「…はぁ」
八幡は仕事に行った。
仕事?まぁ仕事だよね。飲むのも仕事って聞いたことあるし。
寂しくないと言えば嘘になる。だって私はいつまでも八幡と一緒にいたいから。
「はぁ、本当にお兄ちゃんは成長しないなー。二人を置いていくなんて」
「まぁまぁ、仕事だから仕方ないにぃ」
仕方ないって言ってるけどきらりもきっと寂しがってる。
私達は三人一緒で完成形。八幡には悪いけど、私には八幡もきらりも必要だから。
「それにしてもお義姉ちゃん、指輪送ってあげたってことは、小町のお義姉ちゃんになってくれるって事ですよね?」
うう。恥ずかしいなぁ。なんで実家にまで着けてくるかな。もしかして気づいてなかった?
小町ちゃん八幡が家に入ってからガン見だったよ?
「ま、まぁその、八幡がどうしてもっていうから…?」
「なんで疑問系…。でもそのネックレスを着けてるから言い逃れは出来ませんよ?それ兄からですよね?」
ばれてるー。なんでみんなわかるかなー。きらりにもすぐばれたし。
「もう、杏ちゃん!恥ずかしがってたらハチ君寂しがるよ?」
意外と寂しがりだしね、八幡。
「うう、そうだよ。八幡とずっと一緒にいるって約束したよ」
「…ありがとうございます、小町はとても嬉しいです」
そこで小町ちゃんの雰囲気が変わった。
「兄はですね、ずっと人と距離を置いていたんですよ。兄は何も悪くないのに目付きがきもいとか普通に気持ち悪いとか」
普通に気持ち悪いって酷いなぁ。目はわかるけど。最初に会ったとき、少し思ったし。
でも今は割りと好きかなー。なんだろ、愛嬌あるきがする。ん?なんでも肯定してるだけ?
「ぼっちこそ最強とか言い出してですね、小町以外とは関わりがなくなっちゃって」
本当にそんなだったんだ。私は初めてあったときの印象が強すぎて小町ちゃんの言う八幡は想像できないかも。ときどき捻くれたこと言ってるけど、私たちには素直だし。
「小町はいつも寂しかったんですよ。兄の良いところをなぜ誰も気づいてあげないんだーって。本当に、悲しかったんです」
気持ちはわかるかも。八幡は優しい。聞いた話じゃ学校ではいつも一人で、友達もいないくせに自分が出来ることがあると、それを実行していたらしい。その結果自分が割りを喰うのに。
小町ちゃんが怒りながら話してくれたっけ。優しすぎるって。
そして回りの人間に対して鈍感だって。
「だからちょっと心配だったんです。兄が知らない場所に行って小町と離れることが。しかもアイドルの相手ですよ?正直兄に向いてないって思いましたよ」
確かに。そうだよね。
「でも久しぶりに帰ってきた兄は、お義姉ちゃんを連れてきて。小町本当にびっくりしたんです。あの兄が家に誰かを連れてきて、しかも楽しそうに話してるから。いやまぁ顔はいつも通りでしたけど」
あの時の小町ちゃん固まってたもんね。玄関で出迎えてくれて、私を見て、え?って顔してそれから、どこからさらってきたの!?って言ってたね。
「それで兄の態度を見ててもっとびっくりしたんです。捻くれてなかったから。別人かと思っちゃいましたよ」
それは、確か…わ、わたしのことを…す、すきだからだよね。
すきになったからまっすぐだったのかな。
「兄はやっと見つけたんですよ。自分が信じられる人を。それが杏さんだったんです。だからお礼が言いたくて。本当にありがとうございます。お、お兄ちゃんを、見つけてくれてっ」
泣きながらお礼を言われる。私はお礼を言われるようなことはしてないのに。
だって私が八幡を見つけたんじゃなくて、八幡が私を見つけてくれたんだよ?
「小町ちゃん」
「…なんですか?」
「杏と小町ちゃんはもう姉妹みたいなものだよね。だったらもっと砕けて話そうよ。ね、小町」
私は自分にできる最高の笑顔で言った。可愛い義妹に涙なんて似合わないから。
「…うん!ありがとう!お義姉ちゃん!」
小町が抱きついてくる。なるほど、八幡がシスコンなのわかったかも。
小町可愛いなぁ。
「きらりも混ぜてー☆」
「くる、苦しいですよ、きらりさん」
「あははは!ぐえ」
ああ、本当に幸せだなぁ。
「お義姉ちゃん、手伝ってよー」
「えーやだい。杏は基本的に働きたくないんだよー」
落差がひどい。自分でもそう思うけど嫌なものは嫌なのだ。
「それに小町の料理が食べたいからねー。杏が手伝うと違うと思うんだ」
「むう、嬉しいような。でもなんかお兄ちゃんみたい」
八幡みたい?それはなんかヤダ。
「小町ちゃん、きらりが手伝うよ?」
「はい、お願いします!でもお義姉ちゃんと一緒に料理したりするの、夢だったんだけどな~」
うぐ。心が痛い。でもなー私も妹が世話してくれるの夢だったしなー。
「…小町、今日一緒に風呂入ろっか?」
「え!?本当!?わーい!きらりさんも一緒ですよね?」
「もちろん!小町ちゃんをぴかぴかしちゃうよ~?」
女三人集まればなんとやら。どうも私の生活は一変したようだ。
たのしいなぁ。小町と話をするのも、きらりと一緒にいるのも。
「あぁそうだ。兄の話をしてあげるね。昔まだ中学生くらいの頃、世界には三人の神がいる、とか書いてるような中二病を患ってたんだー。あのノート見たとき、小町恥ずかしかったなー」
ぷ。なにそれ。そういえば八幡神崎さんを見たとき、なんとも言えない顔してたなー。
どうやら多少の会話も出来てるみたいだったし。
全然内容わかんなかったけど。
「他には格好いい話もあるんだよ!道路に飛び出た犬を庇って轢かれたりしてね。まぁ犬を助けたとこまでは格好いいけど、轢かれて入院しちゃうのは小町的にポイント低いかなー」
小町ポイント。貯まったら良いことあるのかな?
