つま先立ちのアクトレス ~ Story of Eli   作:Kohya S.

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4. 発表会

「えー、このように、弊社はつねに、時代の先端を行くお客様に、サービスを提供してきたわけでございます……」

 都内の某ホテル、地下のバンケットルーム。午後遅くからジーラスの新サービス発表会がおこなわれていた。

 ステージでは社長の榛沢(はんざわ)が、プロジェクタで映されたスライドを背に会社の経営方針と新サービスの概要を説明していた。

 

 榛沢は小柄でやや小太り、眼鏡をかけている。ポロシャツにチノパンというラフな格好で朴訥(ぼくとつ)としたしゃべり口だった。

 

 黒田はステージ脇からそれを見守っていた。榛沢のプレゼンは決して印象的ではないものの、誠意ある態度は聴衆になにか訴えるものがあるらしく、黒田は高く評価していた。

 

 会場に目をやると百以上ある席はほぼ埋まっていた。上々だろうと思う。随所にノートPCのロゴマークが光っているのが見えた。

 

「反応、悪くないですね」

 隣にいた中西がつぶやいた。黒田はうなずく。中西は登壇の予定はないがサポートとして控えていた。

 

「……今後にも、ぜひご期待ください。ありがとうございました」

 榛沢が頭を下げた。聴衆から上がる拍手。

 

「黒田君、頼みます」

「はい」

 ステージを下りてきた榛沢と、黒田は言葉を交わした。

 

「……続きまして、弊社CTO、黒田より、詳細についてご説明させていただきます」

 司会の声が告げる。黒田は胸元のマイクの向きを調整し、ステージに上がった。

 

 黒田はブルーのストライプシャツに、ダークブルーのスーツだった。襟元のボタンを外し、ネクタイはあえてつけていない。

 

 ふたたびわき起こる拍手。

「黒田です。よろしくお願いいたします」

 しっかりと礼をしてから顔面に笑みをのせる。暗い会場のなか聴衆の目だけが輝いて見えた。シャッター音が響く。

 

 この瞬間はたまらない、と思う。緊張よりもむしろの高揚感のほうが強い。準備は万端、あとはそれをどう見せるかだけだ……。

 

「このサービス、『エンシュアル』は、コミュニケーションの新しいページを開くものになるでしょう……」

 黒田はステージを縦横に歩き回りながらプレゼンを続ける。

「評価とシェア、そのスパイラルがユーザーの心をつかんで離さない、そう考えています……」

 

 聴衆の反応は悪くなかった。ときおり笑いを交えるのも忘れない。サービスの技術的な面は、飽きさせないレベルで、それでいてなにかすごいと思わせるように。

 そして、いよいよまとめに入る。サービスの先進性を強調し、将来性をアピール。

 

「……ありがとうございました」

 にこやかに微笑み、深く頭を下げた。今日一番の拍手が会場をおおった。

 

 黒田はステージから下がった。

 ふーっとため息をつく。

 

「よかったですよ、黒田君」

 榛沢は満面の笑みだ。黒田も笑い返す。中西は笑いながらも、なにか複雑な表情を浮かべていた。

 

 まあ、及第点か、と思う。ただ、まだ気は抜けない。質疑応答が控えていた。

 

「続きまして、質疑応答に入らせていただきます。お時間の関係もありますので、一社一名様、一問のみとさせていただきます」

 ステージ上にシンプルなテーブルと二脚のハイスツールが用意された。黒田と榛沢がふたたびそこに上がる。

 

 司会が手を挙げた記者を指名した。

「フリーランス、永野です。今回のサービスですが……」

 最初の数問は想定された範囲内で、ふたりでなんの問題もなく答えた。

 

「インフォマーク、寺田です。御社の既存サービス、『サイドグラム』ですが……」

 

 来た、と黒田は身構えた。サイドグラムは中西が担当しているサービスで――絶賛トラブル発生中だ。ただ、その質問が出るであろうことは予想していた。

 

 寺田と名乗った男は続ける。

「ユーザーのあいだでも最近、反応が悪いと話題になっています。失礼ですが、サイドグラムは御社の屋台骨かと思われます」

 まったく失礼だな、と黒田は思う。

「……新サービスに注力して、大丈夫なのでしょうか。こちらに対する御社の方針について、お聞かせいただければ幸いです」

 

 黒田は榛沢と視線を交わした。榛沢がかすかに目で合図したのを見て、黒田は話し始める。

 

「問題が起きていることは承知しております。皆さんご存知の通り、『サイドグラム』は昨年開始した、スクールアイドル関連のコミュニケーションサービスですが……」

 言葉を切り、聴衆がうなずくのを確認する。

「……最近の急速な盛り上がりは、正直なところ、想定外でした」

 大げさに首を振って見せる。一部の聴衆から笑い声が上がった。うん、悪くない。

「とはいえ現在のところ、問題は許容範囲と考えております。近いうちに大規模なアップデートを予定しておりますので、それで解決されるとご理解ください」

 

