雪の降る夜。真っ白な雪の積もる夜には、マッチ折りの少女が現れるらしい。

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マッチ折りの少女

 雪の降る夜。真っ白な雪の積もる夜。彼女は現れるらしい。

「マッチ折りの少女、っていうんだって」

 十二月に入ってからしばらく経って、世間はもうクリスマスムード。今から丁度一週間後にはクリスマスイヴになる。

 冬休みの宿題はもちろん進めなければいけないけれど、一人で黙々と机に向かうのは苦手としている。そこで友人と一緒に自宅で勉強会のような物を開いていたのだが、その友人が妙なことを言う。

「マッチ売り、じゃなくてか」

「うん。折りなんだ」

 友人、優志(ゆうじ)は宿題を解く手を緩めない。俺の方はというと、そもそも初めからまともに進んでなんていない。

「二次創作?」

「どっちかというと、都市伝説かな」

 よくもまぁ数学の問題を解きながら会話ができるものだ。テキスト内の定められた範囲の漢字をノートに書き写しつつ、俺はこの話に大して興味がないことを伝える。

 確かに勉強は嫌いだが、都市伝説にも興味はないのだ。

「ふーん。特に興味ない」

「まぁそう言わず聞けよ」

 意外に食い下がる。こいつだって都市伝説やらが好きというわけでもなかったはずだけど。

「そんなに面白い話なのか?」

「面白いというか、タイムリーだな」

 タイムリーが丁度いいとか、今にぴったりといった感じの意味だと知ったのは最近だった。ほんの気まぐれで、タイムリーヒットとはどういうヒットなのかと親に訊かなければ一生知らなかったかもしれない。

「ふうん。雪の降る日に来るんだっけ? 確かに降るかもしれないけどね」

 俺の心の中は、都市伝説よりも雪よりも、あの時親にタイムリーの意味を訊いておいてよかったという気持ちが多くを占めていた。同い年の友達にタイムリーってなんだなんて、言葉の意味を訊くなんて恰好がつかないから。

「そう。もし降ったら、マッチ折りの少女が現れるかもしれない」

「現れたらどうなるの」

 別にどこで少女がマッチを売ってたって折ってたって興味はないし、俺には関係ない。さすがに家の前で売ってたら買ってやらないこともないけど。

「わからない」

「はぁ?」

 拍子抜けだった。元々ほとんど無かった興味が遥か彼方へと見えなくなっていく。

「わからないって、じゃあその都市伝説は何が面白いんだよ。口裂け女なら怖いし、異世界への扉とかならちょっとわくわくするけど、まるで何もわからないんじゃ何も思うことがないじゃん」

「まぁ待てよ。今から話すから」

 子供をあやすような顔して言う優志にちょっと腹が立った。同い年のくせに。

「まず、マッチ売りの少女は知ってるよな?」

「そりゃあもちろん」

 お金に困って寒い日に女の子がマッチを売りに行くけど、全然売れなくて最終的に自分でマッチを使い始める話だろ? それでマッチを擦るたびに幻が見えて……最後は結局死んでしまったのだったか? どうだろう。結末の方はちょっと記憶が曖昧だ。

 まぁ、大体知っていれば問題ないだろう。今からするのは都市伝説の話なのだし。

「マッチ売りの少女は最後、マッチを全て擦った後に死んでしまっただろう?」

「あぁ」

 全て擦ったのか。まぁ、なんだっていいけど。

「大量のマッチの燃え殻と共に少女は遺体として発見されるわけだけど、少女は天国に行ったってことで話は終わった」

天国へ行けたのか。ならよかった、と思うけどこの話全然ハッピーエンドじゃないよな。

童話はたまにバッドエンドの物があって、一体幼い子供に何を考えさせたいのかとこっちが考えてしまうことがある。たぶん、マッチ買ってあげようぜって話だと受け取って正解だと俺は思うことにしている。

「それで?」

「マッチを擦って出てきた幻の中に少女の祖母が居たらしくて、その祖母に天国まで運んでもらえたんだとさ。フランダースの犬の天使みたいだな」

 あーそんなのもあったな。あれもバッドエンド物だ。感動するアニメの代表が長年フランダースの犬から変わらないが、あれで本当にいいのだろうか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

「いや、だからなんなんだよ」

 話している間にも優志は宿題を次々と消化している。俺はと言えば話をするのに全神経を使っている感じだ。たぶん使える神経の母数が違うのだろう。

 俺の方から勉強会を誘っておいて悪いのだけれど、くだらない話をいつまでも続けているわけにもいかない。もっとこう、ツイッターの呟き程度の話にしとかないと一向に宿題が終わらない。

