「「やしなって」」   作:風邪薬力

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5%アルコールさん、それから遅れましたが緒方さん、誤字報告ありがとうございます。


「お久しぶりです、平塚先生」「君は自分のために行動したことなど一度もない」

 

 

自分を形成するものがある。俺の場合ボッチであると言うこと。

自分が一人であるならば、誰の迷惑にもならないし、誰に迷惑をかけられることはない。

他人なんて俺に害しか与えないし、他人は俺を害としか見ない。それがはっきりしたのは中学の時。

あの出来事のお陰で俺は本物のボッチになることができた。

その考えは今でも変わらない。大勢とはぐれている俺だからこそ出来る事、出来ないこと。

最終的に俺が泥を被れば、事は全て丸く収まる。

内側にいない人間など結局はどうでも良いのだから。

でもそんな生き方は終わりを迎えた。

なぜなら俺は一人ではなくなったからだ。人は自分が大切だと思う人が傷つけば、自分も傷つくという。

俺が知ってるやり方は自分を傷つける。それでは俺の内側の人間は傷ついてしまうのか。

内側の人間、それは武内さんであり、きらりであり、凸レーションの二人であり、杏である。

だからこそ、もうすでに傷ついている人に対してはどうすれば良いのか。

 

答え、四の五の言ってられるか。

 

 

 

比企谷君が捕まりません。

あれから私に流された仕事をし、アイドルの付き添い、それから本来の仕事をしていれば、私にも自由な時間は少ない。

その中でなんとかコンタクトをとろうとしますが、電話しても話し中、でられない、メールを送っても重要な話でないなら今度聞きます、という返信。

恐らく私が話したい内容も理解しているのでしょう。

そして今日、彼から送られてきた資料。凸レーションのデビュー企画。

これを皮切りに、彼は本格的に動き出す。

『努力しなきゃ、夢なんて願うべきじゃないっすからね』

それが出来る人なんです。それが出来なくて言い訳をしながら逃げていく人を何人も見ました。

夢は叶わないもんだからと。

そんな気持ちで目指している人間が、本気の人間に勝てないのは当たり前です。言い訳が出る時点で負けているのだから。

貴方の夢はなんですか?専業主夫?

彼はきっとそう言うでしょう。でも、いい加減気付いても良いはずです。

貴方はプロデューサーなんですよ。どう足掻いても、もうプロデューサーなんです。

プロデューサーの夢なんて一つでしょう。

 

きっと解っているはず。

 

 

 

企画は決まった。後は当日に成功させるだけ。

しかし心配する必要はない。あいつらは完璧に決めてくれるはず。そう信じる。

そして目下、するべきことが一つ。

「やぁ、久しぶりだな、比企谷」

「お久しぶりです、平塚先生」

 

「君にご飯を誘われるとは思わなかったよ。一年ぶりかな」

「そうすね。俺も平塚先生を誘うとは思ってもなかったっす」

なんか引っ掛かる言い方だな。

そんなことを言いながら、先生はジョッキを飲み干す。

「それで、いきなりなんすけど、相談してもいいですか?」

そんな言葉を前に、先生は笑顔で答えた。

「卒業したとしても私は君の先生だ。相談を聞くのは当たり前だろう?」

 

「ほう、君はプロデューサーなんてしてたのか。まぁ話は大体解った」

大体の事を包み隠さず俺は話した。

この人は高校時代、俺の事を気にかけてくれていた。卒業式には少し泣いてくれていた。

だからこそ話をしてみようと思った。少しで良い、何か、何か打開出来るものが欲しかった。

「それで、俺はどうすればいいんすかね?出来ることはやってるつもりです。でもそれだけじゃあいつに届かない気がするんです」

俺はここ最近無茶をして功績をあげていった。

まずするべきは、自分の担当アイドル以外の仕事を調整すること。

これは本来なら、勝手に仕事取ってくんなと他のプロデューサーに怒られるが、武内さんなら俺が甘えても受け止めてくれると思っていた。

これが出来れば俺は複数のアイドルを任せられるとして、また杏のプロデューサーになれると思ったからだ。そして今の担当アイドルを完璧にプロデュースすること。

これが出来なければただただ本来の仕事をサボって関係のないことをやる馬鹿になるから。

それでも、そこまでしても、不安は消えなかった。いや、強くなった。

なぜなら、杏は笑顔を曇らせたからだ。

そこから先はもうわからなかった。わからないなら頼るしかない。

「…君を一度、部活に誘おうとしたことがある」

「え?」

「一度じゃないな。何度か考えたよ。でも私は誘わなかった」

「部活って、運動部で性根を鍛えるとか?」

聞くと先生は少し笑った。

「君が運動ごときで性根を変えるタマかね。ある女生徒が一人でやっていた部活だよ」

ひとりで?

