ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~   作:???second

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4-3 非道なる刹那

帝都中央区、築地。

その河口付近の廃屋街は混乱に満たされていた。

絶望と恐怖の悲鳴が轟き、それを脇侍たちが暴れまわってさらに煽り立てていく。

「付近の住民の避難を急げ!誰一人逃げ遅れがない様にしろ!!」

現場には、マスクで素顔を覆い、黒いボディスーツで身を纏った男性の部隊が、現地の避難誘導を行っていた。

この部隊は、帝国華撃団・月組。普段は黒子として花組の舞台を裏で支える裏方役の一つなのだが、各地に派遣され敵地への偵察と情報収取を行うのが本来の任務だ。

今は、花組が到着するまでの間の現地の住民の避難誘導をしている。

当然ながら、奏組がそうであるように、月組も十分な霊力を持っていないので光武を操縦できないので、戦闘面においては花組が現れるまでの時間稼ぎを行い、可能な限り被害を最小限にとどめていた。

 

 

「オンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタオンキリキリバサウンバッタ…」

築地本願寺。

そこに、黒之巣会の死天王の一人『蒼き刹那』が怪しげな呪文を詠唱していた。目の前には彼の巨体よりもさらに大きな楔が地面に突き刺さっている。

脇侍たちには、帝国華撃団に儀式の邪魔をされぬよう適当に暴れさせている。その間に楔を打ち込んでいた。

楔は、刹那が怪しげな呪文を唱えている間に、地中深くへと沈められていった。手早く楔を打ち込んだ刹那は、ある廃屋の屋根の上から、脇侍たちが現地の住民を追い回すのを、月組が住民の避難をしつつ脇侍たちと対峙している様を観察し始めた。

「……あーあ、なんかつまんないや」

月組では、一体倒すだけでも数人がかりなうえに苦戦を強いられていた。すでに何人もの負傷兵が出つつある。刹那はそれを見て退屈そうにあくびした。

「あの程度の弱い連中じゃ、腕の比べっこは期待できないね。だって弱すぎるもん。僕一人で真正面から出向いても勝てそうだけど、あんな雑魚なお兄さんたちと馬鹿みたいに戦っても面白くないしなぁ…」

刹那は脇侍たちの戦闘に目もくれなくなり、帝都の方面を眺め始める。

「早くおいでよ、帝国華撃団のお姉さんたち……」

たっぷり、いたぶってあげるからさ…

赤く染め上げている鋭利な爪を舐めながら、待ち遠しそうに刹那は待ち続けた。

 

 

 

 

 

大帝国劇場地下。帝国華撃団本部・作戦指令室。

「全員揃ったか?今から作戦会議に入る」

米田が、大神たち花組が揃っているのを確認すると、風組隊員服姿のかすみたちから現地の現状が伝えられる。

「現在、築地廃屋町の築地本願寺を中心に脇侍による破壊活動が確認されました!」

「先行している月組が脇侍のけん制と住民の避難誘導が行われております!」

「ですが、予想を超えた脇侍に苦戦を強いられ、二部隊の負傷者が出始めています!」

「聞いたな大神?すぐに花組を率いて現場に向かってくれ」

「了解!帝国華げ「待ってください大神さん、米田指令!」な、どうしたんだいジン?」

大神がすぐに花組の面々に向き直り、出撃命令を下そうとしたが、それをジンが遮った。大神たちと同じ模様の、色がグレーの隊員服を着こんでいる。

「確か築地は轟雷号のルートから外れてしまっていたはずです!」

「あ、そうか!そうだったな…しまった…!」

ジンの言葉で大神も気づいた。轟雷号は特殊とはいえ列車であることに変わりない。レールから大きく離れた地点へ到着するには時間がかかりすぎる。光武の速度を考えても、到着までの間に被害が拡大してしまう。

「案ずるな二人とも、今回は翔鯨丸を使う」

「しょうげいまる?」

「あたしも初めて聞きますね」

聞き覚えのない単語に、大神、さくら、ジンの三人が目を丸くする。

「轟雷号のルートから大きく外れたエリアへの出撃を必要とする際に、光武を現地まで送る飛行船です。後日合流予定の紅蘭も設計に携わっているんですよ!」

「そんなものまであるのか!」

由里の説明をも聞いて三人は驚く。光武輸送のための飛行船となると、資金も技術力の高さも相当なはずだ。自分たちの所属する組織が思った以上に強大なものと痛感させられる。

