異世界店『キツネノテブクロ』   作:子藤貝

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プロローグ、或いはある日の会話

偶然を司る女神がいたとして、何故そんな気まぐれを起こすのであろうか。

 

奇跡を造った神様がいたとして、何故そんなものを生み出したのか。

 

必然を語る男がいたとして、何故それが必然であると納得できるのだろうか。

 

運命があるとして、それはどのように定められるのだろうか。

 

「私は問いかけてみたいねぇ、そんな存在(モノ)がいるならば」

 

一人。男が気取ったように仰々しく語る。

 

「店長、この地蔵はどちらに?」

 

一人。少女があしらうように対応する。

 

「……君は何というか、ドライだねぇ」

 

一口。男がマグカップの水を含んで唇を濡らす。

 

「店長の戯言はいつだって実になりませんから」

 

一言。少女はバッサリと切って捨てる。

 

「これは手厳しい、小さい頃はもう少し可愛げもあったのだが」

 

一笑。男はからかうようにまた話す。

 

「そのうえ嘘つきです。私は一度を除いて幼い時に出会ってません」

 

一瞥。少女は冷ややかな視線を送る。

 

「……ああ。そういえば、私は君の幼少期なんて全くもって知らなかったねぇ」

 

遠く彼方へと消えた記憶は、果たして今思い出したところで事実と思えるのだろうか。

 

知らないと思うことが、実は隠された真実を知ろうとしない賢い選択なのではないか。

 

記憶が事実を塗り替えないとは限らないのではないのか。

 

その逆もまた然り。

 

男が二度目の仰々しい語りを結ぶ。

 

「思いつきで突拍子もなく口からでまかせを言うんですから、まともに相手をするだけ無駄と私も学びました」

 

「あーやだやだ、君はもう少し遊びを理解すべきだね。そんなだと彼氏クンに嫌われたって知らないよ?」

 

二人の応答。互いに相手の短所というナイフを突き付け合う。

 

「ああ、ようやく思いつきましたよ石像の置き場所。店長の膝の上なんてどうでしょう? ひんやりしているから、湯だった頭も冷えるでしょう」

 

「やめたまえ。私は痛いのが大嫌いなんだ」

 

痛みを知ることもまた人間的成長には重大なことかもしれない。

 

さりとて痛みを知っているからといって他者の痛みを理解できるとは限らない。

 

三度目の大仰な言葉が紡がれる。

 

「注射が嫌いなんですよね、店長は」

 

「最近は痛くないものもあるから、そうでもなくなってきたがね」

 

「じゃあ今年こそインフルエンザの予防接種に行ってください」

 

三界無安。世に苦しみは多く、安らぎはないものであると男は悟る。

 

「……遠回しに死ねといってるのかい?」

 

「はぁ、むしろその程度で死ぬんですか?」

 

「君、少しは私を尊敬する気持ちぐらい持ったらどうなんだい?」

 

尊敬とは、他者から向けられるこの上なく甘美な蜜である。

 

だが、甘いのが好きな人間もいれば嫌いな人間とてもちろんいるもの。

 

されどその誘惑のなんと抗いがたいことか。

 

四度目の言の葉と共に、吐き出される溜息。

 

「勿論ありますよ、半分ぐらいは」

 

「もう半分は?」

 

「軽蔑です」

 

「酷いなぁ」

 

四六時中。これが彼らにとっての日常であった。

 

「さて、本日の戯れもそこそこにしよう。そろそろ来る(・・)かもね」

 

「なんだ、ここ……」

 

「当たりですね。誰かいらっしゃったみたいです」

 

「お客さんだねぇ、とりあえずお茶でも出してあげるとしようか」

 

そして、これもまた彼らにとってはよくある日常である。

 

「ふむ、迷い人か。まあ、とりあえず靴の泥ぐらいは落としてくれたまえ」

 

「え、あ、はぁ……」

 

「初めまして、お客さん。君とは長い付き合いになるのか、それとも一期一会で終わるのかな?」

 

「店長、あまり変なことばかり言わないでくださいね。混乱されてるみたいですから」

 

一度目は偶然。

 

二度目は奇跡。

 

三度目は必然。

 

四度目は、運命。

 

「ようこそ、ここは行き着く者の果ての果て。偶然の結びから始まり、奇跡的な再会に期待してさらなる必然を呼び込み、やがて運命を理解するかもしれない場所だ」

 

「貴方がここを訪れたのは偶然によるものです。けどもしも、それが二度三度と続くのであれば、それは正しく奇跡であり必然、そして四度目があればそれは、運命に決定づけられたものかもしれませんね」

 

「えっと、つまり?」

 

「なにはともあれいらっしゃいということだ、お客人」

 

理由はなく、意味もなく。

 

それがたゆたう世界の流れの結果だとすれば。

 

それに押し流されるのはいつだって内包される哀れなる者たちだ。

 

ならばせめて、その振り回されるだけの行く先に少しばかりの刺激を求めるもいいだろう。

 

「質さえ問わないなら、ここには割となんでもある」

 

「貴方の欲しいものが、ここにあるとは限りませんが」

 

「冷やかし程度はしていってくれたまえ。何、退屈しのぎにはなるだろうよ」

 

ここから始まるか、ここで終わるかは賽の目次第の出目次第。

 

好運不運に豪運悲運、運否天賦もここでは等しく意味はなし。

 

ならばこれは、運がいいだの悪いだの、そういうものでは決してなく。

 

押し流される者達の、複雑怪奇な分岐点。

 

「ようこそ、『キツネノテブクロ』へ」

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