ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~ 作:???second
とはいえ、また次回もしばらく期間を開けることになると思います。長らくお待ちさせてしまうことになりますが、なにとぞご理解のほどよろしくお願いします。
川を渡っていく大神たちを見届けた、赤い巨人の姿のジンは、デビルノスフェルと蒼角の方を見やる。
「ついに来たか、赤い巨人!」
蒼角から刹那の声が響いた。
刹那としては、大神たちに強いた残酷なゲームの一環としてデビルノスフェルを利用するつもりだった。
大神に光武を下りさせ、わざとさくらを助けさせたところで、多数の脇侍に追いかけさせる。大神を始末したら今度は次の隊員にも光武から降りさせて同じことをさせる。それで一人一人始末していき、花組の戦力をじわじわと削ぎながら帝国華撃団を壊滅させるつもりだった。もちろん赤い巨人の出現も視野に入れての作戦だ。この魔獣デビルノスフェルは、叉丹によると通常の降魔以上の力もあるが、何よりも相当の凶暴性、強すぎる捕食欲求を持ち合わせており、野生の生き物とは思えない獰猛で邪悪な…まさに言葉通りの魔獣だ。赤い巨人の相手をさせて花組への救援を阻ませる。これで帝国華撃団は壊滅させられるはずだった。だがもはやこの策は、人質を奪還されては叶わない。ならば、スマートではないが力ずくで殺すしかない。ノスフェルと蒼角の力を持って奴ら全員始末する。
「その魔獣は貴様の乱入を想定して用意した凶暴な魔物だ!本来なら花組共をとことん追い詰めるために使うつもりだったが…僕が操縦する蒼角と組み合わせて挑めば、いかに貴様と手勝ち目はないぞ!」
確かに見るからに狂暴そうな怪獣だとジンは思った。
でも、だからってみすみすやられるなんて毛頭ない。大神たちと共に死に物狂いでさくらとマリアを奪還したのだ。この流れに乗りながら刹那と、この醜い化け物を倒す。
「デュア!!」
赤い巨人は駆け出した。デビルノスフェルも巨人がこちらに向かってくると、迎え撃とうと自らも突撃していった。
大神たちはカンナとすみれの二人と合流を果たした。負傷したさくらは、倉庫街の方から戻ってきた月組の二人に預けて安全な場所へ運ばれた。大神とマリアも、互いに光武へ再び乗り込み、追ってきた刹那とついに対峙した。
「刹那、もはやお前の狡猾で非道な作戦は失敗した!お前の負けだ!」
マリアとさくらの二人は取り戻した。これで心置きなく戦える。前回のような失敗を二度も起こすつもりもない。
光武で刀を向け、自分たちはもはや敗北の未来はないと宣言する。
「てめえにはマリアを散々いじめてくれた借りがあるからな。やられた分をまとめて返してやるぜ!」
「こちらを見下しておきながら、卑怯な手口でしか勝負を仕掛けられない三下ごときに、私たち帝国華撃団は負けませんわ!」
「自分の弱い心から決別するためにも…刹那、お前を倒す!」
腕を鳴らしながら気合いを見せるカンナ、炎のように闘志を燃やすすみれ、そして冷静さを取り戻したマリアもまた大神に続いて陣形を整え刹那に備えた。
「調子に乗るなよ…ただの人間ごときが鉄くずに乗ったところで、この蒼き刹那に勝てると思うな!!」
刹那は、やはり見下している者に敗けを認められないのか、諦めようとしなかった。多数の脇侍も蒼角の周りに召喚し、花組を迎え撃った。
巨人と魔獣が激突し、土飛沫を上げながら互いに組み合った。ジンはその状態のまま、ノスフェルを大神たちの離脱先の反対側へと押し出していく。
十分に離れ切ったところで、ノスフェルが煩わし気にジンの両腕を振り払う。両腕を振り払ったことで正面ががら空きになったジンに向け、ノスフェルの頭突きが直撃する。押しのけられるジンに、さらにノスフェルの追撃が入る。するどい爪の生えたその腕を、敢えて爪では切り裂きに来ず、手の裏で払うようにジンをはたいてくる。
ジンは怯むもすぐに体制を戻し、正拳突きと前蹴りを連続で叩き込んでノスフェルを攻撃し、ノスフェルが怯んだところでその巨体にガシッと掴みかかると、腕にありったけの力を込めて払い腰でノスフェルを地面の上に投げ倒す。
倒れこんだところで上からマウントを取って動きを封じ、両腕の拳でノスフェルの顔を殴りまくった。
殴られ続けて頭に来たノスフェルが、殴られながらも手を振るってジンの顔を叩く。顔を押さえるジンにさらにもう片方の手でジンを体の上から叩き落とした。地面を転がり、立ち上がろうとしたジンだが、その時ぶよぶよとした縄のようなものが首に巻き付かれた。
デビルノスフェルの口から延びた触手だった。ジンの首を絞めようと、締め付けの力を強める。
(窒息を狙って…いや!)