「アイリス、まだお留守番…詰まんないの」

「紅蘭が戻ってきたら、その時に光武も輸送する予定だ。今は我慢してくれよ、アイリス」

「留守番は僕だって同じだ。一緒にここで大神さんたちを見ていよう」

「はぁーい」

アイリスもこの部隊に所属する以上、一緒に大神たちと並んでいたいと思っている。光武がない以上、アイリスは出撃ができない。ジンも帝国華擊団の一員だが花組の隊員ではないので光武の予定はないので同じだ。仕方なく米田の言う通り我慢するしかなかった。

「さあて、久しぶりの喧嘩だな。派手に暴れてやるぜ」

「ちょいとカンナさん、空手の試合じゃないんですのよ?」

拳をぱきぱきと鳴らして張り切るカンナに、すみれは呆れたように言う。

「そうか、カンナは今回が久しぶりの出撃だったな。存分に力を振るってくれ!」

「おうよ!あたいも隊長の戦いぶり、とくと拝ませてもらうぜ!!」

「では少尉、出撃命令を!」

マリアが号令を促し、頷いた大神は隊員たちに命令を下した。

「帝国華擊団・花組、出撃せよ!」

 

 

 

格納庫に向かった花組は、一斉に各光武へ搭乗。

彼らが光武に乗ったことを確認した風組の三人もすぐに出撃支援にかかる。

「蒸気機関、転換!」

「各部への動力伝達、開始!」

「花組全光武の収納、確認!」

作戦指令室から移動したかすみ、由里、椿の3人は、これから操縦する機体の操縦室に到着。今回は米田も話した通り、轟雷号ではなかった。

操作盤を操作、花組の乗る光武が轟雷号に登場する時と同じく、レールを通して今自分たちが乗っている機体へ収納した。

 

そしてその頃、浅草・雷門前。

『緊急警報、緊急警報!付近の住民の方は直ちに避難してください!』

大賑わいだった浅草だが、かすみの声で発せられたその警報で一気に住民たちの警戒が高まった。また脇侍などの怪蒸気や、例の巨大降魔が出現したのではと騒ぎ出し、雷門の周辺から逃げていく。

次々と人々が避難していくと、雷門通りに衝撃的な事態が起きた。

「み、見ろ!地面が…!」

男性の一人が、離れた地から雷門通りを指さして大声を上げる。

 

信じられないことだった。雷門通りの地面が、通りの建物ごと、箱のふたを開くように次々とひっくり返っていったのだ。

帝劇本部からモニター越しにそれを確認しつつ、風組は次なる作業に入る。彼女らが操作を続けていると、ひっくり返った雷門通りの地下にむき出しとなった、広大な鉄板が二つに分かれて開かれる。

開かれた地面の下から現れたのは、雷門通りよりもさらに巨大な飛行船だった。街の人たちは、地面から突然バカでかい鯨が現れたと仰天し、騒ぎ出した。

 

これが、轟雷号では届かないルートへの出撃対策として帝国華撃団が保持している武装飛行船『翔鯨丸』である。

 

「空路確保!」

椿がかすみ、由里に目を合わせ、二人も頷く。

「「「翔鯨丸、発進!!」」」

 

雷門通りの空から飛び立った翔鯨丸は、築地方面へと向かって進行を開始した。

 

 

 

 

「なんだよ、意気込んでた割にお兄さんたち弱いねぇ」

「く…」

「でも意外。君たちの服、特別製みたいだね。僕の爪なら手足を簡単に撥ね飛ばせるのに」

築地の戦場では、すでに月組が刹那と接触、交戦していた。だが、刹那の方が彼らよりも遥かに強大だったため、手も足も出せなかった。刹那の後ろにも脇侍はいるが、一体も月組に攻撃を仕掛けてこない。刹那に遊ばれているのだ。脇侍は刹那の護衛の役目を担っているのだが、脇侍がなくとも月組の霊力では刹那の敵ではなかったのだ。