「仮にさ、少女がマッチを擦らなかったらどうなっていたと思う?」

「はぁ」

 話の先が見えない。考えて見える物でもないだろうから、とりあえずは質問に答える。

「そりゃ、死んじゃってたんじゃない? 擦っても死んじゃうくらい寒かったなら」

「だよな。じゃあもしその場合、マッチを擦らずに幻も見なかった場合、少女は天国に行けたと思うか?」

 それは……どうなのだろう。幻の祖母を見なければ、祖母は天国へと連れて行ってくれなかったのか。

「……そもそもさ、天国ともう一つは、地獄しかないのか?」

 疑問だった。仮に少女が幻を見ず、天国に連れて行ってもらえなかったとしたら、地獄に落ちていたというのだろうか? それはいくらなんでもあんまりだろう。

 しかしもしそうでなく、幻を見ようが見まいが天国へ行けたのだとすれば、じゃあその祖母はなんだったんだということになる。

「そう。僕もそれが気になったんだ。少女は幻を見たから天国に行けたのか? 見なければ地獄に落ちていたのか? たぶん同じことを考える人がそこそこ居たんだな」

「どういうことだ?」

「少女はどこにも行っていない。天国にも、地獄にも。自分を天国に連れて行く祖母も、天国へ行く自分自身さえもマッチの炎が見せた幻だった」

 なんだか、それこそ二次創作っぽい話になってきた。……初めに比べればちょっと興味は湧いてきているけど。

「それで?」

「少女はまだこの世に居る。成仏せずにね。それがマッチ折りの少女」

「……それだけ?」

 そういえば最初に「現れたからどうなるかって、それはわからない」というようなことを言われていた。結果どこまで行っても、それだけ? って感じの話になってしまうのか。

「まぁ、大体それだけ。なんでマッチ折りの少女なんて名前なのか理由はあるけど」

「それを話せよ」

「……誰が言いだしたのかは知らないけど、成仏してないマッチ売りの少女に会ったって奴が居たらしいんだ」

 ほうほう。まぁ、そうでないと本当に都市伝説じゃなくて二次創作になってしまうからな。

「ふむふむ」

「その時見た少女は、籠にマッチの燃え殻を大量に入れて歩いていたそうだ。それでその燃え殻を一つ取りだしては折り、また一つ取りだしては折り……としていたらしい」

 なるほどネーミングそのままだ。実際に見れば異様な光景として映るだろうし、都市伝説の特徴としては申し分ない。

「それでそれで?」

「それ以上のことはわかっていない」

 ここでそれか。気になるところでCMに入る番組のような嫌らしい終わり方。

 いやちょっと待てよ、いくらなんでもそれはおかしくないか? 少女を見たという人がいたんだろう?

「いやいや、そのマッチ折りの少女を見た人は何て言ってたんだよ。見たんだから、何かはあっただろ」

 何もなかったなら何もなかったでもいい。とにかく、わからないってことはないだろう。

「それがなぁ……」

 優志は開いていた数学のテキストを閉じた。一緒にノートも。おい、もう終わったのかよ。

「少女に会った、見たという人は大勢いる。でも証言がバラバラなんだ。美少女だったと言う人も居れば恐ろしい霊のようだったと言う人も居る。少し喋ったらどこかへと消えていったと言う人も、殺意を持って追われたと言う人も居た。どれが本当の話かなんてわからないんだよ」

「あぁ……」

 ありそうな話だ。面白い話に乗っかって出たらめを言う奴はよく居る。このご時世の都市伝説なんてネット世界で噂されているだろうし、多くの人が見るのだから出たらめ言う奴も確立的にどんどん出てくるだろう。

「ま、自分の目で確かめてみろってやつだな」

「おいおい、殺されそうになったって話もあるんだろ? もしそれが本当だったらどうするんだよ」

 そんな話を自分の目で確かめるなんて御免だ。もし美少女だったという話が本当なら……どうだろう会ってみたい気がしなくもない。

「その時はその時だ。全力で逃げろ」

「逃げろって……」

「証言があったってことは逃げ延びたってことだろ。大丈夫大丈夫」

 その人が大丈夫だったから俺も大丈夫なんて保証はどこにもないのだけど……。

 ……と、そもそもこの話は都市伝説だった。実在するかわからないものの心配をしても仕方ない。むしろ解決すべき問題は目の前の宿題だ。

 優志は原稿用紙を取りだしている。読書感想文も今やるのか。

「……あ」

 優志が窓の外を見て間抜けな声を出すものだから俺も見る。……大体この流れで見ればどんな光景があるかはわかっていた気もするけど。

「雪か……」

「あぁ。白い雪の積もる夜にマッチ折りの少女は現れるらしいから、チャンスだな」

「ピンチかもしれないけどな」

 ハハハと二人で笑う。たぶんお互いそこまで真剣に考えないようになったのだ。都市伝説なんて暇つぶしに最適な話題だしな。

 

