機動戦士ガンダム外伝 E.F.F Navy SEALS   作:梅お握り

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第一話 ハワイ奪還作戦

8.11.U.C.0079

 

反攻作戦。その言葉を聞かされた時、「ああ、またか」と思ってしまった自分はつくづく腐ってしまったと思う。

 

地球連邦海軍第3艦隊、第38戦隊旗艦、ヒマラヤ級航空母艦「ラシュモア」。その艦内に設けられた狭い自室の中、二段ベッドの下段に腰掛けた同空母航空団の戦闘機パイロット、マーセル・グエルフィ少尉は自嘲の鼻息を鳴らすと、それを忘れようと、本日発令される作戦の計画書に再び視線を下ろした。

 

「ハワイ諸島奪還作戦」

 

2月の第一次降下作戦を皮切りにジオン軍が宇宙で地球連邦軍を圧倒、壊滅に追いやったのち、地球に電撃的侵攻を仕掛けてから早半年。既に半分の陸地がジオンの占領下にあった。コロニー落としの混乱やジオンの新兵器、モビルスーツの投入による数的優位の消失は戦線の瓦解に充分な威力を持っていた。

 

連邦軍は一先ずの戦線膠着を持って、西欧、南米、アフリカと東南アジアの一部まで防衛ラインを縮小。兵力の合流、再編を完了したのちに反攻作戦を実行しようとしていた。その前段として敢えて攻めにくく落としにくいハワイの奪還を計画。太平洋のジオンの制海権を揺さぶることでジオンの軍事拠点である北米と東南アジアと、資源採掘拠点であるオセアニア方面との連携を絶つ。というのが大まかな作戦の概要だ。

 

「筋は通ってるんだがなぁ…………」

 

戦略的に見れば奇策ではあるもののまぁ、理解できなくはない。問題はジオンの新兵器、モビルスーツに対する対策が全くと言って良いほどになされていないことであった。

 

全長16メートル強の巨人は電波障害を引き起こすミノフスキー粒子と合わさって既存の兵器を圧倒、戦術の常識を覆しつつある。

 

無論、数を頼りにした損害上等の力押しが通用しなくもないが、矢面に立たせられるのは自分達。事実「ラシュモア」の航空隊員も開戦から半数は知らない顔に代わっている。このベッドの上段を寝床にしていた奴の補充要員は未だに来ないのをみると、人員も先細りが見え始めているのだろうか。

 

そして何より、連邦軍の反攻作戦は成功数が片手で数えられる程度しかない。というのがマーセルの気を更に重くさせる。それこそ、ジオンに一矢報いる闘志すら萎えさせてしまうくらいに。

 

「コレばっかりは…………どうしようもないよなぁ」

 

かといって死ぬつもりもなければ素直に白旗を上げるつもりもない。人命軽視のお上と自分の無力感を嘲るのが、マーセルに出来る唯一かつ楽な行為。それを自覚し、捻れつつあるため息を折り重ねるのが彼の日課であった。

 

そんな思考を中断させるかのように、扉をノックする音が2回響き、扉が開いた。

 

「マーセル。入るぞー」

 

「もう入ってんじゃねぇか」

 

応答を待たずずけずけと中に入ってきたのはマーセルと乗機でコンビを組む同僚にして友人、アーカージ・メフタ少尉。黒髪で彫りの深く浅黒い顔の通り、インドの伝統的家庭の生まれで、本名はもっと長いらしいがもっぱら「アーク」と呼ばれている。周りと波風を立てないおおらかで気が利く性格なので、マーセルにとっても付き合いやすい良い男だ。

 

「いいじゃないか。マスをカいてた訳でもなさそうだし」

 

そういってニヤつきながら拳を股間の辺りで上下させるような奴でなければ尚良かったのだが。初めの頃こそ公の場とのギャップに驚いたものだが、今となってはスルースキルが身に付いてしまっていた。

 

「はぁ……んで、何の用だよ」

 

「いや、朝飯だよ」

 

