蛇足になりますが、それでもよければどうぞ。
眩しい。
真っ暗な部屋でただ1つの光源が私を照らす。
光源の中の妖精は多くの歓声に包まれて輝き続ける。
…ああ、なんて遠い世界だろうか。
妖精は多くの人間を魅了し、その姿は天使にも見える。
歓声は嬌声にも聞こえ、ただ叫んでいるようにも聞こえる。
ただその人達は乱れる事なくその妖精に声を上げ続ける。
届け。届け。
その想いは様々だけど、それでもその声が、動きが乱れることはない。
そこに集まった人達は、一心に妖精へと恋焦がれるのだ。
届け。届け。
その妖精はステージの上で歌い踊る。
眩しい。
どうしようもなく届くのだ。観客の純粋な想いが。
言葉にしていないのに、何を届けたいのか口にしていないのに。
届け。届け。
届くのだ。純粋なその想いたちが。
「…」
私が手に出来ない思い。それを彼女は集めている。
追いつけない。遠い。
私はこの妖精に心を奪われる。
だからこそ思うのだ。
彼女、双葉杏には、
「みんな!今まで応援してくれてありがとう!最後だから!杏も全力で行くよー!」
私のお母さん、比企谷杏には敵わないのだと思い知らされる。
アイドルである私が、心を奪うべき私が、心を奪われているのだから。
「…嫌い」
私はソファに身を委ね、クッションを抱きながら愚痴った。
「は?何言ってんのお前」
そして腐った目でこちらを見ながら不思議そうに私を見る人が1人。
「ママが嫌い」
「…杏が歌う歌は?」
「好き」
「杏と一緒に買い物は?」
「好き」
「杏に抱かれながら寝るのは?」
「…大好き」
「病気になった時作ってくれたお粥は?」
「大好き」
「大好きじゃねえか…」
「ぬあー!違うの!」
パパは誘導尋問が上手い。私はすぐに丸め込まれてしまう。
私がちょろい訳じゃない、決して。
「嫌いなの!」
「杏と一緒にごろごろしながら飲むコーラは?」
「大好き!」
「何が違うんだよ…」
「ぬあーーー!パパの馬鹿!」
ばかばかばか!乙女心がわかってない!内心でそう愚痴りながら私はクッションをパパに投げた。
パパは難なく私のクッションをキャッチし、それを私に返してから頭を撫でてくれた。
ふにゃー
「…って違うの!」
「なんだ、そろそろ反抗期か?パパ悲しくなっちゃうぞ」
「パパに反抗なんてしないもん!」
「だから何があったんだよ。お前がママを嫌いになるわけないだろ?」
それはそうだけど。パパもママも大好き。だって世界一素敵だし、私の理想の女の子で、私の理想の男の人なのだ。
ママのように素敵になりたいと思うし、パパの様な結婚相手が欲しい。
「というかパパが欲しい!」
「なんだただのファザコンかよ…」
「ちーがーうー!」
そう言うことが言いたいんじゃないもん!
本当にパパってば…愛おしいんだから。
「ママみたいになれれば、パパに愛されるのかなーって」
「いまでも愛してるけど」
だーかーらー、そう言うんじゃ無いんだってば。
「え?なに、嫁の前で浮気宣言?八幡も大胆になったねー」
「杏まで馬鹿なこと言うなよ…女の子として杏を世界で一番愛してるよ」
「それだよ!」
「何言ってんの、お前」
私が欲しい言葉!なんでそれを言ってくれないかな!
「ふふん、娘よ、今の言葉は私のものだ」
ママが無い胸を張り、身長も伸びなかったくせに、大きく見えるドヤ顔で私を煽る。
ぬー!ママはずっこい!しかも可愛い!
「ママやっぱり嫌い!」
「とりあえずお前ら仲良くしろよ…」
どうあがいても勝てない。
私が物心ついた頃に感じた一番大きな感情こそがそれだった。
高い壁。壁というにもまだ足りない。
そう、まさにベルリンの壁のよう。…いつか崩れることを祈っているのだ。
私が願うのは、比企谷八幡の心を私のものにしたいということ。
娘というのは理想の男性を父親に重ねるらしい。
そのせいなのかな?うーむ、周りの人はいつかその想いを忘れて他の男性を好きになるという。
はっ。私は鼻で笑った。
私がパパ以外を好きになる?あり得ない。ちゃんちゃらおかしい。
「ファザコンでもいいもーん」
結果、私は開き直った。
でもどうやったら、パパに振り向いてもらえるのかなー?