 午後六時。すっかり宿題を消化した優志は帰り支度をしていた。俺はと言えば……まぁ悪くはない程度には進んださ。

「じゃあ帰るわ。また、明日とか遊べる?」

「いけるいける。今度は勉強じゃなくて普通に遊ぼう」

「ふうん。僕は別に宿題に付き合ってあげてもいいけど」

 偉そうに……。しかし手際の良さが段違いなので何も言い返せない。

「いや、さすがに遊びたい」

「そっか。じゃあまた明日」

「うん。じゃあね」

 玄関を出る優志を見送って、結構な勢いで雪が降っているのを見た。もしかして今夜にも積もったりするのだろうか……?

 あ、でもよく考えればこの歳じゃ夜中に外なんて出れないぞ。家にいたんじゃマッチ折りの少女に会えなんてしないだろう。一気にさっきの都市伝説が自分に全く関係のない話に思えてきて退屈に感じる。

「……続きは明日の朝でいいよな」

 部屋に残した宿題のことを思い浮かべ、退屈な気持ちはどんどん大きくなっていった。せめてクリスマスの日なら適当な口実で外出できるかもしれないのに。

 適当なと言っても具体的な案はない。彼女もいないし、聖夜外に出て楽しいことなんてほとんどないので考えたこともなかった。クリスマスとは家でご馳走を食べて、少し前まではサンタを信じて寝る日だったのだ。

「……ん」

 はて、そういえばマッチ売りの少女がマッチを売っていたのはいつ頃の話なのだろう? 寒いのだから間違いなく冬だし、幻で見たご馳走に七面鳥なんかがあったんじゃないか? するとあれもクリスマスの話か? ……いやしかしそもそもあれ日本で生まれた話じゃないし、冬の季節とか日本基準で考えていいのかな?

 あれこれ考えても答えは出ない。ならば現代社会最強の情報マシーンであるパソコンに頼る他ない。俺はリビングに置いてあるPCへと向かった。

 

 調べてみると詳細な情報が出てくる。ウィキペディアは優秀だ。

 まず物語の時期は大晦日だったらしい。クリスマスより若干後だが、まぁ大体変わらないだろう。舞台がどこだったのかはわからないが、作者はデンマークの人だったらしい。……デンマークってどこだ? どんな国だ? 残念ながらそこまでは調べる気力がなかった。

 少女がマッチを売りに出た原因は父親にあったらしい。マッチを売って金を作ってこいと真冬の夜に外に出されたというわけだ。売らずに帰ると怒られるから帰れない、というのが少女の立場だったようで、そこから察するに父親はロクな奴ではなかっただろう。

 あとは大体さっき優志が言っていた通りの内容のようだ。流れ星を見て「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ」というようなくだりもあったらしいが、都市伝説の方には特に関わりないだろう。

 それと最後に一つ。少女はマッチの燃え殻を幸せそうに抱いて死んでいたそうだ。

「そろそろご飯よー」

「あ、はーい」

 母が呼んでいる。PCはリビングにあるので食卓はすぐそこだ。

 ……並んでいく料理を見て思う。マッチ売りの少女は、きっとこんな日常を送れてはいなかっただろう。でなければ幻でわざわざ食べ物なんて見るものか。せっかくなのだ、それこそ死んでしまった祖母などのどう頑張っても手の届かないものを見ようとするはずだ。少女にとって、ご馳走というのはあの世に居る人に会うのと同じくらい現実離れした物だったのだろうか。

 そんなことを考え始めればもう止まらない。俺はさっき口実があれば外に出て、もしかすれば都市伝説を体験できるかもしれないなんて考えていた。少女は口実も何もなく外に出されたというのに。帰りたくても帰れなかったというのに。

