ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~ 作:???second
「……」
マリアが去った後、大神は立ち尽くしていた。
隊長失格。強烈な拒絶を受け、自分の行動に疑問を抱いた。
あの時、月組隊長を守ろうとしたことは、やはり間違いだったのか?
…マリアの言うことも間違っていない。自分は花組の隊長。魔のものと戦う部隊の指揮官だ。その指揮官が倒れることは許されない。頭を失った部隊が瓦解し、さらに隊員が危険に晒されるからだ。そして自分達が下手に傷ついて倒れたらその分だけ、守るべき底との市民が奴等に蹂躙されるのを許すことにも繋がる。
マリアが言ってた通り、刹那が月組隊長を殺そうとしたとき、彼女の援護を加えなければならなかった。
(マリアの言葉は正しい。俺も隊長として軽率だったかもしれない。だが…)
だがあの時の大神には、月組隊長が殺されるのを黙って見過ごすなどできるはずもなかった。
もし、あのまま刹那の凶行を見過ごしていたら、きっと自分は一生後悔していただろう。『隊長として、指揮官は倒れてはならない』という矜持を守ることはできても、『仲間を見殺しにした事実』ができるのだから。
大神にはそんなことは耐えきれなかった。だがそれをマリアに言っても、さくらの誘拐の事実を再び突きつけられることになる。
「くそ、俺は…」
俺はどうすればよかったんだ…何が正しかったんだ。苦悩を続けるうちに、大神の体に異変が起きた。
(な、なんだ…体が急に重く…)
それは当然の現象だった。大神はただでさえ大けがを負っていたため安静にしていなければならなかった。だが急に起き上がったことと、マリアにキツい烙印を押されたことが重なり、精神的に不調をきたしたことが彼の体に負担をかけてしまったのである。
急激に襲ってきたまどろみに逆らえず、大神は再び意識を失った。
加山は活動可能な残存の月組をまとめ、帝都各地に派遣、彼自身もジンを同伴させ帝都内の黒之巣会の隠れ施設を探った。
だが、二日の間だけではさすがに尻尾をつかむことさえ至難だった。
「今日も見つからなかったですね…」
「あぁ、さすがに時間も捜索に回す頭数も足りなすぎる。いっそ奏組とかからも支援を要請した方がいいかもしれないな。できれば避けたいところだが…」
「奏組も帝劇周辺の警備が主な仕事ですしね…小さい奴でも降魔のことも無視できないですもんね」
彼らの手を借りるのも悪くはないが、奏組が帝都の中心地から離れれば、その分だけ帝劇の周辺も手薄となる。黒之巣会がそこを突いてきたりなどしたら、ただでさえ手負いなのに花組だけで対処しなければならない。大神が負傷し、さくらが誘拐された状態ではさすがの花組も戦力が大幅に下がっている。極力自分たちだけの手で解決するのが望ましい。
帝劇へ戻ってきたジンと加山は、明日からの捜索の手の回し方を互いに考え合っていた。だが、どうしても後手に回りがちだ。これで本当に、黒之巣会のアジトを突き止められるだろうか。
「しかし、降魔と言えば…妙なものだな」
ジンの口から降魔と聞いて、腕を組んだ加山の中に、ある疑問が浮かんだ。
「妙?」
「10年前の降魔戦争、あの時を境に降魔は封じられ、ばったり姿を見せなくなっていた。だがここしばらくの間になって、小型の個体をはじめとして、少しずつ降魔が現れた。本来なら、あの赤い巨人が戦った巨大降魔が現れるなんて、あり得ないはずなんだ」
降魔戦争のことはジンも聞いている。かつて自分も、記憶はないが当時その場に立って米田たちと共に戦っていたらしい。事実ならその際も巨大な降魔と戦っていたことは間違いない。だが加山は、降魔はその時に封印されたと口にしている。封じられたはずなのに、また降魔が現れる。確かに普通とは思えない。
