今日は休み。
今日は休み。
今日は休み。
「はい。その日程でお願いしたいのですが…はい、有り難うございます。ではこれからも宜しくお願いします」
今日は休み。
今日は休み。
今日は休み。
「生憎とその日程は埋まっておりまして…。しかし御社様とは良くして頂いておりますので、そうですね…こういうプランはいかがでしょうか?宜しいですか?ありがとうございます、このご恩は346プロダクションが責任を持ってお返し致します。今後とも宜しくお願い致します」
今日は休み…だったはず。
現在午前7時。
今日は受け持っているAランクアイドルが全休であるという、月に何度もない珍しい日。
それを聞いて今日は泥のように寝ると決めたのだったが…。
「今日は俺が休み、って関係各所に連絡回らないかなー」
回りませんよね。
そもそも中学の時、生徒が他の生徒に回す連絡網で俺にだけ回ってこず、翌日持って行かなきゃいけないものを知らなかったなんてこともあった。
これぞぼっちの成せる技。はぐれ者からもはぐれるほどの逸材。
はちまんないてないよ。
それがどうしたことか。仕事用の携帯からひっきりなしに掛かる電話。
惰眠を貪るべく入っていたベッドから朝早くに電話で起こされ、終わって寝直そうとするとまた掛かってくる。
え?てか携帯ってこんなに鳴るもんなの?仕事用に電話掛け放題をガラケーで契約したけど、掛けることしかないと思ってた。
何ヵ月か前に大成功を納めた歌番組のプロデューサーからはプライベートでも飲みに誘われるし。あれ、モテ期かな?
違うか。違うな。
そもそも男からモテても嬉しくない。戸塚は別で。
ああーーー。
アニメ見て癒されたい。小町と会って癒されたい。杏とソファで寝転がりたい。
しかしどれも許されない。時間が足りなーい。
夏休みほしいなー、一年くらい。
でもそうしたら杏と一年会えないなー。
…あれ?今、変なこと考えた…か?
「おはようございます。比企谷君」
「おはようございます、武内さん」
結局事務所に行くはめに。
今日は休み、そう思いたかった…。
そんなこんなで廊下で出会ったのは先輩プロデューサー。
この人は幾つものユニットをプロデュースするという化け物。
俺に同じくらいのアイドルを任せるとか言われたら夜逃げするレベル。
「比企谷君は勤勉ですね。双葉さんが休みなのに会社に出勤ですか?」
「そんなわけないじゃないですか。俺の夢は専業主夫っすよ?」
「それは、その、はぁ」
首の後ろに手を置いて難しい顔をする武内さん。
同僚に引かれちゃったよ。専業主夫って駄目なのか?
男女差別いくない。
「しかしそれならば、養ってくれる女性を探すべきでは?」
「今は夢に向かって努力してるんすよ。努力しなきゃ夢なんて、願うべきじゃないっすからね」
「はぁ、努力ですか。…自分磨きとかでしょうか?」
「…悲しい話、磨いても目は治んないっすからね。それに基本ぼっちなんで磨く以前に見せる相手がいませんよ」
かなしいなー。まぁ、目が直ったところでリア充みたく出来ないから結局むりかなー。
夢抱いた瞬間詰んでました。
…まぁいままでは。
「しかし、あなたの目を見て何かを感じたのは私です。保証しますよ、あなたは何かを成し遂げられる人です。外見は関係ありませんよ」
この人に言われるとものすごく説得力あるな。
何せこの人も、見た目だけは怖いから今までいろいろと誤解されたんだろうなぁ。
初めての頃は二人でスカウトの研修にいって、二人で警察に連れていかれたし。
二人とも口下手だから事務員さんが来るまで解放されなかった。警察は外見で判断するからなー。まぁしょうがないか。しょうがないって言っちゃったよ。
「武内さんには感謝してます。あのままだとニート選んで妹に嫌われてたかもしれないんで」
「いえいえ。それで今日は仕事をしに来たのでないとしたら何か用事ですか?」
「まぁ、今度のCM採用が決定した後に、別の仕事も決まってしまったのでちょっと調整しなきゃいけなくて。資料はデスクですからね。あっと、すみません先方と調整しながらチェックしなきゃいけないので行きますね。お疲れさまです」
「あ、ああ。お疲れさまです」
うーん。面倒だなー。あっこの社長あんま好きじゃないし。大手じゃなかったら断ってやりたいほどだ。
あの社長ロリコンだな。絶対。杏を見る目が気にくわない。
あの汚らわしい目で見やがって。あそこの会社の仕事受けるときは杏と一瞬たりとも離れないようにしないとな。
うちのアイドル超手が掛かるじゃん。なんでこんなに働いてるんだろ。
働かないと生活できないしな。うん、しょうがない。
廊下で別れた比企谷君の後ろ姿を見送ってからも、少しばかり彼の言葉を噛み砕いて考えていたのだが…
結局それは仕事では?
