つま先立ちのアクトレス ~ Story of Eli   作:Kohya S.

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12. ランチタイムコンサート

 オープンキャンパスが終わってからもμ'sは活動を続けた。そのひとつとして七月には秋葉原の路上でライブを開催した。突然の開催だったにもかかわらず多くの観客が集まり、絵里は廃校阻止に向けて確かな手ごたえ感じた。

 

 そして期末試験が終わり、音ノ木坂学院は夏休みになった。

 

 μ'sはいつも練習場所として、校舎の屋上を使っている。しかし夏休みともなると暑さは耐えがたく――メンバーは夏休みに入って早々、夏合宿をおこなった。

 行先は一年生の西木野(にしきの)真姫(まき)の、海辺にある別荘だった。

 

 この機会に絵里はある提案をした。μ'sのなかでは先輩、後輩の区別なく、名前で呼ぶことにしようというものだった。絵里は三年生で――かつ生徒会長だというのもあるだろう――後輩からはさん付けで呼ばれていたが、それが垣根になっているのではないかと感じていた。

 そのアイデアは大当たりだったようで、合宿後メンバーの絆はより深まったように思えた。また、個人的にも、後輩ではなく友人になれたようで絵里は嬉しかった。

 

 夏休みも中盤にさしかかったころ。

 その企画は花陽のひとことから始まった。

「この前のお昼、御茶ノ水の新しくできたビルに行ったんですけど……。ランチタイムコンサート、っていうの、やってました」

 

 練習の昼休み、中庭で弁当を広げていたときだった。

 花陽と凛、真姫がいうには、たまたま三人で遊びにいったとき、あるビルでコンサートをやっているのに出会ったのだそうだ。

 

「出ていたかたは、アマチュアバンドみたいでした」と花陽。

「うん、だから、凛たちでも平気だよ」

 それならμ'sでも参加できるのではないか、とメンバーは盛り上がった。

 

 皆が食事を終えて一息ついたとき。

「でも、もしやるとしたら、どうすればいいのかな」

 花陽がぽつりと漏らした。

「えー、どこかに行って、これからライブやりまーす、って宣言すればいいんじゃないの?」と穂乃果。

「そういうわけには行きませんよ。学院のなかでやるのではありませんから」

 海未があきれたというように首を振った。

「警備員さんに、怒られちゃう、かな」

 ことりも苦笑する。

「あら、それが本当のゲリラライブよ。格好いいじゃない」

「評判を落としてどうするのよ……」

 ふふんと笑うにこに真姫が突っ込みを入れた。

 

「そうね、私たちが主催するのは難しいわね。会場を押さえるのも大変だし……」

 絵里は話が迷走しそうなのを見て冷静に指摘した。

「そんなー、絵里ちゃん、なんとかならないの」

 穂乃果が絵里の手を握って懇願する。他のメンバーもじっと絵里を見つめていた。

 

 みんなして、なによ。……私、こういうの、弱いのよね。

 

「……もし、花陽たちが見たのと、同じ場所でいいなら……次回開催について、問い合わせてみましょうか」

「さすが、絵里ちゃん!」

 穂乃果は絵里の手を握りぶんぶんと上下に振った。他のメンバーも歓声をあげた。

 

 絵里は花陽たちから具体的な場所を聞いた。

 

 その日の夕方、帰宅した絵里はその複合施設の事務室に電話をかけた。電話に出た男性は親切にコンサートの窓口を紹介してくれた。

 

 窓口に問い合わせるとμ'sにとって幸運なことに、ちょうど次回コンサートの出演者を募集していたらしい。募集要項をメールで連絡してくれることになった。

 絵里はさっそく要項にしたがって――デモビデオとして動画サイトのURLを記入した――申し込んだ。

 

 数日後には先方の担当者から連絡があった。スクールアイドルの応募は初めてらしかったが先方は乗り気で、最終的な面接に穂乃果と絵里がその施設までおもむいた。

 そしてさらに何日かあと、絵里のところに出場決定の通知が来たのだった。

 

 練習前、屋上に集まったメンバーに、それを伝えたときの喜びようは見物(みもの)だった。

「えへへ、面接、ばっちりだったもんね」「穂乃果もやるときはやりますね」「やったね、穂乃果ちゃん♪」

 二年生組は手を取りあって笑いあっていた。

「やったね、凛ちゃん」「やったニャー」

 凛と花陽はぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「ふふん、ゲリラじゃなくなった、ってわけね」「だからゲリラから離れなさいよ」

 腕を組んで胸を張るにこに、あくまでクールに構える真姫。

「絵里ちのおかげやね」

 希が絵里に微笑んだ。

「いいえ、みんなのパフォーマンスが、よかったからよ」

 絵里も笑い返した。

 

 本番のコンサート――というか、ライブ――は夏休みの最後の週で、時刻は当然ながら昼過ぎだった。また使える時間は一グループあたり十分程度とのことだった。

 