「月組の調査で、何か掴んでいることとかないんですか?」
「まだ今の段階ではわからん。だが、黒之巣会…奴らの手で復活したとも予想できるが、まだ確証がない。それらを突き止めることになる以上、これから一層忙しくなりそうだな…」
互いにそのように会話を交わしながら、二人は大神の部屋へ向かっていった。そのうち大神への見舞が週間づいてきそうだ。そう思いながら二階へ向かうと、踊り場にきたところでバタバタと物音が聞こえ、カンナがマリアの部屋へ向かっていくのが見えた。
「カンナさん?」
どうしたのだろうか。妙に慌てている……いや、一瞬だけ怒っているような顔に見えた。案の定か、彼女は急にマリアの部屋へとカチコミに向かうかの如く怒鳴り込んでいった。
「おうマリア!!お前一体どういうつもりなんだよ!!」
「な、なんだ…?」
ジンもそうだが、加山も目を丸くするばかりだった。すると、大神の部屋の方からアイリスがジンのもとへ走ってきた。
「ジン、大変!!お兄ちゃんが…!」
彼女の言うお兄ちゃんと言えば、大神しかいない。
「どうしたんだアイリス!?何かあったの?」
もしや容態が悪化のしたのか!?アイリスと共に部屋へ向かい、扉を開いたジンの目に飛び込んだのは、ベッドから離れた場所で倒れている大神だった。
「大神さん!!」
「大神!」
すぐさま大神のもとに駆け寄る二人。アイリスが読んできたのは、恐らくまだ幼い彼女の力では大神をベッドへ運べなかったからだろう。加山がすぐに抱き起して容態を確認する。
「目が覚めたばかりで傷がふさがり切れてなかったか。無理をしやがって…」
「とにかくベッドまで運びましょう!」
ジンは加山と協力し、大神をベッドに寝かせた。まだ傷が塞がっている中で動いたのだ。安静にしなければならない時間が伸びたかもしれない。
「これでひとまず安心だが…まずいな。傷の治りを速める薬とかあれば…」
「今すみれが、紅蘭がもしものために残していったお薬を取りに行ってるの」
紅蘭と言えば、まだ帝劇に姿を見せていない、花組のメンバーだ。確かお笑いもできる発明家だと聞いていたが…。
(薬師でもあるのか?)
そう考えていると、すみれが大神の部屋へ小包と水の入ったグラスを持って来訪した。
「全くもう、紅蘭は…少しは片付けてから花やしきにお行きなさいな!まるでごみ屋敷じゃありませんの!そもそもどうしてこのトップスタァである私が…」
「もう!お薬取りに行くって言ったのすみれでしょ!早くお薬をお兄ちゃんに!」
「わかってますわ!」
今ごみ屋敷という単語が聞こえたような…ジンはわずかに青くなった。綺麗好きのお嬢様であるすみれにここまで言わせるほどの紅蘭の部屋…あまり良いイメージがないものかもしれない。
ブツブツ文句を言いながらもアイリスに言われた通り、小包から粉末の薬の入った薬袋を破り、それを大神の口にグラスの水ごと注ぎこんだ。
「さあ、少尉。これをお飲みになって」
薬が口に全部入ったのを確認し、こぼれないようにすみれは大神の口を閉ざす。
ゴクッと彼の喉から飲み込む音が聞こえた。うまく飲んでくれたらしい。
…が。
「ふぐぉ!?」
「「「!!!」」」
突然、目を見開きながらガバッ!と起き上がった大神が薬をただ飲んだとは思えないような悲鳴を漏らしてきた。
ジンたちも思わずその様を見て言葉を失い、驚きながら大神を見て、時間が止まったかのようにフリーズした。
それから数秒後…
大神は白目を向いて倒れた。
「大神さあああああああん!?」
大神があまりにも尋常じゃない形でまどろんでしまったが、結局のところ薬の味が酷すぎただけらしく、その後は大人しく眠りについていた。
