機動戦士ガンダム外伝 E.F.F Navy SEALS 作:梅お握り
26.6.U.C.0079
真っ赤なライトに照らされた狭い空間の座席から、彼は宇宙を眺めていた。壁一枚向こうに広がる星の光を点々と湛えた黒い宇宙が視界を流れていく様はまるで自らが流れ星にでもなったようだ。世界人口のおよそ半分の人間が死に、現在も何処かで戦いが続いている場所とは思えない程美しい。
宇宙に住む人間達、スペースノイドの独立を謳うジオン公国と地球連邦軍の全面戦争が始まって早半年。戦争の概念を変えた新兵器、モビルスーツを投入したジオン軍は物量で圧倒する地球連邦軍相手に善戦。サイドと呼ばれるコロニー群の住人をガスで虐殺し、そのコロニーを弾頭に見立て地球に落とすコロニー落としを行うと、破竹の勢いで地球の北米、欧州、東南アジア、アフリカ地域を手中に納めていった。そうして戦線が膠着に至るまでに、地球圏における人口の約半数が失われていた。
連邦軍人の大多数の例に漏れず少なくない同期や知り合いを亡くし悔し涙と訓練を重ねた少尉は、つい先月この部隊に配属された新米である。己の恐怖を克服するため過酷な訓練を耐え抜いたとはいえ、初めての実戦を前に心はさざ波のように落ち着かない。
「どうした?怖いか? 新入り」
図星をついてくる不意討ちに、少尉は宇宙艇の中に視線を戻す。夜間灯のせいで赤く染まった声の主は向かいに座る男だった。階級は曹長で下ではあるが、階級より場数と年功序列が優先されるこの部隊では新米少尉など「シチゴサン」のお仕着せの子ども扱いだ。
そして序列のトップ位置し、隊長にも曹長と呼ばれている彼は余裕の現れか石像のように黙りとしている周りの隊員達と比べ、
「いえ……自分でも不思議なくらい、落ち着いているんです。」
正直に弱音を吐いて笑われるのも癪なので、嘘をついた。曹長は新任士官が泣き言を吐くと思ったのだろう。一瞬ニヤけた顔が素に戻る。男は値踏みするような視線をこちらに向けて再び笑った。見抜かれた?と冷や汗をかいた少尉に対し、曹長は向き直った。
「落ち着きがあるのはいい事だ。良い兵士になれるぞ。お前は」
「茶化さないで下さい。自分より長く居るあなたには敵いません」
「いいや、ここに入って十年になる俺が言うんだ。間違いねぇ」
曹長は自らの胸を叩いた。そこには彼と少尉、ここに居る全員がが属する部隊のマークがある。
羽を拡げた鷲が、錨と銃で出来た連邦軍マークを掴みその周りを「
そのSEALSチームナインの第四小隊に彼と男は所属している。伝統的区分から序列上は海軍の所管部隊ではあるが、実際はジャブローの地球連邦軍司令部の直轄で、地球圏全領域で行動する独立部隊だ。
「私語叩ける貴方も
嫌み混じりに返すと曹長は再び笑う。しかしふと、笑みが消える。彼は深く息を吸うと「余裕……?違うな」と窓に視線を反らした。
「亡くす物がないのさ。妻も息子も死んじまった。ジオンのコロニー落としでさっぱりよ」
曹長はまるでポーカーで負けたかの様に言った。とびきりの地雷を踏んでしまった。動揺し思わず少尉は反応に困り、男に「よく笑っていられますね」と返した。
「笑わなきゃやってられんのさ。じゃなきゃジオン人を見ただけで怒り狂いそうだ」
黙り込むしかない少尉に構わず曹長は「『いつだって冷静に』。SEALSのルールを守れない不良兵士さね」と続けた。「すみません」と返すしかない小尉を尻目に曹長は得物のベレッタ92FSをいじくり始めた。 装備の自由が効く特殊部隊では、信頼性の観点から旧世紀__西暦時代の装備を使う物も少なくない。
