機動戦士ガンダム外伝 E.F.F Navy SEALS   作:梅お握り

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第二話 敗走

「目標までもう間もなく………というか、目視で確認できないか?」

 

アークが告げた。フライアローの中の気温が2、3度下がった気がして、マーセルは思わず身震いした。キャノピー越しに周りを凝視すると、正面左側、水平線の向こうに米粒大の陸地が見える。攻撃目標のハワイ、オアフ島だろうか。

 

「あぁ。それらしいのが見えたぞ」

 

旧世紀からの大規模な軍港と空港があるオアフ島。元連邦軍の太平洋の空海の拠点は現在、ジオンの北米とオセアニア、アジアの戦線を繋ぐ中継基地となっている。マーセル達はその軍港エリア、かつてパールハーバーと呼ばれていた一帯への攻撃を割り当てられていた。

 

「ミノフスキーレベル7。レーダー各種ホワイトアウト。対空ミサイルは来ないだろうが、視認されないよう低空飛行に移る。そろそろ1000まで落とせ」

 

マーセルは了解、と応じて操縦桿をゆっくりと倒した。事前の計画に従い、僚機共々フライアローが海面間近へ降下していく。不安定な気流が機体を揺らすのを感じながら、指で操縦桿の赤いスイッチを弾く。

 

「マスターアームオン」

 

火器管制装置をアクティブにし、ウェポンベイに抱え込んだ4発のクラスター爆弾や機種の4連想25mm機関砲を何時でも撃てるようにスタンバイ。先程のドップの時とは違い、各種電子機器が使えず警戒や索敵は目視になる以上、早目に備えておいて損はない。

 

マーセルは大きく深呼吸を一つ。キャノピーの向こう、刻々と近付くオアフ島を見据えた。ここまで来たらもう引き返す事はできない。

 

「パールハーバーと言えば、昔ニホンがアメリカ海軍に奇襲をかけた場所だな」

 

アークが口を開いた。そう言えばそうだ。

 

旧世紀の第二次世界大戦において、日本軍はアメリカ軍の一大基地であったパールハーバーに奇襲を敢行。休日で軍の動きが鈍かった事や入念な事前訓練も効を奏し、大成功。前年の「ビスマルク」撃沈や同じ日本軍の2日後のイギリス海軍への襲撃も相まって、その後の海軍戦略は大艦巨砲主義から航空主兵論へ移り変わる事となった。とは士官学校の教科書の弁だ。

 

「何だよ?カミカゼしろってか?」

 

だが、日本軍と聞くとどうしてもそれが一番先に出てきてしまう。マーセル自身が後ろ向きな感情になってるのも無関係ではなかった。

 

「そう悲観的になるなや 。カミカゼはミッドウェーより2年も後の話だ。先人の成功にあやかれるよう神様に祈っとこうぜって話だよ」

 

イタリア系の例に漏れずカトリックのマーセルだが、ミサもロクに行かなかった男に奇蹟やら祝福やらを起こしてくれるほど、イエスも主もお人好しではないだろう。と苦笑いを浮かべた。それに、連邦軍の航空攻撃は今まで悉く失敗どころか全滅も日常茶飯事な返り討ちにあってることを考えればこれも実質カミカゼみたいな物だ。

 

と、そこまで考えてマーセルはやめよう。と思考をシャットアウトした。アークだって別に悪意が合ったわけでもなく、むしろ励まそうとしたのだろう。それを分かってまで嫌みったらしい態度を取るのは良くない。マーセルは「そうだな」とだけ答えてそれっきり口を閉じる。

 

 

短い会話の間にも戦闘機隊はオアフ島に近づき、おぼろ気ながらパールハーバー一帯の地形や人工物の姿も確認出来る。

 

「目標視認。攻撃用意」

 

コロニー落としの二次災害の津波で、市街地は茶色い地表と瓦礫の荒野と化している中、ジオンによって修復されたホノルルベースはかえってよく目立つ。ドッグの潜水艦や建造物の形が見え始めた頃、基地の至るところで小さな閃光が起こった。

