「そういえば、君は将来の夢とかそういうのはないのかい?」
「は? いきなりなんですか?」
ある日の午後、店主から急な質問に疑問符を浮かべる店員の少女。非常に不機嫌そうな、年頃の少女がしちゃいけないような顔であった。
「いやぁ、だって君そういう夢みたいなのって持ってなさそうだし。聞いたら色々面白そうだなと思ったからさぁ」
「張っ倒されたいんですか?」
こめかみに青筋を浮かべ、ますます不機嫌になる。目の前の男はあいも変わらず仕事をしないし、先程の商品の整理でかなり疲れているのだ。
「というわけで、今日は君に夢を探す時間を与えようではないか」
「とうとう頭までおかしくなりましたか? あ、それは元々でしたね」
普段ならサラッと流せるのだが、今の彼女はすこぶる虫の居所が悪いのだ。このままこれが続くようなら手が出かねない。
「まああれだ、有り体に言えば今日はもうあがっていいってことだねぇ」
「はぁ、どういう風の吹き回しですか?」
「実はだね、急に連絡があって久々に顔なじみに会うことになったんだよ。ただ、あまり人前に出るのが好きじゃなくてねぇ」
つまり、その人見知りの友人に会うから休んでもらいたいらしい。
「それはいいですが……」
「こっちの都合だからねぇ、ちゃんとその分のお給金は出すよぉ」
そういうわけで、午後の仕事がなくなってしまった彼女は自分の世界に戻るのであった。苛立っていたわけであるから、今日はもう仕事をしなくていいというのは有りがたかった。が、別の問題がまた首をもたげる。
「……暇だ」
今日は土曜日で、一日バイトに費やす予定だったため何もすることがないのだ。あの店主は言動がアホ一直線なので相手するのに苦労するが、中々面白い話もしてくれるのだ。なにせ異世界からやって来る者が客なのだ、彼も様々な知識を持っているのは至極当然であった。
店はそもそも人が来づらい場所なので少ないし、話を聞いていればかなりの時間が削れるため、ちゃっかり話をせがんだりもする。バイトとしてどうなのかとも思うが、仕事が少ないのだから仕方ない。しょっちゅう品の整理をしている理由もそれである。
「お昼も食べた後だしなぁ……」
持って行ったお弁当を食べたあとなので、料理して時間を潰すということも出来ない。愛しの彼に会いに行こうかとも思ったが、部活の練習があることを思い出しため息を吐いた。
(まあ、夜に会いに行けばいいか……)
幸い、相手方の両親には歓迎されているので問題ない。家族のいない彼女にとっては本当の家族のように迎えてくれることが嬉しいし、彼女もそれに甘えている形である。ただし、姉だけは未だに威嚇してくるのであるが。
「夢……かぁ……」
店で店長に言われたことを思い出す。確かに、自分には明確な夢なんてないし、趣味というほどのものもない。あんなファンタジーまっしぐらな世界で働いているくせに、ドライな奴と言われるぐらいには冷めた人間だ。それは自分でも自覚している。
「……部屋の整理でもしようかな」
答えの出ない疑問で悩むより、家事でとりあえず時間を潰すことに決める。結局、その日は無駄に大掃除をすることになってしまったのだった。
「そろそろ来るかな?」
黒い漆喰で塗られた扉と時計を交互に眺めながら、コーヒーを啜る。待っている相手は、大抵きっちりと時間通りにやって来るのだ。大方の予想通り、真鍮製のノブが回り、ドアが開かれる。
「やあ久しぶり。今日も時間通りだねぇ」
「ああ、そうだな」
やってきた人物にそんな言葉をかけつつ、置いてあったもう一つのカップにコーヒーを注ぐ。だが、雰囲気はとてもではないが和やかなものとは言いがたい。
「毎回思うが、そんなに律儀に時間を決めてこなくてもいいんじゃないのかい?」
「癖みたいなものだ」
そう言いつつカウンターまで歩み寄ってきた彼は、カウンターの前に置かれていた一本足の椅子に座り、カップを手に取る。あまりにも荘厳な迫力を放っており、その人物の周囲だけがまるで歪んでいるかのように見える。
「というか、毎回思っていたならもっと前に聞けばよかったのではないか?」
「面倒くさかった」
「……ならば何故今回は聞いたんだ?」
「気分で、だねぇ」
店主の男の適当すぎる物言いに、カップを持った手とは反対の手で顔を覆う。彼にとっても、この店主はどうにも扱いに困る人物なのである。
「いやまあ、そういう奴だというのは分かっているがな……」
「それなりには長い付き合いになるしねぇ」
「むしろ何故ここまで続いたのかとすら思うぞ……」
そう言いつつ、コーヒーの入ったカップを傾け、喉へと流しこんだ後一息つく。
「お、コーヒー飲めるようになったのかい?」
「ああ、何とか克服できた」
「そりゃあよかった、これで茶菓子も出せるようになるねぇ」