「いいさ」ベレッタを弄る曹長が呟く。
「お前をみてると息子を思い出すんだ。宇宙軍の戦闘機乗りでな。あの泣き虫が一端の男の顔になったって妻と一緒に喜んださ」
そう語り、宇宙を見つめる曹長の目には慈しみと涙の膜が掛かっていた。視線を追った小尉も、暗闇のなかに若い男の姿を幻視した直後、艇内に据え付けられたスピーカーがノイズを吐いた。そして指揮官の声が響く。
『『キャッスル』をレーダー確認。繰り返す『キャッスル』をレーダー確認………情報通り、民間徴用の試験艦が一隻だ』
突入目標を確認。の符号だった。艇内の空気が引き締まる中、少尉もノーマルスーツと呼ばれる宇宙服のヘルメットをかぶり、バイザー越しの青みがかった視界で防弾チョッキのスリング、マジックテープで固定された予備弾倉ケース、ナイフ、閃光手榴弾をチェック。地球連邦軍制式のM71A1ハンドガンと
今回の作戦は、亡命を希望するジオンのモビルスーツとOSの技術者二名と、その二人が作り上げた研究成果を確保することだ。初期の大敗からMS開発に血眼な連邦軍からすれば、貴重なモビルスーツのハードとソフトの技術者が一応は中立圏のサイド6の近くで手に入る絶好の機会というわけだ。
最も建前の都合から大規模な戦力をつぎ込む事もできない。
そこで確保に当たり地球連邦宇宙軍の小惑星基地、ルナツーに拠点の一つを置く海軍特殊部隊、SEALSに白羽の矢が立った。SEALSチームナイン四個小隊四十八名が、旧世紀のスペースシャトルに足が生えた様なパブリク突撃艇二隻に積まれた、ハニカム型の強襲艇四隻に分乗し目標の試験艦に突入。左舷と右舷から二小隊づつ艦へ侵入し、艦橋と機関部を制圧。亡命希望者で、コールサイン『ドク・1』『ドク・2』と呼ばれる技術二人。そしてその研究成果である『
『突入三分前………ミノフスキー粒子散布。ビーム錯乱幕ミサイル発射』
並走する支援のパブリク艇から、ビーム錯乱幕弾頭大型ミサイルが放たれた。ブースターの光が流れ星のように遠くなっていき、突入目標の前でビーム兵器や視界を遮る撹乱粒子が破裂。対空兵装を封じる紫色の粒子をばらまいたのを見届けると、短いブザーが少尉の鼓膜を震わせた。
『突入二分前………強襲艇
少尉は生唾を飲み込みつつ、前方の手すりに捕まり頭を伏せる対ショック姿勢。 今度は長いブザーが響き、一拍置いて慣性で体を座席に押し付けられた。視界を流れる星が加速し強襲艇が猛スピードになっていることを教えてくれる。ビーム撹乱粒子に突っ込み窓からの景色が紫のカーテンに覆われると自然と歯を食い縛った。『衝撃に備え!!』の声と共に激しい震動が少尉を襲う。
パブリクから射出された四隻のハニカム型強襲艇は先頭の出入口が観音開きのドアで、爪のように尖っている。強襲艇自体がミサイルよろしく加速し、運動エネルギーと爪で宇宙船の搬入口や艦橋など、装甲の薄い部分を突き破り、爪が入り口をこじ開けそこから突入する。そんなダイナミックな突入法が、SEALSのやり方だった。
扉をかねた爪が勢いよく開くと、非常灯の赤が視界を塗り潰す。予定通り左舷の格納庫にたどり着いたようだ。
『予定通り右舷格納庫に到達した!!『ダカー』は二手に別れろ!』
『『コウガ』『アンカー』は
『『ウルマ』は目標!!