 

「高射砲っ!」

 

アークが叫ぶ。それと同時に先行していたフライマンタの一機が太鼓のような音とともに爆散した。流星のように砕けて、火の尾を引いて墜ちていく。砲弾の炸裂をもろに食らったパイロットの即死確実だった。初弾命中に勢い付いたのか、ジオンの対空砲火はたちどころに激しくなり、青い空が硝煙で黒く滲んでいく。

 

「クソっ………」

 

マーセルは舌打ちと共に悪態をつく。僚機が落とされても、間近を砲弾が掠めても、既に爆撃コースに入っている以上無闇に回避機動することは許されない。ここで敵を仕留め損ねれば後続に危険が及ぶので分かってはいるが、実際矢面に立ってみれば堪らない。

 

「我慢だ!爆弾を落とすまでの辛抱だぜ!!」

 

「分かってるっ!」

 

ミノフスキー濃度が濃い分ミサイルが飛んでこないだけマシだと一瞬思ったが、そのお陰でこちらも肉薄しなければならないのであまり変わりはしない。

 

不愉快な炸裂音の度に首を竦めながらも、マーセルは機首下部に設けられたカメラが漸く第一目標の機関砲陣地を捉えたのを、コンソールの多機能ディスプレイで確認する。

 

タッチパネル式のそれに触れると、触れた部分にレティクルが表れ、これでロックは完了。誘導装置に目標の位置が入力され、慣性航法装置が作動し後は操縦桿のリリースボタンを押せば、爆弾が役割を果してくれる。

 

「ターゲット、ロックオン」

 

目標の機関砲群は非装甲で操作要員や指揮官が露出している。顔こそ見えないが、やはり戦っている相手は同じ人間だと改めて自覚させられる。だが、容赦するつもりはない。

 

悪く思うなよ。

 

心中でそう呟いたあと、「ボムズアウェイ」とマーセルは規定のコマンドと共にリリースボタンを押し込んだ。

短い電子音のあと、ウェポンベイから放たれた2発のクラスター爆弾は、規定の高度で一度空中分解。筒状の弾体から10個のスイカ大の子弾へ。そのまま地表数十メートルでそれらが爆発。幅30メートル長さ100メートルの地帯に鉄球の集中豪雨が降り、人、兵器、建物、地表を等しくズタズタに引き裂き穴を穿った。止めと言わんばかりに鉄球自体の信管が作動し、死体やスクラップを高く打ち上げる。着弾煙が消えた時、そこは何があったのかすら分からないミンチと屑の山に変貌していた。

 

「命中。対空砲の残存、稼働は確認出来ず」

 

アークが淡々と呟く。僚機も対空陣地を順調に撃破。しかし、対空砲の音は鳴り止まない。先に撃墜されたフライマンタの担当区域が無傷で残っていた。フライアローは最小限の旋回を行い、兵舎らしきビルの屋上に設けられた高射砲を正面に捉える。

 

「アーク。次はアレを片付ける」

 

「了解……っと。他とダブるなこれ」

 

同じ事を考えたのだろう。向かって左手からフライマンタが4機、マーセル達のフライアローを追い越して行く。

 

「いいよ。それだけ向こうの砲火もバラける」

 

無線が使えない以上、FACやコマンドポストの指揮や僚機との連携は困難だ。目標の重複やオーバーキルは避けられないが、一機で突っ込んで玉砕するよりはマシだと思うのはアークも同じらしく異論を挟んでは来なかった。

 

「なら早めに片付けよう。もう後続部隊が突っ込んでくる時間だ」

 

「あいよ」

 

視線を多機能ディスプレイに向けて、照準の為にカメラの映像に集中したその時、陣地のあるビルから巨大な影が姿を表した。

 

「ヤバいっ」

 

巨人と呼ぶに相応しいビルと同等の身長。ヒト形ながら丸みを帯びて、緑がかった影。頭部に光る赤いモノアイ。その正体は知っている。マーセルは反射的に操縦桿を引いた。フライアローの翼が軋む勢いで左旋回。猛烈なGアークが蛙の鳴き声のように呻き、マーセルの視界の端は黒く滲んだ。

