているウインドウを消して、次なる標的を探すために地面を蹴った。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて……俺はどうするかね?」

 

 周りに誰もいない森の中、俺は小さく呟いた。

 少し前までコウと一緒だったが、アイツも単独で行動を始めた。全く、自分で離れるなって言っておいて何してんだか。まぁ、コウはβテスターだから大丈夫だ。ユウも俺と同じでSAO初心者だが、何とかなるだろう。ゲーム得意だし。何げに対応力スゲーし。

 

 じゃあ、俺はどうなのか?

 

 じゃあ、俺はどうするか?

 

 ぶっちゃけ、今回のクエストは俺にメリットがない。メリットがないどころかまず俺はこのクエストを受注していない。二人には手伝うなんてこと言ったが、一人だけここでぼーっとしてても別に問題はないだろう。

 

「――でも、それじゃあつまんねーよな」

 

 ニッと口角を上げ、右手に持っている両手槍の刀身の部分とは逆の方の先端――石突(いしつき)というらしい――を地面に打ちつける。

 いつかこのゲーム(SAO)はクリアされる。それならば、自分がここでやりたいことをやってやってやり尽くす。思い残すことがないように。

 正直、俺ことカイ、もとい西村海斗はSAOに閉じ込められてしまったとき、そこまでショックは受けなかった。

 俺からしたらゲームから出るのが数時間後かいつの日かの違いだった。もともと楽しむために買ったんだし、どうせ出られないならこのゲーム本来の遊び方をした方がいいと思い、俺は《はじまりの街》を出た。

 ユウとコウはどう思って攻略に臨んだのかは知らないが、絶対に俺とは違う理由だろう――むしろ俺のような理由の人が少ないはずだ、絶対に。

 

 でも、今までゲームのキャラクターしか使えなかった武器が自分で持って使えるなんて、これはやるしかないって思うのではないのだろうか?少なくとも俺ならそう思うけど……。

 多分、こんな状況にならなかったらみんなもそう思ったに違いない。というかそれが理由でSAOを買った人がほとんどだろう。

 まぁ、好奇心よりも自分の生命の方が大事だから《はじまりの街》に籠るのも解らないわけではない。

 それに死んでも大丈夫な本来の状況とゲームオーバーは本当の死を意味する今の状況とでは、例え昨日練習として戦った他のゲームではスライム相当レベルである青イノシシ――正式名称《フレンジーボア》――ですらも見方が変わってくるだろう。

 だが、俺から言わせれば危険にならないように慎重に行動すればいいだけだし、いざとなったら逃げればいい。

 

 そんな考えと同時に別の考えも俺の頭にはあった。

 その考えとは、

 

 ――あぁ、多分絶対に俺死ぬな。

 

 というものだ。

 もちろん、俺に死ぬつもりはない。だが、これだけ舐めて今のSAOに関わっていたら多分死ぬだろう。

 そうわかっているのに俺は変わらない――変わるつもりがない。『馬鹿は死なないとわからない』と言うけど、それは俺自身のことかもしれないな。

 

「まぁ、死ぬ前に馬鹿じゃなくなればいいだけだし、何より今は二人のクエストのお手伝いだ」

 

 なんて馬鹿みたいなことを呟く。

 ……一人だから誰もツッコんでくれない。

 まぁ、手伝うって言ったんだから約束通り手伝わないとな。それに経験値もたっぷり手に入れられるせっかくの機会だ――逃したくない。まさに一石二鳥。 

 

「じゃあ、いっちょ頑張りますかね〜」

 

 我ながら間の抜けた口調で気合を入れてから少しずつ下がりつつあった口角を上げ直し、俺は二人の受けているクエストのお手伝いを開始した。今更ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、見っけ!」

 

 森の奥に入って少ししたあと、目的の相手である《リトルネペント》を見つけた。

 見た目はファンタジー系のゲームとかによく出てくるような感じで、実際に見てみると『キモイ』という単語がまず頭に浮かんでくる。

 

「う〜ん、多分俺よりはレベルは上なんだろうけど……よくわかんねぇな。俺もユウとコウと同じように《索敵スキル》を取るべきだったか?」

 

 少し後悔しながら遠くからネペントの様子をうかがう。結構距離があるので、向こうは俺の存在に気付いていない。

 俺は見つからないようにゆっくりとネペントに近づいていく――つもりが早速見つかった。ネペントが威嚇をしながら俺の方向に動いてくる。どうゆう仕組みであれ動いてんの?

 ていうか、俺見つかるの早すぎだろ。まぁ、確かにゆっくりとか言いながら結構早かったけど? 何なら周りの茂みとかガサガサ音鳴ってたけど? やっぱり俺には回りくどいやり方は不向きなんだな。

 そんなことを思いながら今も尚近づいてくるネペントをじっと見つめていた。

 

「まぁ、サクッとやっつけちまうか」

 

 そう言って槍を構える。まだイマイチ槍の構え方がよくわからないから、多分周りから見たら変な構え方をしていると思う。SAOのどっかに槍術かなんか習ってる人いないかなあ?