「どうしたの、ぼーっとして」

「え」

 気づくと全ての食器や何やは用意されていて、俺は座るだけとなっていた。なんとなく慌てて座る。

 父は仕事で、俺は一人っ子なので母と二人で夕飯を食べる。必然的に会話も二人ですることになる。

「ねぇ母さん」

「なぁに」

「マッチ売りの少女って知ってる?」

 母は驚いたような、呆れたような顔をした。まぁ、当然知ってるようなことを訊かれたのだから気持ちはわかる。

「もちろん知っているけれど。それがどうかしたの?」

「いや……その少女も大変だったろうなって」

 一瞬の間を挟んで、母は笑った。

「どうしたのよ急に」

「いや、ちょっと思っただけ」

 それから俺は、まさかとは思ったけど都市伝説の話をしてみることにした。知っているわけないだろうけど。

「それとさ、マッチ折りの少女っていう都市伝説、知ってる……?」

 母は今度こそ百パーセント呆れた顔をしたし、また笑った。

「なに? それ。そんなものがあるの?」

「あるんだって。マッチ売りの少女は成仏してなくて、まだこの世に居るんだって話」

 雪の積もった夜に現れるんだって。そうだ、今そう言えば少しくらい外出の許可が出るのではないか? そう思ったのだが、

「成仏って、あれは童話よ? 作られたお話」

 ……それもそうだ。都市伝説はもちろん、その元の話だって作り話だった。なぜだろう、今の今までそれを忘れていた気がする。

「意外とメルヘンなところあるのね。母さん知らなかったわ」

「メルヘンとかじゃねぇよ。そういう都市伝説を聞いたってだけ」

 要は、面白い作り話を聞いただけ。まさか自分はメルヘンですと主張するわけにもいかず、これでこの話は終わってしまった。作り話なのだと口にしてしまえば、それを確かめたいから外に行かせてくださいなんてとてもじゃないけど言えない。

 というかそもそもそんなに必死になることじゃないんだ、これは。作り話なのはちゃんとわかっているのだし。

「へぇー。都市伝説も進化しているのね。母さんの時は口裂け女とかだったわ」

「それは俺も知ってるけどさ」

 別に都市伝説談義で盛り上がろうというわけでもない。その後はまた明日優志と遊ぶこととか、それなりに宿題が進んだこととか、普通のことを話した。

 夕食を食べ終わってふと窓の外を見ると雪はまだ勢い衰えず降っていたけど、もうあの話のことは忘れようと決めた。そういうことにした。

 

 風呂に入って、あとは寝るまで自由時間だという時だった。

「ごめん、ゴミ出してきてくれない?」

 食器を洗い終わった母が言った。今から風呂に行くのだろうから、ゴミを捨てに行くのが面倒なのだろう。

 しかしそれはこちらも同じ。寝間着で外に出るのは寒いし……ん? んん? 外に出るだと?

「わかったー」

「ごめんね、よろしく」

 玄関に置かれた大きなゴミ袋二つ。俺はそれを両手に持って外へ出る。

「あ、ちょっとそんな恰好じゃ寒いわよ」

「いいの、大丈夫」

 マッチを擦ってみたくなるような寒さを味わうのもたまには悪くないだろう? そう思っていた。思わぬチャンスにテンションが上がっているのだ。もしかしたら体温も。

 都市伝説の話は忘れようと決めたことなんてすっかり吹き飛んでいた。変にこだわって後悔するよりはいいだろう?

 猛ダッシュでゴミステーションに向かう。雪は薄っすら積もっていた。薄っすらでも、もうその下の道路は見えず辺りは真っ白だった。今が真っ白な雪の積もる夜なのだ。

 ゴミ袋をゴミステーションへと投げ入れる。そして……そして何もなかった。

 当然のことながら、少女は現れない。ざくざくという音がする雪を踏んでみるけど、特に何も起こらないし楽しくもない。

「……さむっ」

 テンションが下がった途端に寒さを感じた。こんな夜に寝間着で外に出るとか正気の沙汰ではなかった。反省しつつ家へと戻る。

 ……ざくざくという音が多い気がした。立ち止まると音は……止まない。背後から雪の上を歩く音が近づいてくる。まさか、

「……っ!」

 振り返ると知らないおじさんが歩いていた。……そりゃ道だもの、人くらい歩くよね。

 未だにどこかではテンションが上がっていたのか。冷えていく頭でそう考えながら今度こそ家へ。頭だけではなく体も冷えてしまった。

 パキッという音がした。また背後からだ。パキッ、パキッと音は止むことがない。細い木の枝を折るような音が……。その音はどうやら近づいて来ているようだった。

 マッチ折りの少女。マッチの燃え殻を折っている。優志の言っていたことを思いだす。マッチは持ち手のところまで燃えたりはしないのだから、折るとすればきっと細い木を折る音がするはずで。

 もう一度だけ、そう誓って振り返った。

「マッチ、いりませんか」

「うおっ!」

 居た。目の前に少女が居た。籠からマッチの燃え殻を取りだして折っている!

「マッチいりませんか」

「え、えーと……」

 少女は俺の胸辺りまでの高さしかなかった。男子の中では平均くらいの身長だと思うけど……たぶん少女が小さい。そしてなかなか可愛い。

「マッチいりませんか」

「あの、その……マッチ折りの少女さんですか……?」

 少女がマッチを折る手を止めた。なぜか小さな女の子相手にさん付けしてしまって違和感がすごい。

「……そうですけど」

「……!! やった! すごい!」

 下がりきっていたテンションが帰ってくる。寒さなんてもう全然感じない。

「俺、丁度今日あなたの話を聞いたんです!」

「はぁ、どうも。……マッチはいりませんか?」

 パキッとまた一本燃え殻を折りながら少女は言う。買おう、マッチくらい買おうじゃないか。

「いります、買います。いくらですか?」

「はい」

 少女は拳を突きだしてきた。……なんだろうか?