 

「は、がぁっ……。な、何だよいきなりっ!」

 

驚愕と憤怒が入り雑じった叫びを上げるアークに、マーセルは「ザクだ!」と応じた。それを聞いたアークは顔を青くし、キャノピーに頬を張り付けて目を皿のようにする。

 

「確認した!6、7、いや8だ!どっから湧きやがった!?」

 

「乾ドックにでも潜んでたんだろ!」

 

冷静に分析しているようで、マーセルも半ばパニック状態だった。なんでアレがここにいる。

 

戦車や艦艇、航空攻撃を物ともせず、それらに勝る機動力と攻撃力で、地球圏と人類の半分を焼き尽くした巨人。MS-06、モビルスーツ、ザクⅡ。

 

モビルスーツが存在すると思われていた区画は防空網共々初撃で潰す手筈だったのに、別動隊は何してやがった。周りを見渡すと、上昇回避に転じたフライマンタの編隊が、マシンガンの薙ぎ撃ちを食らい四散する。

 

マシンガンとはいえ、撃ち出されたのは古い戦車砲に匹敵する120mm口径の榴弾。攻撃に対する脆さでは紙同然の戦闘機、フライマンタは爆発する暇すら与えずに四散させる。撃墜というよりは、粉砕。一泊おいて、幾つかの小さな爆発。その光景に息を呑んだマーセルは、同じような音が絶え間なく生じているのに気付いた。認識していた僚機の数よりはるかに多い。

 

まさか、とマーセル達が湾口方向へ視線を向けると、後続の航空部隊が到着した途端にザクの対空砲火に飲み込まれていくのが見えた。地中貫通爆弾やロケット弾を装備した彼らの機体では、ザクを相手にするには分が悪かった。初速の遅い爆弾は悉くザクのステップにかわされ、速いが威力の小さいロケット弾はシールドや装甲で跳ね返され、効果があるとは言い難い。

 

だが、物量にモノを言わせたのが幸いし、1機のマングース攻撃機がロケット弾でザクの股関節を砕き、75mm砲の集中砲火を浴びせる。やったか、と昂ったのも一瞬、僚機らしきザクが表れ、マシンガンを乱射。マングースはコクピットと左翼を砕かれ墜ちていく。錐揉み状態のまま、博物館でもある旧世紀の戦艦のマストをなぎ倒し後甲板の三連装砲塔にめり込み炎を噴き上げた。

 

「圧倒的じゃないか……クソッ!クソッ!!」

 

名も知らぬ仲間を殺された怒りか、自分がこうなっていたかもという恐怖からか。マーセルは麻痺した言語野で精一杯の罵声を叫びながら、レティクルを撹座した僚機を援護し、対空射撃を続けるザクに合わせる。

 

「無茶だっ!」

 

アークの悲痛さを帯びた叫び声も、マーセルの耳には届かない。こいつが、こいつが家族を、数えきれない同僚達を葬ってきた。せめて一機でも潰して見せなければ、皆に申し訳が立たないと、ある種の執念が恐怖や理性をマーセルから排除していた。

 

こちらに気付いたザクを睨みながら、マーセルは機首左右の4連装機関砲のトリガーを引く。牛の鳴き声のような重低音と、機体の軋みと共に砲弾がザク目掛けて放たれる。火線が頭頂部を掠めたのを見て、バイタルパートを貫くべく若干機首を下面に修正。ザクは戦友が居る以上無闇に動けないのか、右肩に設けられたシールドで攻撃を受け止める姿勢に入った。

 

ほぼ右真横から突っ込んでくる敵機に対し、自然とザクはマシンガンを片手で保持、射撃せざるを得ないようだった。片手で反動を殺しきれないのか、それとも砲弾が眼に当たったのか。ザクの射撃は出鱈目で、至近弾もなく精々バレルロールで回避できる程度の余裕はあった。

 

「メクラ撃ちが当たりゃあ苦労しねぇんだよっ!」

 

