「「やしなって」」   作:風邪薬力

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輝きの向こうへ

 

 

本物を願った。

 

 

「ここにきめる?」

「まぁ値段も手頃だしな。今まで使うことも少なかった貯金もあるし、なんとかなると思うぞ」

「やっぱり杏もお金だそうか?」

「いい。それはもしものためにとっとけ」

「…別れたときとか言ったら許さないからね」

「言うわけ無いだろ…」

現在新居を決めている。今までは同棲が出来なかった為、別々の家で暮らしていたが、それも後数日後には大丈夫になる。

そして新居は結構でかい。こちとらトップアイドルと敏腕(?)プロデューサーなので、それ相応の対価を貰っている。敏腕というよりただのワーカーホリックでした。まぁそれならと、恐らく人生で一番でかい買い物をした。

しかしいまだに庶民感覚が抜けないため、どうにも不安ではある。年単位のローンは初めてだし。

「こっちを子供部屋にしようよ。でそっちが杏達の部屋。別々の部屋は嫌だからね」

「ああ、わかってる。でもそうすると部屋が余るぞ?」

「…何人子供ほしい?」

「あー…二人は欲しいな。兄妹ならもっと良い」

「そっか。杏は男の子が欲しいなー。でも目が腐ってたら笑っちゃうかも」

「そうはなって欲しくないな。出来れば杏に似ていた方が良いに決まってる」

「ええーそうかなー?杏は八幡似の男の子も良いなー」

「俺に似ちゃったら可哀想だろ」

「そうでもないよ。きっと人の痛みが解る優しい男の子になるし、カッコいいと思う」

それは多分に主観が入ってるぞ。自分が良い青春を送れなかっただけに自分の息子に同じ思いをさせたくないんだが。そうして考えると、杏の遺伝子を受け継いだ娘なんて最強だろ。もはや全てが霞むまである。…杏に似た息子も見てみたいな。

でも子供はまだ先の話だと思う。

今はまだ杏はアイドルだし、計画性も無しに子供を作るなんてそれこそ専務に殺される。なによりまだそこまでしてないし…。べ、別にびびってるわけじゃないよ?大事に思ってるだけだし。言い訳ですよねー。

まぁつまり部屋が埋まるくらい子供が居ても良いんじゃないかってことか。

 

子供か。

今までの人生の中でそこまで考えたこともなかった。子供だったときは自分は人との輪の中に入ることが出来ず、いつしか諦め、そして一人で生きる術を身に付けた。

他人を信用しない。期待しない。俺に向ける笑顔があるならば、それは誰にでも向けられている笑顔であり、俺が特別であることはない。

そうして輪の外から他人を眺める。俺がやるべき事を実行するために考え、その為に俺を大切に思う人間が傷つく事を見て見ぬ振りをした。

俺が苛められたとき、小町は悲しんでいた。

俺が学校一の嫌われ者になったとき、小町は泣いた。

それを見て俺は仕方がないと思った。そんなはずはないのに。

自己犠牲のつもりはなかった。自分に出来ることをしただけ。自分にそれが出来て、するべきだと思ったから結果的に自分を犠牲にしてきた。そうとは気づかずに。

小学生の時、苛められていた子を助けて自分が標的になった時も、高校の時、文化祭で女子を泣かせた時も。

そして俺はプロデューサーになった。一人じゃなくなった俺に失敗は許されなかった。

その時は気づいていなかったが、愛する杏の為にと奔走する日々。勿論最初はうまくいかなかった。自分で仕事を探すが、新人の何のつてもない人間には厳しい世界だったのだ。

改めて思った。社会はボッチに厳しいんだなと。

そうして手詰まりになった時に先輩を頼ることにした。他人に期待しない。

そう思いながら生きてきた人間が、少しは変われた瞬間だと思う。

 

 

 

「それでは双葉杏の会見を始めさせていただきます」

緊張の瞬間が始まった。とは言うが、それは世間だけであり、俺は少しも緊張していなかった。だって杏だし。

今日は袖から眺めるだけなので俺はなにもしない。必要ないとも言う。…はちまんいらないこじゃないよね?

「まずは世間をお騒がせしたことをお詫びします。私、双葉杏は皆さんがご存じの通りアイドルを引退します」

大量のフラッシュが光る。そして記者の攻撃が始まる。

「双葉さんはトップアイドルだと思うのですが、今突然引退する理由はなんなのでしょうか?」

「以前から決めてました。その時が来たらやめようと」

「噂では恋人がいるそうですね?ファンの方を裏切ったとは思いませんかー?」

「…そうだね。杏を応援してくれたファンを裏切ったんだと思うよ」

杏が言葉を崩せば記者はここだと目を光らせる。

記者は知らないからな、彼女の凄さを。

「認めるんですね!?恋人が出来たからファンを捨てて逃げるんですね!?」

「…その人は杏のファン一号だよ。杏の為に全てを捧げてくれる人。だから杏も全てを捧げようと思ったんだ。それに杏のファンなら皆知ってるよ?杏は働きたくないの」

なぜこんなにも彼女は強いのか。俺にはその理由がわかる。俺がいるからだ。決して自惚れている訳じゃない。

何故なら俺も杏の為なら強くなれる。

「で、では自分のファンなら、裏切ることを認めて受け入れろと?少し勝手じゃないですか?」

「勝手だとは思うんだよ?だけどさ…」

そこで一旦言葉を切り、顔を伏せる。泣くのかと思いシャッターチャンスを逃すまいとカメラマンは身構える。

 

「夢が叶うんだー」

 

そう言った彼女の笑顔に会場は呑まれた。シャッターを押すべき指は動かず、バッシング記事を書くべき手も動くことはない。が、なんとか正気に戻った一人のシャッターを皮切りに次々とフラッシュが点った。