「ねぇ、せっかくこっちが手加減してあげてるんだから、もっとあがいて僕を楽しませてよ?」

刹那は、目の前で跪く月組隊長を見下ろしながら、その顔を爪でなぞってほくそ笑む。軽く爪で撫でただけなのに、マスクの上から月組隊長の頬に切り傷が出来上がっていた。

「隊長!!」

そんな月組隊長の危機を救おうと、一発の銃が刹那と月組隊長の間を突き抜ける。邪魔をされて期限を損ねてたからか、不満げに少し顔を歪めた刹那が右を向くと、一人の月組隊員が刹那に銃を向けている。

「っち、雑魚のくせにいっちょ前に……」

刹那は前髪に隠れたその目をクワッと見開く。すると、銃を向けてきた隊員が突然、突風に襲われたかのように後ろへ吹っ飛ばされ、彼の背後に建っている倉庫に追いやられる。

「舟木!!」

月組隊長が、隊員の名を叫ぶ。

今の衝撃で吹っ飛ばされた舟木隊員は、外からの日のささない暗い倉庫の下敷きになっていた。なんとか辛うじて這い上がり、今の自分の場所、そして敵である刹那の姿を確認しようと周囲に目を向ける。外からの光は、入口と、隣にある、自分が吹っ飛ばされたことで出来上がった壁の穴から差し込まれている。だが穴と入り口の方に、刹那の姿はない。月組隊長の目の前からいつの間にか移動をしていたのだ。

舟木は銃を構え、周囲の暗闇の中もくまなく見渡して刹那の姿を追うが、やはり見当たらない。一体どこへ隠れたのか。

ふと、舟木はあるものを目にした。

倉庫の中に、ひとりでに何か物音がするのが聞こえた。刹那がそこから狙っているのかと警戒し、舟木は銃を向ける。だがそこにいたのは刹那ではない。

大人しそうな、まだ10歳にも満たない幼い男の子だった。

「君、大丈夫かい?」

「あ、う…」

さっきまでこの築地に脇侍があふれ、人を襲っているのを目にしたせいだろう。男の子はひどく怯え切っていた。舟木はすぐに男の子を守るべく、彼の傍らに駆け寄る。

「いいかい、おじさんの傍から絶対に離れるんじゃないぞ?必ずお父さんとお母さんのもとに帰してあげるからね」

「うん…ありがとう」

男の子は舟木の服を掴んできた。少しでも頼れる誰かにすがって恐怖心を和らげようと思っているのだろう。

 

…そう思っていた。

 

グサッ!!

 

「がは…?」

舟木は、背後から突き刺さる激痛に襲われた。振り返った舟木が最期に見たのは、ニヤッと不気味な笑顔を浮かべて、自分の背中に手を突き刺してた子供……否、刹那の無邪気ながらも邪悪な笑顔だった。

 

 

 

 

「舟木?どうした舟木!!」

月組隊長は、今だ舟木が外へ出てこないことに違和感を覚え、舟木へ呼びかけを図った。だが返事は帰ってこない。

「舟木、返事をしろ!!」

再び月組隊長が舟木に向けて呼びかけると、ようやく舟木が外へと姿を現した。部下の無事を確認し、ほっと一息つくが、その安心は僅か一瞬のことだった。

現れた舟木の体は、胸元に風穴を開けられ、血塗れになっていた。加山に手を伸ばしながら、舟木はどさっと倒れてこと切れた。

「ふ、舟木ぃ!!!」

「あ~あ。子供だからって油断したのが命とりだったね。ちょっと変装しただけで僕だって気づかないなんて。

ま、おかげで楽しく殺してやれたからいいんだけど」

続いて倉庫の奥から姿を見せたのは、探していた刹那だった。血が滴り落ちる爪の鮮血を舐めとりながら、舟木の死体を見下ろし、足蹴にする。

「次はどうやって遊ぼうかな?この舟木って叔父さんの体に糸を繋げて、操り人形にして遊ぶのも面白いかも。無限に首が180度回転したりとか…ふふふふ、大道芸として見せたら面白そうだね」

「貴様…!!」

人間、それも仲間の死体をおもちゃとしか思わない言動に、月組隊長は怒りが込み上げてきた。自分は手負いとはいえ、今すぐにでも刹那を絞め殺したいとさえ思えてきた。

「そんなに怒らないでよ。今度は君で楽しませてあげるからさ…加山君?」

「!!?」

こいつ…なぜ俺の名前を!?月組隊長は絶句する。月組隊長の正体、それは以前、上野公園でジンやさくらが会った、大神の海軍士官学校時代における友人の『加山雄一』だったのだ。

