岸辺露伴は漫画家である。それも、世間では売れっ子と言ってもいいほどの人気漫画家だと言い換えてもいいだろう。が、彼自身はそういった金や名誉には興味が無い。彼にとって重要なのは自分の作品を読んでもらうことであり、ある意味純粋に漫画を愛している人間とも言える。
「フン、編集がオススメだとか言っていたから来てみたが、大した新鮮味もなかったな」
尤も、彼自身の気難しすぎる性格が、それらを台無しにしてもいるのだが。
「まったく、態々こんな遠出までしたのに……これじゃ完全に無駄足じゃあないか」
岸辺露伴は漫画家である。彼は作品を描く際、常にリアリティを追求する。リアリティを伴った作品こそエンターテイメント的であり、人は共感を覚えると彼は思っているからだ。そのためなら平気で無茶もやるし、行動にだって容易に移せるのである。
(だめだ、最近はどうもネタ探しがうまくいっていないぞ……)
杜王町で殺人鬼が死んで既に半年以上が経過している。彼の命の恩人であった杉本鈴美も天へと召されて、町には平穏が戻ったとも言っていい。一つのケリが付いたことで、露伴はあえて杜王町とは別の場所でネタを探すことにしたのだ。
(杜王町はネタの宝庫だ、それこそそこら中に転がっていると言い切ってもいい。だが、それだけではマンネリを招くかもしれない。そう思ってあえて、別の町へ足を運んだりしたんだがな……)
結果は惨敗、いくつか使えそうなものもあったが、それを差し引いても費やした労力や時間を補填できるほどではない。例えるなら、大金を夢見て宝くじを買ったのに、当たったのがせいぜい100円ぽっちが幾つかといった風だろう。
「連載もそろそろ再開することだ、取材はもう諦めるしかないな……」
そう溜息とともにこぼして、露伴は駅へと足を向けるのであった。
「チッ、電車が来ないな。いつまで待たせる気だ」
杜王町へと続く路線への乗り換えをしようと駅を降りたのだが、いつまで経っても電車がやってこないことに苛立つ。周囲を見れば、同じく電車を待っているのかベンチでジャンプを読んでいるサラリーマンらしき男がいるだけ。
『えー、ただいま線路上に小石が置かれていると通報がありました。確認のため現在列車の運行を止めております。もうしばらくお待ち下さい』
「そういうことか……」
電車の来なかった理由が判明し、そしてその理由が非常に下らないいたずらによるものだったために、露伴の苛立ちは更に強くなる。
(面倒だ、このままタクシーでも拾って帰るべきか……?)
だが、ここから杜王町まではまだ暫く距離がある。ここでタクシーでも使えば、余計な出費がかかってしまうだろう。金に困っているわけではないが、だからといって無駄遣いをするほど露伴は浪費家ではなかった。
「仕方ない、しばらく電車が来るまで待つか。どうせ帰ったところで今日はもうやることはなかったからな」
駅を降り、電車の運行が再開されるまで周囲の店でも見て回ってみようと改札を通り過ぎる。見回してみれば、田舎のよくある寂しげな雰囲気がそこには広がっていた。
(ま、所詮こんなもんか)
まばらな人、そこそこ人の入る喫茶店に、バスを待っている大荷物の初老の男性。かすれた横断歩道を女性は、犬を連れて散歩中のようだ。どこにでもあるありきたりな風景、それが露伴にとっては非常につまらない。
「まったく、もう少しこの岸辺露伴の刺激になるような出来事はないのか?」
基本、自分本位な考えをする彼にしてみれば、こうして別の町へ来たというのに大して面白みもない光景を見せる町にこそ問題があると思っているのだ。自分がきたのだから、せめて面白みのひとつやふたつ見せてみろと。
「やはりタクシーを拾うべきだな。こうも退屈じゃあ、欠伸すら出やしない……ん?」
非常に不機嫌そうに、そんなことを呟く。一秒でも早くこの退屈な町からさっさと去りたいと思っていたが、ふと妙な違和感を抱く。どこにでもある普通の駅前の光景、だというのに、露伴にはどうしようもなくおかしさを感じられた。
(何だ、何かがおかしいぞ……)
年代モノと思われる煉瓦の建物に、最近建てられたと思しきOWSON、綺麗に生え揃った街路樹。少し老朽化した交番は、パトロールに行っているのか警官の姿はない。隣には、あまり広いとはいえないフェンスで囲われた駐車場があり、1台のワンボックスカーが止まっている。
「そうだ、あの車だ! なんで車なんかに木の扉が付いているんだ……!?」
ワンボックスカーの側面に、何故か木製の扉が付いているのだ。最初は車体と同じく扉が黒塗りであったため気づかなかったのである。
(あるじゃあないか、面白そうなものが!)