それにしてもその頃からいざというときに行動できる性格だったんだね。
生まれ持ったものなんだろうね。生まれつき優しい。
「…その時八幡の怪我は大丈夫だったの?」
「うーん、まぁそれなりに。事故ったのが高校の入学式で三週間も入院しちゃって。それで高校ぼっちが決定しちゃって。まぁそれがなくてもぼっちだったんじゃないか?って思うけど」
そっか。なら安心。傷跡とか残ってるのかと思っちゃった。
「でもハチ君スゴいね~。流石はきらりのプロデューサーだね☆」
「そうですね。その時助けた犬の飼い主さんが兄に近づきかけたんですけど、どうも兄が拒絶しちゃったみたいで。兄の高校時代の知り合いって戸塚さんぐらいかな?」
へー。一応完全に一人って訳じゃなかったんだ。
「ただいまー」
「あ、帰ってきた」
八幡だね。
疲れてるだろうから、この杏ちゃんが笑顔で迎えてやろう!もちろん、寝転んで。
「ただいま」
色々と疲れた。精神的に。もう動きたくない。
「あ、お兄ちゃんお帰りー」
「…お疲れ、八幡」
「ハチ君おっつおっつ!」
他にも声が二つ。なんだ親も帰ってきてたのか。
ん、それにしてもなんか小町達の雰囲気が違うような。特に杏。なんか椅子の上で正座してるみたいに姿勢がいいな。萎縮してないか?まぁ親の前だから仕方ないのか。
「お兄ちゃん、ご飯食べる?」
「ああ。食ってないからな」
「ハチ君!きらり達ねー、ハチ君の昔の話いっぱい聞いちゃった☆面白かったよ!」
おい。絶対録な話じゃないだろそれ。
「…小町ちゃん?」
「あーえっと…テヘ☆」
はいデコピン。
「あうー。ひどいよお兄ちゃん」
本当にこの二人って仲良いよね。とても楽しそう。
悪態ついたりもするけど、それが仲の良いことの証明みたい。
…そんなことより、私には今直面している問題がある。重大な事だ。やーばーいー。
私は今椅子に座りながら、背を伸ばし、両の手を膝へ。
つ、つかれる。精神的にも。
うーうーうーうー。どうしてこんなタイミングでやっちゃうかなぁ!?
私達はあれからも他愛のない話をしていた。勿論私は寝転んで。
そしてその時が来た。
「ただいまー」
玄関からそう聞こえたから八幡が帰ってきたと思って、私はソファへ寝転んだまま、仰向けになりながら、両の手を広げ、言った。
「おかえりー。はちま、」
言えなかった。そう、そこには、
「あ、お父さんだったんだ。おかえりなさい」
比企谷家の大黒柱が立っていた。
うーわー。うそだー。
今まで遭遇したことなかったから完全に油断してた…。
そうだ、そうだよ、八幡にも親っていたんだよね…。やばいやばい。
第一印象最悪だ…。
うううう。
どうしよう。礼儀知らずな女だと思われた?絶対思われた…。
どうしようどうしよう。
やっぱきらりと一緒に料理手伝っておけば良かった…。
大事な大事な第一印象がぁ…。
「さてと。それじゃお兄ちゃん、小町達は風呂に入ってくるね」
「ん、三人で入るのか?」
「うん!はいはーい、お義姉ちゃん、一緒にいこうねー」
随分と仲良くなったみたいだな。小町も杏に敬語使ってないし。
それにしても杏、生きてるか?あれ。なんかあったのか?
八幡。
不意にそう呼ばれた。目の前には親父がいる。
珍しく俺に話があるようで、食べながらでもいいから聞けと言い出した。
お袋はどうも聞きに徹しているようだ。
「珍しいな。小町の進路の話か?」
違う。お前の今後の話だ。
俺の今後?