この力はそんな生易しいものじゃない。首の骨をへし折りに来ている!触手をほどこうにも、触手に加わっている力はすさまじく、すぐに振りほどこうにもそれができない。確実に絞殺するつもりか、それともそのうえでなぶり殺しにするつもりか、ノスフェルは身動きが取れないジンに向けて数度にわたってかぎ爪を振りかざした。
「ガアアアアアアア!!!」
「ウグッ!!ガハ!!」
爪で切り裂かれるたびに火花も散る。切り傷を負わされ、触手をほどこうとする腕の力も弱まってしまう。
このままでは…!!
何とかしようとするジンだが、そう思っている間に次第に視界がぼやけ始めていた。
まずは触手を切り落とさなければ。彼は頭についていたブーメランを、念力のみで操作し、触手を切り落とした。
振り落されるようにジンは尻もちをついて倒れた。喉をきつく締められていたせいで息苦しい。しばらく呼吸困難が続きそうだが、首を絞められていた頃と比べたらまだ良い。
なんとか態勢を整えようとするも、すかさず襲ってきたノスフェルの爪によって斬りつけられてしまう。
「っ…!!」
膝をついてよろめくジン。ノスフェルは再度、爪で彼の体を斬りつけようとした。
だが住んでのところで、ジンの額のビームランプから閃光が放たれ、ノスフェルの顔に直撃した。
「ギャアアアア!!!」
顔が光線の熱で深々と焼けただれ、ノスフェルが悲鳴を上げたところで、ジンはいったん後ろへすぐに下がった。
ダメージが予想以上にたまっていたようで、すぐに膝をついてしまう。
体力が切れかけたのを知らせるように、彼の額のビームランプが点滅を始めていた。
脇侍を出して、頭数に関しては確かにそろえて見せた刹那だが、単純に召喚されただけの脇侍が勝てるはずもなかった。
だがそんなことは承知の上だ。一人ずつ自らが相手をして始末し、その他は脇侍に相手をさせる。一人始末したらまたその次を始末する。ちまちまとした作戦だが、確実に花組を潰すことができる。何より、じっくり敵をいたぶって楽しむのが大好きな刹那は時間をかけることは苦ではない。一人一人死体に変え、その様を見せつけて恐怖と絶望を与えながら殺してやる!
「ようやくとっちめてやれるな小松菜!あたいから行かせてもらうぜ!」
一番早く刹那のもとにたどり着いたカンナの光武が蒼角に向かって駆け出し、得意の肉弾戦で立ち向かう。
刹那はカンナの繰り出すパンチやキックに、前回と同様に心を読むことでそれらをかわしていく。カンナだけでなく、すみれも長刀を振るって刹那に仕掛けていく。
変わらずこの程度の単調な攻撃しか繰り出せないか。なら自分が負けることなどありえない。カンナの真正面からの攻撃を難なく避けていく刹那だが、バン!と後ろから強い衝撃を受けた。
「ぐぅ!…なに!?」
自分が攻撃を食らったことに驚く刹那。気がつけば既にマリアと大神そしてすみれの光武がこちらに構えていた。彼らがさっきまで戦っていた場所には脇侍の残骸が転がっている。
脇侍が倒されるのが早すぎる。
(馬鹿な…ほんの3分ほどの時間も経っていないのに…!)
