一人のカタナ使い   作:夏河

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第8話 裏の事情

◆◇

 

 

 第一層攻略会議が終わっても、僕とカイとカグヤはいまだに会議のあった噴水広場から移動をしていなかった。理由は会議のかなり最初の方で用事があると言ってこの場を後にしたコウの帰りを待つ、というのもあるが、それよりも会議の内容が頭の大半を占めていて動けなかったという方が大きい。

 

「まさか、βテスターがあんな風に思われてたなんてなあ」

 

 さっきの会議でイガグリのようなツンツン頭をしたキバオウというプレイヤーの言っていた言葉が頭で反復される。

 

「……コウがあの場にいなくてよかったよな」

 

 僕の隣に座っているカイが両足を伸ばしながら呟いた。全くその通りだと心の中で同意する。

 

「くそっ、偏見で人を見やがって。ユウが止めていなかったら俺あいつ殴り飛ばしてたところだぞ」

 

 何の遠慮もなく顔に怒りを滲ませながら、カイは呻くようにそう言う。僕はそれを目を細めながら黙ってみていた。あと、気持ちは解るけどお前マジで殴りかかりそうになったから本当にやめてよね。こっちも全てをカバーできるわけじゃないし。

 

「誰かがそういうイメージをあの人に持たせたんだろうね……」

「……そんなことして何の意味があんだよ」

「βテスターが動きにくくするためだろ。こういうイメージをみんなに持たせておけばその分行動がしずらくなるからね。もしくは単純に嫌がらせかな」

「くだらねぇな」

 

 上着のポケットに手を突っ込みながらカイは吐き捨てるように言った。

 全くもってカイの意見に同感だが、一回もゲームオーバーできない今の状況では少しでも自分に有利になるように仕組むのも理解できる。だけどやはり、これはあまりに酷すぎる気がした――身近にβテスターがいるからなのかもしれないが。

 

「βテスターか……」

 

 でも、コウを含む彼らは短い期間に少しだけみんなより先にプレイしただけに過ぎない。別にズルをしているわけでもないし、卑怯な手を使っているわけでもない。

 それにβテストのSAOと今のSAOが全く同じだという保証はないし、むしろ変わっていることの方が高いのだから、少し先にプレイしていようとそんなに初めてやる人と変わらないのではないのだろうか。

 というか知識を持っている分、βテスト時と変わっていると場合、対応ができなくなる可能性もあるはずだ。

 まぁ、それ以前に初見よりも二回目の方がいいのは確かにその通りなのだけど。

 

「カグヤはどう思う?」

 

 βテスターについて、と付け加えながら質問した。ちなみにカグヤはカイとは反対側の僕の隣に座っている。意外と近い場所にいるから少しだけドキドキしてるのは内緒だ。

 カグヤはさっきまでこの会議を開いた人物――確か名前は《ディアベル》だったかな――のいた場所を見ていた視線を僕の方へと移し、少し考える素振りを見せた後口を開いた。

 

「 別にいいんじゃない? 先にSAOをすることができたっていうラッキーな人達ってだけでしょ 」

「ラッキーね……」

 

 まぁ、そうなのかもしれない。僕もコウがβテストに当選したときすごく羨ましいなあ、と思うと同時に運がいいな、とも思った。

 

「 それにβテストの時の知識を悪用したりしなければ別に悪い人たちじゃないわ。このゲームはβテストを受けなかったら絶対にクリアできない、なんて事はないはずだし 」

「そっか……そうだよね」

 

 カグヤも僕と似たような意見を持っているようだ。僕はカグヤがキバオウのような意見を持っていないかったことに少なからず安堵を覚えた。

 

「で、カイ。少しは落ち着いた?」

 

 そう言って今度はカイの方を振り向くと、抱えていた頭をゆっくりと持ち上げた。その顔はいつもどおりの笑い顔になっていた。

 

「ああ、すまんな取り乱して。もう大丈夫だ」

「気にしなくてもいいよ、僕も下手すりゃお前みたいなってたし」

「それにしても、コウは何してんだろうな?」

「さあ? でも、あれだけ重要って言っていた会議をすっぽかすほどなんだから余程のことなんじゃない?」

 

 僕はそう言いながら空を見上げる。雲ひとつない青空だった。

 ここはアインクラッドの中なのにどうして空があるんだろう? なんてどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 

 

◇◆

 

 

 時間は会議が始まったぐらいまで遡る。

 俺は会議を抜け出して誰も来ないような路地裏に呼び出されていた。

 

「……お前はこっちに来ても変わらないんだな、そのヒゲは」

 

 俺はポケットに両手を突っ込みながら、目の前にいるいきなり自分に用事があると言って会議から離脱させた張本人に話しかけた。

 

