ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~   作:???second

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4ヶ月ぶりの更新、待っていた方々に長らく待たせてしまい申し訳ありません。
しかしこの小説は優先順位がまだ下の方なので、またしばらく放置する可能性がありますのでご了承ください。

4月中に第3話(原作での第1話部分)を完成させるつもりでしたが、結局地の分一つ一つに時間をかけすぎて結果的にずるずる引きずってしまいました…。

と、これ以上ネガティヴなことは避けましょう。改めて今回のお話をお楽しみください。



3-3 ジンと大神

「おかしい…」

さくらの案内で大帝国劇場に到着した大神。

彼は生粋の帝国軍人としての訓練をつんできた。だから今回、配属先の通達で特務を言い渡されたときは、どんな部隊に配属されるか不安を抱え込む一方で、自分にはそれだけ重大な使命が課せられたと思うと、軍人として名誉に思えてならなかった。

だが、命令どおり上野公園の西郷隆盛像の前に来て待っていたらどうだろう。

以前その公園で起きた怪蒸気事件の際に出会った少女、さくらが配属先の責任者である米田中将の使いとしてやってきたのだ。民間人であるはずの彼女が、あの米田と知り合いで、しかも使いに現れるなんて思っても見なかった。

しかも驚くのはそれだけじゃない。

「さ、大帝国劇場へ参りましょう」

さくらが大神を連れてやってきたのは、銀座の中央にある劇場。なんとも目立つ場所に当たり前のように突っ立っている場所が、自分の配属先の拠点だという。てっきり暗号名かと思っていたが…。

疑問が積み重なる中、彼はさくらに案内されて帝劇内に。

そうしたらさらに疑問が沸いた。玄関ホールで自分を出迎えたのは、10歳前後の幼い外国人の少女だった。帝国軍人である自分の配属先にこんな小さな女の子がいるのだ。

他にも二人女性を見かけた。一人は肩と首周りが露になった大胆な和服を着た女の子、もう一人は鋭い視線を持つクールな金髪ボブカットの女性だった。

それに入り口際の売店もさくらよりも年下に見える女の子、事務所の方も綺麗な女性が二名働いていた。軍人らしい人物といえばさっきの金髪の女性くらいで、それ以外の人はとてもそれっぽいところがまるで感じられない。

一体どういうことだろう…?これは諜報活動の一環なのだろうか?

疑問に思いながら、大神は米田の待つ支配人室へと向かった。

 

 

ジンは医務室を出て、ロビーの方面へと向かった。新しくやってきたという花組の隊長が、まさかあの日…さくらを花組みに迎え入れに行った際、怪蒸気が現れた上野公園で出会った大神になるとは思わなかった。

だが、あの人は第1印象については決して悪いものじゃなかった。後は彼が、米田が求めていたとおりの男であることに期待である。

階段で1階フロアに上ると、ちょうど大神が支配人室から出たところだった。

「…?」

しかし、ジンは目を凝らして大神の顔を見る。一体どうしたのだろう。まるで魂が抜けてしまったような、というか死んでる顔だ。

「あ、あの~…大神さん?」

「…」

ジンの声にも反応がない。とぼとぼと、絶望のあまり死んだ顔を浮かべたまま、彼は上の階へ上っていった。

気になって階段を上がると、さくらと鉢合わせした。

「さくら?」

「あ、ジンさん」

さくらも気がついて、近づいてきたジンの方を振り替える。

「今の人、見ましたか?花組の新隊長の大神さんなんですけど……」

「ああ、見たよ。なんか死んでる感じがしたけど」

心配そうに、用意された自室に入った大神の部屋の扉を見ていると、大神が再び部屋の外に姿を見せる。さっきと同じ死人顔だ。違うのは、ジンと同じモギリ服を着ていること。そのままとぼとぼと、下の階に降りていった。