嬉しそうに言いながら、カウンターの下から包装されたクッキーを取り出した。
「すまなかったな、今まで雰囲気作りのためだけに注がせてしまって」
「別にいいさ、君の頼みだったしねぇ。洗い物一つ増えるぐらいだったし、冷めても美味いからねぇ」
自分のコーヒーを注ぎ終わると、今度は相手のカップにも注ぎ始める。立ち上る湯気が、コーヒーの苦みばしった香りを伝えてくる。鼻孔をくすぐるこの香りが、店主にとっては何よりの楽しみなのだ。
「……そろそろいいか?」
「ん? 何がだい?」
クッキーを齧っている店主にそう尋ねるも、店主は何を指していっているのかわからない様子であり、質問に聞き返した。
「いや、もう
「あーうん、いいよいいよ。まさか本当にやってくれるなんて思ってなかったしねぇ」
「言い出したのはそちらだろう……」
「あれぐらい聞き流すぐらいのほうが丁度いいだろうに。君も律儀だねぇモモンガ」
そう言って、目の前にいる骸骨相手にカラカラと笑う店主。モモンガ、とある世界ではアインズ・ウール・ゴウンと呼ばれる男は深く溜息をつくのであった。
「で、アルベドが最近めっちゃ誘惑してくるんですよ。性欲はあんまりないけど、これってやっぱ据え膳ってやつなんでしょうか?」
「落ち着け、それはむしろ捕食行為と言うんじゃないかい?」
先程までとは雰囲気が売って変わり、砕けた話し方をするアインズ、もといモモンガ。先程までは支配者ロールの話し方をしていたためであり、本来はこの店主相手だといつもこの調子である。
「クックク、しかしまあ凄いギャップだったねぇ。いつもの君はあんな調子なのかい」
「仕方ないでしょ! 失望されないように頑張ってるんですから!」
先程までの口調を思い出してまた喉を鳴らして笑う店主と、それに対して抗議するモモンガ。実は、モモンガが前回ここを訪れた際に、オセロで遊んでいたのだが、負けたほうが罰ゲームをするという約束をしてしまったことが先ほどの口調の原因だった。
「一応、君のために店員を帰らせたんだよ? 正直もっと見ていたかったんだけどなぁ」
「勘弁してほしいですよ、気を張らないでいられる場所なんて滅多にないんだから……」
「苦労してるねぇ、おかわりいるかい?」
「あ、お願いします」
ナザリック地下大墳墓の面々が見たら口をあんぐりさせるか、至高の御方相手に何無礼なことしとんじゃこらと襲いかかられるような光景である。
「最近はやっぱ忙しいのかい?」
「ええ、なんかいつの間にか世界征服しようって流れになっちゃってまして……」
「あーうん。君、魔王っぽいしねぇ」
「中身が一般人なんですが……」
「面白いねぇ」
茶化すように言いながら、やはり笑う店主。もう何度こうやってからかわれたか分からないなと、モモンガは思う。
「正直、ここに来れるのは本当に有り難いですよ。見知った人が相手で、気兼ねなく過ごせる。当たり前のことがこんなにも落ち着くなんて思いませんでした」
「最初にきた時の反応は面白かったねぇ、骸骨なのに口あんぐりで」
「それは忘れてくださいよ……」
誤魔化すようにコーヒーを飲む。正直、あの時の動揺っぷりは自分でもヤバイと思うぐらいだった。見知った相手がモモンガのいる世界とはまた別の異世界にいたのだから。
店主の男とモモンガの出会いは、実はこの店ではない。かつて一世を風靡したDMMO-RPG『ユグドラシル』の中なのだ。ようはゲームの仮想空間内である。当時、店主はあちこちの世界によく出入りして遊んでいたのだが、彼はゲームの世界と知らずに迷い込んだのである。
「いやさ、私も色々な世界に行ったことあるけど、ゲームの世界に入るのは初めてだったよ。電子世界さえも異世界の枠組みに入るもんなんだねぇ」
「まあ、悪い気はしないですね。皆で作り上げた世界っていうか、そういう思い入れがありますから」
「追い掛け回されてた理由にも得心がいったよ、そりゃあ私みたいなのはゲームに現れたバグみたいなもんだもんなぁ」
異世界のとんでも武器やら道具やらを装備していたため、レベル100が当たり前、廃人だらけの狩場に迷い込んでも返り討ちにすることが出来たのだが、ゲームのバランスを明らかに無視してるせいで、度々通報されては運営に追い掛け回されるという日々だったが。
「懐かしいねぇ。いろいろ探索したけど、君のところが一番面白かったよ。仕掛けも人も」
「突破こそされませんでしたけど、たった一人で6層まで潜ってきたのは正直何事かと思いましたけどね」
貧乏性であるため、普段相手するときはギルドメンバーがうってでていたのだが、まさかたった一人できた相手に仕掛けの多くを突破されるとは思わず、様子見していたら第5層まで突破されてしまい大騒ぎになったりした。第六層で急遽メンバー総出で迎え撃ったのは苦い思い出である。
