「「やしなって」」   作:風邪薬力

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「「いやだ」」

「おじゃましまーす…」

「おう。入れ入れ」

同時に家に入ったくせに偉そうに言う。

まぁ俺の家だし。

東京から大体一時間ほどかかって、着いたのが午後三時頃。その間は杏は寝ていたため今も寝ぼけている。

俺の背中で。

 

「あ!おねーちゃん、おかえりなさい!」

「うーん…あ、ただいま、小町ちゃん」

「小町ちゃん小町ちゃん、お兄ちゃんが見えてないの?愛しのお兄ちゃんも帰ってきてるよ?」

「自分で愛しのとか言っちゃうのは気持ち悪いよ…。でもお姉ちゃんを連れてきたことは誉めてあげるよ!出来るお兄ちゃんだね!今の小町的にポイント高い!」

小町、そのポイント杏に加算されてないか?八幡ポイントついに廃止されちゃったのん?

やだ、妹の兄に対する扱いが暴落中。

そのうち、お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんがよかったなーなんていわれるのかしらん。

千葉の兄妹は仲良いけど、姉妹は未知数だぞ、妹よ。

「杏、着いたから降りろ。んで、飯にするか」

「んー、昼御飯って時間じゃないし、もういいよ。寝たら食欲消えちゃった」

まぁ確かにアイドルが食のリズムを狂わせると色々と良くないのかもな。ふとったり。

いやでも、杏の場合もうちょっと体重つけた方がいいのか?こいつをおんぶしたとき思ったが、どうにも軽すぎる気がする。

なんでもダイエットしすぎで、貧血を起こしたりする女性がいるらしい。それが痩せているから起きるというのかどうかは知らないが、痩せすぎていて良いことはないだろう。

水着で注目を集めるくらいか?…杏は水着でなくても注目を集める存在だから、必要ないな。

「そうか。せめて飴食べとけ」

杏に飴を差し出すと、口を開けて応じる。

それを見た小町が、

「わぁー!お兄ちゃんアイドルにあーんしてる!すごいよ、お兄ちゃん!」

その言葉に杏は吹き出し、その空気と共に外に飛び出た飴玉。

ころころころと廊下を転がる音だけがBGMになり、場が静寂に包まれた。

あーん…だと!?あのリア充のみに許された奥義…!これがそうだったのか!

「ん?どしたの、二人とも」

「こ、小町ちゃん…。これはそういうんじゃないんだよ…。ただ、八幡があめを差し出すからそのままたべるだけであって…あーんとかいってないし…」

「お姉ちゃん、言葉に出さなくても心が繋がっていれば、それはあーんなのですよ!」

ああもう、何をいってるのかわからなくなってきた。あーんって何?べ、べつに皆でえろいこえ上げてるわけじゃないんだからねっ!

「ごみぃちゃん、きもい。すごいにやけてる」

「酷いこと言うね、小町。俺一応君のお兄ちゃんなんだけど」

「知ってるよ、なに言ってんの」

ああ、知ってて言ってるわけね。

まぁでも、そんな会話も楽しい。小町と会うのも久しぶりだし。

そんな事を考えつつ、俺はティッシュを手に取り、ころころと転がっていった飴を包む。

もったいないな。まぁ俺もお茶でも含んでたら吹き出してたけど。

「ほら、新しい飴」

しかし差し出した飴は一向に無くならず、杏を見てみると少し顔が赤くなっているようだった。

やめて、期待しちゃうから。

杏は少し迷った後に、結局口を開けて応じた。

 

 