「重症だね……」

大神の顔を見てジンは呟く。

「何かあったのでしょうか?」

「うーん……もしかして……」

「ジンさん、何か心当たりが?」

「あやめさんがさっき出る前に言ってたんだ。新しい隊長が、ただ優れているかどうかじゃなくて、花組を…てこの帝劇を愛せるかどうか試すって」

「試す……ですか?」

「多分そのために、大神さんに嘘をついて見たんだと思う。ここはただの劇場、それ以上でも以下でもないって」

ジンは、米田から大神がどのように言われたのか予想する。

その予想は、実際に当たっていた。

帝国軍人というものは国のために命をかけることを誇る。それができないとなると納得できないものだ。まして娯楽に興じるなんてもっての他。

しかし米田は、大神は士官学校の上官からその優れた才覚を妬まれ、ここへ左遷されたのだと言い放ったのだ。ならばなぜ先日の、海上で行われた新兵器実験で顔を出したのか大神が尋ねてくると、実はあれを最後に軍を退いたのだと語った。

帝国軍人として名を馳せたことがある米田が、まさか本気で帝国劇場の支配人をやって、昼から酒を片手に飲んだくれてるとは思わず、大神は当然反発した。だが直後に、軍人の基本「軍人は上官の言葉に従うべし」をつき出され、大神は表情からあからさまに不満を露にしていたものの、米田から言いつけられたモギリを任されたのである。

「米田支配人も意地悪ですね。もっと違うやり方もあったかもしれないのに」

「僕たちは魔の存在から人を守らないといけないから、妥協してる場合なんかじゃない。だから米田さんは……」

大神が降りていった一階の吹き抜けを覗き込みながら、ジンはさくらに言った。

「じゃあ 僕は大神さんのとこに行くよ。同じモギリだし、やり方教えてあげないと」

「お願いします」

これも命令の内だ。ジンは下に降りて大神の元に向かった。

 

大神はさくらに続いて、ジンとも再会を果たしたことに驚いたが、そんなものは最初のうち。馴れない活動に、この日は悪戦苦闘に陥った。

「おい兄ちゃん!早く切符切ってくれよ!」

(んなこといっても、今日がはじめてなんだぞ……!)

帝劇は毎日、長蛇の列。入場券を切るのも一苦労だ。大神はハサミで切符を切るのに手間取り、来場客はイラつきを募らせる。

「大神さん、力みすぎです。力を抜かないと手を切りますよ」

横からジンが大神にアドバイスを入れるも、この長蛇の列を処理しきれる早さには至らない。

「ったく、いつまで待たせんだ。こうなったら先に」

ついにはしびれを切らして前の人たちを抜こうと、列を乱そうとする人もいる始末だ。

「お客さま、いけません!列を守って…!」

彼らは銀座界隈を取り仕切るギャング団の三人組だった。ジンが慌てて客を引き留めに入労としたとたん、同じくそれを見かねた大神がジンよりも先に飛び出す。

「こ、こら貴様!何をしている!!」

だが、言い方がまずかった。卒業したばかりで海軍時代の名残からか、彼はついそれらしい高圧的な口調でギャングたちに突っかかってしまう。当然これに、ギャングのような乱暴な者が癇に障らないはずがない。

「このウスノロモギリ!俺たちは客だぞ!その客に向かってその態度はなんだ!」

「貴様らこそ、列を…!」

「大神さん!!」

互いに反発しあうギャングと大神の間に、ジンは強引に割って入った。そして客のギャングのほうに向き直り、必死に頭を下げながら謝罪する。

「すみません!この人、今日入ってきたばかりの新人の方なんです。多めに見てあげてください。…ほら、大神さん、謝って!」

「も…申し訳ありま…せん」

ジンはすぐに大神の背中を軽くたたき、謝罪を促す。大神もとりあえず頭を下げて謝ったが、その表情は完全に納得のいっていない様子だった。

だが、さらに大神を追い詰めるような声がとどろく。

「あ~この兄ちゃん新入りだろ!切符の切り方も知らないでやんの!」

大神の切符切りの拙さを見て、すぐ近くの子供が指を刺して笑ってきた。大神はギャングたちからの応対に続いて子供の生意気な言葉に内心、なんて生意気なガキなんだとカチンときた。いっそ睨み付けてしまおうかとも思ったが、相手は子供で自分は大人、それも海軍少尉だ。なんとかぐっとこらえた。