そう言われて、壁に立て掛けた時計をみると時刻は7時30分を指していた。作戦書とは丸々2時間ちょっとにらめっこしていた事になる。軍艦の構造上部屋には窓が無いので、時間の経過は掴みにくい。

 

「今日の昼には出撃だろ。食っとかないとな」

 

「いらないよ。今さら朝飯食ったところでどうにかなるとも思えんし」

 

ヤケクソにも似た軽いアイロニーのつもりでマーセルは言った。

 

「お前はいいかも知れんがな」

 

しかし、アークの反応は想像と違っていた。声のトーンが低くなり、にやけ面の目がスッと細くなる。

 

「ヘマやられて道連れはゴメンだ。その可能性は出来る限り排除したい。違うか」

 

「…………わかんないなぁ」

 

それだけ言うと、マーセルは重い腰を上げた。

 

「俺がミスしなくたって、死ぬときゃ死ぬさ」

 

自分達は所詮消耗品で、お上の連中も本気で作戦が成功するとは考えていない。ただの「しっかりお仕事してますよ」アピールのために喪われた同僚達のことを思うと、ジオンに対する闘志より、自身への無力感や連邦への不審が先に来て然るべきではないだろうか。

 

「アーク。なんでお前は戦えるんだ?」

 

マーセルはアークの目を見て、吐き出すように言った。

 

「家族はシドニーで塵になって、最初はジオンが憎くて仕方なかったけどな」

 

「ラシュモア」が母港としていたのはオーストラリア、シドニー。故郷のイタリアから息子の様子見ついで、年越しのバカンスに来ていた家族は、コロニーの推定落下域のど真ん中にホテルを取っていた。それでいて開戦による緊急展開で太平洋に退避する羽目になった自分が難を逃れたのは運命の残酷という他ない。

 

「転戦し続けている内にわかったんだよ。モビルスーツ相手じゃ戦闘機は分が悪いって」

 

こうして地球の半分がジオンの手に陥落しているのが、何よりの証左と言える。

 

「怖じ気付いたって言われればそうなんだろうな。でも、家族もいない、同僚も殆ど死んだのに、それに一矢報いる事すら出来やしなかった」

 

オーストラリア、北米、東南アジア。「ラシュモア」と共に転戦するなかで、航空隊は激しく消耗し敗北し続けた。

 

「自分の無力さがヤんなってくるよ」

 

結局、ありとあらゆる後ろ向きな感情はそこに帰結するのだ。例えるなら、ゲームで敗けが見えているのにそれを認めたくない子供のように。ゲームと違い、負けが死に直結するかもしれない。だから仕方ない。と思う一方で、幼さを正当化しようとしている自分への苛立ちは日々増すばかり。この戦争に従軍する誰もが抱いている屈折した感情にどう折り合いをつけているのか。マーセルはアークにそう問いただしたかった。

 

アークは何か言いたげな顔をして、実際口からそれが出かかっているように見えた。そして、咳払いを一つすると、口を開いた。

 

「連邦だって馬鹿じゃないんだ。その内ツキも回ってくるよ」

 

具体性を欠いた言葉。これでこの話は終わりだ。といった雰囲気を醸し出しながら、アークは部屋を出ていった。

 

答えになってない。とも、なんか別の事を言いたかったんだろ。と突っ込む気にもなれず、マーセルはその背中に付いていくように部屋を出る。

 

 

 

4000人近いクルーが居る「ラシュモア」の食堂はちょっとしたフードコートばりの広さで、朝食時も合間って活気に満ち溢れている。最もマーセルとアークが腰かけるのは決まって隅っこの席であるから、その広さのありがたみを感じることはほぼ無いのだが。

 

チャーハン、玉子スープ、ポテトサラダに目玉焼きと蒸し鶏の乗っかるトレイをテーブルに置いて、互いに黙々と口に運ぶ。悪くなった雰囲気を変えようと、マーセルは何か話を切り出そうかと考えたその時、厨房近くの咳から歓声のようなものが上がった。

 

視線をやると、コック帽とエプロンの上からもわかる太鼓腹。といったの出で立ちの給糧員が、戦闘機パイロットのトレイにトングで拳大の物体を放り込んでいる。

 