動揺する彼に向け、刹那は説明を加えてきた。

「あぁいいよ。別に喋らなくても。心を読めばすぐにわかることだからさ。

帝国華撃団・隠密部隊『月組』の隊長…加山雄一。花組隊長の大神一郎の同期にして親友。なるほどね…霊力もそれなりにあって、それも大神一郎とは親しい…だから選ばれたってわけなんだ」

そこまで言い当てて見せた刹那に、加山は戦慄する。

相手の心を読む。隠密部隊を率いる自分にとって、こうして対峙すること自体がまずい。刹那にも圧倒されている以上、すぐに撤退して身を隠さなければならない。

「逃げるくらいなら鬼ごっこで遊ぼうよ?スリル満点で楽しいよ?」

撤退を考慮したことさえ読み取った刹那が近づいてくる。

こいつ相手にうまく逃げられるだろうか?加山は銃を構え、確実に逃げる算段を考える。まだ花組は来ないのだろうか?もう住民の避難は完了している。後は、親友が隊長となったあの部隊が一刻も早く来てくれることを願うばかりだが。

「そうだねぇ、僕も弱い人とばかり遊ぶのもつまらないと思ってたんだ。でもいいさ。今度は…例の赤い巨人さんとか、帝国華撃団・花組が…マリアお姉ちゃんが来るまで、加山君で楽しませてもらうさ」

(マリアさんだと…!?)

またしても心を読んできた刹那の言動に、加山は困惑した。花組全体ならまだしも、なぜ…マリア個人を名指しした?意味がわからなかったが、少なくともまともな理由ではないことだけははっきりした。

マリアが狙われていることも含め、なんとしても撤退しなければ。

すると、刹那は頭上を見上げて気の抜けたような声を漏らしてきた。

「…あらら、もう来るんだ」

「!」

加山も頭上を見上げると、待ち望んでいたものが空から飛来してきたのを見た。

浅草の地下に隠れていた、武装飛行船『翔鯨丸』。頭上にそれが飛来したと同時に、翔鯨丸のハッチが開かれ、5つの影が加山の前に落下した。

 

「帝国華撃団・花組!参上!!」

 

(助かったぜ大神!持つべきは親友だな!)

大神たち花組の搭乗する光武が目の前に並んだのを見て、加山はこれから始まる戦闘に巻き込まれぬよう、すぐにその場から離れだした。

刹那は獲物の来場に笑みを浮かべた。

「やっときたんだ…待ちくたびれたよ」

「帝都の平和を乱す不届き者め…俺たちが相手だ!」

「いいよ、まずは脇侍たちを適当に相手にしてみてよ。僕、弱い奴をいたぶるのちょっと飽きてきたんだ。まずは脇侍たちをやっつけて力を見せてみなよ」

刹那はそう言うと、人間の者とは思えない跳躍力で遠くの場所まで飛び去る。同時に、刹那を守ろうと脇侍たちが大神たちの前に立ちはだかった。

「隊長、ここはまず、あたいにやらせてくれ」

すると、カンナの光武が真っ先に脇侍の前に立った。これはちょうどよいと大神は思った。カンナの空手の腕前がどれほど敵に通じるのか、そして実戦における彼女の戦いぶりを見ていた方が、後々の戦いにおいて作戦を立てやすくなる。恐らくカンナも同じことを考えているはずだ。