「こらこら坊や。大人に向かってそんなこと言っちゃだめだよ。切符だよね。僕が切るから貸して」

大神が内心怒っているのに気づいたジンは、やんわりと笑みを浮かべながらフォローに入る。大神がまだギャングともめたことでのほとぼりが冷めていないので、自らが代わりに切符を切るのだった。

 

 

モギリの仕事を一段落させた後、大神は帝劇の裏で、ゴミ箱を乱暴に蹴った。

「なぜだ、なぜ俺がこんなことをしなくちゃならない!」

誇り高い軍人として、彼は士官学校で厳しい訓練を潜ってきた。その甲斐あって首席で卒業することができた。それだけ頑張って来たのだから、それに見合うだけの場をもらい、この国の平和のために戦うことができる。そのはずだった。

それなのに…劇場のモギリだと?客として来た子供やチンピラからも馬鹿にされるわ、やってられるか!

「俺はモギリなんかじゃない…海軍少尉…大神一郎だあああああ!!!」

大神が悔しさと怒りを滲ませた叫びを放った時、雨が降り始めて彼を濡らした。

 

 

窓からそれを偶然見かけたジン。これで本当によいのだろうか。彼は帝国歌劇団の単なるモギリにされていることに相当不服なのが丸わかりだ。

「どした?」

通りがかってきた米田がジンを見つけ、近づいてきた。彼が見ている窓の外の路地裏を見ると、大神が雨に濡れて悔しがる姿を見つける。

「…米田さん、本当にこれでいいんですか?大神さんに、僕らの本当のことを話さないままで」

さくらには一応ああ言っておいたのだが、これでは大神がかわいそうじゃないか。そう思えてきたジンが米田に言う。

「少なくとも彼は帝劇の仕事を放棄するような人じゃない。それがわかっただけでも、十分じゃ…」

だが米田は真剣な険しめの表情を浮かべる。

「いいや、仕事をこなす程度で勤まるものじゃないんだ、俺たちは。お前だって、記憶を失っているとはいえ、あの馬鹿でかい降魔共と戦って見てわかるだろ?