脇侍たちは、マリアとさくらを助け出さんと気合を入れるに入れまくった花組たちによってことごとく倒されており、一機も残らなかった。
「あ~ら、歯応えがありませんわね。この程度の雑兵しか揃えていらっしゃらないのに、よく光武を鉄屑呼ばわりできたものですね」
刹那に向けてすみれが呆れながら言った。
「よし、皆!一斉攻撃だ!マリアは後方から援護を!カンナとすみれ君は前方、俺が後ろから攻める!」
「「「了解!」」
カンナとすみれが先に出て、蒼角へ攻撃を仕掛けた。
繰り出される蹴りや薙刀の一太刀、次々と襲い来るそれらを避けていく蒼角。だが、今度は初っぱなから苦戦を強いられることになる。
正面のすみれとカンナの攻撃を避け、反撃しようとしたところで、振り上げた蒼角の右腕に弾丸が撃ち込まれた。それによって動きを一時封じられ、その隙をカンナとすみれが攻撃する。最初は傷をつけることもできなかった蒼角に、ついにダメージが入った。
「しま…!」
「今だ!」
カンナは好機と見て、蒼角の眼前に立って必殺技を放った。
「当たると痛ぇぞ!〈
地面に光武の腕を突き刺すと、蒼角の足元から霊力を込めた強烈な衝撃波が蒼角を飲み込んだ。
「ぐおぉ!」
「次は私でしてよ!」
カンナだけではない。すみれも光武の薙刀を発火させ、必殺技を繰り出す。
「〈神埼風塵流・胡蝶の舞〉!」
炎を纏う薙刀で、蒼角の身が切り刻まれていく。強烈な技を幾度も受けたことで蒼角の起動が鈍り始め、刹那はこれまでにない焦りを抑えきれなかった。
「お前ら!よってたかって僕一人に一方的に仕掛けてきやがって!それでも正義の味方か、卑怯者が!」
「卑怯者だと?ふざけるな刹那!!」
刹那の勝手すぎる言い分に大神が怒った。
「さくら君とマリアを…俺たちの大切な仲間を、貴様のくだらない卑劣な策のために傷つけた貴様を、俺は絶対に許さない!!」
怒りも込めて一太刀、蒼角に浴びせる大神。反撃しようとする刹那だが、大神の光武を攻撃しようとした蒼角の腕が再び被弾し、攻撃を邪魔されてしまう。
「やはりな。刹那、お前の弱点を見極めた」
刹那の攻撃を妨害したマリアは、あることに気がつく。
「確かにお前は相手の心を読むことでこちらの動きを先読みし、それに応じて的確な対処をとる。だがその能力には穴があるわね」
「穴だと…!この僕の能力に!?」
「ええ。心を読む際に、少なからず相手に対して意識を集中させなければならない。お前の場合、正面に見える少人数の相手なら心を読み、正確な対処が行える。でも…さすがに目に見えない箇所からの攻撃には応対できない。同時に、焦りが高ぶれば昂るほど心を読む力が脆弱なものとなり、対処することができなくなるというわけね」
刹那は図星をピンポイントで突かれ、息を詰まらせる。
マリアはあの激しい戦闘に最中に、刹那の読心能力についての分析を完了していたのである。一度その能力に苦しめられたことの他、花組に刹那と同じく他者の心を読めるアイリスがいるからこそかもしれない。
能力の弱点を把握されてしまっては、読心による対処さえも難しくなる。優位から完全に不利に逆転してしまった。
「よし…みんな、一斉に攻撃をするんだ!敵魔装機兵を機能停止させるまで、一瞬の隙もなく攻撃の手を緩めるな!」
マリアの分析を理解した大神は、全員に再度一斉攻撃を命じる。それに応じた三人は大神と共に刹那へ、周囲からの攻撃を仕掛けた。
…が、その一斉攻撃は届かなかった。
「何!?」
蒼角を、球体状の光の泡のようなものが包み込んでいる。刹那が、蒼角に花組の一斉攻撃が直撃する前に、魔力によるバリアを展開して防御したのである。こんな手で攻撃を防いでくるとは。
「調子に乗るなよ…!!」
一瞬でも自分が不利に立たされた。その屈辱が彼の中に怒りを生み力に変えて、刹那は頭上に蒼角の腕を掲げた。すると、大地から禍々しいオーラに包まれた細長い槍や棘のような突起が、1,5,10…20以上現れ上空に舞い上がった。
「この技で沈め!〈魁・空刃冥殺〉!」
それらの突起は花組全隊員の光武に向かって上空から勢いよく、雨の様に降り注いだ・。
「ぐぁ!」
「きゃああああ!!!」
全ての光武に刹那の生やした突起が直撃した。攻撃を受けた花組の光武たちは、今の攻撃がよほど効いたらしく、全部煙や火花を拭いて膝をついた。
「ち、ちくしょう!光武が動かねぇ!!」
カンナが必死に自分の光武を動かそうとするが、指一本動かない。
「今の出駆動系が狂ったのですね…厄介なこと!」
すみれも自分の光武に同様の症状が出たことに対して悪態をつく。これでは動くことができない。丸裸にされたようなものだ。
逆転できたと思いきや、またしても刹那に優位が立ってしまった。大神は眼前の刹那の乗る蒼角を睨みつけた。奴は結界で身を守っていることをいいことにこちらを再び嘲笑いに来ている。
「この結界は貴様ら程度力では決して破れまい!