「はい。マッチ」

「え、あ、あぁ」

 手の平を差し出すと、その上で少女は拳を開いた。握られていた物が手の平に落ちてくる。……二つに折られたマッチの燃え殻。

「……え、マッチってこれ?」

「はい」

 また一つマッチを折っている。一体その籠の中にどれだけの燃え殻が入っているのか……。そして、一応彼女は客商売をしていると思うのだが、とにかく無愛想だ。

「ま、まぁいいや。おいくら?」

「お金は要りません」

「え、いらないの?」

 彼女は都市伝説、マッチ折りの少女。マッチ売りの少女の、言わば幽霊のようなもの。生前金は欲しかったはず。

「……あなたはわたしのことを知っているのですよね?」

「え、あぁ、たぶんね。マッチ折りの少女でしょ?」

 無愛想に、にこりともしない顔で彼女は言った。

「わたしを何だとお思いで?」

「何って、幽霊? マッチ売りの少女の」

 けけけ、と聞こえた。笑い声のように聞こえた。誰のものだったかはわからない。何せ少女は表情も変えず、口も大きくは開かないのだから。

「少し話しましょうか」

 そう言われて、自分がゴミ捨て中の身分だということを思いだした。あまり長く外に居るのはまずい。

 しかし……しかしじゃあこのチャンスを逃せと!?

「何を話すの?」

「わたしの話です。まぁ、どうぞ座って」

 そう言った少女は地べたに座り込んだ。俺にもそうしろと言うのか……。地面には雪が積もっていて、間違いなく冷たいし濡れる。

「……どうかしましたか?」

「いや、なんでも」

 覚悟を決めて座った。冷たかったが、思っていたほどではない。

 少女はマッチを折りながら話始める。よく見ると折ったマッチは地面に落としているようだが、地面には一つたりとも折れたマッチの燃え殻なんてなかった。

「わたしはマッチ折りの少女。……と呼ばれている者です。本当の名前はもう忘れました」

「それだけ長く居るってことか……」

 童話では天国に行ったことになっていた少女。今目の前に居るのは、成仏できなかった少女。同情の念が湧いてしまうのは失礼というものだろうか。俺みたいな、普通に恵まれたような奴の同情なんて。

「わたしは死んだ時、マッチの燃え殻を抱えるようにして死んでいました。……幸せそうな顔をして」

 童話の通りだ。でも、それなら彼女は天国に行けたはずでは? 現に今目の前に居るのだから行けなかったのだろうけど、それならどうして幸せそうな顔で最期を……。

「幻を見ました。祖母と一緒に天国に行く、幻を……。それで死んでいたわたしは幸せそうだったのでしょうね」

 表情一つ変えずに淡々と、マッチを折りながら少女は言った。

「反吐が出る」

「え……」

「幻に誤魔化されて、わたしはそんな顔をして死んでしまった。幸せなんかじゃなかったのに……。納得できないことも、恨むことも山ほどあったのに……!」

 少女の口角が釣り上がっていく。どんどん上へ、急角度に。その口角はついに目元あたりまで届いた。

「……っ!!」

 異形と呼べる形相だった。

「あんな父親のことも! 誰一人わたしを助けようとしなかった人々も! 何もかも! 殺してしまいたいくらいだったのに!」

 ぎぎぎぎぎ、と音がする。それが何の音であるかなんてわかるはずもなかった。きっと人間の物ではない。それくらいしか……。

「そう、どうせならマッチで燃やしてしまえばよかった。なのに……火を点けると夢のような光景が見えた。暖かい部屋やご馳走、最後には祖母まで。もうこんな世界誰彼構わず燃やしてやろうと思っていたのに、そんな幻を見て気が変わっていってしまった」

 聞いていた話と違う。いやそもそも、童話と違うじゃないか。少女が自分に対して理不尽な世界を恨んでいたなんて、そんな話はこれっぽっちも……。

 でも当然かもしれない。あんな環境でまだそれほど長くも生きていないのに死んでしまうなんて、世界を恨んでも仕方がない。

「最終的に私は幻になだめられたまま死にました。でも、ちょっとだけ納得しているんです」

「納得……?」

「何もかも理不尽だった世界が、わたしに復讐を許すはずなんてなかったのですよ。……それならせめて、自分を燃やすべきだったかもしれませんけどね。最後まで運命の思うがままなんて気に食いませんし」