花組の隊長に必要なのは、もちろん実力は必要さ。けどそれだけじゃねぇ…」

「この帝劇に対する愛情も必要…でしたよね」

「おお。けどこの程度じゃあまだその愛情があるとは言えねぇよ。ましてや、ゴミ箱にあ八つ当たりしちまう内はな」

窓の外で、自分が蹴っ飛ばしたゴミ箱を見下ろす大神を見ながら米田はそう言った。

「けどま、俺もこのまま冷たく試し続けて、せっかくの人材を手放すのも、ちと間抜けな話だって思うからな。ジン、そこはお前がなんとかしてやってくれ」

「僕がですか?」

どこか丸投げしているようにも聞こえる言い方であるが、米田は自分から大神のために動くわけにいかない理由を明かす。

「俺は司令官って立場にあるし、それにちと野暮用も多くてな。大神をここに留めるために俺がでしゃばるわけにもいかねぇだろ」

「それは、まぁ…」

「まぁ心配すんな。あいつは山崎よか聞き分けがいいはずだ」

「山崎…山崎さんのことですか?」

米田の口から聞くと、おそらく米田とあやめ、そして今は亡きさくらの父『一馬』と同じ対降魔部隊の一人だった男の名前だと気づく。

「まぁな。あいつは一馬とは違った方向ではあったが、真面目で一途な奴だったからな」

「……ゆえに、危なっかしいところもある人だった」

「…ッ」

米田は目を見開く。その視線に気づいて、ジンは少し苦笑いを浮かべる。

「なんとなく、そんな風に言ってきそうな気がしました。顔も思い出せていないんですけどね」

「こいつは、思わせぶりなこと言いやがって…」

てっきり記憶が少しでも戻ったのではと期待したが、そうでもなかったらしい。いたずらっぽい笑みを見せてきたジンに、米田は少し恨めしさを混じらせた笑みを返した。

「とりあえずジン、明日暇になったら大神の奴を手伝ってくれ。大道具の修繕と厨房の買出し、ついでに酒屋で俺の酒もな」

「お酒くらい、帰り際に自分で買ってくださいよ…」

ため息を混じらせながらジンは言い返した。

 

 

 

次の日からも、大神の未だ諦めきれない希望とは裏腹に、帝劇での仕事はこの日もあった。

この日の舞台のため、大神はジンと共にモギリの仕事に勤しんでいた。後でかすみたちから頼まれている伝票整理も、ジンに付き添われる形で手伝うことになっている。

「すみれさんは今日も素敵な演技を見せてくださるでしょうね」

「そうね。私今回で5回目よ」

耳を済ませると、今回もまた行われるすみれとマリア主演の『椿姫の夕』を、何度も見て、今回もまた見に来たという人たちの声が聞こえてくる。

「あたしは、奏組の人たちの演奏も聞きたくて…」

「マリアさんもかっこよくて素敵だけど、あの人たちもなかなかのハンサム揃いよね」

中にはこんな意見もあった。大神も奏組と呼ばれる団体のことは少し聞いている。どうやら演奏を担当している人たちらしく、大半が容姿端麗な男性で占められているらしい。

「はい、ありがとうございます。そのまままっすぐあちらの扉へお進みください」

大神はちらっと、向かい側のジンを見やる。彼は常に笑顔を保ちながら、客から差し出された切符を切って返し、通していく。初日と比べて自分も切符を切れるようになってきて、今日も今のところ自分の切符切りの腕に文句を言う人はいない。

これで本当にいいのか?俺はこんなところで、暢気にモギリをやっている場合なのか?だが自分は軍人、命令には逆らうべきじゃない。だがこうして切符を切って雑用ばかり。そんな答えの見えない自問自答ばかりを繰り返す。

「おいおい、兄ちゃん。手が止まってるぜ」

「え?」

ついボーっと一人思案していたところを、声をかけられて顔を上げる。そこには先日のあのギャング三人組が並んでいた。

「あちらさんの兄さんを見てみろよ。今のあんたと違って、笑顔にあふれている。ほかの客さんたちも、あの人の笑顔に釣られて笑顔になってる」

ボスの男が、先日の不機嫌さと違い、年上の余裕さと寛容さを備えながら大神に言った。

「いいかい、ここは劇場なんだ。日々の苦労を忘れ楽しむためのワンダーランドなんだ。夢の入り口で、んな陰気な顔するもんじゃないぜ?」

言われてみて、大神は確かに…と彼らから強い説得力を感じた。

その後、少しの間なぜか笑顔の浮かべ方をご教授された大神だった。

 

笑顔…結局頑張ってもこの日は心がこもりきっていない愛想笑いしか浮かべられなかった。

ボスからは「しっかり笑顔を作れるようになれよ」と励ましの言葉を送られたのだが、今の彼には心から笑うことが難しかった。

さらにはかすみや由里の事務仕事、さらにすみれの買い物の手伝いだのなんだの…モギリに限らずただの雑用係だ。

国のため、そこに生きる人々を守るために戦うはずだった自分が、劇場のモギリ。長年望んでいた軍人としての道から一転して公共施設の一般職員に成り下がったのだ。まだショックから立ち直りきれていなかった。

 