赤い巨人の力でもノスフェルは倒せない…つまりお前らはここで皆死ぬってことさ!」
勝ち誇る刹那は結界の中で、取り戻した余裕の高笑いを上げた。
赤い巨人と口にしたとき、大神はふと視線を赤い巨人に向けた。巨大降魔、デビルノスフェルに触手で首を絞められて、向こうもまた苦戦を強いられているのが分かった。
なんということか。これまで自分たち帝国華撃団を助けてくれていた赤い巨人が、ピンチに陥ってしまっている。彼からの救援は望めなかった。刹那もそれを悟り、ますます自分たち黒之巣会が勝利に手が届くところまで近づいたことで笑みを完全に隠せなくなった。
「はははは!!まずは貴様からだ、大神!貴様さえ最初から始末するべきだった…後悔しているよ。でも、もうその心配はない。お前をなぶり殺しにして、バラバラにした死体を晒しものにしてやる!!」
結界で身を守り続けたまま大神の光武の前に立ち、蒼角の爪を向けて切り裂こうとする。
「僕の楽しみを邪魔した罰だ。死ね、大神!!」
「待ちなさい」
マリアの声が聞こえ、蒼角の腕が止まる。大神から一歩下がると、マリアの光武の方を刹那は見やった。
「わざわざ殺されてきたのかい?火喰鳥 」
「…いいえ、お前を討ちに来たのよ」
「バカめ!僕の読唇術を看破したところで、僕の蒼角には勝てない!わからないのか?この蒼角の結界、貴様ら程度の霊力では決して打ち破れない。大人しく僕に殺されろ!!」
バリアを張ったまま蒼角がマリアの方へと走り出したが、マリアはただ静かに銃口を向ける。
彼女の中に渦巻くのは、刹那への強い怒り。こんな外道に心を乱され、仲間を命の危険に晒した自分への怒り。だが、それ以上に抱くものがあった。こんな自分を救いに来てくれた人たちと、彼らと共に生きる帝都を守りたいと言う強い思いが、光武の霊子水晶に呼応し霊力高めていく。
マリアの強い霊力を感じる。
無意識に、ジンは両肘を左右に突き立てる姿勢を取る。
すると、不思議な現象が彼と、マリアの間に起きた。
ジンの体から淡い光が溢れ、マリアの溢れる霊力もまた漏れ出ていくと、それが互いに混じりあっていき、お互いの体の中へと収束する。
マリアの霊力を胸元のプロテクターから受け、ジンにも変化が起きた。
身に纏う冷気が、まるで暑い夏場には天国な涼しい風のようで心地よい。
ふと、頭の中にイメージが浮かんだ。今の赤い巨人の姿の自分が、どこかに向かって指先から光線を放っている
デビルノスフェルと向き合ったジンは、今頭に浮かんだ新たな技を放つことをきめた。
彼はまず、右手で銃を再現…いわゆる指鉄砲の構えをノスフェルに向けた。こんな時に児戯でもするつもりかと一目見た人は思うかもしれない。だが次に彼が放ったものは、そうだとは思わせないものだった。
マリアから吸収した冷気の霊力を自らのエネルギーを、指先からデビルノスフェルに剥けて発射した。
〈
ほとばしる吹雪が、デビルノスフェルの体を飲み込んでいく。雪国のそれにも匹敵…いや、それ以上かもしれない。ジンの放つ吹雪を浴びせられていくうちに、ノスフェルの体は凍てついていく。
地獄のような寒さにノスフェルはやめさせようとジンの方へと走り出そうと…した。だができなかった。わずかな時間で体が凍り付きすぎており、歩くことさえもままならなくなっていた。それでもジンの命を奪い取ろうと迫るも、時間も経たないうちに完全に氷漬けとなり、完全に身動きが取れなくなった。
(…!!)