好奇心旺盛で、なんでも知らずにはいられないこの男にとって、こんな奇妙なものを見つけてしまったならば、立ち止まるという選択肢は存在しない。窓ガラスはカーテンが閉じられており中の様子を窺うことはできないが、どうやら誰も居ないらしい。調べるなら今だろう。
「見た目は普通の扉って感じだな」
重厚な、樫の木づくりの扉の前に立ち色々と調査を始める。材質は普通の木、黒い漆喰は禿げもなく綺麗に塗られている。真鍮で出来ているドアノブは、手を握りこむと冷たさを伝えてきた。そう、この扉は新しすぎるのだ。まるで、おろしたてであるかのように。
「フーム、ますます面白い」
普通に考えれば、少し奇妙ではあるもののただ車に木の扉が付いている状態であると考えればいい。その場合、やはりこの扉は運転席へ乗り込むためのものでしかないだろう。
だというのにこの扉には、鍵穴すら存在していない。南京錠をつけようにも、この円筒状のドアノブでは意味が無いし、鎖が巻きつけられているわけでもない。なんとも、無防備で入ってくださいと言わんばかりだ。回してみればしっかりと回りきり、少し押せば隙間が開く。
(やはりおかしいぞ、車の扉なら外に向かって開くはずだ)
いよいよ、この奇妙な扉に対する好奇心が抑えられなくなった露伴は、ついに扉の中を確認しようと決める。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
あるいはスタンド能力の類か。兎にも角にも、まずは開けてみよう。そう決断し、扉を一気に押し開けた。
「なんだ、これは……」
目の前の光景に、さすがの露伴も驚く。扉の先には部屋があった。とても車内とは言えない、広々とした空間がそこにはあった。
(前にトンネルの中に部屋があったこともあったが……これはそれ以上だぞッ!?)
広々としたそこは、様々な何かが陳列されている。どうやら、店か何かであるらしい。
(店だと、バカなッ!)
何をどうやったら、あんな車の中に少し広い個人商店のような空間が確保できるというのだ。そもそも、車の高さに合わせて張り付いていた扉を跨いで入ったはずなのに、背後の扉はいつの間にか地面の高さになっている。
「おや、いらっしゃい」
「……ッ!?」
不意に声をかけられ、露伴はそちらの方へと顔を向ける。そこには、アッシュブロンドの頭髪をした怪しげな雰囲気の男性がいた。何者かは分からないが、この奇妙な空間での初の遭遇者だ。
(まさか、スタンド使いか……?!)
目深に被った妙に頭頂部の長いシルクハットを揺らしつつ、こちらへと歩を進めて来る。妙な迫力があり、露伴は反射的に足を一歩だけ後ろへ下げていた。背後の扉は閉じられ、壁を背にした状態である。
退路はない、ならば。
「『
先手必勝。何かされる前に、まずは相手を無力化すべきだと判断した露伴は、宙空に高速で絵を描く。するとそれが具現化して、相手へと殴りかかった。
(よし、これでいいッ!)
相手がスタンド使いだった場合、必ず固有の能力を有している。そしてそれが攻撃に利用されれば、露伴とてただではすまないだろう。初撃が致命傷にだってなりうるのがスタンドの恐ろしさなのだから。狙い通り、男は人型の本となり、気を失う。
「さて、こいつは一体何者なのか……」
露伴は倒れた男に記された内容を読むため腰を落とす。ペラリとページをめくり、男が持っているであろう情報を読み解こうとするが。
「白紙……?」
『天国への扉』で本にされた男には、何も書かれていなかった。いくらめくっても同じである。手を止めて考え込んでいると、白紙であったはずのページから少しづつ黒い文字が浮かび上がってくる。
「『嘘』、だと。何のことだ?」
やがてそれはまだら模様のようにポツポツと徐々に増えていき、最後にはページを埋め尽くさんばかりとなった。
(どういうことだ……ッ!)