「見ろよ! ビフテキだぜビフテキ!!」

 

そう騒いでいるのは、まだ幼さを残す新米パイロット達。作戦前に景気付けとして振る舞われるのだが、「そんなに珍しいかね」とマーセルが呟くと、「北米も豪州も踏んだり蹴ったりで、市井じゃお目にかかれんからな」と不機嫌そうなアーク。彼は宗教上の都合で牛豚は食べられない。

 

「俺はいらんよ」

 

と右手を掲げたアーク。しかしコックは何の躊躇いもなくビフテキをトレイに落とした。ポテトサラダとチャーハンが肉汁とグレイビーソースに浸される。

 

「ああっ牛脂もマズイのにっ!」と悲痛な叫びを上げるアーク。

 

「勘弁してくれよ……」

 

「次からはカツレツにするさ」とだけいうと、コックは去っていった。

 

 

大きな溜息と共にテーブルに突っ伏するアーク。これが初めての事ではないと知っているマーセルは半笑いで「災難だったな」と一言。周りも苦笑いするなか、向かいのテーブルに座るの新米がアークに「あ、あの……」と話しかけた。

 

 

「何?」

 

「い、いえ……その、頂かないのでしたら、ビフテキ貰ってもよろしいでしょうか……」

 

なんとまぁ、食い意地の張った奴。と周りがあきれるが、あのテーブルの新米達4人、記憶が正しければ繰り上げ任官の18歳だったっけと思い出す。むしろコレくらいが自然なのかもしれないとマーセルは思った。

 

「好きなだけ持ってって……」と突っ伏したまま答えるアーク。新米は「よっしゃあ」とガッツポーズ。テーブルの他の三人から非難とも羨望とも付かない視線を受けながら戦利品を持ち帰る。

 

「お願い。一切れで良いから分けてくれ!!」

 

「嫌だよ。悔しかったら先輩方から恵んでもらえ」

 

「先っちょ! 先っちょだけで良いから!!」

 

「嫌だっつってんだろ!」

 

「なんだいケチ! あぶく銭見たいなもんだろ!!」

 

と、押し問答を繰り広げる新米たち。ふと、ハイスクール時代の自分を思いだし。青いねぇ。と口が緩んだあと、言い様のない寒気が背中を這い上がるのを感じた。

 

自分とそう歳は変わらないとはいえ、18。士官学校などほぼ形だけしか属しておらず、ほとんど学生と言える子供達。彼らはこの後の作戦で、一人前の作戦遂行とリスクを背負わされるのだ。自分が18の時は何をしていた?ナイメーヘン(連邦軍の士官学校)でエリートコース入りの優越感に浸り、休みには女のケツを追っかけていたじゃないか。

 

その時と変わらない子供達を指揮し、戦闘に送らせていた。その行為の重さを開戦から八ヶ月たった今更のように思い出し、その遅さを断罪したい気持ちと、どうしようもない無力感が脳裏が頭を再び横切る。

 

「なあ、お前ら」

 

気付けばマーセルはトレイ片手に立ち上がっていた。異変を察知し押し問答をやめた新米達が顔を上げる。ステーキをフォークとナイフで挟み、手近なトレイに置いてやる。

 

「四人で二つ。仲良く食えよ」

 

一人が「でも……」と答えるのをマーセルは「いいから」と制した。

 

「若い内に食っとけ食っとけ。それに、これから生死を共にするんだ。お近づきの印にってな」

 

顔を見合わせる4人。

 

「安い同情かも知れないけど、コレくらいしか出来ないんだ。堪忍な」

 

話してる内に気恥ずかしくなって、マーセルはそそくさと自分のテーブルに戻る。すると、件のコックがが何処からか小皿を持ってきた。中にはステーキが2つ。

 

「次からは量も増やすさ」

 

とだけ言うと、新米のテーブルに置いて、厨房に引っ込んだ。恐らくあの太鼓腹に溜め込むつもりだったらしい「余り物」だろう。

 