それから大神が意識を失う前に起きたことを、ジンはすみれたちから話を聞いた。加山はというと、職務上あまり花組の前に姿を見せすぎるのを避けるため、大神のことをジンたちに託して姿を消している。
「そっか、そんなことが…」
どうやら大神の見舞いに向かっている時、すみれ、アイリス、カンナの三人はマリアと大神の口論を廊下で聞いていたそうだ。立ち聞きしてたのかよ…とは突っ込みたくなったが、そんなことは問題ではないので流した。
そしてマリアが大神に向けて、隊長失格の烙印を押したことも。それにカンナが激昂してマリアの部屋に突撃をかましたことも聞いた。
「マリアさんは批判しましたが、少尉の行動、私は寧ろ誇るべきと思いますわ。自分の身を挺して他者を守る…言葉で飾ることはできても、実践できるほどの勇気を持てる方は滅多にいませんもの」
「アイリスもだよ。お兄ちゃん、すごく偉かったのに…」
すみれとアイリスは、マリアと違い大神の先日の行動を肯定していた。
「僕だってそうだ。さくらがさらわれたのは残念だけど…あの時大神さんの立場だったら、さくらもきっと同じことをしていたはずだ」
ジンも同調を示すと、その言い方にすみれは怪訝な目を向ける。
「あら、さくらさんのことをよく知っているような口ぶりですのね」
「あの人の子供だからね」
「え?」
すみれとアイリスはなんのことかと首をかしげる。ジンはあ…と声を漏らし、話がやや複雑な方へと傾いていたことを自覚した。
「あ、その…どうも彼女の親御さんには僕も少しばかりお世話になったみたいなんだ、支配人の話によると。まだ思い出せないけどね」
そのように誤魔化した。記憶がないのについあんな言い方になってしまった。記憶がなくても、まるで癖の様に口に出してしまうものなのだろうか。
「そういうことですか。あっさり記憶が戻ったのかと思いましたわよ」
拍子抜けしたかのようにすみれはため息を漏らした。女優という表の職業柄、ドラマティックなものに憧れてしまうもので、こんな形で戻っても、正直劇的なものを感じなくてがっかりさせられるだけだ…というのがすみれの個人的な見解だ。
「でも僕のことより、大神さんとマリアさんの二人だ」
ジンは自分のことは置いて、あの二人のことに話を変えた。
花組の隊長と副隊長の意見が合わない。さくらがさらわれてしまった今こそ、この二人が知恵と力を合わせて花組をまとめることが望ましい。…が、肝心のマリアがそれを拒んだも同然のことを言った。これでは次の戦いに間違いなく悪影響が出てしまう。これではさくらを救うことは愚か、さらにもっと事態が悪化しかねないのではと懸念が生じる。
「おう、みんな。揃ってここにいたんだな…」
話している間に、カンナも大神の部屋へと来訪してきた。
「カンナさん、マリアさんの様子はどうでしたの?」
「ダメだ。あいつ全然隊長のことを認めようとしねぇ。どう考えても、あの時の隊長のやったことは当然のことだろうってのに…」
カンナも大神の捨て身の行動をたたえ、逆にマリアの大神に対する拒絶に対して不満を募らせていた。
「あたいたちは帝都のみんなを守るのが使命だろ。なら仲間を守ることだって立派な役目じゃねぇか。それをあいつは…だあああ!!ったく、思い出すだけで腹が立ってくるぜ!なんであんなこと言いやがったんだって聞いても、『あなたには関係ない』…なんてぬかしやがって!あたいはあんなマリア、嫌いだぜ」
「カンナさん、ここは大神さんが寝てるから」
「おぉっと…悪い悪い」
マリアへの不満を高めるあまり、安静にしている大神のことを忘れていたことに気づき、カンナはすぐに落ち着きを保たせた。
