つま先立ちのアクトレス ~ Story of Eli 作:Kohya S.
パーティの翌日、気になった絵里はあらためてジーラスシステムズについて調べてみた。前回、生徒会室で調べたときには会社の概要と、黒田の名前しか確認しなかった。それ以降も特になにもしていない。ちょっといい加減すぎたわね、と反省する。
創業者は黒田と中西、それに
社員数は五十名ほど。いくつかのサービスに加えてスクールアイドルに関連した「サイドグラム」というサービスも運営しているようだった。
へえ、それなりに大きい会社なのね、と絵里は思う。ただ、理事に就くくらいでもあり、秋葉原のあのオフィスを考えても当然なのかもしれなかった。
それから一週間ほどがすぎても黒田からの連絡はなかった。パーティの記憶はすこしずつ薄れていった。
・
そんなある日。絵里は生徒会室で希と仕事をこなしていた。新年度にともなう作業は一段落したものの来月に迫ったオープンキャンパスの準備など、やるべきことは多かった。
オープンキャンパスは入学を希望する中学生向けの、毎年恒例のイベントだった。廃校が予定されている今年は開催されないのかと絵里は考えていたのだが、どういう風向きか今年もおこなうらしかった。
「そういえば、絵里ち。この前、廃校阻止についてなにかアイデアがある、っていっとったけど、どうなったん?」
作業の手を止めて希が聞いた。
「ああ、あれね。ええと……いろいろ考えてるんだけど、まずは、理事長の許可をもらうのが、先決かしらね」
「そうやね。なんとかできれば、ええんやけど……。あ、廃校といえば、黒田さんから連絡、あったん?」
「……特にないわ」
絵里は希に嘘をつくことには心が痛んだ。ただ、ここでは黙っていることしかできそうになかった。いつか廃校が回避されたら、話すわ。そう心に決める。
「そっか、残念やね。となると、頼みの綱はμ's、ってことに、なるんやろか」
μ'sにはその後、三年生の
「そんなわけないわ。あんな素人同然なパフォーマンスで……」
「絵里ちも、実は気になってるんと違う?」
「まさか。冗談は止めてよね」
希にそうはいったものの――μ'sのことはつねに絵里の頭から離れなかった。
その後、オープンキャンパスでのアンケートの結果で入学希望者が多くなるようなら、廃校について再考の余地があると、理事長から伝えられた。
絵里はあらためて生徒会として廃校阻止に動きたい、と理事長に申し出て、今回は許可を得たのだった。
絵里はオープンキャンパスのための方策を練った。
ただ――絵里の熱意は空回りしていた。懸命にスピーチの練習をするものの、それで希望者が増えるとは、絵里自身にも思えないのだった。
そんな絵里に希はいった。
「……廃校を何とか阻止しなきゃ、って無理しすぎてるんやない?」
「そんな、無理なんて……」
「絵里ちも頑固やね」
「私はただ、学校を存続させたいだけ……」
また、オープンキャンパスの話はμ'sにも伝わり穂乃果たちは猛練習を開始した。
妹の
絵里はあえて厳しいメニューを課した。しかしメンバーは文句もいわずそれについてきた。
「辛くないの? 昨日あんなにやって、きょうも同じことをやるのよ」
「でも、廃校をなんとか阻止したい気持ちは、生徒会長にも負けません!」
穂乃果はそう答え、絵里の心はふたたび揺らいだのだった。
「絵里ちの……絵里ちの本当にやりたいことは?」
「なによ……なんとかしなくちゃいけなんだから、しょうがないじゃない。私だって、好きなことだけやって、それだけでなんとかなるんだったら、そうしたいわよ」
希の問いかけに対して絵里は、自分が本当はスクールアイドルにひかれていること、そしてそれに素直になれない不器用な人間であることを認めたのだった。
でも、今さらアイドルを始めようなんて、私がいえると思う?
いままでの行動への反省と、プライドとが、それを許さなかった。しかし、そんな絵里に穂乃果たちμ'sのメンバーは手を差し伸べた。
「あなたたち……」
「生徒会長。いや、絵里先輩、お願いがあります」
「練習? なら昨日いった課題をまず全部こなして……」
「絵里先輩、μ’sに入ってください。一緒にμ’sで、歌ってほしいです。スクールアイドルとして」
「……なにいってるの。私がそんなこと、するわけないでしょ」
「さっき希先輩から聞きました」と海未。
「やりたいなら素直にいいなさいよ」にこもいう。
「ニコ先輩に言われたくないけど」
一年生の
「ちょっと待って、別にやりたいなんて……。だいたい、私がアイドルなんておかしいでしょ」
絵里は反論する。
「やってみればいいやん。特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」
希にそういわれて――絵里はとうとう穂乃果の手を取ったのだった。
絵里はμ'sに八人目のメンバーとして加わった。九人目の希とともに。
・
それからの絵里の学院生活は前にもまして忙しくなった。生徒会活動に加えてスクールアイドルとしての部活動もこなすのだから当然だった。オープンキャンパスでのライブもすぐ近くに迫っていた。
絵里がμ'sに加わって数日後。
放課後、絵里が部室に行くと、一年生の
絵里はうしろからのぞき込む。「ラブライブ!」の特設サイトを確認していたようだった。
「あ、絢瀬先輩。こんにちは」
花陽は几帳面に挨拶する。
「こんにちは、だニャ」と凛。
「ラブライブ、なにか新しい情報でもあったの?」
ラブライブについてはμ's加入直後に花陽とにこからさんざん聞かされていた。μ'sも当然、参加を目指しているらしい。