『『ウルマ1』から2へ、行くぞ!』
「了解!」
矢継ぎ早の指示の中、動き回る隊員達のなか隊長を識別。床を蹴って強襲艇から飛び出した少尉は曹長と視線を会わせるとハンドサインでタイミングを計る。
銃声がこだまするなか二人はスリーカウントでSMGのアンダーバレルに装着されたワイヤーユニットを射出。ビルにして五階分の高さのキャットウォークに真っ直ぐ伸びたワイヤーが引っ掛かると、後続の援護を受けつつ、ワイヤーを巻く力で体を持ち上げキャットウォークへと乗り込んだ。
物言わぬ緑色の巨人、ジオン公国のモビルスーツ、MS-06ザクに慣性でぶつかりながら左手で手摺に引っ掛かったワイヤーを外していると、アサルトライフルを構えたジオン兵が四人、艦内の廊下から駆け出してくる。少尉は右手でホルスターから取り出したM-71A1を発射。一人を仕留める。曹長も散弾銃で三人まとめて吹き飛ばす。
通路からの増援に備え、SMGを構え直す頃には格納庫はほぼアンカー隊に制圧され、ウルマ隊は全員が合流。バリケード代わりらしいダメージコントロールの隔壁をバーナーで破り、次の目標に動き出していた。
被弾を防ぐため通路の壁を蹴り、無重力を生かしたジグザグ移動で確保対象に向かう。全長290m 横幅110mの試験艦の内部は言うなれば巨大な迷路だか、事前に検討したコースは頭に叩き込んだし、容積の割に人員が少ない宇宙艦。それも民間徴用な上、二線級の技術試験艦では交戦経験者も少ない。戦闘らしい戦闘もなく階下へ向かうタラップで途中MSパイロットを一人、出会い頭に水兵二人をSMGで仕留めるだけで済んだ。どちらも隙だらけだった。
しかし、向こうも頭数と練度の不足は織り込み済らしい。ダメコン隔壁とブービートラップを多用した遅延戦術でSEALSは想像以上の遅延を強いられつつあった。
そうして作戦開始から五分。少尉のなかで焦りと時間が募るなか、目標地点は目と鼻の先と言った所で隊長の「停止」のハンドサインに彼はまたかと舌打ちした。十字路になっている通路を右側に曲がる予定だが、案の定進路にはダメコンの隔壁があった。しつこいにも程がある。迂回路を探したいところだが目的地はこの目と鼻の先なのだ。
ライオットシールドと対隔壁用バーナーを持った二名のポイントマンが三十秒ほどで一メートル四方の隔壁を切り出し、穴を開けると穴へと飛び込んだ。小尉もあとへ続く。
この時飛び込んだポイントマンも、いずれも新米の伍長と兵長で、三人とも募る苛立ちを前に『いつだって冷静に』は頭から抜け落ちていた。十字砲火を警戒し、狙いもつけず通路を薙ぎ払うようにSMGを連射したはいいが、ブービートラップへの警戒を怠っていたことが、三人の運命を決定付けた。
そこにはジオン兵は居なかった。ただ代わりに弁当箱のような物体が置いてあるだけ。プレスされた『
初歩中の初歩のようなブービートラップ。それを理解したとき、少尉の頭は真っ白になった。死ぬのか? 真っ白な頭に家族の姿がよぎった時、聞き覚えのある声色の「頭守れ!!」という怒号が爆ぜた。
強襲艇で言葉を交わした曹長の声。少尉がとっさに両腕で頭を守ると曹長が右手で自分の背中を引っ張り隔壁の向こうへ投げ込むと、それで加速をつけた熊のような体が視界を泳ぐ。曹長は左手で盾のように切り出した隔壁を持ち、地雷に突っ込んでいった。
一拍置いて、轟音。白い閃光と爆風が小尉の三半器管を狂わせていった。爆発と共に超音速で放たれた鉄球は隔壁を貫通こそしなかったが、ライオットシールドを紙のように破りポイントマン二名の全身を粉砕した。その肉片を爆風が焼却して文字通り消滅してしまった。
馬鹿になった目と耳、隔壁に叩きつけられた痛みに苛まれ呻き声と共に立ち上がると皆が唖然とした様子で顔を見合わせていた。体を擦るが、怪我はない。ポイントマン以外の自分や他のメンバーは切り取られていない隔壁に助けられたらしい。
曹長は……?隔壁から顔を出すと、血潮と煤に彩られた通路に心臓が大きく波打つ。