「これだから粗野で野蛮な人は」
「おいこらすみれ。何か言いやがったか?」
「二人とも、喧嘩してる場合じゃないよ」
すみれの小さな愚痴にカンナがピクッと反応をしたが、アイリスがすぐに仲裁に入って目を摘んだ。
「…今度は僕が話を聞いてみる」
自分もマリアから話を聞いてみよう。カンナの方を介しても口を閉ざした以上、今度は直接接触した方が何かわかるかもしれない。
それに、マリアと大神。帝劇で共に暮らす者同士でいがみ合う等、この帝劇を居場所とする自分としてはあまりにも心がざわざわして落ち着かないし、嫌だ。
ジンはマリアのもとを訪ねて見ることにした。
「ジン」
ドアノブに手をかけたところで、アイリスがジンを呼び止めた。
「マリア、時々一人で寂しそうな顔してるから…なるべく優しくしてあげて」
アイリスは人の心が読める。マリアの心情も、実際は察しているのかもしれない。でも肝心のマリアが対話を拒んでいることも無視できないから、口に出すことはしなかった。
「善処するよ」
さくらは、刹那の拷問…という名目さえもない蹂躙にひたすら耐え続けた。kどれほど切りつけられても、どれほど目に見えない一撃を受けても、彼女はその華奢な体からは予想もつかないほどの強靭な精神力で耐え続けた。
「ぐ…く…」
血は口からも体の節々からも流れ落ち、綺麗な桜色の隊員服もボロボロ、鮮血で真っ赤に染まりつつある。敗れた個所から見える艶のある肌も傷だらけだ。
「ふふふ、すごいねさくらお姉さん。ここまで長く僕の遊び相手になってくれたのはお姉さんが初めてだよ。これ自慢してもいいくらいだ」
これほど残酷なことをしても、いやしているからこそ刹那は心底楽しみながら笑っていた。
「でもちょっとワンパターンになってきちゃってるかな。そろそろ…」
単にいたぶって大けがを負わせるだけでは物足りなくなりつつあった。次にする遊びの内容を考え始める。
「刹那」
(新手!?)
別の男の声が聞こえ、さくらは体中にほとばしる激痛に耐えながらも顔を上げた。銀色の長髪を着た和服を着た、端正な顔つきの男だ。整った容姿に釣られる者なら簡単に気を惹かれるだろう。だがさくらは、その男から尋常ではない悪の気を感じ取っていた。
もう一人は、銀色の肌を持つモヒカンの男だ。
「なんだ、叉丹に羅刹か。今からいいとこなんだよ。邪魔しないでよね」
振り返った刹那がどこかうんざりしたように二人に言う。
「貴様の蒼角の調整と様子見に来てやったというのに、随分な物言いだな。中途報告くらいは天海様のためにも怠るな。敵の一人を折角と捕らえたのなら尚更だ」
「案外説教臭いね、叉丹は」
興が削がれたと言わんばかりに肩をすくめ、刹那はさくらの前から離れ二人の前に近づくと、羅刹が叉丹に向けて口を開いた。
「叉丹どの。寧ろここは我が兄を称えるべきであろう。敵の主力の一人をこうして捕らえられた。奴らの情報も吐かせ、我ら黒之巣会をさらに優位に立たせる好機ではないか」
「……羅刹の癖に考えたね。でも、そんな必要全くないよ」
刹那は余裕を露骨に露にして羅刹の提案を一蹴した。
「もうすでに僕の勝利は確定しているんだ。奴らの心を読んだ結果、あいつらは仲間を見捨てられない甘ちゃんの集まりだ。こうしてこのお姉さんを人質にとってさえいれば、手を出そうにも出せない」
どうやら花組との戦闘で彼女たちの心を読んだ際に、彼らのことを知り尽くした気になっていた。ただ、実際のところおおむね彼の『甘ちゃん』という予測は当たっていると言える。現に加山を人質にとった際、隊長である大神は真っ先に飛び出して隙を見せたほどだ。
「兄者、さすがにそれは不用心ではないか?ここは俺と手を組んで、万が一に備えた方が確実であろう」