「かすみ君、この付近の避難状況は?」

だがその前にと、大神は通信でかすみに避難状況の確認を取る。

『住民の避難は、月組の誘導で完了しています。後はそこの月組隊長おひとりだけです』

「わかった」

どうやら住民を巻き込むことはなさそうだ。大神は心置きなく戦うことができると確信し、カンナにGOサインを出した。

「よし、カンナ!思い切りやってくれ!」

「そうこなくっちゃな!いくぜ!」

「みんなはカンナに続いて脇侍を各個撃破せよ!マリアは後方からの銃撃で援護してくれ!カンナとすみれ君は前衛、」

「「「了解!」」」

大神からの許可も得て、カンナは強く意気込んでさっそく脇侍に向かって突進した。脇侍もカンナの接近に対し、隊列を組み、銃撃で迎え撃つ。

単騎であるカンナからすれば多勢に無勢。が、カンナは全く恐れを見せなかった。

「当たるかよ、そんなへなちょこ弾!」

カンナは脇侍の弾丸を避けていき、目の前に現れると同時に光武の拳を脇侍の顔面に叩き込んだ。

メリッと深々と顔を潰されたその脇侍は吹っ飛ばされ、その後ろにいた他の脇侍もまた次々と巻き込まれて粉砕された。

「す、すごい…」

本気を出すとこれほどまでか。大神やさくらはカンナの馬鹿力に呆気にとられていた。だがこれ程までならば非常に頼もしいものだ。

「全く、相変わらず野蛮な人だから…戦いは優雅に、華麗にこなしてこそですわよ」

すみれも、カンナに呆れつつも、自分も負けまいと薙刀振るって脇侍を一機切り裂いた。

「大神さん、私たちも参りましょう!」

「ああ!」

さくらの呼びかけに大神も頷き、光武の刀に雷を纏わせた。

 

 

 

「10分…以前よりも、さらに早く脇侍の殲滅に成功しました!」

「すごいです!花組のみなさん、前よりも強くなってます!」

「これもまた大神さんのおかげですね」

その頃の翔鯨丸。そこは帝劇地下と同じく、作戦司令室と同じ装いに加え、翔鯨丸の操縦室にもなっていた。そこのモニターから地上の戦闘の様子を見ていた風組は花組の活躍に盛り上がっていた。

「頑張れ、お兄ちゃん!」

アイリスもまた黄色い声援を大神に送っていた。

…が、ジンと米田は無言だった。訝しむようにモニターの向こうに見える花組と脇侍たちの戦闘を見つめている。

「妙だ」

「え?」

ふと口を開いたジンの一言に、風組やアイリスは目を丸くする。

「お前も気づいたか?」

米田がジンに視線を向けると、ジンは頷く。

「脇侍が、前と比べてあっさりとやられ過ぎてる…」

「え?でも、カンナさんも加わりましたし、大神さんたちだって強くなったはずじゃ…」

椿が考えすぎではと言うが、米田は見解を崩さない。

「確かに大神たちは強くなった。カンナも戻ってきて戦力も高まったのは確か。だが…」

改めて、彼はモニターから見える脇侍たちの動きを、やはりか、と呟きながら観察する。

「脇侍たちがどれも前に出過ぎてる。まるで、脇侍たちは倒される前提で戦ってるみたいだ」

そんなまさか、と思うものの、経験の深さが華擊団一の米田の言葉は深く根付いた。

一方で、米田はもう一つ気にしていることがあった。

屋根裏部屋の資料の山をあさっていたことで知った、脇侍のルーツ。

江戸時代以前を描いた資料でも存在が確認されていた脇侍。そしてそれを操る謎に満ちた存在。

(築地の脇侍を操っている奴も、あの資料で描かれた奴と何か関係があるだろうな…)

月組に調べさせる必要があるな。今回の戦いが終わった後で、米田は心の中で次にとるべき行動を定めた。

 

 

 