「ねぇーお兄ちゃん、せっかくこっち帰ってきたんだし三人で買い物行こうよ」

杏と二人でソファで寛いでいると、小町がそんな事を言い出す。

この子は何を言ってるのかな。そんなの答えは決まってるだろう。

「「いやだ」」

ハモった。まぁそうだよな、杏も俺も基本的には外に出ない人間だし、もし外で杏の正体がばれれば面倒だし。

人が多い所にいけばばれる可能性は高い。今の杏はそれほどに有名なのだ。

「えぇー、お姉ちゃんも?小町はもっとお姉ちゃんと仲良くなりたいのです」

「だいじょぶだよ、小町ちゃん。一緒に寝てればなかよくなれるよ」

「そうだな、争いも起こらないし喧嘩も起きない。人と仲良くなるのにこんな好条件はないぞー」

「寝てるだけで仲良くなれるとは思えないんだけど…。まぁいいや。ほいじゃ小町ちょっと買い物行ってくるねー」

せめてその服は着替えてね。そんな格好で出られちゃお兄ちゃん、道行く男共に目潰ししなくちゃならない。

「小町、車だそうか?」

親切で言った言葉だったのに、

「もう、ごみぃちゃんなんだから…。小町いたらお姉ちゃんとイチャイチャできないでしょ?」

しないから。ファンに殺されちゃう。

俺はプロデューサーなんだから、ファンクラブの会員の数覚えてるよ?そんな人たちに狙われたら外国へ高跳びしても殺されちゃう。

あれ、おんぶもアウトか?いやあれはしょうがないよな。

「まぁイチャイチャしなくても折角の二人の休日なんでしょ?たまにはゆっくりしてなよ」

本当にうちの妹は良くできた子だなー。俺に似なくて本当によかったよ。

でも捻くれた小町も可愛いか?…可愛いな。

小町まじ天使。てか俺別に捻くれてないし。

でもまぁ、

「…ありがとな」

 

 

小町が出ていった後も二人でソファでゆっくりしていた。

「ねー八幡、小町ちゃんについていかなくてよかったの?」

「ゆっくりしてていいって。小町なりに気を使ってくれたんだろ」

まったく、うちの妹は世界一だな!

世界戦争も小町がやめて?って涙目+上目使いでお願いすれば終戦するまである。

…杏でもいけるな。

「ほんとに小町ちゃんって八幡の妹とは思えないよね。目が腐ってないし」

まぁ、自分でも時々思うが。

「杏の妹に欲しいね。それでー杏の世話をしてもらうんだー。お姉ちゃんって呼んでくれるし」

そんなにお姉ちゃんって呼ばれるのが嬉しいのか。

だがな、

「小町はやらんぞ。小町は俺の妹だ」

「なんだよーけちー。…あ、でもさ、もしはちま…い、いややっぱいいや」

急にそっぽ向く。なんでうさぎで顔隠してんの?

「途中まで言ってやめるなよ。気になるだろ」

「いや、なんでもないから。ちょっと間違えちゃった、てへ☆」

「……」

杏よ、顔の見えない、てへ☆は可愛くないぞ。

どうせやるなら顔をみせ…いやいやなに考えてんの。

おっと。

「すまん、電話だ」

「んー。いってらっしゃーい」

 

 

いつだって本気で何かを成し遂げることはなかった。

私は楽して生きていたいし、本気を出すのは疲れる。

本気を出せばそれに驚いた大人たちがもっともっととねだるのだ。

勉強で良い成績を出せば、もっと勉強してもっと高みへと言う。

少し動けるところを見せれば、もっと体力つけて頑張ろうと言う。

止めてほしい。

私は楽しく楽して生きていたい。

べつに高学歴もほしくないしー、スポーツ選手にもなりたいわけじゃないんだーい。

そんな日々のなかでスカウトされたアイドルと言う仕事。

聞くところによると売れさえすれば印税で生活できるらしい!

話を聞いてとりあえず合格はしたけど…。私は数ヵ月経っても売れなかった。

そもそも売れるのってぜんぜーんらくじゃなーい!

毎日レッスンスタジオに顔出してレッスンだし、そこまで歩いて行かなきゃいけないんだよ!?スタジオについた時点でくたくただよ…帰りもあるだなんて考えるともう一歩も家を出たくないって思った。

大体プロデューサーはなんでレッスンを見に来ないんだろう。自分の担当アイドルがどこまで動けるかわかんなきゃ困るんじゃないの?売れないのをプロデューサーのせいにする訳じゃないけど、それでもその時のプロデューサーは嫌だったなー。

その時は武内プロデューサーに変わってくれないかなーってずっと思ってた。

まぁでもあの人は担当しているアイドルの数が凄いらしいから諦めてた。

そんなこんなが積み重なって、私は逃げたくなってた。

でも同期のきらりとは仲良くなっちゃったし…やめづらいよね。

 

そんな時。

武内プロデューサーから呼び出され事務所の一室に待たされてた。

なんだろ?武内さんに変わるとかだったら嬉しいなー。

「失礼します」

そんなことを考えているとドアがノックされ、武内さんが入ってきた。

「突然ですが、双葉さんのプロデューサーが変わることになりまして…」

へー、本当にプロデューサー変わるんだ。

うん、うれしいかも。あの人じゃ印税生活なんてできそうにないし。

「比企谷くん、入ってきてください」

…え?