なお、店主はその後やられたふりをして道を引き返していたりする。帰り道で転移しようとしたら出来なかった時が一番焦ったらしい。
「ぷにっと萌えさんが本気で対策考えたレベルでしたよ、仕掛けの配置も色々工夫して変えたり」
「ああ、だから三回目以降はあんな酷いことになってたのか。お陰で大変だったよ色々と」
「お互い様ですよ、こっちも色々被害が出ましたし……」
その後もちょくちょくちょっかいをかけに行っては被害を増やしたため、最も警戒すべき相手と認識されたりしていた。ふらりと現れては消えていくため、アインズ・ウール・ゴウン内で『某灰色』と呼称されて捕獲作戦が計画されていたことを後で聞き、大笑いしたのは全くの余談である。
「あの頃は楽しかったですよ、みんなが一つの目標に向かって一致団結して……」
「……やっぱり、あのメンバーとはまだ会えてないのかい?」
「ええ。でも、いずれは出会えるかもって、信じたいんですよ」
そう言うモモンガの顔は、しかしどこか寂しそうであった。
「ああ、そうそう。今日は君に譲ろうかと思ってたものがあったんだった」
そう言うと、店の奥へと引っ込んでいく店主。戻ってくると、その手には麻の袋があった。
「前にユグドラシル行った時、手に入れたアイテムとか色々あるから君に譲ろうかと思ってねぇ」
「ホントですか! いやぁ、あっちだと手に入らないものとかもあったからどうしようかと思いまして……」
「そんなに量はないが、まあ足しにはなるだろう。商品としても出したが全然売れなくて困っててねぇ」
この店で売れない商品なんてものはザラである。ただし、それが捨て値同然であろうと売れない場合は倉庫に仕舞われるのだ。このアイテムらもその類である。
「あ、じゃあお金出しますよ。商品なんでしょ?」
「悪いねぇ、じゃあ安くしとくよ」
袋いっぱいに詰め込まれているのか、パンパンに膨れている。確かに袋の容量から考えて大した量ではないだろうが、それでも貴重なアイテムならお釣りが来るレベルだ。
「なんだっけ、ワールドなんちゃらってのもあったかなぁ。強い力は感じるんだけど、私には扱い方が分からなくてねぇ」
「えっ!?」
「まあ、とにかくもってけ泥棒ってやつさぁ」
(い、いいのかなぁ……ワールドなんちゃらってきっとワールドアイテムのことだよなぁ……)
最近希薄になりつつあるなけなしの良心から内心申し訳なく思いつつも、結局格安で購入してしまった。
(……そういえば、あの人相手だと普通に話せてるよなぁ。もしかして人間じゃないのか?)
カルマが極悪なせいで人間に対してまるで親近感を抱かないはずなのだが、と帰る際に首を捻るモモンガであった。
「ご帰還喜ばしく思います、アインズ様!」
「うむ、留守役ご苦労だった」
扉をくぐり、宝物庫へと戻ってくるとパンドラズ・アクターが敬礼の姿勢で出迎える。あの世界への扉は、消えることなくそのままである。店主いわく、大抵の扉は縁が薄いからすぐに消滅するらしいのだが。
(ふぅ、毎回消えてしまわないか心配になるなぁ)
あの世界は非常に接続する機会が多いのだが、常に繋がるようになるにはそれ相応の縁が必要らしいのだ。2度目は奇跡的な確率、3度目なら最早必然と言ってもいいレベルで、4度目でようやく運命的な縁となるのだとか。一期一会とは言うが、極端すぎやしないかとアインズは思う。
(確か、その4度目になるとこの扉と同じく常につながったまま消えなくなるんだったか)
稀にだが、最初から消滅しないまま残るタイプが有るのだという。この扉は非常に珍しいらしく、長い長い時間を経験しているらしいあの店主でも7、8個ぐらいしか確認できていないのだとか。ただ、そのタイプは突然消滅する場合もあるらしいので油断ができない。
「パンドラズ・アクター、私は戻るが引き続きこの扉に何か起こらないか見張っていてくれ」
「ハッ! 我が創造主のご意向なれば、この身命を賭し見張らせていただきます!」
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで宝物殿から転移し、玉座の間へと足を運ぶ。自分が戻ってきたことを察知したであろうアルベドが来るまでの間、中身の確認をしようと袋を開ける。
「あ、本当にワールドアイテムが入ってる……」
様々なアイテムの中に紛れていたのは、『
(今度行った時、なにかお礼しよう……)
内心、これはもらい過ぎだと思ったアインズは今度お礼をしようと決め、袋の中を適当にまさぐりながら何がいいか考え始める。なお、その不注意によって一緒に入っていたアイテム、『完全なる狂騒』を間違えて暴発させてしまい、大変なことになるのはまた別の話である。