羅刹は兄を案じて、自分との結託を申し出る。しかし刹那は面白くなさそうに鼻息を飛ばした。
「ふん、羅刹…木偶の坊のくせに、いつから僕に意見するほど偉くなった?僕があんな奴らに負けるとでも思っているのか?」
「あ、いや…」
兄の気迫に押され、羅刹は口ごもる。兄よりも図体が何倍もでかいのに、羅刹は刹那に全く逆らうことができない。
「いいか羅刹、余計な気をまわして僕の機嫌を損ねるようなことはするなよ。あんな連中僕一人で十分さ」
「そ、そんな言い草はないであろう!天海様の大願を成就するためにも、帝国華撃団は倒すべき敵。兄者だけの問題では…叉丹殿からも兄者に何とか言ってくれ!」
刹那も自分と同じ死天王。黒之巣会の幹部だ。個人的な意見をいつまでも通しては主である天海にどのように思われるか分かったものではない。弟としてそんな兄を慮って講義を入れた羅刹は叉丹にも説得を申し出る。
「構わん。やらせてやればよい。それだけの自信があるということは、常々言っていたように刹那には勝利への算段があるということだ。」
「だ、だが敵は華撃団だけではない!あの赤い巨人のこともある!叉丹殿も忘れたわけではないだろう!あなたの作り出した魔獣も、奴の前に兄者が従えた分も含め、3度も退けられたのだぞ!」
「なに、安心しろ。蒼角にはある特殊な加工も施した。以前に俺が与えた他の魔獣も加えてある。後は刹那の手腕次第だ」
「だ、だが…」
叉丹からも次の戦いに向けて万全の支援も受けていたのだろう。そう聞けば確かに憂いはないと思われるのだが、羅刹としてはやはり兄が心配なのだ。
しかし、直後に鋭い感触が彼の喉元に触れた。刹那の鋭く赤い爪が、羅刹ののど元に突き付けられていた。
「口答えするな。お前は黙って僕があいつらを八つ裂きにするところを見ていればいい。もし邪魔をしたら…わかっているな?」
「う、うむ…」
羅刹はそれ以上何も言えなかった。兄からこれ以上嫌われることを恐れてか、ただしょぼくれて刹那の言葉に素直に従うことしかできなかった。
(なんて子なの…!)
さくらは信じられないと思った。当然だがこの兄弟の見た目のギャップのことではない。この刹那という少年…弟である羅刹に対して家族としての愛情が全くの皆無だということが一目見ただけで理解できた。実の弟に対して、あまりにも冷淡にして冷酷。どうして自分の家族に対してここまでひどく接することができるのだ。見ているこっちが、羅刹に対する哀れみと、刹那に対する怒りさえ覚える。
「刹那。遊びすぎるなよ」
「はいはい、蒼角の最終調整…任せたよ。
ほら羅刹、さっさと天海様のお仕事にかかってこいよ」
「……」
羅刹はあからさまに落ち込み、兄に言われた通り黒之巣会のアジトへと帰還していった。
叉丹も刹那の魔装機兵の最終調整のためにこの場を離れようとすると、最後にさくらの方を振り返る。
「…?」
さくらも視線が叉丹と合う。妙にこちらをじろっと見ている。何を考えているのかさっぱり読めてこない。妙にじっと見られ、敵だというのに気まずさを覚える。
「なんだよ叉丹。もしかしてこういう女の子が好みなの?」
そんな叉丹を見て、刹那がわざとらしく、侮蔑しているようにも撮れる口調でからかってくる。叉丹は対して冷めた目で刹那を見返した。
「あいにく俺の好みとは程遠い。青臭い上に幼さが出ている」
「っ…お前たちのような悪党なんて、こっちから願い下げよ…!」
さくらは、頭ごなしに否定されてかちんと来た。背中を向けて立ち去っていく叉丹に、さくらは少しだけ舌を出してあかんべぇをして見せた。拘束されている今の自分にできる、ささやかで子供じみた抵抗である。