 榛沢があとに続いた。

「サイドグラム以外の弊社のサービスは順調に推移しています。また、なにより先端的なサービスを供給し続けることが、弊社の使命だと考えております」

「……ありがとうございました」

 寺田はそうこたえマイクを返した。

 

 それからの質問は新サービスに終始し、発表会は無事に終了した。

 

        ・

 

 黒田は榛沢、中西とともに、控室として使われている小宴会場に移った。

 

「いや、ひやひやしましたよ、あの質問」

 中西は足を投げ出すようにして椅子に座っている。

「まあ、想定した範囲だな。もっと突っ込まれたら面倒だったが……」

 黒田はかたわらのワゴンに用意されていた炭酸水を飲む。火照った体にその冷たさが心地よかった。

「ラブライブの件、とかですか」

「ああ、まだ(おおやけ)にはなっていないから、おそらく出ることはないと思ってたよ」

 

 「ラブライブ!」は一部で話が進んでいるスクールアイドルのプロジェクトで、立ち上げにはジーラスも関わってきていた。

 黒田はスクールアイドルには特に興味はなかったが――思い入れがあるのは榛沢だ――会社が関わっている以上、ある程度のトレンドは押さえていた。

 

「ただ、このままだとまずいのは、たしかだよね」

 榛沢が気弱そうにいった。たしかにラブライブ開催が発表されればスクールアイドル人気は盛り上がり、システムの負荷は一気に増すだろう。中西の顔が曇るのがわかった。

「……まあ、今日は記念の日ですから、その話はそれくらいにしておきましょう」

 黒田は榛沢にも飲み物を差し出した。

「ありがとう」

 榛沢は一気にあおった。

「……これからパーティだろ。私、まだああいうのは慣れないよ」と榛沢。

 

 これから会場を上層階に移して、一部の取引先など、関係者だけが参加する非公式な記念パーティが予定されていた。ドレスコードは略礼装(インフォーマル)なのでそれほど厳しくはないが――。

 

「私もですよ、榛沢さん」

 黒田は力づけるように笑って見せた。

 

 正確には慣れない、というのは嘘になるな、と思う。面倒だ、というのが正しいだろう。

 黒田は大学こそ都内だが出身は地方――いわゆる旧家の出で、幼いころからなにかにつけて、地元の有力者などとの行事に引っ張り出されていた。

 それが嫌でたまらず、なかば勘当同然に東京に出てきたのだが――。

 

 また似たようなことになっているのは皮肉だな……。

 

「黒田君、そういえば今日はひとりかい? 彼女は?」

 すこし考え込んでいた黒田に榛沢がいう。

「ああ、振られてしまいましたよ」

 黒田は肩をすくめてみせた。

「そうなのか。きっと婚約でもすると思ってたんだけど……。パーティに連れてくる、ってことは、そういうことだろ」

「ええ、私もそのつもりだったのですが……」

 榛沢さんに嘘をつくのは心が痛むが、まあ許してもらおう。

「君なら、きっといい人が見つかるよ」

「だといいんですが」

 

「社長、奥様が到着されました。そろそろご準備を……」

 社長付の秘書が声をかけた。榛沢はやれやれというように首を振り、腰を上げた。

 室内を見ると、三人以外の会社の上層部の社員たちも集まってきていた。

 

 黒田も別の部屋に移りダークスーツに着替えた。

 

        ・

 

 パーティは榛沢の乾杯の音頭から始まった。

 

 会場はビュッフェスタイルで、料理人のいる大きなテーブルがふたつ。小さいテーブルは無数に並べられていた。参加者は五、六十名ほどだろうか。

 広い窓からは東京の夜景が見渡せた。すぐ近くには暗く沈む皇居と、対照的に輝く丸の内のビル街、遠くには東京タワーや新宿の超高層ビル群が見える。

 ただ、黒田には夜景をゆっくりと眺める時間はなさそうだった。

 

「お世話になっております……」

 取引先の社長に挨拶する。続いては著名なライター。

「新サービス、期待してるよ」「ありがとうございます」「うちで特集、組めればいいんだけど」「ええ、ぜひお願いします」「今日はひとりかい、色男」「まあ、そういう日もありますよ……」

 榛沢や中西もホスト役としてがんばっているようだった。

 

 すこし落ち着いたかと思うと、黒田が()いたのを見つけた客が向こうから話しかけてくる。そのなかにはいちばん面倒な手合いもいた。

 

「さきほどの発表、決まってましたわ」「とんでもない」「スーツ、よくお似合いです」「あなたのほうこそ、素敵な(よそお)いです」「今日はひとりなのね」「はい、たまたまですね……いえ、ご遠慮させていただきます」

 

 女性陣だった。関係者だけのはずなのに、どうしてこんなに話しかけてくる女性がいるのか――パートナーの有無はわからないが――黒田は本当に不可解だった。

 榛沢が既婚者なので、頻度が上がるのも困りものだった。

 

 ようやく解放され、グラスを片手に目立たないように隅の椅子に座る。ドリンクはノンアルコールだ。

 

「だいぶお疲れのようね」

 