なんだかんだ働きたくないと言いつつ、彼は働く。
普段の言葉がポーズなのか、それとも気づいてないのか。
ポーズは無いですね。
彼はやらなくていい仕事はしませんし、休憩中とはいえ事務所でも全力で寛ぎますし。
双葉さんと一緒に。
最近部屋にある二つのソファは二人の寝床になってますし。
まぁ比企谷君は他のアイドルが来ると部屋から出ていきますけど。
そもそも比企谷君は気づいてるんでしょうか、自分が双葉さんに惹かれていることに。
彼女が仕事の時は、勿論比企谷君が車をだし、仕事に向かっていますが、驚くことにこれは双葉さんが休日の時も車を出して双葉さんを乗せている。
それはたとえば買い物だったり、諸星さんとの約束だったりするらしいのですが、なんでも双葉さんは休日は遠慮したいそうだけれど。嬉しいけどどうしても遠慮したくなるそうで。
それはそうだろう。そもそも仕事の時は交通費は経費で落ちますけどプライベートならそうはいきませんし。
それを考えれば送り迎えだけに、足としてだけにプロデューサーを使うのはどうしても気が引けるのは当然でしょう。
しかし、一度双葉さんが比企谷君に遠慮して、連絡しないで出た所、それがあとで知れると、
『…お前が嫌ならそれでも良い。プライベートまでどこに行くとか俺に知られるしな。けど遠慮してるだけならやめろ。俺は約束したからな、全部面倒見るって』
私には言えない言葉…でしょうかね。
この言葉を聞いていた数人のアイドルはなにやら黄色い声を上げていたそうですが、社員の立場として考えると少しだけ心配でしょうか。
比企谷君は最初は、もっと斜に構えていたように思いますが、それも双葉さんと組むようになって変わりましたね。
なにか感じるものがあったのでしょうか?
なにはともあれ彼をスカウトしたのは間違いではなかったですね。
「あ、プロデューサーじゃん。こんなとこで立ち止まって何してんの?」
「ああ、双葉さんですか。おはようございます、少々考え事をしていました。今日は比企谷君についてきたんですか?」
先程彼を見たし、彼女が動くときはほぼ彼と一緒だ。
「いや、ちがうけど…。今日はきらりに呼ばれてさー。家まで来て拉致されちゃったんだよね」
「そ、そうなんですか。あれ、比企谷君に連絡しなくて良いんですか?」
「ん?ああ、家から出るときに一人じゃないなら好きにしたらいいって言ってたよ。要するに、一人で出るときは好きに使えってことだと思うよ」
つ、使えですか。
なんとも…なんと言えばいいのでしょう?捻くれている?