「カッコいいじゃん」

 

と、アークが冗談めかして笑う。目は笑っては居なかった。

 

「まぁね」とだけ応じるマーセル。

 

あの新米たちには自分みたいに捻れて欲しくはなかった。そのために出来る限りの事をするのが、自分達の務めなのかもしれない。彼らを見たときに感じた無力感は今までとは別種のもので、自分の力である程度打開することが出来るのかもしれない。そうマーセルは予感した。

 

今更ながら、自分が戦闘機に乗る理由が出来た気がする

 

「憑き物が落ちたって顔してるぜ」

 

「そりゃどーも」

 

いつしか、二人を取り巻いていた剣呑な雰囲気も、霧散していた。

 

「時にマーセルよ」

 

改まった口調でアークは言った。

 

「お前の牛の肉汁に浸されてないチャーハン。分けてくんない?」

 

「つい先程食事の重要性を説いたの、どちらさんでしたっけ」

 

そう言いながら、マーセルはチャーハンを取り分けてやるのだった。

 

 

 

 

食事を終えたあと、パイロット達は自らの愛機のある格納庫や甲板へと散っていった。ハワイ近海まで接近した揚陸部隊に対して、潜水艦や航空攻撃の被害はほぼ皆無。ポートモレスビー奪還作戦で目撃されて以来、一番の懸案事項とも言えた水陸両用モビルスーツ、ゴッグの存在も確認されず、それまでの予測に反して数が少ないのかもしれない。と言うのが上層部の出した結論であった。

 

マーセルとアークは同じ機に乗るコンビでもある。彼らの乗機は複座3発の旧式ジェット戦闘機、フライアロー。もっぱら詰めの戦闘爆撃や電子戦に用いられる。主翼と尾翼の位置関係が逆転したいわゆるカナード翼機で、それに加えて垂直尾翼の間を走る水平尾翼の変形スリーサーフェス。信頼性や安定性では右に出る機体は居ない。

 

もともと「ラシュモア」には8機が配置されていた。しかし4機が損失確実、2機は行方不明、1機はコロニー落とし以来パイロットと連絡とれずで部品取り。ロートル機ゆえ損耗補充もされず実質マーセル/アーク組の専用機となってしまっている。

 

「あ、マーセル少尉! アーカージ少尉ぃ! お待ちしておりましたぁ!!」

 

そんな鳴り物入りの機体の主翼に乗っかり、整備を所管するのが機付長、フランカ・ローマン軍曹。茶色がかった髪を持つ、食い意地の張った快活娘。マーセルとは同郷のイタリア系同士、アークとは食べ物を恵んでもらうという事で親しくしている。

 

「フランカ。フライアローの整備は?」

 

アークは心配げに尋ねた。別にフランカの腕が不安。という訳ではない。開戦時から続く整備員不足により、一人の整備員が何機もの整備を担当することも多くなり、結果艦載機の稼働率は低下の一途を辿っているのだ。実際、これまで渡された整備状況書には、何処かしら「Incomplete(整備未完)」の文字が入っていた。

 

しかし、そんな二人の心配をよそにフランカは 「万全です!」と大手を振って答えた。

 

「本当か!?」

 

思わぬ吉報にマーセルの声が弾む。「はい!」と主翼から飛び降りたフランカは続ける。

 

「最近、フライマンタに代わって入ってきたあの、コア・ファイターとかいう戦闘機。アレの整備や運用がすこぶるお手軽で!お陰でお二方のフライアローの整備に時間が割けるようになったんです!!」

 

そういってフランカが油まみれの指を差した方向を追うと、赤と青の派手なカラーで塗装された小型戦闘機、コア・ファイターが二人の視線に入った。

 

「宇宙軍に持ってかれたセイバーフィッシュよりも遥かにやり易いんです! エンジンは熱核融合なので航続距離や搭載能力もフライマンタに匹敵するくらいで!!」

 

ほぉ。とマーセルは感嘆の息を吐いた。次期主力の高性能機、セイバーフィッシュが宇宙軍に回された代機。と聞いていたので期待のハードルは高かった筈だが、それを易々と越えてしまう代物らしい。