「まーナ、これがあると色々と都合がいいんだヨ」

 

 情報屋――通称《鼠のアルゴ》は自分の頬に描かれている文字通り鼠のような三本ヒゲを指さしながら言った。βテストの時とあいも変わらず独特の口調だ。

 

「そういうコウちゃんも変わらず無表情じゃないカ。それはキャラなのカイ?」

「……俺は厨二病じゃない」

 

 確かに今俺は中学二年生だが、そんなのにかかった覚えはない。

 

「……それとコウちゃんと言うのをやめろ」

「いいじゃないカ、βテストの時からずっと言ってるシ。オイラとコウちゃんの仲だろ?」

「……はぁ」

 

 正直に言うと、ちゃん付けが嫌なのだが仕方ない。向こうはやめるつもりがないようだ、諦めよう。

 

「……で、なんで俺を呼んだんだ?」

 

 さっそく本題に斬りかかる。俺としては今は会議が最も重要なので、早く戻って参加したい。

 俺の言葉にアルゴはにゃハハハハ、と笑ったあと、

 

「本当に相変わらずクールだナ、まァ、こちらとしても時間はあまり取るつもり無いからネ。安心していいヨ!」

「……ならいいが、というか会議よりも大事なことなのか?」

 

 会議の後に呼び出してもいいはずなのに、それをせずに中断してまで呼び出したってことは余程のことなのだろう。

 まぁ、アルゴ自身から呼び出したってだけでかなりのことだと理解できるが。

 

「そうだネ、君にとっては損はない情報だヨ」

「……いくらだ?」

「そうだネ、今回は特別にタダにしといてヤル。オイラとコウちゃんの仲だからナ。感謝しろヨ?」

「……ああ」

 

 そう言うと、彼女はさっきまでのヘラヘラした笑いを収め、代わりに今まで見たこともなかった真顔になる。

 その顔に俺は思わず少しだけ体を硬直させてしまった。

 

「……今、君は狙われていることは知ってるカ?」

「……俺の命がか?」

 

 あまりに簡潔すぎて俺は即座に質問をする。するとアルゴは少しだけ悩むような表情になったあと、

 

「ン~命っていうかなんというか……まァ、全部説明するナ」

「……すまんな、頼む。全く理解できないんだ」

「今、誰かが流した悪意のある情報のせいでβテスターが不利な状況になっていく傾向が見られているんダ」

「……誰かって……情報屋だろお前は。調べなくていいのか?」

「調べたサ、だけど結構な勢いで広まっているおかげで発信源を特定することが不可能なんだヨ。それにもう流れた噂は回収しようがないしネ」

「…………」

 

 確かにそこまでのレベルで広まりつつあるのなら、もうそれを止めることも無かった事にすることも難しい。()()アルゴが無理だって言うのなら本当に無理なのだろう。

 それに大方、流したのはほとんどのプレイヤーよりも先にSAOをプレイしたことのあるβテスターを恨んだり妬んだりしている輩のはずだ。俺も逆の立場だったらそれぐらいの感情は抱くかもしれない。

 

「話を戻すケド、そうなると困るのは当たり前だがβテスターダ。オイラ達以外のβテスターもこの情報を聞いて焦り始めているだヨ」

「……そうだろうな。ネットゲームはその噂みたいに人間の黒い部分が頻繁に出てくるからな。いつかこうなることは予想していたが、やっぱりか」

 

 嫌な予感が的中してしまったわけだ。思わず眉をひそめてしまう。そして、これからのことを思うと少しだけ憂鬱になった。

 

「で、それでとあるβテスターがとんでもないことをしようとしてるのサ」

 

 そう言い終えると、アルゴは悲しそうな辛そうな顔をしてふうっとため息をついた。

 なるほど、大体先が読めてきた――嫌な予感しかしないが。

 

「……それに俺が関わってくるのか」

「ご名答だヨ。流石、勘が良いねコウちゃんは」

 

 そう言うと、にゃハハハハとアルゴは笑った。いや、そんな気持ち良く笑われても全くこっちは全然笑えないのだが。

 

「βテスターってことは誰かがバラしたり自分で言わなかったら誰にも判らないダロ?」

「……そうだな、それのおかげで俺は助かっているんだが」

「けれど、とあるβテスターが何故か君をβテスターだと知り、それを周りにバラそうとしているわけダ。これがオイラの言いたかったことだヨ」

「……そうか」

 

 普段以上に素っ気ない返事になってしまったのは多分考え事と同時進行だったからだろう。

 俺がいつ、どこでそいつにβテスターだと知られたのかも気になるが、他にも気になることがある。

 

「……アルゴ、さっきからずっと『とあるβテスター』と言っているが、そいつは……誰なんだ?」

 