怒声に反応するように、高度計が300ftを切った事を知らせる。合成音声とブザーが高度を上げろと告げるが、マーセルはお構いなしに更に高度を下げる。240ftまで降下。ザクへと肉薄する。

 

機関砲が弾切れを告げ、空撃ちの音が響く。ザクとの距離は200メートルは無い。マーセルはクラスター爆弾を設定、発射スイッチを押す。長い電子音。エラー、高度が低すぎます。構わず押し続ける。エラー。それでも押し続ける。緊急時コマンド作動。兵装、強制排除。

 

超低空から放たれた三発のクラスター弾は、ザクの目の前で第一段階の空中分解を迎えた。スイカ大の子弾が、30個。運動エネルギーで二機のザクに数個ずつが浅くめり込む。

 

しかし内部機構に問題はない。そして投擲高度からして緊急排除、すなわち時限信管は設定されていない。信管に電源が入っていないのだ。残りの数個は表面で爆発したが、同様の機構を持つ対人地雷を装備するザクにとっては耐えて当然、線香花火程度の物でしかない。

 

耐えた。二機のザクのパイロットはそう思っていた。

 

が、その直後、二機のザクは着弾部位から煙を噴き上げ、電気ショックを受けたようにビクリと震えると、マシンガンを構えていたザクは俯せに倒れ込み、撹座したザクはそのままに、それきり動かなくなった。

 

「クラスターは落としゃ勝手に自爆するんだよ。不発があったら危ないからな。覚えとけ!」

 

始終を見届けたマーセルは叫んだ。ザクにめり込んだ子弾は、不発弾防止の自爆機構が作動。ザクの装甲とほぼ0距離で炸裂し、装甲の内側へと鉄球がのめり込むと、配管や電子機器等をズタズタに引き裂いた。ザクは丈夫なコクピット内こそ無傷だったが、他の部分を無力化されては最早木偶の坊も同然である。

 

マーセルは中から這い出したパイロットの間抜け面に中指を立ててやる。命があるだけマシと思え。

 

「ったく……肝が冷えたよ」

 

アークが大きなため息と共に呟いた。

 

「兵装は空っぽな訳だが、どうする」

「帰投するしか無さそうだな……」

 

マーセルは周りを見渡す。数はあるとはいえキルレシオでは死屍累々の航空部隊が補給を済ませ帰って来た後、まだ作戦を続けられる程の戦力が残っているだろうか。

 

「海兵隊が来るまでどれくらいだ?護衛のヒマラヤ級に降りれれば──」

 

そこまで言いかけた時、「ズドン」と機体が大きく震えた。何だ。と音のした方角──右主翼の方向を眺めると、チーズや蜂の巣を連装させる小さな穴が大量に開いていた。

 

一泊遅れて穴から漏れだした燃料が火を吹き、忽ち翼が炎に包まれる。各種警報装置が耳障りな大合奏を始めたとき初めて、マーセルはフライアローが被弾したことを理解した。

 

「被弾したっ!」

 

「アーク、ベイルアウトするぞ!一応救難信号だしとけ!」

 

「了解………このミノフスキー濃度じゃ届かんだろうけどな」

 

自らの異常を喚き立てるフライアローに対して、乗員であるマーセルとアークの対応は凄まじく冷静だった。というよりは、起こっている事象に理解が追い付かず、反射のように取り敢えず体に叩き込まれた脱出の手順を実行してるに過ぎなかった。

 

「フェイスカーテンハンドル」

 

「フェイスカーテン、OK」

 

「耐G姿勢」

 

「耐G姿勢、OK」

 

「了解、スリー、ツー、ワン、ベイルアウト!」

 

コクピットの中でも一際異彩を放つ黄色と黒のレバーを引くと、轟音と熱、煙がマーセルの五感を麻痺させる。キャノピーが爆砕ボルトでフレームごと飛んでいき、座席下部のロケットモーターが作動して、座席もろともアークが、数秒遅れてマーセルが射出された。

 