ママの後を追ってアイドルにもなった。
まだママほどじゃ無いけど、それでもそこそこ有名になりつつあると思う。
勿論、ママの子供だっていうのは内緒だ。二世っていう肩書きが嫌いなだけだけど。
妖精の再来と言われている私はステージの上で輝いているはずだ。
それでも、
「足りないんだよねー…」
私のお気に入りのステージのライブを見るたびに思う。
まだあの妖精に勝てていないんだと。
どうしてだろう。
言い訳に聞こえるかもしれないが私は負けを認めている。
だってあれを見るたびに私は心を奪われてしまうから。
あのラストステージは汚いと思う。あの時もママは世界の誰よりも輝いていた。
世界の全てが霞んで見えるほどに、あの時のママは世界の全てを虜にしていた。正直直接見れなかった事がとても悔しいと思う。
アイドルファンの中でもあのラストライブは伝説になっている。
あのライブの限定版が出た時、用意した数は予約開始から速攻で売り切れてしまい、すぐに追加で大量に用意したにもかかわらず、それすらも予約で売り切れたという伝説も残した。
要するに何もかもが伝説に残った。
あの時はママもそして一緒に最後を飾ったきらりさんも、最高に輝いていた。
これが結婚会見をした後のアイドルのライブなのかと疑うほどに、会場は全てを飲み込むほどの熱を生み出した。
間違いなく、あの時あの瞬間、世界で一番輝いていたのは私のママだった。
その美しさを目にすれば私は勝てないと思うのも無理はないと思う。
はー。それでも勝ちたいと思うのはパパの気持ちがこっちに向くかもという私の淡い希望からだ。
パパはママに一目惚れしたらしい。
その輝きに心を奪われたのだ。
だからこそ、私が取れる手段はママ以上に輝く事!
「と、思うんですけど、どうでしょう?」
「君はもう16歳だろう?いい加減に現実を見たほうがいいと思うが」
むう…大人はみんなこう言うのだ。
「お姉様、私はパパの心が欲しいんです、お姉様はパパの上司ですよ?ママ以上に輝く方法を教えてください!」
「私は確かに八幡の上司ではある。が、奴のプロデュース力は私以上だろう。事実、奴が我が社に在来している間は陰る事はない。月として輝く彼が、いかなる夜であろうと我々を照らしているからだ」
「むう…だってパパの力を借りるのは違うし…」
「それに君はもう十分に輝いている。杏の時のように、君のファンは君を太陽のように、そこにある事が当たり前だと思い始めているよ。みんな君を見上げるようになっている」
「お姉様は私に甘いから。見上げるのはファンだけ。ママの時はみんなが見上げてた」
346プロのトップのくせに私に対してとても甘いお姉様。
因みにお姉様呼びは気がついたらそう呼んでた。恐らく小さい頃からそう呼ぶように言われてたと思う。
「君は何も見えていないよ。太陽も上だけしか見ていないのか?それとも君から見る景色は蜃気楼のように見えない何かを見続けているのか。どちらにせよ一度は月に夜を譲り、そして暗くなった世界でその明かりが照らすものを見たまえ。世界はそうすると違うものに見えてくる」
うーん…?
「一度八幡に相談してみなさい。君が見ていないものを、彼はきっと見ている」
「って、お姉様に言われた」
「美城社長、まだポエマーなのか…」
治らないもんだなと、そう思いながらも、まあそりゃそうかと自分で納得して取り敢えずは考えるのを辞めた。
しかし、ちょっと悩むな。
「お前は自分のステージでファンのみんなをどう感じてる?」
「うーん、まだまだ輝きが足りない?ママの時のようなギラギラしてるみたいな、鬼気迫るみたいな…そういうのが無いと思う」
これは、うーん…。
「…確かに、お前はまだまだだ。何も理解できていない」
「…パパに言われるとへこむなー。事実でも。今の娘的にポイント低いよ?」
「俺は今アイドルとして話を聞いてるんだろ。娘ポイントは変動するな」
ちょっと凹んじゃうでしょうが。
「まあいい、ちょっとこれでも見てみろ」
そうして見せたのは娘のライブ映像。こいつはもう既にソロライブが出来るほどに有名なアイドルになっている。
これも血のおかげか、はたまた娘の努力のおかげなのか、それについては親バカが発動しそうなのであまり言及するのは控えておく。
やっぱり杏の子はとても可愛く育った。親から見ても、絶世の美少女だと思う。
杏と容姿がとても似ているため、杏の子供だと隠していても某掲示板ですぐに看破されていたが。まああくまで事実を認めていないので噂レベルではあるが。
こいつに足りないものはわかる。
杏にあって、こいつにないもの。
それを自分のライブを見ることでは気づけないとは思う、が、それでも一回見ておいたほうがいい。
俺が杏の何に溺れ、そしてそれをどうやってステージの上で輝かせたのかを。
見終わった。
何とも言えない。だって私のライブだし。
この時の熱も、何もかもを覚えてる。適当にしたことなんて無いんだし。
「…これが?」
「お前は何の為に輝くのか」
「え?」
「何の為に、輝くのか。お前は輝きを持っている。だが今は方向性もなく、目的もないままに輝いているだけで、それ以上の魅力がない。だから誘蛾灯のように人は集まるが、お前が求めるような熱を感じる事はない」
そうして、私は最愛の人に、こう言われたのだった。
「お前は、アイドルとして、輝いていない」
私は部屋で1人泣いていた。
パパに言われた事がショックすぎて私は言葉を失い、そして泣き崩れた。
何の為に輝くのか。
そんな事を言われた。
私はいつだってパパを想い、そして大好きなママを追い越したくてアイドルを続けた。
その結果、ある程度は認められたと思ってるし、事実ファンもついてる。
それでも、パパから見れば私はアイドルとして輝いていないと言う。
私もどこかそう思っていてそれで納得出来ていないのだと。
「うぅ…ひっく…」
じゃあどうして教えてくれないの?