もしかしてまた新人プロデューサーなのかなぁ。

まぁランクの低いアイドルだし仕方ないのかなぁ。

「しつれいしましゅ…」

噛んだ。噛んだこの人。

てか目が、目が腐ってる。

「え、ええと、この人が引き継ぎのプロデューサーになります」

「ん、んん。比企谷八幡です。よろしくお願いします」

照れてる。かわいいなぁ。

でもなんだろ、この人に何かを感じるような…。

よくわからなかったけど、私はとりあえず先制攻撃することにした。

 

そして杏の言葉を聞いたこの人は少し笑ったんだ。

 

それからのアイドル生活は変わった。

今まではレッスンに遅れたりして、プロデューサーに怒られてた。自分は見にも来ないくせに。

でも八幡は違った。

どうやら最初に宣言した通り、送り迎えはもちろん、ドリンクの差し入れ、スケジュールの調整、全部を面倒見てくれた。

ドリンクとかご飯は、経費もでないのに。

そしてレッスンはこれまでと全然違っていった。

とりあえず今の私の状況が知りたいって言った八幡に、少し全力のパフォーマンスを見せてあげた。

そしたら、

「…今日は体の調整だけでいい。少し流す程度の練習でいい。トレーナーさんには俺から話しとく」

あれ?失望されちゃったかな?

うーん、なにがいけなかったんだろ。結構本気でやったのに。

そんな考えは三日後、崩された。

 

「TV出演が決まった」

え?

「TVって言ったって地上波じゃないけどな。小さな番組でアイドルの紹介コーナーに出る。そこで一曲歌う」

「こんな短期間に?どうやって売り込んだの?」

「武内さんに協力してもらった。欠員の出てる番組を探してノーギャラででるって言ってな」

ええー。ノーギャラかー。

印税生活っていつ出来るんだろう。

印税どころかお金がでないじゃーん。

「…安心しろ。お前にはでるから」

「あ、そうなの?んじゃーべつにいいかなー」

会社も太っ腹だね。なんてその時は思っていたけど、後になって武内さんに確認してみると、八幡が自腹で出してくれてたんだよね。

「じゃー今から猛特訓?杏、スポコンはきらいだなー」

まぁ初めての仕事だし仕方ないか。

最初くらいはキチッとやんないとね。この人も期待してくれてるんだし。

「いや、そこまでしなくていい。見たところ、その、良かった、から仕事も入れた。レッスンに関しちゃ体を慣らして、鈍らないようにだけしてくれればいい」

んー?褒めてくれてる。

あのときのパフォーマンスを見てそう思ってくれてたんだ。

ふふふ。

その頃にはもう初のTVが決まった事への余裕が出来ていて、

「えーでもさぁ、杏働きたくないんだけどなー。印税生活まだー?」

八幡に悪態をついていた。

「その一歩だろうが。双葉が頑張れば俺の夢にも近づくしな」

あ、あれ諦めてなかったんだ。

ふふふ。

この人おもしろい。

 

そんなこんなで色々あって、色々あって。

最近おかしい。

なんか、八幡が気になって…ちがうような…んー、そう。

側に居るのが当たり前になってる。

家で寝てても今までは惰眠を貪りたい、ってだけだったのに、最近は八幡と惰眠を貪りたいって思ってる。

二人で、仕事したくないーなんて言いながら、ソファで寝てたい。

二人でするとなんでも楽しく思える。ふしぎー。

でも、八幡はプロデューサー。

印税生活出来るようになれば私はアイドルやめるのかな?

そしたら八幡とはもう。

んーでも、頼めば今までみたいにくるま…で…。

してくれるわけないよね。

八幡なら新しいアイドルを任せられて、今度はその子に私と同じように接するんだから。

何がはたらきたくないだよー!杏のためにめっちゃ働いてるじゃん!

はぁ…

さっき言いそびれた不意に出そうになった言葉。

 

もし八幡と結婚したら小町ちゃん、義妹じゃん!