その夜、大神はさくらから、米田からの命令で夜の見回りを伝えられ、二人で夜中の暗い帝劇を歩き回っていた。

「大神さん、まだ元気がないですね。大丈夫ですか?」

「ありがとう、さくら君。俺は…平気だから」

あまりそうには見えない。初対面で見た時の凛々しさがなかった。

少し歩いてると、テラスの前で外を眺める人物が目に入る。

「誰だ?」

消灯時間が近い時間なのに、誰かが歩き回っているのだろうか。もしかしたら、どこからか侵入者が出たのだろうか。少し警戒しつつ近づくと、そこに立っていたのは見覚えのある男だった。

「あれ…大神さんに、さくら?」

「その声、ジンさん?」

少し暗くなっていたせいもあってすぐにわからなかったが、さくらは声で、ガラス窓の前に立っているのがジンだとわかった。

「こんな時間に、いったい何をしてるんだい?」

「外を見てたんですよ」

大神がそれを尋ねると、ジンは外のほうを指差して答えた。二人もジンの指差した方角の景色を眺める。さくらはそれを見て、わぁ…と声を漏らした。

外に広がる銀座の夜景が目に入った。数多の数街頭の光が夜の銀座の街を照らしている。それはあたかも夜空の星のようにも見えた。

「綺麗…あたし、この景色大好きなんですよ。美しく見せるためじゃなく、あくまで町を照らすためだけの光なのに、一つ一つの光が一緒になってこんなにも綺麗に輝いてるんですよ。あたしも、舞台の上ではこの光の灯のような、強くて暖かい光でありたいって思ってるんです」

「そっか、さくらもこの光が気に入ってるのか」

自分以外にも、この銀座の夜の灯を気に入っている人がいることに、ジンは微笑を浮かべる。

「僕の場合、この景色を見てると…懐かしい気持ちがこみ上げてくるんだ。こんな星の光に包まれたような…そんな場所を、昔どこかで通ったことがあるような気がする。

だから、屋根裏部屋の一部を敢えて僕の私室にしてるんだ。すぐに夜空の星を見ていられるように」

「ジンさん…」

さくらは、以前にジンには過去の記憶がないことを聞いていた。過去がない、亡くなっているとはいえ敬愛する父である一馬を持っていた自分には考えられないことだ。もし自分に過去の記憶がなかったら、父を慕い、こうして帝都に上京して父の意思を継ぐなど考えられなかったに違いない。それだけに、ジンの過去の記憶がないことを不憫に思った。

一方で、大神はその美しい夜景を見ても、晴れやかな顔を浮かべられなかった。ジンはそれを見て、なんとなく大神が何を考えているのか察した。

「あ…ところで、二人は夜の見回りでしたよね?そろそろ行かれた方がいいと思うんですけど…」

「あ…そうでした。すみません大神さん。お時間とらせちゃって」

「いいさ、それよりジン、君も夜は遅いし、もう戻ったほうがいい。ついでに部屋まで送るよ」

「ありがとうございます。なら、お言葉に甘えて」

話を切り替えるように話してきたジンから見回りのことを思い出し、二人はジンも加えて夜の見回りを再開した。

ふと、サロンを通りがかったところで、そこのテーブルの上にあるものを見つけた。

「これは…」

近づいた大神はそれを手に取る。

「新聞ですね。米田支配人がうっかり置きっぱなしにしてたんでしょうか?」

さくらもその新聞が気になったのか、横から新聞の記事を見る。

記事には、写真つきで大きくこのようにふられていた。

 

『降魔戦争の救世主再来』

 

