働きたくない。
そんなことを思いつつ、俺は働いていた。
やばい、気がつけば社畜一直線。高校を卒業してある人にスカウトされた俺はアイドル業界に足を踏み入れていた。
そう、目が腐ってる系アイドル八幡だ。めざすは一流のじゃにー…何てのは嘘で。
足を踏み入れたのはプロデューサーの仕事だった。
そこで俺はひとつのユニットをプロデュースしている。
「ねぇープロデューサー。杏もう働きたくないから寝て良い?」
「奇遇だな、俺も働きたくないから寝る」
二人でソファへ寝転びながら天井を仰ぐ。
プロデューサー、比企谷八幡とアイドル、双葉杏だった。
「八幡は仕事しなきゃダメでしょ」
「俺は宿題は夏休み最初に終わらせるタイプだ。もう終わってる」
「意外に仕事できるよねー、普段は働きたくないとか言ってるくせに」
「意外とか言うなよ。結構必死に働いてんだから」
本当に必死に働いてる。最初からこいつらを任せて貰えたのが幸運だったんだろうと今にして思うが、それでも専業主夫と言う夢を掲げた男は働きたくないのだ。
しかし働かなければ生きていけない。専業主夫になるためのパートナーを見つけられなかった俺は、目の前に差し出された好機に働くことを受け入れてしまったのだ。
あー。やだな。ずっと日朝アニメ見て小町の飯食べて生きていきたい。
しかし悲しいかな、入社式を終え働くためのノウハウを身に叩き込まれる日々。一週間ほどプロデューサーとしての研修を終えた俺は、上司に連れられ受け持つべきアイドルのもとへ案内される。そこにいたのが双葉杏。
そしてこいつは初めにこう言いやがった。
「杏はさ、働きたくないんだよねー。だから印税生活で楽したいんだけど…君に出来るの?」
…なるほど。そんな手もあるのか。失敗したなー。
こんなことならやっぱり八幡もアイドル目指すべきだった。
まぁ俺じゃ地下アイドル止まりですよねー。地下は地下でも墓場系アイドルか?
言ってて悲しいな。
「もう、二人ともぉ?ちゃんと用意してなきゃダメだよー?今からみんなをはぴはぴするんだよぉ?」
「あー…でもきらりがいれば皆はぴはぴするんじゃないかな?というわけで杏はいらない子ー」
「うむ。まぁ俺も働いたらはぴはぴ出来ないしな。自分が幸せにならなきゃ人の幸せなんて望むべくもないだろ?俺は今超はぴはぴしてるし」
「もう!ハチ君も、杏ちゃんも皆の期待裏切ったらめっ!だよ?それに杏ちゃんいらない子とか言ったらきらり寂しい…」
そう言って諸星はうるうると瞳を濡らした。
「ほらほら杏ちゃん?諸星泣かせたら後悔するぞ?」
「人の事言えないでしょ、八幡。しゃーない、働くかぁ」
そんなこんなで今まで寛いでいたのはTV局の控え室。
この後二人のユニットのライブがある。ライブといっても歌番組の曲披露程度の事なんだが。
「ほら、挨拶回りに行くぞ。名だたる先輩共に挨拶しとかにゃ干される」
「うへぇ…めんどくさい。これだから局の仕事は嫌なんだよなー。八幡、代わりにあいさつしといてー」
「んなわけにいくか。ほら行くぞ」
「きゃは☆やっぱりハチ君はやればできる子だにぃ?」
「…あぁ約束は守んなきゃな」
「今日はこちらの無理な提案を受けていただきありがとうございます」
「ああ…比企谷君だったっけ。まぁもちろん僕が君たちを採用してあげた事は覚えておいてほしいけど、その無理な提案を受けると決めたのは僕だからねぇ」
ここは局の一室だった。
現在杏たちはEランクアイドル。そんなアイドルを起用してもらった番組プロデューサーの元へ挨拶に来ていた。
「ええもちろん、この恩はきっとすぐに返すことになるでしょう」
局にとってのメリットとは数字である。視聴率という数字が社の、ひいては自分の為になり、ステータスとなる。
俺はその数字をEランクアイドルを起用してくれるだけですぐに返せると自信満々に言い切ったのだった。我ながら思う。ふざけた話だなと。
「しかし私が言うのもなんですけど、よく起用してくださいましたね」
「本当になんだね、それ。まぁなにあの子達が直接返せなくても君の会社なら他の方法で返してくれるだろう?それを考えた上で、だよ」
まぁそうだろうなと。そもそも話を持ちかけたときに自分達が高名なアイドルを排出し続けている346プロ所属だと、その意図をもって売り込んだのは自分なのだ。
会社に甘えすぎカッコ悪い?しらん。
使えるものは使い、そして俺の仕事は彼女たちの輝きを解き放つ場所を作ることだ。
「まぁ私が話した通りになりますよ。うちのアイドルはあの場所で輝き、その明かりにファンが寄せ付けられるでしょう。その輝きが共演者を食ってしまうことを心配すべきですね」
いかん。すこし言葉が強くなってしまったか。
だってこの人杏達が売れるとか考えてないんだもん。はちまんわるくない。
そもそも働きたくない人間がペコペコしているのだ。イラッとすることもある。
「はは。嘗められてるね。うちはゴールデンタイムに歌番組出来るほどの大手の番組だよ?もちろん演者もハイレベルだ。もし僕がプロデューサーならこんな戦場に新人レベルの子を出そうなんて思わないなぁ。それにこんなに眩しい世界では明かりなんて必要ないんだよ?見えないからね」