実は一緒に居たい口実なんでしょうか。…彼は難しいですね。
「ていうか八幡事務所にいるんだ。うーん、あとで顔だそうかなー」
「それはいいですね。彼は喜びますよ」
私は素直に思っていることを言ったつもりですが、
「え…八幡が喜ぶ姿ってみたくない…。なんかふあんになるんだけど…」
それはいくらなんでもひど…まぁ双葉さんを見て比企谷君が笑顔になるとすこし不安が…
いえいえ、そんなこと考えては駄目ですね。
「え、ええと、彼ならデスクにいるはずですから会いに行くならそこですね」
「んー。ありがと、プロデューサー。じゃねー」
彼女の後ろ姿を見ていて先程のことを考える。
彼が嬉しがる姿を不安といった彼女は、何処か楽しそうで。
ひきつった笑顔をみて不思議と嬉しそうだなと思ってしまった。つい顔が綻んでしまいます。
「さて」
私も仕事をしなきゃいけませんね。つい話し込んでいましたが、渋谷さんを待たせていることを思い出しました。いけませんね、怒られます。
「プロデューサー」
「!は、はい。すみません、待たせてしまいましたね」
後ろを振り替えればそこには渋谷さんが。
「あ、あのさプロデューサーって…」
「?はい、なんでしょう」
「ロリコンじゃ…ないよね?」
「な!いえ!あの!違います!」
「だって振り返ったプロデューサーが笑ってたから…。杏見て変なこと考えてたのかなって」
「いえ、その、ちがいます。色々とありまして…」
笑っていたのですか、私は…。
「まぁ違うなら良いよ。じゃあ早く行こっか」
「え、ええ。そうですね」
「…本当に違うんだよね?」
「違います…」
変に疑われました…。
今度比企谷君に奢っていただきますからね。
今度決まったのは大手家具メーカーのベッドのCM。
まぁ確かに杏には似合いの仕事だろう。あいつが気持ち良さそうに寝ている姿は、こっちの睡眠意欲を目覚めさせるからな。
杏の天使のような寝顔を見ればベッドも売れるというものだ。
ん?天使?…まぁいいか。事実だし。別に俺の主観の話じゃないし。
みんながそう思っているからファンがいるわけで。だから俺が特別そう思っている訳じゃない…ハズ。
なんでこんなに必死になってるのん?
さて、仕事終わったし帰りますかね。と、考えたところでプライベート用のスマホが鳴る。
そこに表記されていたのはアイドルの名前で、双葉杏だった。
それを見たとき俺は、間違えて、今出来たばかりの資料を削除した。
……
「八幡、まだ仕事終わってなかったんだ」
「仕事って仕事じゃねえよ。ちょっと必要な資料作ってただけだ」
そうなんだー何て言いながらソファへ寝転がる。
杏からメールで、
『仕事終わったらメールして。こっち終わったらデスクの方に行くから。今事務所にきらりと来てるんだよねー。でも仕事終わってたら帰っても良いよー。帰るときもきらりと帰るからだいじょーぶ』
それが30分前。
俺は間違って、作った資料を消してしまったので作り直していた。
そんなわけで今日は結構な時間をパソコンの前で過ごしてしまっているわけで。
「「つかれたー」」
ん?