「それって部活なんすか?」

「どうだろうね。それを私の口から話すのは間違いだよ」

そうして、先生は煙草に火を着け、

「私は今でも考える。あの時君を誘っていれば、君達の人生は大きく変わっていたんじゃないかと」

そう言って煙を吐き出す。その話がなにか関係あるのだろうか。

「言いたいことがわからんようだな。私は君達の人生を大きく変えることが出来ただろう、という話だよ」

「…それが?」

「わからんかね?君も一緒なんだよ比企谷。君は彼女の、彼女達アイドルの人生を大きく変えることが出来る人間なんだよ。双葉さんに関してはもう変えてしまっているだろう?」

俺は思わず息を飲む。

ずっとボッチだった俺が、他人の人生に大きく関わっていることを今、少しだけ理解したからだ。

「そこで問題だ。先生とは、何を教えるべきかね?」

「…勉強じゃないんすか?」

「そんなものは勝手にやりたまえ。勉強を教えられるのは誰でも良い。それしか出来ない先生ならいてもいなくても変わらんよ。…私は、生徒達自分自身の事を教えるべきだと思っているよ」

自分自身?

「そうだ。子供達は自分自身を理解できないものさ。解っているつもりでも間違っていることが多いのだよ」

そうなのだろうか。そうだとしても、自分自身に理解できないことを、他人が理解できるのだろうか。

「もちろん完全には無理だがね。それでも間違いには気づいてやれるものだよ。例えば比企谷は間違っていた。君はよく泥を被って全てを自分一人で受け止めていた」

「あれはそういうんじゃないですよ。ただ俺が俺のために…」

「それだよ」

どれ?

 

「君は自分のために行動したことなど一度もない」

 

え?

「いやいや、そんなことないでしょ。全部俺がやるべきだったから…」

「違う。比企谷、君は優しいんだよ。自分が嫌なことは相手にさせない。だからこそ、その矛先を自分に向けさせているんだよ。君の行動は全て優しさからだ」

そ、んなことは、ないはず、だが。

「君の間違いは、自分の優しさに気づかないこと、だよ」

そんなことまで見ていてくれたのだろうか。

そんな風に言われたところで自分では全然理解できないが、でもこの人はそんな嘘をつくような人でもない。

「さて、そこで質問だ。私は先生だがプロデューサーではない。ではプロデューサーとは何をするべきなんだ?」

プロデューサーがするべき事?

研修ではアイドルを輝かせることだと言っていた。

でも杏にはそれは合わなくて、ただただみんなから見える位置に送り出せばよかった。

「君はすでにアイドルをプロデュースしている。双葉さんの顔は私でもよく見るよ。じゃあそんな結果を残した君は、比企谷プロデューサーは彼女達アイドルに対して、何をするべきなんだ」

何をするべきか。考えてもわからない。アイドルを成功させる、それじゃ違う気がする。

そんなプロデューサーならいてもいなくても変わらんとかいわれそうだ。

じゃあ逆に考えたら?

俺は杏に何をしたのだろう。

考え込む。その間も平塚先生は俺をじっと見ていた。

双葉杏は俺の初めてのアイドルだ。

途中できらりも受け持つようになったがそれでも最初からいたのは杏。

俺が杏にしてやれたこと…あ。

そうか。そうなんだ。俺が彼女達にするべき事。

 

「プロデューサーは、アイドルと共に歩くべきです」

 

自信満々に言い切った。

「ほう?」

 

「シンデレラを城に運ぶ馬車になるわけではなく、シンデレラと共に歩き、共に壁を見上げ、乗り越え、そして最後まで見続ける。それがプロデューサーです」

 

これが俺の答え。

ここまで恥ずかしいことを言いのけたんだ、合格点貰えなきゃ恥ずか死ぬ。

「くっく。いやぁ、教え子の恥ずかしい言葉は私まで恥ずかしくなってくるな」

「ちょっ、ちょっと先生、ここまで言ったんですから点数くださいよ!」

「知らんよ。私はプロデューサーじゃないと言ったじゃないか」

ぐっ!くそっ!人がここまで恥ずかしいこと言ったのに!