マーセルは猛烈なGに呻き声を漏らした。頭がダンベルを乗せられたみたいに重い。耐えきれず首を俯けると、炎に包まれたコクピットが視界下方に流れていく。あと数秒遅かったら助からなかっただろう。

 

「生きててくれよ……」

 

パラシュートが開き、一先ずの安全が確保されると、周りを気にする余裕も出てくる。100メートルほど離れた空に開いたパラシュートはアークの物だ。シートと一緒にぶら下がるアークは、こちらの視線に気づくと大きく手を振ってきた。通信が出来ない以上確実ではないが少なくとも大ケガはしてないようだ。

 

マーセルは視界の下方をぐるりと見回す。愛機を葬った仇敵を見つけようとしたのだ。

 

「嘘だろ……?」

 

その正体は意外なほど早く見つかった。マーセルが、いや、海軍の兵士なら絶対に出会いたくない相手。茶色と黄土色に塗られ、卵に手足を付けたような丸っこい見た目は忘れようもない。ジオンの水陸両用モビルスーツ、ゴッグだった。

 

ゴッグは背泳ぎの体勢で狭い湾内を器用にぐるぐると動き回っていた。図体に見合わぬ、ミサイル艇のような速さで投下される爆弾やロケット弾を回避して、戦闘機や攻撃機と追いかけっこを繰り広げている。時折爆弾が命中や至近を掠めるが、大きな水柱や轟音に反してゴッグは「何ともないぜ」と言わんばかりに湾内を暴れ続ける。

 

そのうちのほんの一瞬、ゴッグは射角に戦闘機を捉えると、胴体を捻ったり起こしたりしつつ腹部の拡散メガ粒子砲を発射。チタン合金の戦闘機は呆気なく溶解したり、穴が空いたりして火の塊となっていく。マーセルは「アレ」にやられたのか。と呻いた。

 

「モビルスーツってのは……あんなことが出来るのか」

 

同じ人間の作ったものとは思えない。技量や戦術戦略で覆せない壁があると、改めて感じる。

 

やがてマーセルは、 パールハーバーより程近い市街地だったであろう所に着地した。観光地として栄えた往時の面影はなく、海風に曝され荒れ果て鉄骨やコンクリートが剥き出しになったビルの残骸と、メインストリートを覆う瓦礫とも漂流物とも付かない有象無象の山が視界に入るすべてだった。コロニー落としの津波がもたらした物だ。ここで生活を営んでいた人々はどこへ消えたのだろうか。考えたくはない。

 

「マーセル!無事か!?」

 

先に地に降りた相方、アークが走り寄ってきた。マーセルは「なんとかな」と答えつつ、座席下部のサバイバルキットとテンダーシートがわりのフライトジャケットを手にとる。

 

乱れた息を整えながら、アークが「どうする?」と視線で訪ねてきた。機能するかは別として、サバイバルキットには救難信号機が着いている。ハイエナのようにやってくる地上部隊のことも考えれば少なくとも屋内に隠れるくらいはするべきだろう。

 

「あそこはどうだ?」

 

マーセルは丁字路の突き当たりにあるブティックを指差した。富裕層向けのエリアな為、どこもかしこも略奪にそなえ厳重なシャッターがしてある中、ショーウィンドウに車が突っ込んだせいで中に入れてしまうようだった。

 

「よし、あそこに入って海兵隊の到着まで───」

 

だが、事はそう簡単には転ばない。後ろから甲高いスキール音と共にジオンの軍用車、サウロペルタが姿を表したのは、数十メートルはある交差点を渡ろうとしたその時であった。

 

マウントした軽機関銃を乱射するサウロペルタに、あわてて交差点を走り抜け、転がるようにブティックに滑り込む。途中弾が頬を掠めたが、気にする余裕などなかった。

 

「持ちそうにないな。これ」

 

頭と高そうなドレスが穴だらけになったマネキンに身を隠しつつ、アークが呟いた。マーセルはサバイバルキットの拳銃を取り出しつつ、「だな」と応じる。

 

「俺の代わりに白旗あげてくれないか?ハンカチが柄物なんだよ」

 