 隣の椅子に女性が腰を下ろした。ボブの黒髪で細い顎、鋭い目つき。メイクもばっちりだ。すらりとした体に、大きく肩の出たピンクのワンピースを身に着けている。首元にはパールのネックレス。

 

「ああ、岡本さん……」

 

 面倒なのが来たぞ、と思う。岡本はIT系ニュースサイトの記者で、年のころは三十くらいだろうか。ことあるごとに黒田に絡んできて、うっとうしいことこの上ない。ただ記者ということもありあまり邪険にもできなかった。

 

「今日はわざわざ、ありがとうございます」

 椅子に座り直し、内心をおくびにも出さず微笑む。

「新サービス、よさそうですわね。どうなるか期待してます。ところで……発表会、あの質問には困ったでしょ?」

 岡本は共犯者のような目をして笑う。

「いえ。……まあ、想定内でしたね」

「あら、そうかしら。……まあいいわ。ところで今日は、あの人は……?」

「あの人、とは?」

 心当たりは大いにあったものの知らんぷりをする。

「あの気の強そうな女性よ」

「ああ、彼女は……もともと、そういう関係ではないので」

 黒田は首を振る。

「……お付き合い、してたんじゃないの。いつもいっしょにいて」

「皆さんが勝手に誤解されただけですよ」

「あら、そうなのね……」

 

 岡本は急に真面目そうな顔になった。

「ところで、インタビュー、受けていただけないかしら。今度うちのサイトで、注目のWebサービスの特集を組むんだけど」

「ほう」

「このパーティ、そろそろお開きよね。よかったらそのあとでも……」

 なにが特集だ、と思う。いま思いついたことに違いなかった。

「ぜひお受けしたいのですが……申し訳ありません。明日も早いので」

 非常に残念だというように顔をゆがめてみせる。

「それに、広報を通していただかないと、困ります」

「あら、私とあなたの仲じゃないの……。ま、いいわ……それじゃ、また今度ね」

 彼女が腰を上げる。

「はい、よろしくお願いします」

 黒田はふたたび笑みを張りつけた。

 

 まったく、どんな仲だというんだ……。何度か酒を飲みに行ったくらいじゃないか……。

 

 それからも退屈で面倒な数十分が続き――ようやくパーティは終わった。

 

        ・

 

 黒田はタクシーで帰宅した。

 彼の住む中層マンションは会社からそれほど遠くない住宅街にあった。エントランスをカードキーで開ける。エレベータで最上階へ。

 部屋の扉にふたたびキーをかざすと緑色LEDの点滅が黒田を迎えた。

 

 リビングまで歩いて鞄をほうり投げ、ソファに体を投げ出した。扉の鍵が自動的に閉まるモータ音が聞こえた。

 

 マンションは広いLDKにロフト、寝室のほかに数部屋がある、ひとりで住むには十分すぎるものだった。上品な淡いベージュの壁、無垢材の明るいフローリング。随所に同じく無垢の木材があしらわれている。

 

 しばらくして黒田はゆっくりと立ち上がった。サイドボードからエメラルド色の瓶を取り出す。キッチンまで行きグラスを取り、冷蔵庫の氷を入れた。瓶から適当に注いで軽くステア。

 ふたたびリビングに戻ってソファに座った。

 

 LDKは殺風景で、家具は大型のテレビの置かれたローボードとソファセット、酒瓶などの並ぶサイドボード、それに窓際のアームチェアくらいだった。

 生活感がない、と前の女にはさんざんいわれたものだった。

 

 ジンのオンザロックを口に含む。清冽(せいれつ)な香りが、ずっと体にまとわりついていた瘴気(しょうき)のようなものを取り払ってくれる気がした。

 今日は疲れたな、と思う。

 

 発表会はまずまず上首尾だったが、パーティはいまひとつ……いや、最悪の一歩手前、か。新しい魔除けを調達しないと、気が滅入って仕方ないな……。

 

 しかし、前回のような勘違いする女は願い下げだ。もうすこし素直なのがいい……。そう考えてから、彼女も最初のころはいくぶんか控えめだったのを思い出す。

 

 ふむ、誰かいるかな……。増長しないような、割り切った関係が結べるような。ないものねだり、かもしれないが……。

 

 最初に脳裏に浮かんだのは今日、会った岡本の顔だった。すぐに打ち消す。今までよりひどいだろう。

 目をつぶり上を向く。

 グラスの氷が軽い音を立てた。

 

 次に記憶からよみがえったのは金髪の少女だった。異国風で気品ある顔だち。それでいて純粋そうな青い瞳。

 

 そうだ、たしか絢瀬といったな……。彼女なら効果てきめんだろう。高校生というのは引っかかるが、まあ、大したことじゃない。黙っていればわからないだろう……。

 

 廃校についてなにかするつもりはさらさらなかったが、あのとき含みを持たせておいて正解だった、と思う。

 サイドボードの時計を見るとかなり遅い時間だった。いくら最近の高校生が宵っ張りといっても遅すぎるだろう。

 明日、必ず電話すること。そう心に留めてから、黒田はグラスをあおった。

 

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