「だが、今の言葉が君のプロデューサーとしての答えなんだろう?それなら採点はアイドルにしてもらいたまえ。そうだろう?」

本当にこの人は。

俺は立ち上がり、頭を下げた。

本当に、足を向けて寝られないな。

…なんで結婚できないんだろ。

 

 

 

疲れた。

自宅のベッドに体を預けて目を閉じる。

そうして過去に思いを馳せると、私はどんなに幸せだっただろうと思う。

 

八幡が隣にいて、一緒に寝る。

八幡が隣にいて、一緒に歩く。

 

ただそれだけの事がとても幸せだった。

でも今、八幡のとなりにいるのは…。

 

「わたし、さいあくだぁ…」

凸レーション三人に嫉妬した。その人の隣を歩く幸せは私のものだ。

嫌な子になってる。

頭の中はぐちゃぐちゃで、それでも八幡に心配かけたくなかったから一生懸命笑った。

でもきっとばれてるんだろうなぁ。

だってわたしのプロデューサーだから。

もう本当にぐちゃぐちゃだ。

私にとってきらりと八幡はおんなじくらい大事。

きらりも大好きで、八幡も大好き。恋心?とは違うと思うけど。

それなのに私はきらりに嫉妬した。

もう、本当に、いやなこだぁ…。

私が悩みのループに陥っていると、目の端にチカチカと光が見えた。

それはメールを知らせるもので、相手はきらり。

『今家の近くに来てるから入っていいかにぃ?』

 

「こんな時間にどうしたの?」

「ちょーっとお話したいなーって」

現在午後7時。

確かにきらりはよくうちに来るけど、こんな時間に来るのは初めてだった。

「今度ね、凸レーションのデビュー企画があるんだよ!パチパチー☆」

「へー、そなんだ。ついにあの二人もデビューできるんだね」

流石八幡だね。今回はきらりがいるからユニットとして力がない訳じゃないけど、それでも2ヶ月以内ってのは速いと思う。

「うん!楽しみだにぃ☆」

きらりは本当に楽しそう。親友の嬉しそうな顔はこっちまで嬉しいな。

「でもね、杏ちゃんが楽しそうじゃないから、私はシュンとしちゃう…」

私は息を飲んだ。

きらりには気付かれてた。

もしかして嫉妬してたことにも…。

「ぜ、ぜんぜんそんなことないと思うけど。杏、いつもだるーくしてるしー」

「わかるよ、杏ちゃん。ハチ君の事だよね?」

ばれてる。

そんなにわかりやすいのか、それともきらりがすごいのかな。

「悩んでるのはわかるんだよ?でもね、どうしてなのかがわからないんだー…」

そこまでばれてたら本当に怖いよ。

「だからね、杏ちゃんの口から聞きたくて、ハチ君にスケジュール合わせてもらっちゃった☆それでも遅くなっちゃったけど…」

きらりはここまでしてくれる。

それなら話すべきだよね。だって親友だと思ってるから。

ここで怖がっちゃ、前に進めないもんね。

「ごめんね…。聞いてほしい。嫌われちゃうかもしれないけど、それでも」

 

「嫉妬かぁ~。あ!でもきらりも嫉妬したよ?」

「え?」

まさかきらりも八幡にわたしと同じ想いを!?

でも確かにそうでもおかしくないのかぁ。

私の次に八幡の近くにいたんだし…。

「きらりね~杏ちゃんがハチ君と一緒にいるようになってね、杏ちゃんをはぐはぐ出来る時間減ったな~って思って…」

「え?そっち?」

「にょわー!きらりにとっては大事なことなんだよ~?」

「で、でもさ、杏のはちょっと違って、なんていうかもっと暗いっていうか…」

きらりのとは本質が違う気がする。

私のは友達に向けるべきじゃない気持ちというか…。

「うゆ?う~ん、難しく考えすぎな気がするよ?」

「い、いや、だけど…」

そもそも私にとってきらりは特別。

だってきらりがいなかったらもうアイドルやってないと思うし、そうなってたらこんな世界も知ることはなかったし。

輝く世界。大好きな人と、一緒にステージにたって輝く。輝かせてくれる人がいる。

 

八幡がいる。

 

「うーん…あ!それならこうすればいいよ!」

「え?」

「ハチ君がプロデューサーできらり達はアイドル、ずーっと、ずーっとお仕事続けていけばいつまでも一緒だにぃ☆三人一緒にいれば嫉妬しなくて良いかも?」

あ。

「今は離ればなれだけど、ハチ君はきっと帰ってくるから心配ナッシン!」

重なった。

「だからね、きらりの大切な杏ちゃんには笑ってほしいな~」

 

『俺はずっと、双葉杏のプロデューサーだ。だから、離れることはない』

 

「くふっ!あは!はははは!」

「にょわー☆杏ちゃんが笑ってる!なんだかわかんないけどはぴはぴするにぃー!」

なに悩んでるんだろう。

杏ってばおっちょこちょいだなー。

嫉妬なんかする必要ないんだよね。

だって親友はいつも隣にいる。

大好き。きらり。

八幡は約束した。

最初から八幡が約束を破ることはなかったのに。

心配する必要ないんだよね?

大好き。八幡。

 

ふたりともだいすき。

だから、言葉にして伝えよう。

 

「きらり、大好きだよ」

「きらりもだー!杏ちゃんだいすきー!」

 

待ってるからね、はやく迎えに来てね。

 

 

 

 


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