「追い詰めたぞ!」

ついに自らの一刀のもと最後の脇侍を倒し、大神たちは刹那と対峙した。

「ちょっと、時間かかりすぎじゃない?」

ふあぁ、と緊張感のないあくびを漏らす刹那。そのなめた態度に、カンナやすみれが噛みつくような目を向ける。

「あくびとはずいぶん余裕ですのね」

「バカにしやがって…隊長、とっととこいつも片付けてやろうぜ!」

血気を逸らせるカンナが、大神に攻撃命令を出すように促す。

「ああ、だがみんな落ち着いてくれ。冷静さを保って攻撃しよう」

敵の態度に神経を逆撫でされて冷静さを書けばそれこそ敵の思う壺だ。大神はみんなに冷静でいるよう重々呼び掛ける。

だがこのあと、刹那は指を鳴らし、大神からもそれを奪うものを見せつけた。

「これを見ても冷静でいられるのぉ?」

「な…!」

大神たちは目を見開いた。刹那の元に、脇侍たちよりもさらに大きな機体が、地面から溢れ出た闇の中から姿を現した。

魔装機兵・蒼角。蒼き刹那の機体だ。

しかし大神たちが注目していたのは、蒼角がその手に捕まえている人間だった。黒い戦闘服を着たマスクの男…月組の加山だ。

『大神さん、あの人は月組の隊長さんよ!!』

「何!?」

通信越しに由里から聞いた大神は驚愕する。

「さあて…君たちの前でこの人を細切れにしたらどうなるか…なぁ!?」

刹那は瞬時に蒼角に乗り込み、加山を宙に放り投げた。そして、加山の体をバラバラにしてしまおうと、爪を研ぎ澄ませた蒼角の右腕を振り下ろした。

「やめろぉ!」

ほぼ無意識だった。大神は飛び出し、光武の右の刀で蒼角の爪を防ぎ、左腕で加山を受け止める。

だが、下腹に大きすぎる隙ができてしまう。

「隙を見せたね!」

刹那が見逃すはずもなかった。残った左腕のモーニングスターを、大神の光武の腹部へ叩き込んだ。高台から鉄の塊が落ちたような凄まじい金属音と共に、蒼角の腕がめり込んでいった。

「ぐはっ…!」

大神の乗る光武は、その一撃によって近くの電柱に激突してしまう。

「大神さん!!」

「少尉!!」

「隊長!!」

「…!!」

 

 

翔鯨丸の中でも、大神が倒されたことで動揺が走っていた。

「大神さん!!」

「大神!!」

「お兄ちゃん!!」

なんということか。人質を取ってきて、こちらの好きを強引に作り出すとは。敵が人質をとってくることは想定されていたことなのだが、まさか月組隊長を人質に取ってくるとは予想外だった。

「お、大神機、今の一撃で起動停止しました!敵機が接近しています!早く救援を!!」

いち早く的確に対策を打診したかすみが、通信越しに花組へ伝達した。

 

 

絶叫する花組をよそに、刹那は蒼角を、意識を失った大神の光武の前へ向かい、彼へ止めを刺そうとする。

「バカだねえ、たかが人間一人のために殺されに来るなんてさ」

刹那は、大神に近づくさ中、ちらっとマリアの方を見た。

感じる…彼女の心の乱れを。本来このタイミングでなら、マリアは刹那の妨害のための狙撃を仕掛けるはず。だが、刹那は読み取っていた。彼女が今、頭の中に過らせたヴィジョンを。

(くっく…予想通りだね。忘れられないんだ…)

光武の中で、大神が撃破されて硬直したままのマリアを覗き見て刹那は口角を釣り上げた。いいぞ、そうやって心の乱れをさらに加速させるんだ。楽しそうに笑う刹那の耳に、直後に叫び声が聞こえてきた。

「てめえ!」

「よくも大神さんを!許しません!」

人質を取って隙を無理やり作る。正義感の強い大神の心を利用した、刹那の卑劣なやり口に…何より大神を傷つけられて真っ先に怒りをあらわにしたのはさくらと、そしてカンナだった。

二人が大神の仇を討とうと蒼角に向かっていくのを見て、マリアはようやく我に返った。

「二人とも、待ちなさい!」

まずい。大神が倒れたことで、ただでさえまだ整ってない陣形がさらに乱れてしまっている。

マリアが引き留めるが二人の耳に届かない。さくらが刀を振りかざしたが、刹那には既に読まれていた。すぅ、と一歩後ろに下がっただけでさくらの一撃を避け、反撃にかぎ爪を振りかざそうと腕を振り上げる。

「させっかよ!」

カンナがさくらを守ろうと飛び出し、後ろから蹴りを放ってきたが、それさえも刹那は見切っていた。後ろから飛び蹴りを放ってきたカンナの方へ振り返り、姿勢を低めてスライディング回避。空振りに終わったカンナの蹴りは、逆に助けるはずだったさくらの光武を蹴飛ばす羽目になった。

「きゃ!!」

「わ、悪りぃさくら!大丈夫か!」

「そうやってすぐに飛び出すから、もう!」

すみれが見てられないとばかりに、今度は自らも薙刀を持って刹那に攻撃を仕掛けた。蒼角は、繰り出されるすみれの薙刀の連撃をひょいひょいとかわしていく。刹那の小柄さを生かしたすばしっこさを再現しきっており、一撃もかすることさえなかった。

「この、大人しく…!」

すみれがいい加減当てなければと速度を上げていくが、刹那にはまだ余裕があった。すみれが自身の限界まで薙刀を素早く振るっても、さらにもっと早く動いて彼女の斬撃を紙一重で避けていく。