八方塞がりと分かると、最早冗談を言う余裕すら出てくる。マーセルはひきつった笑みを浮かべながら言った。

 

「俺のは真っ赤だよ。まったくツいてない」

 

笑い返すアークのすぐ真横に着弾の火花が起こる。首をすくめつつ、ふとこちらに銃撃を加えるジオン兵を見る。どうやら佐官のようで、「貴重なザクをよくもぉ!」とか「キャリアがぁ」だのとヒステリックに叫んでいる。

 

「なぁんか許してもらえなさそうだな」

 

「マジ?」

 

アークは最早諦めた。といった風情で空を仰ぐ。二人の間にはパニックはない。散々人の死を見てきたのだ。自分に順番が回った。それだけの事だった。

 

「あれだな、思い残すことがあるとすればあれだ」

 

相方の遺言になるかもしれない言葉にマーセルはそっと耳を傾ける。

 

「ステーキ食っときゃ良かったわ。やっぱ」

 

マーセルは思わずずっこけそうになる。今際の言葉がそれかよ。とせせら笑いを浮かべると、アークは「山羊と鳥の肉以外まともに食ったこと無いからな」とまるで故郷の家族に俺以外稼ぎ頭がいないような表情で言うもので、我慢できずに吹き出してしまった。

 

「笑うなよなぁ」

 

「いや、最期に出てくる言葉がそれかいってな」

 

「生まれてこのかた山羊と鳥肉しか食ったことないんだよ」

 

「いや、だからってなぁ…………」

 

散々笑った挙句むせて咳き込んだ。この相方と組んで一年半。よくも悪くもマイペースながら宗教には厳格だと思っていたが、ここまでとは。

 

マーセルは呆れつつも、こういう奴だからこそ今まで何とかやってこれた。とふと思った。

 

「アーク、今までありがとうな」

 

死ぬ前に最低限度の礼儀は通しておくものだ。と柄にもなくマーセルは呟いた。アークは何か悟ったように顔から笑みを消して、「俺同性愛は無理だな」とさも真剣に言い放った。

 

「お前なぁ……」

 

「冗談だって。俺も同じ気持ちだよ」

 

自分で切り出しておいて何だが、まるで今生の別れを告げるようだと思ってしまうと会話が続かない。ハグでもするような場所でもない。マーセルはアークの顔から思わず眼を背けた。

 

アークは溜め息を大きくつくと、芝居がががった口調で言う。

 

「いやはや、イタリア人の癖にユーモアが判らんと申すか」

 

あからさまと言えばそれまでだが、マーセルにはそのフォローが何よりも有り難かった。

 

「お前そりゃイギリス人の間ち───」

 

マーセルはある異変に気付いた。なにか規則的な振動が、三半規管を揺さぶる。

 

「地震か?」

 

アークがあたりをキョロキョロと見回す。

 

「いや……これは」

 

マーセルは呟やく。確証はない。だが、こんな音を立てそうなモノには心当たりがある。マーセルのそんな予想の通り、正面の通りにぬっと表れたモノに、アークは「なんてこった」と薄ら笑いを浮かべた。

 

MS-06、ザクⅡがこちらに120mmマシンガンの銃口を向けていた。二人が思わず眼をつむると、直後腹を揺さぶる轟音と砂煙が感覚を麻痺させた。

 

「……生きてる」

 

一瞬の静寂の後、マーセルは眼を開けた。聞こえるし、見えるし、四肢もある。周りを見渡すと、アークが何が起こったか分からない。といった表情でこちらを見ていた。

 

視線を大通りに向ける。穴ぼこだらけのそこに先程までのジオン兵とサウロペルタは見当たらず、ザクがこちらを向いたまま鎮座している。

 

「助けてくれたのか?」

 

「……わからん」

 

マーセルはしばらく考え込んだ後、一番現実的だが、馬鹿げた結論を出した。当然ながらザクは何も言わない。

 

見つめ合うこと数秒、全長18メートルの巨人はそのモノアイをボンと光らせると右膝を曲げると膝立ちになった。独特の駆動音に身構えるマーセルとアーク。対人地雷でも撃つ気なのだろうか。