………
「そうですね。表現を間違えました。彼女たちは他の誰より高い位置で太陽のように輝き続けるでしょう。この世の誰もがその位置にいるのが当たり前だと思うように」
確かに働くのは嫌いだ。だが。
双葉杏。
俺のアイドルをバカにされるのはもっと嫌いだ。
「ふ、ふふ、はっはっは!それだよ!プロデューサーもアイドルも新人の癖にその確信しか持っていないような君の愚かな考え!その態度をみて君の話を信じてみたんだ。…楽しみにしておくよ、僕が太陽としてあの子らを見上げる日をね」
「ええ、近い内に」
「ねぇ、八幡」
「なんだ?」
今は本番すこし前。最後の確認を終え、後は本番に備えるだけになっていた。
「どうして杏達がこんな大手の番組でいきなり歌うの?おかしいよね?」
そう思ってもおかしくはない。むしろ妥当だろう。
今までも小さなローカル番組程度しか出たことはなく、初めての地上波がゴールデンタイムの歌番組。
そこはアイドルにとってのホームでもなく、所謂J-POPの歌手なども出演している。もちろん観覧に来ているオーディエンスも杏達のファンなどいないだろう。アイドル好きがいるかどうかも怪しい。そんな中で歌うというのはとても無理な話だ。
「怖じ気づいたか?」
「そういうんじゃないけどさぁ…早いんじゃないかなーって」
「プロデューサーの研修で言ってたよ」
「ん?」
「プロデューサーはアイドルを輝かせる仕事だって」
「まぁそうだね」
「そうなんだろうな、普通は。でも俺は杏を見て違うと思った」
そこで一息つき、
「杏はもう輝いてた。腐った目でもわかるくらいにな。だから俺は杏を世間から見える位置に送り出すだけで良い。そう思った」
そう言って見た杏の顔は驚きに溢れ、そして盛大に笑った。
「くふふ。確かに八幡はひねくれてるから普通にプロデューサーやるなんて無理だよねー」
「…うるせ」
「それにさーそれじゃ杏におんぶにだっこじゃん。こんなろりっこにおんぶさせるなんて鬼畜ー」
「…え?なに、通報されちゃうのん?」
「でもさぁ、太陽って言ってくれたんだよねー?誰よりも高い位置にいるのが当たり前になるって」
「なっ!あのプロデューサー…!」
ふとそっちを見るとこっちに気づいたのだろうか手を振っている。
ちくしょうおぼえてろ。絶対に許さないリストに名前かいとくからな!
「いいね、太陽。気に入っちゃった。だって空に浮かんでるだけで良いんでしょ?…うん、なろっか、太陽に」
「…ああ行ってこい。夜明けが来たことを見せつけてやれ」
杏は似合わなーい何て言いながら、諸星の横へ並ぶ。
その位置へ行くと俺に目を合わせ、そして指差す。天を。
ちくしょう、こいつはいつも俺の感情に触れてくる。
あのときだってそうだ。初めてあった日。
「杏はさ、働きたくないんだよねー。だから印税生活で楽したいんだけど…君に出来るの?」
そんな言葉を聞きながら思った。双葉杏がステージに立てばどうなるのかと。
今でさえこんなにも身体が言うことを聞かないほどなのだ。本気になればきっと。
「…出来るな。本気でやれば」
「ええー。本気なんてやだよ。杏は楽して生きていたいのー。養ってもらうのきぼー」
「…わかった。アイドルの仕事以外は全部俺に任せろ。その代わりアイドルの仕事だけは本気でやってくれ」
「…え?まじで?」
「まじだ」
「飴も買ってくれる?それに仕事だけじゃなくて家から事務所も送り迎えほしいなー。あとあと…」
「全部面倒見る」
「…え、もしかして杏のこと口説いてる?」
そんなわけない。
「取引だ。お前はトップアイドルになる。そのときは俺を養ってくれ!」
そう、これこそ完璧な作戦だ。
今は投資の時期なのだ。双葉杏は必ず売れる。ならば今のうちから投資をして、後々に養ってもらえば良い!完璧な作戦だ。
「やだよ!」
…え?今なんて?
「なんで」
「だってそれ杏に結婚しろってことじゃん!しかも養ってって主夫になるき満々じゃん!」
「な!結婚しなくていいだろ!それまで投資したぶん払ってくれるだけでいいから!」
「せめて主夫くらいしなよ!それじゃ離婚夫婦の養育費みたいじゃん!」
「え?ちょいきなりプロポーズとか俺か、かんちがいなんかしないから!」
「杏の台詞だってば!それにさー最初に養ってくれるならそのままでいいじゃーん」
「断る」
「しんじらんなーい…。とにかく杏のこと…」
「いや、俺を…」
「「やしなって!」」
「杏ちゃん?楽しそうだにぃ?きらりは、緊張してきたゆ…」
「きらり、考えなくて良いよ。杏たち太陽なんだってさ」
「うにゅ?たいよー?んーーよくわからないにぃ」
「そだね。杏たちはわかんないね。でも、杏のプロデューサーがわかってくれてるんだ」
「ハチ君?でも今はきらりのプロデューサーでもあるんだよぉ?」
「そうだった。でもまぁ約束したからねー八幡」
「んゆ?」
『…わかった。アイドルの仕事以外は全部俺に任せろ。その代わりアイドルの仕事だけは本気でやってくれ』
そう言って杏に舞台を用意してくれたんだよね。
なら杏も…
「本気で輝いてやるから」