今までにない現象に露伴が戸惑っていると、勢いよくページがバタンと閉じられ、元通りとなった男が目を覚ます。
「何ィッ!?」
『天国への扉』の効果はまだ継続中のはずだ。意識が戻るのはまだいいとして、本にした状態から勝手に回復するなど有り得ないことだ。
「まったく、いきなり攻撃してくるなんて酷い奴だな。言っておくが、暴力行為はここではご法度だよ」
あまつさえ、まるで何事もなかったかのように注意までしてくるではないか。
(馬鹿な、でたらめが過ぎるぞッ!?)
スタンドに対抗できるのはスタンドだけ。その基本法則を無視するこの男は一体何者なのか。露伴はなおも警戒を解かない。
「ま、君がお客である事実に変わりはない。ただ、店内で暴れる真似はやめてもらいたいねぇ」
「客、だと」
「そうさ。君は扉を通ってきたのだろう? この『キツネノテブクロ』へと繋がる扉を。私はこの店の店主で、あっちで棚の整理してるのが店員さ」
店主から告げられたのは、衝撃的なものであった。この店、『キツネノテブクロ』は異世界のどこでもない場所に存在し、時代、場所を問わず、様々な異世界へと接続するらしい。つまり、露伴は偶然にもこの扉を発見してここへやってきたというわけらしい。
(これも、一種のスタンドなのか……?)
露伴のいる世界において、スタンドというのは超常的現象がヴィジョンとなったものや精神の具現化したものを指す。スタンドはスタンド使いにしか見えないが、中には物質と同化することで一般人でも見ることができるものもある。
この店も、恐らくはそれに類するスタンドの一種なのではないかと露伴は思ったわけだ。
「それにしても、今日は他に客が来てなくてよかったよ。特に、『常連』の誰かがいれば今頃君は蜂の巣か改造手術行きとかだろうねぇ」
「どういう店なんだここは……」
どうやら、店が奇妙であるならば訪れる客も珍妙な輩ばかりらしい。だが、話を聞いてみれば面白そうな話題がザクザクと出てくる。
世界最強のデビルハンターに、敵味方問わず迷惑がられる超がつくほどの変人研究者。不可思議な力を宿すカードゲームの創造者や、目が見えずとも電気で周囲の行動を読む人間。『常連』の一部だけでもこれだけ特異な存在がいるというのだ。
(最っ高じゃないかッ!)
筆を走らせ、ひたすらにガシガシとメモをしていく露伴。今まで様々なスタンド使いと出会ってきたが、それはあくまで自分のいた世界における存在であり、非現実的な部分でのリアリティは確かに存在してはいるが、それ以上ではなかった。
だが、この店は違う。ここに来るのは、文字通り異世界からの来訪者なのだ。露伴からすれば、間違いなくファンタジーやSFといった空想などでしか表現できなかった存在に、直接会うことが可能になるのである。
「あー、お客さん?」
「煩いな、少し黙っててくれッ! 今最高のネタを頭のなかで整理するので忙しいんだッ!」
店主が露伴に話しかけるも、凄まじい剣幕で拒絶される。だが、彼もこの奇特な店の店主である。この程度でビビるほど肝は小さくなかった。
「熱心だねぇ……でもまあここは店だからさぁ、冷やかし程度でもなにか商品を見てってくれないかい?」
「分かった分かった、じゃあ見ながらやるから口出ししないでくれよ」
「ふぅ……」
ようやくメモが一段落つき、周囲を見渡してみる。近くで、はたきを振りながら棚の商品に被った埃を落としている店員の女性がいた。
「そういや、商品も見てくれとか言っていたな……」
メモしていた手帳を閉じ、ざっとだが店内を見渡してみる。大小様々な、統一性のないものがあちらこちらに置かれている。大きな石造りの地蔵もあれば、小さな小瓶まである。
(いやまて、ここは異世界から来るような奴らを相手に商売している店だ。なら、売っているものも普通のものではないんじゃあないか?)
