つま先立ちのアクトレス ~ Story of Eli   作:Kohya S.

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6. パーティ (1)

 アイドル部を作りたいといった穂乃果は、設立を却下されたことにもめげず活動を続けた。海未、ことりとのグループは「μ's(ミューズ)」という名前に決まったようだった。

 三人は曲と衣装、振り付けを準備して講堂での初ライブに臨んだ。

 

 絵里には、スクールアイドルはどうしても無謀な賭けにしか思えなかったが――それでも廃校を止めたいというその想いには共感せざるを得なかった。

 絵里はひそかにライブの映像を録画しておくことに決めた。

 

 講堂でのライブは、絵里の予想していた通りごくわずかの観客しか来なかった。

 

 ライブ終了後、絵里は穂乃果を試すようにいった。

「どうするつもり?」

「……続けます!」

「なぜ? これ以上続けても、意味があるとは思えないけど?」

「やりたいからです。今、私、もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。……こんな気持ち、初めてなんです。今はこの気持ちを信じたい」

 穂乃果は絵里をまっすぐ見つめた。

「このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。でも、一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って、届けたい。今、私たちがここにいる、この思いを! いつか……いつか私たち、必ずここを満員にしてみせます!」

 穂乃果はそう答えたのだった。

 

 翌五月。μ'sには一年生の三人が加わり、六人になっていた。結果はともかく……努力は認めざるを得ないわね。そう絵里は思う。

 

 ただ、彼女たちのパフォーマンスは絵里から見ればひどいものに見えた。絵里は幼いころからバレエを修めており、かつては大会で上位入賞の常連だった。

 

 まったく、あんなので人気が出るなんて、思ってるのかしら……。

 

 絵里の心に、私ならもっとうまくできるはず、という想いが欠片(かけら)ほどもなかった、といえば嘘になる。そして彼女たちへの憧れも――。しかし、三年生、生徒会長という立場ではそれを現実にすることは難しかった。

 

 絵里は無視しようとつとめたが、穂乃果たちのひたむきさはすこしずつ絵里の心にも響き始めていた。

 穂乃果たちが廃校に向けて努力しているのに、私はなにもしていない――そんな(あせ)りが黒田との無謀な契約に絵里を向かわせたのかもしれなかった。

 

 ただ、あれから黒田からの連絡はなく、絵里は諦めが半分、安堵が半分といった心境だった。

 このままなにごともないのかと思い始めていたとき、とうとう事態が動き始めた。

 

        ・

 

 放課後の生徒会室。絵里のスマートフォンが鳴った。黒田からだった。

 スマートフォンに黒田の連絡先を登録するのには抵抗があったが、名刺を持ち歩くわけにもいかずしぶしぶ登録していたのだった。

 

 希に目配せしてから受話ボタンをタップした。

「はい、絢瀬です」

『黒田です。いま、よろしいですか』

「ちょっとお待ちください」

 

 生徒会室の外に出て後ろ手で扉を閉めた。

「はい、お待たせしました」

 胸の鼓動が速くなる。

『お久しぶりです、絢瀬君。お元気でしたか』

「はい、おかげさまで」

 絵里は思わずそう返す。向こうで黒田が笑ったようだった。

『それはよかった。……早速ですが、お付き合いしていただけますか。今度の金曜日、夜になりますが……』

「わかりました」

『……なにも聞かないんですね』

「聞いてもしょうがないんでしょ」

『たしかにそうだ』また笑い声。『……車を回します、ご自宅がよろしいですか』

 

 マンションの前に黒い車……。妹に見つかったら、なにをいわれるかわからないわね。それに……学院前も嫌よ。

 

「学院の近くの……そうね、『カローデン』に来てもらえるかしら。あまり目立ちたくないわ」

 カローデンは学院近くのカフェだった。絵里の自宅からも近い。

『お気持ちはわかりますよ。……そうだな、それでは、四時ごろで』

「意外に早いのね」

『まあ、いろいろ準備もありますからね……。学院のお仕事のほうは大丈夫ですか?』

「ええ、お友達のためだもの、大丈夫よ」

 せめてもの皮肉を台詞に込める。

『ふふっ、ありがとう。……ああ、ひとつ大事なことを忘れていました。服はこちらで用意しますから。なんなら制服で来てくれてもかまいませんよ。では、よろしく』

 電話が切れる。

 絵里は大きくため息をついた。

 