 

「お二方もその内機種転換させられるんじゃないですか?」

 

「俺は複座が良いなぁ。これに馴れると背中が寂しくて」とマーセル。「私としてはとっとと機種統一していただければ有りがたいんですがねぇ」とフランカは返した。

 

理屈ではわかっているが愛着がわいた機体をそうそう捨てたくはない。アークも同じ気持ちなのか、半ば難癖をつけるように「にしても色合い派手じゃないの?」とぼやいたぼやいた。

 

「新兵の士気高揚と有視界下での視認性向上が見込めるそうですよ。実際乗せられるの例のステーキ恵んで貰った新米さんですし」

 

その一言に目を凝らすと、確かにコクピットで待機しているのはあの新米兵士だった。ノーマルスーツにフライトジャケットの一応制式ではあるが、ダサくて誰もやらない格好だと知らないのは新米の特権だ。

 

それよりも、とマーセルはずっこけそうになった。

 

「もう噂になってんのか」

 

「ええ。少尉がポエマーみたいだったとも」

 

アークが大笑いし、マーセルは顔の温度が融解しそうな位熱くなるのを感じた。

 

「最も新米さんは目を爛々と輝かせてましたけどねぇ。若いって凄い」

 

2歳しか違わない癖にと心中毒づく。

 

「フォローどうも……」

 

「いえ、寧ろ射撃してるんですけども」

 

「あっそ」

 

少し大人げないまでに鼻を鳴らし、マーセルはコクピットに乗り込んだ。マーセルは前席で操縦と兵装を。アークは後席で航法と電子戦を担当する。コンソールの各種電装のスイッチをオンにし、トーイングの順番待ちに入る。

 

「整備中に危なそうだったりニコイチした部分をリストアップしておきました!トラブルの際は参考に!!」

 

再び仕事中の真剣な顔付きに戻ったフランカが言う。トーイングカーがランディングギアの接続作業に入った。

 

「大丈夫!フランカの整備は確実だからな!! ありがとう」

 

こう見えて飛行中の故障は今まで起こっていない。その点ではフランカには整備士としては敬意を払っているつもりだ。

 

「ご武運を!!」

 

互いに敬礼で別れを告げる。それが今生のものにならないように、双方はベストを尽くし、祈るのだ。

 

フライアローがエレベーターへとゆっくりと移動。半屋外式のエレベーターからは空と海が見える。海には同型の空母や水上艦がひしめき、空には護衛機が旋回している。

 

油圧音。グ、グンと質量を感じさせる動きと共にエレベーターが上昇。ギアが僅かにしなる。

 

十秒ほどの時間をかけて、フライアローは飛行甲板へ。事前に通達した兵装____誘導爆弾と自衛用のレーダー誘導ないし赤外線ミサイル。から変更がないか問われ、無し。と告げる。OKサインを貰ってからキャノピーを閉鎖。エンジンを始動。3機のエンジンが甲高い雄叫びを上げる。

 

エンジンの動作正常を確認してから、無線で管制を呼び出す。

 

「コントロール、こちらデルタ31。どうぞ」

 

「デルタ31、無線感度良好。誘導を開始する。左舷カタパルトより発艦。誘導要員の指示を待て」

 

役職毎に色分けされたベストを装着する甲板要員の中、一際目立つ黄色の誘導担当員の指示に従い機体を前進させる。二つ設けられている電磁カタパルトの左側、その基部まで機体を移動。

 

再度兵装と機体重量の確認を受け、異常無しのお墨付きを貰う。並行して甲板要員が駐機位置の後方に、ジェット排気を反らす板状のデフレクターを起動させる。

 

「デルタ31、発艦準備完了を確認した」

 

「コントロール、こちらデルタ31。発艦指示を」

 

「デルタ31、離陸後、方位110、高度6000フィートへ向かえ。風は70から250に20m/s。通信回線は部隊内で334、着発艦は810を使用。復唱」

 