 

だが、警戒とは裏腹にザクは気の抜けた空気音を鳴らし、胸のコクピットハッチを開ける。そして、二人に対して「こっちに来い」と言わんばかりにマニピュレーター手招きをするのだった。

 

「マーセル、どうするよ?」

 

「どうするって……」

 

マーセルは言葉を詰まらせてしまった。手の込んだ罠にも見えなさそうだが、文字通り敵の懐に飛び込む気にはなれない。一体どうする?ザクを睨みながら考えるが、結論を出せそうにはなかった。

 

にっちもさっちも行かない状態を破ったのは、マーセルでもアークでも、ザクでもなかった。

 

「おい……!」

 

アークが肩に手を乗せた。てっきり結論を出すことを急かされたと思ったマーセルはその手を振りはらおうとして、そのまま硬直してしまった。

 

もう一機のザクがビルの影から飛び出した。それを見た目の前のザクが狼狽するような動きを見せたが、マーセルはその意味を考える前にアークに弾き飛ばされた。

 

向こうのザクの脛に横付けされたミサイルポッドから、6発のミサイルが矢継ぎ早に放たれた。マーセル達は反射的にブティックの中に引っ込んだが、ミサイルの照準はザクに会わせられていたようだった。至近弾が爆音と熱と共に瓦礫や道路を巻き上げ、揺れと煙にありとあらゆる感覚を狂わされる。

 

「なんなんだよっ……クソッ!マーセル!生きてるかっ!?」

 

アークが思わず叫ぶ声が聞こえて、マーセルは大丈夫だ。と返事をしようとして、体に力が入らずそのまま倒れ込んだ。煙と粉塵の地獄が終わったのは一分ほどたってからだ。ノーマルスーツの密閉空気循環器が無ければ、おそらく肺はダメになっていただろう。マーセルは心無し咳をわざと三回してみる。

 

「怪我してるぞ、お前」

 

マーセルの姿を見つけるなりアークはそういった。掌でヘルメットを叩いていたので、真似てみると、激痛が走った。ヘルメットを脱ぐと、ガラスか何かの破片がヘルメットに突き刺さっていた。先端が内側に5mm程飛び出していて、赤く染まっている。

 

「平気だ。このくらい」

 

多少血が垂れたようだが、痛みはあまりない。

 

「それより、あのザクをどうするかだ」

 

「撃ってきた方か?」

 

「ああ」

 

マーセルは顔を出して周囲を伺う。穴ぼこだらけになった道路にブッダの涅槃のように横たわるザクは右肩のシールドこそ吹き飛んでいるが、四肢と胴体に傷は無いようだった。モノアイはこちらを睨んだまま動かなかった。まるで、中の主を助けてほしいと言っているようだ。とマーセルは思えた。

 

「パイロット死んだんじゃないか?」

 

「かもな。……なぁ」

 

マーセルは言った。

 

「このザク……連邦軍の部隊だったりしないよな……」

 

自分で言って馬鹿げた事だとは思ったが、アークは予想に反してにも「筋は通ってる」と呟く。

 

実際、単なる脱走兵だとすればそもそもハワイなんて離島で脱走を試みるとは思えないし、行きなりミサイルを撃ち放ってきたジオンのザクの説明が付かない。逃亡即射殺にしたって、モビルスーツは無傷で取り返したい筈だ。最も、ここに来るまで散々暴れまわったなら話は別だが、それなら上空から見てた自分達が気づく筈だろう。

 

「だとしたら、こいつをここまで運んできた連中が居る……って言いたいんだろ」

 

「……ああ、俺たちとは別動の連中がな。太平洋のど真ん中に置いてきぼりってことも無いだろうし」

 

「回収の連中がいるってことだな。ザクにそいつらの手掛かりがあると」

 

「無線機があれば尚良しってな」

 

アークはマーセルの言いたいことがわかった。と言わんばかりに頷いたが、ふっと顔をしかめて「だったら向こうのザクはどうする?120mmをせしめるまでは?」

 