 パキッと、そう言いながらまた燃え殻を折る。もしかしたらいくら折ってもその燃え殻は尽きないのかもしれない。

「でも、理不尽な世界や運命からも死後は解放されるみたいです」

「……?」

 もう一度、恐れながらも少女の顔を覗きこむと、元の可愛い少女に戻っていた。

 けけけという笑い声が聞こえる。

「そんな薄着で寒くないのですか?」

「え、あぁ」

 寒い、のかもしれない。今の非日常に興奮してしまってそんなこと全然気にならないけれど。

「すぐに家に戻るつもりだったのですか?」

「まぁ」

「迎えが来ませんね」

「……」

 確かにそうだ、おかしい。さすがに長く外に居すぎている。今頃母が心配して、あるいは怒って連れ戻しに来るだろうに。

「さっきのマッチ、持ってますか?」

「あぁ、あるよ」

 さっきから握っている二本の棒きれ。一つは先端が燃えた後。

「わたしが死んだ時、マッチの燃え殻を抱いていたといいます。……燃え尽きたマッチと死体だなんて、なんだか似たような物に見えませんか」

 そう言われると……そんな気がしなくもないような……。どちらも燃え尽きてしまったのには変わりない。

「憐れですね。こんな燃え殻のように死ぬなんて」

 少女はマッチを折る。折ったマッチは地面に捨てる。それはどこかで消えて、地面には何も残らない。

「それはあなたです」

「……え?」

「それです。そのマッチ」

 俺の握った拳を指差して言う。この中には、折られたマッチの燃え殻がある。

「わたしが死んだ時、わたしの命もマッチの火も全て燃え尽きていました。……あなたは?」

 ……背筋を嫌な汗が伝った。ゆっくりと拳を開くと、依然として折れたマッチはそこにあった。

「わたしが現れる時、地面には白い雪が積もっている。……では、わたしが去る時は?」

 けけけ、ぎぎぎぎぎ、異音がする。俺はもう彼女の顔を見ることが出来ない……。

「雪は何色になっているのでしょうね?」

 赤い炎が目に映った。小さな、赤い炎が。

 

 何も考えずに炎を見ていた。もしかしたらこの炎が思考を燃やしていたのかもしれない。ただぼけーっと小さく燃える赤い炎を見ていた。

 その炎が自分の手の平の上、折れたマッチから出ている物だと把握するのに相当な時間を要した気がする。

「あっつ!」

 不意に手の平に強烈な痛みを感じてマッチを投げ捨てる。地に落ちたマッチは雪を溶かし、それでなお燃え続けていた。

 少女はその炎に手をかざす。炎の放つ微かな光で見えたその表情は、幸せそうだったと思う。

「暖かい……」

「……うん」

 なんとなく俺も手をかざしてみる。暖かい。なぜか消えない炎は小さな焚き木のよう。

「ごめんなさい」

「え……?」

 少女は俺の顔を見ていた。申し訳なさそうな、見ているこちらがかわいそうになるような表情をしていた。初めに感じた無愛想なんて印象からは考えられない。

「説明しますね」

 手を炎にかざしたまま少女は語りだす。

「わたしのマッチを持った人が、死にたくないと強く願うとマッチに火が点くのです。思いが強ければ強いほど、強い火が」

 ……聞いていることしかできなかった。彼女は都市伝説、何があっても不思議ではない。

「だからこんな風に……人を怖がらせます。得体の知れない恐怖にあてられた人は死を連想して、結果として死にたくないと願いますから」

 それはそうだ。一瞬前の俺は彼女に異様なものを感じて……言ってしまえばとても怖かった。殺されるとも思ったかもしれない。いや、きっと思った。それで、もちろん死にたくないとも。

「ごめんなさい。どうしてもわたしは、この暖かさが欲しくて……」

 言葉尻が自信なさげに小さくなっていくのと同時に、地面で燃えていた折れたマッチの炎も小さくなって、最後には消えてしまった。

「ごめんなさい」

 俺は、何度も謝る彼女を不憫に思った。彼女はたったこれだけの炎を、温もりを得たいだけなのに……。

「……このマッチじゃなきゃダメなの?」

「はい。わたしが暖かいと感じられるのはこのマッチだけなので……。あの、本当にすみませんでした……」

「謝らなくていいよ。そりゃマジでびびったけど、何もされてないし」

 手の平を見ると火傷跡があったけど、これは不慮の事故だ。すぐに放るなり、初めから地面に置くなりしなかった俺の責任だ。

「ありがとうございます……でも」

「それよりさ、いろいろ教えてよ」

 キョトンした顔をされた。

「ええと、わたしの話はもう全て」

「ううん、まだまだ訊きたいことがある。いい?」

 戸惑いながらも彼女は頷いてくれた。もうマッチを折ってはいなかった。

「さっきまでずっとマッチ折ってたけど、あれはどうして?」

「あれは……演出です」

 思いもよらない回答だった。

「演出?」

「はい。自分の燃やしたマッチを折り続ける少女……不気味でしょう?」

「うーん……」

 不気味だろうか……? なぜそんなことをするんだろうとは思うけれども。

「わたしはマッチを抱いて死んでいたのですよ。そのマッチがもし全て折られていたら、何か不気味なものを感じませんか?」

「あぁ……」

 それならちょっとわかる気がする。幸せそうな顔をして死んでいる少女。その少女が抱いているマッチの燃え殻は一つ残らず真っ二つに折られていた。なんて話だったら不気味さを感じていたかもしれない。