自分でも驚いていた。マリアの霊力と自身のエネルギーを交換し合うことで、こんな技を出せるようになるとは。
だがこれで、形勢逆転だ。氷漬けにしてしまった今、ノスフェルはただ砕かれるのを待つだけの彫像だ。
どうせなら、もう一つ思いついた技の一つでも披露してやろう。ちょこっと調子に乗ったジンは頭のブーメランを外すと、眼前に立てたところで手を放し、念力で浮かせた。その状態でブーメランを、全力で殴りつけた。
〈ウルトラノックストライク〉!
ジンのパンチによって、ブーメランは剛速球さえも敵わないほどの勢いでノスフェルに衝突する。
その次に起きた光景は、ある種の美しさを持っていた。
氷漬けとなったノスフェルは、ブーメランと激突した瞬間砕け散った。砕けた氷の破片は、夜風と共に空へと舞い上がり消えていった。
無事、降魔を撃破したジンは、刹那と戦っている花組の方へと目を向けた。
(っ!霊力がさらに強く…!)
予想していなかった現象にマリアは驚く。赤い巨人の能力だろうか?一瞬疑惑を抱くも、今はこの強く感じる力はありがたい。それに、自分の霊力と混ざりあうこのエネルギーは悪いものに思えない。
幼い頃に失った両親に、自分を愛してくれた愛しい人に抱き締められた時のような強い安心感があった。
(見ていてください…ユーリー隊長)
「鳴り響け、白夜の鐘…」
脳裏に過ったユーリーに言葉をかけ、マリアは光武の銃口の引き金を引いた。
「〈
発射された氷の弾丸がバリアに包まれる蒼角に向かっていく。それはいつものそれと違い、美しい女神を象った形となっていた。
刹那はそれでも余裕の笑みを浮かべたままだ。馬鹿正直に正面から撃ってくるとは、この結界が破れないと思って自棄を起こしたとしか思わなかった。
しかし、氷の女神が蒼角のバリアに特効した瞬間にその余裕は崩れ去った。
蒼角の中を、真冬のような強い冷気が包み込み、操縦席内の彼も足元から凍り付き始めた。
「な、何!?」
バリアでも防ぎきれないだと!?そんな馬鹿な!確かに今この結界で防いだ。だから蒼角に傷ひとつつかなかったのだ。
(まさか…!)
刹那の頭の中に、核心的な予想がついた。
マリアの放った氷の弾丸の威力ではなく、それが爆発して放出された冷気が強すぎたのだ。いくら攻撃を遮断できても、冷え込んだ空気までは防げなかった。
強力な冷気が蒼角の内部を侵食し、凍りつかせる。結果、蒼角は機能停止し、バリアも強制的に解除されてしまう。
「少尉!」
「おう!」
マリアが大神に向けて叫ぶ。大神は呼びかけに応じて光武の刀に雷を纏い、蒼角へとまっすぐ向かっていった。
かつてない危機感を抱いた刹那は、蒼角を必死に動かそうとするが、やはり動かない。
「くそ!ポンコツが!!おい!こっちに戻ってこい!僕を守ることを優先しろよ!!」
最後の望みを、ノスフェルに無理やり押し付ける刹那だが、ノスフェルの方を見やった彼は絶望した。
既に赤い巨人によって、ノスフェルはちょうど氷漬けにされたところを砕かれたところだった。
「や、やめろ、やめてくれ!!マリアたちをいたぶったりしたことは謝る!だから…!」
「うおおおおおおおお!!!狼虎滅却…!」
逃げることも防ぐこともできず、つい命乞いのセリフを口にした刹那だが、当然届くはずもない。大神の雷の刃が、ついに刹那の乗る蒼角のボディに食い込んでいく。
「〈快刀乱麻〉ああああああああ!!!」
大神は構わず、蒼角の体を…内部にいる刹那ごと切り裂いた。
「…が…!?」
上半身と下半身が切り裂かれ、ショートした蒼角は木端微塵に砕け散った。
二日後…
「さくら君、入るよ」
大神とジン、そしてマリアはさくらの部屋を訪れた。
「あ、みなさん…今日も来てくれたんですね」
来訪者の顔を見てさくらの顔に笑みが浮かぶ。
あの戦いの最中、月組によって急遽さくらは帝劇へ運ばれ治療を受けた。刹那の拷問によって酷い怪我を負ったため、当然ながら刹那との決戦には参加できず、今日もまだ怪我が治り切れていないので女優活動も休業中。部屋で療養することになっていた。