「了解。方位110、高度6000フィートへ変針。風は70-250の20。通信回線は部隊内334、離発艦810を使用」

 

「復唱よし。デルタ31。右側のフライマンタの後、発艦を許可する。」

 

その言葉を受け、エンジンをフルスロットルへ。最大出力にまで達したエンジンは推進力を限界まで高めるためアフターバーナーを発生させる。大きく深呼吸するマーセル。アークが親指をたてるのをミラー越しに見て、頷く。

右側で爆音がなり、フライマンタ戦闘爆撃機の黄色い機影が空へ吸い込まれていった。次は我が身ともう一度深呼吸。

 

片膝立ちの甲板要員が右腕を腕を艦首へ向け伸ばし、左手で「進め」のジェスチャー。そして、強い衝撃。

 

タイヤのスチール音と共に景色が後ろに流れる。何度味わっても慣れることのない猛烈なGに呻くなか、浮遊感。機体が「ラシュモア」から離れて、飛び立ったのだ。

 

操縦捍を手前に引き、機首を上に上げる。ある程度高度を取ってから左旋回。フライアローは減速こそすれど操縦不能にはならない。 方位110まで合わせ、高度6000フィートを確保。

 

「コントロール、デルタ31、発艦成功。異常なし」

 

「了解。方位そのまま、高度17000まで上昇。以後はチャンネル334へ切り替え。指示を仰げ。グッドラック」

 

一先ずの大仕事は終えたわけだが、休むわけにはいかない。コンソールから無線周波数を切り替えて、航空作戦全体を管制する無線に切り替える。

 

「コマンドポスト、コマンドポスト。こちら「ラシュモア」、デルタ31。指示を」

 

 

先程とはうって代わって、女性の管制官が返答を寄越す。

 

「デルタ31、17000まで上昇。第2集団へ合流し、コアファイター部隊の後続に入れ」

 

第2集団。第1集団が制空戦と偵察を担当する部隊だとは聞いていたので、ハワイ攻撃においては事実上の一番槍を務める事になる。

 

「了解」

 

そのまま高度を17000まで上げると、別部隊のフライアローやフライマンタ50機近くと直擁のTINコッド十数機からなる部隊を視認。合流する。

 

「ふうっ」と大きく息を吐き、オートパイロットを作動。順調に行けばハワイ上空までの1時間弱はこのままハンズフリーと言うわけだ。

 

ふと、上空を見上げると、概ね高度2万数千の辺りをジェットよりも更に甲高い音をたてながら駆け抜けていく機影があった。

 

「例のコアファイターか」

 

若干40機と言った機体の内の半分程度は、機体の赤い塗装からコアファイターだとすぐに判別出来た。

 

「あの新米も居るのかねぇ」

 

「居るんじゃねえの、多分」

 

「だと良いんだが…………」

 

制空確保の部隊と攻撃部隊の直擁。中世期の航空機実用からは長らく前者の方が危険とされていたが、現在ではその定義は逆転しつつある。ミノフスキー粒子の存在により、対地攻撃は有視界での作戦を強いられるようになったのに対し、ミノフスキー粒子を搭載可能な航空機は殆どなく、出来たとしても飛行し続ける内に散布域を離れたり、濃度は薄まったりで結局旧来の空対空戦術がそのまま使えるので、却って危険度は低くなるのだ。

 

最もジオンの戦闘機であるドップなどはチャフやフレアー代わりにミノフスキー粒子を積んでいるという情報もあるが、格闘戦にもつれ込んだとしても 最高速度以外ではやはりこちらに一日の長がある。

 

「おっ!撃ったぞ」

 

アークが声を上げると、上空の戦闘機群から白い発射煙が伸びていく。空対空ミサイルだ。直後、レーダーに敵機の感を告げるビープ音がコクピットに響き渡る。

 

「正面より敵機接近。全機回避!」

 

沈黙を守っていた女性オペレーターが回避を告げた。事前の取り決めに従い全機体が一斉にパワーダイブ。探知されてしまった以上、防御体制を整えられる前に雲の下へ潜りつつハワイ諸島へと最大スピードで向かう。