写真には、赤い巨人に変身したジンと、前回の敵だったデビルテレスドンの殺陣の一幕が写されていた。

赤い巨人の登場で降魔の驚異から帝都の人々が救われたこと、これからの未来に帝都の平和が約束されたのだと大々的に記載されている。ジンは少し照れくささを覚えた。

巨人の正体がすぐ脇にいる少年であることを知らない二人は記事に目を通していく。

「あの時の赤い巨人ですね…すごいですね。新聞でもすぐに、こんなに大きく掲載されてるなんて」

「さくら君たちは見たことがあるのかい?」

「はい。この眼で直接見たことがあります」

米田からの頼みもあり、赤い巨人を初めて見たのが、さくらが花組としての初出動の際のことだとは言わなかった。

「それにしても、この巨人はいったい何者なのでしょうか?みんな、この巨人についてはすごく気になっているみたいですよ。

でも、まさか…降魔戦争でもこの巨人が姿を見せていたなんて、初めて知りました」

赤い巨人のことについては、さくらに限った話ではなかった。帝国華撃団のメンバーたち全員が気にしていたことだ。突然現れ、巨大な降魔を倒し、帝都とそこに生きる人々を救った…『救世主』。あの時、さくらたちもまたあの赤い巨人に命を救われた。しかも記事の見出しのとおりだと、

(米田さんたちが言っていたとおり、僕もあの時…)

米田やさくらの父一馬、あやめ、そして顔もまだ思い出せないが、山崎という男とともに降魔戦争に参加していたのか。記憶こそ回復していないが、新聞でもここまで取り上げられているなら、間違いない。

「……俺は、いったい何をしているんだ…」

「大神さん?」

大神は、表情を曇らせながら口を開いてきた。どこか怒っているようにも聞こえる低い声だった。

「俺は軍人だ。国と国民のために武器を取って戦う…それが俺の誇りだ。軍人であることを無くしたら、俺には何も残らない。

なのに、俺はここで雑用をさせられて…帝都にはすでに降魔や怪蒸気の驚異が迫っているというのに…!」

新聞が今にも破れてしまいそうなほど、強く握り締めながら大神は悔しさに顔を歪ませた。こみ上げてくる怒りが、溜まり過ぎてダムを決壊してしまいそうなほどの激流をあふれさせる水のように湧き上がっていく。

「俺は、この赤い巨人のように…人々のために戦うことさえもできないのか…本当は俺のような国の軍人が平和のために戦わねばならないはずなのに…俺はいったい、いったいなんのために海軍を卒業したんだ!!!」

我を忘れた大神は、ついに新聞を床の上に叩きつけて怒りをぶちまけてしまう。こんなことをして、どうにもならない。そんなことわかっている。だが…そうとわかっても、何かに当たらずに入られなかった。

ジンとさくらは、大神の怒りの怒鳴り声に思わず身を強張らせる。大神は自分の発した怒鳴り声を認識すると、自分の顔を覆って自己嫌悪に陥る。

「…すまない二人とも、つい大声を出してしまった」

「…いえ、いいんです。大神さん。あたしは気にしてませんから…」

戸惑いが露になっていたさくらだが、少し慌てた様に両手を突き出して首を横に振った。

ジンは、背を向けたままの大神から、彼が今の自分に強いもどかしさを覚えているのを感じ取っていた。

「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。一応一通り帝劇内を見て回ったから…」

重苦しいオーラを背中から発しながら、大神は自室へと戻っていった。

「大神さん…」

すぐにでも、この帝国歌劇団こそが、彼が求めていた戦いができる『帝国華撃団』そのものだと言えば、きっと彼は元気を取り戻す。…しかし、米田はまだ大神に明かしてはならないと、大神を除く帝劇全員の面々に口止めしている。

軍人というものは、自国のためなら命を捨てる覚悟も求められる。しかし花組の隊長は、人の命を勝利のために犠牲にするような戦いを繰り返してはいけないのだ。

大神が花組の隊長としてふさわしい器…ただ戦い部下の指揮を執るためだけの隊長ではなく、この帝劇の日常を愛するにふさわしい男かどうかを見極めるために。

そうでない場合は、『大神にこの帝劇を好きになってもらう』ことが必須だった。

 