「はっはっは!!どうしたの?一撃も当たってないよ!?」

「この…!」

すみれの中でさらに焦りが高ぶっていく。次第に薙刀を振るう速度も弱まり、すみれの体力にも限界が近づいたことで動きにも乱れが生じていく。

「そぉら!!」

「きゃあ!」

それも見逃さなかった刹那が、目をクワッと見開く。すると、目に見えない衝撃がすみれの光武を襲い、彼女を遠くへと吹っ飛ばす。さらに追撃を仕掛けようと刹那がすみれの光武に急接近しようとすると、マリアの銃撃が蒼角の足元に次々と突き刺さる。

しかし刹那は全く焦らなかった。それどころか、今のマリアの心に踏み込むようないやらしい声で指摘を入れてきた。

「やっぱり心が乱れてるね…マリアお姉ちゃん?照準が定まってなかったよ?」

「!」

「冷静さを保っていたら、蒼角の操縦室内の僕を狙って撃つこともできたんじゃないの?

やっぱり…忘れられないのかな?

大好きだったのに、ずっと昔に死なせてしまった…」

「…まれ…」

 

「愛しい愛しいユーリー隊長さんのことがねぇ!?」

 

「黙れぇえええええええええ!!!」

完全に冷静さを失ったマリアが、蒼角に向けて銃撃を連発していった。だが、刹那が指摘した通り乱れすぎた銃撃。周囲への被害を顧みない攻撃のせいで、築地の廃屋街の倉庫がいくつもボロボロになっていった。刹那はマリアの銃撃を避けていくと驚くべき行動をとる。

「ま、マリアさん落ち着いて…ひゃあ!!」

なんと、蒼角がさくらの光武をつかみ上げると、それを自らの盾としたのだ。

「な!!」「さくら!」

今度はさくらを人質に取るつもりか!?さらにこちらの焦りを促してくる刹那の卑劣な手口に対する怒りを募らせていく。

「は、放せ…!!」

「じゃあこのお姉さんもらってくよ。よく言うでしょ?ゲームで負けた奴は大切なものを勝者に差し出さなければいけないって」

抵抗するさくらだが、蒼角はびくともせずさくらの光武をがっしり掴んだまま放さない。そのまま後ろに下がり、河川の方へと歩き出す。

「でもここまで楽しませたご褒美に教えてあげるよ。

 

僕は…黒之巣会死天王…蒼き刹那。また遊ぼうね♪」

 

刹那は最後に花組に自己紹介を済ませ、彼を乗せた蒼角はさくらの光武を捕まえたまま川に飛び込んで逃走した。

「この変態チビ助!待ちやがれ!あたいと勝負しろ!」

「カンナさん、光武に防水機能はありませんのよ!」

カンナも川に飛び込んで追跡しようとするも、すみれに引き留められた。光武に乗ったまま川に入れば確実に沈んでしまい、すみれの言う通り追撃など不可能だった。

 

 

「…く…」

マリアは立ち尽くしていた。刹那は、自分の過去を読み取っていた。アイリスと同じく、他者の心を読むことができる能力を持っているのだ。だが彼女と違い、奴は明らかに相手の心を踏みにじって楽しむ下衆だ。さくらを拐ったのもそれに起因しているに違いない。

なんにせよ…そんな負けたくない相手に自分達は負けた。隊長である大神が倒れ、さくらは誘拐されてしまった。自分を含めた隊員たちも奴の能力や卑劣な手口に歯が立たなかった。

あの時の戦争だって、そうだった。

 

『さすがに戦闘能力が優れているな、お前のパートナーは。「火喰い鳥(クワッサリー)」と呼ばれるだけはある』

『それだけじゃないさ、状況判断にも優れている。彼女がいれば俺は百人力だ!』

『ユーリー、惚気話をするならもっと色気のある話をしろよ』

 

かつて、そのように称賛をくれた戦友たちがいた。

何より自分を高く評価し、信頼してくれていた『あの人』がいた。

だが結局あの時もその後、仲間が傷ついて、あげくの果てに負けて、大事なものを失うばかりで…

 

(…結局、運良く生き残ってきただけじゃない…!)

 

 

その後、翔鯨丸から米田によって、大神を連れての帰還命令が下される。

 

 

帝国華撃団・花組はこの日……黒之巣会に敗北を喫した。

 


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