曹長の姿はない。まさか……。と、左右を見回した少尉は、目にしたそれに、短く悲鳴をあげた。曹長は血の気の失せた顔で、残った隔壁部分に叩きつけられていた。文字通り壁一枚隔てた場所だ。
「曹長……!」
曹長の肩を掴もうとした時、あるはずの左腕が吹き飛んでいる事に気付く。応答はなく、ぐったりとした首が人形のように揺れる。
俺のせいだ……。少尉は罪悪感に潰されそうだった。腕から力が抜けた。さっきまで言葉を交わしていた人間が死んだ。あっけなく。冷静を欠いた自分のせいで。膝から力が抜け、無重力にも関わらずよろめいたとき、首根っこを掴まれた。
「ショックに押し潰されるな」
強制的に振り向かされた先には、皆と同じバラクラバ。ノーマルスーツの襟には大尉の階級があるので、『ウルマ1』。小隊長だ。
「でも、曹長が……」
「しっかりしろ。俺たちは軍人だ。これは作戦だ。殺しもすれば殺されもする。それにこいつはまだ息があるぞ?」
え? と再び曹長の方を向く。衛生兵が止血作業を施す中、曹長の腹は小さくゆっくりとだが上下に動いていた。まだ息がある証拠だった。安堵の息を吐く少尉に、しかし隊長は顔をしかめ、判決を読み上げる裁判官の様な口調で言った。
「たが少尉。貴様は取り返しのつかないミスを犯した事に代わりない」
少尉のなかでは罪悪感と冷や汗がぶり返してきた。その通りだった。罰を与えられるのだろうかと思わず身構えた彼の肩を隊長は軽く叩く。
「作戦を成功させるぞ。その成果をカークとタナカ、曹長の左腕への供物にしよう」
「はっ!」
威勢良く返事を返してみせる。 取り返しのつかない事でも、せめて出来る対価を支払う事ぐらい成し遂げなければ。
「……曹長。良いか?」
隊長が曹長に言った。曹長は紫に変色した唇を僅かに歪め、吐き出すように喋る。
「隊長に言われちゃ敵いません……それに、俺はこいつがいい兵士になるって直感したんだ。まだ不正解とは思っちゃいない」
「だそうだ? 少尉……やれるか?」
答えなど決まっていた。大きく息を吸い込んで、「やれます」と答えた少尉の肩を、隊長は再び叩くと「よし、進むぞ」とだけ言って「『ウルマ1』から『アンカー』。負傷者が発生。治療のため応援願う」とヘルメットのマイクに吹き込んだ。
『『アンカー』了解。衛生兵以下四人を回す』
「『ウルマ』了解」
隊長がマイクのスイッチを切ろうとした時、慌ただしい声が、ノイズと共に割り込んできた。
『こちら『ダカー』1! 艦橋を制圧したが、不味いことになってる!!』
「どうした」
『時間が掛かりすぎた。確保対象が護送されている。艦尾の脱出艇格納庫に移動中だ』
「感付かれたか……了解、追撃する」
隊長がハンドサインで前進を示す。少尉が通路の壁を蹴る一瞬、曹長を振り返ると彼は「グッドラック」と言うように右腕を突き上げ、親指を立てていた。……やってやる。口中に呟いた少尉は、副官の中尉が「行けますかね」と不安げに呟くのを聞いた。隊長が「大丈夫さ」と鼻で笑う。
「こいつのベースは民間船。CICも無いしダメコンも艦橋で一括管理だ。そのシステムで『ダカー』隊が相手を妨害するから………」
「艦尾に先回り、ですね」
艦尾へ続くタラップを下りながら返す副官に、しかし隊長は答えず「ストップ」とハンドサインで示した。丁字通路の角に身を寄せて覗くと
ジオン兵に護衛される白衣が二人、ドアの向こうへ消えていくのが見えた。「あれが目標ですか?」と中尉。隊長は頷くと、「ドアを閉める直前に立哨を始末する」と言った。
「鍵がテンキータイプだし、スライドドアだからブリーチングは出来ん。ダブルタップで行こう。少尉、頼めるか」
有無を言わせないような口調だった。反射的にうなずいた少尉は、作戦の成否がかかった腕を持ち上げ、SMGの上部に備わるホロサイトを覗きこみ、構えて深呼吸。
「頭を頼む。3、2、1……撃て」
2つの銃口につけられたサプレッサーから音もなく飛び出した9mm口径弾は、マニュアル通りのダブルタップ__兵の頭と心臓に一発ずつ命中し、絶命させた。すぐさま開きっぱなしのドア目掛け煙幕手榴弾を投げ込み、通路を蹴る。腹に響く轟音と共に黄色い煙がジオン兵の視界を奪う。