…あぁ、杏の事か。そういえば指輪まだつけっぱじゃん。
親父はこれまで見たことない真剣な顔をしていた。
今日初めてお前の恋人にあった。面白い子だな。
それを聞いてお袋は笑う。なんだ?杏は何をやらかしたんだ…。
親父は楽しそうに話をし始めた。
あんな可愛い子がお前に惚れるとは思えんとか、プロデューサー権限で無理矢理じゃないだろうなとか。
失礼じゃないですかね。息子どんだけ信用ないんだよ。
でもあの子の顔に信頼を見た。だからこそお前に聞かなきゃいけない。
「なんだよ…」
俺はもう手を止めていた。食べながらで良いとか言っといて、食べながら聞くような話じゃないんですけど。さすが親父きたない。
お前は責任をもって、彼女を一生笑顔で居させることが出来るか?
少し詰まりながらも出来ると答えようとした。だが、
いいか、笑顔で居ると言うことは、お前が彼女の生活を支え、子供が出来たら大人になるまで育て、いつまでも彼女を、家族を愛し続けるということだ。いつか言ってたな。他人の優しさも好意も信用できないと。そんなお前が彼女の人生に責任を持つ覚悟はあるのか?
確かに。そんな時期もあった。いや、人生の半分はそう思いながら生きていたかもしれない。
でも双葉杏に出会った。
一目でわかった。普通とは違う人間だと。
その目に、なにかを感じたとき、信じるとか信じないとか、どうでもいいと思った。その目の輝きには欺瞞が微塵もなかったのだから。曇りのない輝き。
ただ、こいつの輝きを皆に見て欲しかった。ここにいるアイドルは、一目で心を奪うほどの輝きを放っているんだと。
「当たり前だろ。俺はプロデューサーだぞ。あいつの面倒は俺以外には見られない。杏の側には俺が一生居続ける。俺の一生は杏の隣にある」
最近どうも頭のネジが飛んでいるらしい。
こんな言葉が出てくるようになったんじゃぼっちは失格だろうな。
ぼっちを名のる気はもうないが。
ああ。それならいい。八幡、よかったな。
「…なんか杏の顔が真っ赤なんだが大丈夫か?」
「い、いやぁー長風呂でのぼせちゃったかも?」
なんで疑問系なんだよ。
「ハチ君、杏ちゃんはきらりが車まで連れていくね?」
そろそろ帰らなきゃ時間が遅くなる。愛しい小町と離れるのは寂しいが、明日も仕事があるし仕方ないだろう。
社畜一直線。やだわらえない。
「じゃあな、小町。また来る」
「うん、またね、お兄ちゃん、お義姉ちゃん」
きらりは近所迷惑を考えているのか、声のボリュームを落として、しかし元気よく体を動かしながら手を降っていた。
いつの間にか杏を下ろしていて、下ろされた杏は玄関まで見送りに来ていた両親に頭を下げていた。
その間も顔を赤くしたまま。
車の中。
東京千葉間を、今日だけで三往復するという何とも言えないキツさ。
今日は相当運転している気がする。
「…今日はなんだか疲れた」
「…だな」
なんで休みの日なのにこんなに疲れてるのか。
きらりはよっぽどはしゃいでいたのか後ろで寝ている。
助手席の杏は目が冴えているようで、うさぎを抱きながら顔を埋めている。
「…今日さ、失敗しちゃった」
「なにを」
「八幡の両親と、初めて会うときに…その、寝転んでて、八幡と間違えた…」
なにそれ。間違えた瞬間を見たかった。絶対可愛い顔してたぞ。
「まぁ、なんだ、気にすんな」
「そうはいってもさ、気にするよ」
まぁ気持ちはわからんでもないな。もし俺がその立場だったら、もはや印象は底辺を越えて墓場に埋もれるだろう。やだ、死ねる。
「最後に親父も言ってたろ?俺をよろしくって」
「まぁ、そだけど…」
「気にしすぎなんだよ。どうせ親父の事だから杏の可愛さにやられてデレデレだろ」
何せ小町を溺愛しているくらいだし。新しい娘ができるとかって喜んでるだろ。
「てかさ、その、聞いちゃった」
「何を」
「八幡とおとう…八幡のお父さんの会話」
うわぁー。まじかぁ。
よし、死のう。
「なんで聞いてるんだよ…」
「小町が今からお父さんが大事な話をするから、風呂に行くふりして盗み聞きしようって」
あー、あれ聞かれたから顔が赤かったのね。
それ聞いたあと風呂に入って二人に全力で可愛がられたと。
それできらりはあんなに疲れてるのか。
「…そうか」
「…八幡ってさ、最近恥ずかしい奴だよね」
「失礼だな。でも自覚はしてる」
自覚はしてる。だけど杏の事だから真剣に答えないわけにはいかんだろ。
「全然関係ないかもだけどさ、また三人で遊びにいきたいね」
「…だな」
どうも話が纏まってないな。まぁ仕方ないかもな。
俺の両親にあって、しかも失態を犯したんじゃあな。
「ねえ、八幡」
「なんだ」
「今度は家に来てよ。北海道」
「ん。そのための休みをつくるか」
杏の実家か。よし、覚悟を決めよう。
大丈夫だ。俺は杏のように寝転ぶことはないし、そんな失態はしない。
目はどうする?どうもできん。
ああそれと大切なことがあるな。
絶対に噛まない。
この話は終了です。
また会えましたら。