 いよいよ来たわね。もう、なるようになれ、だわ。

 絵里はそう思いつつも、心は落ち着かず――生徒会室に戻って希に顔をあわせられるようになるには、しばらくかかりそうだった。深呼吸を繰り返す。

 

 でも、服も用意するって……どういうことなの。貸衣装とか、かしら……。

 

        ・

 

 金曜日。希に用事があると話して絵里はひとり先に学院を出た。笑って見送る希に、絵里は心が痛んだ。なにも嘘はついていないのだが――。

 

 黒田は制服でもいいとはいっていたが、さすがにそれはどうかと思った。いったん帰宅して私服に着替える。ホワイトの七分丈のカットソーに薄手のグレーのカーディガンを羽織り、デニムのキュロットスカートをあわせた。

 カフェまで行き、コーヒーを注文して外が見える席に座った。

 

 また黒い車が来るのかしら……。頭が痛いわね。

 それに、パーティかなにか、でしょ。すこしだけ、ほんのすこしだけ、興味はあるけど……やっぱり、憂鬱のほうが強いわよね。

 

 そう思いながら待つとカフェの前に白い高級車が止まった。ハザードランプを点滅させる。ひとりの男性が運転席から降りてきた。

 

 店に入ってきた男性は店員となにか話したかと思うとあたりを見渡す。絵里に気付いたのか、通路をまっすぐにやってきた。

 

「絢瀬さん?」

 男性はぶっきらぼうにいった。中肉中背のその男性は絵里にはまったく見覚えがなかった。

「はい……」

 絵里は戸惑いながらも答える。

「黒田さんから頼まれました、中西です。どうぞ」

 

 ……ということは、お迎えね。今日は黒い車じゃないのね。

 

 中西と名乗った男性は絵里に背を向けてさっさと歩き出した。絵里はあわててあとを追った。中西はレジで財布からカードを出して支払いをすませている。

「あの、お金は……」と絵里。

「ああ、ここはいいです」

「すみません」

 

 中西は車に戻ると、絵里に後部座席に乗るよう身振りで示した。絵里は黙ってしたがう。中西は運転席に乗り込むと車を発進させた。

 荒っぽい運転にもかかわらず車内は静かだった。

 

 なにかいったほうが、いいのかしら……。

 

 沈黙にうながされて絵里は口を開く。

「あの……わざわざありがとうございます」

「……いえ、別に」

「ジーラスの会社の方ですか」

「ええ……創業者のひとり、ですよ」

 中西は皮肉っぽい口調でそう答えた。

 

 創業者……あの会社の? 黒田さんとどういう関係なのかしら……。それに、黒田さんって、どういう立場なの?

 

 中西がぶつぶつと小声でつぶやくのが聞こえてきた。

「まったく、どうして俺が使い走りのようなことを……。黒田さん、いつまでも友達気分だからな。まったく……」

 

 絵里の頭にさまざまな疑問がわいたが、中西はとてもそれを聞けそうな雰囲気ではなかった。

 

 車はすぐにジーラスのビルについた。しかし路上には止まらず裏へ回る。そこからスロープをくだった地下の立体駐車場に、中西は車を止めた。

 

 中西に案内されて前回とは別のエレベータで十七階に上がる。木製の扉からなかへ通された。

 

「ちょっと俺は忙しいんで……。専務室はこの先だから」

 中西は二方向に伸びている通路の片方を示す。

「あ、はい、ありがとうございました」

 頭を下げる絵里に中西はなにもこたえず去っていった。

 

 取り残された絵里は中西とは別の通路を進んだ。すぐに見覚えのある場所に出て安心する。専務室に続く通路だ。

 絵里は専務室の扉をノックした。

「どうぞ」

 黒田の声に絵里は扉を開けた。

 

        ・

 

 黒田は机の前の椅子に座っていた。

 