 それでもその前までの話が全然怖くないから、不気味というよりは不思議に思うかもしれない。なぜ折れていたのだろう、謎だなぁと思うだけかもしれない。不気味に感じるのは、きっと彼女が都市伝説という体で現れるからだ。

「それにほら、折れたマッチを渡されて、わたしが死んだ時はマッチと共に燃え尽きていましたなんて言われたら、怖くないですか? まるでその折れたマッチは自分の運命のようで」

「それは思った」

 ただの折れたマッチだけれど、それを自分と深い繋がりのある物だと思うと途端に不気味に見えてくる。まるで自分も同じように折られてしまうような気さえしてくる。

「その演出の為に折っています」

「それだけのために?」

「暇つぶしも兼ねているかもしれません」

「えぇ……」

 都市伝説の少女は意外にも人間っぽさが強かった。暇つぶしなんて概念があるのか……。

「他に訊きたいことはありませんか? さっきのお詫びになんでも答えますよ」

 少女は負い目を感じている。都市伝説の真相を全て確かめるなら今がチャンスだ。

「雪の降る夜にしか現れないっていうのは、どうして?」

「その条件が揃った時にしか私の姿は見えないからです。見えないし、触れもしないので実質無いようなものです」

「……そうなんだ」

 それは寂しくて悲しいな……。自分の存在を見てもらえないなんて想像するだけでつらそうだ。誰にもマッチを買ってもらえなかった夜も、彼女は同じような気持ちだったのかもしれない。

「それと条件はまだあるのですよ」

「えっ、そうなの?」

「はい。雪の降る夜、寒さに凍えている人にしか私は見えません」

 まさかの条件一致だった。もし外は寒いからと上着を着て出てきていれば一生会えなかったということになる。突然のチャンスに舞い上がり勢いで出てきて大正解だった。

「それは俺ラッキーだったな」

「あ、ありがとうございます……」

 なぜお礼を言われたのが一瞬わからなかったが、会えてよかったと言われて嫌な人はいないかと納得した。

「もうずっと長い間こうしているの?」

「そうですね、かなり長い間。わたしが世界への恨みを忘れるくらいには長く」

 今の彼女が穏和だからすっかり忘れて油断していたが、元々彼女は恨みを持って成仏しなかったタイプだったのだった。少し身構えてしまう。

「昔は復讐したりもしましたね」

「そ、そうなんだ……」

 どんな復讐をしたのかは怖くて訊けなかった。炎で燃やされるくらいならマシな方なんじゃないだろうかと、さっきの彼女を見たらそんな気さえしてしまう。

「あれ、でもそれじゃあ復讐は満足するほど達成できたの?」

「まぁ、はい」

 それはそれで恐ろしい。一体どれほどの犠牲があったのだろう。

「えーと、こんなこと言ったらアレだけど……なんで成仏しなかったの?」

「復讐には満足したけど、それで未練が無くなったとは思えなかったからです」

「……どういうこと?」

「わたしは死んでしまう日まで、理不尽な世界を壊してしまいたいと思っていました。だから結局、死ぬ間際になってさえ生涯一度も「死にたくない」と思ったことがなかったのです。復讐を終えて、何かが足りない、未練が残っていると気づいた時に初めて自分が死にたくなかったことを思いだしました」

 ……そうか、それは確かにそういう話だった。マッチ売りの少女は死にたくないと思ったなんて話は聞かない。そんな思いを抱きながら死ぬなんてあまりに残酷だから、幻で見た祖母が救ってくれたということなのだろうけど。