 

 先手必勝! と思い、いきなり両手槍ソードスキル《スタッブ》を発動させ、ネペントのウツボ部分にヒットさせる。ネペントが悲鳴を上げてのけぞり、HPゲージが三割ほど減った。

 コウ曰く、『槍』というカテゴリの武器は現在わかっている片手用直剣や曲刀などの全武器の種類の中で一番攻撃力が高いらしい(もちろん全ての種類の槍が他の武器より攻撃力が高いわけではないけど)。

 だが、その一方で槍系ソードスキルの攻撃範囲が狭かったり、槍という武器の形状上接近されると不利になる、等といったデメリットも存在する。

 

 俺の硬直時間が終わったと同時にネペントものけぞった状態から復活した。

 俺はさらに追撃を仕掛けるために近づこうとする。しかし、ネペントの鋭利な触手が邪魔をしてきてなかなか近づけない――俺の武器が槍でなければ。

 

「ふ………っ!」

 

 俺は鋭い気迫とともに槍を持つ位置を下げ、勢いよく突く。両手槍は単純に『長い』というのが長所なので、少しぐらい近づけなくても攻撃することは可能だ。

 俺はネペントの鋭利な触手を避けながら隙ができたらその場から攻撃をするという動作をする。まさにヒット&アウェイ。

 それを数回繰り返すと、ネペントのHPが尽きたようで、威嚇の時とは違うトーンの咆哮をし一瞬動きが止まったあと青い硝子の破片となり散った。 

 

「意外と楽だな……」

 

 最初は何となく選んだだけだったけど、槍にしといてよかった。今まで倒していた青イノシシと比べて倍近い経験値とお金を見てしみじみとそう思った。

 

「二人はどうしてるかねぇー?」

 

 ふと二人のことを思い出し、空を見上げる。順調に倒していってるのだろうか?俺が倒し始めたのがユウがどっか行ってからしばらくしてだからもう二人共三匹は倒しているのかもしれない。

 

「まぁ、死ぬはずないし大丈夫か」

 

 いざとなったらメッセージ飛ばしてくるだろ。

 俺は伸びをしたあと両肩で槍を担ぎ、さらに森の奥へと足を伸ばしていった。 

 

 

◇◇◆

 

 

 現在の時刻はだいたい九時。

 このクエストを始めたのが八時ぐらいだったから一時間が経過したことになる。

 休みを細かく入れながらずっと《リトルネペント》を狩っているが、全く《花付き》が出る気配がない。

 

「はぁ……」

 

 僕って運そこまでないのかな……、なんて思いながら歩くペースを少し緩める。ちょっと諦めモード。持っていた刃こぼれが激しくなってきた武器の曲刀を背中にある鞘に戻し、持っていた方の手をブラブラさせた。

 

「もう三十匹は倒したのに……」

 

 歩く植物に対して『匹』という単位が合っているかどうかは分からないが、とにかく三十は既に倒している。しかし《花付き》は少しも出てきてくれない。これは無理ゲーならぬ無理クエじゃないのか?

 まぁ、たくさん倒したおかげでレベルが1から3に上がり、最初の時よりもスムーズに倒せるようになったからいいけど。

 僕はレベルアップする度に貰える振り分けポイントは敏捷力と筋力を大体6:4ぐらいに分けた。

 僕が目指すスタイルは一撃の威力よりも手数の多さで相手を圧倒するものなのでこれでいいはずだ。でも、筋力もある程度必要だと思ったのでこれぐらいにしといたが、……もう少し敏捷力に振った方がよかったかな? う〜む、難しい。後でコウにでも相談してみよう。

 

 

 そんなことを考えながらゆっくりと歩いていると――――

 

 

 パアァァァァン!!

 

 

 というまるで巨大な風船を針で刺したかのような凄まじく大きい破裂音が僕の耳に、森に響いた。

「いぃ!?」

 

 思わず耳を塞いだが、それでも耳の中でさっきの音が僅かに反復している。

 

「何の音だよ……さっきの」

 

 耳から手を離し、周りを見渡す。具体的にはうまく表現できないが、明らかにさっきまでの森とは違う雰囲気を漂わせている――まるで、これから良くないことが起こるような。

 

 そう思った次の瞬間――

 

「なにこれ………っ!」

 

《索敵スキル》を使っていた僕の視界にこれまででは有り得ない数のモンスターの反応が現れ始めた。

 

 五匹……十匹……まだ増え続けている。さらに驚くべきことはその全てが同じ方向に移動をしているということだ。その方向とは多分さっきの破裂音の発生源。

 何故かわからないが嫌な予感がする――。

 

「これは二人と合流した方が良さそうだね……」

 

 そう言いつつ僕は武器を鞘から抜き、三人で最初にいた場所へと駆けた。

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