「さーて、ボロボロになったこの子を見せたら、どんな顔するかな?楽しみだよマリア・タチバナ…」
刹那はくく、とさくらを見て面白おかし気に笑い、さくらのあごを爪で撫で上げる。早く次の仕上げの時間が楽しみでしょうがない。
さくらは絶対に屈しまいと、ひたすら刹那にもそのまま鋭い視線を向け続けていた。
「何の用?」
マリアの部屋を訪れたジンは、彼女のから早速話を聞いてみた。
「どうして、大神さんに隊長失格なんて言ったんです」
「…カンナから聞いているはずよ。私は、あんな短絡的な思考の持ち主を隊長と認めるわけにいかない。
少尉があの時飛び出さず、攻撃命令を下していれば、こんなことにならなかったはずだ」
「あの時、かや…っと、月組の隊長さんを助けるのは当たり前じゃないか!」
思わず加山の名前を口に出しかけたが、すぐに訂正してマリアに抗議を入れた。それはほぼカンナがマリアに対してぶつけたものと同じ内容だった。
「…あなたには関係ないわ。そもそもあなたは、花組の隊員ですらない。米田司令の養子…ただそれだけの立場じゃない」
ジンは突き放すようなマリアの一言に眉をひそめた。でもアイリスからもお願いされた以上は、いたずらに不満をぶつけるような真似は避けておきたい。
「…確かに僕は花組には所属していない。でもマリアさん、僕はこの帝劇は僕にとって大切な居場所なんだ。ここで暮らすみんなは、僕にとっては家族みたいなものなんだ。だから、いがみ合いとか…そういうことはあってほしくない」
「カンナみたいなことを言うのね。でも、私はもうあの隊長には従えない」
「捨て身で月組隊長を助けた結果、さくらが誘拐されたから?」
頷いて、頑なに大神を拒む意思を見せるマリア。彼女の言うことは間違いではない。そうではないのだが…ジンにはどうしても全部納得しきれなかった。
「それ、責任を大神さん一人に擦り付けてるようにも思えるんだけど?」
「…なんですって」
ジンの指摘に、聞き捨てならないとマリアの目が鋭くなった。
「さくらだって花組の隊員だし、正義感の強い子だ。大神さんの行動を寧ろ尊重していたし、逆に大神さんが突っ立っていたりとかで同じ立場に立っていたら、あの子が飛び出していたはずだ。そして君は、何もしなかった大神さんを責めるんじゃない?
それにあの時、大神さんが君に救出の援護を命じていればとか言っていたみたいだけど…それは裏を返せば、君が独断で大神さんを援護して、あの人をケガさせることなく月組の隊長さんを助け、刹那を倒すことができたかもしれないってことだよね」
「っ…!」
ジンは、この会話において自分の方が優位に立ち始めたことを感じた。さらに彼は、マリアに対して畳みかけるように話を続けた。
「最善の結果を求めるなら、たとえ隊長命令を待たなくても負傷者を出さないことに越したことはない。マリアさん、あれほど厳正に任務に当たる君なら理解できるはずだ…まぁ、僕個人の予想だけど。今回のことは、華撃団全体の責任だよ。大神さん一人のせいじゃない」
もしあの時無理にでも変身して刹那の攻撃から加山や大神を守れていたら…適切な判断ではないにせよ、そう考えれば自分にも責任がある。
ジンからの指摘は、さらに続いていく。マリアは聞き逃すことなく耳を傾けていたが、その顔つきはさらに険しいものへと変わっていく。
「マリアさん、あんなことを言った理由があるなら…話してほしいよ。僕たちにとっても、聞いたうえで納得したいんだ。みんなそう思ってる」
そこまで彼が言った時のマリアの目元は、暗く見えなくなっていた。怒りを堪えているのだろうか。肩が震え、ぎぎ…と音を立てながら右拳を握っていた。
命令がなくても、最善の結果のために…?
