「…笑顔が固いぞ」『ハチ君、お願いがあるの』
どうしてこうなった。
俺が知りたい。
「それじゃ、アタシは、はっちゃんって呼ぶね!」
「わーい、はっちゃんだー!みりあも、みりあって呼んでね!」
「ハチ君もてもてだにぃー☆きらりも、きらりって呼んでね?」
許してください、お願いします。
「今日はお二人に重要な話がありますので、後で事務室に来てください」
「はぁ、わかりました」
そんなことを言われたのが30分前。今は杏と移動中だった。
「なんだろうね、重要な話って」
「さぁ。でも武内さんが重要って言うんだから重要なんだろ」
今日も今日とて仕事中に電話がかかってきて言われた言葉。そもそも武内さんが俺に連絡してくること事態が珍しく、それであんな言い方されてしまえば自然に構えてしまう。
さぁ、とは言ったがなんとなく身に覚えがあった。
ちょっと前にあった出来事。
あの日から杏はちょっとだけ変わった。
なんとなく目が優しくなった気がするし、笑顔になるたびドキッとするような顔を見せてくる。
あれ、俺が惚れてるだけ?
いやいや、あの笑顔を見れば画面の向こうしか愛せない男でも惚れるまである。
たぶん。きっと。
そんな仕草を見られたのではないだろうか。
あの人はアイドルを何人も成功に導いた人だ。そんな人が見れば杏の些細な違いなど一目で気づくかもしれない。
やばい。
アイドルは恋愛禁止だ。勿論俺たちは付き合っているわけではないが、それでもお互いが必要としていて、アイドルとプロデューサー以上の気持ちを持っている。
それがばれたか?
最悪俺はプロデューサーを下ろされるのか。
いやでも待てよ?下ろされたら下ろされたで杏に堂々と養ってもらえるのでは?
やだ、八幡天才。
「もしかしてさ、八幡が杏にイヤらしい目線送ってるからそれがばれたんじゃない?」
「送ってねぇ。むしろお前の目線の方が怪しいぞ」
「…八幡なんて見てないし」
「見てる、超見てるから。自分の事だから気づいてないだけだろ」
「八幡だってずっとみてんじゃん!」
「ばっか、俺はプロデューサーだぞ?見るのは当たり前だろ」
ですよね?今さら見ないで気持ち悪いとかいいませんよね?
「ならきらりも見るべきじゃん!杏とばっか目が合うのはおかしい!」
「ぐっ!」
いやまぁ見てたけど?そりゃ目の前に天使がいたら見るでしょう。
しょうがないじゃん、他とは比べ物にならないほど輝いてんだから。
「ま、まぁ、とにかく呼ばれてんだから行こうぜ。じゃないと話が進まん」
「自分の事わかってないのはそっちじゃん。あの日からちらちらこっちみてさー」
まじか…。どうりでよく目が合うと思った。
べ、べつにあんずばっかみてないんだからね!
ただ、杏の頭に輪っかないかなーとか探したり、
違うか。違うな。
「あ、それと」
そんな風に声を掛けてきて足を止める。
自然、前を歩いていたので俺の足も止まった。
「プロデューサー止めても専業主夫とかさせないから」
ばれてら。
胃が痛い。
先ほど比企谷君と双葉さんを呼んで、お二人が事務所に着き次第ここに来るように言いました。
それは二人に辞令、というか報告があるため。
もう決まったことを伝えるためです。
胃が痛い。
なにしろ二人の関係はちょっと特別で、今から伝えなければいけないことは二人の関係を崩すものだから。
…比企谷君、怒りますかね?
少々怖いです。
双葉さんは怒りはしないでしょうが悲しむでしょう。
…仕事してくれますかね?あまり自信がありません。
お二人は最初から一緒で、ずっと一緒でした。双葉さんのプロデューサーは間違いなく比企谷君です。プロデューサーとアイドルの関係は特別。
お互いがお互いを必要とし、支え、支えられる関係。
支えられるのは誰だって良いわけではありません。それを真に許されるのはアイドルに認められたプロデューサーのみ。
それを一時的にとはいえ、引き裂こうとしている。
こんなこと、例えば渋谷さんにも同様の事を言えと言われても言いたくありません。
その時の顔が想像できますので。
あぁ、胃が痛い。
やっと事務所に着いた俺たちは、多少の緊張感を持ちながら事務室の前まで来ていた。
「失礼します」
中からどうぞと言う声が聞こえ、扉を開ける。
そこには武内さんが椅子に座っていて、こちらを険しい顔で見ていた。
なんでそんな顔してるんですかね。そんなに深刻な話なのか?
やばい、聞きたくなくなってきた。
あれー、真面目にプロデューサー生命終わっちゃう?