そこで次の日、ジンはモギリの仕事を終えた後、大神に一緒に舞台を見るように促した。

この日もすみれとマリアを主演とした椿姫の夕。

元々興味を抱いてなかった大神だったが、すみれの普段のわがままお嬢様っぽさ、マリアの冷たいオーラからは想像もつかない見事な演技力に強く惹かれていく。

クライマックスも経て幕を閉じ、この日も大盛況だった。

「どうですか、大神さん?」

ジンはこの日も成功して安心し、横にいる大神を見る。

「…すごいよ。彼女たちの舞台にこんな力があるなんて…」

大神は、涙を浮かべながら拍手していた。

内心では、男であり軍人でもある大神は、女子供の大衆娯楽だと、どこか小馬鹿にしているところがあったと思い、実際に見てもいないでそのように決め付けていた。だが彼女たちの椿姫の夕のクライマックスが近づくにつれ、最後の悲しい結末を見てついに涙腺が崩壊したのである。

すばらしい。その一言だけで片付けるのももったいないくらいだ。

こんなにすばらしい舞台を見せる力が彼女たちにあるなんて。もっと彼女たちの舞台を見たいと思った。明日も、その次の日もずっと…

…ふと、大神にあるものが脳裏によぎる。

夜の見回りのときに見つけた新聞記事の一面。そこに記載されていた、八年前の降魔戦争で争いあっていたと聞いていた赤い巨人と、再来した人類の脅威『降魔』。

 

(…もし、あの降魔がここに現れたら……)

 

 

 

その翌日だった。

 

 

 

「帝劇を出る!?」

突然の大神の言葉を聞いて、ジンは声を上げた。

このとき、花組たちは稽古のために一足先に起床して稽古に励んでおり、二人だけで食堂で朝食をとっていた。そんなときに突如、大神はまだここに配属されてから1週間くらいの日数しか過ごしていないのに、ここを辞めると言い出してきたのだ。

「今すぐと言うわけではないが、近い内に支配人に辞表を出すつもりだ」

「あの見回りの日から、ここ二三日…様子がおかしいと思っていたけど…急すぎませんか?」

「そうだな…すまない。けど、俺はこれ以上、こんなところで暢気にモギリなんてやっている場合じゃないと思うんだ」

「そんなにモギリが、嫌なんですか?」

その通りだとしたら、マリアの場合愚かしいと罵っていただろう。

「いや、…そうじゃない。この帝都が平和ならむしろモギリでもなんでもやるさ。軍人が戦う必要がないということは、それだけ平和なことであり、俺たちが最も求めているものだ」

食事を終え、大神は箸を置いて申し訳なさそうに言った。

「だが、8年前の降魔戦争…その悲劇がまたこの帝都で繰り返されようとしている。俺はこの日本のためにも、国を守る軍人として立ち上がらないといけない。

この劇場で、花組のみんなが素敵な舞台ができるようにするためにも」

「大神さん…」

決してモギリや雑用を、軍人であることを言い訳にくだらないプライドを出して嫌がっていたわけではない。彼なりにこの帝劇と、そこにいる皆のことを考えた上で結論を出していたのだ。昨日の椿姫の夕が、逆に大神に「彼女たちが平和な帝都で素敵な舞台を続けられるようにする」ために帝劇を出る決意を固めさせていたのだ。

「でも、当てはあるんですか?」

「正直、ないよ。だが少しでも、この国を守るためにできることを探し、力になりたいんだ。だからまず、士官学校の伝をたどってみるよ

それに…米田支配人のこともある」

「米田さんのこと?」

何か思うところがあるというのだろうか。ジンは米田に対しては、記憶を失い身寄りのない自分を拾ってくれた恩もあるし、自分が持っている赤い巨人の力についてもわかってくれた上でここにおいてくれた人だ。そんな人に、大神がどんな不満を抱いているというのか。

「あの見回りの日、新聞で降魔と赤い巨人の戦いを記載した記事があっただろう?俺はこの国を守るために士官学校の訓練をがんばってきた。

この国を守るのは、本来この国の人間でなければならないと思っている。だから、あの赤い巨人のような正体不明の存在に、帝都の人々が頼りにし、よりどころにしているのは好ましく思えない。それは米田支配人が百も承知していたはずだ。