パパに突き放された様に感じて、私の心は嵐の様だった。
「はいるよ」
そこにいたのは、
「八幡に酷いこと言われたってね。ママが話聞くよー?」
最愛の妖精だった。
「ままぁー…!」
上手く話せたかはわからないが、嗚咽の様に、私はママに気持ちを吐き出した。
「何の為に輝く、かー。確かに難しいね」
私とママはソファへ座り私はママに抱きついて離れなかった。
「それはアイドルにとってとても大事なことではあるんだよね」
ママは優しく話しかけてくれた。
「お金のためでもある、自分の為でもある。本当に色々だと思う」
お金の為、自分の為?そんな事で輝けるの?
「輝ける。それでも輝いてるんだよ。輝きなんて人それぞれだしねー」
人が求める輝きなんて、人それぞれ。ママはそう言った。
「だから貴女も何を持って、何を求めて輝くのかを見つけなきゃいけないの」
何を、求めて…?
「そう。流石に杏と八幡の子だからね、それが無くてもアイドルとして成功した。でも一番の高みに行くにはそれが足りないよねー」
一番の、高み…。
「ママは…」
「ん?」
「ママは最後のライブの時、パパの為に輝いたの?」
「違うよ」
「え?」
私は酷く驚いた。ママがあそこまで全ての人を熱狂させたあの時、そこには最愛の人に対する思いがあったからだと思っていた。
「全然なかったわけじゃないけどね。それでも一番の想いは違ったんだよ」
あの時ママは、
「何を思っていたの?」
「感謝」
酷く、シンプルな答えだった。
「杏はファンを裏切ってアイドルを引退する事を決めた。それでも会社は杏に引退ライブを用意してくれた。あの時は焦ったよー、だって結婚して引退するアイドルを応援するって人がいると思う?」
それはそうだ。アイドルでそんな事、タブーもいいとこだ。
「それでも八幡が企画して、会社がおーけーしてくれた。きっと最後のライブにファンは集まり、みんなが熱狂するライブが杏には出来るからって」
それは、酷く無責任とも言えるのじゃないだろうか?
「信頼してくれたんだよ。杏の今までと、杏のアイドルとしての輝きを」
行ってこい。
「そして杏は最後は感謝を持ってステージに立った。ファンに、仲間に、きらりに、八幡に。だから、私が何を持って輝くのかと言われたら、」
ママはステージの上にいる時とは違う笑顔で、
「杏をささえてくれる人への感謝、かな?」
杏が輝いていられたのは、身近にいたきらりや八幡のおかげだから。
そう言ったママは、なるほど。
あの妖精の姿そのものだった。
「…答えは見つかったか?」
ステージの脇、そこで担当でもないのにパパは私の様子を見にきてくれた。
…何だかんだ私は愛されてるんだよねー。
「ううん。やっぱりまだわかってないと思う」
「…そうか」
パパはちょっと残念そうに顔を落とす。
ふふん。成長がないと思ってるなー?
「…でもね?」
「うん?」
「わからないけど、でも、今までとは違うと思う。だから、」
私は大きく息を吸い、そして吐く。
振り返り、最愛の家族の顔を見る。
…うん。とても素敵な男性だ。私が愛する人。愛する家族。
「見てて」
私は笑顔を見せる。
「私を、見てて」
そんな私を見て、
「ああ、見てる。行ってこい」
パパは少しだけ口角を上げた。
見てて。私を。
貴方の娘を。
きっとあの太陽すらもこえてみせる。
だって私は、太陽と月の子供なんだから。
2つも持ってるんだから、最強なんだ…!
何を持って輝くのかと聞かれてまだ答えることは出来ない。
でも、ステージに立つんだ。
私は妖精の子。
そのステージは、私のステージなんだから!
さあ!輝こう!
パパとママの子供は、世界一なんだと世界に示してやる!
冒頭にも言いましたが、言い訳はしません。
謝罪はします。
ごめんなさい!
予告から一年以上かかった、よね?
ごめんなさいでした。
読んでくれたなら幸いです。
感想などを読み返した結果、書かねばと思いました。
皆さんがコメントなどをしてくれたおかげでかけました。
とても励みになりました。感謝しております。
皆さん大好き。
それでは。
追記:さーくるぷりんと様
上梨 ツイナ様
*+stella+*様
誤字報告ありがとうございます。
なんだ私の読者いい人すぎるだろ
ありがとうございます