「ワンコーラスなら三曲、行けるわね。どの曲にしましょうか」と絵里。

「やっぱり『僕らのLIVE 君とのLIFE』は外せないと思います!」

 花陽の言葉に全員がうなずく。

「あとは『Wonder Zone』もですね」と海未。これも全員同意だった。

「それで、もう一曲は……?」

 凛が首をかしげた。

「学園祭用の曲は、ちょっと間に合いそうにないわね」とにこ。

 その曲はちょうど今、真姫が作曲している最中だ。

 

「『これからのSomeday』がいいんじゃない?」

 絵里は提案する。

「でも、七人分しか衣装が……」とことり。

「七人でやりなさいよ。せっかくだし」

 

 穂乃果がきっと顔を上げた。

「やっぱり九人いないとダメだよ! だって、μ'sは九人なんだもん!」

「穂乃果……」

「まあ、そういうことやね。フルコーラスで二曲、でいいんと違う?」

 希がもったいぶってそういうと絵里以外の全員がうなずいた。

「……わかったわ。そうしましょう」

「おーっ!」

 全員が唱和した。

 

 絵里は穂乃果の、そしてメンバーたちの気持ちが嬉しくて――心がじんわりと温かくなるのを感じたのだった。

 

        ・

 

 ライブが翌週に迫ったころ。

 練習を終えて帰宅した絵里のもとに電話があった。黒田からだった。

 

『いま、大丈夫かな』

「ええ、すこしなら。……もしかして、またパーティ?」

 μ'sの活動も本格的になってきて、絵里はそういったものに時間を取られるのは気が進まなかった。でも、廃校は、まだどうなるかわからないし……。

『話が速いね。似たようなものだよ。まあ、今回は食事会だから、わりと気楽だと思う』

 前回も似たようなこと、いってなかったかしら……。そのわりに、たいへんだったわよね……。

『来週の水曜日、昼から付き合って欲しい』

「来週、水曜日?」

 

 絵里はすぐに思いついた。ランチタイムのライブの日だ。

 

「その日はだめね」

『ん、夏休みだし、特に何もないだろう。一日くらい、部活も休めるんじゃないか』

「とにかくダメなのよ。……ごめんなさい」

『……珍しいな。……契約があっても、かい?』

「無理に付き合わせない、って条件だったでしょ」

『それはそうだが……。できる限りのことはする、と』

 

 絵里は悩んだ。ライブは絶対に外せないわ。でも、契約もあるし、本当のことをいうべきよね。……すごく恥ずかしいけど。

 

「……ライブがあるのよ」

『ライブに行くくらいなら、契約を優先してもらわないと困るな』

「私のライブよ!」

 電話口で絵里は顔を真っ赤にする。

 

『……絢瀬君の?』

「その……音ノ木坂にスクールアイドルができて……私も加わったのよ」

 絵里は消え入りそうな声でいった。電話の向こうで黒田が声を殺して笑っているのが聞こえた。だから嫌だったのよ……。

『……いや、すまない。うん、たしかにそれは仕方ないな。わかった、私一人で行こう』

「……そうしてちょうだい」

『いや、意外に似合いそうじゃないか。ぜひがんばってくれ。それじゃ』

 含み笑いを残して電話は切れた。

 絵里はスマートフォンを乱暴にベッドの上に放り出した。

 

 もう、あそこまで笑うことないじゃない。それに、意外に似合いそう、なんて、失礼しちゃうわ。

 

 ただ、似合いそうといわれたこと自体は――ほんのすこしだけ、嬉しかった。

 

        ・

 

 前日の朝、営業時間外におこなわれたリハーサルを経て、いよいよライブの当日を迎えた。

 複合施設は高層ビルと中層ビルからなり、ランチタイムコンサートはその二棟のビルのあいだ、ガラス張りの広場でおこなわれるとのことだった。そこに設けられた仮設のステージにはドラムセットや音響機材などが設置されていた。

 

 午前中から絵里たちμ'sのメンバーは用意された控室へ入った。そこでオープンキャンパスのときと同じステージ衣装に着替えて出番を待つ。

 

 演奏時間が近付いてステージ裏に移動した。前のグループの演奏――おそらくジャズのようだ――が聞こえてきた。

 

 絵里はふと不安にとらわれた。考えてみれば学院の外でライブをするのはまだ二回目だった。私、うまくやれるかしら。急に心細くなる。

 絵里はつぶやいた。

「さすがに緊張するわね」

 

 それがきっかけになったのかメンバーたちも口々に話し始める。きっとみな同じ心境だったのだろう。

 

「ニコちゃん、震えてるニャ」

「ば、馬鹿ね、これは武者震いよ」

「ううっ、心臓がバクバクいってます……」

「大丈夫よ、たいしたことないわ」

「こんな短いスカートで人前に出るなんて……やっぱり無理です!」

「海未ちゃん、往生際が悪いです♪」

「すごく似合ってるやん」

 