「はい、ランキングについて、情報が。上位二十位までが、予選に出られるようです」花陽がいう。
「二十位……狭き門ね。それで、μ'sは今、何位くらいなの?」
「それは……」
いいよどんだ花陽にかわり、にこがいう。
「240位よ」
「あら、それはちょっと……」
望み薄ね、という言葉を飲み込む。
「ま、私が入ったからには、これからうなぎのぼりよ。
にこは胸を張った。
「そのわりには、あまり上がってないんだニャ」と凛。
「そ、それは、にこの深い魅力がオーディエンスに伝わるには、時間がかかるのよ。これからよ、これから」
「先輩みたいに体力のないアイドルにいわれても、説得力、ないかも」
「あんただって体、ガチガチじゃない」
にらみ合うふたりを横目に花陽がいう。
「でもでも、まだ三か月以上ありますし、どうなるかわかりません!」
「そうよね、私もがんばるわ」
絵里は花陽のひたむきな瞳に笑みを返した。
絵里は思い出して聞いてみる。
「そういえば、花陽なら知ってるかしら。『サイドグラム』って聞いたことある?」
「そ、そ、それは! 知ってるもなにも、スクールアイドル業界で、それを知らなかったらモグリです! サイドグラムといえば、日本初、いいえ世界初のスクールアイドル専門のコミュニケーションサイトです!」
花陽はキーボードを連打してサイトを表示してみせた。白基調のすっきりとした画面が表示された。
「見た目こそシンプルですが、アイドルのフォロー機能、楽曲のレビュー機能からファン同士のメッセージまで、至れり尽くせりの総合スクールアイドルサイトです!」
「そ、それはすごいわね……」
花陽の勢いに絵里は圧倒される。
「スクールアイドルは戦国時代! 全国数百、いや千以上のアイドルグループを追いかけるのは至難の業……。そこでサイドグラム、です! お気に入りアイドル、お気に入り曲を登録すれば、リコメンデーションでお勧めしてくれるんです。このお勧めがよくできていて……」
花陽は夢見るような表情になる。
「本当にマイナーなグループでも、掘り起こしてくれるんです。このサイトがなければ、スクールアイドルブームは一年、いや二年は遅れていたに違いありません」
「はあ……」
「コミュニケーションサイトという性格上、
「それで、μ'sはどのくらいなの……?」
「えーと、千人は超えました……」
「千二十四人よ」とにこ。
「あら……」
「私が入ったからには……」
「それはもういいニャ」
「なんですって!」
「……でも、花陽。あなたアイドルのことになると、性格、かわるわね……」
「えへへ、それほどでも……」
花陽は真っ赤になって下を向いた。
「凛はこっちのかよちんも好きニャー」
そういいながら凛は花陽に抱きつく。
「ちょっと、凛ちゃん!」
そういいながらも花陽は振りほどこうとはしなかった。
花陽は凛に抱かれたまま続ける。
「ただ、惜しむらくは……」
「惜しむらくは?」
「最近、サイトが重いんです! きっとラブライブが発表になったからだと思うんですけど……。このままだと、スクールアイドル生活に、支障が出てしまいます!」
「あら、それは大変ね……」
「本当です!」
「たしかに最近、重いわよね」とにこ。
「そうなんです……」
花陽とにこは、ディープなスクールアイドル談義を始めた。
そんな有名なサービス、運営してたのね。黒田さんからは、ちらりとも聞かなかったけど……。
絵里はすこしだけ黒田のことを見直してもいいか、という気になったのだった。
・
オープンキャンパスまで一週間を切ったある日の夜。
絵里は食事と入浴を終えて自室でくつろいでいた。練習で疲れてはいたものの、それは心地よい疲れだった。
絵里が加わったことでμ'sメンバーのモチベーションも上がったのか、ダンスは急速によくなり、絵里自身も手応えを感じていた。
もう、黒田さんとの件、これ以上はお断りしたほうがいいかもしれないわね。オープンキャンパスの結果次第ではなんとかなりそうだし……。絵里はそう考え始めていた。
机上に置いてあったスマートフォンに着信があった。誰かしら、と思う。
μ'sに加わってからというもの、メールも電話もそれまでより格段に増えていた。絵里にはそんなちょっとしたことも嬉しかった。
ただ、今回の電話はメンバーからではなく黒田からだった。絵里の顔が曇る。仕方なしに受話ボタンをタップした。
「はい、絢瀬です……」
『夜分遅く、すまないね。いま、大丈夫かな?』
黒田の落ち着いた声が聞こえた。
「大丈夫です」
『それはよかった。そうそう、前回はありがとう。おかげで助かったよ。早速だが……またお願いしたいんだ。来週末になる』
「またなの?」
『ああ。すこし混み入った話もあるので……よかったら打ち合わせに、会社まで来てほしい。明日は、どうかな』
「ずいぶん急ね」
とはいえ部活のあとなら時間は取れるだろう。来週ならオープンキャンパスも終わっている。日程的には問題はなかったが――絵里はこれ以上は付き合えない、というべきか悩んだ。
でも、電話ではなくて、直接、話すのが礼儀よね。それに、IDカードとドレス、返したいし……。
「……部活があるから、すこし遅くなるけど、いいかしら?」
『部活? ……まあ、遅くなるのはかまわない。六時ごろでいいかな。車を回すよ』
「いえ、いいわ。私が行くわ」
『そうかい。気にしなくていいが……』
「私が歩いて行きたいの」
『ふふっ』黒田が笑うのがわかった。『では、待ってるよ』
電話は切れた。
絶対に断ってやるわ。絵里はそう思いながらスマートフォンを机に戻した。