「わざわざありがとう、絢瀬君」椅子を回して笑みを浮かべる。「あれ、中西は?」

「あの人なら……忙しいって、どこかに……」

「そうか、仕方ないな……。ここまで連れてきてくれって、頼んだのに」黒田は首を振った。「ハイヤーより目立たなかっただろう?」

「それは、そうだけど……」

 使い走りのようなことをさせていいの、と聞こうと思ったが言葉を飲み込む。

「……さて、では早速、行きますか」

 そういって黒田は立ち上がった。

 

 黒田は白いシャツにブルーのネクタイ、チャコールグレーのスリーピースだった。それらは長身のすらりとした体にぴたりとあっていた。袖口には黒い石のカフリンクスが輝いている。

 

 絵里はその姿を見て、この男と一緒にパーティ――かどうかはまだわからないが――に行くのだ、ということに急に現実味を感じた。

 

 黒田に連れられてふたたび地下駐車場へ。今度こそ運転手付きの黒塗りの車に乗り込む。黒田とともに後部座席に座ると、車は静かに走り出した。

 

「それで、どこへ行くの?」

「まずは服だな。その服装では、さすがにあわないからな。高校生としては十分以上だが……」

 黒田は運転手に告げる。

「『フォーミダブル』へ頼む」

 絵里には聞き覚えのない単語だった。

「……ということは、貸衣装屋さん?」

「貸衣装か、それは考えなかったな」黒田は面白そうに笑う。「君には貸衣装では似合わないよ」

 

 ……それって、服を買うってことかしら。ずいぶん本格的じゃない。別に、感謝する気はないけど……。

 

 車はしばらく走り、大通りから脇道に入った。白塗りのテナントビルの前に止まる。

 ビルの一階が服飾店になっているようだった。黒田に続いて絵里もなかに入った。

 

 その店は紳士服と婦人服、両方を扱っているようだった。白い壁に濃茶のフローリング。店内は意外に奥行きがあり、ところどころにアイアンの飾り棚がしつらえられていた。

 スーツや色とりどりのドレスを着たトルソーが贅沢にスペースを取って並び、ダウンライトやスポットライトがそれらを照らす。そのほかにバッグや靴なども飾られていた。客はいない。

 

「いらっしゃいませ、黒田様」

 白いシャツ、黒いスカートの女性店員が頭を下げた。

「高橋さん、いるかな?」

「少々お待ちください」

 店員はバックヤードに消える。「店長、黒田様がいらっしゃいました」という声が聞こえた。

 

 しばらくして店員が男性とともに戻ってきた。高橋だろう。黒田と同年代だろうか。

 

「やあ、黒田さん。最近、ご無沙汰だったね」高橋は笑みを浮かべる。

「どうも、お久しぶりです。まあ、いろいろありましてね……。早速だけど、このまえ話した件、お願いできるかな。この子なんだけど」

「うん、わかった」

 

 高橋は絵里に向き直った。

「どうも、高橋です。うん、話には聞いてたけど……これは、見繕(みつくろ)甲斐(がい)があるね。サイズは……うん、だいたいよさそうだな……」

 しきりにうなずく高橋。

「はあ……」

 絵里は豪華な店内と急展開に圧倒され、思わず間抜けな答えを返していた。

 

「どうぞこちらへ」

 女性店員にうながされ絵里は店舗の奥へ進んだ。

 

 そこはちょっとした広さの部屋で、壁のひとつの面は全体が鏡張りだった。また部屋の一角は試着室として使えるようにか、カーテンで仕切られたコーナーになっていた。

 絵里は靴を脱いでそこへ上がった。いわゆる試着室よりもずっと広く、数人が入っても余裕がありそうだ。

 

 コーナーに入るなり、絵里の目は壁にかけられたカーマインのドレスに釘付けになった。スカートの丈はかなり長い。袖付きなので、いわゆるカクテルドレスというタイプだろう。

 

 これを着ろ、っていうことよね……。

 

 絵里の戸惑いを知ってか知らずか、女性店員はそのまま続けた。

「お荷物と、脱いだ服はこちらへ……。着替え終わりましたら、お声をおかけください」

 

 絵里は服を脱いで籠へ入れた。下着は、そのままでいいわよね……と思う。用意されていた黒いストッキングにはきかえる。そしてドレスを手に取った。

 