だからいても経ってもいられなくて…一昨日米田支配人にかけあったんだ。軍に戻してくれ、と。だがあの人は酒を片手に…」

 

『俺はもう軍を辞めた身なんだぜ。もう殺し合いなんざまっぴらだ。

そういうのはお偉いさんどもに任せとけ。俺たちにできることなんざ何もねぇからよ』

 

おそらく、当初の方針通り大神を試すために一芝居を打ったための虚言だろう。この帝劇の正体を知るジンはすぐに、大神が気づいてないことを察した。

さらに大神は続ける。

「あの人はかつて陸軍きっての戦略家と呼ばれていた名将だったんだ。それなのに…降魔の脅威にさらされておきながら、かつての自分の行いを忘れ、人事のように昼間から飲んだくれて…正直、幻滅したよ」

「………」

役職も階級も、士官学校を首席で卒業したこともどうでもよく、平和のために働くことができることが純粋に喜ばしかった大神にとって、米田が彼の前で取った態度が許せなかった。

…だが、それはジンも同じことだった。いくら大神が何も知らされてないとはいえ、恩人である米田のことを悪く言ってきた大神に向けて、怒気を混じらせた声を発した。

「…大神さん、あなたは米田さんのことを何も知らないからそんなことがいえるんです」

「何?」

大人しげな口調から一転して、強気な姿勢と態度で自分を見てきたジンに、大神は彼を見る。目つきが、まるで歴戦の戦士のごとく鋭くなっていた。

「降魔戦争、圧倒的力と数を誇る降魔を相手に、あの人は自ら前線に立って帝都を救おうとした、数少ない戦士の一人だったんですよ」

「なに…!?」

「しかし、降魔戦争であの人は守りたかった帝都の人たちも、仲間も、何もかもを失ってきました。それでも帝都…いや、この地球の人類のために、あの人は命がけで最後まで戦ってきたんです」

記憶を失う前の自分もまた、米田たちと共に戦ってきたからなのかもしれない。今は記憶はなく、今話した情報も米田とあやめからの受け売りだが、ジンは強く確信していた。

「そんな馬鹿な!嘘だ…米田支配人は一言もそんなことを言ってなかったぞ。それに降魔戦争の文献にだって、そんな記録はなかった!米田中将が、前線で戦っていたなんて…」

信じられない様子で、大神も反論する。降魔戦争について、士官学校でも学んだことがあるし、ほんの8年前のことだから、まだ記憶に新しく、帝都はおろかこの日本では過去に例を見せていない最大級の災厄だった。それほどまでの災厄に米田がかかわっていたというのなら、軍人でなくとも誰もが、米田の名前と勇士を知っているはずだ。

「…まぁ、それを抜きにしても、僕にとって米田さんへの心なき侮辱は許しがたいことです。あの人は、身寄りのない僕をここに置いてくれている恩人なんですから」

「身寄りが、ない?どういう…」

どういうことだ、といいかけたところだった。放送スピーカーから鉄琴の音が鳴り、かすみの声が聞こえてきた。

『米田ジンさん、至急支配人室へお越しください』

どうやら米田本人からの呼び出しのようだ。ジンは意思から腰を上げ、再び大神を見る。

「大神さん、ここを出るというなら、その前に米田さんへの侮辱の言葉だけは、撤回してください。では…」

そういい残し、ジンは大神の前から去っていく。

取り残された大神は、ジンの言っていた言葉に惑わされていた。

降魔戦争という、帝都の過去最大の災厄で戦ってきたという身でありながら、劇場の支配人として昼間から飲んだくれている姿ばかりの米田。そんな米田に幻滅した自分に怒りを見せてきたジン。そして彼は身寄りがなかったところを米田にこの帝劇へ置いてもらっていると…。

「どうなっているんだ…?」

わけがわからず、その場で大神は頭を抱えた。

 

 


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