 

「後方レーダーに反応っ!! ミサイル接近!回避っ!!」

 

アークが叫んだ。

 

「後ろからか!?」

 

 

「奴ら、二手に別れてたんだ! 発射母機らしき機体が4!!」

 

先手を打ったのは敵の戦闘機____おそらくドップの飛行隊であった。

 

「了解っ!!」

 

Gと緊張のお陰で、マーセル少尉の汗が吹き出る。顔を拭おうとして、ノーマルスーツのバイザーの存在に気付き、舌打ち。

 

「アークっ! ミサイルとの距離をカウントし続けろっ」

 

「現在35000!……32000!」

 

飛距離やレーダー受動警戒装置が反応しない事を見ると、恐らくミノフスキー粒子散布下を想定していたのか赤外線誘導方式。雲の切れ間に逃げ込み、適切なタイミングでフレアを発射するしかない。

 

「25000!!」

 

だが、この一撃をかわした所で次が来る。事実敵機が後ろから追跡中だ。そっちはどうする。それにフライマンタの足では回避出来るという保証はない。なら……。

 

「20000!!」

 

「アーク」

 

「…………どうした」

 

スロットルを絞り、エアブレーキを最大まで開く。急減速。猛烈なマイナスGが掛かり、吐き気が込み上げるなか、マーセルは叫んだ。

 

「打って出るぞ!!」

 

一気に片付けるまで。マイナスGに歪ませられ、赤くなった顔が、一瞬ポカンとした表情に代わる。数秒の間の後、意味を理解したアークは今度は顔を青くし、ハーネスの範囲内で身を乗り出した。

 

「ばっ……おまっ……!!」

 

声にならない抗議を上げるアークに構わず、マーセルは機体の速度を失速ギリギリまで下げていく。

 

「なに考えてやがるっ!!」

 

「こいつの機動性のよさを利用するのさっ! ミサイルとの距離はっ!?」

 

「もう………目視で確認できるぞっ!!」

 

「よしっ!」

 

マーセルはエアブレーキを解除。操縦捍を目一杯引き付ける。フライアローが急激な機種上げをみせ、そのまま機首が屹立したタイミングでマーセルはフレアを射出。赤外線誘導方式のミサイルは、打ち出されたフレアを敵機と錯覚し追跡。ほぼ直角に降下し海面へと落ちていく。

 

フライアローはそのまま機首が重力に従い、後転の要領で真後ろに機首を向けた。俗に、クルビットと呼ばれる曲技飛行の動き。完全に失速し機首が下を向くまでの僅かな時間は、LOAL____発射後ロックオン方式でミサイルを一斉発射するには充分な時間だった。不運なことにドップは敵機に追いすがる中で、ほぼ一直線の機動を取っていたために、レーダーの探知からかわすことは不可能だった。

 

編隊長らしき先行の1機がミサイルと正面衝突。残りの3機は一旦は回避したものの、ミサイル側がトレースした進路から得た予測結果に従い緩い楕円軌道で反転。再捕捉。まさかそこまで執念深いミサイルとは思っていなかったのか回避機動を取ることはなく、あっさりと撃墜された。

 

何が起こったのかわからない。といった表情のアークが状況を理解した頃には、失速から立ち直ったフライアローが、再び編隊に合流し、上空の物も含めて敵機はあらかた撃墜された後だった。

 

「マーセル……お前、魔法でも使ったのか……」

 

かたや実行犯のマーセルも「あれ、俺何したんだっけ」とポカンとした顔をしていた。二人がある種の夢遊病から回復するには、無線機越しの僚機からの歓声が響くのを待たねばならなかった。

 

第1集団が戦闘機隊も粗方敵機を片付け、高度を下げた後合流する。味方は合計で80近い大編隊になった。その直後、無線やレーダーにノイズが走り始め、ミノフスキー粒子の濃度が上がるのが傍目にもわかった。それは目標のハワイに近付いてると言うことであり、二人は局地的な大戦果に浮かれる間もなく、己が握る操縦捍をしっかりと握りしめた。

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