その瞬間脳裏に、過った。
『マリア、俺に構わずそいつを連れて逃げろ!これは命令だ!』
仲間を救うために、捨て身で敵軍に特攻し、散ったユーリー隊長の姿が。
「あなたはいいわね…辛い過去も、忘れているのだから」
顔を上げ、キッ!とその青い目から放たれた眼光でジンを突き刺しながら、彼女は喚いた。
「記憶がないから、仕事や任務のミスも楽観的に見られるんでしょう!一瞬のミスでも取り返しがつかない事態を起こすことだってあるのよ!それなのにあなたはその後のことなんてどうでもいいとばかりに!」
マリアにとって、ジンの言い分は気に入らなかった。こっちのことなんてわかりもしないのに、憶測ばかりで私のことも測って、ただ気に入らないと思ったことに対して反発したがってるだけの子供ではないか!そんな奴に、なぜ当然のことを言った自分が批判されなければならないのだ。
そして自分達が、決定的な言葉を、弾丸を撃つように言い放ってしまった。
「しょせん記憶を持たないあなたに…私の何が分かるというの!!」
ジンは、記憶がないことを指摘され、息を詰まらせ、返すこと言葉を見失った。
…記憶がない。幸福な過去の記憶がないと同時に、不幸に見舞われた記憶もない。
降伏と不幸、その両方を知って初めて人は、人の痛みの重さを知る。
記憶がない自分が何を言ったところで、マリアに伝わるはずがなかったのだ。
「………」
ジンの辛い表情を目にして、ハッとしたマリアは自分の失言を自覚した。
記憶がなくて辛いのは、他ならぬ彼自身なのに……それなのに、記憶がないことが幸福で嬉しいことの様に言ってしまった。
「…ごめんなさい。今日は、出て行ってちょうだい」
目を背けながら、マリアはジンに退出するように言い、言われた通りジンは無言で部屋を後にした。
その夜…すでに就寝時間が迫ろうとしている中、ジンはマリアに言われた言葉を引きずっていた。
記憶がないから、人の痛みが理解できない。
そうだ、自分には過去の記憶が一切ない。親兄弟の顔も全く分からない。自分がどこで生まれ、どんな人生を歩んできたのか。辛いことも嬉しいことも、ほとんどわからない。
だから…マリアが何を抱えて、それがどれほど辛いのかも、故に何を思って大神を批判したのかもわからないのだ。そんな自分が、軽々しい気持ちでマリアに、大神との和解を促すことなどできなかったのだ。
(僕は、バカだな…)
一人、夜のサロンでソファに腰かけていると、そんな彼のもとに歩み寄る人影が近づく。
「ジン、もう消灯時間だ。早く休んだ方がいい」
「米田さん…」
人影の正体は米田だった。今のジンの顔を見て、何かあったことを瞬時に察した。
「どうした、そんなシけた面しやがって。マリアに何か言われたのか?」
「ええ、まぁ…」
「ちょっと話してみろよ。聞いてやっから」
ジンは、日が暮れる前のマリアとの会話のことについて、米田にすべてを話した。
「なるほどなぁ、マリアにんなこと言われちまったのか」
「はい、記憶がない僕に、何がわかるんだって…僕じゃ、マリアさんをわかってやれないんでしょうか?」
「確かにお前は馬鹿だねぇ」
「フォローなし!?」
予想以上に棘のある米田の返しに、ジンはぎょっとする。しかし米田はゲラゲラと笑いながら理由を話した。
「だってそうだろ?お前はマリアじゃなくて、ジン。他の誰でもねぇ。相手の人間の痛みなんて、その人間自身じゃなきゃ理解できねぇよ。それを察して全部知った気になって語るなんざ、それだけ相手のことを知らないといけねぇ。でもお前は記憶がない以前に、そもそもマリアとは昔馴染みでさえもねぇだろ」
「それは…そうですが」
米田の言うことは尤もだ。どう考えたってその通りだ。なんとか言葉でわからせようとしても、理解しようとするのも無理がある。
「マリアとお前が違うように、俺もお前と違う。記憶がないことに対する辛さや重さはお前だけが知っている。だからマリアの言ったことにいちいちショックを感じるこたぁ何もねぇよ」
「…でも、僕がマリアさんにできることって…」