そこからは想像通りだ。基本売れる記事を書くのが仕事な人間たちである。ならば幸せを祝う記事に変更するのは当然と言える。

質問は下世話な方向へと進み始める。まぁ悪い記事じゃないなら問題ないだろ。もう心配要らない。杏は強い。俺なんかよりもよっぽど。

だから負けじと強くなるんだ。だって俺は、杏をやしなうのだから。

 

 

 

結局のところ、ボッチだからとそんな気持ちでいたらこの仕事は出来なかった。一人で成果を出せる仕事じゃないからな。

最初から杏に求めていたのはずっと願っていたもの。

 

本物が欲しい。

 

一目惚れとかいうものを馬鹿にする人間だったのに一目惚れをし、本物なんて無いと決めつけていたくせに本物を願った。

諦めきれてなかったんだろう。手に入らないから馬鹿にし、怖かったから一歩を踏み出せなかった。踏み出さなきゃ本物なんて手に入らないのに。

俺の青春は間違っていた。

高校の時犬を助けた女の子は俺に近付いてくれた。だがそれを信用せず、突き放したのは自分自身。それでいて本物なんて笑える話だ。

そして俺はアイドルに間違っているよ、と言ってもらえた。実際に言われた訳じゃないが、気づかせてもらえた。

そうして踏み出した一歩は誰のためでもない、俺の為になった。

 

 

 

「報告しに来ました」

「ああ、聞こう」

「杏の引退ライブは滞りなく進んでいます。会見以後のファンの意見も大多数が杏を応援するものだったので心配は無いと思います」

「そうか」

「それで、その、大沼さんが引退ライブの一部を地上波で放送したいと言っていますがどうしますか?」

「…奴の私利私欲にも困ったものだな。私の方で話を進めておく」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「…ところで比企谷」

「?なんですか、専務」

「子供はどうするんだ?」

「は?」

「子供は、どうするんだ、と聞いている」

「い、いえ、そにょ、欲しい?ですけど?」

「ふむ、そうか。…太陽の子はどんな輝きを持って生まれるんだろうな」

「は、はぁ。まぁそれは、どうですかね?」

「男の子がいいな。太陽の遺伝子が受け継がれた男の子は他に類を見ない存在へとなるだろう」

「せ、専務?」

「だが女の子も良い。月の遺伝子を持った子はアイドル界に新しい旋風を巻き起こすだろう」

「つ、月?」

「知らないのか?我々の間では双葉杏を太陽、君を月と呼んでいる。一方が空へ上がればもう一方は裏で支える。お互いが必要としている存在だからな」

「そうなんですか?初めて聞いたんですけど…」

「誰もが君たちをそう表現するほどに、その関係は良いものだと言っている」

「ありがとう、ございます…?今日は誉めすぎじゃないですか?」

「…子供が出来たら御家族の次に報告しろ。いいな?」

「ええ…。いえ、はい、わかりました…」

 

 

 

願いに際限はない。今ある願いが叶えば次に新しく願う。際限があれば七夕なんて風習にはならないしな。

じゃあ本物を手に入れた俺は何を願うのか。際限無く願うことを間違っているとは言うつもりもないが、欲張っているとは思う。

そう、欲張っている。

本物を手に入れたくせに新しく願う。

いつまでもあの笑顔を見ていられるようにと。

 

 

「杏ちゃん」

声を掛けられ私はそっちへ顔を向ける。

「どしたの?きらり」

そこにはお揃いの衣装を着たきらりが立っていた。

「あのね、きらりはやっぱりさみしいなーって思っちゃう」

「…うん。ごめんね」

きらりは本当に寂しそうに顔を伏せる。

「今日が本当に最後、なんだねー…」

「うん…」

引退ライブ。346のアイドル総出で送り出してくれる舞台。正直私には勿体無い気もするけど、皆も喜んで出てくれるって言うからやっぱり嬉しい。

「杏ちゃん、今までありがとう」

「きらり…」

「きらりはねー、杏ちゃんと一緒だったから、ずっと楽しかったよ?毎日がきらきら輝いてた!」

「うん、杏もだよ」

「杏ちゃんが幸せならきらりも幸せ。ね?みーんなではぴはぴしようね!」

「うん!」

そうしてきらりは歩き出す。今から二人で立つ舞台へ。

その背中へ私は声を掛ける。

「きらり!」

今は泣かない。どんなに嬉しくても。だって最後の舞台は笑顔で迎えなきゃ。

きらりが、八幡が好きになってくれた笑顔で。

「んゆ?」

「杏はさ、きらりがいなきゃアイドル辞めてた。だから杏の今は全部!きらりのおかげ!きらり、ありがとう!」

「っ!うん!」

泣かない。泣かない。でも終わったら泣いても良いよね?

「だから最後まで輝こう!杏達はアイドルなんだから!」

「うん!それじゃーいっくよー?」

「行こう!輝くステージへ!」

八幡はなにも言わずに見ていてくれる。

私の世界を。

きっと笑顔で帰ってくるから。最後まで笑顔でいるから。

 

だから、

 

終わったら八幡の胸で一杯泣くね?

 

 

 

 





番外編頑張りました。
もうゴールしても良いよね?

いつのまにか10万UAを越えるという珍事。
一万の見間違いだろ?まさかありえないと思いましたが、感謝の気持ちを込めて無い頭を絞り頑張りました。
暇潰しにはなりましたか?
評価、感想くださる方達、ありがとうございます。
私は定期更新などしない適当な人間ですが、貴重な時間を割いてくださって読んでいただきありがとうございます。

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