はたと、露伴は気づくと同時に頭に手を当てて苦い顔になる。そんな当たり前のことに何故、今まで気づかなかったのだと。ここには、彼の好奇心を刺激してやまない数多くのネタが有るのだ、一つたりとて逃す訳にはいかない。そういうことで、露伴は店内の物色を始めた。
「惚れ薬? 使う人間がいなきゃ意味が無いし使い古された題材だ、僕にはどうでもいいな。こっちはメタルチョコ? 金属製だが、食べ物なのか? もしそうだとすれば作った奴は相当なバカで味覚音痴だろう」
品を見つつ、態々皮肉げな言葉を交えながら必要ないと切り捨てて、次の商品へと目を向ける。これの繰り返し。やがて下の棚を粗方見終わったので、今度は壁にかかっている商品に目を通し始める。
「でかい剣だな、これも何かあるのか?」
だが、直感的に少々やばい雰囲気も感じられる。しかし、そこで止まってしまうほど彼の好奇心は生半可なものではない。少しだけ触れてみようと、手を伸ばす。
「触らないほうがいいですよ」
いつの間にか隣りにいた店員の少女が、そう言ってきた。ぎょっとして思わずそちらを見れば、どこか不機嫌そうな顔であった。
「店長がこの前仕入れたんですけど、これ擬態してる悪魔なんです。危ないからって反対したのに結局買っちゃってもう……」
「何? つまりこいつは生き物なのか!?」
「はい。まったくただでさえ武器は手入れが面倒だわ売れないだわ散々なのに、その上悪魔だなんて売れる要素皆無じゃないですか……」
ぶつぶつと何やら文句を垂れ流し始める少女。どうやらここに飾ってある武器やらは基本、売れない商品であるらしい。なお、客の前で商品にケチをつける店員の姿に露伴は非常に嫌そうな顔になっていた。基本、他人の愚痴なんて彼にとっては一文の価値もないのだ。
「ああそうそう、店にあるものは基本的に、直感的に危険だと感じたら絶対に触れないでくださいね」
そう言うと、ブツクサと文句を漏らしながら業務に戻っていく少女。どうやら、警告のためだけに態々やってきたらしい。以前、他人の背中を興味本位で見て酷い目にあったこともあるので、露伴はとりあえず忠告に従い手を引っ込めることにした。
「つまり、ここには危険なものも多く置いてあるわけだ」
店として色々と問題があるんじゃあないか、露伴は口には出さず内心でそう毒づいた。
「ん、これは……」
壁にかかっていたのは、主に武器や防具などであったが、その一角に見覚えのあるものが置いてあったのだ。それは、かつて杜王町をスタンド使いの巣窟へと変化させた元凶であり、露伴がスタンド使いになった原因でもある代物。
「馬鹿な、『弓と矢』だと……ッ!?」
そう、半年以上前、様々な事件や奇妙な出来事を起こすきっかけとなった『弓と矢』が飾られていたのだ。
「ふむ、その矢に何か惹かれたようだね。
背後から、店主が歩み寄りながら声をかけてくる。
「おい、一体これをどこで手に入れたッ!」
杜王町での矢は、エジプトを経由して持ち込まれたものだと承太郎から聞いていたが、そのルーツは未だ不明のままだ。もしこの矢が、かつて異世界から自分の世界へと持ち込まれものだとすれば。またあの事件のようなことだって十分に起こりうる。出処を聞かねばならないと露伴は思い、店主に詰め寄る。
「その矢かい? そいつは以前一度だけ訪れた男から譲り受けたものでねぇ」
露伴の問いに、店主は語り始める。以前一度だけ、傷だらけの男が転がり込んできたことがあり、その男が持っていたのが矢であった。店主が店の商品で傷を癒やしてやると、男は感謝を示すと同時に自分がそれに見合う対価を払う方法がないといい、代わりに矢を渡してきたのだ。
『この矢、こいつをあんたに受け取って欲しい。助けられた恩に報いたいが、生憎今の俺に渡せるものはこれしかない。次に来れるかもわからない以上、不義理はしたくねぇんだ』
『いいのかい? 大事なものなのだろうそれは』
『ただ代金として渡すわけじゃあないさ。あんたは俺を助けてくれた、素性も知れぬこの俺を。だからあんたを信用してこれを渡す。
男が後生大事そうに抱えていたそれを、信用できるからと手渡したのだ。恩に報いるため、そしてこれを託すにふさわしい相手だと信じて。きっと、男にとってそれは命をかけて死守したものであっただろうはずなのに。