「こいつを使う」

 

マーセルはサバイバルキットの信号銃を取り出した。救助隊に位置を知らせるための中折れ式の単発銃で、弾には威力こそないが強い光を十数秒ほど発する。アークは何をするのか察した。

 

「目眩ましってわけか……いいぞ、俺がやろう。お前はザクへ突っ走れ」

 

それを聞いて、マーセルは「良いのか?」と呟いた。ザクのカメラなら誤魔化しが聞くのは数秒が限度だろう。反撃のリスクもあるし、何よりも心配なのは、

 

「あくまで仮定の話だぞ」

 

「あそこまで言っといてそりゃないだろ。それに、お前射撃下手だし、頭やってるし、ずっこけてもフォローが効くだろ?」

 

そうおどけて見せるが、アークの目は真剣だった。こんな時でも気遣いを忘れない相方。思わず熱くなった目頭を悟られないように、マーセルは横たわるザクを見据える。距離は五十メートルほどで、ハッチは下端まで二メートル強。懸垂の要領で押し入るとして、かかる時間は十数秒といったところか。

 

「ありがとう、帰ったら一杯奢るよ」

 

「ステーキでも良いか?」

 

「もちろん」

 

アークは「よし、約束は守れよ」とだけ言って、距離を詰めてくるザクの、ピンクに光るモノアイを見据える。マーセルは横目でそれを見る。距離は二十メートル程あるが、巨体も合間って触れそうに錯覚した。

 

「行くぞぉ……3、2、1、行けっ!!」

 

ポフン、と気の抜けた発射音が響く。火薬の臭いが伝わるより早く、マーセルは駆け出した。

 

その姿を捉えたザクは、歩みを止めてカメラをズームさせて足元の状態をスクリーンに映し出す。一連の動作は伏兵を睨んだOSにより全自動で実行されたのだが、マーセルが知るよしもなかった。ただ、山なりに飛翔していった閃光弾が目の前で炸裂し、コクピットのディスプレイをホワイトアウトさせるのに一役買った事こととなった。

 

健康体のマーセルにとって五十メートルなど大した距離ではないのだが、今はとても長く感じる。途中足を穴ぼこだらけの地面に引っ掛けそうになったが、何とか持ち直して全力疾走。多分今までで一番早いタイムだ。

 

そのまま走り跳びでコクピットハッチにかじりつき、一度手の汗でずり落ちかけて肝を冷やした後、何とかコクピットのある右胸──正確にはコクピットユニットはスライド式で左胸にずれているので、空荷なのを活かしたユーティリティスペース──に転がり込んだ。

 

一息つくまもなく後ろを振り返る。ジオンのザクは片膝立ちになっていた。目が眩んだ訳ではないのはマーセルにもわかった。恐らくはカメラが無力化され、範囲攻撃を選んだのだ。跳躍地雷型アクティブ迎撃システム──通称Sマインが来る。

 

信号弾に似た、しかしそれよりも数は多く、大きな音が響く。人の頭程の地雷が三つ、十メートル程の高さを舞う。

 

「間に合えっ!」

 

アークが間に合わないかもしれない。飛び出したい衝動を理性と恐怖で押さえつけながら、マーセルは初めて主に祈った。しかし、ミサも聖書を諳じることも無かった男には、彼は何もしないどころか、残酷であった。

 

アークは道程7割に差し掛かったところで、大きな音を立てて転倒した。マーセルの足がもつれた所だった。何が起こったか理解できずにいた。正気に戻り救出のためコクピットを飛び出そうとした時には、 炸裂したクラスターのの雨が視界一杯に降り注いでいた。

 

目と鼻の先を掠める轟音と土煙。そしてそれ以上に強い衝撃に体の力が抜けて、マーセルは尻餅を付いた。

 

「嘘だろ…………」

 

ほんの数秒の事だった。すべてが終わった後には、穴だらけを通り越し砕かれたアスファルトに、赤黒い色とピンクのまだらの染みだけが残るだけだった。

 

アーク──アーカージ・メフタ少尉は、戦死した。

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