 アルゴの話を聞いていてずっと疑問に思っていたことだ。意図的に隠しているのか、それとも――

 

「すまないナ、それがわからないんだヨ。今調べてる途中なんだけど、さっぱりダナ。判ってるのは向こうもβテスターということだけなんダ」

「……そうか、わかった」

 

 相手もβテスターだということは当然《鼠のアルゴ》の存在も知っているだろう。ならば、鼠への対策もバッチリだということか。

 

「というか、俺の方もすまないな。俺が知らない間にも俺のために情報を集めてくれて」

 

 そう言うと、アルゴは少しだけポカーンとしたあと、βテストの時と同じ見慣れたふてぶてしい表情になって言った。

 

β時代(向こう)で色々とお世話になったからナ。これぐらいはするサ! でも、勘違いするなヨ。今回は特別なんだからナ。次回からはちゃんと有料だゾ!」

「……わかってるよ」

 

 キッチリとしてるな、なんて思いながら俺は口の端を持ち上げた。アルゴは「あっ、そーダ」とつぶやいたあと、

 

「そういえば、コウちゃんはこの本持ってるカ?」

 

 と言って単行本ぐらいの大きさの本を俺に見せてきた。その本の表紙には、アニメや漫画に出てくる鼠のような丸い耳と左右三本ずつあるヒゲが描かれていた――多分《鼠のアルゴ》がこの本を作ったという印なのだろう。

 

「……ああ、持ってる。いろんな街の道具屋に置いてあったからな。ありがたく貰ったよ。正直、これのおかげで見落としていた村やクエストにも行くことができた。それに、その本のおかげで他のプレイヤーが死ぬ確率もある程度は少なくなったんじゃないか?」

「どうだろうナ。出来上がって各場所に設置したのはほんの少し前のことだし、全員が持っているというわけではないだろうしナー」

 

 ……これがアルゴなりの責任の取り方なんだろうな、なんて思いながら巻き毛を片手でクルクルしている目の前にいる情報屋を見ていた。

 

「じゃあ、コウちゃんにはこれからもお世話になるだろうからフレンド登録しとこうヨ。お互い損はないダロ?」

 

 俺は無言で頷いて、向こうから送られてきた【フレンドに登録しますか?】というメッセージに『Yes』をクリックする。これで晴れてアルゴとフレンドになれたわけだ。

 

「じゃ、オイラはこれで。またなにか情報が手に入ったら連絡するナ」

「……わかった。助かったよ、ありがとな」

 

 そんな言葉を交わすと《鼠のアルゴ》は路地裏の奥に消えていった。アルゴの姿が完全に視界から消えると、俺は「はぁ……」という大きなため息をついて、すぐ隣にある建物に体を寄りかからせる。

 まさか、自分が知らない間に自分の身がこんな危ない状況になっていたなんて想像もしていなかった――いや、想像したくなかった。

 

「……全く……ついてないな」

 

 そう呟きながら、今後のことを考える。

 こうなってくると、対策をしようにも手の打ちようがない。となると考えるべきは『これからどうするか』ということだ。

 きっと俺がβテスターだとバレるのは時間の問題だろう。俺だけなら別に構わない。こうなることはある程度予想していたので問題なしだ。だがバレた場合、俺と一緒に行動している二人の身にも危険が及ぶ可能性が大いに出てくる。それだけは絶対に避けなければ。

 そう考えると、俺の頭の中には一つの案しか浮かんでこなかった。

 

「……もう少し面倒見れると思ってたんだが」

 

 そんな強がりを口にしながら、心の中ではわかっていた。

 ただ、もっと二人と一緒にこのゲームをしたいだけだということに。

 俺は唇を噛みながら強く拳を握った。

 

「……もっとアイツらと居たいなあ……」

 

 ――もっと三人で冒険したかった。

 

 誰も周りにいないから今だけは本音を漏らしてもいいだろう。だが、どんなに思っていてもこの状況が変わることはない。

 さっきも言ったが、こうなることは解っていた。だからカイとユウと一緒に行動するときにパーティーを組まなかったし、自分が知っているテクニックはこの一ヶ月で全て二人に教えた。――あとは自分たちで何とかするだろう。アイツらはゲーム得意だから本当は心配する必要はないかもしれない。

 

「……そろそろ行くか」

 

 アイツらも心配してるだろうし。

 俺は今まで建物に寄りかからせていた体を持ち上げる。俺の気持ちがどうであれ、この第一層のボス戦で終わりだ。

 それはそうと、このことはバレないようにしないとな。二人に気付かれてしまったら意味がない。

 

「……俺の場合、大丈夫だな」

 

 こういう時に自分があまり感情が顔に出ないタイプでよかった。

 そんなことを思いながら、俺は来た道を戻り始めた。

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