『売ってくれても構わない、譲った以上はあんたのものだからな。だができるなら、そいつは正しい心を持つ者に渡して欲しい』
男はそう言って、店を去っていったという。
「今時中々見ない、実に清廉な気配を纏った男だったよ、実にいい目をしていた。覚悟をした男の目、戦いに行く決意の目だった」
「…………」
矢が異世界から持ち込まれたものでない保証はない。この男が嘘をついている可能性だってある。だがこの矢を持ち込んだ者が、露伴と同じ世界の人間で、話が本当だとするなら。その男は今も、同じ世界の何処かで戦い続けているのだろう。何かを成し遂げるために。
「私は彼との約束を守りたいと思っている。売っているのは許可があったからだが、こいつを悪用しないと信じられる相手にしか売るつもりはない」
そう語る店主は真剣で、恐らくその約束を守るであろうことが分かる。少なくとも、悪用される心配はないと考えていいだろう。
「だから、こいつを君に売る訳にはいかないな。君は、善悪の境界が少々曖昧すぎる」
「別に僕は矢なんて欲しくもない。あの矢は僕のいる世界で騒動の種になっていたんでな、確かめたかっただけだ」
もとより、露伴は矢を買うつもりではなかった。ただ出処が気になったのと、悪党の手に渡る危険性を考えていただけだ。その心配がないならば、露伴も別に矢への未練などはなかった。彼からすれば、その矢を持っていた男の話のほうが余程興味を惹かれる。
「なるほど、そういうことだったのか。ま、それならそれでいいさ」
そう言うと、男は近くにあった椅子へ腰を下ろし、頬杖をついて露伴を指差す。
「さて、何を買うか決めたかね? 矢を売る訳にはいかないが、他にも魅力的なものはいくらでも置いているつもりだ。今日は多分誰も来ない気がするから、じっくり見てってくれ」
「いや、必要ない。代わりにもっと話を聞かせてくれ。本当なら異世界人ってのにも会ってみたかったが、誰もこないんじゃあ仕方ない。面倒だが、あんたから話を聞くのが手っ取り早そうだ」
矢の話だけでも、実に興味深い話を聞くことが出来た。異世界人に直接聞くことが出来ないのは残念だが、この店主も相当に話の引き出しを持っているはず。露伴はそう判断したのだ。
「人の出会いは一期一会、君と私がまた出会う可能性は0ではないが、限りなく低くもある。いいだろう、好きなだけ聞き給え」
「なら早速だが……」
「ただし!」
話を聞こうとする露伴だが、店主はそれを遮るように指を立てながら言葉を挟む。
「君がどう思おうがここは店で、私はその店主だ。タダで話をしてやるつもりはないねぇ」
チッチと指を左右に振り、そのまま店主はだんまりとなる。つまり、店主は言外にこう言っているのだ。話を聞きたければ何か買え、と。
ニンマリと、したり顔で笑う店主を見て、露伴は嵌められたと悟った。さっきの話は、自分に話を聞かせるように誘導するための撒き餌であったのだと。『天国への扉』を使って聞き出そうにも、この店主には通じないことは先ほど証明済みだ。
「ああクソッ、分かったよ! じゃあ何か適当に買う、それなら文句はないだろ!?」
「毎度あり」
食えない男だと、内心不愉快に思いながらも商品の品定めを始めるのであった。
後日談。露伴は体験したことと、店主からの話を元に幾つかのエピソードを漫画に取り入れ、それが大きな反響を呼んだ。普段は露伴の漫画を読んでいない仗助にさえ好評だったらしく、丁度帰国していた承太郎とともに色々と話を聞きに来られたのは誤算だったが。
ともあれ、概ね彼を満足させる結果となった。購入した商品も、なんやかんやで興味深いものが多いため暫くネタには困らないとのことである。
なお、承太郎は露伴から漫画のあるエピソードについて事の経緯を聞くと、足早に国外へと旅立っていった。数年後、彼は旧友だというフランス人を連れて帰国するが、それまでに何があったのかまでは話さなかった。ただ、その友人とともにスタンドの修行を始めたことを追記しておく。
矢は、相変わらず見向きもせずに店に置かれている。一向に売れないまま、今日も他の武器同様、店員の少女に悪態をつかれているらしい。