そこは艦尾の脱出艇格納庫で、奥まったスペースは全高十メートルはありそうな広大な空間には、脱出艇の他に脱出艇固定用のクレーンや資材置き場にもなっていた。それらを盾に進軍してくる特殊部隊と、脱出のため1箇所に集結した徴用兵とでは戦力の差は歴然だった。
不意を突かれたジオン兵が混乱に陥り、ライフルを闇雲に乱射し怒号が飛び交う中、SEALSはホロサイトに埋め込まれた暗視装置で位置を把握し確実に射殺していく。少尉も資材の陰からSMGをフルオートで射撃し、ホロサイトに緑色の人型になった靄を銃撃していく三人の靄のうち、一人は女性らしき小さな影だった。一分も掛からずに脱出艇を視界に捉えた少尉の視界には、揉み合う三人のジオン兵。
「私達より、彼らを優先するんだ!!」
と中年男性二人が、若い兵士に怒鳴っているを目標はもう脱出艇に乗り込んでしまったのかと推察した少尉は、脱出艇を制圧するためSMGを構え直した。しかし、若い兵士の返した言葉は意外なものだった。
「そう言うわけには行きません!! 公国の頭脳足るあなた方を置いていくなんて…………」
なるほど、そういうことか。
揉み合う理由に合点が言った少尉は、銃口を若い兵士に合わせ、引き金を絞った。兵士が吹き飛ぶのと、脱出艇が宇宙空間へ射出されたのはほぼ同時だった。しかし少尉も、その他の隊員も焦りを浮かべることなく取り残された兵士__いや、目標に接近していく。
「あんたらが、『ドク』か?」
考えれば簡単な事だ脱出艇に乗らなかったのは定員オーバーでも足止めでもなく、こちらに亡命する約束があるから。国枠主義者のジオン兵ならジーク・ジオンを三唱し、喜んで置いてきぼり__彼らは愛国心と美化するが__にしないのはただの兵卒とは違い技術者だからだ。
その考えを裏付けるように男、亡命を希望してきたジオンの特務研究機関、「フラナガン機関」の技術者、『ドク・1』こと『クルスト・モーゼス』は豪快そうな顔を歪ませ、「そうだとも、待っていたぞ。連邦軍の諸君」と言った。
「さぁ、早くこの艦から出してくれたまえ」
「その前に、約束のLPとやらを頂こうじゃないか」
クルストはそう返した隊長に「やれやれ、せっかちなやつめ」と嫌味のように言った。誰かが「どっちがだよ」とあからさまに呟く。少尉も思わず頷いてしまった。
「ふん……出てこい!」
クルストはそれだけ言うと、発煙段の色素で黄色く染まった入り口の方を睨んだ。すると、ひょっこりと木箱の影からノーマルスーツを着た人影が両手を挙げて現れる。思わずSMGを握る手に力を入れた少尉だが、クルストが「ヘルメットを取れ」と命じると、ヘルメットの中から少女の顔が姿を表す。顔立ちが整った東洋人で、肩まで伸ばした黒髪がふわりと無重力に漂っている。LP__リトルプリンセスはそのままの意味だったわけか。
「何者だ、あの少女は」
「研究機関の被検体だ。彼がどうしてもというから連れてきたんだ」
彼とはもう一人の亡命者『ローレン・ナカモト』の事であろう。いかにも技術者然とした眼鏡のモヤシ男は、こちらと目を会わせると軽く会釈した。二人の対比はまるでコメディアンのようだ。
「防衛線を張る兵士のなかに紛れてもらった」
「大事な被検体、しかもいたいけな少女を弾除けにするとは大胆ですね」
思わずそんな発言が口から出てしまった。連邦軍がほしがる人間が、俺たちが命がけで奪い取ろうとする人間が、カークとタナカを、曹長の左腕を犠牲にした人間がこんなゲスだったと思うと、一言なにか言わなければ気が済まなかったのだ。理性でダメだとわかっていても、クルストを睨み付ける。しかし、クルストの沸点は予想外のものであった。
「少女だと!!この愚昧め!!こいつは化物だぞ!!人類を滅ぼしかねない化物だ!!」
「愚昧? 我々は彼女とあなた達の為に死人だって出したんですよ!?」