「怪我の具合はどう?」
ジンが今の容態をさくらに尋ねる。
「あと数日もすれば、怪我の痕も残らないそうです。その後は以前通り舞台に建てるようになると思います」
「そっか…」
それを聞いて大神がほっと安心するが、一方で罪悪感も感じる。刹那との一度目の戦い、月組の隊長が捕まった時にもっと冷静に対処できていれば、さくらが人質に取られ、その間に彼女が拷問を受けるということはなかった。しかもさくらが人質とされたことでマリアも連鎖的に敵の手に落ちてしまうという事態まで引き起こしてしまった。隊長としてまだ未熟さを思い知らされた戦いだった。
「さくら君。すまなかったな、この前の戦いは…」
「大神さんったら、そんなに何度も謝らないでください。あたしは、あの時の大神さんを寧ろ尊敬できる人だって思ったんですし、刹那に掴まったのはあたしも油断していたせいでもあるんですから。
だから、もうあの時のことで謝らなくていいんですよ」
頭を下げてきた大神に、さくらは気にしていないと首を横に振ると、マリアの方へと目を向ける。
「それにあたし、マリアさんにも迷惑かけちゃったし…」
「さくら…いいえ、私も今回の戦いについては悪いことをしたわ」
自分の方がさくらに謝らなければならない。マリアは刹那の手に掴まった時のことを思い出した。
かつて愛した男との思い出を汚され、挑発に乗って冷静さを欠いた挙句、人質にされたさくらの身を顧みずに刹那を殺そうとした。手を出せば、奴の手にあったさくらの命がなかったことなどたやすく想像ついていたはずだ。
「それに…ジン。私はあなたにも謝らないといけない。ごめんなさい」
「え?」
マリアから謝罪を受け、ジンはきょとんとする。
「あなたの過去についてよ。私は、あなたが記憶を持っていないことを悪く言ってしまった。一番辛いのはあなたのはずなのに…」
「あぁ…」
ジンはそう言われて納得する。刹那やデビルノスフェルに勝ってさくらやマリアを救うことにしか頭になかったからすっかり忘れていた。確かに刹那との二度目の戦いの前、マリアから『記憶がないあなたに私の気持ちなんかわからない』などと言われてしまった。
「僕も気安い言葉をかけて怒らせちゃったし、御相子だよ。マリアさんの過去に、あんな悲しいことがあったなんて知らないで…」
そこまでジンが言ったところで、大神とさくらの顔が悲し気なものに変わる。
あの戦いの後、ジンたちはマリアの口から彼女の過去のことを明かされた。なぜ話す気になったかというと、仲間たちへの詫び…特に大神にミスを指摘しておきながら自分も同じように勝手な行動に走ってしまった自分への戒めも兼ねてのことだという。
かつてロシアで起きた欧州大戦にて、兄のように慕い、そして異性として愛したユーリーとの悲劇的な別れを遂げたこと、その死の悲しみを埋めるように、あやめにスカウトされるまではマフィアの用心棒として…おぞましい『火喰鳥』として生き続けてきたことをマリアは全部話したのである。
なぜ隊長失格の烙印を押し付けるまでに大神を否定したのか、ジンたちはそれを理解した。
「それに、僕たちは同じ帝劇の仲間同士だ。助け合ってなんぼだよ」
「…ありがとう」
ジンからそう言われ、マリアはほほ笑んだ。さっきからお互いに謝りあってばかりだ。やや空気が重く成り気味だったことを察知したジンは、パンと両手を叩く。
「さ、もう謝罪合戦はこれでおしまい。それよりも明日以降の営業について考えていかないと」
「そうだな。俺たちは黒之巣会との戦いがすべてじゃない。さくら君、俺たちは待ってるから、ゆっくり養生してくれ」
「はい」
「隊長。さくらに渡すものがあったのでは?」
自分の過去を話してから、マリアは大神のことを少尉ではなく、隊長と呼ぶようになった。ジンはそれを聞いて、なんとなく察しを付けていた。