「なんで杏も疲れてんだよ。今日は休みだろ?」
「朝からきらりに拉致されたんだよ…。事務所で暇な子集まってわいわいしてたんだよね。嫌じゃないけどつかれたー」
ああ、なるほど。まぁこいつも素直じゃないからなー。
みんなとわいわいするのも嫌いじゃないけど、疲れたのは本当だし、ちょっと気恥ずかしいってのもあるんだろう。
それでここに寝に来たと。
「せっかくの全休に外に出るなんて信じられんな。代わってくれ」
「いいけどそしたら八幡、きらきらしたすかーとはいてすてーじでおどりなよ?」
笑いながらそういった。
「気持ち悪りぃよ…なに、人の精神力削ってたのしいの?」
「楽しくないよ…杏もきもちわるくなっちゃった…」
なら言うなよ…なんて思いながら寝ている杏へ目をやる。
いいなぁ。俺も寝たいなー。さっきまで集中できていたのに今は空いているソファが気になって仕方がない。
「八幡、それって次の仕事?」
「ああ。ベッドで寝るだけの簡単なお仕事だ」
「え、枕えい…」
「違うから」
俺も言い方悪かったけども。そんなことさせるわけないだろ。
「一度TVで枕のオーダーメイドを作る企画で協力してくれた会社だよ。あそこの社長が杏を気に入って、次はベッドのCMに起用したいんだと」
「ああ…あそこの社長かぁ…」
杏はあいつの事を思い出しているようで、すこし顔を歪めた。
「…今回はCMの撮影だけだからすぐに終わる。諸星はいないがアイドルだけで現場に行くことはないぞ」
「…それって八幡がついてきてくれるってことでしょ?なんでそう言わないのさ」
「…別に俺が行くとは言ってないだろ」
そんなことを言うと杏は寝ていた体を起こし、
「え?八幡こないの?」
信じられないという目でこちらを見ていた。そんな目で見ないでくれ。
超心が痛い。
「…いやいくけど」
「…馬鹿なこと言わないでよねー八幡。杏、八幡の送り迎えなきゃ仕事なんてしないから」
いいつつまたソファへ身を任せる杏を見ながら、手が掛かるななんて思っていた。
「てかさー、いい加減諸星じゃなくてきらりって呼んであげなよー。嫌われてる?ってきにしてるよ?」
「自分の専属アイドルでもないのに名前で呼べるわけないだろ」
「専属みたいなもんじゃん。最近はほとんどユニットで動いてるんだし。杏の親友悲しませたら怒るからね」
「…考えとく」
話をしつつ資料作りを終わらせた俺は空いているソファへとダイブする。
ここのソファはとても心地良い。なにしろ良いものを使っている気がするので、寝心地は最高だ。
「ああぁ~」
「おっさんみたい」
「いいだろ、別に…」
そんな言葉をかわして、暫くは無言のまま時が過ぎる。
こんな時間も嫌いじゃなかった。なにしろ横に人がいて気にしないなんて小町ぐらいしかいなかったし。
心地の良い時間を過ごしているとふいに横から可愛い音がなった。
「昼飯食べてないのか?」
「うん。お菓子しか食べてなかったことを今思い出したよ…」
「じゃあ食べに行くか。なにがいい?」
杏はすこし考えた後、
「久しぶりに小町ちゃんのご飯が食べたいな。いいかな?」
「ああ、良いんじゃないか?小町も喜ぶしな」
小町は杏のことをお姉ちゃんと持ち上げるもんだから、普段なかなかされない扱いに気を良くしている。小町ちゃん、他意はないよね?アイドルは恋愛禁止だよ?
でも確かに実家へ帰るのは久しぶりだな。最近は忙しかったから実家には帰れてないし。
「じゃ、今から出るか。千葉だから早めに出ないとな。それまでは飴で我慢しろよ?」
「んー」
俺が差し出す飴に口を開けて応じた杏は、
「車まで連れていって。今日は疲れちゃった」
両手を広げてそういった。
…まぁ全部面倒見るっていったのは俺だしな。これはしょうがないよな。
自分の担当アイドルが疲れているのだ。だったら助けるのはプロデューサーの役目だよな。
研修でもアイドルを手助けするべしって言ってたし。
しょうがない、よな?うん、しょうがない。
「ほら、乗れ」
杏に背を向けて腰を屈めると、背中に人一人を背負ったと思えない重量がのし掛かった。
「じゃ、よろしく~」
「はいはい」
そういえばこんなことをしたのは妹以来だな、なんて思いながら背中から伝わる体温の心地よさに鍵を掛けて封印している、パンドラの箱が開きそうになるのを必死で抑えながら車へと向かった。
考えるな。俺はプロデューサーなんだから。
そんなことを考えた時点で鍵を掛けた思いに気がついているのを認めたと言っているようなものだった。
ようするにおれは、
どうしようもなく双葉杏に惹かれていた。