少尉の反撃にクルストは顔から一瞬怒りが消え「何人だ……?」と問い掛けてる。「二人もだ!」と怒鳴ると、クルストはそれを鼻で笑った。
「二人だと!?人類の危機に二人!? そんなもの数のうちに入らんわ!!」
「あんた今なんつった!!」
理性のダムが決壊し拳を振り上げようとした時、隊長の「少尉」の声を聞き我に帰る。抑揚のない声に振り返ると、隊長は憐れむような顔をして言った。
「三人だ」
その意味を理解したとき、先程までの怒りはどこかへ吹き飛んでしまい、少尉は目頭が熱くなった。曹長、貴方は立派な軍人だったのに何故__。隊長はなにも言わずに少尉の肩を叩くと、クルストに向き直った。
「クルストさん。部下の非礼はお詫びいたします。ですが、貴方がいう人類全体の三人ではなく、二十人弱の三人と考えれば、彼の怒りも解って頂けるはずです」
「ふん……」
今日何度目かの鼻息をならしたクルストは、不意に少尉に視線を会わせ「貴様、名前はなんと言うんだ?」と口を開いた。
少尉は、上層部にクレームでも入れるつもりか。見た目や性格の癖にチンケなことしやがると心中罵倒しながら、好きにしろと名前を言ってやった。
「ダグザだ。ダグザ・マックール」
クルストは「ふむ、ダグザか…………」とだけ言った後、突如怒鳴り声をあげた。
「ダグザ。貴様もいつか知るはずだ。私の考えが正しいか、ニュータイプが人類にとって如何に危険かをな!」
吐き捨てるように扉から出ていくクルスト。ローレンと、中尉達が後を追いかけていく。しかし、クルスト達もダグザには聞きなれない『ニュータイプ』なる言葉も意識になく、ただ曹長の死という事実だけが心の中に渦巻いていた。
「隊長…………あんな奴の為に曹長達は死んだのですか?」
隊長はただ「そうだ」とだけ言った。
「納得出来ません」
隊長の碁石のような目がバラクラバの穴からこちらを捉えた。怯むことなく見つめ返す。
「これじゃまるで犬死に…………」
「言葉を慎め少尉」
遮るように隊長。
「いいか、曹長は任務を立派に果たした。犬死になんてもの、無いんだ」
隊長の毅然とした物言いはダグザに向けたものだ。しかし、どこか自分自身に言い聞かせるように感じたのは気のせいだろうか?
「我々は歯車のようなものだ。装置の指示がなければ動けないし、動いてはならない。そして装置もまた、歯車がなければ動けない。歯車が壊れるまで周わり続けたなら、それは立派な殉職だ」
それは地球連邦軍きっての精鋭部隊として、数々の後ろめたい任務や、理不尽な犠牲を強いられた男が自分のやっていることを正しいと思うと諭すのではなく、そう思わなければ潰れてしまう。という警告のようなものだ。僅かに湿り気を帯びた声がその証だろう。
論破など出来るわけがない。プロハカンダ映画で描かれるより遥かに泥臭い、血生臭い任務に従事した隊長は、後ろを向いて拳を震わせていた。その背中に掛ける声を持たないダグザは、ただただ己の無力と無神経さを恥じることしかできなかった。
「あぁ……、わかった。今向かう」
無線に応じたらしい隊長の声には、もう湿り気はなく、いつもの頼れる声音に戻っていた。
「『イ・スンシン』を接舷する。艦橋へ向かうぞ、急ごう」
無線のスイッチを二回入り切りするジッパー・コマンドで応じたダグザは先の少女の存在を思い出した。振り向くと衰弱しているのか両脇を隊員に抱えられていた少女の口は何かを繰り返し呟いていた。
「ごめんね……ごめんね……ごめんね…………」
彼女はもしかしたら亡命に無理矢理付き合わされたのかもしれない。恐らくはそこら辺を物言わず漂っている仲間達に向けたものであることは安易に想像できた。
この作戦では結局あの二人を除き、誰も得をしなかった。それどころか三人が死んだ。過酷な作戦の終わりに必ず報われるハッピーエンドを望むのは映画の見すぎではないと信じたい。
そう思ったとき、ふと「自らを大きな装置の歯車」と例えた隊長の心がわかった気がしたダグザは、自らを苛む無力感から逃れるように床を蹴り部屋の出口を目指した。