マリアが大神をずっと隊長と呼ばなく、そして認めようとしなかった理由。それはユーリーのことがあったからだ。ユーリーが爆弾を持って敵の戦車に特攻して自爆、大けがを負ったところで駆け付けたときには、そもそも死ぬ前提で特攻したこともあって手遅れだった。あの時、撤退命令を下した隊長の命令を無視し、共に戦いに臨めば、あるいは隊長を強引に連れて撤退していれば、彼を失うことはなかったかもしれないという後悔を、ずっと引きずり続けていた。そのトラウマから発生した心の弱さを刹那に付け込まれてしまった。
隊長という言葉は、マリアにとっては自分の愛する男への呼び名だった。
ユーリーのことを忘れたわけではないしこの先も忘れることもないだろう。でも、いつまでも囚われていては、ユーリーも安心して眠れない。今回の戦いで悟ったマリアは、大神への呼び方を改めることから始めていた。
マリアから言われると、大神は一歩前に出て、手に持っていた花束を渡した。
「あ…あぁ、そうだった。さくら君、これを受け取ってくれ」
さくらに差し出されたのは、バラの花束だった。
「わぁ…!ありがとうございます、大神さん!」
バラの花を渡され、さくらはこれまでにない満面の笑みを浮かべた。それを見て釣られるように大神も笑った。
「喜んでくれたみたいでよかったよ」
「あの…大神さん…赤いバラの花言葉をご存知ですか?」
さくらは、やや顔を赤らめながら、嬉しそうだけどどこか恥ずかしそうに花束で顔をちょっと隠しながら大神を見ながら尋ねた。
「花言葉?えっと…なんだろう」
「あ、いえ…ご存じないならいいです!」
どうやら知らずに見舞いの花を選んできたようだ。さくらは慌てて何でもないふりをする。ジンはさくらの反応に首を傾げる。
「花言葉?マリアさん、知ってる?」
「ふふ、そういうことは聞かない方がいいわ。ましてさくらの前なんだから」
マリアに尋ねてみるも、なぜか微笑ましげに笑ってごまかされてしまった。さくらは危機感を覚え、マリアに向けて大声を上げる。
「ま、マリアさん!!だめですよ、お願いだから言わないでください!!」
「なんでそんな必死なんだ?」
「知りません!大神さんのバカ!」
さくらは必死にならざるを得ない。ここでバラの花言葉が愛だと知られたら、大神が自分へ愛の告白をしようとしているとイメージさせられる。そんなことを想像してしまったと気づかれたら、自分が大神に対して…
(だ、だめよさくら!こんな早すぎるタイミングで知られるなんてあってはだめ!すみれさんとかにも知られたら絶対からかわれる!)
実は、さくらは前回の戦いで大神に救出されて以来、どうも大神の顔が頭から離れられなくなっていた。元々士官学校の首席で、容姿も十分に整っている大神。女子としては気にならないわけではないが、大神に必死に助けてもらったせいか、大神のことを想うと心臓がバクバクしてしまうようになったのである。
なんとか隠そうとするのだが…少なくとも一名には気づかれていた。同性だからだろうか。一番それに気づいていたのはマリアだった。
きっとさくらは素敵な恋を見つけたのだ。あの時、ユーリーと出会い、共に過ごしてきた頃の自分の様に。そして彼女の未来には輝かしい幸がある。でもそれを邪魔する、刹那たち黒之巣会のように邪悪な輩もまた存在している。
(ユーリー隊長、私はあなたの分も強く生きます)
マリアは強く誓った。
(ここにいる…帝国華撃団の仲間たちと共に)
このささやかな日常にある幸せを、絶対に守り抜き、みなと共に生きることを。
次回予告!
マリアさんと大神さんが和解し、さくらも無事復帰。
花組は新たな演目『愛ゆえに』の公演を始める。
でも初ヒロイン役のさくらはさっそく盛大なドジをしてしまい……
一方、新たなメンバーが花やしき支部から来る。
その名は李紅蘭。
発明家ということもあって面白い意味で変わった人なんだけど、それだけじゃないみたいで…
次回!第伍話
『紅蘭の願い』
太正桜に浪漫の嵐!
全ては大願成就のための『道具』やて…?ふざけんなや!!