「とりあえず座ってください」
「はい」
間にテーブルがある二つのソファを薦められ、そこに座る。
難しい顔をしたままの武内さんも正面へと座った。
そして、
…なかなか話を切り出さない武内さん。
ちらりと横を見ると、いつもは気楽そうな顔をしている杏もすこし緊張しているようだった。
「あ、あの?」
「えっと、すみません、少々話を整理してました」
では、と武内さんが口を開く。
「本日付で双葉さんのプロデューサーは私となります。そして比企谷君は新しいユニットのプロデュースをお願いしたいのです」
「「え?」」
二人の顔が疑問に包まれていきます。
それはそうでしょう、突然こんなことを言われては。
「比企谷君は双葉さんの、私への仕事の引き継ぎが終わったあとから本格的に動いていただきます。城ヶ崎莉嘉さん、赤城みりあさん、そして諸星きらりさんの新ユニット、凸レーションです」
「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりすぎです。俺なんも聞いてませんけど」
「上で決まったことですので。比企谷君は一年足らずで二人のアイドルをAランクまでプロデュースしました。ならばと上が決定したことです」
言ってて辛くなります。比企谷君は隠してはいますが相当動揺しているようで、何か打開策はないかと考えています。
そして双葉さんを見ると。
彼女は口を開けたまま固まっていました。その顔を見たとき、私は渋谷さんに話したときに想像できる顔、を思い出しました。きっと彼女もおんなじ顔をするのでしょう。
そこで比企谷君が勢いよく立ち上がり、
「ちょっと待ってください、杏も俺がプロデュースすれば問題ないはずです。それでもプロデュースするアイドルは4人。たかが二人増えるだけなら俺にもできます。現に武内さんはもっと付いてるはずです」
「二人増えるだけではありません。ユニットが一組増えるんです。この違いは大きいですよ?上はまだ比企谷君にはそこまでの力はないと判断しました。それゆえの処置です」
立ち上がって吐いた言葉は、私が一蹴したことで行き場をなくし、比企谷君はソファへ倒れこみます。
出来ることなら私も比企谷君の意見に賛成です。しかし上は若い比企谷君に対してすこし慎重になっています。だからこその処置で、少なくとも多少は分かる言い分を前に、私も完全には否定に回れませんでした。
「で、でも、いくら武内さんでもAランクアイドルが一人増えたら、きついんじゃないすか?」
すこし言葉が崩れてきましたね。
「比企谷君も理解しているはずです。Aランクをみるよりも、Cランク以下をプロデュースする方が難しいと。調整と売り込みの難しさの違いです」
彼なら解るはず。それを体験してきたことで認められたのだから。
「…わ、かりまし、た」
そこでこの話は終わった。
最後まで、双葉さんが喋ることはなかった。
「杏」
「…なに?」
「その、大丈夫か?」
二人で事務室から出た後、いやその前から杏が喋ることはなかった。
その気持ちが解るとは言え、俺自身掛ける言葉が見つからなかった。
「…だいじょばない」
わかってる、そんなこと。
「約束、」
「え?」
「約束、破ってんじゃん」
ずっと一緒にいる。
そんなこっぱずかしい言葉を思い出しながらも、胸の内は罪悪感で埋もれていった。
「…」
俺が破った訳じゃない。
俺のせいじゃない。
俺は悪くない。
そんな言葉が浮かんできて、そしてすぐに否定した。
俺のせいなんだ。
何故ならもっと実力があると判断されれば杏も任されていたはずだ。武内さんほどの実力があれば。
「すまん…」
「なーんちゃって!」
…はぁ?