 そのことさえ幻なら、死んだ後彼女が自分の気持ちに気づいてもおかしくない。それはつまり、とても残酷な話なのだけど……。

「わたしがマッチに火を点けるのもそれが理由です。たぶん最期の時は寒かったから、温もりを求めているのです。本能みたいなものですね」

「そっか……」

 最期の時は寒かった。それは客観的な話なのだろうか。それともマッチの火が見せる幻は最期の時までは……ということなのだろうか。せめて前者であってほしい。

「マッチに火を点ける方法が誰かに死にたくないと思ってもらうことなんて、きっとそれもわたしの影響なのでしょうね」

 折っても折ってもなくならないマッチ。きっとそれは彼女、マッチ折りの少女としての一部なんだ。そうだとすれば、火を点ける条件もわかる気がする。

「なるほどなぁ……。ありがとう、よくわかったよ」

 俺はその場で立ち上がった。すると少女もそれに続く。

「じゃあ、さすがにそろそろ行かないとだから」

「あ、はい……今日は本当にごめんなさい。ありがとうございました」

 少女が深々と頭を下げるものだから、なんだか居たたまれなくなってなぜか俺も頭を下げる。

「では、これで……。本当にごめんなさい」

 最後まで謝りっぱなしで少女は離れていった。妙な達成感を感じた僕は家のドアを開けようとして、

「ちょっときみ!」

 誰かに声をかけられる、というよりは呼び止められた。

「はい?」

「今までどこに居たの!?」

 俺に話しかけてるのは警察官だった。警察官の後ろにさらに何人か警察官が居て、パトカーもあって、

「え? え、え?」

行方不明の少年を発見しました。一人の警察官が通信機にそう言ったのが聞こえた。

「なるほど……」

 慌ただしくなっていく大人たちを眺めながら、少女がなぜ謝り続けていたのか理解した気がした。

 

「なぁ優志、俺マッチ折りの少女に会ったよ」

 後日、自宅でモンハンの連射弓をモンスターの頭に当てながら友人に世紀の大報告をした。

「は? マジで?」

 こういう時、どうせ冗談だろなんて言いださないのが優志の良いところだと思う。そのせいでまわりにからかわれることもあるみたいだから、本人としてどうなのかはわからないけど。

「うん。本当に会えた。俺もびびったよ」

 いろんな意味でびびった。でもそれが彼女の目的だったのだから、きっともう二度と会うことはないだろう。

「え、で、どうだったの」

「どうって?」

「都市伝説の真相だよ。マッチ折りの少女は結局どんなやつだったんだよ」

 彼女と過ごした短い時間を思いだす。小さかったし、可愛かったし、不気味だったし、怖かったし、……なによりかわいそうだった。彼女が求めているのは同情なんかではないのだろうけど。

「……まぁ、悪い人じゃなかったよ」

「なんだよそれ」

 呆れる優志に詳しく話してやった。

「小さくて可愛い女の子なんだけど、口の端が目元に届くほど上がったり、けけけとかぎぎぎぎぎとか不気味な音を出したりするんだ。しかも彼女と話してると、どうやらその間話している人は居ないことになってしまうらしい」

 俺が行方不明の少年として一瞬とはいえ捜索されていたことを優志も知っている。家出とかはしていないと言うとあっさり信じてくれた。

「怖いやつっていうのが本当だったのか」

「いや、たぶん演出だよ。ずっとマッチを折ってるのも人を怖がらせる演出なんだってさ」

 マッチを折るだけならまだしも、あの異形の表情や不気味な音まで演出するとは彼女もなかなか気合が入っている。

「演出って、じゃあなんの為に怖がらせるんだよ」

「マッチに火を点けるため」

「はぁ?」

 俺は机の上に置いてある箱を見た。あの中には少女が渡してくれたマッチの燃え殻が入っている。真っ二つに、演出によって折られた燃え殻の燃え殻。

 少女の気持ちを聞けてよかった。思い上がりかもしれないけど、心を開いてくれたとか、そんな気がした。だから俺は記念と言うか、それを忘れないように大切に置いてある。

「ま、会ってない奴に話してもわからないよ」

「なんだよそれ。あー俺も会ってみたいわ」

 会ったら死ぬほど怖い思いさせられるけどな。心の中でそう言っておいた。

「……会ってみたいか」

「ん? なに?」

「なんでもない」

 母の言っていたことを思いだす。もう何度も。

 マッチ売りの少女は童話、作られたお話。そうだ、実際にはそんな少女はいなかった。もしかしたらどこかには居たのかもしれないけれど、誰でも知っているような有名さはその少女にないだろう。

 誰でも知っている、マッチを売るかわいそうな少女。そんな少女は居ない。存在しない。それでは彼女の、マッチ折りの少女の言っていた過去とはなんだったのか。

 きっと都市伝説は人の想いが作るんだ。童話を人が作るように、都市伝説も人が作る。かわいそうな女の子を、人は作りだしてしまう。そしてそれが都市伝説ともなれば、興味本位で見てみたいと想う者が大勢出てくる。

 想いが彼女を作った。成仏できずに、マッチの火の暖かさを求めて彷徨う彼女を。そして、その彼女の過去さえも。大勢の人が作ったんだ。

 俺は願いの強さを知った。マッチに火を点けることも、少女を生み出すこともできる強さを。でも、あまり良いものとは思えなかった。

 




一部分のみウィキペディアからの引用があります。

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