 着てみると襟ぐりは深く、肩はむき出しだった。また、アンダーバストには胸を強調するようにチャコールグレーのリボンが一周している。スカート丈はくるぶしまであるものの深いスリットが入っていた。またスカートにはところどころバラのコサージュがあしらわれている。

 カーマインと深いグレーの取り合わせがシックで、絵里の白い肌を引き立てていた。

 

 絵里は自分の姿を鏡に映してみた。

 

 なんというか……その……悪くないわね。

 

「あの、準備できました……」

「失礼いたします」

 女性店員が入ってきた。首元や背中など、細部を整える。そして絵里を鏡の前の椅子に座らせた。ポニーテールにしてあった髪を解いて、まとめなおす。さらに簡単に化粧をしてくれた。

 カーテンの向こうから黒田と高橋の話し声が聞こえてきた。

 

 これでよしというように女性はうなずくと、絵里を立ち上がらせてからカーテンを開けた。

 

「……ほう、思ったよりもずっといい」

 黒田が感心したようにいった。

「うん、いいね。僕の思った通りだね。なにより姿勢がいい。黒田さん、そんなこといっちゃ悪いよ」

「そうか、そうだな。よく似合ってるよ」

 絵里はその言葉に思わず頬が赤くなるのを感じた。

 

 絵里はヒールのついた黒いパンプスを履く。

 

「あとは、このあたりもいっしょにね」

 高橋が小物を用意していた。ドレスと同じコサージュのついた髪留め、黒く細長い石のイヤリング、パールの飾りのついたグレーの手袋。またシルバーグレーのショール、黒い革製のクラッチバッグもあった。

 それらを絵里が受け取るわきで、黒田がつぶやいていた。

「よし、これなら効果抜群だな……」

 

 私の服は……と思うと店員が帆布(はんぷ)地の鞄を用意していた。黒田が受け取る。

「それじゃ。どうもありがとう」

「うん、また来てくれよ。こっちも選び甲斐があるよ」

 

 店を出ると外は暗くなり始めていた。すぐに車があらわれ、絵里と黒田はふたたび乗り込んだ。

「アーデントホテルまで」と黒田。

 

 絵里は車窓から外を眺めた。

「……お礼はいわないわよ」

「ああ、もちろん構わないよ。いわば、自己満足だからね」

「あら、そう」

 ふふっと黒田は笑った。

「それでね、絢瀬君。今日の予定だが、いちおう話しておくよ」

 絵里は黒田に目を向ける。

「相手は海外の会社の社長だ。久しぶりに来日したので、今回は日本支社が主催する歓迎パーティでね。立食だし……あまり堅苦しく、かまえなくていい」

 それを聞いて、絵里は多少とも気が楽になった。

 

 幼いころ、ロシアにいたときにパーティへ出席した経験はあるものの、その記憶はもうはるか遠くなっていた。日本に戻ってからはあらたまった席に出たことはない。

 

「先方は、うちと提携の予定がある。……それで我々が呼ばれたってわけだ」

 我々って、なによ……。勝手に仲間にしないでちょうだい、と思う。

 

 黒田は絵里にはかまわずに続けた。

「君は、英語はできるのかい?」

「……できないわ」

「おや、ハーフじゃないのか」

「クォーターよ。祖母がロシア人よ」

「そうか。まあいいよ。私の横にいて、にこにこしていればいい」

 

 また勝手に決めつけて。馬鹿にしてるわね。ロシア語で悪態でもついてやろうかしら……。そう思いつつも――絵里はうなずいた。

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

 思い出したように黒田は口を開いた。

「そうだ。さすがに絢瀬君じゃおかしいから……絵里、と呼ばせてもらうよ」

「えっ……」

 

 絵里はどきりとした。しかし――黒田のいうことはもっともだろう。他人行儀すぎて不自然だ。

 

「もちろん、君も私のことは名前で呼んでくれ。……わかったね、絵里」

「これも契約の一部ってわけ?」

「まあ……そうだね」

 じっと黒田は絵里を見つめた。試すようなその視線を絵里は受け止める。

「わかったわ、隆司(たかし)さん」

「……呼び捨てでもいいんだがね。まあ、合格かな」

 黒田はふたたびふふっと笑った。絵里はふんっというように顔をそむけた。

 

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