 絵里には会話するうちにメンバーの張り詰めていた雰囲気がほぐれていくのがわかった。こういうところも、μ'sらしいわよね、と思う。

 絵里の不安もどこかに溶けていった。むしろ心地よい緊張感に包まれる。

 

 ええ、あれだけ練習したんだから、ぜんぜん平気よ。

 

 それははるか昔、バレエのコンクールの直前に味わっていたものと同じだった。

 

「あれやろう、あれ!」と穂乃果。ステージ裏なのでさすがにすこし小さな声だ。

 全員で円陣を組みVサインを組み合わせた。ひとりずつ数を読み上げる。

「よーし、いっくぞー!」

 穂乃果が宣言した。

 

 前のグループの演奏が終わったようだった。

 

「続きましては、当コンサート、初参加となります。音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sの皆さんです。盛大な拍手をお願いします」

 アナウンスが流れた。

 

 絵里たちはステージに進み出た。ステージの周りには数十人の人垣ができていた。多くはスーツやブラウスのオフィスワーカーらしい姿だったが、学生らしき人もちらほらと見えた。

 

 廃校回避のためのPRをしたいことはあらかじめ伝えてあった。穂乃果が挨拶する。

「えっと、突然すみません。音ノ木坂学院、二年生の高坂穂乃果です。私たちの学院は、廃校になるかどうかの瀬戸際にいます」

 それを聞いたのか足を止める通行人もいるようだった。

「廃校になるかどうかは、来年の入学希望者にかかっています。もし、中学生のお子さんがいる人がいたら、ぜひ、音ノ木坂学院をよろしくお願いします! それでは『僕らのLIVE 君とのLIFE』、聞いてください!」

 

 絵里たちは位置についた。何度も聞いたイントロが流れ始める。

 いったん踊り始めてしまえば、前にいるのが中学生かサラリーマンかは関係なかった。いつもよりも狭いステージだったが懸命に歌って、踊った。

 

 一曲目が終わり二曲目に移る。ことりがセンターに立った。ガラス張りの空間に甘い声が響く。

 絵里も心を込めて歌った。人垣は増えこそすれ、まったく減っていないようだった。

 最後まで歌い終えて絵里は目を開けた。

 

 大きな拍手が鳴り響いた。メンバーたちは嬉しそうに顔を見合わせる。観客に向かって全員で頭を下げた。

 

「ありがとうございました。μ'sの皆さんでした。盛大な拍手をお願いします」

 拍手に送られながら絵里はメンバーと一緒にステージから降りた。

 

「大成功やね、絵里ち」

「ええ、よかったわ」

 ステージ裏に戻りながら、希にそう答えた絵里の目の端に、見慣れた姿が映った。人垣の一番外側にいたのは、白いシャツにダークグレーのスーツ、目立つ長身――黒田だった。

 彼は明らかに笑みを浮かべていた。

 

 え、うそでしょ。どうしているのよ……。

 

「絵里ち」

 希の声で絵里は我に返った。希は不思議そうに絵里を見ている。絵里はあわててメンバーを追った。途中でちらりと振り返るとすでに黒田の姿は消えていた。

 

 ステージ裏へ戻るとメンバーたちは手を取りあって喜んだ。しかし絵里はどうしてもその輪に加わることができなかった。

 

        ・

 

 控室に戻って着替えたあとはメンバーで打ち上げに行くことになった。夕食にはまだ早いため穂乃果の提案でカラオケへと向かった。

 

 それぞれのメンバーが思い思いのスイーツやドリンクを注文した。

 

「えー、それでは、ライブの成功を祝いまして……」穂乃果が音頭を取る。「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 皆が唱和した。

 

「ライブ、大成功だね!」

「いい宣伝になったわね」

「入学希望者、増えるに違いありません!」

 わいわいと盛り上がるメンバーたち。

 ただ絵里だけは、最後に黒田を見かけたことが気になっていた。

 

 べ、別に見られて困る、ってわけじゃないわよ。ライブだもん。服だって、ドレスと変わらないし。でも、どうしてこんなに……その、恥ずかしいのかしら……。

 

「絵里ち、顔、赤いで。大丈夫?」

 またもや希に声をかけられてしまった。

「だ、大丈夫よ。ちょっと思い出してただけ。お客さんのすごく反応、よかったわよね」

「そうやね。これなら期待、持てそうやね」

「ええ」

 

 もう、うじうじ考えてても仕方ないわ。

 

「一番、絢瀬絵里! 『Private Wars』、歌います!」

「おおっ!」「ひゅーひゅー!」「きゃー、かっこいい♪」

 吹っ切れた絵里のおかげでその日の打ち上げは大いに盛り上がった。

 

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