 

危なかった…。

何がって、その言葉が自然に出そうになったから。

そもそも専業主婦の旦那はいやだし。

やっぱり養ってくれる人がいいよね。

でも、八幡のいまの稼ぎなら…。

いやいやいや。

 

考えたら駄目だってば…。

 

 

「杏!」

突然居間の扉が勢いよく開き、八幡が大きな声で杏を呼んだ。

「うぇ!?な、なに?」

あぁもう、びっくりしたなー。というか八幡大声出すの珍しいね。

「杏、落ち着いて聞いてくれ」

「うん、えっとどうかした?」

八幡に肩を掴まれる。ちょっとこわいなー。

もしかしてなにか仕事のトラブルかな?ううーん、面倒がなきゃいいけど…

「売れたんだ」

「ん?なにが?」

「杏と諸星の曲が!80万枚売れてる!ミリオンも夢じゃないぞ!」

え?私達の曲が?

「おい、早く諸星にも伝えてやれ。これで杏の印税生活も夢じゃなくなったな」

そんな嬉しい報告を、戸惑いながら聞いていた。

なんでかな。夢だったはずなのに。

手が届く位置に夢があるのに。

 

どうしてこんなにも不安になるんだろう。

 

「おい、杏、はやく諸星にぃっ!」

因みにこれは八幡がきらりの真似をしたわけじゃなくて。

杏が八幡に抱きついたせいだった。

「お、おい、杏、嬉しいのはわかるが…は、離れてくぇい!」

語尾がおかしいのはもっと強く抱き締めたせい。

「た、頼むから、どいて…っ!」

八幡が言葉を失ったのは、私が泣きながら顔を上げたせい。

「お、おい、どうした」

八幡は困惑している。

いままでの双葉杏なら、ここで大いに喜ぶはずだったから。

じゃあ今すぐにでもアイドルをやめると言う私の言葉を、嗜める準備でもしていたかもしれない。

でも、でも、私は。

「どうしたら…いいのかなぁ…はちまん…」

離れたくなかった。

ただそれだけ。

好き合って、キスをしてとか、そんな綺麗なものじゃなかった。

ただ八幡と一緒にいたい。

それが終わる日が見えてしまったから。

今は絶対に離したくない。

「な、なにが?」

「はちまんと一緒に仕事したくないって愚痴りたい…」

結局仕事をする八幡はかっこよかった。

「休みの日もはちまんをただの足として使いたい…」

八幡の車に、いつの間にかかわいいクッションが置かれてて、私の私物が増えていった。

「はちまんに見てもらいながら…ステージで輝きたい!」

太陽と言ってくれた。

Eランクアイドルに堂々と太陽と、言ってくれた。休む時間もあるし杏にはちょうどいいだろ?って。

「…はなれたく…ない」

そんな気持ちを吐き出した。

正直自分でもわからない。

 

恋人みたいなデートがしたいか?

したくない。家でごろごろしたい。

 

恋人みたいなキスがしたいか?

したくない。八幡のそんな顔笑っちゃう。

 

夫婦みたいな結婚がしたいか?

したくない。八幡と甘い生活なんてファンタジー。

 

自分で自問自答してみてもこんな答え。

それならこの気持ちはおかしい、はずなのに。

あ。そっか。

楽しく楽して生きていたい。それが杏の夢。

その夢に八幡が入ってきただけなんだ。

私にとって、八幡といることが、一番楽しいから。

 

「杏」

私を見る八幡の目は真剣だった。

「俺はプロデューサーだ。だから、その、アイドルがアイドルである限り一生プロデュースし続ける」

「え?」

「前からわかってた。俺が専業主夫になんてなれるわけがない。相手がいないからな」

「…」

「だから働き続けるんじゃないか?定年までは。…そして俺のアイドルは双葉杏だ」

「…うん」

「俺はずっと、双葉杏のプロデューサーだ。だから、離れることはない」

お前が、俺に、愛想尽かすまでは。

 

ふふふ。それってぷろぽーずみたい。

にあわなーい!

でもさ、やっぱり八幡は八幡だよね。

似合わない言葉。

無理して言ってるんだろうなー。

顔が真っ赤だし。

うん、きまった。

 

 

八幡、杏はさ、夢、変わったよ。

八幡がいつまでも誇らしげに見上げる太陽であり続けたい。

だから、ずっと、杏を見上げてて。

 


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