「いやー最初は戸惑ったけど、よくよく考えてみたら八幡いなかったら仕事しなくていいんだよね?ちょうらっきー!」
「何言ってんだ、俺より武内さんの管理の方が厳しいに決まってんだろ」
「うげー。でもさーどうせ八幡が見てないんなら、手を抜いたってわかんないしー」
「全部チェックするに決まってんだろ」
「やだーストーカーだー」
……
「もういい、俺は引き継ぎの書類作んなきゃいけないから先いくぞ」
「…うん」
俺は足早に廊下を歩いていく。
だって、
あんな必死に笑顔を作る杏は見たくなかった。
そして現在。
「はっちゃん!アタシのセクシーなダンスみてくれた!?」
「あー、見た見た。超セクシーだった」
ビッチっぽい見た目をしている城ヶ崎莉嘉。しかし趣味はシール集めと言うかわいい子供。
姉を大好きなせいか、カリスマギャルを目指しているのだと言う。
難しいな、モデルとすれば姉の後を追うのが正解だろうが、アイドルとした時どうなのか。
「なんかテキトー!はっちゃん、見てくれなきゃわかんないじゃん!」
「トレーナーさんの方が詳しいぞ。でもセクシー路線はやめとけ」
まだまだ子供なのだ。セクシー路線を求めるファンなら姉の方に流れる。
まぁそんな理屈を考えたところで意味はないが。
「はっちゃん!わたしはわたしはー?」
「元気がよくて良いな。後は完成度と、その笑顔を終わりまで持たせる体力だな」
赤城みりあ。純真無垢で、まだ何も色がついていないシーツ。
でもそのシーツは高級品で、敷くよりも包まれたい。そんな思いが頭をよぎる。
あ、ろりこんっぽい。いやでも杏が有りなら俺は…いやいや考えないようにしよう。
ともかく、この子はアイドルとして天性の何かを持ってる。何故なら自然と応援したくなる子だからだ。
自然と応援したくなるような子が、目の前で頑張っていればどうしても目に留まってしまう。
そしてそれがアイドルとして輝いているなら尚更。
「みりあちゃんと扱いちがくなーい?はっちゃんひどーい!」
「…莉嘉はみりあと一緒で心から楽しめ。お前たちの場合、それが一番応援したくなる」
「にょわー☆ハチ君、きらりにも教えて?」
なんで俺に聞くのん?
トレーナーさんがいるのに俺にばっか聞いてちゃ可哀想でしょうが。
「私は技術的なことは教えられますが、アイドルとしてなら専門外ですからね。そっち方面なら貴方の方が詳しいでしょう?」
「…きらりは流石に経験があるから安定してる。後は二人を自由にさせてそれをまとめてやれ」
「うーれしい!きらりはおねーさんだから、がんばるにぃ☆」
まぁこの三人に関して言えば俺が下手に口を出すより、自由にさせた方がいいだろう。
後はこいつらが立つべき場所を考えるだけだ。
どうすべきか。
今回は杏たちの時みたいにTVでいくというのはなしだな。
恐らく肌に合わないだろう。彼女たちを一番生かせるのはもっと自然な場所。
彼女らが自然に笑える場所。
……ま、おいおい考えるか。
「すまん、ちょっと出てくる。今日はスケジュール通りにレッスンしてくれ」
「はっちゃーん、ばーいばーい!」
「はっちゃん!次はもっとせくしーなダンス見せてあ・げ・る☆」
「おっつおっつ!」
私の前にはデスクトップに写った資料が沢山。
思わず手を頭の後ろへ。
ここに書かれている資料にはアイドルへの仕事の詳細。
それは全て私が担当しているアイドル。しかしそれではなぜ困っているかと言えば、それが全て比企谷君がとってきた仕事ということ。
しかも自分の担当ではないアイドルのスケジュールを把握し、無理の無いように組んである。
そして私が、はっとするような仕事を取ってきている。例えば渋谷さんには動物番組の仕事。
これはゴールデンの番組なのでブッキングするのは難しい。いきなり頼み込んでもまず受けてもらえないでしょう。それこそプロデューサー等、番組側のコネがないと厳しい。
それがたとえ渋谷さんほどのアイドルでも。
それを取ってくるというのは相当に凄いこと。
しかもアイドルと動物と言う最強のコラボ。さらに渋谷さんは犬を飼っていて、好きな部類に入るでしょうし。
ここまで考えられた仕事の資料が数件。
これに関して凄いの一言に尽きますが、これはきっと彼の叫びでしょうね。
上はこの叫びをどう捉えるのか。私としてはすぐにでも答えてやりたいところですが、それをするほどこの状況に楽観視していません。
内容を考えるに私よりも仕事量が多いのでは?
全てを電話で出来る事ではないですし、それならば自然、自分の足で稼いでいることになる。
それをスケジュール調整しながら、アイドルの適正を考えながら。
これは、私のせいですかね…。
一度、彼と話をしなければ。
もうひとつ、気になることがありますし。
「…笑顔が固いぞ」
録画したTVを見ながらそんなことを呟く。
そこには背の高いアイドルと、対照的に低いアイドルが歌っていた。
あの日からプライベートの送り迎えすらしてない。一緒に動くわけではないので、時間が合うことはなかった。
それがどうにも寂しくなっていた。
俺はこんなにも弱かったんだな。そして杏。
そんな顔をしてるってことは自惚れてもいいんだよな?
それなら頑張らなくちゃな。俺に出来る事はやる。約束だからな。
そんなことを考えているとプライベート用のスマホが鳴る。
一瞬期待してしまったが、相手は期待とは違っていて、こんなんじゃだめだなと思いながらそれにでた。
『どうした、きらり』
『ハチ君、お願いがあるの』
後2話くらいでしょうかね。