なにもしてあげられないのか?それがジンに焦りに似た感情を沸き立たせるが、察した米田は彼の肩に手を置いてくる。
「マリアのことは、大神に任せておけ。時期に紅蘭の薬が効いたおかげですぐ動けるようになるさ。そのために、あいつを隊長にしたんだからな。
大神の奴なら、マリアの心を溶かすことができるはずだ」
マリアの心をどうするのか、その役目を担うのは自分ではない。どうしてやればいいのかわからない以上、自分では役者不足。組織的な側面から考えれば、直属の上官でもある大神の方が確かに適任だ。だがそれが、ジンにはもどかしく感じた。
「…なんか、悔しいです。見ていることしか、僕にはできないってことですか?」
「見ていることしかできねぇなら、見ていてやれ。最後までな。あの時も、俺やあやめ君たちはそうしてお前の戦いを見守っていた」
米田のその言葉に、ジンは米田を見た。自分の顔ではなく、遠い目で別のものと見ている。昔の、記憶をなくす前の自分が赤い巨人となって戦っていた時の光景を思い出していたのだろう。当時、それを見て何を感じていたのかも。自分だけじゃなかった。やりたくても、できることがなくて悔しい思いをしているのは。そう思うと、心が少し軽くなった気がした。
「今日はもう寝ろ。マリアも頭冷やせば、お前に言ったことも撤回してくれるだろ」
「はい…」
今日は精神的にも少し疲れてしまった。ジンは米田に言われた通り、屋根裏部屋の自分の寝床へ戻ることにした。
その夜、大神は目を覚ました。
まだ真夜中で、外の明かりも消えている。
(そうか、俺はあの後…)
マリアからの隊長失格の宣言がよほど堪えたからだろうか。傷にも響いてまた倒れてしまったらしい。ベッドで寝かされているのは、誰かがここへ運んでくれたからだろう。それにしても…妙に口に苦味を感じる。強烈に苦い薬でも飲まされたのか?だから、あのような嫌な夢を見たのだろうか。
目覚める直前、大神は悪夢を見ていた。
米田からの突然の解雇命令、別の隊長が就任し、花組の隊員たちからは失望のまなざしで見られ、見捨てられるというものだった。
今の大神にとって、まるで後ろ指をさしてくるかのような嫌な夢だ。
本当に自分は間違っていたのか?大神は意識を失う前と同様に自問する。
マリアが言っていた通り、花組の隊長である自分が倒れることは許されない。自分が倒れたら、仲間や帝都の市民がさらに危険な目に遭い、いずれ殺されるという最悪の結末が目に見える。そう思うと、自分の行動が適切ではなかったことを自認させられる。その結果がさくらの誘拐を許してしまうという状況だ。
(やはり間違っていたのか?…いや)
…だが、何度考えても、大神は自分の意思を曲げることを選べなかった。
(だめだ。目の前で仲間が殺されかけていた状態で、どうやってじっとできる…!?)
すぐに、自分の中に芽生えかけた迷いを振り払った。目の前にいる誰かを、身を呈してでも守る。それが、軍人を目指した時からずっと抱き続けてきた正義だ。
思えば、入隊当初からマリアとはあまり話ができている状態ではなかった。
足りていなかったのだ。そもそも花組の隊員たち、その中でもマリアとのかかわりが。花組の隊長と副隊長。舞台の要でもある以上、自分たちの結束は決して無視してはならないものだ。
そのためにも、マリアのことを理解しなければ。自分に隊長失格と告げただけのなにかが、彼女にあるはずだ。
(やはりもう一度マリアと話をしなければ…)
大神はベッドから起き上がり、すぐに着替えようと思ったと同じタイミングのことだった。
「隊長!隊長起きてるか!?」
彼の部屋をノックする音と声がした。大神は扉を開ける。
「カンナ、こんな夜中にどうしたんだ?」
「起きてたのか隊長!良かった、怪我治ってないまま寝ていたらどうしようかと思ってたぜ…」
ノックしていたのはカンナだった。妙に焦っているようにも見える。一体どうしたのだろうか。
「それよか大変だ!マリアが光武で出ていきやがった!」
「なに!?」